70話 ミミー特訓する。(ユウタ、エリストール、モニカ、ミミー、狼、蟹)
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「恩を受けたが為に、大恩ある人を守りきれず。また、恩を受けた人を裏切る。か。呂布か光秀だな」
「騎士道物が好きなのだな。意外だぞ。貴様が本などを読むとは」
本は、王都の本屋で売りに出された代物でロマンスありバトルありの人気作だ。
「僕だって、本くらい読むさ。これくらいしか、最近は楽しみが無くてね」
「ふっふっふ。森妖精の蔵書は、1億冊以上だぞ。貴様ら人間の蔵書などたかが知れているな! なんなら、面白そうな本を見繕って取り寄せてやろうか?」
「何が目的なの」
「べっ別に、騎士道を愛する者同士としての普通の行動だっ」
エリストールは、ぼっちだったにちがいない。ピンク色の髪の毛をいじりなながら、もじもじした。
彼女はいう。顔を真っ赤にしながら。
「それで、こっちの方はやらないのか?」
「・・・(股間は、ぱんぱんよ! 普通の男子なら、間違いなくやってるよな! けどなあ、なんだかおかしいんだよ。モテるはずがないのに、どうして迫ってくるのか。どうかんがえても、何か企んでいそうだ。つか、女心は変わりやすいからな。時間が経てば、すぐにでも忘れるだろうさ。きっと、な・・・。この顔でモテても嬉しくねえ・・・。キモ豚の俺が、モテるはずがねえんだよ。きっと、騙されてるって罵られる)」
前田利家もぶっちぎるレベルなのに、できっこない。
そして、今の顔は。本当の顔では、ない。転生したり憑依したりと。色々ある。
どうにか堪えた。いつも通りの配給を終えて。
今日は目の前にはミミーがいる。モニカもいる。オマケは猫耳をつけたエリストール。
ミミーの特訓だ。
恐ろしい程に弱い。ミミー。
そのミミーは、ゴブリンすら倒せないレベルだ。冒険をしたいというが、それ以前の話ではないだろうか。ゴブリンは、意外にも強敵だったりする。獣人たちは、子鬼と呼ぶそれに苦戦するという。LVが上がりまくった状態では全く相手にならないのだが。
氷の剣山から引き上げてきたアキュたちのクランは、一様に疲れきっていて。アキュだけが張り切って指揮をとっているという。農地になりつつある街の外を眺めながら、ミッドガルドから持ってきた猫を放つ。猫は、ネズミ取り用だ。ちなみに、立て札も立ててある。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしくねー」
ミミーは、舌っ足らずなのか。口元が、震えている。モニカは、いつも通りだ。平均よりもかなり大きな体格で牛の尻尾がぱたぱたしている。金属鎧を装備した格好だ。ミミーの方は、布と短剣だ。それではいけない。
「ミミーは装備ないの?」
「あの。これだけです」
どう見ても、戦うとかそういう事以前に食事を取ったりしたほうがいい状態だ。アルバイトもないような狼国では、中々に厳しいが。冒険者ギルドもまともに稼働していないような状態なので、酷かもしれない。門の前では、兵士の募集から農夫の募集に切り替えられている。屯田兵というものを参考に、切り盛りしていく予定である。
かの三国志では、曹操孟徳が採用した案だ。戦闘が無ければ、農耕に従事させるという。わかりやすく効果がもたらされる。青空教室を開くのには、山田の友達に頼っている。教師を育てるのも、時間がかかる。誰でも教師にしていくのもありかもしれないが。反日ならぬ反ミッドガルド的な教師を育ててしまっては本末転倒だ。
ミミーには、教師になってもらうのもありかもしれない。レベルもなく、その出自から差別を受けて貧困にあえいできた。人生経験は、少なくとも。耐え難きを耐えてきたというのがわかる。彼女の弟は、快復に向かっているという。アイスウルフから採れた素材でできた薬は、効能を発揮したようだ。
「あの」
薬といえば、黒死病対策に線ペストの治療薬を作っておきたい。黒死病にかかった患者が必要になるのだが。そもそも、かかった人間が居ないと弱毒性の菌を作れないという。何から何まで上手くやっておかねば。最強ではない。黒死病が流行ってしまえば、大量の死者がでることになるのだから。
「あの!」
「何、かな」
「えっと。私、ゴブリンとか倒した事がないんですけど。ウルフだって難しいと思います」
考え事をしていた。が、中断されてしまった。ミミーの目の前には、狼の群れがある。いささか、無理があるか。しかし、回復はお手の物だ。手がちぎれても腕がちぎれても足がちぎれても大丈夫。蜥蜴の尻尾のように再生する。しかし、彼女は不安のようだ。LVがないのだから、心配なのだろうか。
「やる、って言ったのは君だよね」
「そうですけど・・・。頑張ります!」
うじうじする奴は、嫌いだ。男は度胸。しかし、女がこれほど臆病だとは。いささか、無謀とはいえ。セリアやモニカというどうにでもなれというような女は、少ないという認識に変更しなければならなかった。エリストールは、我関せずという風に金属鎧を纏っている。
「魔物を探して、巡回しているのだ。当然、予想外の相手に会うのは予想出来てしかるべきだぞっ」
エリストールは、飛び出そうとするが。腰を掴むと、すってんころりん。
胸から地面を滑った。
「ふ、ふぐぅ」
「ごめん」
「酷いぞっ。私の見せ場だというのに」
慌ててモニカが前に出る。連携のれもないような状態だ。LVがないとは0だとか、そんなレベルではない。ステータス自体が付いていないようなそんな感じだ。短剣を持つ手も震えている。とても、戦闘には向かないのが見て取れる。それでもやらせるのか。本当は、戦闘などやりたくないのではないか。金が欲しいからといって、それに手を出せるのか。
モニカが1人で、ウルフの群れを相手にしている。普通、牙が通らない鎧を装備していれば安心の相手だ。狼国では、それすらないような状態であった。つまり、布だかなんだかしれない装備で戦うという。はっきりいって、無茶苦茶であった。鎧を打つ鍛冶屋からして、その鉄を手に入れるのが、難しかったらしい。軍経由かその関係者だけだったというのだ。
馬鹿な話である。
全身を金属鎧で覆うモニカに狼が飛びかかるが、その頭を槌で砕いていく。すると、狼たちは逃げ出した。動物で魔物でもあるが、優劣の機微には敏いようだ。
「やったです」
「あんな感じだよ。まずは、鎧を着るところからかな」
「あの。鎧なんてありませんよ」
「大丈夫。モニカ、予備はあるかい」
「はいっ。学校でも作ってますから、沢山ありますよ」
モニカは、腰のポーチから金属鎧を取り出す。明らかに大きさが口似合っていないが、置いておこう。 ポーチことアイテムボックス。某狸の秘密道具であるが、古くは孫悟空も戦った秘宝のパチモノだ。ダンジョン畑ですら、その元になるような物がある。名前は、ダグザの大釜といったか。トゥアハ・デ・ダナーン神族が4秘宝の一つに数えられるそれだ。無限の食料を供給するという性能があるという。
すでに、誰かが考えている事は多々あって。ストーリーも、誰かがすでにやっていたりする事だ。オリジナリティなど、本当はどこの誰もがないのかもしれない。
奴隷として買ったモニカは作らなかったが、ここでは違う。ちゃんとやらせている。
学校では、モニカがやれるのは金属鎧を作る事だった。料理の方は、からっきしであるが。金属鎧に武器にと鍛冶をやらせれば、それなりの腕になっている。ゲームのように両立できればいいのだが。そうもいかない。ゲームと違い、鍛冶には凄まじい時間を取られる。よりいい物を作ろうとすればするほどに、時間を食う。
取り出されたのは、シンプルな鎧だ。鈍色で、体型が合うのか不明だが。
「えっとこれは、どうやって着ればいいのでしょうか」
「任せろ。ユークリウッド。貴様、いつまで見ている気だ。それとも、この娘に欲情をしたのか? ちょ、ちょっと待て。これは、酷いな。肉を食うべきだぞ」
エリストールが、鎧の装着を手伝うという。森妖精は、プライドが高いというが。
そうではないのか。ミミーは、されるがままだ。
「ありがとうございます」
「森もあれば、草原もある、沼沢もあって肥沃な大地が広がっているというのに耕作しないとはな。森妖精は、森の恵みだけで生きている種族だが。獣人たちは、武具を使わないのか」
疑問はもっともだ。金属系の防具を纏えば、ちょっとした魔物などLV付きの冒険者でなくとも排除できそうである。ウルフや小型スライム辺りならば、対策さえ練っておけばやれるはずであった。ミミーは、耳をうなだれさせている。
「すいません。その、着れなくて」
「いや、大した事じゃない。ただ、な。ユークリウッド、森か迷宮に行ってみるのはどうだろう」
「森は、早い気がするよ。迷宮は、もっと早すぎだよ。そもそも平地に出てきている魔物の駆除が最優先だからね」
平地には、アキュが指揮する魔物討伐隊が出ている。志願した兵でも戦闘ができる兵士とできない兵士がいたりするのだ。見渡して、魔物が見えれば討伐するという具合に。森が近いと、数が多い危険もある。どこから魔物が湧いてくるのかといえば、迷宮なのであろうが。窪地であったり、起伏がある場所に魔物が隠れている可能性がある。
犬系の魔物などは、普通にうろついていたりして農耕するには危険だ。今日は、川沿いを中心に駆除を行う。安心できるのは、迷宮につながる方向への道で、そちらの方は過日に処理している。魔物が移動する事を考えれば、巡回させるという案は実に理に叶っている。川に水を取りにいくのにも、魔物と遭遇しないように徹底する必要があった。
と、先ほどの魔物とは違う魔物に遭遇した。
蟹だ。蟹の群れだ。どうして蟹がいるのか。海でもないのに。
「なんだ、あれは」
「ひっ」
「怯むことはありません。ユーウさん、どうしますか」
モニカが尋ねてくる。焼けばいい。簡単な話だ。焼きガニの出来上がりだ。以前ならば、苦戦したであろうサイズの魔物だが。今ならば、電撃でもなんでもござれである。人よりも大きな蟹を見て、衝撃を受けているのか。ミミーは、固まった。まるで、彫像のように動かない。それで、そのまま食われてしまうのを見ている訳にもいかないだろう。
「モニカ、あれの相手ができるかい」
「もちろんです。ただ、一歩間違えると即死ですね」
「ハサミに気をつけてね。エリストールは、相手できるかな」
「弓で援護しよう。近寄られれば、槍で応戦だ。貴様は、どうする?」
考える。このままでは、ミミーはまるで役に立たない。気が進まないが。
「鎧化してみようかな」
「なんだそれは」
説明している暇は、無さそうだ。蟹は、クラブの名前で呼ばれている魔物で雑魚でもハサミを使った攻撃は侮れない。海辺にいるはずの魔物で、内陸であるはずの狼国に出現するのはおかしいのだが。巨大な魔物でも出てくれば、うかうかしていられないのも事実。ミミーの教育にしては、強すぎる魔物だ。むざむざ殺されるのを見ている訳にはいかない。
【鎧化】を選択すると。淡い光が全身から放たれる。
身体は、鋼。血の通わない鎧だ。鏡を見れば、卒倒するであろう。
「すごい。金色ですね。それ、なんなんですか」
「鎧だよ。ちょっと、こっちに。中に入って」
「えっ」
困惑するミミーを他所に、鎧の中にミミーを取り込む。鎧と合体すると。
「犬、っぽいです。ミミーちゃんと合体すると格好が変わるんですねー」
「なんなのだ。それは」
エリストールは、未だに理解しきれていない。モニカにも一度くらいしか見せていないのだから。しょうがないといえばしょうがないだろう。エリストールの職業は、騎士、僧侶、魔術士、野伏と多彩だ。性能も悪くない。モニカは、まだまだだ。鍛冶士が伸びているが。戦士は、エリストールよりも上のLVのようだ。
ミミーは、職業なし。性能は、全てが1だ。どうにかなるのか。というような。物は、試しである。LVを得るには、限界を超えた努力が必要かもしれない。その点で、鎧は装着した人間の性能を引き出す能力がある。実験をしてみる事だ。死ななければ、良し。死んでも、五体があればなんとでもなる。これもまた、本で読んだりした事のなぞりである。限界を超えた努力が、LVを開花させるという。嘘か真か。やってみるしかない。
「ミミー。聞こえるかい」
「はい。突進だ。エリストールにぶつからないように、ゆっくりとね」
恐るべきは、鎧の合体機能。セリアと合体した日には、地上がめちゃくちゃになった。海辺で試したら、大津波が出来たという。自分で起こして、自分で止めるなど。地上で修行をやらなくなったのには、そういう事があるからだ。地面を全力で蹴っていると、地割れや地震がおきてしまうのだから。全力を出して戦えない。
ゆっくりと、足を動かそうとするミミーだが。
「う、えっ」
目の前の蟹に倒れこんだ。ミミーの灰色の毛と同じ手が蟹を叩き潰す。伸縮自在の鎧を2m程度に設定したのが仇になったのか。ミミーは、目測を誤ったようだ。足の動きがおかしい。ミミー自体は、身長が150cm程度しかない。なので、歩幅が合わないのであろう。起き上がろうとするミミーに、クラブが襲いかかる。
「あわわああ」
必死で、蟹を払いのけるミミー。次々と蟹が潰れていく。ミミーの筋力を限界まで引き出して、限界を超えた力を発揮している。ミミー自身へのフィードバックがあるのは、解除した後だ。もしかすると、LVが付着するかもしれないし。付着しないかもしれない。というのは、この鎧を使った後には、ステータスが異様にあがる。LVも上がる。が、装着者は、数日の間に渡って疲労で動けなくなる。
変身している方は、なんともないが。モニカと合体した時には、牛のフォルムになってしまった。寸胴のミノタウロスっぽい鎧だったという。蟹をエリストールの弓矢が止めを刺していく。頭と態度がちょっとアレな森妖精だが、腕はあるようだ。
背後に、黒い影が忍び寄ってきた。




