42話 やめて
「ちぃ」
椅子に座って黙ったままだ。グレゴリーがあきらめている。あのグレゴリーが。
帝国で音に聞こえた剣士で、たった一人で砦を守り通したなどという逸話もある男が。
(どうしてだよ。負けを認めちまったのかよ。おっさん。あんた、そんなんじゃねえだろ)
薄暗い天井に、からっとした空気。喉が乾きを訴える。
「キース、落ち着け。まだだ、胸の骨はまた折れかねんぞ」
キースの身体は、皮膚が裂け骨が折れ酷い有様だったという。
が、そんな事は些細な事だ。
神聖術による治癒で、裂傷はあっさり完治した。
「水だ」
「はっ、はい。ただいま、お持ちいたします」
子鼠のような容姿の少女が尼僧服のまま走り出す。キースの付き人で、名前はアンジェという。そそっかしいところがあるので、転ばないかひやひやさせられる。
帝国騎士として登用されてから、これほどの屈辱を味わった事はない。セプテントリオンともなれば、付き人も権力も並ではない。代わりに、嫉妬も激しい。キースが負けた事を本国の人間が知れば、降格もあり得る。
思い出しては、胸が痛む。
「糞がっ」
壁を思い切り殴る。家屋に激しい振動が走った。椅子に座るグレゴリーが視線を本からあげた。
黒髪を立たせた格好で、髭を切りそろえた面相の中年だ。やる気が感じられない。
それで、
「おいおい。壁に穴をあけるんじゃあない。誰が修理代を払うんだと思っているんだ」
「けっ。国だろ。別に、オッサンのポケットマネーじゃあねーじゃんか」
「それはともかく、物に当たるのはよくないな。ゴルドフも黙っていないでなんとか言ってやったらどうだ」
同じように座るゴルドフは、寡黙だ。何を考えているのかわからないところもあるが、普段は温厚な人となりで通っている。戦場にでれば、狂戦士という2つの仮面を持っているけれども。
「キースは、荒れている」
今は、リラックスしている様子だ。常に装備しているやかん頭を脱いでいた。短髪で、栗色の髪を短く切っている。目が細く、声が低いので何を喋っているのかわからない時がある。実力のほどは、キースより上なのだからわからない。
(わかんだろうが、くそったれめ)
斧槍とメイスが得意の武器で、セプテントリオンでも硬い防御には定評がある。それが、子供にやられたのだ。プライドもへったくれもありはしないだろう。復讐しようという気はないのか。それが理解できない。
傷は癒えている。
「あれは強い。ただ攻撃しても勝てないぞ」
「だから、どうすんのかっていってんだよ」
ゴルドフは、脳まで筋肉でできているタイプだ。己もそう見られるのは、不満だった。
それに、強敵を前にグレゴリーは慎重派だった。
「手持ちの兵は、もうない。ここは本国でもないからな。早々の補充も期待できまい。そういきり立つな。傷が開くぞ」
この様子に、キースは落胆した。かつての栄光がなんだというのだ。
元からキースは何も持っていない人間で、一旦得た物を捨てる事などできない。底辺で這いつくばって、惨めったらしく死ねとでもいうのか。グレゴリーやゴルドフはいい。
(こいつら)
実績があるからだ。キースは子供で、任務を成功させなければいけないのだ。「それ見たことか。やはりセプテントリオンに平民の子供など」というような陰口をたたかれるに決まっている。
「もう、いい。俺だけでなんとかしてやる」
アンジェが持ってきた水差しを飲み干す。と。
「あのぉ。お加減は、よろしいのですか」
「問題ない」
問題なのは、全く歯が立たない事だ。
ベッドを抜け出し、向かった先は敵がいる宿だ。
「あの。よろしいのですか」
「何が、だ」
「グレゴリー様は、よせ、と。おっしゃられていましたが」
「馬鹿。このまま帰ってみろ。臆病風に吹かれたなんて言われるに決まっているだろ。お前は、サポートしろ」
腰には、刺突剣。真新しい革鎧を用意させ、魔術的なサポートもある。今度は、不覚を取らない。マントもぱりっとした物だ。
使える兵は、いない。ならば、単身でも討ち取ろうとするのが騎士ではないのか。やられては、元も子もないというのもわかるが。
キースを見て、組みやすしという人間がいる事も知っている。
だから、
「よぉ。君、かわいいねえ」
ぞろぞろと、獣人が群れを作ってくる。
(雑魚が。前に立つんじゃねえ)
舐められたものだ。通りは、まだ陽があるというのに。
場所が悪いのか。ごろつきだ。10いようが20いようが、数ではない。
キースの刺突剣の前に蜂の巣にされるだけ。
「ふん」
「た、助けて」
獣人といってもスキルを持たない相手ならば、大した事がない。
何よりも、あれに比べてスピードが遅すぎる。パワーもない。加えて、組織だった行動もなかった。人質を取るというような真似は、させない。
「いくぞ」
「放っておいて、よろしいのですか」
殺しておくのもいいが、手間がかかる。きっちりといい含めておけば問題ない。
敵は、幼女だ。
(今度は、簡単にやらせねぇ)
そんな決意で、敵の元へと向かったのだが。敵は、のんびりとくつろいでいた。
見つけるのは、容易かった。何しろ名前を言えば、誰もが知っている人物だ。
衆人環視の中を堂々と進み、
「セリア。剣で勝負しろ」
「勝負しろだと? お前は馬鹿か」
銀髪の幼女は吐き捨てた。
元々、駄目もとだ。馬鹿だと言われて、斬り倒せるほど易い相手でもなく。
手には、力がこもる。
「暇そうじゃないか。どうせ、戦う相手などいないんじゃないのかよ」
相手は、北方最強で名を知られた幼女だ。戦う相手がいなくなってもおかしくはない。すでに父親であるフェンリルを超えたともいう。くつろいでいる場所には、人が蟻のように集まっていた。外では、崩れた茅葺きの家が見かけられる。その横に、超弩級の人形が屹立していた。
幼女らしからぬ言動が勘にさわる。
「ふっ。お前、面白いやつだな。負けたのに挑んでくる奴は、久方ぶりだ」
「なら、いいじゃねえか。やろうぜ」
「いいや。時間の無駄だ。大体、ここにいるのはユーウがいるからだ」
セリアの隣に座っているのは、ユークリウッド。更にロシナとパーティーメンバーが続く。
黒い襤褸は、ローブらしい。使い込まれすぎて、まるで乞食だ。
ユークリウッドは、水っぽいスープを配給している。ここにくれば、飯にはこまらない。ついでに、仕事にもありつける。おかしな奴である。他所の国で、このような事をする騎士など見たことがない。
配給をする仕事は文官の仕事であるし、粥炊きなんてものはなにより僧侶の真似事だ。
「ユークリウッド。強いんだろ。どうせ」
「もちろんだ。私が勝った試しがないからな。限界までやれば、わからんが。殺し合いをするようなら、DDを排除しなければ勝ち目が全くない」
「本当かよ」
と、言いながらセリアの小さな手を取ろうとするが。
「むっ」
手がつるりとして、抜かれる。というべきか。
天地が逆さまになった。
「大丈夫ですか?」
アンジェの声がする。強かに地面へと投げられた。どうやって、投げたのか。キースにとっては、それが不可解であった。手をとって、ナイフを突きつけるシーンであったはずなのに。観衆からは、どっと笑いが起きていた。
「おいおい。あいつ、姫様に勝負を挑もうだってよ。誰か止めてやれよ」
「いや、面白いからやらせてみろ」「かわいいのに、もったいねえよ」
「女が挑むなんて、初めてじゃないか?」「そういえば、そうだな」
雑音だ。弱いから、こうなる。帝国内で、己を笑った人間はすべて叩き潰してきた。というのに。
「まだだ!」
剣を抜き、正眼に構えをとる。刺突するに、最も適した構えだ。
一足で、セリアの喉元に突きつける予定だというのに。そのまま歩いて寄ってくる。
突くべきか。突かざるべきか。
(どっちだ。後ろにも気配が。どうなってやがんだ)
ゆったりとした動作だというのに、迷っている。負ける前兆だ。
間合いを取ろうと。
「なぁっ」
「キース様。後ろです」
アンジェの言葉で、振り向こうとするが。
目の前には、セリアの小柄な身体があるというのに。横から腕を取られた。
(こいつ。一体どうなってやがるんだ)
そのまま地面へと引っ張り込まれる。伸びた腕が、強烈な痛みを発していた。
「がっ」
伸びきった腕に、古式武術で言うところの腕十字が決まってしまっている。
キースの身体を崩しながら、さっと足と手で技を掛けたのか。
額には、大粒の汗が浮かび、腕の繊維が筋肉が悲鳴を上げる。
と。
「ここまで、だな。キースとやら、暇があれば相手をしてやっても良い。が、少しばかり用事があってな。次に会うのは、いつになるやら」
「待て。俺も連れて行け」
「死ぬぞ。止めておけ」
「うるせえ。連れて行けってんだよ。少しは、役に立つ」
セリアは、面倒くさいというような顔を作ってユークリウッドの方を見た。彼の方は、手を持ち上げて首を振っている。
「その程度で、生き残れるとは思えんが。まあいいか」
どこへ行こうというのか。突然、足元が黒く染まる。こんな物を見たことなどない。
黒い空間だ。入った中では、光が漏れている場所がある。そこを出ると。
「なんだこりゃあ」
「落ち着け」
「どこだよここは」
「もう黙っていろ」
下が、地面が遠くにある。キースは、周りに展開する兵士の姿を目撃した。
横を見るが。もうセリアの姿はどこにもない。
(待て待て。ここは、一体どこなんだよ。ふ、ふん。落ち着け俺。周りにいるのは、なんなのだ。そして、これは鉄か? 巨人だ。鋼鉄でできた巨人なんてなあ。ありえねえだろ)
触って見れば、不思議な金属でできている。飛び降りるには、難儀な高さだ。無理ではないが、下に集まっている兵士が邪魔だ。そして、どれほどの軍勢なのか。地平を埋め尽くすような兵の数である。装備はばらばらで、烏合の衆にも見えるが。敵だとすれば、厄介だ。そして、亞人の類であることに気がつく。
頭が蟹であったり、目玉がついていたり。おおよそ顔色の悪い人間ばかりで。
得体の知れない連中とくれば、不気味さしか覚えない。己の弱さを知ったばかりで、気が萎えているのかもしれないが。ともかく、ここを降りて行く気にはなれなかった。
と。
「ふむ。大人しくしていたようだな」
「当たり前だ。それよりも、ここがなんなのか説明しろよ」
「端的にいえば、敵軍のまっただ中だ。いくらミッドガルドが強大とはいえ、攻めこむのは体力を使う。それに今は、占領地の検分で忙しい。北も南も西も。という風になれば、転ぶ可能性もあるだろう。なので、ちょっとした交渉をしてきたのだ」
「お前が、か?」
「…何か問題でもあるのか」
問題ありまくりだろう。見た目は、幼女なのだから。己ですら女だと言われて、侮られるというのに。
納得させるには、材料が必要だ。これだけの軍勢を止めるには。
「どんな交渉をしたんだよ。あり得ないだろ」
「お前は、そればかりだ。何のためのこいつだ。見たら、びびるだろう。大抵の人間は」
「確かに」
「目の悪いお前たち人間には、見えないだろうが。これと同じ物が20体ほど周囲を囲んでいる」
「どうやって操っているんだよ」
「馬鹿者。それを教える奴があるか」
そりゃあ怖気づくのも無理はない。こんな巨人が一体でも行進すれば、兵士など蟻も同然だ。
どうやっても倒せない可能性すらある。それを20体。可能性でいえば、もっとあるという事の予想できてしまう。暗雲が立ち上り始めた。
「では、少し相手をしてやろう」
「何!? 今ここでか」
「……お前は、恵まれていたのだな」
すっと、内に入られた。そして、衝撃が痛みを訴える。
「だから、こうもやすやすとやられる。女が負ければどうなるのか。身をもって知るべきではないか?」
「や、やめろ」
小さな手が、鎧をさっと剥ぎ取る。新しくした皮鎧が、まるで玩具のように。
ゴミになった。
胸を隠しながら。
「中々大きいな」
「やめろって、こら」
抵抗できない。幼女とは思えぬ力に、キースは息も絶え絶えだ。
「これならば、合格だ。年も、ええと何歳だ?」
「はあ? 15だ。それが、何か関係あるのか」
「うむ」
下も剥ぎ取ろうとするので、ナイフに手を延そうとした。
「お前、手慣れて。一体、何のつもりだ」
「本当なら、ここに男の一物を打ち込まれているところだ。お前は、運が良かったのだ。これまでは、な。下は、毛むくじゃらか。手入れくらいしておくように」
「放せっ」
「男は、放さないぞ。突っ込んで、動くぞ」
びくともしない幼女の力に、屈服させられた。それに、自然と涙が沸き上がってくる。
「泣いたら、負けだな」
「だ、誰が泣いているっ」
「現実の厳しさというやつを早々に教えてやれば、これだ。ふっふっふ。面白い事を考えたぞ」
セリアは、腕を組んだまま膝で押さえつけている。手をどうにかしても、足でどうにかしようにも。
全く当たらない。
(一体、何を考えてやがるんだ。こいつ)
黒い沼に、引きずりこまれる。
「きっ、貴様~」
「ふ」
何度目であろうか。
少女は、酷い傷だ。手は、あり得ない方向へねじ曲がり。身体からは、おびただしい流血。
それでも。
それでも、立ちたがってくる。
(どうして、この子はここまでするんだろうか。傷が後遺症になりそうなのに)
胸に構えた刺突剣は、必殺を狙っているが。
「せっ」
「はっ」
相手の起こりを捕らえて、セリアの拳はカウンターで決まる。
僅かに逸らした剣の胴には、衝撃を。真っ二つに折れる、それを瞠目した。
「そこまでっ。勝負あり」
少女は、毎日やってくる。その時間になると。うんざりするくらいだ。
(無理だろ。レベルに差がありすぎる。スピードもパワーも技も経験も圧倒的なまでに、壁があるし)
だからどうやっても、少女キースではセリアに勝ちを見出す事はできないだろう。
ぐったりとしたキースに、セリアはプロレス技をかける。
猫目というよりは釣り目。そんなオレンジ色の頭をした少女が手をまじまじと見ているのに、容赦がない。
「あ゛あ゛、あ」
「勝負は、ついているぞ」
「何を言っている。こいつが諦めない限り、面倒なだけだ。私からすれば、そういう事だ。上達しないのならば、せめて精神力でも身につけてもらわねばな」
グレゴリーが止めにかかる。それを素っ気ない態度で応じるセリア。
(ただの引き倒し? というかキースさん、呆けてるし。決まったし)
キースには関節が決まって、それでいて重症だ。普通の人間ならば、痛みで戦うどころではない。
地面に背中をつけた格好で、四つ。手足をもぎ取らんばかりの責めに、キースは白目を剥きかけている。諦めないキースにセリアは、最後通牒でも突きつける勢いだ。
最初は、面白がっていたのに。
「そこらへんにしとこうよ」
「ふむ」
「そ、そうであります。今日は、焼き肉もやっているでありますよ。一本いかがでありますか」
オデットが、震える手で串を差し出す。
周囲には、人集りで賑いを見せていた。すっかり見世物だ。
「いい加減にしろ。懲りないやつだな? キース。お前には、才能がない。とっとと帰って結婚でもするがいい」
そんな風には見えないが、辛辣な言葉で煽っている。どうしてか。
すまし顔でいう。それに、キースは目を血走らせて。尼僧服を着た少女に、治癒術をかけてもらっている。痛そうだ。治癒の光が、ヒールレベルを教えてくれる。初級のようだ。
「ぐ、う。テメエっ。なめやがって。絶対に、テメエを這いつくばらせてやる。いつまでも、いい気になるなよ?」
「無理だ。そういうことは、せめて私に防御させてからにすることだな。それに、私を倒すよりも桜火を倒してからにしろ。最も、あいつはすぐに殺すだろうが。……死んだら花束の一つでも用意してやろう」
「はっ。その手にゃあ乗らねえ。まずは、お前からだ」
串がどんどん消えていく。
オデットもルーシアも青い顔だ。というよりも、こめかみと口元がヒクついている。
売上が上がるどころか、無銭飲食のたぐいだからだろう。セリアは、ユーウの家に来ては好き放題に食べている。それは、昔からなので困った幼女だった。
その困った幼女。とんでもない事を言い出した。
「そうだ。お前、中々に整った顔をしているな。ユークリウッドの性奴隷になれ」
「はっ?」
手に持っていた串が口の中に刺さりそうになった。
(えと。性奴隷? セリアさん、何を言って、んの?)
ぶっ飛んだ話に、周囲の人間がついていけない。
一人で納得しているのは、セリアだけだ。
「わからないか? セックススレイブだ」
「何を言い出すかと思えば。そんなのノーに決まってんだろが。バーカバーカ」
「いいや。決めた。筆おろしに持ってこいだ。お前くらいので練習させておいた方が、上手くいくかもしれん。後は、姉上が納得するか。だな」
セックススレイブ。
おいおい。と、ツッコミを誰も入れないのが恐ろしい。もう、決定してしまっているのか。周囲の人間、グレゴリーもゴルドフも抗議をいれないのがおかしい。
周囲も呆けているのか。
「ちょっと待って。なんで? なんなの。なんで、そうなるの」
「なんだ。こいつでは、不満か? やはり、ユーウは面食いか。これで不満だとは意外だ」
「いやいや。おかしいから。不満だとか、なんだとか。勝手に話を進めようとしないでよ」
「何が不満なんだ。こいつ、弱いけどみてくれはいい。それなりに整った顔と身体ではないか。皮鎧の下には、包帯で隠された肢体があるんだぞ。けっこうイケているのは、間違いない。上からサイズを解説してやってもいいが」
どうしても、そういう話に持って行きたいのか。訳がわからない状態だ。
キースは、目鼻がすっきりしている系ではある。どちらかというと、男前というべきか。ちょっと年上であろう事は容易に推察できる。そして、年の頃はシグルスよりも下か上か。
身長もそれなりにある。
「俺は断る。大体、なんでそんな事をしなきゃならねえんだよ。意味がわかんねえよ」
「ふ。私も意味がわからない。お前に稽古をつけてやる義理もない。断るなら、殺す」
「なっ。飛躍しすぎだ。……稽古料をまけてくれ」
「駄目だ。金よりも時間を取られるのが、まけられない理由だな。後、ちゃっかり食っているんじゃない」
何時のまにか。グレゴリーもゴルドフもキースにならってか。焼き肉を食っている。
運動の後にタンパク質を取るのはいい。足元に現れたDDに肉の切れ端をやりながら、撫でた。
(ふう。セリア、早くなんとかしないと)
つるつるとした表皮が、みずみずしい。元気そうだ。
もう勝手にしてくれという事なのだろうか。誰も、止めようとはしない。
「金って、あれだろ。百万ゴルだとか、無茶苦茶じゃねえか。そんなのねえよ」
「弟子をとった覚えはないし。セックススレイブがいやなら、肉便器でどうだ」
「そっちは、もっと嫌だろ。なんだよ、便器って。ひでえよ。大体、軍人だろ。軍にいるんだから慰安婦くらい沢山いるだろ。そっちでいいじゃねえか」
慰安婦。実は、体の良い売春婦だ。高級取りなので、軍の幹部並に稼ぎがある。
強制的に集めるのは、違法だ。が、そもそも強制で集める必要がない。どこからか、貧しい人間が働きにやってくるからである。ロシナは、慰安婦という言葉を使うと過激な反応を見せる。
なので、赤騎士団では売春婦と。普通に言われている。あまりにも過剰な反応を示すので、使わないようにしている。強制性があっただとかどうとか。ロシナに話を振ると、誤報だのなんだのと話が膨らんでいく。
一家言あるのは、わかる。隣国にまるで、仇でもいるかのようだ。
セリアがぶっ飛んでいるのは、今更だが。どうしてこのようになっているのか、さっぱりわからない。
「病気になったらどうする」
「衛生面には、気を使うもんだろう」
「確かに。だが、ユーウは選り好みも激しい。とりあえず、胸がないと。ノーという風だ」
「あいつ。ムッツリ野郎かよ」
「ああ。谷間が出来ていると、食い入るように見ているからな。間違いはない」
当たっている。当たっているけれど。好きになった相手と、するのが普通だ。
そうではないのか。
「という事で、早速実践してもらおうか」
「こんなところじゃ無理だよ」
「それもそうか。お前たちはどうする?」
助けを求める視線を投げたというのに。ロシナは、はいはいで。オデットとルーシアの方は、興味津津という風だ。どうにもならない。
この悪魔を止めてくれる人物はいないのか。グレゴリーとゴルドフの方へ視線を投げる。
さっと、顔をそむけた。桜火はにこにこしている。愕然とした。
(どうなっているんだ)
周囲に助けてくれそうな人間がまるでいない。DDのつぶらな瞳を見るけれども。
(こいつ、すっとぼけているんじゃ)
羽をパタパタと振っているだけだった。メイドさんだけが頼りだ。




