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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
224/710

39話 リリペットたちは

 タイミングが良すぎる。

 狙ったかのように現れて、戦果を根こそぎ持っていくのがユーウの特徴だ。

 特に、女が関わると。


「へえ。じゃあ、ピンチじゃなかったんだ」

「お、あ、いや。いやー、すんません。ピンチでした。俺だけなら、なあ。ちょ、ちょっと待て。ほら、俺のせいだけじゃないってば。マジで怒ってる?」


 無言で近づいてきたユーウは、ロシナを掴むと。

 土が顔面を覆った。

 バリアのおかげで痛みはないが、抜け出すのは一苦労だ。そして、肛門が熱い。

 酷い攻撃だ。ロシナでなければ死んでいる。男にもっと優しくするべき。

 ロシナはホモではないけれど。


「ばばばばばああああ」


 焼ける。焼けてしまう。

 バリアの弱点の一つが、光だ。光まで遮ればどうなるか。向こう側が見えないに決まっている。

 当然ながらロシナは人なので、可視光線を失っては耳に頼らざるえない。そして、弱点を克服すると。


「さ、寒い。待って、待てってばああああ」


 ロシナの上げる悲鳴に、無情の冷気が襲う。これも弱点だ。気温、空気、いずれがなくても人は死ぬ。このバリアは、確かに強力なのだが使い勝手がファンタジーっぽくないのである。バリアだからといって何でも防げるというのは幻想というものだ。見た目は、完全無欠の防御膜なのだが―――


「反省してる?」

「ごめんなさいごめんなさい」

「じゃあ、頑張ろう」


 反論したい。けれども、ユーウはそんな事をすればますますヒートアップする類の人間だ。典型的なO型の日本人というような。後ろから容赦のない攻撃には、ロシナも白旗をあげた。

 弱点がバレている相手は、難儀だ。バリアが光を通さないようにすれば、ロシナは周囲が見えない。しかし、相手は真っ暗な玉に穴があいている事に気が付く。大抵の人間はそうだろう。馬鹿でも弱点がわかってしまう。だから、光系統の魔術はロシナにとって致命的な弱点である。対衝撃には滅法強いのだけれど。

 引っこ抜かれて、


「ひでえ、ひでえよ。あんまりだぜ」

「さっさと敵を倒していないからだよ」


 そんな事をいわれても、ロシナは前衛職。そんな火力のある攻撃を持っていないのが普通だ。バリアを変形させられるようになったのもつい最近の事で、便利な機能があるわけではない。オート防御を発動すれば、今度は間に合わなかったり。鎧の上までぎりぎりな薄さにしてみれば、ただの硬い鎧という。空間を削り取るだとか、吸い込むだとかオサレ機能があってもいいはず。

 

 だが、そんな物はない。

 ユーウは、リリペットたちに向き直り、


「大丈夫ですか」

「ありがとうございます。お礼の方は、いくらでしょうか」

「いえいえ、いいですよ」


 断りを入れる。相変わらず、正気の沙汰ではない。普通は、謝礼を受け取るのだ。傭兵だってそうだ。たしかに、ロシナは騎士であるがそれにしたって金は重要なのだ。金がなければ、使用人も家臣も養えない。強固な封建制度を敷くミッドガルドにおいて、主となる以上。何事も金が物をいう場面が多々あるというのに。わかっていない。


「お、おい」

「ところで、なんで襲われていたんですか?」

「それは、その知らないんでしょうか」


 ユーウは、知らないようだ。知っているようで、周囲の事しかしらない。例へば、この小人族の事だとか。高く売れるだとか。ユーウが人身売買を嫌っている事は、知っている。けれども、現実には奴隷を使って経済を動かしているのも事実で。ユーウの領地などは、最たる例だろう。奴隷を領民のように扱ってみても、彼の思惑とは裏腹に奴隷は奴隷でしかない。他の人間は少なくとも、そう見る。

 

「何を?」

「えっと、私たち小人族は奴隷として売ると高値がつくらしいのです。人族がそんな事をする人ばかりではないのでしょうけど、そんな人たちもいるという事です」

「なるほど。それは、許せませんねぇ」


 ぎゅっと、手を握りしめる。襲撃者に容赦のない電撃を見舞っていたが、殺しはしていない。彼らの行く末は、奴隷か悪ければ絞首刑か。いずれにしてもここまでであろう。電撃で気絶(スタン)させるのか麻痺(パラライズ)なのか間違っていそうである。気絶と麻痺の両方か。大方、気絶させるつもりの電撃が麻痺を引き起こしたのであろう。ユーウの電撃は、触れるだけで気絶か麻痺を引き起こす。


 当人だけがよくわかっていないのだ。魔術で高速飛行しながら電撃を放っているだけでも相手は、何もできない。迷宮も攻略する気がないのならば、隕石爆撃でもしてやって埋めてやればいいのだ。こうして迷宮に潜っているのも、ロシナやモニカのLV上げなのである。

 捕らえた襲撃者たちをどうするかが問題だった。


「地上まで連れて帰りますか?」

「その時間は無いようです。ロシナ、皆さんを頼むよ」


 リリペットの質問にユーウが答えた。

 ユーウは、迷宮の奥から迫る物体を凝視している。見れば、肉の塊だ。茶色いそれが、何なのか。迷宮のボスが常に奥に、下の階で待っているとは限らない。回復させてから移動させるよりは、殲滅した方が良いという事か。オデットが物体に向かって斬撃を飛ばしているが、分裂を誘発させている様子だ。どろどろの肉から、魔物が生まれている。


「何でありますか!」


 攻撃が魔物を産んでいる事か。それとも名前を聞いているのか。

 返事に困る。


「いや、俺に聞くなよ」

「狼が合体しているのでしょうか」


 茶色い物体からは、つぎつぎと魔物が分離してかけてくる。ありえない現象だ。ボスなのか、なんなのか。大抵の迷宮では、ボスとは誰かが攻略済みで倒し方もわかっているような代物だった。移動して上階にあがってくるなど、そうそうある事ではない。別れた四足歩行形態の魔物たちは、連携している訳でなくバラバラに駆け寄ってくる。


「でぇい!」


 アキュは、斧を振り降ろしている。襲撃にも動じた所がないので、日常と化しているのかもしれない。右から来る首の無い魔物を横から捌く。すれ違って、魔物は上下に分かれた。傷付いた仲間たちを庇うようにしている。仲間と合流したアキュたちの数は、3人ほど増えていた。人族と小人族だ。死人が出ていないだけ幸いな事態なのである。襲撃者たちは、この国の冒険者も混じっているというから性が悪い。

 

 叩き潰した魔物を蹴り飛ばしながら、


「すまんが、先程の不思議なスキルを頼みたい」


 何枚でも展開できるのだ。ユーウが天敵なだけで。単純な物理攻撃ばかりしてくるような魔物なら、楽ちんとも言える。立っているだけでいいので。敵の攻撃は、牙と爪が主な手段だ。となれば、ロシナの独壇場なのである。ただ、派手に殲滅していくユーウたちに比べると。


「守り、地味なんだよな」

「命が助かるなら、いくらでも使う能力だとおもうが?」


 そんな事はわかっている。ただ、地味なので己としては殲滅力が欲しいのだ。そんな事は、前衛職で望むべきでないとわかっていても。ユーウは、あれで重戦士や聖騎士やら前衛職も持っている。ずるい話だ。努力して、それだけのものを手に入れた事を知っていてなお思わずにはいられない。遠距離攻撃を前衛職にもつけてくれればいいのに。卑怯と知りつつ、ボウガンを装備する騎士などもいる。騎士の技には、盾を投げるものもあるらしい。それを教授してくれる相手が居ないのが残念でならなかった。


 というのも、ジギスムント家に伝わる秘伝の技らしく、かの家門の配下しか身につける事が出来ないという。嘘か真か。ユーウは盾投げができる。どうやって覚えたのかといえば、見て覚えたのだと言う。「は?」というしかない。

 見ただけで真似できるというのなら、誰だって達人になれるだろう。影でこっそり努力しているのは知っているが、何でもできるなどというのは反則だ。


「ロシナ!」


 直後、光を遮る。これを使うと、全く見えないのが難点だ。

 天地を貫く雷の束でもぶつけているのだろう。そして、轟音が鳴りやむと。


「うへえ」

 

 狼の燻製が出来上がっていた。とても食べる気にはなれない形状であるけれども。攻撃力あり過ぎだった。騎士の職でユーウの真似をしようと思えば、剣技に優れていなければならないだろう。同じ盾役でもアドルとロシナでは方向性が違って、アドルの方は攻撃力もある。すごく、おかしい。


「やったのか?」

「……見ればわかると思うよ」


 やったのか? は禁句だ。大抵やれていない時の言葉なので。

 敵の身体は、三々四五に分かたれている。原型は、もはやなしていない有様だった。

 ユーウを羨ましく思うのは、普通だろう。妙についていないドロップ運を除けば。迷宮でユーウが宝箱開けると、必ずゴミがでる。それで、彼が開ける事は無くなった。エリアスなどは、それさえなければというくらいに。呪いにでもかかっているのではないかという程である。

 稲妻か。


「いまのあれ、サンダーじゃないよな?」

「サンダーだよ」


 アキュが険しい顔の中に丸い目玉を作っている。それはそうだろう。あんなのが普通であれば、魔術士とは一体。となるのが普通だ。サンダーにしたって異常すぎる性能が、皆を驚かせる。滅多に余人を交えて冒険をする事などないけれど。サンダーとは、魔術における最下級の魔術で大抵の魔術士なら使えるスキルだ。掌から呪文を唱えて放電するわけだが、それ程威力がないので魔物には効きずらい。タンクは怖いけれども。

 硬い前衛職の最大の敵が魔術士だ。ユーウは、ロシナが見る限り桁が違う。エリアスもそうだが、彼女は召喚魔術を得意とするので地味だ。魔物を使役するというよりは、人造生命体を操る系統でホムンクルスの造詣にも深い家門だ。三角帽子を愛用しだした彼女の笑顔を想い浮かべれば、ユーウに複雑な思いが募る。いわゆる一つの一目ぼれなのだろうが、彼女に頼み事をされるとロシナは断れない。


 スカハサの事やら手下になった魔物の事を考えれば、妙な気持ちにもなるというものだろう。彼女たちには気に入られているようだ。中でもスカハサとは、変な関係になってしまっている。だから、エリアスがユーウと接近するのを止めようだとかそういう事ができない。初めて会った時から、ユーウを排除するべきだとは感じていたのだ。けれども、アルの手前というべきか悪い奴ではないというべきか。そういう気持ちもあるので手を上げる気持ちもない。


 恋敵だからといって、排除するというのは漢ではないし。

 敵であっても共闘すれば、明日の友だ。

 ロシナは、ユーウがアドルを排除できなかったからというのもある。ユーウがクリスを好いているのを知っていて、アドルとくっつくのを止められなかったというからか。丸くなってきたユーウに対しては、ロシナの頭はすっかり上がらないようになっている。調教されてしまっているようだ。


「本当?」

「信じられないな。あれほどの威力、普通の魔術士ならば糸を引いたような見た目だぞ」


 そりゃあそうである。けれども、疑ってもしょうがない。比較する相手を間違えている。ユーウに並ぶ魔術師をロシナは知らない。


「本人が言っているので、間違いないと思いますよ」

「ふーむ」


 アキュは、いかつい顔に手をかけた。鼻筋に傷がついており、一際目立つ。そうして、仲間に向き直った。潜ろうというのか。そのまま議論になるが、やはり今日の糧を得るためには、止むえないようだ。

 ロシナの方へ寄ってきて、


「我々は、まだ潜らねばならない。今日の収穫がまだなのでな。君たちは、どうするのだ?」

「僕たちで援護しますよ」


 という飛躍した話になる。一文にもならないのに。


「いいのか?」

「ええ」


 ユーウの悪い癖だ。とりあえず、敵でないならば助けようとするのである。アルやセリアがいないとなると、これを止められる人間がいない。元日本人たちも助けようというのはいいのだ。ロシナとしてはとても許せたものではないけれど。日本人だったからか。近親憎悪とでもいえばいいのか。ロシナは、彼らが大嫌いである。ユーウの手前、そんな事をおくびにも出しはしないけれど。


(どうすんだ。まさか、ついていく気なんじゃねえのか? 時間の無駄だぞ)


 有限なのに。LV上げに来ているはずが、何時のまにか手伝いになっている。それで、ロシナたちはどうにかなるのではないのに。助けようというのは、悪くない。騎士道にもかなう行動だけれど、それでも優先順位を間違えてはいけない。ユーウの行動順位は、妹>アル>セリア>女>それ以外だ。と、ロシナは見ている。大方、間違ってはいないはずである。


「俺達のレベル上げは、どうなるんだ?」

「ついでで、いいんじゃないかな」

「全然、オッケーであります」


 オデットやルーシアはいいだろう。モニカもそうだ。

 それで、目当ての魔物を発見すればどうなるか。ロシナは、引きたくない。


(これでいいのかよ)


 幸運は、待っていてもこないのだ。それで、殺し合いになることは珍しいことではない。

 金も女も力ずくで奪い取るというのは、古代からあった事なのだ。欲しければ、奪い取れ。そんな世界の理を無視していれば、置いてきぼりをくらうのが関の山だ。レアな魔物を狩るのが冒険者の仕事である。それを放棄するのは如何なものか。そんな意見をユーウにぶつけたとしても、あまり意味がない。なにしろ、大抵の物ならば作れてしまう。


(言ってみるか?)


 けれども、ユーウに好きにすれば? などと言われると。堪えるので、言い出せない。エリアスなどは、己の意に沿わないようだとそういう事を平気で言ってのける。彼女に何度、袖にされた事か。

 リリペットとユーウが雑談し始めた。


「助かりますー」

「いえいえ。人攫いは、見過ごせませんよ」

「珍しい方ですね。今時、そんないい人は……」


 死んでしまう。とでも言いかけたのだろう。確かに、生きていけない。普通の冒険者なら。

 迷宮を下層まで潜っていけば、襲撃してくる人間もいなくなるという。ミッドガルドでは、あり得ない事になりつつある。出入りを管理すれば、おのずと誰がやったのかというような嫌疑もかかる。更に、魔術でもって探知などをされれば犯人も特定できる。ミッドガルドでは、おとり捜査も是だ。悪党をのさばらせておくほど腐った世界ではない。

 

 日本人が嫌いなのは、坊主憎ければ袈裟まで。そうなのかもしれない。ロシナは、役に立たない警察も公安も大嫌いだ。政治家はもっと嫌いだった。それでも、そうなってしまった原因は別にある事もわかっている。彼らには、どうしようもないのだ。

 雑談する幼児とそれよりも小さい小人族は話を合わせている。


「そんな事ないですよ。見捨てる時もありますし」

「ふふふ」


 リリペットが笑っている。ユーウは甘々だ。どうにかならないような状況というのは、多々ある。普通は。回復しか使えない職でサブも持たないというのなら、魔物の波に飲まれるだろう。一見して難解なトラップという物もある。罠なり謎なりが解けないようならば、粉砕してしまえというのがユーウやセリアだったりする。どうしても解けないといけない場面ならば、エリアスなりクリスを連れてくればよい。


 と、道ながら駆け寄ってくる目玉の部分がぽっかり空いた魔物を切り捨てる。先頭を歩くのが、ロシナとアキュなのでおのずと攻撃ができるようになった。手に持ったのは名剣ではないけれど、ユーウが手作 りでくれた魔力を帯びた剣で。伸びる機能までついている。柄を捻ると、勢いよく突き出す。剣の刃がばらばらになって飛ぶ。


 遠距離らしい攻撃といえば、これか斬撃を飛ばすか。はたまた武器を投げるしかない。投げたら手元に戻ってくるというフラガラックでもあればいいのだが。そんな物はないので、武器を投げるという選択肢は選びがたい。持ち物やインベントリの類を持たないのもロシナの弱点といえる。

 空間魔術にて保存する術をスキルとして持つ冒険者は、それなりにいるのだ。身につかなかったのは残念というしかない。スキルを会得できるように冒険者ギルドでは、開示され始めている。それも高額な金を積まねばならなかった。ロシナには、それらの鞄を与えられているので不便は感じないけれど。それでもやはり持っていれば便利なのだろう。ユーウなどは、さながら歩く武器庫であり食料庫だ。


 そう。魔力の量によって持てる種類が変わってくる。ユーウの種類は、異常だ。

 今だって、歩きながら林檎を向き始めた。そして、


「どうぞ」

「え?」


 ぎょっとしている。それはそうだろう。迷宮の中は、匂いがきつかったりするのだ。なのに、そんな事をお構いなし。ユーウは、8等分になった林檎を差し出す。もはや、日常と化しているアルとユーウの光景がそこにあった。リリペットやシックならぬサックが林檎を頬張る。楊枝を差しているので、手が汚れていても大丈夫だ。

ロシナが手を伸ばすと、


「駄目駄目。ロシナはきりきり前に進む!」

「へーい」


 空をきった。

 オデットが林檎を頬張りながら、にたにたした視線を向けてきた。


「ロシナ、急ぐでありますよ」

「そんなに遅いか?」

「ロシナが先行して列車すれば早いであります」

「あれなあ・・・・・・やれってか」


 ユーウに視線を向ければ、頷く。周りの人間は、何事かわかっていないようだ。平たくいえば、迷宮内の魔物を根こそぎ平らげるというやり方だ。褒められた物ではないが、確かに早い。魔物さえ掃除してしまえば、目当てのアイテムなり収集物を採取して帰るだけだ。それができるのもロシナという盾とユーウという矛があってこそ。頬が痒くなり、兜を脱ぐと。


「行けばいいんだろっ」


 やけになって走りだす。






 やっと、走りだした。

 戻ってきたら、範囲攻撃で殲滅だ。

 これを繰り返すだけでも、儲けは出る。


 そう。ロシナは、察しが悪い。先読みやら市場調査もしないのだから。まだ、子供といっても中身は転生者で知恵も知識もあるはずなのに。迷宮の悪路を歩く小人族は元気そのもので、ロシナには見習わせたいほどだ。ロシナの歩みが遅いのは、商売の事が気になってしょうがない為であろう。どうせ潜るならもっと金になる場所を選びたいとか、そんなんである。

 リリペットたちのパーティーは合流して数が増えている。Sackをシックと読んでしまったのは、馬鹿丸出してあった。リリペットの隣を歩くサック。彼もロシナと同じく盾を装備したナイト持ちというのには驚かされた。体型が幼児以下なのに、盾職というのだから。ぴょこぴょこと歩く様は、抱きしめたくなる事が請け合いだろう。好事家でなくとも、すきあらば抱きしめたくなるはず。

 

 そんな彼らを狩ろうとする人間を生かしておくつもりは、ない。

 捕らえた人間は、すべて処分だ。己には、拷問を好む性癖もないので適当に痛めつけて処刑あるのみ。そう、悪党ならば全員を処刑してしまう方が早い。件のゼンダックにしてもビスマルクにしても前に立ち塞がるというのならば、闇に葬る方が手っ取り早いに決まっている。恋敵にしてもそうだろう。


 ユウタには、アドルをこっそり始末してしまう事も容易い事だ。だが、それをしてバレた時の事を考えればできはしない。天知る、我知る、人知るなのだ。どこから漏れるかわからないし、何よりやってしまったら己を許せなくなる。争うならば、堂々と争うべき。正面から恋敵を打ち破ってこその男だ。


 アドルは、仲間にしておけば、役に立つ男なのだし。友として、器の大きさで勝って選ばれるべきなのだ。そうしてこそ、だ。物語の主人公とは、いつだってそうしたもので。選ばれるべくして、選ばれる。なんでもできてしまう今を鑑みても、あっていい友だちなのだ。なにしろ、友というのはできない。ぼっち寸前。そして、誰もかれもをどうしても疑いの眼でみてしまう。

 アドルは、手のかからない子だ。

 前を行くロシナなどは、手を焼かされるズッ友で苦労が大きい。その彼が、急に振り返る。


「うん?」

「食わせてくれ」


 前をいくロシナが戻ってきて、手を伸ばす。皿の上には、林檎を割った物体が綺麗に並んでいる。

 ぱくぱくとどんどん頬張り始めた。遠慮がない。


「食べたら進もうよ」

「ふぉっふふぉふ」


 わかったといいたいのだろう。ロシナは、口の中をもごもごと動かす。

 己は、歩きながら林檎を剥いている。中々に評判は、良い様子だ。そして、臭気を防ぐ魔術を使っている。くさいと食い物を食べる気にもなれないのだし。

 目的をさっさと果たして帰らねばならない。


 倒した相手は、全員がユウタのインベントリに入っている。普通ならば、人攫いなどは役人に引き渡すなどもあろうが迷宮の中では殺すか殺されるかだ。奴隷に売り飛ばされでもすれば、死んだも同然である。そして、いかにもな面相の相手を思い出し、


「近いね」

「じゃあ、気を引き締めるであります」


 リリペットたちは、きょろきょろしている。野太い首に浅黒い手を当てるアキュ。と、その横に立つ猫耳を立てる青年は、イングリッド・ウォルファンという弓使いでも騎士でもあるらしい。背には弓と矢を入れた筒を携帯している。それでいて、手には弓でなく盾。腰には剣という出で立ちだ。女っぽい顔立ちで、冷やかされていそうである。

 後ろに歩くのは、パンシー・イキモノ。変な名前のコビットだ。それらしく、小さな杖に白いローブを着ている。こちらは、治癒術士というところか。

 そうして、


「もしかして」

「はい?」


 リリペットは、尋ねてくる。


「もしかして、ユークリウッドくんたちもここの外道たちを始末しに?」

「……大当たりです。そういうのなら、リリペットさんたちが彼らとグルってことはなさそうですね」

「あはは。やっぱり、手引きしているんじゃないかなーって思ってたのはお互い様かな」


 リリペットも、同じ事を考えていた様子だ。

 ユウタは、予想していた事と違う展開でほっと胸をなでおろした。内心では、この可愛らしい生き物をミンチにする事に抵抗を覚えていたからである。

 と、 


「おいおいおい。こんなガキどもにやられたってのか?」


 いかつい顔をした男が斧を手に現れた。狙うのならばここしかないというような場所だ。

 前に進もうにも、後ろに下がろうにも敵が立ち塞がる格好である。こうなる事など、普通に折り込み済み。すぐにも始末したいのだが、あえて喋らせてもいいだろう。


「ふん。女もいるようだな。売り払うにも金になりそうにねえ、変態な好事家くらいか」

「あなたが、ウィジルね」

「いかにも、俺がウィジル盗賊団のウィジル様よ」

「その首をいただくわ」


 話が長い。が、糞だというのだけはわかる。そして、狡猾だ。

 でなければ、長生きもできない。後ろに回す敵兵の数は、側に控える兵の倍以上。あえて、後ろを多めにしているのだろう。ここに、こうなってしまえば大抵の冒険者では太刀打ちできない状況だ。以前ならば、逃げ出すしかないような状況である。が、


「ロシナ」

「おうよ」


 後方に、跳ぶ。空間跳躍だ。どのような科学技術が働いているのか、空間と空間をつなげている魔術には恐怖を感じずには使えない。そこには、今か今かと待ち受けている男たちの姿あった。


「たまんねえ。あの小さいのにぶち込めるかと思うとよお」

「ばか、むしろあのガキの方がいいだろうが」

「お頭の合図は、まだか?」


 変態どもだ。

 ユーウは、そっと拳を握りしめ、たっと突く。


「あ?」


 胸に刺さった様を見て、の反応か。容赦は、ない。

 肉を貫く。肉を引き裂き、叩き潰す。人を殴るのは、趣味ではない。セリアとの修行でも、肉弾戦は苦手だ。それでも、雑魚を殴り殺すのは嫌悪感が甚だしい。セリアは、無表情で殴り殺す。それを見習わなければならない。


「餓鬼?」


 遅い。

 頭を割り、短い足が屈強な男の胴を叩く。すると、潰れたヒキガエルのようになる。壁に、床に、天井に、ありとあらゆる場所が赤くそまっていく。立ちふさがろうという人間は、武器を手に立ち向かってくるが。遅い。

 セリアに比べれば、何もかもが遅い。振りかぶる速度も、状況判断も。剣を手でつかみとり、その面が歪むより早く蹴りを見舞う。足刀が、面を割り砕けた頭蓋が赤い花を咲かせる。容赦のない攻撃は、内心の吐露か。

 この盗賊団は、男は殺し女は暴行して売り飛ばすという最悪の集団で。一切の手加減も情けもかける事はない。なにしろ、犠牲者などは数え切れないというのだから凄まじい。女は、集団暴行で心を折られて二度と冒険も傭兵もできないまでに痛めつけられるという。

 心を折られて、暗い目をした被害者を思い浮かべれば。

 

「て、てめえ。なにも……」


 ジャブが頭をあらぬ方向へと向ける。ユウタの二倍はあろうかという首が折れ曲がった。


「ひっ。あ、兄貴」


 そう叫ぶ相手にも前蹴りを。そのまま天井に叩きつける。べしゃっという音を奏でた体が床に落ちるまでに、肉塊を量産する。敵は、狭い通路に密集していた。魔術で焼き払うのなら一瞬だろう。黒焦げの塊にしてやるのもよかったが、それよりも怒りがまさった。

 敵の事情を鑑みてやる必要もない。戻れば、


「おっ、おつかれ」


 ロシナがウィジルという男の上に立っていた。でっぷりとした腹の上に。首魁ウィジルの顔面は、変形しているのか呼吸が荒い。他の手下は、全員が石化していた。勝負は、常に一瞬だ。倒れたウィジルの顔面に拳を振り下ろすのは、オデットで。


「ねえ、ねえ。勝てる? 勝つ? そんなつもりだったの? ねえ」


 普段は陽気なオデットが、素になっている。ウィジルの髭をぶちぶちと抜きながら。片目には、炎さえ見えそうな気迫がある。彼女を怒らせては、いけない。


「失礼だよねえ。僕たちに勝つなんて思うなんてさあ。ねえ、ロシナぁ」

「あ、ああ」

「そんな人は、こうだよね」


 オデットは、眼帯で隠れていない方の目に憎しみを灯し。ウィジルの髪を引っこ抜く。あまり多くないであろう彼の髪の毛がどんどん少なくなっていく。


「ぎぃあ、あああ。やめろ」

「やめろ? じゃないよね。やめて? 許して? もちろん、許さないよぉ。おじさん、馬鹿だよね。おじさんたちが勝ってたらやめろっていってやめるの? やめないよね。許さないよね? だからさあ、許さないよ? 本当に馬鹿」


 顔を近づけながら、ルーシアも頷く。


「そう言って、女の子たちに酷い事したんでしょう。許されません」


 リリペットたちがどん引きするくらいの迫力だ。二人ともに、暗黒モードとでもいうべき領域に踏み込んでいる。


「こうなるって、想像できなかったのかな? かな? 大丈夫。責任もって飼育してあげるからね」

「ひっ?」


 悲鳴を上げるウィジル。ロシナが毛を毟るオデットの手を掴む。


「あー、まあ、なんだ。お前、がんばれよ。楽に死ねるといいな」

「じゃ、ユーウ。確保してね」


 オデットが、にこにこしていう。目は、笑っていない。怖い。


「ああ。けど、こんなのは処刑したほうが」

「は? ダメでありますよ。楽に死なせるなんて。受けた痛みは、倍返しにしてあげないとでありますん」

「だよねえ。このクズの人。散々、乱暴して、売るなんて。人じゃありません。人じゃないんだから、それに見合った罰が必要です」


 二人ともに、意見が一致している。それを見守るリリペットたちは、成り行きを見守るという風だ。とても助太刀をするという感じにはない。ユウタとしても、そこまでいうのならばやらないでもない。けれど、拷問を楽しむようになってしまうあろう事が簡単に想像できてしまう。そして、どう転んでも同じ穴のムジナではないか。


「考えとくよ」

「本当でありますか」


 オデットは、わくわくという風に手を顔の正面に上げている。金髪が眩しい幼女に、まさか拷問をやらせる訳にもいかない。だから、己の手でやるしかないのだ。

 ルーシアは、こくこくと頷き、どこにも逃げ場がない。

 額に手を当てる。 


(しょうがない。人間電池にでもなってもらおう。多分、世のため人のためになる。けど、なあ)


 これも因果応報。そう割り切るしかない。ゴミは、ゴミ袋に入れるしかないのだ。



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