61話 お腹がすくと。元気がでないですよね。
住む場所のすぐ近くには動かなくなった人が、地面に倒れている。
珍しくもない光景。暖かい家は、どこにいってしまったんだろう。
そう、寒い。家に帰れば。
最初に、目にしたのはろくに動かなくなってしまった弟たちだ。
村から出て、ラトスクの町に一家ででてきた。父親は、仕事を探しに行った。
けれども、町でも仕事にありつけないという。母親は、弟たちの姿を見て泣いてばかりだ。
どうにかしなければいけない。
でてきた村は、誰も彼もが貧しかった。税は高くて。それを納めようとすれば、奴隷にでも子供を売るしかない。父親や母親の子供の頃はそんなことなかったというのに。
何もかも、ミッドガルドが悪い。
攻めてきた、ミッドガルドが。
乾ききった口には、水すらろくに手に入らない。村では、水でお腹をふくらませている有り様だった。
町へ出てくれば、仕事にもありつけて。お腹一杯になるまで食わせてやると。
父親は意気込んでいたけれど。
現実は、甘くなかった。
そう、甘くないのだ。身を売る娘もいる。違法な事に手を出す男もいる。
ラトスクの町は、周辺にある村よりはずっと裕福だと聞いていたのに。
仕事がない。
あっても、違法な仕事だ。男なら、人攫いだとか。女なら、売春だ。
それだって、食うに困った獣人ならやらざる得ないだろう。
知っているのだ。もう、何日も食べ物をろくに口にしていない娘ですら。
未来がない事を。哭いている母親が、売春をしそうだということを。
それだって、子供のためだと思えば父親も反対できない事を。
ここには、地獄しかないのか。
背中と腹がくっつきそうになっている。
毎日が、飢餓寸前で。こうして歩いているのも、遠くの方にある川から水を汲んでくるためだった。
門を出れば、魔物に襲われる危険性があった。
それでも。
「よっ」
「何、ヒルダ」
名前は、ヒルダ。
出会ったのは、黒い髪をした筋肉質の女の子だ。髪の長い黒狼族の獣人。支配部族だけに、それほど痩せていない。
殺したい。何故って? それは、痩せていないからだ。
それだけでも、殺意が湧くには十分だ。
「つれねえ返事だぜ。水汲みに行くんだろ。手伝うぜ」
「・・・いい」
「そういうなよ。手を取り合うのは当然だぜ」
そういう所が鼻持ちならないというのだ。腹が空いて、音がなる。
ヒルダは、腰のポーチから固形物を取り出すと。
「何だ、腹が空いてんのか。これ、食うか?」
「いらない」
「そっか」
両手を上げた。本当は、食いたい。しかし、意地がある。
どうしても。施しは受けない。
門の番をする男たちの野卑な視線。完全に馬鹿にしているのだ。
それでいて、隣を歩く女の子を恐れているのだから滑稽ですらある。
「しっかし、お前も頑固だよなあ。施しくれえうけりゃあいいのに」
「いい」
うるさい。力があれば。力があれば、冒険者となって迷宮に潜って稼ぐ事もできる。
村の実りをミッドガルド人に奪われずにすんだ。
力があれば、この高慢ちきな女の子もぶっ飛ばせる。
だが、細い。肉のない。腕で、どうしようというだ。
現実には、川に行くことすら命がけである。
町の外は、魔物がうようよいて。町の人間ですら、最近では耕作に出かけられないという。
町の周りい現れる魔物。
どこからくるのか。知っている。迷宮からだ。
ダンジョンとも言われる迷宮は、なぜか魔物が住み着く。
そして、増える。
道を歩いて行くだけでも、魔物はいて襲われれば命がない。
重い桶に取っ手がついた代物だけは守らないといけない。
乾いた木でできた桶。
一家にある、最後の宝物だ。頑丈で、一日を食いつなぐための道具でもある。
水を売るのが、仕事だ。こんな事くらいしか思いつかない。
その川は、遠い。近い場所は、町の住人が使っている。
だというのに、ヒルダはいう。
「おい。近くのに行こうぜ」
「無茶いわないで。あなたは、いいかもしれないけれど・・・」
「んなもん、俺が黙らせてやるって」
駄目なのだ。そんな事をすれば、近くにいる人にまで迷惑がかかる。
ヒルダは、気配りのできない子であった。新調したのか。真新しい服を着ている。
腰には、ブロードソード。獣人でも、子供でも町の人間は何かしら武器を持っている。
己にはないのに。
買うお金があれば、それこそ弟たちの食費に回されるだろう。
「駄目にきまっているじゃない」
「しょうがねえなあ。遠くに行くと、そんだけ魔物に出くわすんだけどな。それでも、行くのかよ」
しょうがないのだ。獣人の大人も魔物も大差ないのだから。
その場は良くても、後から殴られたり蹴られたりするのは己なのだから。
細い身体に肉はない。それでも、欲情しようという男はいたりする。
だからといって、売ろうとは思わない。
桶は、売ってしまえばもう最期だ。きっと、骨のようになって死ぬのだ。
道の先には、魔物がいたりする。ヒルダが声を上げる。
「げっ」
道を歩いて行けば、そこには魔物が立っていた。迂回するしかない。
「迂回しようよ」
「ビッグフロッグじゃん。回り道するより、倒した方がいいって」
彼女は、倒すつもりのようだ。見た目は、カエルだ。大きな蟇蛙。
しかし、知っている。何人もの獣人がその犠牲になっている事を。
一匹でも普通の獣人には脅威だ。
モンスターなカエルは、その大きな口で丸呑みするのだ。
動きは、見た目ほどに遅くはなく。
それに襲われれば、村の人でだって多く犠牲になった。
ヒルダでは、荷が重いのではないか。
「けど」
「見てろ。倒す!」
ビッグフロッグは、舌を使った攻撃が得意の武器だ。
素早く伸ばされる舌を避けて、ヒルダは剣を振るう。
敵は、それだけではない。カエルだけではないのだ。
悠長にしていれば、他の魔物が寄ってくる。
果敢にもヒルダは、剣をビッグフロッグの胴に突き立てた。
一歩間違えれば、死んでいるのに。快哉を上げる。
「やったぜ!」
「すごいよ。本当にすごい」
冒険者にもなっていないのに。ヒルダは、魔物を仕留めた。
すごい。しかし、
「でもまあ。帰るっきゃねえな」
「そうだね」
2人して、しょんぼりした。だって、魔物を倒したということはさらなる魔物を呼び寄せる。
ここで言えば、ウルフ系の魔物は強敵だ。
死体に釣られて、どんどん増えていくのだ。
とぼとぼと、空のままの桶を手に帰ることになった。
ヒルダは、カエルを引きずっている。
それを手にしたまま。
「しっかし、これ食えんのか?」
「食べられるよ? 美味しくないけど」
「俺は、食う気しねえから。お前にやるよ」
「えっ」
ちょっと、そんな気になったけれど。ぐぅっとお腹が鳴る。
だけど。
「いいよ」
「そっか。お前、頑固だなあ」
お腹がすけば、なんでも食べるけど。持って帰れば、殴られて奪われるのだ。
弱いというのは、罪なんだ。父親は、同じように弱い。
犬系の獣人というのだけで、区別される。
しましまの耳を見て、大抵の獣人は確信する。
弱いと。
門に帰ってきてしまった。手ぶらだ。
どうしよう。このままだと、母親は身を売るだろう。悲しみで、目の内側から汁がでてきた。
それが、涙だっていうのは知っている。
「ちょっと待ってろ」
「えっ?」
門の内側に入った所で。
突然、ヒルダが去っていく。その方向には、一人の男が立っていた。
人間だ。頭は、獣人では見かけないつるつるの頭をしている。
それが誰だかわからないけれども。男を伴って、ヒルダは帰ってきた。
「なあ、おっさん。こいつに、飯食わせてやってくれよ」
「おっさんじゃない。アキュだ」
「あ、あの」
目を白黒させていると。男は、腰につけた鞄から物体を取り出す。
赤みのある肉だ。
どうしたのだろう。なぜ、こんな物を見せるのか。見せびらかすつもりなのか。
不意に、腹がぐぅうーという音を立てた。
「お嬢さん。私の名前は、アキュ・ベンという」
「なんかウンコみてえな名前だよなあ」
「えっ」
ヒルダは、瞬間にゲンコツを頭に貰った。痛そうだ。涙を目に浮かべながら、黒狼族の少女はいう。
「いってえー」
「ベンだ。便器じゃあない。お前は、年上に向かってなんてことをいうんだ。これでも20だ」
「嘘だね。おっさんさば読み過ぎ。どう見ても、35,6だろ。あたってんだろ。ふかしをこか無くてもいいんだぜ?」
20歳。結構、若い。見た目が、老けているだけなのだろう。
肩をすくめるアキュは、差し出す。肉を。けれど、受け取れない。
「これだから若い子は・・・。それで、何やら食うのにも困っているらしいじゃないか」
「えっと・・・」
言葉に詰まった。
「心配せずとも、これからは違う。この肉が受け取れなくても、いい。ちょっと反対側の門にいってみようか。不思議な光景が見られるぞ」
「えっと」
押し付けるように、肉が手渡された。
大きな手だ。
「もらっとけって。殴られたら、おっさんに言いに来いってさ。いつでも相手になるらしいぜ」
「おっさんじゃないと言っているだろう。それは、勿論だ。暴力で奪うなど・・・。断じて見過ごせない」
「あの・・・」
「俺も、このなりだ。ここに着た頃は、殴られるのなんて日常の事だったからな。見過ごせん」
見たことのない肌の色だ。不思議と落ち着く。そんな雰囲気をしていた。
返そうとしたら、逃げるように離れて。
アキュ・ベンと名乗る男は、浅黒い肌に隆起した筋肉を持っている。
こんな人間がいて、いいのだろうか。ミッドガルド人では、ないようだ。
「あの、一旦家に帰ります」
「そうか。じゃあ、一緒についていこうかね」
「へえ、おっさんにしちゃあ気が効くじゃん」
「おにいさんといえ。アキュおにいでもいいぞ」
ヒルダは、腹を抱えて転がる。
「うひゃひゃ。それ、うける。ぜってえ、無理だって」
「あの、ヒルダ。ちょっと、酷いよう」
「ほら、ああいっているぞ。そら、アキュにいにい」
「ちょ、腹筋が鍛えられるだろっ。言えるか、ぼけっ」
そんな事を言いながら、歩いていくと。
家は、あばら屋だ。招待できるような場所ではないけど。同じ家に、何人もの獣人が住み着いている。
だから、それを見て。
「こいつはまた。すごいところにすんでいるんだな」
「あの・・・」
「だろ? これで、雨露をしのいでるってんだからよ。さすがに、俺も涙したね。食うもんもないっていうじゃん。なんとかしてくれよ。おっさん」
「ふーむ」
餓死した子供の死体が、そこら中に埋めてあったりする。
そんな所で、肉があればどうなるか。勿論、火を見るよりも明らかだ。
「パーティーをするぞ。水を用意できる奴はいるか?」
腰の鞄から、大きな鍋がでてきた。あり得ない。
周辺から反応があった。隣に住む、獣人だ。名前は、よく覚えていない。
桶に入った水を皆で持ち寄るっていくと。
「こんな物か。よし」
外で火をつけて、水を入れた鍋に見たことのない粉末が入れられる。
何であろうか。
「これで、いいか。ようし、食うぞ」
「これ、何なのですか」
「うむ。最近、狼肉が大量に手にはいってな。肉汁に、野菜と香辛料で味付けをしてみた」
「うひょー。おっさんやるじゃん」
ヒルダが、手をのばすと。叩かれた。
「順番を待て。そら」
器は、木で出来た物だ。森に入るにも、魔物と遭遇する。
という事は、このアキュ・ベンと名乗る男は相当に強い。
羨ましい。
受け取った器の中身をすすると。肉が入っていた。汁だけでも、美味しい。
暖かい。寒いからだが、温まる。
冷たくなった手足が息を吹き返すようだ。
「どうだろう。美味しいかね」
「それは、勿論です!」
「けっ。現金なもんだぜ。ちょろすぎんだろ」
「バカモン!」
また、ヒルダは殴られた。
「いってええ。たん瘤できちまうじゃねえか」
「お前は、言っていいことと悪いことがある事くらい学習すべきだろう。はっきりいってしまうのが不味いと何故わからんのだ。だが、そこがお前の良い点であるのも事実なんだが。ともあれ、よく教えてくれた」
「チッ。なら、殴んなよ」
ヒルダは、肉汁を啜りながら毒を吐いた。
弟たちが、お腹一杯になるまで食事をしている。
もう、それだけで。あり得ない奇跡だと。神を信じる気にもなった。
配給をやっていると。
アキュが、リリペットや小人族でない人間をつれてきた。
誰であろうか。
がりがりだ。痩せこけた、獣人である。犬っぽい。犬の獣人だろう。
女の子なのかなんなのかよくわかりづらい。だとすると、胸は絶望的にない。
「こちら、ミミー嬢。こっちは、ヒルダだ。両方とも、獣人の子だな」
「ふむふむ。それで、ご用というのは?」
「獣人たちの間では、食い物の奪い合いが起きているという事は知っているかね」
「それは、初耳です」
魔物を狩るのに、忙しい。
見たところ、幼い少女だ。
それで、配給にも来ていなかったのだろうか。
「配給の場所をここだけではなく、他の場所でもやってもらえないだろうか。そういう事なんだ。住む場所で階級が生まれているからな。この町は」
「ええっと。どういう事なんですか」
「ふむ。説明しよう」
酷い話だ。
強い獣人が弱い獣人から、食べ物を奪うとか。
そういう話を聞いては、黙っていられない。なるほど。
ここに来る獣人が、固定化されているのだろう。
よく見れば、日に何度も来ているのかもしれない。
フードスタンプ制を取り入れる日が、よもや異世界でこようとは。
人の善性に期待していたのが、間違いだったのだろうか。
「わかりました」
「任せて、いいのかな?」
「勿論ですよ。このような非道を聞いて、黙っていられません」
「ふっ。どうだかな」
エリストールが、立ち上がった。素直に配給係をしていればいいのに。
ピンク色の髪をしたエルフは、胸をゆらした。
黙っていれば、美人なのだが。
「この外道の考えている事は、わかるっ。わかりすぎるほどにわかるぞ! どうせ、この獣人たちも私同様に奴隷にしてしまうのだ。そうして、あんなことやこんなことをされてしまうのだ。ねばねばの白濁液で真っ白になってしまうまでになあ! そうだろっ。どうせ、男の考える事はそんな事しかないのだ。だから、このような破廉恥極まる衣装を着せても平然としていられる! あり得ないだろっ」
頭を抱えた。なぜなら、衣装を決めたのは当の本人だというのに。
ちょっとどころかかなり頭のおかしな女の子である。
モニカよりも大きな胸を揺らすと。
「エリスうるさい」
「えっ。あの」
「そうだぞ。お前のような乳魔人が、でしゃばって。話がわからなくなる。すっこんでいろ」
ティアンナとセリアに言われて。
しゅんと、エリストールが小さくなった。この2人が居てくれるからどうにかなるが。
いなかったら、ドSに目覚めてしまいそうだ。
それで、引っ込むようならエリストールではない。
「しかし、ですね。M字開脚させたり、へんてこな衣装を着せて接客させようなどという。このような下品で野蛮な子供の言うことを聞くのは、まったくもって埒外ですよ。いやしくも、このエリストールはエルフ族きっての剣士にして魔術師。もちろん、ティアンナ様には劣りますけれど。女子供が毒牙にかかるのをみすみす指をくわて見ているわけにはまいりません」
どこをどう見たら、そう見えるのか。
いっそ、頭を切り開いて中を見るべきなのかもしれない。
「エリス。偏見が過ぎる」
「ないよ・・・(この女。まじでやってしまうぞ。大股開きであられもない格好をさせて、道を歩かせるぞ)」
まともに、エリストールの相手をしてはいけない。
わかっていて、反応するのも駄目だ。
ぶるん、とエリストールは胸を震わせた。
周囲にいる男たちの視線は、釘付けだ。中には、股間を押さえて前かがみになる獣人も。
セリアとエリアスは、ティアンナの両側で捕獲されている。
まさに、というか。ティアンナは、可愛い物が大好きのようだ。
ちょっと、意外なところだ。
「ま、まあ。そこの森妖精が言っている事は、話を半分くらいに聞いたほうがいい。いや、全然取り合わないほうがいいな」
「おっさん、ほんとかよ。こいつ、子供のくせに女の人を侍らせているじゃねえか」
「あはは・・・(ぶちのめすぞ、こら)」
比較的、顔色のいい少女は事も無げにいう。
がりがりの女の子の方は、怯えているようだ。
肋骨が浮いているくらいに痩せこけているか。腕が、すごく細い。
「ふむ。これでも食っていくがいい。腹が空いているのだろう。ともかく、ユーウが来たからには飯で困る事はない。近隣の村にも、使いと兵をやらせているから安心するといい。町で暮らすのならば、困った事はなんでも相談するべきだ」
「それって、行政がやるべきでしょ」
それが、普通だ。
「施しのことか? そんなものがほいほいあるわけじゃないだろ」
「人間は、するかもしれんが。獣人の国では、そんなものがあると、思ってはいけない。弱肉強食の世界なのだよ。ユークリウッドくんには、偏見がないようだけれどもね。俺なんかは、この肌の色でさえ苦労したくらいだ。ましてや、力がモノをいう世界で女子供がどのように扱われるのか。知っておくべきだろうな」
セリア。炊き出しくらいやって、いいのに。ヤル気なしとは。
冗談では、ないようだ。
日本の常識は、通用しない。
座っていれば、列にきちんと並ぶだとか。
そういった物でさえ、今もぶち壊しにされようとしている。
そいつは、黄色い頭に黄色い鎧を着たままふんぞり返っていう。
「ほう。ユークリウッドよ。こんな所にいたのか。勝負だ、勝負」
つんつん頭をしたウィルドという少年だ。そして、距離を詰めてくると。
アキュとヒルダ、それにミミーが並んで立っている所に割り込む。
押しのけるようにして、貧相な少女を突き飛ばした。腕から、落ちるお椀。
「あっ・・・」
ミミーは、絶望した表情を浮かべている。
心が、煮えたぎった。それだというのに、ウィルドは事も無げに。
「邪魔だ」
という。黙っていられない。たとえ、王族だろうが皇族だろうが。
この瞬間だけは。
「・・・拾え(ご飯が勿体無い。こいつは、一体どんな教育をうけてきたんだ)」
「なにぃ。貴様、皇族であるこの俺に向かってその口のききよう。無礼であるぞ!」
我慢は、辞書から投げ捨ててもいいだろう。
すかさず、ウィルドの腹に蹴りをかますと。お付きのキースが叫ぶ。
「殿下!」
首を掴んで、締め上げる。二本の指で押さえるだけで、ウィルドはおとなしくなった。
「殿下に向かって、なんという真似を。これは、外交問題にさせてもらうぞ!」
「キースさんですか。無礼なのは、一体、どちらなんでしょうね。とりあえず・・・目の前から失せろ」
「えっ。き、貴様。おい、グレゴリー。お前も黙っていないで、なんとか言ってやれ」
キースの後ろにはグレゴリーの姿が見える。
それを囲むようにして、獣人たちが行方を見守っていた。
大剣を背負う無骨な男は、金属鎧を鳴らしながら前までくると。
「どうもこうもない。謝るのは、こちらの方だ。少女の器を落とすわ、列に割り込むわ。とても、見ていられない。皇族だからといっても、ここは異国の地だぞ。郷に入っては郷に従えという、ことわざをお前は知らんのか」
「しかし、殿下の身に危害を加えられたというのに黙って見ていられるか。抜けグレゴリー。ここで、こいつらを始末するぞ!」
「はあ、やれやれ。この馬鹿もの・・・」
拳がキースの腹にめり込む。メキメキと、鎧がお菓子のように砕けた。
悶絶するキースを尻目に振り向くと。
グレゴリーは、ゴルドフに目で合図を行う。
「お騒がせしましたな。ウィルド殿下には、我々も苦労している。ここは、無礼を水に流していただければありがたい」
「町中で、騒ぎをおこすようだと困ります。迷宮の中で、この調子なら長生きはできないでしょうね」
「はは、確かに。まともに貴君とやりあっては、勝てないというのが殿下にはわからないのですよ。それでは、ご免」
グレゴリーは、キースとウィルドを抱えたゴルドフと共に去っていく。
お騒がせな連中であった。
気を取り直して、エリストールにいう。
「んと、場がしらけちゃったからさ。裸で踊りでもする?」
「誰がするか!」
エリストールは、奴隷だ。
けれども。さすがに、裸で踊りを強制するのは無体だ。
面白そうなのだけれども。特に、男の反応が。
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