36話 狼の国
◆鉄の巨人
ブリタニア軍に勝利を。前進する自軍は、敵を蹴散らしている。文字通りに。
無粋な鈍色の塊に乗っていなければ、さぞや痛快であっただろう。
だが、
「圧倒的だな」
「圧巻ですね」
己のことのはに、部下の一人が相槌を打つ。
敵軍は、見る影もなく四散した。ばらばらになって逃走する者、踏みとどまる者。
前者が、愚かだとは言えないであろう。それを成した者とてそうだ。
今、操るのは、巨大な鉄の巨人。一体いかなる妖術であやつれるのか。
搭乗している人間も、動力源の事や機構についてを詳しく知る者は皆無だ。
だが。
「強力すぎる」
「ですが、この力があればこそ奪還もなるのでは?」
「これが、そのまま我らに向くという事もかんがえねばならん」
年若い士官だけに、わかっていない。憮然とした表情が画面に映る。
その画面ですら未知の代物だった。
水晶玉のようにつるつるとした壁。それとは違う。材質も見たことがないような椅子。
四十年近く生きて、このような機械に乗り込むなど夢にも思わなかった。
とはいえ、国を守るためである。ちっぽけな矜持など、
「潰れろっ」
「とうに捨てたと思ったが……」
巨人の足元には、人間がいたりする。勿論それは、敵軍だ。諦めていない兵であった。
巨人の右手には、武器が備わっている。それを使えば一瞬だろう。
だが、勿体無い。弾があるのだ。そう、弾が。
十発も撃てば一軍が壊滅する威力だ。
抵抗する敵は、果敢にも生身で肉薄してくる。それを殲滅しているのが、味方の巨人だ。
敵は、何故逃げないのか。
(逃げても誰もとがめまい。さっさと逃げろ)
鋼鉄の剣を握った剣士が吹き飛ぶ。支援しようとする魔術士が転倒する。
弓士が的を外す。踏み鳴らす足の振動だけでも立っていられないであろう。
それこそ、地べたでは地震がおこっているような物だ。
己であっても、戦いを挑もうなどとはおもわないが。
と、
「先行している部隊は、どうなっている?」
「わかりません」
突然、先を行く巨人の頭が下がる。まるで、やられたかのように。
「各機、警戒を厳にしろ。もしかすると、やられたのかもしれん」
「隊長。そんな事がありえるんでしょうか」
「ありえん事だが、万が一はいつでもありえる。油断するなよ」
神がでばってきた。などという事もまた想定外だが、ありえる。
この世界には、目に見える形で神様が降臨するのだ。翼を持った人間がいるように、このような機械を発明するような種族もまたいる。何が起きたとしても、不思議ではないのだ。この地上が平らではなく、丸いのだと説明されても訳がわからないという風に。
巨人が沈むのを眼前にして、動きを止めておくのは得策ではない。
先行する部隊は、何が起きたのかわかっていないようだ。
であるから、
「また? 隊長。敵ですか。しかし、姿が見えないです」
「……どこからか飛び道具を受けているのではないか? よく探せ」
機体。この人形はそのようにも呼ばれている。鉄の巨人、鋼鉄の騎士などとも。
動かし方は、複雑ではないのが救いだ。レバーと呼ばれる棒を握って、手を動かす。足元にあるフットペダルと呼ばれる押し込み型の板を踏んで足を動かす。誰でも動かせるというような作りで、他人に乗っ取られる心配が大きい。セキュリティーだの個人認証システムだのと呼ばれても己の硬い頭では、理解し難い。
背筋には、冷たい氷を当てられたかのような悪寒が走っている。巨大なオーガに出くわしたかのような。人とも悪魔とも判断できないような目の玉でできた悪霊に出会った時のような。駆け出しの冒険者であれば、死から逃れる術を持たずに死んでしまう罠。
「不可解です」
部下は、頼りない声を出している。見えぬ敵は、またしても巨人を倒したようだ。こちらから確認できる事は、機体が動かなくなった事を示すアラート音だけ。先行する部隊は、混乱している。後方に位置する己の部隊は、援護する役割だ。と、同時に入れ替えで補給をするという仕事を受け持っている。先行している部隊の鉄巨人は十機。一機でも、小国なら制圧できそうな戦闘力なのだ。
にもかかわらず、敵の手で二機もやられた。この損害は小さくない。五十機中の二機なので、小さいと判断する者もいるかもしれないが。反攻して、ミッドガルドの本国まで攻め込むという上層部の目論見は早くも潰えそうである。三万程度の敵軍を潰走に追いやり、砦を五つほど奪い返した。わずか一日でこれだけの戦果をあげたのだから、いい気になるのも仕方がないだろう。
「画面には、敵の姿が映らん。先行する部隊も同じなのか?」
「わかりません。敵は、ひょっとして生身なのでは?」
「まさか」
ありえる。単体で、竜と戦うような戦士がいるような国だ。ブリタニアでは、一軍でも全滅するような相手である。竜をでかいだけの蜥蜴などとも言う。蜥蜴といっても十メートル以上をしたような物が多く、それだけで脅威だ。剣も刺さらないような鱗に強靭な肉体。突進を受ければ、すぐにも肉塊である。だから、それを討ち取れるような冒険者は竜殺しなどと呼ばれるのだ。
さらに言えば蜥蜴は、賢い。普通の人が罠を張ってみて、どうにかなるような代物ではないのである。そういった蜥蜴を飼い慣らしているのが、ミッドガルドで。それを掃討するために出張ってきているというのが、王の主張だった。どうみても、人間相手にこの巨人を使うのは卑怯だといわざる得ない。
(勝てば、よかろう。だが、いいのか?)
敵は、生身だ。逃げる敵兵に、銃弾を容赦なく打ち込む味方もいる。砦にこもる相手には、己もその鋼鉄の塊を撃ち込んだ。集中砲火を受けた砦といえば、凄まじい被害だった。やった方がショックを受けるような。そう、人が肉片になっているのだ。敵は、降伏勧告を受けなかった。とはいえ。
「今度は、そんなっ」
部下の悲鳴が聞こえる。他人事ではないが、敵の部隊と言えるような相手がいない。
敵軍の後方に巨大なゴーレムが見えたりするが、そこに行くまでには距離がある。
そこで銃の出番となる。
鉄の巨人がぶら下げた武器だ。撃ち込むのには、距離の制限を受けるが。
弓矢よりもはるかに飛ぶこの武器の有効射程距離は、約一キロ。
当たらずとも、その衝撃で生身の人間であれば、死ぬ。
ミッドガルド兵の想像を絶した耐久力を鑑みれば、直撃で当てておきたい。
銃弾にも種類があり、狙撃用と殺傷用とに分かれる。
この場合は、狙撃用がいいのだが―――
「見えんか。クソッ」
まごついている間に、味方の巨人が全滅してしまった。そして、
「わっ」
轟音が響いた。一定時間が経過すれば、そうなるのか。
恐ろしい事に、鉄の巨人は自ら爆発した。機能を停止させられるとそうなるのか。
不明だが。
「聞いていないぞ。各機、あれでやったかどうかわからん。注意しろ」
爆風が、自部隊までやってくる。そんな威力なのだ。
敵は、それで死んでいると思いたいのが人の過信であると。
「この場に、毒ガスでも撒きたい気分だぜ」
「隊長、それですよ」
「何か、いい手があるのか?」
「煙幕です。そこから出てきた相手を見つけられるんじゃないですか」
「……」
道具がない。あったとしても、それを実行するには時間が必要だ。そして、敵はそれを待ってくれるほどお人好しなのか。左右に展開する部隊が、どういう反応を指し示すかわからない。
「左翼はどうなっているか」
四角い箱といった通信機に喋りかける。声を遠くに離れた相手を交わすという、面妖な代物だ。とても、慣れない。
まさか、相手とこれで話せるなど。
「こちら、ケニー隊。リングス大隊長、こちらは無傷ですが状況を教えてください」
「敵は、おそらく生身だ。何かいい案はあるか」
生きていれば接近してきているであろう敵だ。一秒でも無駄にはしたくないが、こちらの準備をまってくれるような相手ではない。
「はあっ? 生身ですか……うわっ」
「どうした」
「えっ、はっ、壁が?」
直後、砂嵐が吹きすさぶような音と轟音が耳を襲った。
敵は、間違いなく生身かそれに近い大きさのゴーレム。小型のゴーレムを使ってこちらに戦闘を挑んできているというのならわかる。しかし、装備が恨めしい。こうなれば、有利なのは大きさと質量だけだ。的が小さければ、打つ手が限られてくる。魔法的なバリアでも装備されていればなんとかなるのであろうが。
「このままだと、全滅だな」
「他人事みたいに言わないでください」
「もっともだ。だが、機体には特殊な能力なんてないぜ? 巨人の腹を守りながら戦うしかねえ。もしくは、逃げ出すかだ」
「逃げ出すって、そんな」
逃げるのも戦略だ。
単体で、敵を圧倒できる戦力を用意しているのだから。
各個に撃破される危険を負っても、まとめて撃破される危険を避けるべきなのだ。
敵が、それを待ってくれるとは限らないが。
鉄の巨人を全部覆い尽くすような、そんな防御膜があれば対処可能になるような事態。
そちらもまたないないずくし。巨体に武器だけでも圧勝な事は間違いない。こちらの巨人を倒せるような相手がいるなど想定の外だ。竜ならば、目にいやがおうでも入り対処可能だ。現れたのならば、武器が火を吹くだろう。
決断できない。逃げるのは、敵前逃亡罪に当たる。
指示がでない限り、逃亡は死刑だ。部下の声が虚しく響くが―――
(どうしようもない。どうすりゃいいんだよ)
答えのでないまま、左翼にいた部隊が全滅した。
こちらの番というわけだ。
そして、
「隊長。画面がっ?」
「どうした? 何が起こった」
返事を帰していた若い部下の機体が地面に向かってゆく。
信じがたい物を見た。
銀髪をした子供が、巨人の腕を斬っている。斬られた腕の残骸を飛び移っているのだ。
美しい。
「敵は一人だ」
だから、どうしたというのだ。どうにもならない相手に出くわしてしまった。
部下は、半狂乱だ。手足をブンブンと振り回す。
轟音が、目の前からやってきた。そして、景色を映していた壁が黒く染まる。
股間は、湿っている。
「これか。これなのか!?」
レバーにフットペダルを動かすが、反応がない。
己の名は、トニー。先ごろ、ただのトニーからトニー・リングスになった。
生きていれば、しょんべん漏らしのトニーになるが。
◆
「ありえぬ」
同僚のガリオンも頷く。
ありえない事だ。
子供とはいえ、貴族の一員。それがこうも容易く頭を下げるなど。
「ロシナ様まで、どういうことか」
これでは、侮られてしまう。配下の騎士たちは、総じてLV50を超えている。
率いるロシナのレベルは、公表では70台。実際には、何度も転職していてガーフではとても太刀打ちできない相手だ。やりあえば秒殺される事だろう。
一般兵がLV10。これは普通の数字である。
赤騎士団の兵ならば20はある。ロシナの配下に至っては、30が平均だ。
ガーフが55という事を考えればユークリウッドのLVは異常だった。
どうやって上げたのか。素質、といってしまえばそれまで。
だが、一緒にいるアルやセリアもまた異常なLVをしているのだ。
能力とスキルがあれば、この世は思いのまま。強き者が権力を握るのが世の習いである。
仮にも、貴族が頭を下げる事など滅多にあることではない。
強者が貴族。
ならばこその統治である。
狼国のみならず、各国であってもそれは変わらない。
尊きものの努めなど、というのは建前であるのは明白。
「このままでよいのだろうか」
「よかあねえな」
威厳もくそもあった話ではなくなりつつある。
このままアル王子あたりがくればどうなることか。
何より他国の人間をどんどん蘇生していっているユークリウッドは……。
「他国に知られれば、戦争になるぞ」
「わかってねえんだろ」
「いや、そこまで考えがないとは思いたくないな」
セリアと戦うのと他国と戦争とどちらがマシか。天秤にかけたものと思いたい。
解決できそうな人物といえば、アル王太子くらいだ。
そのアルは、未だに来ていない。が、フィナルやエリアスが脇を固める格好でやってきている。
そして、なぜか二人はコルト商会の娘たちに責められていた。
何とかしてくれといいたいような気分を視線に乗せる訳にはいかない。
「遅いんじゃないかしら」
「あら、ごきげんよう。ルーシア様にオデット様」
「あの状況をなんとかする手を考えないと、私の胃が潰れてしまうわ」
タメ口というよりも、格下にみているような口ぶりだ。
フィナルとエリアスの身分を考えれば、ちょっとありえない。
対になって立つフィナルの横には、白い金属鎧を纏う聖堂騎士がずらりと並ぶ。
名前は知らない。
エリアスの横には、黒い金属鎧を纏う魔導騎士が。顔を伺えない。
両側ともに、LV100を超えた手練れであることはつとに有名である。
それの威圧感といえば、小さな子供であれば失禁してしまうであろう。
「どうすればいいのかしらね。何かいい案は、なくて?」
「例えば、そう先回りして排除しておくのはどうでありますか?」
眼帯をした幼女が物騒な事をいう。
「気づくでしょ」
「むむ」
フィナルは、白いローブに手袋をしている。日傘をさすのは、後ろに立つ騎士だ。
くるくると先の曲がった髪をいじっている。
ただ、立っているだけなのに実に絵になる。将来は、絶世の美女間違いなしと謳われる程度には。
「とはいえ、これはマズイわね。アル様が来られたらなんと言われるか」
「どちらの意味でマズイ事になりそうなのかなあ」
「そのどちらもですわ。私たちの無策も責められるでしょうし。なにより、顔を真っ赤にして全員処刑にしてしまえ。なんて言わないとも限らないわよ」
エリアスは、涼しい顔をしているようで、汗が浮かんでいた。
ガーフの横では、ガリオンが吹き出た汗を拭いている。ここは、ミッドガルドと違い暑いのだ。
草原にような国でところどころに森がある。
風があるといっても建物のある場所は、蒸す。でっぷりとした中年がどっかりと椅子に腰掛けながら、水をあおる様は、見ていられない。
「なあ」
「ん?」
「こんな兵士がいる前で、ああいう会話していていいのか?」
「悪い噂が立つという事か。それとも、評判が落ちるという意味なのか。どっちだ」
「どっちもだ」
ここでは、水くらいしかでてこない。
酒を飲むには日がまだ高かった。毎日ドゲザを繰り返すユークリウッドの評判は、「女々しい奴」と滝壺を下るが如きだ。ロシナを巻き添えにしているのも大きい。あくまで隊の中では、だが。
「ふん。やりたきゃあ、やらせときゃいいんだよ。気が済むように、よ」
ガーフは、槍で貫かれたような殺気を覚えて周囲を見渡す。
どこにもそれを放っている人間がいない。
きょろきょろとガリオンも同じ仕草をしている。
「ぶしつけな事いっていると、酷い目にあいそうだな。ガリオン」
「怖い、怖い」
おどけてみせる。
そうやって、人をくったような態度を取るものだから、
「おわっ」
突然、椅子が傾く。
「痛っ」
「大丈夫か」
椅子の足が壊れたようだ。自重かはたまた魔術によるものだろうか。
魔術師ならぬガーフには、種も仕掛けも分かりはしない。
と、
「お前たち。雁首を揃えて、一体なにをしている?」
アルが現れた。金髪が眩しい。五歳とはとても思えない体躯だ。
小人族も愛らしいが、こちらはそっちよりではない。
「これはアル様。ごきげんよう」
フィナルにエリアスが裾を持って挨拶する。
「ふん。まあ、なんだかわかったぞ」
「わかったのでありますか?」
「まあな。任せておけ」
アルは、手を顎にやりそのままユークリウッドに向かって歩きだした。
視線の先では、
「貴族が頭を下げるのは、間違いなんだぜ?」
「えっ?」
ロシナが、諭すように手を頭に当てている。何を言っているんだろうか。
日本人的な感覚で、土下座しまくっていたが―――
「だからな。昔の武士みたいな感じなんだよ」
平民如きに頭を下げる物ではない。そういう感じであろうか。
しかし、
「謝る時は、謝るべきなんじゃないのかなあ」
「そんな簡単に、頭を下げたら軽くなっちまうっていってんだよ。あと、他の貴族には馬鹿にされるしな。あと、蘇生の事は周りに秘密にしておけよ? 面倒な事になるからさ」
ん? と首をかしげる。言われてみれば、そのような事態になってしまうような。
ユウタが困惑していると。
「おい、ユークリウッド。遊ぶぞ。プールを出すのだ」
「は、了解しました」
アルーシュだ。
突然現れて、プールを要求している。
さっと作るのは、ビニールでできた代物。水を溜めたそこは、暑い狼国での清涼剤かもしれない。
じっとりと、額に汗を浮かべているアルーシュは腰巻だけ履いて飛び込んだ。
「おいおい。マジかよ」
「ロシナは、どうするの?」
「俺も見とくしかねえよ」
アルーシュは、バタバタとクロールをしている。そして、
「何をしている。お前たちも、遊ぶぞ」
「しかし……」
「これだけ広いプールで私だけはしゃいでいたら、馬鹿みたいではないか」
胸は、丸出しだった。ユウタは、アルーシュをどうやって諭したものかと悩む。
何しろ、腐っても女の子なのだ。それらしく振舞って欲しい。全く色気のない胸だが、丸出しでは後々困った事になるのではないか。
ユウタは、そっと布を取り出し、
「失礼しますよ」
「む。なんだ、これは」
「ちゃんとしないと」
「邪魔なだけなんだが?」
胸に布を巻く。動きずらいのか。桜色の突起が擦れて痛むのかもしれない。軽く巻いたわけだけども。
ロシナは、まだ体を洗っていた。
「早くしなよ」
「わかってる。急かすなよ」
鎧を脱ぐのに手間取っていた。折角、着たというのにまた脱がなければいけない。
少しばかり、疲れているのかもしれない。後は、周囲にいる人間への照れであろう。
衆人環視の中で、プールだ。どこにでもある道で、いきなりプールに入っているのだから面食らうのも仕方がない。
冷たい水が、ひんやりとして気持ちがいい。
ユウタは、もちろんアルーシュも水泳は大好きだ。ロシナも水泳は不得意ではない。迷宮では、水場で戦う事もある。鎧をつけたまま戦う羽目になることも。重いと、それだけ腕力や脚力が必要になってくるのだから。溺れて死ぬなんて事も、ロシナは度々経験している。敵ボスに吹き飛ばされて、水場に落ちたり。船の上で戦って、そこから落ちるだとか。
金属鎧を装備したMTの弱点でもある。
ユウタかフィナルの蘇生がなければ、とっくにこの世にはいないであろう。
蛙が大量にいる迷宮では、水場も多い。モニカには、敵モブの使う吹き飛ばしスキルを避ける練習からだった。
「おっ。きたきた」
「あれ」
「フィナルやエリアスも呼んでおいたからな。セリアは、ちょっと忙しいみたいだ。残念だ」
「いや、残念じゃねーから」とは言えない。むしろ、来たら土下座である。
そんな事をおかまいなしに、
「ごきげんよう、ユークリウッド様」
「うん」
「どう、これ」
フィナルの横にいたエリアスが割って入る。挨拶は、無しだ。
「いいんじゃないかな。似合っていると思うよ」
「ふふん。でしょ」
「ちょっと、割り込まないでくださいまし」
どっちも白の水着だ。一体型の代物である。ユウタにしてみれば、出るところの出ていない水着だけに評論しずらい。色も同じで、二人でぎゃあぎゃあと口論し始めた。
「競争するであります」
「ユーウもしようよ」
オデットとルーシアが手を引く。
すると、
「うむ。私も混ぜてもらうぞ」
アルーシュも参戦だ。結局、全員で競争する事になった。
土下座ばかり、繰り返していたので気分もすっとする。
皆が疲れて、上がると。
「あまり、深く考えるなよ。責任は、お前にないのだからな」
「はあ」
アルーシュは、気遣わしげに視線を寄越す。
手には、白いカップが。そこにストローが刺さっていた。
「十分な時間をとれるように、セリアを引き止めておいてやる。後は、さっさと片付けてしまえ。領地とか家の方は自分でちゃんとやっておけ」
問題が山積みになっている。己の持分を超えた仕事は、失敗する。
そう考えれば。
この国の事は、この国の人間にやらせる方がいいのだ。
謝罪はするし、賠償もするが。お代わりをされてはたまらない。
ユウタがそれをしようとしても周りがそうさせてくれるとは限らない。
学校やら、家の事を少し放置しているのは、自覚のあることなのだ。
皆が上がった後は、町の住人たちが入り始めていた。
(消毒とかないから、不味いかも)
ちゃんとした物にする必要がある。
しばらく考えていると。
「焼き鳥が食いたい」
「はあ。少々お待ちを」
金髪を後ろでまとめた王子様が腰に、手を当てて言う。
アルーシュは、塩気が欲しいようだ。ユウタは、バーベキューセットを取り出すと。
「上手く焼けるといいけど」
「手伝うでありますよ」
オデットとルーシアが、野菜を刻んでくれるようだ。
バーベキューセット。単純な金網を日本人に作ってもらった。それで、肉を焼くだけなのだが。
アルーシュにとっては、好評のようで。とりあえず、肉を食えば元気になると。
そんな感じなのである。焼くのはユウタで、食うのは主にパーティーメンバーなのだ。
多少とも赤みが残っていては、それで突っ返されないとも限らないので。
セリアは、赤みが残っている方がいいと言い。
アルーシュは、焦げているくらいがいいと。
ほかのメンバーもばらばらだ。
「タレは、味噌でお願いしますわ」
「はーい」
フィナルは、生っぽいのが好きだ。好んでそちらを食う。火が通っていないようだと衛生面で心配があるに。
焼いて焼いて焼きまくる。牛の肉は、畜産牛の高級品だ。ユウタの経営する牧場でも、採れたてである。ミッドガルドで、流通しているモンスターの肉よりもずっと柔らかい。どういう顎をしているのか。稀に石のように硬い肉が宿で出された事もある。目標は、宮崎牛のような種牛を開発する事だ。とはいえ、この国で土下座ばかりしているようでは前に進めない。
「食った食った」
「満腹ですか」
「馬鹿者。八分目で留めておくのがレディーの嗜みだ。後、言い忘れたがあまり腹を見せていれば侮られる。却って、悪い事態になる事もあるのだ。まあ、反乱など起こそうものならユーウにとっては、都合が良かろう。簡単に纏められて、なあ」
駄目。絶対、駄目。などとは言えない。折角の苦労が水の泡だ。
騎士団の人間まで混じって、バーベキューが進行し始めた。
「確かに、そうなのですけど。死人がまたでちゃいますよ」
「鎮圧に、力を見せつけるチャンスではないか。子供だと、侮られるしな。弱ければ死ぬしかないのだ」
物騒な事をいう子は、王子だった。これが、王子では戦争も起きまくりだろう。
(力が全て。という感じで、困った人だよ。強い人だけが国民じゃないのに)
戦争など、ない方がいいに決まっている。強くとも、最強とて、いつかは誰かに敗れるのだ。
フィナルとエリアスは、焼肉でも嗜好が同じで取り合いをしている。
手伝ってくれている姉妹は、ろくに食っていないのに。
食った後は、フィナルもエリアスも後片付けをせずにさっさと帰ってしまった。
「ご苦労様です」
「あ、ガーフさん。お疲れ様です」
ガーフは、テキパキと受け皿を片付けていく。
ロシナの配下にしておくには、勿体無いくらい器用なおじさんであった。
気が利くのだ。
食器を配下の魔術師が作る水で洗ったり、簡易の下水道を引いたりしていた。
狼国の町には、上下水道という物がないのだ。糞尿は、壺にいれるか。或いは、川に垂れ流しか。
穴にぽいっと捨てているようで、不衛生極まりない。
「ロシナは、大丈夫なんですか?」
「いえ、恐れながら食い過ぎでしょう。困ったものです」
見れば、腹をぱんぱんにして仰向けになっている幼児がいた。そんな状態では、簡単に討たれてしまうだろうに。
布きれ越しに盛り上がる腹が、丘を作っていた。
丘を押せば、汚いものが吹き出すだろう。
「戻しそうだね」
「後の事は、我らが片付けをしましょう」
立ち込める匂い。獣人の匂いがきつい。風呂など知りもしないだろう。
プールの水もそうだが、一旦用意した水をどうするのか。
排水するには、側溝が必要だ。
「下水道を作っていかないと、いけないなあ」
「やるでありますか?」
「私は、いいよ」
三人で、作っていく羽目になった。




