83話 ハッピーエンド1の選択肢 (ユウタ、セリア、アルーシュ、モニカ、エリストール、グスタフ、桜火、エリザ、ルナ、オルフィーナ)
朝食をとる場所には、当然のようにアルーシュが座っていた。
スープをスプーンで救い上げながら、パンをちぎって浸して食べている。ばりばりと肉を頬張る姿ではない。というよりも、女装している。いや、これが普通なのだ。が、普通でないのでルナ、オルフィーナ以下びっくりしている状態だ。誰も、話をしていない。
「どうした。皆、静かだな」
「ええと」
皆、度肝を抜かれた状態になっている。グスタフからして、そうなのだから衝撃だったのだろう。細身に、厳しい顔と。ぽかんとした顔がそれを物語っていた。
「今日は、如何されたのでしょうか」
「うむ。…私と婚約するのだ」
⇨ はい
いいえ
はいと答えたら、そのまま王子にされてしまいそうだ。勝手に婚約するとか、やりそうであるが。
「セリアに、話をしたのですか」
「むぐっ。それは……その私の勝手だろ!」
「その、本気ですか?」
「本気も本気だ!」
と。ルナが割って入る。
「そんなのだめ~! 駄目なんだから! 認めないもん!」
「き、貴様っ。この私に向かって、そのような口をきくとはっ。どういうつもりだ」
「どうもうこうもないもん! 私の方が先にしたんだもん! だめーったらだめー!」
すると。セリアは。
「ふっ。アル様も冗談が過ぎます。ただの貴族の子弟が王族と婚約など、認められるはずがないでしょう。ルナ様もそうですよ。口約束だけで、それが本当に叶うとお思いか。せめて、もう少し歳を考えて言われてはどうでしょう」
「なっ。なんだと。お前、どっちの味方だ!」
「どっちでもありません。ただ、ユークリウッドの気持ちを無視して婚約などしても…ですね。逃げられるのではないでしょうか」
「馬鹿な。私を置いて、どこかに逐電するだと? ありえない話だな!」
アルーシュは、真剣な目で見る。心臓に悪い。心臓が、脈動するように血が頭に上っている。
「ありえない話なんてないでしょう。ユークリウッドは、空間魔術の使い手です。逃げようと思えば、地の果てでもどこまででも逃げられる。もっとも、逃げるような腰抜けを伴侶にするのはどうかと思いますが」
「ほう。では、セリアは逃げるのなら諦めるのだな。そうなのだな」
「そんなことは言ってません」
「言ったじゃないか。そんな事を言ってるじゃないか。そーだ、セリアは諦めるということでいいんだな!」
「違うと言っている!」
「ふっふーん。私は聞いたもんね。聞きましたー」
セリアの白い顔がみるみるうちに真っ赤になってきた。アルーシュは、とっくに湯気を上げている。2人で殴り合いとかやめてほしい。屋敷が崩壊してしまう。アルーシュは、闇の技も得意だ。そして、得物は炎の剣。グラムを抜けば、火事になってしまう。手がぬるぬるしている。
「こんな王女に忠誠を誓う事はないぞ。無理やり婚約するとか婚約者を奪うとか。無法者でしかない。だろっ、ユークリウッド」
「ええと。その、何故…。婚約したがるのか」
すると。全員が、残念そうな顔を向けてきた。こいつ何を言ってんの。というような。
「婚約する。という事は、結婚するという事だ。将来は、夫として王国の未来を担ってもらうという事だ。それとも、何か。アイテムだかなんだかと思っているから私が、婚約したがっているとか。そう思っているのか?」
「いえ。そのような事は。ただ、皆が納得するとは到底思えません。それに、気持ちが変わってしまうのでは?」
「そうなったら、婚約を解消すればいいだけの話であろう。そうではないか」
「そうであれば、なおさら婚約する意味もないのでは」
そこで、グスタフが割って入った。
「王、いえ姫様もまだお若い。せめてあと数年は待たれては如何でしょう。今のままでは、ユークリウッドが宮中で苦境に立たされるのは必至の事。時間をかけて、お互いを分かり合う事こそ肝要かと。本人同士で、そこのところよく話あって決めた方がよいと思います」
「ふん。そんな事か。もちろん、オッケーだな!?」
「駄目ですよ。ユークリウッドにそのような事をいって、押しに弱いのをいいことに強引に迫るのは」
セリアが防波堤になってくれている。ありがたい。なし崩しに結婚という事になっては、大変だ。
「むう。それでは、何かユークリウッドが私の事を好きではないようではないか」
「実際、そうではありませんか」
「何、だと」
「いつも囮につかったり、先鋒をやらせたり、殿をやらせたり。モンスターが溢れる部屋に特攻させたり。魔物を引っ掛けては、連れてきたり。休憩している間に、アイテムを拾わせたり。国土の開墾をさせまくって、それを自分の手柄にしたり。奴隷の扱いをよくするとか言っておいて、大して進歩がなかったり。ユークリウッドが稼いできたお金を使い込んだり。土地を整備するとかいって、あまり進んでいなかったり。道を整えるといって、お金を吸い上げては軍備を増強したり。隣の国を侵略したのはいいけれど、あまり状況は良くなっていなかったり。持ち出しが多くなって、やっぱりユークリウッドからお金を無心したり。ええと、言っている事がなにか間違っている事があれば聞きますが?」
セリアに、そう言われたアルーシュは顔面が蒼白になっている。手をわなわなと震わせながら。
「ち、ちがっ」
「違わないですよね。そうですよねえ」
「ぐっ。だから、どうしたというのだ。ユークリウッドは、私の臣下。当然、私に忠誠を誓っているのだから当たり前の事だろう」
「いえ。全然、全く当たり前ではありませんよ」
セリアがいつになく饒舌だ。周りの人間は、2人の行く先に割り込めないでいる。ルナは、「駄目ーったら駄目ー」と駄々をこねて桜火を困らせていた。
「何がどう駄目だというのだ。返答しだいでは、セリアといえども謹慎してもらうぞ」
「では、言わせてもらいます。その傲慢、をすり潰して差し上げましょう。事あるごとに、ユークリウッドに頼りきりで、国内の掌握にすら手間どるアル様。食料供給は、ユークリウッドがやりだした米の生産が主流ですよね。この開墾の間、アル様は一体何をなされていましたか?」
「む……え、と。きゅ、休憩をしてた」
「そうですよね。私とユークリウッドとアドルにロシナを加えた人間で、田んぼと畑を作っていきましたよね。人の手配は、エリアスとフィナルがしていきましたよね。ルーシアとオデットとクリスが苗を植えて種をまいてましたよね。その時も、くつろいで見ているだけでしたよね。ええと、アル様は何かされていましたでしょうか」
「何、もしてない」
セリアは、周りを見ると。グスタフと桜火は、目をそらした。エリザは微笑んでいる。モニカは、あからさまに白い目を見せていた。他の人間は、よくわかっていない様子だ。セリアは、肩をすくめながら。
「これですよ。自分の手柄にするのなら、せめて汗の一つでもかいてからにしてください。それで、相手の好感が得られるとお思いですか」
「えっと…おも、わない」
アルーシュの唇がかさかさになっているようだ。手は、握りしめられている。
「では、一体どうしてユークリウッドがアル様に好感を持たれていると。そう、お思いになるのですか」
「それは、その。お、男が稼ぐのが普通だからだ!」
「だからといって、人の手柄を横取りしますか。それで、褒美は未開の荒野とか。ああ、ありえないな。とかそういう風に相手が考えるとか。思わなかったのですか!?」
アルーシュは、人の顔を見て、涙目だ。セリアは、拳を握りしめてぶんっとふった。
「うっ。っと」
「泣いても駄目ですよ。そうやって、すぐ泣けばユークリウッドの事だから許されるだなんて思っているのでしょう。実際に、許されるのでしょうけど。私も事、ここに至っては言わせてもらいましょう。貴方は、駄目な子だ! 何が駄目かといえば、全てが駄目! 寝相は、悪いし。勝手に寝込みに入って場所を横取りするし。脇は臭いし、肉ばかり食って運動をしないせいで太ったのではないですか? ええ、水の件も言わせてもらいましょうか。ユークリウッド。知ってるか?」
「それ、関係ない。っ…」
セリアが、アルーシュから顔の向きを変える。意見が欲しいらしい。
「何を?」
「水だ。水。お前、水瓶の神器に魔力を使って水を出しているだろう。あれ、どうなっているのか知っているのか」
「だから、何を?」
「あれも、アル様の功績になっているのだ。アル様が、水を生み出していると。そういう事になっている。他にもあるぞ。米作りの件だ。あれも、温暖化の魔術を使用しているのだろう。そういった諸々の事。すべて、アル様の手柄にされている」
「ふうん。そうなんだ。でも、それでいいんじゃないの」
セリアが、ぎょっとした目で見た。アルーシュは、目をキラキラさせている。うっとおしい。擁護したつもりはないのに、どうしてアルーシュは。
「さ、さすがユークリウッドだ。そんな、だから頼りになるな。あ、あは。あーはっはっは。で、ではセリア。このくらいにしてくれ。頼む」
「ふっ…抜け駆けはずるい。ですよ。私も少し、堪忍袋の尻尾が切れたようです。反省しております。ですが、これほどとは。ユークリウッドは、その間抜けなのか大物なのかわからなくなってきた」
馬鹿にしているのか。余人なら、他の国にいくのも手なのかもしれない。しかし、妹がいるのだ。ユーウに頼まれているので、見捨てて逃げ出す訳にもいかない。どだい、逃げ出してどうなるというのか。どこへ行っても逃げる癖がついてしまうだろうに。
「ええと。その、そんなに気にする事なの?」
「いや、逆に聞きたい。鉱山を開発しているよな」
鉱山。グスタフが収容されることになった。いわくつきの鉱山だ。主に、犯罪者から政治犯までが収容されるような危険な鉱山である。待遇を改善したり、掘り方を変えたりしているが。
「してるね。それが?」
「その収益も、アル様の、国の収益になっているのは知っているのか?」
「知ってるよ。良いことじゃない。国が栄えて、みんなの生活が良くなる。いいことは、良いことだよ」
「いいのか? それで」
セリアは、呆れ顔だ。鉱山開発をすると、奴隷がいる。奴隷を集めようとすると、結局奴隷商人に頼るというような本末転倒ぶりをアルーシュは発揮していた。頭が痛い。みんなが幸せになることがいけない事なのか。
「いいじゃない。みんなのために働いているんだよ。きっと、誰もがみんなのためと路傍の石でも拾う気持ちで動いていればさ。みんなが幸せになるよ」
「本気で言っているのか? 誰も彼もがそんな風じゃないぞ。働くのが嫌な人間の方がむしろ多いはずだ。24時間働いていそうなのは、日本人くらいだ。そんなにミッドガルド人は働けなどしない。おかしいだろう。もう少し、自分の取り分だとか、そういうのを気にするべきだ。シャルロッテンブルクの街を大きくして、税収を上げるのもいいだろう。だが、働き尽くしで身体を壊してしまっては元も子もないぞ」
セリアは、大分不満が溜まっているようだ。仕事は、重労働だし大変だ。畑を開墾するのは、骨が折れた。奴隷を解放しようなどと、一時は思ったものだ。しかし、十分な教育が行き届いて国民の意識が高まらない限りは上手くいかないように見える。何故ならば、己がその階級社会の一員になってしまっているからだ。アルが手柄を横取りしているのは知っているし、腹も立つがしょうがない。
アルの立場を考えれば、あまりにも使える人間が功を誇りだしたらうっとおしいだろう。目障りに映るであろうし、場合によっては消す事も考えの内に入る。
「そうだけど。アル様には、良くしてもらってるよ。その内に、良いことでもあると思ってる」
「うむ。だから、私と…」
ギロッとセリアがアルーシュを睨んだ。
「何でもない。その、じ、時期尚早だったなあーと。大分、反省。し、しました。でも、セリアだってユークリウッドの事が好きなんじゃないのか」
「は? 当たり前です」
「またまた。もしそうなら、殴りかかってくるのは止めて」
「それは、断る」
がっくりした。セリアは、何かにつけて鍛錬のような殺し合いをしたがるのだ。一発入れば、頭が吹っ飛びそうな拳をもらう事になるというに。彼女は、自身の拳の威力を知っているのだろうか。山をも砕くその威力は、余裕でシールドを貫通してくる。生身での勝負から、ロボットの勝負に以降しがちだ。後ろから、殴りかかってくる事もあるのでたまらない。頭を割られて死ぬとか。酷い。
「おほん。お話の途中すいません。そのアル様が、おなごであったのは驚きであります。この事は、他の者は知っておられるのですかな」
「それは、知らないな。シグルスくらいだな。知っているのは。後は、パーティーのメンバーは気がついているだろうな。ずっと冒険してきたからな」
「ふむ。では、このこと。皆さんも他言は無用にお願いします」
「ええ? ルナも結婚したーい」
ルナは、よくわかっていないようだ。危うい。
その日、執務室ではグスタフが待っているとか有耶無耶になった。
はいと答えた場合。
ハッピーエンド1に。ユウタは、王子となり諸国と共存共栄を図る…訳もなく。全世界を支配する覇王となった。果ては、異世界日本を含む各国を侵略することに。王は、強大無比の力で最強を誇った。戦場でもただ一人。しかし、ある日。突如として、姿を消す。
どのような形で亡くなったのか。文献にも記されず、伝説上の王とされていくことに。
その墓の横には、狼国王女であったセリアの墓もあったというが。中には、骨も何もないという。
続く。
あれ。お、終わっていいんじゃ(・∀・)
でも、続いちゃう。




