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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
223/711

38話 ロシナの領地

 甘い。

 甘すぎる。それが、ユーウの弱点だ。

 かつて、そうであったとはいえ今は別の国の人間。別の世界で生きているというのに。

 ロシナにしてみれば、日本人が死んでしまっても産業的な意味での駒を失うだけだ。

 ユーウがいくら日本人を優遇しようとも、当人たちがそれを理解していなければ意味がない。

 

 ユーウには大変な借りがあるので、右といえば右にいくようになっているけれども。

 ロシナの領地経営は、上手くいっているとは言い難い。多数の騎士と兵士を抱える結果、軍事に費用がかさばった。収入がそれを上回ればいいのだが、アルから頂戴する戦費があっても足りていない。放漫経営ではないのだ。隣にフィナルという存在がいなければ。


(馬車も真似されるし、米は作れない。から、酒を重視しようとしたのに、な。ああー馬車売った代金を回収しにいきたい。けど、足がねええ。遠いし)


 頭が痛くなってきた。いや、痛くはないのだ。だた、ぬかるみに突っ込んだような頭がぐちゃぐちゃになりそうな展開にはほとほと参っている。あれをすれば勝てるというような、そんな安い勝ち方はないのか。ユーウほども魔力がなく、魔術も得意ではなく。領地の改革には、今もいる領民の意識をかえねばならない。

 

 そして、最大の問題はユーウと違いロシナは領主ではない。

 父親が領主なのだ。権限も限られていて、幼児といっていいロシナの言葉に頷く領民がどれだけいるのか。ユーウの場合、ほとんどが奴隷だ。領民が奴隷なのである。従って、ユーウの真似をしようとしても上手くいかない。笑って流されるなど日常茶飯事だったのだから。


 あれやこれやとやってみても、魔術がろくに使えないロシナが無理やり作付けをするのは、


(米が作れればなあ。けど、できねーし。どうしようもねーよ。麦だけで農業チートをやろうにも隣が真似しやがるし。マジで、詰んでるわ)


 難しいのだ。隣と争うのは、もっと難しい北側に位置するフィナルの家門は北西部の最大勢力。

 北部を二分する権勢を誇る。

 父親は、凡庸だが暗愚ではない。普通の貴族だ。鼻もちならないのは、どの貴族でもそうだからだろう。高貴な出自を誇らない貴族の方が少ない。


(今年も、というより、来年も赤字になりそうなんだが、ああ。どうしようか)


 毎年借金だ。どんどん増えていく負債に、ロシナは目が回りそうである。

 戦に勝って、家が傾くとはこれいかに。父親は、方々に借金をしている。それを返すのもロシナの仕事で、つまるところどちらが領主なのかわからないほどである。


 ユーウがもしも貸さないといえば、ロシナの家は今日にも破産だ。

 領地を抵当に入れているのではないか。そのような節もみられるのだから、赤騎士団に居られるとも限らない。剣を振るっていれば、金が転がり込んでくる傭兵の如き生活でもするべきなのか。それでは、騎士道ではないし。領民に重税を課すのは、どうか。


 こちらには、父親が反対する。ロシナも同意見だ。これといった産業がないのに、重税を課してみたところで民の不満が募るだけだ。とはいえ、軍事費がかかり過ぎていて、内政に力を入れようにも年数が必要だ。寒い土地なので、ユーウのように気候を制御でもできなければ大した事はできない。領内の食料は、ジャガイモか麦だ。四輪農法を導入してみても、やはり食料は足りていない。


 畜産をし始めて、穀物が不足するのは当然といえば当然だった。

 魔物を狩ってくるのは、誰もが命がけなのだから。鶏の類をフィナルが家畜として飼い始めたと、聞いた時にはそんな事をすれば領民が飢えるのではないか。と、危惧したのだが―――そこは、魔物を狩ってくるセリアやらユーウがいて。

 

 ずるいと思った。

 フィナルの家もエリアスの家もユーウの土地からは直ぐだ。街道も整いつつあって、交易で人の行き来きが盛んになっている。対するロシナの家は、アルカディアとの交戦拠点になりやすく土地が荒廃していた。山が近く、吹きおろしの風が強くて冷害も厳しい。海に近いフィナルの領地も同様の筈なのだが、彼女には別の収入がある。

 お布施だ。


 ロシナが、「あのアマーあああああ」と思った事が一度や二度でないのもそこにある。

 蘇生を見せ金にすれば、どれだけでも民衆から吸い上げられるのだ。ずるいと思わずにはいられないだろう。しかも、それが自らの力に寄らない処なのだ。そう、フィナルの魔力は確かに跳び抜けている。女神教の女教皇ですら、桁が違う魔力の持ち主ではあるが。


 一般的には、蘇生術を使うのに高位の司祭が数人がかりで寿命を減らしただけで終わる事もあったそれ。フィナルが現れてからは、やりたい放題だ。いくらアルがけつを持っているとはいえ、他国に命を狙われないはずがない人間である。毎日、毎日、蘇生を繰り返す彼女には自由などないはずなのだ。それをどのような手段を使ってか、解決してしまっている。


「生き返らせる替わりに、貴方は何をしてくれるのかしら」


 このような言葉をかけられれば、大抵の人間は、民は、フィナルのいうがままだ。

 死んだら、それまで。そんな普通で当たり前の事態を覆してしまう。蘇生をする機械になるはずなのに。他の司祭は、蘇生を頼まれても断るのに。女神教が、大神教を押しているのもここにある。件の高位神官たちは、火あぶりの刑になった。苦い顔をする豚どもの顔とフィナルのかんばせを見比べれば、どちらに味方をしたくなるのか。その非を見るよりもなお、速いかもしれない。


 妹や弟が亡くなったりすれば、ロシナとてそれにすがってしまいそうである。

 だから、下げたくもない頭をユーウと一緒になって下げるのだ。

 フィナルは、ユーウが一番だ。恐らくは、親よりもユーウを優先するだろう。

 誰もかれもが、彼女を蔑んだから。誰もかれもが彼女を相手にしなかったから。


 容姿はともかく、魔力が乏しく、スキルがろくになかったから。フィナルは、何時も隣にいるエリアスと比較されてきた。生まれた時から、片や輝ける者などという二つ名が備わっているような相手だ。今だって比較され続けている。そのコンプレックスは並大抵の物ではないだろう。 


 やいのやいの言われるが、エリアスの方はどこ吹く風である。フィナルの方がやっきになっているのだ。風格も伝統も随一のレンダルク家からしてみれば、田舎貴族の成り上がりにしか見えないのであろう。同じようにユーウの方を見ている貴族も居たが、数年でそれは間違いだと気付かされている。食料の生産量でも工業力でも商業力でもミッドガルドの王都を除けば、躍進が著しい。


 王都は、千百万人都圏を目指して周辺に都市を拡大中だ。

 元々の食料だけでは、そうもいかなかっただろう。今や、奴隷を多用した穀倉地帯が広がっている。それも年々、拡大中だ。報告では、食料の自給率は180%を超えつつあるという。米だけに、力を入れてきた訳でもない。ユーウが「まだ早いかも」というので畜産が遅れているだけ。そうして、北部と中央部がめざましい躍進する一方で、ジギスムント家とキルギスタン家が領袖する南部地域が遅れていた。

 

 南部は、古い名家揃いだ。

 中でもジギスムント家は、南東部随一の軍閥あった。軍を動かして、狼国に攻め込んだのはいい。そこで得た物は、奴隷だった。それで、国内の食料事情が良くなるのかといえば、


(人口が流入して、戦費がかさばって、碌な事になっていないっつー)


 なっていない。

 シグルスは、若年ながら切れ者と評判だ。細かい処まで、気のつく人間である。が、実家の方には口を出す気がないのか。アルカディアの統治で、忙しいというのが実情であろう。アルカディアを植民地にするという事でも併合するという事でもないので。統治はするけれども、実際の実務は現地民にやらせようというつもりらしい。

 こちらも、親が健在で実権はシグルスの方にない。

 アルカディアの方は、どうにでもなるのであろう。と、そんなシグルスがユーウに狼国の経営を投げた時には「女狐、やりやがった」と思ったものだ。このまま、軍を駐留させていれば遠からず反乱が起きるであろう事は明白であった。そして、食料やら装備やら給料やらで金が飛ぶ様に無くなっているのは上層部なら把握しているだろう。

 だから、これ幸いに押し付けたのである。ついでに、尻拭いまで。

 ユーウが、引き受けるとは考えていた。しかし、土下座を繰り返すなど想像も出来ない。転生してからというもの、ロシナが頭を下げるのは、アルくらいの物だ。あとは、ユーウに金を借りる時である。 


 ユーウの横顔を見つめると。





(いくら言われても、ほんの少ししか変われない俺は、頑固なのか?)


 はたから見れば、寸毫も変わってないようだ。ロシナが、ちらちらとユウタの方を伺っている。


(うっとおしいなあ。こいつ。俺は、ホモじゃないぞ)


 いつも一緒にいて、ホモっぽいと冷やかされるのに、全く分かっていないようだ。

 思い返してみれば、すぐに日本人を優遇してしまうし、何かと気をかけてしまう。

 予算も気前よくつけていた。悩みながらも結局のところ。


 人とはなかなか変わらない物だ。変えられない己がいて、変えられない未来があるとすれば必死の努力もしよう。した結果が変わるのであれば、そのままだ。

 明日にも変えろ、と言われたところで変えられる人間がどれだけいるだろうか。

 明日から間違いのない人間に成れ。などと言われても、変われる易々と変われるものではない。

 ユウタも然り。

 迷宮の内にあっても考えている事といえば、元日本人たちの待遇である。

 

 ロシナは転生者であるから、あっさり切り替えられているのかもしれない。

 元の国であって、今生きている国はどこか。ミッドガルドであると。

 ちなみに、かつて隣の国では様々な差別を受けていたわけで、報道しない自由があった。

 通路を先行する一つ上の幼児を見ると。ユウタを見て、オデットを見るロシナが、 


「よし、見てろよ? 今度こそカッコいいところ見せるぜ」

「頑張るでありますよ」


 拳に力を入れている。


(はよ、いけ。はよう)


 タンクなのに、ちんたらしやすい。セリアがいれば、蹴りが入るところだ。

 赤いヘルムを被り直すロシナと楽しげなオデットが並ぶ。

 二人は、共に悩みを持ち越さないような楽観的部分がある。

 

(うー。自国民を大事にしないで、他国からひょっこり現れた連中を厚遇しているんだから売国奴にしか見えないよなあ。このまま平等に扱うしかないのか。でもなあ)


 逞しくないのだ。叩かれれば、どこかへ行ってしまうような弱さがある。

 自分たちが悪いのだと。追い詰められれば、自殺してしまう。

 一方で、ミッドガルド人の気持ちもわかる。自分たちの領主がぽっと出の異国民を厚遇しているのだ。意味がわからないと。そして、日本人は勤勉で真面目だ。労働時間などは、ミッドガルド人たちと比べるまでもなく長い。そして、休憩なども殆ど取ることなく働いていたりする。そうなれば、どうなるか。

 腹を見せて、寝転がるのも彼らにしてみればし難いだろう。


 壁には、染み付いた匂いが漂う。細い道と広い小部屋のような場所が連結している迷宮だ。

 ユウタの思考を遮るように、鼻を曲げそうな匂いがする。

 空気の流れで下の階と上の階を読み取るのは、訳もない。進んでいけば、いずれは目的地にたどり着くだろう。この迷宮では、肉が取れる。オークと違い、肉質が堅く筋張っている。食べるには、細かく刻んで柔らかくする必要があった。迷宮に潜るのは、食料の確保という視点がある。一層では、うんざりするくらいの狼種と犬種を倒してきた。


 餓狼饗宴と呼ばれるだけに、小部屋で戦っていればジャッカル系だけではない魔物が現れる。

 犬だ。口が大きく裂けて、歯が異様に大きい。鰐を連想させる部分があるだろう。口からは、血が流れ出す。冒険者でも食ったのだろうか。だとしても、流れる量が少ない。

 

(酷い匂いだ。死臭が)


 先行するロシナをオデットが励ます。しかし、どこか失敗をしそうな雰囲気であった。

 先行しているであろうリリペットパーティーに追いつこうとするかのように、前進していく。

 それほど焦る必要はないのだが。


「どりゃあっ」


 出会い頭を制して口が大きな犬型の魔物に渾身の一撃を振るう。返す剣で、狙うのは横から来る相手。

 目のない狼種だ。ロシナの倍はある。けれども、ロシナの体格に合わない剣をやすやすと振るう。

 よだれを払いのけて、ふた振り目。

 ロシナの攻撃は、ものの見事にジャッカルの頭部を割った。 


「ふう。俺だって、やれる」

「わかってるよ。カード引く?」

「いや、あれは。やめとく」


 便利なのに。本質は、お手軽能力付与にある。やり過ぎなカードであるけれど。

 使い方次第であると。


「やれば出来る子であります」


 オデットが優しい言葉を吐く。ロシナは、すぐに調子に乗るのがいけないところなのだが。

 敵の数が多ければ下がることもある。敵を倒せば倒すほどに強くなれるが、だからといって味方もそうであるとは限らない。ロシナの場合、身体の性能はずば抜けているのである。なので、無茶苦茶をしてもどうにかなってしまう。 

 

 味方の軍勢が五百で相手が三千。それでも味方を勝たしてしまうのである。

 迷宮では、バリアでも貼っていれば問題ない。

 

「リリペットさんたちが見えないな。それより、人だぞ」

「四人かな。少ないね」


 ユウタたちは五人だ。それでも少ないと思える。というのも、迷宮は不測の事態が起こりやすいのだから用心に越したことはない。ミッドガルドでは、同業者を襲うのは御法度になっているが―――


「男一人に女が三人か。なんか、弓かまえているぞ」


 と同時に、矢が飛来する。ロシナは、駆け出した。


「敵か!」


 誰何するまでもない。明らかに殺意が乗っていた矢を握りしめながら、ユウタはスタンを繰り出す。

 狙いは、先頭の男だ。ロシナが相手に接敵するまでもなく終わった。

 倒れた相手を眺めながら、


「おいおいー。ちょっとはいいところを見させてくれよ」

「相手が強いのか弱いのか測っただけなんだけどね」

「いやいや、お前の魔術を食らったら大抵のやつは抵抗できないだろ。少しは、いい目を見させてくれってばよお。折角の相手だったんだぜ?」

「悪かったよ。次は、手を抜くよ」


 見下ろした相手は、びくびくと痙攣している。男に至っては、よだれを垂れながしていて汚さそうだ。脱糞しているのかもしれない。酷い匂いが漂い始めた。


「どうするこれ。女は、奴隷っぽいぜ? 耳が尖っている。けど、この男が飼い主じゃあなあ」


 割合でいけば美男の部類に入るのであろう男が、白目を剥いている。

 奴隷としてこちらを売り飛ばしてしまうか。襲ってきた側の言い分を聞いてやるほどユウタはお人好しではない。なので、


「んじゃあ、こいつは鉱山送りで。こっちの美人さんたちは、受付とかで働いてもらおうかな」


 ロシナは、口の端を上げた。


「相変わらず男には厳しいのな」

「当たり前じゃないか。ちょっと行ってくるね」


 インベントリへと襲撃者を入れる。

 それから転移門を開いて移動した。





 開いた先は、ユウタの治める城下町にある冒険者ギルドだ。

 そこには、何故かアルーシュが立っていた。


「遅いな」

「申し訳ございません」


 とりあえず、訳もわかっていないのだが謝るのが上司との付き合いだ。

 顔も頭の中身も悪くないはずな幼女なのだが―――


「ちょっと、こっちにこい」

「はあ」


 急いでいるのに、アルーシュはお構いなし。

 そして、


「お前、これついているんだろ」

「げえっ」


 アルーシュが見せたのは、薄い本だ。一体だれが、アルーシュにそれを渡したのか。

 訳が分からないが、もっとわからないのはどうしてこうなっているか、だ。


「ちょっと、見せてみろ。取らないから」

「いやいやいや―――ちょっとここでは不味いですよ」


 何を言っているのか。己は混乱している。違いない。

 そして、休憩室へと向かう。宿屋の一室のような場所だ。仮宿を取るにも時間がかかるのである。ユウタは顔パスだ。

 そして、


「脱げ」

「どうしてそうなるんですか」


 アルーシュは、真剣なまなざしで、


「いや、な。私のここにも同じものが生えるらしいのだが、一向に生えてこない。で、おかしいと思ったのだ。父上は、その内に生えてくるから心配いらないというが。信用できない。で、だ」

「ハイ―――!?」


 絶句した。というよりも、仰天した。ユウタは、そんな事を教える父親がいるなど信じられない。が、セリアのあれを見てはそうなのかもしれない。間違った知識を教えて、どうしようというのだ。このままでは、アルーシュが弄られっ子になってしまう。乳を揉まれても物怖じしない子になってしまうというべきか。かなり、アホの子だ。


 知らないのだろうか。

 しかし、初体験。そう、十六の時には知っていた。という事は、アルーシュに教えた人間がいるはずだ。そして、それをユーウが教えたとするならば―――


「見せても、笑わないぞ? 小さいのが生えているんだろ?」

「はは…」


 観念した。ローブを刷り上げて、パンツを降ろす。

 顔を赤らめながら、見るアルーシュは指を差す。


「げっ。お前、そんな物をセリアに入れようとしていたのか。鬼畜だな」

「えっと、ちょ、ちょっと待ってください。これ、何なのか知ってますよね」

「ああ。チン●だろ。子供ができる。私にも生えてくるはずなのだがな」


 意味がわからない。そもそも、アルーシュは女だ。生えてくるはずがない。

 男として教育されているのか。アルーシュの認識はおかしくなっているようだ。


「女の子だと、その生えてこないですよ」

「生えてくるっていってたぞ」

「……」


 アルーシュは、がばっとズボンを下ろした。とっさに、目を瞑る。


「触るのだ。そして、見ろ。生えてくる、はずだ」

「女の子だと、生えてきません。間違いないです」

「馬鹿な」

 

 アルーシュの頭を撫でてやる。と、アルーシュは「わぁああああ」と叫びながら部屋を出ていった。

 恐ろしい勘違いだ。明日からどうすればいいのか、さっぱりわからない。いきなり女の子になってきたら、ユウタは扱いに困る。が、考えても仕方のない事だ。そして、危うく変態になるところであった。


 でてそのまま受付へと向かう。すると、 


「ん? これは、ぼっちゃん。ようこそおいでくださいました。今日は、何用でしょうか」

「ああ。こんにちわ」


 いかついオッサンが受付をしている。稀にだが、美人の受付が寿退職してしまった時にこういう事態が発生するのだ。コホン、と咳払いをして気を取り直すと。

 インベントリから痙攣したままの男女を取り出す。


「こいつらを受け取って欲しいんだけど」

「こいつは、どういう事情ですかな」

「それはね。襲ってきた賊。男は奴隷として売って、女たちは休ませて欲しいんだけど」

「それでしたら、奴隷商人のところへ直接運べばよろしかったのでは?」


 ふむ。と、手を打ちながら、


「彼らは、強欲だからねえ。下手をすると、この子たちを売っちゃう可能性があるじゃない」

「なるほど」


 寝そべったままの姿勢な女の耳を見せると、頷いている。

  

「森妖精のようですが、首輪がついておりますな。魔術で服従を強制しているといったところでしょうか。あるいは、奴隷商人のスキルやもしれませぬが…こちらで調べましょう。面倒を見る代わりに、経費の方は城に請求してもよろしいですな?」

「うん。じゃあ、お願いします」


 面倒な事は、他人に押し付けるに限る。

 下手に世話をしてしまえば、情が移ってしまう。人は犬猫ではないので、大変な事になりかねないのだ。大抵の事件とは、痴情のもつれが引き起こすのだし。

 冒険者ギルド内には、昼食を取る人間がまばらにいるくらいだ。ここで取るくらいならば、もっといい店がそこかしこにできている。食事が文化の程度を示すともいうので、ユウタはうまいご飯を食べるのに手を惜しまない。そう、元日本人たちがいるのだから。彼らが作る唐揚げにレモン汁と白米だけでお腹一杯までいける。 


 奴隷たちに作らせても、大して美味しくないのが実情だ。

 転移室に入ろうとするところへ、


「ちょっとおまちください」

 

 後ろから追いかけてきたのは、先ほどの中年男だ。紙の束を持っている。


「おや」

「おや、じゃありませんよ。契約書をお持ちください。こちらです。大急ぎで作らせましたが、よろしいですか」

「ありがとうございます。城の方に持って行って貰えれば、そちらでもよかったのですけど」


 この地、この場ならどうとでもなるだけの権力をユウタは握っている。それこそ、契約書だとかなんだとかを無視できるほど。それをするかどうかは別として、律儀にも持ってきてくれた男にお辞儀をする。


「坊っちゃん。それでも、契約は契約です。紙切れ、とはいえです。契約書これ一枚で、人の人生が変わるんですよ。大切にしてください」


 頷きつつ、内心では反省する。外面上は、変わっていないだろう。

 貴族とは、不遜な者ばかりなのだから神妙にする方が希少だ。

 元の場所に戻ると。


 姿が見えない。どうも、先の方へと進んだようである。

 灯りを点しながら先の方へと歩を進めれば、剣戟の音がする。

 道すがらの魔物が捨て置かれているところを察するに、ロシナたちは急いだようだ。

 敵を引き連れて、列車していった訳ではないように見える。広間にいる。先の。

 リリペットたちに追いついたのか。判断しかねる。 


 だが、広間に通じるであろうそこを塞ぐようにして立っている冒険者風の男たち。


(邪魔だ)


 麻痺(スタン)で、倒すと。

 

 そこでは、


(げえっ)


 ロシナたちにリリペットたちが囲まれていた。敵と思しき相手は、やはり人間だ。

 ゲームでいうならば、PVゾーンだったのであろうか。ゲームではないので、襲う場所としてはもってこいなのであろう。左右の崖からは、矢を構えた人間が見える。明らかに不利であった。ユウタは、後ろを塞ぐようにして立っていた人間を壁に寄せながら考える。


(まずは、上かな?)


 上を押さえている方が有利に違いない。そして、防御だけならばロシナの盾が圧倒的性能を誇る。

 敵が、弱点に気が付かない内は無敵だ。

 その敵。必勝を確信しているのか。リーダーらしきとんがり兜を着けた斧を持った人間が何事かリリペットたちと言葉を交わしている様子。

 そっと、崖上の人間の背後に立つ。

 くぐもった声を出して相手は、倒れる。突然の襲撃に、相手は対処できないようだ。

 対面になっている相手の背後でも、やはりスタンがさく裂する。無力化できる魔術は便利だ。

 殺さずに済む。


「な、なんだ? 何が起きているんだ!」


 敵のリーダーと見られるとんがり兜の戦士が困惑した表情を浮かべている。

 ユウタの使っている忍び足にハイディングには全く気が付かないようだ。

 すんなり相手の背後を取り、手の平から電撃が走る。


「やあ」

「や、や。さっきのえーと。ユークリウッドくん!」


 と、同時に敵の身体を縛り上げる。魔の術にて。


「おせーよ」

「ごめんごめん。で、どうしてこんな事に?」

「それより、敵はまだ…」


 問題ない。ロシナたちから見た正面にいた人間たちも抜かりなく、麻痺(スタン)している。

 戦闘だけなら、いいのだけれど。そうもいかないのが世の常だ。






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