48話 異世界なのにロボットは反則です
「ふっ。撤退? 笑止」
ユウタがパーティーメンバーに相談したところ、セリアからはこんな返事が帰ってきた。
何故? という顔をしていたのか。エリアスが顔を帽子で隠すように笑っている。
劣勢なのだから引くというのは選択肢の一つではないのだろうか。
「ユーウ。あんた、ちょっと笑わせないでよ」
気が付くと、腹を抑えている有り様だ。ムカつく。「ぷーくすくすではなく、あひゃひゃ」というような風になっているのも怒りを誘う。ロシナがいないので精神的にまいっているのであろうか。ホモではない。銀髪の幼女はいう。
「たかが、1000。これが1万だろうが10万だろうが大差はない。どの道、蘇生するのだろう? 死体が無くては、それもままならないぞ。それと…」
セリアは、息を吸い込んで背中を叩く。痛い。皮鎧に鋼鉄の手甲をつけているのだ。並の男なら飛び上がるか気絶するかというような打撃になるというのに。
元気づけようというのか。セリアの張り手は、岩石でも砕く威力なのだ。勘弁してほしいというのが正直な感想である。
「びびるな! 今回は、面白い玩具が手に入っているからな。全く問題ない。これだ」
--びびってねえし。糞が。とは言えない言の葉だ。
セリアの影から巨大なロボットが現れる。動きが鈍いロボットに、閉口した。
「どうするの。これで敵を倒そうっていうの? でも守りきれないよ」
「だから、その思考が後ろ向きだというのだ。考えても見ろ、敵の本隊を捕らえて攻撃してやればよい。むしろ、そちらの方が敵の戦意を喪失させるであろうさ。かまわん、やってしまえ」
こちらは、アルトリウスだ。自分の臣下ではないのか。味方なのだから、説得しようとかそういうのはないのか。ユウタとしては、なんとか説得でもできればいいなあなどという考えを抱いていたというのに。そんな事はお構いなしの発言だ。
「やるぞ」
「うん。でも、本当にいいんですか」
「かまわんと言っているだろ。それと、セリア。巨大ゴーレムの予備は、あるのか?」
「もちろんです。ですが、耐えられるのはアルトリウス様とオデットにルーシアくらいでしょう。モニカはエリアスの護衛をしてください」
「はい!」
モニカは、ちょっと残念そうな表情だ。巨大なロボットの高さは、2,3mというような大きさではないので登るのにも一苦労だ。そもそもワイヤー等の昇降装置があってしかるべきなのだが。
「乗れたか?」
「うん」
セリアの念話が脳に響く。
実際には、足元にワイヤー設備があってコックピットと見られる部分には開閉装置がついていた。乗り込むのに登攀する必要がなかったのにはありがたい事だ。
「まさかとは思うけど、そのもしかして」
「もしかしてじゃない。こいつで、連中を殲滅してやる。敵の数は、1000どころじゃない。本隊を一撃で仕留めて、残りの雑魚も始末する。それでもまだやるというなら、相手になってやろうではないか」
意外だった。意外にも、セリアは怒っていたのだ。そうとは知らずに、のほほんとした気でいた。
引くことは、つまるところ狼国に駐留する白騎士団と戦う羽目になる事を示唆しているのか。その辺りに関する読みが今一できない。混乱する頭で、確とした結論を出せないでいる。ついでに、シグルスの実家から出た兵の事も気になる。
と、
「ああ。さっさと片付けよう。味方だったのに、どうしてなんだろう」
「惜しくなったんだろう。欲深い事だな」
こちらは、アルトリウスの言葉だ。確かに。言われてみれば、思い当たるような事態だ。
欲か。手放すのが惜しくなったのか。大抵の人間は、捨てる事が惜しいらしい。ユウタにとっても断腸の思いどころか断脳の思いでここに着た。というのに、妹とどう接していいのかわからないでいる。ユーウは猫可愛がりであったが。そこまで可愛がるのには恥じらいがあった。何しろ、確かに妹なのだがあまりにも可愛い過ぎて変態への道を辿りかねない。さすおにには抵抗がある。
動かすには、と中に入ったところで黒い物体が消える。コックピットにはセリアの作り出した影人形が入っていた様子だ。これで上手いこと操っていたと見られる。
「動かし方は、わかるか」
「ばかにしないでよ」
「それならいいが。足を動かすには足のレバーだ。手は、左右のレバーで動かす。あと、武器はないからな」
「うん」
やせ我慢を察してくれるのはありがたい。が、なんでも見透かされるというのは困ったものだ。何しろ、今日何を食べたとかそういう事まで把握済みのような関係なのである。セリアは、攻略しようとやっきになっているようだ。
画面を見れば、景色が写る。だが、
「遅い」
「加速してやればいい。魔術を使って、ダイレクトアタックだ。見ろ、アルトリウス様がもう前に出ているぞ」
「えっ」
左にいたアルトリウス機が真っ直ぐに歩き始めた。焦った。
それで、負けては居られないと全力でペダルを踏む。もちろん、魔術を使用して。【加速】【強化】このどちらをも機体に掛けて。
全力の走りで、前進させていけば地面の方には気を使わないといけない。関係ない人を踏みましたというのはどうなのか。つまるところ、味方がいない事を確認してあるかないといけないのだ。人と蟻の関係というべきで。殺生は禁じているとはいいながら、僧侶が歩けば蟻であろうが何であろうが踏み潰しているという事は想像に固くない。
アルトリウスやセリアは底の所をわかっているのか。恐ろしい武器だ。走りだせば、木だろうがなんだろうが破壊して行き。その地響きと風が敵になっている騎士や兵士を踏みつぶしていく。速度が出せないのは機械による動きだけであるからだ。中身を考慮しない速度を引き出してやれば肉塊になる。
ユーウの身体は、極限を超えて限界突破した性能だからこそ持つ。身なりは、乞食の子供であるけれども。セリアやアルトリウスはついてこれるものの。その一歩、二歩。三歩目で敵陣と見られる陣地に特大の飛び込みをすると。
大爆発の如き粉塵が巻き上がる。同時に人も馬も巻き上がって何かに変貌した。
巻き上がった地盤が着地の勢いで機体の周囲に飛んでいき、1000どころか万の兵が吹き飛んでピンクいろの物体に変わってしまう。そこで、
「スピーカーって、あるの?」
「頭と一体化するやつが横にかかっているだろう。にしても、派手に殺ったな」
「やり過ぎたよ。どうしようか」
「降伏すると思うか?」
「するでしょ。僕なら、降伏する。これは、戦いじゃないよ。虐殺もいいところだよ。ロボットは反則だよね」
「生身でも戦えるぞ。鍛え方が足りないのだ」
セリアは、強すぎる。強くなりすぎた。ユーウがそうした訳だが、かつてというには未来だけれど。
その時よりも遥かに強くなった。変身を何度も使用できるとか、戦闘力が53万の人よりも強力そうなスキルの数々。全力で戦っていれば地上がやばい。いろんな意味で想定外すぎる彼女の成長力には危機感がある。最強は己なのだ。さいつよは己でならなければならない。
鍛え方が足りないと言っても、鍛える暇が就寝前の時間しかない。ユウタは呻くように絞りだす。
「ま、まあほら。すごいね」
「そうだろ。ふっふっふ」
そこに。
「お前たち、遊んでいないでさっさと降伏した兵をどうするのか考えろ」
アルトリウスの声は冷静だ。どうせこうなるということを予測していたように静かな雰囲気である。
機体の眼下では、武器を捨てた兵士の姿が遠目にも見える。機体のズーム機能は優秀なようだ。射撃武器等がついていないのは残念でしかたがない。
「そうだ。ロシナに連絡をつけて、回収させましょう。蘇生は、フィナルにお願いしてバーム村の方へ移動するという方向で」
「ロシナに任せるというのは、良い案だ。ただ、そうするとこの戦功はロシナの物になる。それでいいのか?」
「いいですよ。彼、お金に困っているようなので」
ロシナにはお金が必要だ。しかし、恵んでやるには限度がある。彼にもプライドがあるので、乞食にもなれない。騎士団を運営していくには、多額の資金が必要だ。騎士一人に報奨金も込みで500万ゴルを用意しようと考えれば、1000人でも500万x1000。億に行ってしまう。随伴の歩兵もロシナの家で用意していればまた金がかかる。
ユウタもシャルロッテンブルクを領地経営しているだけに、兵士を育成していくのには金がかかるというのを理解しているつもりだ。赤騎士団に席を置くロシナの兵は3000とも言われているので、そこを考えるとげんなりするだろう。ガーフの兵が500だとして半数が死亡すれば、見舞い金の支払い等でパンクしてしまうような事態だ。
蘇生させてやれば、どうか。
フィナルの手伝いをやれば可能だ。ユーウはよくその手を使って、大量の人間を蘇生していた。女神教が躍進しているのもそのせいだ。対する大神教と勢力的には、五分になっている様子である。
「それは、いいが。白騎士団も大人しくなるか、不明ではあるな」
「つまらない。ユークリウッド、勝負だ」
「あはは。本気?」
「そうだとも。生身では、ケリがつかないだろう?」
なるほど。そういう事で、これを出したのか。得心がいく話だ。
生身で全力を出し合えば、大地が崩壊していく。アルーシュにはこっぴどく叱られるので、やれなくなりつつある。が、ユウタもバトルは大好きだ。戦闘をしていれば生きている実感も湧く。
件の戦士ガーランドを手ずからに仕留められなかったのは、惜しかった。
(しぶといおっさんだったし、こんなもんで死んでいるとは思えねえ。また、復讐に来てくれると面白いんだけどな)
しぶといのは嫌いではない。諦めない相手というのは、好物の内。
だからか、
「じゃあ、いくよ?」
「こ、いぃ?」
間を置かず。
手からは、かつて放ったトールハンマーをも凌ぐ電撃がセリアの機体を二分にした。
両の腕が動かない。しかし、真っ裸。何が起きているのか。理解できないのにアルの顔が目の前にある。あるあるじゃあない。セリアは、皮鎧を着たまま彫像のように立っている。アルはユウタの上に乗っかかった。
夢だ。間違いない。下履きだけが残っている。恥はないのか。
「やめてくださいよ。こんな事、らしくありませんよ」
「へっへっへ。観念するのだ。今からお医者さんごっっこだ」
「セリアも見てないで止めてよ」
「すまん。私も興味がある」
ここは、アルの寝室か。無駄に豪華で、金箔が天井のみならず壁までも覆っている。カーテンまで、金糸を使っているというような念の入用だった。
セリアの横には、見知ったメイドである桜火に助けを求める。
「桜火さーん。助けてくださいよー」
「チャンスですよ。ご主人様、童貞を捨てるチャンス。頑張りましょう」
おかしい。歯車が、組み合っていない。
保健体育をしようというような雰囲気ではなく。ユウタは、下履きを剥ぎ取られた。
すっぽんぽんだ。
「しょ、正気ですか」
「正気もなにも、この目を見ろ。本気と書いてマジと読む。よな? ん? ふにゃふにゃだなこれ」
「朝だけ、元気なのかもしれませんが。擦れば、勃つといいます」
誰だ。そんな事を言うやつは。ユウタは勿論、他の人間でもおかしいと思うような光景だろう。それは、子供が両腕を宙に引っ張られるように大の字になったままであった。
5歳児とやるなど、ギネスブックに挑戦しようというのか。
夢であるはずだ。そうに違いない。




