85話 強奪さんの育成 (ユウタ、モニカ、エリストール、ミミー、アキラ、モニカ)
学校は、来年度から少しは通わないと。さすがに不味い。
といいながら、面倒だ。エリストールを連れて帰る事にした。
ただでさえ面倒事を抱えているのに、学業までこなすのは。
学校の校門を出ると、すぐに脇道に入って転移する。
向かうのは、ペダ市だ。森の中を切り開くようにして街が立派になっている。
冒険者ギルドにある転移室に移ると、扉を開けて出る。中は、王都にも引けをとらない内装であった。王都は、アルがよく利用するためか金ピカの内装をしている本館と支店で分かれているくらいに差があるけれど。ペダ市もそれを習ってか、2つギルドができていて。支店なのに、さらに下位支店がある始末。
転移した場所は、下の方だ。転移部屋を作っても、転移してくる人間が少ないのが実情だった。ゲートの魔術を広めるかどうか。これが問題だ。簡単に習得できる魔術ではないという。ユウタが使えたのは、即ちユークリウッドが獲得していたからで。
他の人間が使えるように、レクチャー屋に空間魔術をスキルとして登録していたからだ。スキル化しなければ、ゲートにしろテレポートにしろ魔術士であっても容易に習得できないようだ。
エリアスがやりたがるが、そうはいかない。レクチャー屋でその魔術を登録すると、スキル化となる。便利になることは間違いないのだが。誰でも転移できるようになると、色々と面倒なのだ。アキラの【強奪】これも登録させるわけにはいかない。パッと見ても異様に便利なスキルだ。倒した魔物からスキルを奪うだけでも伸びしろは計り知れない。
【門】にしろ【転移】にしろ他の人間が使用しようとすれば、膨大な魔力を消費せざる得ない。スキルとして使うのなら、MPの消費も激しくないのだ。ペダ市に移って、すぐにやることは決まっている。クラブの鎧を作ってもらうのだ。向かったのは、ドワーフが経営している武器屋である。
ゴメスが経営する道具屋の隣にジェフが営んでいる武器屋があった。そう大きくもない武器屋で、時流に取り残されたような場所にある。ペダ村が大きくなるに従って、村長の家が市長を引き継いで庁舎ができたりした結果。中心地とは違う場所になってしまった。そのためか、古いペダ村の名残をのこしている。
そんな家といっても変わらない武器屋の扉を開けると。一人の獣人が受付をしていた。
ライチだ。
「こんにちは」
「あっ。おひさしぶりです」
「ジェフさんはいますか」
「ええっと、またすごい美人さんを連れてますね。うちのは、多分、奥で金槌を握ってますけど。今日はなにかご用ですか」
お腹がぽっこりでている。かなり残念だった。好みの女性だったのに。虎人らしく、しましまの耳が生えている。ドワーフと獣人でも子供ができるらしい。それを見てかエリストールは、よこでしおらしくしている。どういうことか。ほうって置いて、良さそうだ。
「クラブの素材で鎧を作って欲しいんですけど」
「クラブって、海の魔物ですか。珍しいですねえ。ちょっと待っててくださいね」
ライチが奥に引っ込む。仕事場があるのだ。
この一家。ジェフもライチも何時の間にか居座っていた。武器屋を開業しているのも、因果が引き寄せたのであろうか。ライチだけではない。犬の獣人であるエドも働いていたりする。2人ともジェフと一緒になったのは、故郷から出てきたらしいが。やはり、蜥蜴が猛威を振るっているらしく。何時ぞやのようにリザードマンたちに襲われる日がくるのだろうか。
運命は、繰り返すもの。という人もいる。もっとも、そうさせないために過去に戻る事を決意したのだ。大事な人と別れる事になったとしても。やらなければならないのは、妹であるシャルロッテの幸せだけだ。それ以外は、ユーウにとってはオマケであろう。ユウタにとっては、意味が薄いのだけれども。アーティとの事は、諦めざる得ない。
殺してでも奪うのかといえば、そうではないのだ。
以前のように疲れきった顔ではないドワーフが額の汗を手ぬぐいで拭きながら、現れた。風呂に入っているのか。若々しい。視線をユウタからエリストールに移す。
「おう。代官様じゃねえか。こんな所に、なんのようかよ。すげえ美人だ。どこで拾ったんだ」
「こっちのはお構い無く。今日は、クラブで鎧を作ってもらいたいのです。相談に乗ってもらえませんか」
「あーうん。いいけどよ。クラブの素材が、山ほどあるんだろ。どうせ」
見透かされている。エリストールは、不満顔になった。目がつり上がっている。
「一つ、いくらで作ってもらえますか」
「あーうん。そうだな。素材の買い取りも含めて、一つ1万だ。売値が200万だとしてもくっそ安い値段だろ」
「それは、安いですけど。安すぎませんか」
「売りに出して、売れたら代金の一割をもらう。これが、条件だな。こうするとそっちも儲かるし、俺の懐も潤う。今あるスケイルアーマーやらの一着1000万からすると、大分安い。大量に出回ると、こっちも困る。ここで売るなら、困った事になるぞ」
「あ、その点なら心配いりません。ウォルフガルドって知りませんか」
ジェフは、顎の髭をぼりぼりと掻いた。
「あーなるほどな。そっちで売るのか。いや、あんたの事だ。無償で配布するとかしそうだよな。売れるぞ。こっちでなら、いいのに仕上げりゃあ2000万いや4000万でも売れそうだ。硬い癖に軽いからな。金属鎧と違って、少々生臭いだろうけどよ。どれ、素材を見してくれよ」
「はい」
クラブの死体を取り出すと、死にたての蟹が並ぶ。大きさは、まちまちだ。それを見てジェフは唸った。
「こいつは、中身がまだ入ってんのか。もしかして、肉が取れるのかい」
「そうですね。保存状態がいいので、食べられると思いますが」
「じゃあ、エドを使いにやって肉屋を呼ぼう。肉を売って一儲けできるぜ。こいつは楽しみだ。なっライチ」
「あたしは、あんまり食べれないよ」
「そりゃそうだった」
ライチは、お腹をさすっている。
「まだまだクラブはあるのですけど、置き場がないですね」
「あーそうだな。山のように積み上げられても困る。そいじゃ、これで10着くらいは作れるか。作って売ってみるわ。そんで、売り切れないようならゴメスを通してアーバインなり王都で売ってもらえりゃいい。そっちのが儲かるかもしれん。外観にこだわらなきゃ、こいつの性能は良さそうだしな」
クラブの死体。鑑定すると、クラブの項目が見られる。海に棲む生き物らしい。武器は、両腕のハサミ。横歩きだけでなく、縦にも移動するようだ。蟹なのに、縦にも移動できるとは。魔物だからだろうか。1Gと売値が出ている。あまり、アテにしてもいけないのか。売った事がないから、売値が1Gなのかもしれない。
解体するのは、難儀だ。肉屋が駆けつけるのを見計らって、退散した。
次に向かうのは、ゴメスの道具屋だ。道具屋だけに、入るとポーション類が並んだ棚がある。草履と皮靴を買い取ってもらえないかという相談だ。店内は、未来よりもずっと綺麗になっている。ちょっと想像してみてほしい。田舎の駄菓子屋から、コンビニになったような。そんな感じである。綺麗に掃き掃除が行き届いたタイル張りの店内には、ゴメスの奥さんであるサラがいた。
「こんにちは」
「あら、また美人さんを連れてまあ。いらっしゃいませ」
「ゴメスさんは、いますか」
「あの人だったら、買い付けにいきましたよ」
「そうですか」
「帰ってくるのは、夕方になると思いますけど」
「わかりました」
どこへ行ってもエリストールが目立つようだ。
ゴメスがいなかった。残念だ。草履と皮靴を売るのは、ウォルフガルドでは成り立たない。貧乏すぎて、金を払える人間がまずいないのが問題だ。とすると、ミッドガルドで売るしかないのだが。コルト商会で消化するのもいいだろう。
屋敷に転移する。
コルト商会は、隣だ。もっとも隣は、パン屋をまだ続けている。売り子をしているのは、おっとりした奥さんだ。もうそんな事をしなくてもいいはずなのだが。真向かいにはコルト商会の本店があった。そのすぐ隣に桜火が経営する喫茶店がある。評判の方は、上々だ。豆を仕入れるのが、楽しみらしい。パン屋からパンを仕入れて、それを出すのが好評であった。
コルト商会にいきなりいっても、アポなしでは追い返されそうだ。
アキラの様子を見にいく。屋敷に戻ってからミミーとモニカを連れて、ラトスクの町にある事務所に移動すると。アキラは、マールといちゃいちゃしていた。
「こんにちは」
「おっ。大将。昨日は、お楽しみだったのかい?」
「そんなんじゃないですよ」
「またまた。そんな事いって、ずっこんばっこんやりまくったんだろ」
「いえ、してません」
すると、アキラは可哀想な子を見る目をした。
「じゃあ、アレか。大将はホモなのか?」
「ホモじゃないですよ」
「ホモってわかるんだな。こっちでも同性愛者の事をホモで通じるってのは意外だぜ。と、そりゃいいんだけどよ。大将、そうやってやらないでいてよお。誰かに取られてから、ああやっときゃよかったとか死んじまって一回くらいやっとけばよかったとか思うんだぜ。きっと」
「それは、あるかもしれませんけど」
「こいつは、とんでもなくドスケベだぞ。アキラ」
「へえ。話が違うみたいだな。けど、ちょうどいいや。俺も、そろそろ狩りに行きたいって思ってたんだわ。草履を作るのも配給も結構やったしな。どうだい、狩りに行かないか」
アキラは、立ち上がりながら腰に鞘を備えた。皮鎧に上着を羽織っている。コート代わりに獣の皮をなめした物だ。寒くないように装備に手入れをしている。盾を用意していないのは、失点だ。前衛でしかない剣士だというのに、盾を持っていないとは。
「いいですが、盾はないんですか」
「盾ねえ。ないと、やっぱ駄目なのか」
「あるのとないのとでは、大分生存率が違いますよ」
「エリストールの姐さんだって持ってないみたいだが?」
「こいつは、魔法の袋を持ってますから」
「なるほどな。ゲームのあれか。ストレージとかアイテムボックスがあるんだよな。そっちのが便利だよなあ。荷物がかさばるし」
アキラのパーティーは、基本的にマールが荷物持ちだ。戦闘員は、アキラしかいない。アキラのユニーク能力を封じた今、かなり微妙な戦闘力だ。
事務所を出ると、町の通りを獣人が慌ただしく移動している。配給を待っている獣人は、今も途切れていないようだ。残念ながら、今の状況を回復するには畑を耕せるようになる来年まではかかるだろう。
しかも、ミッドガルドと違い米の生産は厳しい。気温もそうだが、水がそもそも足りないだろうし。品種の改良というに取り組んでいるが、研究員が全く足りない。
食料の増産は不可欠。これをどうやって増やそうかと、日本人も悩んでいる有り様だ。王都周辺でしかやらない。風系と火系を操る事で気温を維持するにはかなりの魔力を食う。そもそも北欧といっていい地形と気候なので、米を作るには向いていないのだ。麦と米の収穫量を考えると、やらざる得ないが。それでも寒い場所で米というのは向いていない。
ウォルフガルドも似たような緯度にある。鳥馬に荷物を積むと、餓狼饗宴に向かった。
道すがらの魔物を倒しながら、進むと。入り口の前には、以前にはなかった冒険者がたむろしている風景がある。旗などはないが、声を出して入ろうという獣人がいた。ミッドガルドの迷宮と違うのは、入場税がないところだろうか。入るのに、金を取られないという。
むしろ、迷宮の魔物を討伐すると報奨金がでる有り様だ。死体の首をぶら下げて、帰還すると冒険者ギルドから金が貰えるのだ。すくなくとも、ラトスクの町ではそうなっている。魔物の首をぶら下げているのは、とても見た目が悪いが。インベントリやら、アイテムボックスがないのならそういう事になるだろう。
「なあ。他の獣人とか、パーティーを募集しているみたいだぜ? 俺らも募集しないのかよ」
「必要ないですよ」
「罠とか、大丈夫なのか」
シルバーナがいればそれに越した事はないが、いないので仕方がない。魔術でカバーだ。
「まあ、大丈夫でしょう。ともかく、さっさと進んでレベルを上げていきましょうよ」
「ならいいけど。情報とか集めなくて大丈夫なのか?」
「ええ。まずは、入ってみましょう」
入り口にいる冒険者は、怪訝な顔をした。それは、しょうがないだろう。子供に女だ。いかにも、危なっかしい。が、止めようとする獣人はいない。大体、魔物の肥やしになるのがオチなのだから。それは、間違っていないだろう。
餓狼饗宴の中は、下に潜っていくタイプだ。階段の側は、安全地帯になっているようだが。地図があると、すぐに攻略できるかというと。その通りで、罠は魔物が仕掛けているのか。不明だ。迷宮の主がいるのなら、罠を適度に張っておくのは常套手段だ。魔物は、一階が狼で統一されている。ウルフがメインになっているので、それに囲まれないように戦うのだ。
先頭には、エリストールが歩く。
「あの、さ。罠とか竿で地面を叩いた方がいいんじゃねえの?」
「それ、便利だね。アキラさんがマールさんと入るなら、それが必要ですねえ」
「無くて、大丈夫なのか。なあ」
「大丈夫です。どっちかというと、竿よりも棒じゃないですか」
インベントリから棒を手渡す。握った棒は、丸太から作った。そして、地面へと叩きつけながらアキラは先頭を歩く。
「どっちも一緒のような気がするぜ。あっそうか。魔術士がいりゃ罠が看破できる斥候か盗賊なしでもいいのか? 風の魔術で隙間を感知した方が便利だもんな。ああ、そうだ。魔術士が万能すぎるじゃねえか」
アキラは、棒を手にしていたがそれを地面に叩きつけるのを止めようとはしない。
「魔術をいざという時に使えない可能性もあるので、なるべくなら斥候持ちの仲間が欲しいですよね。ま、一階の魔物を全て倒していきましょう」
音を感知して現れるウルフをアキラは、剣で斬り倒す。エリストールは、大盾に短槍という構えだ。ミミーは、小盾に短剣。モニカは、円盾に槌。見事に前衛ばかりだった。それにマールが荷物を背負ってついてくる。ウルフは、並んで飛びかかってくるのでやりやすい。ウルフだけ、ならいいがそこにスライムまで混じったりすると。
「ファイア!」
アキラは、唱えたが何も起きなかった。LV20でHPが14とかそんな感じでMPが7とかなのだ。ファイアをMP1でだそうとしているのかそれとも5で出そうとしているのか。わからないけれども、アキラが魔術を不得手としている事だけはわかる。エリストールは、口の端を吊り上げながら叫ぶ。
「ファイアボール!」
火球が、ウルフたちのど真ん中で弾ける。と、ウルフたちは火だるまとなってやや間を置いて倒れた。圧勝だ。
「くそっ。剣士って、ハズレ職かよ」
「そうでもないですよ。きちんと育てれば、強職です」
「ハーレム王の前途が、真っ暗なんだが? なんだが?」
育てる前から、お先真っ暗になっているのか。アキラは、気が短すぎる。
「地道に、斬り倒していくしかないでしょうね。狼の動きになれるまで、一階をじっくりやっていきますか」
「二階には、何が出るんだ?」
「頭の2つある狼とかですね。動きが早いので、中々。あと、迷宮では、人間の方ががよっぽど危険です。別のパーティーに会ったら、注意した方が無難ですよ」
一階では、金になりそうな物は滅多にない。魔石も取れるかといえば、ろくにとれないのだ。腐るほど倒しても、そうそう取れないのが魔石であり、魔核であった。魔力の結晶体も他のパーティーに取られているのか、見つけることが難しい。となると、自然に実入りを求めて奥に進もうとするが。実力不足で餌になってしまうパーティーも少なくない。
「止まってください」
「どうした」
「何か聞こえませんか」
「悲鳴か。これは」
「助けようぜ。なあ」
アキラに言われるまま、奥へと進むと。その道の先には、広間で戦う冒険者の姿があった。




