89話 強奪さんの奴隷を (ユウタ、エリストール、モニカ、ミミー、桜火、ゴロンメー商会、キッツ、ネリエル)
「昨晩はお楽しみだったな。大将」
「いえ、酷い目にあいました。が、何もありませんでしたよ」
「またまた。気持よくなったんだろ。いいじゃねえの」
電撃を飛ばす。と、アキラはびくっとなった。うざい。お仕置きをしただけだ。
「そんな怒る事ねえじゃん。実際、したんだろ? 子孫繁栄して、伯爵さまも安泰じゃんか」
「さて、どうなんでしょう」
「それは、まあ置いとくとして。電撃ってやばすぎるだろ。これ、防ぎようがないじゃない。飛んでくるとか」
アキラは、強引に話をそらした。このまま話をしていると、己にも火の粉が飛びそうだと思ったのか。
絶縁体を無視しているような状態なのだから、強力だ。剣と雷撃では勝負にならない。
「そう、ですね。空気という絶縁体を突破して、対象に向かうのですからおかしいですよね」
「もしかして、攻撃だけじゃなくて防御にも使えるとか」
「まさか。自身の周囲に障壁を張りつつ、敵の攻撃にも耐えるのはさすがに無理があります。とはいえ、仮に防御に使用できるとしたら、それを破るのは困難ですね。どういった武器を使用するかによりますけど」
「ゴムを装備したりするのは?」
「ファンタジーっぽいですね。ワイヤー類等でつながると、対象も感電死ですよ。通電してしまったのならロボットだと、故障あるいは爆散するでしょう。電位がどうとか以前に、対象と繋がる自体が危うい」
アキラは、考え込んだ。なんちゃって科学ではあるまいし。
わかりそうなものだ。
「なら、どうするん? 倒せないじゃんか」
「それこそ、投石か槍ですね。電撃がどれくらいの質量を消滅させられるか、によりますけど。消滅する前に相手に到達する可能性にかけるしかありません。考えられる手段としては、こんなところでしょうか」
いる世界によるとしかいえないが。ワイヤーで繋がると電撃が対象に無効化されると。そういったとんでも世界なら、物理現象も違うのだろうとしかいえない。むしろ繋がった瞬間、同量の電撃で爆発するのではないか。電位が同じだとか違うだとか関係なく。
テーブルの上には、朝食が乗っている。そして、赤い上着のメイド服を着た桜火がひょこひょ歩いている。がに股だ。顔は、化粧しているがやつれている。
「おはようございます。ご主人様。こちらが、朝食でよろしかったでしょうか」
「おはよう。桜火。うん。でも、すごく濃いね」
「腕によりをかけました」
テーブルに乗っている食事は濃い物ばかりだ。ステーキが乗っている。とろろ芋か。こってりとした物体と大根のすりおろし。サラダも山盛り。ワイングラスには、真っ赤な毒々しい液体が注がれていた。アキラのは、あっさりしている。塩さばに味噌汁とご飯に漬物。オムライスと大根のすりおろしといった風。
「ねえ。変えようか」
「断ります。どう見ても、大将のためじゃないか。メイドさんに殺されるとか。嫌過ぎる」
「それでは、何かあればご用意いたします」
顔を寄せてくる。整った眉と鼻が触れそうだ。キスでもしようというのか。無作法な。おでこを強かに打つ、と。
メイドは、「痛いです」といいながら、何故かテーブルの下に入っていった。
「な、なあ。まさか」
「聞かないで」
「お、おう」
食事どころではない。変な感触がある。気にしないでは居られない。
今日は、朝から奴隷市場に向かった。付いて着ているのは、モニカにミミーとアキラだ。
「大将、大丈夫なのか? 一晩中やってたんだろ」
「えっ」
「えっ。じゃ、ないぜ。声が聞こえるからな。マールとか耳がいいし」
すっとぼけようとした。が、駄目だった。モニカが目ざとく食いつく。
「何をですか」
「あーちょっと内密な話をな。奴隷見に行くんだったわ」
アキラが、奴隷を購入したいというから見に行く羽目になった。
そうしてついた先は、小屋だ。見世物小屋のように、奴隷が繋がれている。そんな場所が、ラトスクの奴隷市である。売る方も無法なら、集められるのも合法であるのか疑わしいという。そんな場所にやってきて、見て回るのには時間がかかる。ミッドガルドのようなキチンとした奴隷を扱っているのではなく。まさに、家畜というような。モニカとミミーを入り口に置いて。
中に入る。
そんな奴隷市で、アキラの目に叶う奴隷が見つかるのか。どれもこれも、飢えたようなそんな貧相な格好と容貌をしている。歩いていて、これというような奴隷はいない。が、アキラは興味深々だ。ふんふんと唸っていたが、一人の客引きに捕まると。
「おっとそこを行くおにーさんがた。さっきからここいらをウロウロしてますねえ。ええと、ご兄弟には見えませんが何をお求めですかねえ」
「おー。えっとな。迷宮で、荷物持ちできそうな奴隷を探しているんだけど」
「でしたら、こちらの犬獣人はどうですか。体格は、いいですよ」
と、客引きの獣人は耳を動かして手で示す。体格はいいが、痩せている。しかも、傷だらけだ。目には、暗い光が浮かんでいた。つっと飯を盛ったお椀を置くと、視線を往復させてがつがつとそのまま平らげる。
「お客さん困りますよ。勝手な事をされては」
「ここの、衛生環境と食事環境は劣悪な様子ですね。改善するべきでは?」
「はあ? 奴隷には、躾という物が必要なんです。私たちだって、好きで食事を減らしているわけじゃないです。経費もかさばりますし、商会として売り物に過剰な予算は割けません。それで、如何ですか」
「チェンジ」
わかっていない。見た目も重要だ。というかそっちのが重要ではないか。
「えっ…でしたら、こちらの獅子族などは…」
「チェンジ」
男ばかりだ。むさ苦しい。いらないに決まっている。
「えっ…。そのお客様は、女性をお求めですか」
「戦える女奴隷でお願いします」
長い獣耳をつけた獣人は奥に引っ込む。アキラは、呆れた様子だ。
「大将。俺は別に女でなくったって、いいんだぜ」
「嘘でしょう」
「いや、嘘じゃねえって」
「では、男奴隷のために命をかけられますか?」
アキラは即座に答えた。
「そりゃ、無理だ」
「でしょう。つまり、捨て駒でしかない。そういう事なら、育てるのは女奴隷に限ります」
と、客引きの獣人は長い尻尾を揺らしながら戻ってきた。
「どうぞ、こちらに。貴方がたは、最優の待遇でお迎えするようにとの事ですので。あ、申し遅れました。私めは、キッツ。長耳のキッツめにございます。ゴロンメー奴隷商会のキッツです。お覚えいただければありがたいです」
「こちらは、アキラ。私はユークリウッドです」
「はいはい。存じておりますとも、どうぞどうぞ」
小屋の合間をぬって奥へといくと。そこには更に大きな舞台があった。競り市のように売ろうというような場所だ。そこには、女獣人が並べられていた。キッツは、揉み手をしながらステッキで女の紹介をする。
「一番左から、犬系女獣人年齢は20。得物は剣と盾。迷宮に潜るなどはしておりません。LV持ちです。500万。二番目が、同じく犬系女獣人。年齢は26。得物は槍。迷宮の経験はそこそこです。LVも10です。1500万。三番目が、これも犬系女獣人。年齢は18。得物は剣。迷宮にも潜っておりません。LV持ち。400万。四番目が、狼系女獣人。年齢は16。得物は、無し。迷宮も経験なし。LV3です。900万。五番目が、獅子系女獣人。年齢15。得物は、無し。迷宮も経験なし。LV持ちです。1200万。見目と戦闘に耐えるとなると、ここらになります。戦闘を抜きにLVも無しであればもっと紹介できるのですが…。如何でしょうか」
キッツは、ステッキを脇にして揉み手をする。見た目をよくしたらしい。ユウタの内心を察知したようだ。わかりやすい。が、値下げ交渉をするべきか迷う。高くはないが、安くもない。
見た目重視の価格のようだ。戦闘能力だけを見れば、犬獣人なのだが。アキラに視線を向けて、促すと。
「えっと。その手持ちが10万くらいしかないんだが…」
「えっ」
そんなぽっちでどうしようというのか。どうにもならないだろうに。わかってない。ただ、低レベルだとかなんとかいう以前にクエスト自体が安い。餓狼饗宴の中には、強力な魔物もいるが。少なくとも1,2階では満足に稼げないだろう。一人で下の方まで行ってもいいのだが、意味が薄い。
レベルを上げるともう人間では、ない。だから、稼げる。
「絶句しないでくれよ。いや、だってそんなに稼げねえって」
「ええっと。なんで、そんなにお金がないんですか。クエストやってますか」
「いや、いやいや。やってるよ。やってっけど、そんなに増えねえもん。朝から薬草採取を受けてたって、そんなに金貯まんねえし。すぐに金が稼げるようにならねえし。高すぎだろ」
「ふう」
ため息しか漏れない。アキラは、金の稼げない冒険者のようだ。
だしてもいい。しかし、それでいいのか。迷うと。
「いえ、まさかあのアルブレスト様ともあろう方が冷やかしなど。滅多に見れるものではありませんよ。これは、面白くなってまいりました。はい」
キッツは、煽っている。安い挑発だ。が、無視できない。
「得物がない、とはどういう事ですか」
「得意な武器、扱いに慣れているかどうかですねえ。あと、見た目はことほどに物を言いますし」
「可愛いよなあ。確かに、全員欲しいぜ。けど、選ぶなら狼系かな。やっぱ強そうだし。獅子も捨てがたいなあ。丸い耳が可愛いな」
アキラも可愛さしか見ていない。男は、そうなのだ。女もそうであろう。事は想像に難くない。
アキラは、仲間として力が不足しているが…。悩ましい。
男を選ぼうとするが、自殺行為だ。雄が2人いれば、雌を巡って争うのは必定。運命といってもいい。全員手に入れるのも有りだ。
「では、狼系の子を。それと獅子系の子を取り置きとかできますか」
「ほうほう。よろしいでしょう。いい買い物をなされましたな。私めも頑張って用意させたかいがあるというものです。それで、代金はどのようにお支払いいただけますか」
「現金で。契約書の類は、ここでされるのですよね」
「そうですね。主人をお呼びしますので、スキルの解除と移しをしなければなりません。書類の準備もありますので、時間の方が少しかかります。狼獣人は、凶暴です。扱いには、注意してください」
「わかりました」
「それでは、お金の方を」
アキラは、すっかり狼獣人の虜だ。目がハートマークを作っている。セリアと会った時に、こういう顔をしていたのであろうか。情けない。やがて、キッツが戻ってきた。と、アキラを呼んでやりとりをし始めた。そして、金貨を手渡しながら。数を数える。紙でできた書類を受け取ると、借用についても一筆アキラに書かせる。
こういう事は大事だ。キッツは、揉み手をしながら白金貨に魔術を当てている。鑑定をしているのだろう。意外である。
「確かに頂戴しました。なるほどですね。全員、買い取れるぐらいはお持ちなのですねえ。流石はアルブレスト様。お若いのに、大した物だ。この子は、ネリエル。まだ、職を持っていないですが大切にしてやってください」
「わかりました。アキラさん?」
「お、おう」
「行きましょう」
ネリエルは、黒髪に黒目といった狼獣人だ。背は、アキラよりも小さいが偉そうである。アキラは、獣人とキッツと視線を巡らせている。顔を向けてくると。
「な、なあ。金、いいのか?」
「良くないですよ。借金で、つけときます」
タダなはずがない。
「マジで? まあ、そうだよな。けど、支払いもできそうにない額なんだが」
「最悪、スキルを売っぱらえばいいので」
強奪スキルは高額で売れるはずだ。それで、チャラにできる。
「鬼だ。…大事にしないとな。ええと、ネリエルちゃん。魔術とか使えんの?」
「使えない」
魔術は、使えるようになる。訓練次第だ。
「まあ、【俊足】と【強靭】を持ってるし。いいよな」
「それは、まあ」
その2つは、普通にある。大抵のレベル持ちの獣人には。が、いうと落ち込むか。アキラは、周りを見るが金が無いというのに。
「良くを言ったら、魔術適正がある奴がいると良かったんだけどなあ。マールとネリエルに魔術を覚えさせて、俺は援護を受けるスタイルのがいいかもしれんし」
欲深かった。
すぐに鑑定をかけていたらしい。勝手にかけていると、相手にバレたときが面倒なのだが。そういう事は、ミッドガルド本国くらいのものなのか。奴隷商人が、見ているという事を忘れがちだ。アキラは、金を返せるかどうかが心配のようである。それと、ネリエルの顔ばかり見ているが。
「武器や防具はどうするんですか」
「しまった。それは、また貸してくれるか」
「また貸しですね。しょうがないですね」
アキラは考えていなかった。ネリエルは、布の服というか布を着ているだけの状態なのだ。色々とでるところがでて背丈が高いだけに、危険だ。モニカとミミーは元の入り口で立っていた。
「あれ、一人増えてる」
「本当です」
ミミーとモニカはネリエルの顔を見て、アキラの方が口を開く。
「うお、んっと。こいつは新入りのネリエル。よろしくな」
「ネリエルだ。よろしく」
険しい顔から縦皺がとれた。気に入らなかったのだろう。
ネリエルは、奴隷としての調教をほとんど受けていないのか。
へりくだった様子がない。
黒髪のネリエルは、尻尾も黒だ。粗末な布を着ているだけ、で防具の類がない。ミミーは鼻を押さえている。臭うようだ。
「一旦、お風呂に入ってもらって装備を用意しますか。モニカ、彼女用に防具と武器を出せる?」
「いいですよ。ただし、素材代を差し引いてチャラになりますけど。それでいいならいいですよ」
「ありがと。それで、身体に合うのを出してよ」
「ええと。50万ゴルになります」
金を払って、ネリエルに装備を整えておく。
風呂に早速向かうと、その間に山田たちがやっている作業を見る。順調に作業は進んでいるようだ。町の外に広がるように外壁と、建屋が並んでいる。どれもこれもラトスクの中よりも立派だ。敷地の中では、獣人の子供たちが布で作ったサッカーボールを蹴って遊んでいる。ほのぼのとした光景だ。井戸も並んであって、飲み水もバッチリだ。
子供たちの足には、草履があった。爪の部分を布で覆うような格好にしてある。爪で蹴ったら、破裂してしまうのだろう。だからか、草履が草履らしからぬ様態になっていた。革靴を作っている獣人たちと草履を作っている獣人たちが見受けられた。
風呂に入っているのを待っていると。さっぱりしたネリエルがでてきた。アキラは、落ち着かない様子だ。長椅子に座って、牛乳を飲んでいると。アキラは、ネリエルの整った顔を見て拳を握り締めながらいう。
「おー。見間違えたぜ。いける、こりゃあ俺にも運が向いてきたな」
「だといいですけどね」
「ふん。ユーウ。楽しそうだな」
振り返る。と、そこには黄金の鎧を着て聖剣に手をかけたアルーシュが立っていた。怖い。雰囲気が。




