64話 狩りの時間ですが。(ユウタ、セリア、ティアンナ、エリストール、桜火、グスタフ、エリザ、クラウザー、アレス、ヘラス、)
魔物狩り。
中世でいうならば、鹿狩りか鷹狩りにあたるであろう行為だ。
それらと違って、この魔物狩りは切実な思いを持っているが。
食料確保は、急務だ。極限状態の狼国は、持たない。
アイスウルフよりもその眷属として付いているスノーウルフやホワイトウルフの方が、処理しやすい。
ついでに、解体もしやすい。大型のアイスウルフに比べると、小柄だからだ。
雪は、ますます降ってきて。辺りが、見えなくなるほどだ。
氷の剣山と呼ばれる切り立った山々の姿は、すでに見えなくなっている。
早急に食料事情を何とかしようと思えば、肉を集めてくるのが早い。
そう、食物を麦からジャガイモに切り替えたりしても効果が出るまでには時間がかかる。
もっとも、ラトスク市にしろバーム村にしろ耕作以前の話だが。
外は、吹雪だというのに。
「狩りにいく?」
「うーん。一旦、撤退かな」
中では、狼肉の鍋で盛り上がっていた。酒は、入っていないはずなのに。
「ひっく。てぃあんなさーまー。ごきげんうるわしゅー。ぞんじあげますでーす。ひっく。あーのー聞いてくださいよー。あのーちんちくりんがーわたしにー冷たいんですよー。こんなにーかまってくれないのわー。嫌われているでしょうかー・・・。ぐすっ」
泣きながらエリストールがくだを巻いている。胸は、ぽいんぽいんと弾んでいた。
アキュは、思い切り頬をつねられている。男なのだから、仕方がないのだ。
女の胸に視線が行ってしまうのは、性としかいいようがない。見逃してはくれないようだが。
「こんなだし。アキュさんたちも撤退しますよね」
「それは、いいが。ここはどうするんだ?」
「明日もこれがあるとは、思わない方がいいですよ」
「なるほど」
ゲームと違って、マップを移動すれば安全地帯だとかそういう事はない。
小屋に防御魔術を使っているからといって、巨大な魔獣が押しつぶし攻撃などをしてくれば全滅だ。
少なくとも転移できるのに小屋で寝るのは、無謀だろう。
門を開ながら、見送っていると。
「ん。エリアスたちは待たない?」
「連絡を入れとくよ」
「ん」
エリストールは、肉汁を未だに食べて、ご飯をお代わりしている。
かなりの健啖家のようだ。
「どこにいくのですか」
「家、かな」
「ほう」
不穏な気配だ。エリアスに連絡をとると、
「はあ? どういう事よ。こっちは、ようやく終わってミミーちゃんの所に持ってくとこよ? 肉汁、残してあるんでしょうね」
「家で食べようよ。ちょっと、また後で」
「わかったわよ。急いで持って、配達したらおごってもらうわよ」
という具合で、怒りの気配が伝わってきた。
どうしようもないではないか。ずずん、という音が響く。近よっているようだ。
吹雪の中で戦うのは、下策といえよう。無論、ロボットを使うというのなら話は別だが。
「エリストールも行こう。ご飯は、また後で食べられるよ」
「むむ、この飯は美味いのに。勿体無い・・・。まさか、こうやって餌付けする戦法かっ。なんという高度なテクニックなのだ。このまま食べられない禁断症状に追い込まれれば、くうっ。食欲には負けてしまうのを見越しての技かっ。なんという事だ。このままみすみす食べられるスープと肉を前に去らねばならないとはっ」
ティアンナが強引にエリストールの腕を持つと引きずっていく。
どれだけ食べたいのか。底知れない胃袋だった。鍋の中をほとんど食って、それでその栄養がどこにいっているのか。不思議なぐらいである。
門を抜けると。
「兄者。お帰り」
クラウザーが出迎えた。顔が厳しい。父親であるグスタフに似てか、眉が濃い。
どこかの拳法家の長男に似た風貌だ。幼少の頃から、拳術を仕込んでいる。
剣の方も使えるが、本人は拳の方が合っているようだ。
「兄者。帰られたのですね。こちらの方々は?」
「ええと・・・」
「妻」
「えっ」
アレスが目を見開いた。
落ち着いた容貌と優しげな眼差しで、クラウザーの弟だ。
ティアンナの言葉に、アレスは顎を下にしている。
隣にいるクラウザーもやはりびっくりしている。
アレスは、横に連れているヘラスを抱きかかえた。
ちょっと歳の離れてできた一番下の弟だ。
いつ出来たのか。当然、ここに来てから仕込んでいるのだろう。
何時のまにかできた訳ではない。
グスタフとエリザの仲は良好のようだ。やることをやっていれば、できる。
それこそ、ぽんぽこぽんと。
驚いた2人に反応してか、ヘラスが泣き声を上げだした。まだ、幼いのでしょうがない。
「あ、あのお。私も紹介してほしいのですが」
「私は、ティアンナ。こっちは奴隷のエリストール」
「酷いです。ティアンナさま、ちょっとそれは・・・」
「ユーウは、奥手だからエリストールから誘惑していかないと駄目。ぐちょぐちょの濡れ濡れになるまで」
「やらないから。安心していいよ。それより、中に入ろう。食事とお風呂の準備をさせるから」
「ん。寝所は一緒」
「あはは。またまた」
どうにかして、躱さないといけない。
「(もしかして、アルーシュやセリアが忍び込んできているのを知っているのか? まさかな)」
「仲間外れにするのは、酷い」
バレているようだ。もはや、観念するしかない。
来たら、どうにか耐えるしかない。男は、おっぱいに弱いのだ。柔らかい肉に埋もれたいのだ。
そこには、男の根源的な欲求が詰まっているのだ。
女体の魅惑に耐えるには、賢者にでもなるしかない。
雪で遊んでいる弟たちが中に入っていくと、美しい女性が立っている。
楚々とした出で立ちと質素な服を来た金髪の女は、継母のエリザであった。
入ってきたティアンナとエリストールの顔を見て、
「あらあら、これは綺麗なお嬢様たちをお連れしたのですね。ようこそ、おいでくださいました。この家の家内でエリザと申します」
「ん。これは、どうも。ユーウの妻でティアンナと申します。こちらは、エリストール。ただの奴隷です」
ティアンナが、普通に喋っている。
「あらまあ。ユークリウッドも手が早いのねえ。セリアちゃんをどうするつもりなのかしら。てっきりアル様と衆道に入られたのとばかり。みないうちに色々あったのね。お母さんは、もっとお話するべきだったのかしら。たいへん、お父さんに言っておかないと。ちょっと中で待っていらしてね」
「…」
大変なことになりそうだ。継母のエリザは、すっかりティアンナのいう事を信じている。
どう考えてもおかしいだろうに。この国では、5歳で婚約していたりやってしまったりしていたりするが。そんなものは、例外中の例外だ。ゴブリンが一週間で成人してやり始めるのだとか。コビットが一ヶ月で成人してしまうだと。そんなファンタジーらしいところがあるが。
ユーウの身体がファンタジーしているとはいえ、ユウタは普通の倫理観を持っているつもりだった。
テーブルの上には、執事とメイドの手によって色取り取りの食事が並んでいる。
だというのに、雰囲気はよろしくない。
主に後ろに立っているメイドさんが怒気を放っているせいだ。
「こちらの方は?」
「えっと・・・」
「妻のティアンナ」
「…この桜火に手を出さないで、このような森妖精に手を出すなんて。悲しみのあまり、ふて寝しますっ」
困る。それは、困る。万能メイドさんなのだ。何をやらせても卒のないメイドさんで、普通の感性をもった普通の木人なのだ。人に見えて、人にあらずであるが。
「桜火も、もっとアタックするほうがいい。これ、ヘタレだから。逃げるばかり。待っていては駄目」
「いけません。ティアンナさま、そんな野獣を野に放つような真似をなさっては。ユークリウッドの毒牙に可憐なメイドが餌食になってしまいますよっ。白い液体まみれにされてしまうじゃありませんか。桜火さんといいましたね? 悪いことは言いません。この淫獣の魔の手から逃れるには、今すぐにでもお仕事を止められる方が…」
と、言っているとエリストールが、いきなり桜火に平手打ちを貰って倒れた。
「貴様ぁー。ご主人様に向かってなんという口の聞きよう。この無礼、躾がなっていないようですねえぇ」
突然、桜火がキレた。
「エリス。桜火に謝る」
「でっですが。本当の事です。ユークリウッドの本性を知らないのです。皆様騙されているのですよ」
「男なんて、そんなもの。むしろ、隠している方がおかしい。そういうものだと思っておけばいい」
「…(失礼な。紳士はきっといる。はず。まあ、いい女みたらやりたくなるのが普通だけどな)」
ティアンナと桜火は、睨み合ったままだ。しかし、このままでは食事がおぼつかない。
でいると、父親が入ってきた。似ても似つかないが。かなり、でっぷりとしてきた。
剣を腰にして、正装をしている。上下はスーツという出で立ちだ。
現代風のスーツは金がかかる。その金は、家に入れているからそれを使っているのであろう。
杖を手に、して。立ち上がった人間を座るようにすすめる。
「ようこそ、我が家においでなさいました。当主のグスタフです。お初にお目にかかります」
「私の名は、ティアンナ。風妖精の森に住まう。故郷から、こちらにでてきた。よろしくお願いします」
「ふむ。何でも、ユークリウッドの妻だとか。それは、本当かね」
「気持ちの方、です。婚約を結ぶのに、支障があるのなら言ってほしい。対応します」
「ふーむ。いくらなんでも、結婚するにはまだ早いと思うがね。本人同士の気持ちはともかくとして、我が家の長男なのでね。しかし、セリアちゃんやアル様になんといったらいいやら。事は、そう簡単な話ではないんだよ。モルドレッセ家からもレンダルク家からも婚約の申し出が内々にあったりするのでねえ。アル様との婚約は、どうなっているのか不思議なのだが・・・。隣の家の娘たちも良くしてもらっているし」
と、テーブルに座っていると。扉から飛びこんでくる幼女が2人。
「おじさま。一体、どういう話ですか!」
「ルナちゃんか」
オルフィーナとルナだ。幼女たちは、いきなりだだをこねだした。
「婚約なんてだめーったらだめー」
「け、結婚の約束したもん」
2人とも、自分たちでしているという風に話をしだした。
もう、頭がどうにかなりそうである。【分割思考】でも使えればそのままフェードアウトできるだろうに。生憎と、そのようなチートスキルを持ちあわせていない。
もしもできると、恐るべき能力が使えるのであるが。
人形使いの能力を掛けあわせた時、最大限の能力を見せるに違いない。
室内は、のほほんとしたティアンナとおろおろするエリザと。
それから、サツバツとしたエリストールと桜火でどうにもならない状態だ。
グスタフは、幼女2人の相手をするので手一杯になりつつある。
泣く子と地蔵に勝てないとは、この事だろう。
「先に、食べてようか。もう、どうにもなんないよ」
「ん、そうする。あとで、背中流して」
「それは…桜火。頼める?」
ティアンナと睨み合っていた桜火だが、聞いていたのか。
「よろしゅうございます」
「あー、あと暖かいコーヒーにハンバーグをお願い。2人分ね、片方は狼肉を使わないように」
「かしこまりました。セリア様用でございますね」
お辞儀をすると、エリストールを睨んでいく。どうにも、仲の悪い事だ。
「ん。桜火、ん? 誰かに似ている。誰だか思い出せない。思考制限? 違和感がある」
「何か、思い出しそうなのかな。重要だったりするのかな」
「かもしれないし、そうでもないかもしれない。どこかであった、懐かしい感じ」
「なるほどね。もどかしいね」
思い出せないのは、もどかしいものだ。喉のところまででかかって、つまるような。
記憶力のある人間が羨ましい。【完全記憶】なんてチートがあれば、間違いなく選択するだろう。
呪文だとか、円陣だとか、戦闘に関する術式については一発で覚えられるというのに。
事が日常で、差し障りの無さそうなそんな術だと苦手になる。
最強に関係がないからだろうか。
熱々のハンバーグに、ナイフを入れて口に持っていくと。
口の中にジュワっとした肉汁がとろけ出す。香辛料をケチってはいないようだ。
異世界でも楽しみといえば、食事と戦闘だったりする。
漫画やアニメもなく、小説の類もない。本といえば、魔術書くらいで。
食料事情を改善するのに追われている有り様だ。
もっとも、ずっと配給を己でやるというのなら無限に配給できるが。
それは、人としての生き方を奪うという事だ。
自分で生産し、自分でその日の生きる糧を得て。
自分で伴侶を見つけて、自分の幸せを掴み取らねば。
自分の人生ではない。
誰かに与えられ続ける生であっては、生きている意味もないではないか。
どこから、食料を調達できるのか。勿論、余人には秘密だ。
間違えた・・・こてっOrz




