86話 冒険者たちは餌になったり大変です (ユウタ、エリストール、モニカ、ミミー、アキラ、マール)
餓狼饗宴は、基本的に暗い洞窟のような場所だ。その開けた広場で、男たちが狼を相手にしていた。問題は、狼がただの狼ではなくて。頭が2つも3つもついているような狼だという事だ。ウルフではなく、ツーヘッド・ウルフという。噛みつきが主な攻撃だが、足元にいるような狼の大きさではない。これに出会うと、普通は逃げるのだが逃げていないという事は自信があったという事か。
アキラは、不安な表情。だが力強くいう。
「助けようぜっ」
「しかし、助けを求められてももいませんけどね。しょうがないですか」
奥にツーヘッド・ウルフ。男たちを囲むようにウルフがぐるぐると回っている。
明らかに劣勢だ。
アキラは、日本人らしく性善説に基づいて行動するタイプらしい。男たちの集団は、前衛である大盾を構えたタンクをメインに行動していたようだ。が、アタッカーが何人も倒れている。
弓を持っていたであろう男。槍を持っていたであろう男。倒れた格好で、地面に横たわっている。タックルを受けたのか頭がない状態だ。半壊しているともいえよう。助けに入るのか否か。アキラは、すでに駈け出している。
エリストールが弓をつがえて援護するようだ。ミミーもそれに習った。モニカは、アキラの後ろに続く。
「来やがれこの犬っころ!」
「なんだ? 子供が、危ないぞ」
屈強な体格の獣人が吠える。
ツーヘッド・ウルフの特徴は、頭の噛みつきだけが脅威ではない。まず、体格が人間大に大きい。そして、周囲の洞穴からウルフが集まってくる。色とりどりだが、どれも噛みつきは脅威だ。よだれを垂らしているウルフは特に。酸や毒を持っている魔物もいる。集まってくるウルフを見て、男たちの後衛が悲鳴を上げた。このままでは、全滅コースだ。
骨も残さずにくわれてしまうだろう。小さな洞穴からウルフが跳びかかってくる。それを殴りつけた。短い悲鳴と骨を砕く感触が伝わってくる。前方のツーヘッド・ウルフを倒す。アキラには、手に負えないだろう。その危惧どおり。剣で斬りかかろうとして、反対にアキラは殴られてしまった。
「うっ」
「言わんこっちゃない!」
盾を持った男がアキラを守ろうとする。不味い。男がカバーに入るが、タックルでも受ければそのまま轢かれてしまう。ぺちゃんこになってしまえば、アキラの蘇生は絶望的だ。五体満足でも死んでしまうのに。そうは、させじと2つの頭を持つ狼との間合いを詰める。側面に回りこむと、両の手に気を込めた。
「せいっ」
ツーヘッド・ウルフの身体が弾けて、壁にあたる。即死のようだ。ウルフたちは、それを見て逃げ出した。小さな洞穴に逃げ込む。と、すぐに気配が遠ざかる。男たちは、ぽかんとしていた。何が起こったのかわかっていない風だ。穴は、土の魔術で塞いでおく。小さな石礫を飛ばす土弾で埋めてしまうのも手だ。理解が現実に追いついていないような。そんな風なので。
先に言う。
「すいません。お邪魔でしたか」
「いやいや。助かった。危ない所を助けていただき、感謝する。それは、そうと宝はこちらの取り分でいいか」
「ええ」
救援料金を徴収しようとするのも、悪どいだろう。
もっといえば、先に見つけて後から来たのに取られるとか。仲間も浮かばれないだろう。獣人の男は、犬系のようだ。四角い鼻をこすると、男たちは仲間の死体をそのままに撤収する。
宝は、土の箱状の物にはいっていたようだ。中身は、金色に輝くインゴットのようだった。あれで、死ぬのだから儲けはあったのであろうか。今日に死んで、明日を迎える事のできない死体を見て寂しくなる。
ツーヘッドウルフをイベントリに入れた。
アキラは、エリストールから回復を受けると。
「いてて。どじった。お、お宝はどうなったんだよ。あったよなお宝。くれてやったのか?」
「仕方ないでしょう。発見したのは、彼らなのだし。後から来て、横取りというのは、ちょっと出来ません」
懲りていないようだ。人を助ける前に、自分の身を守る方が先である。違うだろうか。
「ええ、でもよ。助けてやったんだから、金くらい寄越したっていいんじゃねえの? ただで働いたようなもんじゃんか」
「その通りだ。馬鹿者め」
エリストールが、アキラの兜をどついた。
よくわかっていないようだ。日本人のように空気を読むだとか。謝礼に金を寄越すだとかそんな事が普通にあると、思っているようである。迷宮に入って、他人が戦っている場面に出くわしたのなら。まずは、観戦である。劣勢であれば、助けを求めるであろうし。他人が勝手に戦いに割り込んで、謝礼を求めるのは相手も納得しないだろう。
「そういう事です」
「うへえ。なんだよそれ。すっげえがっかりだぜ」
「いや、本当にそうです。もう少し、様子を見るべきでしたね」
「ユーウって、結構ドライな奴なの?」
「かもしれませんね」
蘇生に時間がかかる。頭部を失っていては、なおの事。頭部だけは、守らないといけない。お約束だ。
迷宮でまで人を助けていたら、もうきりがない。それがわかるくらいには、戦いを重ねてきた。なんでも無償でやっていると、一向に金が入らないだとか。一階の魔物を倒したからといって、金になるのは結局魔物の身体だったりする。だから、ツーヘッドウルフの死体をおいて行った彼らはそれが謝礼という事だ。好きに解体していいぞ、という事である。
「ともかく、先へ行きましょう」
「ぐるぐる回っているような気がするなあ」
実際に、ぐるぐる回っているのだからそういう事になる。
一階で出会う魔物を倒しまくるのがいいだろう。二階に行くには、心もとない。魔術も使えないアキラは、【強奪】がなければただの剣士だ。しかも、とくにこれといった強みのない。マールは荷物を抱えていて、ひょこひょことついてくるのでせい一杯。戦う事ができない荷物持ちだ。魔物を焼いて食べる事もこの迷宮では危険だ。肉に釣られて、魔物が寄ってくる。
ウルフだけかと思えば、冒険者の死体が変化したのか。スケルトンにも出くわす。と、
「初めてみたっ。すっげえー。本物だぜ」
骨だけで動いているのだから、そうなのだろう。VRMMOを体験してはいないようだ。ゲームでは雑魚として出てくるが、侮ってはいけない。普通に、危険な相手だ。骨の手に剣を持っている。アキラは、丁寧に剣を捌いて戦っているがまどろっこしい。スケルトン如きは、秒殺していかなければいけないというのに。時間がかかって仕方がない。
「これで、終わりだ!」
アキラの剣が、スケルトンの頭蓋を砕いた。反撃の剣は、反対の剣で受けている。アキラの剣を鑑定すると。攻撃力1でただの鉄の剣だった。伝説の剣だとか、そんなことはなかったのが残念だ。チート能力がポイントを食い過ぎたのであろう。だとすると、制限をとくべきだろうか。仲間になったのに、制限を設けていては弱い。というか、強奪なのにかなり弱い。
服に至っては、防御力0とでた。酷い。
強奪スキルもセリアに対しては、全くの無力だろう。むしろ、下位互換といっても差し支えない。【強奪】と聞くととんでもないチート能力を連想するのだが、そんな事はなかった。
「ひょっとして、アキラさんって弱いんですか」
「はうっ?」
「ミミーもそう思いました。なんていうか、口だけのような」
アキラがぷるぷる震えている。我慢だ。我慢の時だ。アキラは、手まで震えていたが。
「うおおおっ。強くなればいいんだろっ。強くなればさあ。なあ、マール」
「そうです。ご主人様! ファイトですよ」
マールは、健気に慰めるが果たしてそれがアキラにとっていいのか。わからない。油断していると、罠にでもかかりそうだ。フローティングボードを使うまでもなく、今では体力があるので歩いている。風の魔術が使えるのなら、気流を操作する事で隙間だとかそういうのがわかるだろう。勿論、落とし穴を塞ぐ事も土の魔術が扱えるのなら防げる。
落とし穴は、塞ぐか避けるかだ。
通路一杯に広がる落とし穴があれば、浮遊の魔術が物をいう。地面を凍らせるのもいい。水を流して、凍らせるだけでも強力だ。もっとも、全部の通路を凍らせていっては魔力が切れてしまいかねない。魔物の中には電撃が効かない相手も稀にいる。地面に放電するだとか、そういう相手には火が効く。火も効かないとなれば、土で埋めるか凍らせるかだ。
「なあなあ。剣士の斬撃ってスキル。これって使えんの?」
「基本ですよ。少なくとも、それをまともに使えないようでは上に行けないですね。いえ、この迷宮だと下ですか」
斬りの強化版が斬撃である。
「スケルトンばっかだと、砕くのが良さそうだよな」
「両手にメイスでも持ちますか」
「いや、戦士ならともかくなあ。剣士にそれはねえべ。適正も補正もないしよ。剣士に剣以外って邪道じゃないの。せめて、盾で殴るとかを勧めてくれ」
ジョブ補正を無視するなら槌を持つのも有りだ。スケルトン相手だと、砕くという特性が効果を発揮する。剣士だからといって、槌が持てないという事もない。が、アキラは槌を嫌がっている。嫌がるとかそういう次元ではないのだが。そんな事はお構いなしに使わざる得ないだろうに。鉄の剣で鉄の鎧をぶった斬れるとか言い出しそうだ。
スキルもなしには、斬れなどしない。兜割りというスキルがまさにそれ。斬鉄を可能にするスキルで、剣でダメージを負わせようと思えばこれしかない。
「盾を使いますか」
「ああ。でも、普通の盾って結構値段がするんだよな。もしかして、くれるとか?」
「いいですよ。盾なら、戦場で腐るほど拾ってたりしますから」
盾を取り出す。金属製の盾だ。丸い。ラウンドシールドという奴だ。それを手渡すと、アキラはそのまま装備した。が、動きづらそうである。意外に重たいので、重心が悪いのであろう。
「結構重たいのな。しかし、これで戦えるぜ」
「だといいですけど。まだまだ序の口ですよ」
「マジ?」
「マジです」
スケルトンは、冒険者の成れの果てだったりする。ウルフに食われて、ゾンビになったりスケルトンになったりするのだ。だから、餓狼饗宴には武器や防具がそのまま転がっていたりする。それが、金に変わるとはなんとも因果な話だ。魔物から取れる魔核が非常に高値で売れるので、それを求めて戦うという獣人もいるようだが。
スケルトンを倒していると、ウルフの群れに出会った。
「今度こそっ」
「左右のサポートをお願い。モニカとミミーで」
「「はい!」」
後ろから、エリストールの矢と魔術で援護だ。回復もいける。荷物持ちのマールは、後ろというよりは横だった。後ろからの攻撃もあり得るからだ。戦闘は出来そうもない。飛びかかってくるウルフを盾で弾き、離れて様子を見ているのを撃つ。風の魔術【エア・カッター】で真っ二つだ。ミミーの犬は、ほとんど役に立っていない。DDも似たような物だ。
「なあ。こいつら倒して、死体をどこにやってるんだ?」
戦闘が終わると、アキラは興味深そうに穴を見た。
「ええと、この先はイベントリですね。死体置き場です」
「マジか。アイテムボックス持ちっていいよな。羨ましいぜ」
「持ってないんですか? ああ、だから」
「そうなんだよ。持ってたら、マールだって戦えるんだけどな。意外と素早いんだぜ。こりゃ、早いとこ男の奴隷を捕まえないとな」
「男ですか?」
「なんか問題でもあるのか?」
そりゃあ問題があるだろうに。男を入れれば、普通は女を巡って争いになりかねない。ハーレムを築こうというのに、男を入れた日にはそれが元で崩壊するのが目に見えるようだ。それとも、自分の魅力を絶大だと思っているのだろうか。その過信に足元をすくわれそうである。とはいえ、他人のパーティーに口を挟むのもどうかと。
「いえ。男と女の関係なんですよね? マールさんとは」
「だな。昨日も大分楽しんだぜ。あんたも楽しんだんだろ?」
「ああ、全くだ。こいつと来たら、チン●の一つも使わない。まさに、チン●ス野郎だ。私の色香に迷って襲ってくるのが普通だろ! なあ」
「い、いや。俺に言わないでくださいよ。姐さん」
「まあ、貴様に当たっても仕方がないのだろうがな。縛り上げられた挙句に、がに股でいかされる事を想像している私の身になってみろ! 欲求不満で襲いかねん! あの犬っころに苦戦するかと思えば、がっかりだ。ああ、本当にがっかりだぞ」
「え、えと俺でよければ…襲ってもらっても」
「なんか言ったか」
「いえ、なんも……」
アキラは、下を向いた。
エリストールがどうして気を向けているのかわかっている。ティアンナを守るためだ。そういう事だから、彼女に反応するわけにはいかない。気持ちに答えたら、その瞬間に八つ裂きにされました。とかいうBADENDがやってきそうなのだ。わかってくれと言えないのがきついところであった。
ピンク色の髪をヘルムに収めて、汗一つかいていない。怜悧な容貌のエリストールに大してアキラは、引け気味だった。ついでに、アキラは皮鎧という軽装にも関わらず息が上がっている。レベルがどうとかいう以前に、運動が不足しているようだ。ランニングをしろとは言わないけれど、走り込みをするのは基本だ。迷宮でも、走れるか否かが生存を分ける事が多々ある。
「なあ」
アキラが側に来て、話を小声でする。
「なんですか」
「なあなあ。あ、いや。エリストールの姐さんとはマジでやってないのかよ」
「そうですね。それが、何か?」
「悪いことは言わねえ。誰かに取られちまう前に、ものにしちまえって。これは、善意で言ってるんだぜ? あんないい女見たことがねえもん。日本じゃ絶対にお目にかかれない美女だろ。もう、やるしかねえって。なっ」
「そう言いますけど。僕は、9歳ですよ。不味いでしょ」
「いや、だから勃つなら問題ねえじゃん。俺の方がむらむらくるぜ」
「そういう訳ですよ。だから、男はいらない。奴隷であっても入れるのは危険だと思いますね」
アキラは、目を見開いた。気がついたようだ。人の目の前でNTR宣言とは、良い度胸である。見捨てられても仕方がないといえよう。ばつが悪くなったのか。申し訳なさそうな顔をして、いう。
「すまん。寝取ろうとかそういうのは、ねえから。勘弁してくれ」
「ええと、日本では間男は処刑されなかったんでしたっけ」
「うーん。最近じゃ、というか戦後だから姦通罪とか無くなってるな。間男も寝取られた方が悪い風潮だしなあ。妻子ある男が、不倫をしてもオッケーみたいな空気だし。あれ、なんでオッケーになったんだろうな」
不倫は、元々よくない。若いせいか。
「アキラさんのいう日本の事はよくわかりませんけど。ミッドガルドだと、決闘がまだありますからね。神明裁判は止めようとしているみたいですけど。貴族の娘に手を出したとか。孕ませたとかいう平民は、財産をよほど持っていないと死刑ですよ」
「てことは、憎からず思っているってことか」
言える訳がない。決闘裁判。判決を決闘で決めるのは、反対だ。強い方が勝つに決まっている。いいも悪いもそこにはないではないか。正しさが通らない。そんな世界だ。それでいいのかといえば、疑問が浮かぶ。
「ノーコメントです」
「ばっくれやがった。まあ、言葉にしずらいんだろうけどな。言っとく方がいいんじゃねえの。何でも」
「一つ。危険ですよ。日本人の発想は。簡単に言ってしまうと、冗談です。が、通用しませんから。いきなり、決闘になってしまったり後ろから斬られたりするかもしれません。ご注意を」
アキラは、顔を青くした。日本とは違うのだ。今だ、神だのなんだのと言っている未開の国なのだから。下手な事を言えば、それがそのまま死に繋がってしまうということを理解してもらわなければならない。
言えば、いいと。その反対だ。そういうものなのか。言葉にしては雲散霧消するような。気持ちとはそういうものではないだろうか。アルに対する忠誠心とてそうだ。
たとえ、どんなに心の内で忠義を誓ったとしても裏切り行為を働いているようでは裏切り者でしかない。騎士の忠誠ほどあてにならないという。しかし、行動が全てを表す。少なくともユーウもユウタもアルを裏切って、覇道を妨げるとかいう気持ちはないのだ。
全世界を統一するという野心。果たしてそこにどんな大義があるのか。と、余人には説明しずらいだろう。アルが神族で世界樹の系統だから世界の修復をします。手を貸してください。と、そんな事を言っても誰が信じるであろうか。せいぜい、与太話にしか聞こえない。他の国には、またそれを支配する神族がいるのだからなおのこと。
「ユーウ。後ろから、誰かくるぞ」
誰であろうか。エリストールの耳はいい。金属がなる音がする。エリストールが腕をとった。どういうつもりか。ぴったりと身体を寄せている。ぎりぎりのところで後をつけているのだろう。
DDは、肩に座ってるだけだ。永続光を反射して、眩しい。




