63話 寒いので鍋です。
冷たい氷で覆われた獣の死体から、素材を取るのだという。
ミミーの弟がかかった病気は、風邪と似ている病気らしく。高温の熱が体内にこもり、水分が無くなって死に至るのだとか。
氷の剣山と呼ばれる一帯には、ボスクラスのモンスターがうようよいる。
レベル上げには持ってこいだ。
この一帯で狩りをしている人間が見当たらなかった。なので、広域殲滅魔術の使用も検討した。
ユウタにしても見つけるのが、景色と同化して大変なのだ。
だが、
「魔物も生きている。止めたほうがいい」
セリアにそんな事を言われては仕方がない。
ティアンナが狩ってきたアイスウルフには、お腹に子供がいたのだ。
それを見ては、止めるしかなかった。
「かわいい」
狩ってきたティアンナが見とれるようにいう。
その死体から子袋と言えるような場所から、小さな生き物がもそもそとでてきた。魔物が生息している場所に入ってきて狩りをしているのが悪いように思えてくる一幕だ。
人間とは、と。生きる為ならば、他の生き物を平然と殺すのだから。
「これ、運んでいくの。誰がするの? 私は持てないわよ」
「それならば、俺が」
エリアスの問いにアキュが答える。が、氷の表面と真白な毛皮を掴んで顔を真っ赤にした。
どうやら、アキュにとって相当に重たいようだ。
「む、ぐう。これは、重いぞ。よく、これを持ってこれたな」
「鍛え方が足りない」
と、セリアは力こぶを作ってみせる。全然こぶになっていないが。
アキュは、目を白黒させて。
「そうか。俺も、鍛え方が足りないか。戦士としても魔術士としてもまだまだだな」
「ぷぷ。おっさん鍛えるのは頭だけにしとけよな」
「誰が、足りない頭じゃ。ハゲを舐めるな!」
酷いハゲだった。頭部には、残り少ない毛髪がたなびくくらい。
あえていうならば、ハゲのHPはもう1よ、くらいに。
兜は、コサックがかぶるようなモコモコしたやつである。
コートを着ていても、寒そうに震えている。
「アキュさんに毛生え薬でも作らないといけませんね。そうだ、今度、開発しようよ」
「いいけど。売れるのかしら。それより、これ運んでよ」
「私が行こう」
「あら、セリアが? 頼むわよ」
エリアスは、ゲートを作ると去ってく。
「戻ってくるんだから、それ肉汁くらいにしておいてよね」
無茶をいう。山の中に作った野営地とはいえ、簡単なものなのだ。
木で作った柵を並べて、コテージを作りたいところだが。山には木が、大量にある。
それを切り倒して、薪を作っていくとする。
「作戦を変更しましょう」
「ふむ? こら、俺の髪を掴むな。泣くぞ」
「ぷぷ。おっさんの髪なんて、もうないじゃねえか。泣くこたあねえよ」
「まったく。だああ」
筋肉むきむきのおっさんと美少女が戯れる姿は、どうなのか。
ヒルダは、おっさん好きのようだ。ミミーは、鍋の様子を見ている。
なので、クラン員にお願いをしていく。
イベントリから丸太を取り出し、柵を立てていき小屋を作る。
柵には、【強化】の魔術をかけて魔物の突進にも耐えられるように。
空中から襲撃をうければそれまでだが。それは、もうどうしようもない。
矢で迎え撃つか魔術で叩き落とすかだ。
鍋を完成した小屋に運んで、暖を取る。ミミーは、気が気でない様子だ。
「弟さんの様子も気になるだろうし。一旦、帰る?」
「えっと、何のお役にも立っていませんけど」
「これから先は、君次第だよ」
「あの、じゃあ。帰ります」
ミミーは、ヒルダと一緒に門をくぐる。手を振っている彼女は、涙ぐんでいた。
それから、アキュの方を向くと。
「ちょっと。どういう事なの。すごく、気になるんだけど」
「そうだよ。あの子と、どういう関係なの? わかりやすく説明しなさい」
「はあっ? あの子は、ただの知り合いだ。それ以上でも、それ以下でもないっ。信じてくれっ!」
アキュは、リリペットにナタリーにユッカにリップに囲まれていた。
リオは男のコビットなので囲まれないであろうが。チスズにも囲まれれば、もはや逃げ場もない。
いや、元から逃げ場などなかったのかもしれないが。
ちなみに、ユッカは長身で白く輝く髪をした美女でリップは小柄なほうだ。
ユッカは筋肉質で、リップはそうでない方といえばわかりやすいだろう。
ユッカとリップが回復魔術を使用する。マッチョなユッカが学者だというのが驚きである。
「(触らぬ神にたたりなしだぜ)」
アキュが救いを求める視線を投げて寄越すが、そんな爆弾を受け取るほどお人好しではない。
ティアンナとエリストールの2人が狩りに出かけている、のが幸いだ。
特に、ティアンナが迫ってくると平静でいられないのが人情というもので。
エリストールは、別の意味でやばい。乳がやばい。頭がちょっとアレな子であるけれど。
「えっと、こんな物かな」
鍋の中には、熱々の肉とスープが香ばしい匂いを出している。
肉汁を売って儲けようという話だ。ミミーの話は、のっけに幸いであった。
何の算段もなく、話に乗るのも頭がないので。ラトスク周辺の町と村の食料事情をどうにかしようとすれば、おのずと魔物狩りになる。周辺の魔物を狩り尽くすには、時間がかかる。町で募集した獣人に訓練を施して、一人前にするにはもっと時間がかかる。
町の治安をどうにかしようとすれば、衣食住を何とかしなければならない。
町の西側では、掘っ立て小屋と耕作が始まっている。町の東側は、未だに魔物がうろついている。
北も南も手付かずだ。杓子で味見をする。
「まあまあかな」
ぎぃっと音がして、扉が開く。
「何やってるの?」
入ってきたのは、リオとチスズだ。
女の子たちに囲まれるアキュを見て、びっくりしている。が、一緒になって遊びだした。
アキュは、いじられキャラでもあるようだ。あまり、ハゲをイジめるのはよくない。
そのうち、ぐれてしまうのではないか。
アキュやミミーをして、ラトスクの町を思い出す。
農業改革をする方が、先だがそれどころでない状況にある。
別に商業用農作物を作っているだとか、寡占や買い占めが働いているだとか。そんな状態ではなくて、単純に農作物が作れない状態になっているという。恐ろしい事態だ。それをそのまま放置していたジギスムント家。いや、この場合はミッドガルド南方軍というべきか。
ミッドガルド西方軍はアルカディアにほとんどいるため、キルギスタン家が事を起こせないという事情も最近になってわかった事だ。アルーシュは、表面上でおくびにもそれを出したりしないのでわかりずらいが。書類の山と戦っている彼女には、頭が上がらない。同じ事をやろうとしても無理だろう。
頭の良さとか言うものは、努力でどうにかできるものではないのだ。それこそ、【並列思考】だとか【高速思考】【分割思考】だとかいうわけの分からないチートでも授かっていなければ。無理。
一歩間違えれば、多重人格者の出来上がりとも言われるチートだが、その強力さは恐るべき処理能力にある。書類の処理に、勉学に絶大な効果を発揮すること間違いない。
無駄を無くそうというような財政に手を突っ込むよりは、景気の浮揚に頼る政策の方がわかりやすい。
無駄を探すのも、官僚にやらせておけばいいのだ。何しろ、数字の間違いを探すのだけで一生を終えそうな生活など真っ平ごめんである。
鍋をかき混ぜて、外に出る。雪が、激しくなってきた。
建てたばかりの柵が白くなっている。アイスウルフの死体は、死体置き場であるイベントリに収納されている。キューブの機能で、VRMMOっぽくアイコンを出せるようになった。なので、別にインベントリにいれていてもいい。が、気分の問題だろう。同じところに入れていると、「うぁあ」となるような。
中では、アキュが追求から逃れるように鍋を注ぎ始めた。
どうやら、逃げるつもりのようだ。手元には、白い生き物がいる。
アイスウルフの子供をどうするか。
飼うのはいい。しかし、どこで飼うのか。
家で飼うには・・・。DDが声をかけてくる。
「いいよ。ボクは気にしないよ」
「よくわかるな」
「捨てられないんでしょ。一度見つけてしまうと、そうだもんね。で、家にするの? それとも迷宮?」
「うーん」
家には、弟や妹がいる。遊び相手にはちび竜たちがいるので、どうしたものか。
迷うのだ。新たなライバルが現れたとなると、ちびたちは平然としていられないだろう。
「そうだ。クリスに上げよう。きっと、可愛がってくれるかも」
「それは、自殺行為だよ。そうだねえ、上げるなら。アルーシュとアルルとアルトリウスとシグルスとルーシアとシルバーナとエリアスとフィナルにしときなよ。それ以外だと、おすすめできないね。クリスが死体になっちゃうと思うよ?」
「そうなのか。いや、しかし・・・」
多すぎる。アイスウルフの子供も、多いが。ほとんど、知り合い全員ではないか。
「ティアンナとか入っていないな」
「彼女、ユウタ以外は面倒になると切り捨てるタチだから。捨てられちゃうよ」
「それもそうか」
可愛らしく寝ている小さな生き物を中に入れてやると。
「なにこれ! すごーい。かわいいね」
と、嬌声が上がった。アキュは、脂汗を浮かべていた。が、女の子たちの興味が小さくて白い生き物に移って一息ついたようだ。笑みを浮かべて、親指を立てた。
別に、援護射撃をしたわけではない。むしろ、他人がイチャイチャしているのを見せつけられて。
ストレスがマッハで溜まったというのに。
DDは、寒くないのか。肩に止まった状態で、でんと座っている。
ふと、
「そういえば、お前。ユーラシア大陸からは、撤退したんだよな?」
「えっ」
この反応だ。もしや。
「まさか、そのまま支配を続けているのか?」
「や、やだなあ。ボクは撤退しろっていってるけどさぁ。アイツら言うこと聞かないんだもん。そのうち、痛い目を見せないとわからないのかも。だ、だってさ。ほら、なんていうの? 圧倒的な戦闘力の差があるんだよ? ほとんど無傷で勝てそうな相手を見つけちゃったらさ。ほら、人間だって戦争をふっかけるでしょ。ボクが殺しにいくのは、ちょっと難しいんだよね。言うこと聞かないから、殴ってわからせるってのは神の沽券に関わるっていうか。いや、虐殺状態とかしてないし。小康状態だし、植民とかしてたりするのはアレだけど。むしろね。人間だって、蜥蜴殲滅だとかいって攻撃してくるからさ。しょ、しょうがないよね。核攻撃とか貰っちゃったりしてさ、ボクも説得できない状態になっちゃったとかさ。水爆とか核兵器がばんばん飛んじゃっててね。もう、アウトみたいな。蜥蜴だからって酷いよね。すごい数の蜥蜴が死んじゃって竜王さんたち激おこ。これで、止まるんなら止めたいけど。行くとこまで行かないと戦争は終わんなくなっちゃった。とほほ」
「えーと・・・」
もう、いう言葉が見つからない。異世界にいるから、どうしようもないとはこの事だろう。
核兵器の打ち合いになっているようだ。人類対爬虫類の戦争が起きているらしい。
家電の輸入だとか、考えていたというのに。文明が消し飛ばなければいいが。
「最近、異世界に呼び出されなくなったのって。もしかして」
「もしかしなくても、混沌に満ちているからだよ。ユウタを呼び出したりなんかしたら、それこそ地上が壊滅しちゃう。竜にだって、神竜とか竜王でも黒龍クラスのが居ないわけじゃないからね。今は、抑えているのも参戦ってなったらもう収拾がつかないよ。とりあえず、日本は無事だから。絶対やらせないから」
「ふーん」
今一、信用ならない。目で見てみなければ。
と、結界を敷いている場所にティアンナがアイスウルフの死体を引きずってやってきた。
エリストールは、疲れきった顔をしている。
「はい、もう一匹」
「つ、疲れました。休憩にしましょうよ」
「この程度で疲れていては、護衛が務まらない。おっぴろげジャンプでもする?」
「くっ。このエリストール、ティアンナさまに忠義を誓った身。どこまでもお伴しますとも、しかし・・・」
ぷるぷると膝が笑っている。限界のようだ。
「休憩にしようよ」
「ん、いい匂いがする」
「くっ。このようなチビに助けられるとは・・・。一体どういうつもりですかっ。まさか、この疲れきった身体をしばりあげて、あんなことやあんなことをするつもりではないだろうな。こんな冷たい場所で、いきなりの野外プレイだとっ。お前、鬼畜だな」
「さあ、中に」
「ひがっ」
ティアンナが、無言でエリストールの後頭部を打った。
崩れ落ちる身体を抱くと。
「先にご飯でいい?」
「お風呂も用意できるけど、そっちは後にする?」
「ん、ご飯にする」
お腹が空いているようだ。アイスウルフの仔をどうするか。
思案のしどころだった。
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