35話 その襲撃者は
昼は、珍しくロシナと食事をとることになった。
セリアの姿は、ない。
広げた弁当は、自前だ。くるくると巻いた卵焼きが飯の横にちょこんとのっている。たまに、DDが中身を食っていたりするので要注意だ。その際には、売店を利用する必要がある。
学校では、気を遣う必要もないはず。
なのだが。
「どうしたんだ?」
「いえ。なんでもありませんよ」
気配を伺う素振りが見えたのだろうか。
ロシナには、把握されているようだ。
襲撃者たちの背後が洗えなかったのは、痛い。
尋問も神聖系統の魔術をもって、降霊を行うという代物だったのだが。
生憎と、答えられないように呪詛が働いており、魔術も万能では無いようである。妨害があっては、上手くいくものもいかないのだろう。毎回すんなりいく。とは、考えてもいない。
ユウタにしてみれば、地面に手をついてあらゆるものを合成出来るような代物があれば良かった。
ならば、ロシナに聞いてみればいいのかもしれない。
―――最近の仕事から聞いてみる方向が無難か。
弁当からロシナの整った顔に、視線を上げる。
「赤騎士団ってどういう所なの?」
「そりゃあ。騎士を養成したり、戦争する軍団だ。うちだと、従者が居る場合が多いな。弓だったり槍だったりを随伴している系統もある。赤騎士団は大剣持ちが多い。けど、全員剣ってわけでもないけどな。状況次第だぜ。ま、馬に乗る時には馬上槍がいいな。それよか、聞いたぜ? 狙われてるんだってな」
「まあね」
ユウタは、強引な返しに戸惑った。
襲撃者の背後が掴めないのだ。記憶を洗うには、生きたまま捕える必要がある。
失敗した敵の行動が、はっきりとしない。じっとりと見つめているようで気味が悪かった。
学校では、相も変わらぬ厳重な警備が敷かれている。
テロなどは、起きそうもないが。
ユウタを狙った襲撃などは、いつどこで起きるか想定できないほどだ。
余りにも狙われる理由が多すぎるというのも、己を悩ませていた。
ぐっすり眠れるように、全員を隔離しようと考えているのだが―――
「敵がどいつに雇われているのかって事だよな。まあ、こっちでも洗っているんだけど時間がかかりそうだぜ。敵が多すぎて、見えてこねえっていうか。な。帝国の駒なのか、記憶を洗えないように対処しているところも臭ってくるぜ。自重したほうがいいんじゃねえっていっても聞く耳もたないよなあ」
「来るなら来いだよ。次は、捕獲しようと思います」
「それが一番だぜ、ところで―――」
ロシナは、そこで言葉と小さくする。
―――借金じゃないのかな。
利子がないとはいえ、額がどんどん膨らんでいっている。
「もしかして、お金の事かな?」
「そうだ。いや、ちげーって。えっと、車とか実用化するつもりなのか? そこんとこが気になってよ」
「あー」
考えては、いる。確かに、元の世界同様に地中を掘れれば問題ないのであるが。
とはいえ、掘らせてもらえないのである。そして、化石燃料を持ってくるには距離がありすぎる。
ミッドガルドの国内には石油が埋まってそうもないのだから。地中のどこにでも埋まっているとか、そういう都合がいいことは無さそうであった。エタノール系の燃料を考えると、それはそれで深刻な食料問題につながりかねない。
ドリルヘアーのフィナルとエリアスが揉めている。
目が、ロシナからそちらの方へと動いた。
「多分だけど。当分は、馬車だと思うよ。魔力を利用したエンジンは、それはそれで問題があるからね。魔力をどこから得るのかっていう、ね。人一人の魔力では、まともに走れるようになるのかどうかっていう問題があるし。改良を重ねていけば、いずれは可能になるのかもしれないね。ただ、それを研究して開発していけるだけの技師とか研究者が足りていないから。魔術師ギルドの動き次第かな?」
「じゃあ、エリアスに当たってみればいいか」
「ただ、作ろうと思えば作れるよ。時間とお金がすごくかかるだけで。量産化が無理という話だね」
「売ればすげえ儲けがでるよな? 現代でもそうだったしな」
「売れれば、ね。有翼人たちの技術を解析して、利用しようっていう動きもあるみたいだし。そっちの方も時間がかかりそうな感じだよ」
ユウタには、作れと命令があれば作れるだけの知識がある。
高度な物は駄目でも、原始的な奴から始めればいいのだ。
幸いな事に、車を知る日本人たちがいる。それらをフルに活用すれば、それなりの形に仕上げる自信があった。
教室では、女の子同士で胸をぶつけあっている。無い胸を。
取り巻きたちは、どうしたらいいのかとやきもきしている様だ。
目をエリアスとフィナルから戻すと。
「すまん。やっぱり、金ないんだわ」
「正直で、よろしい」
「あー、金、金、金。本当に、金がかかってしょうがねえよ。どうしたらいいんだよ。飯にも給料にも、軍馬にあれやこれやと装備にも。金がかかってしょうがねえ。ユーウもどうだ? 騎士団の一つでも切り盛りしてみるのは、よ」
めんどくさい。これが全てではないだろうか。
人を扱うのには、神経が必要なのだ。どうでもいいなら、楽だが。
ロシナのように、きっちりと軍規を守ろうとすれば金が飛んでいくのも仕方のない事なのだ。なにせ、軍隊とは何もしなくても金が胃袋に消えていくのだから。
「話を聞いていると、すごくめんどくさそうだね」
「だよな。迷宮にでも行っている方が、めんどくさくなくていいんだが。ま、命をベットするのは変わりねえんだけどよ。名誉が関わってくるからなあ。そういや、セリアがまた北の方で戦功を立てたらしいぜ? うかうかしてられねえんじゃねえのか」
「頑張っているみたいだね」
「それだけかよ」
別に、ライバルとして張り合おうというような気概はない。
むしろ、面倒な相手がストレスを発散できているようでとっても嬉しいというような感情が湧いてくるくらいであった。できるなら、そのまま平穏に過ごしてもらえればもっといい。少なくとも、ユウタが狼国をどうにかしてしまう間は。
ちょっと資料を覗いただけで、げんなりするような事態だ。特に、ゼンダックの息がかかった指揮官やら騎士やらの行いは天に向かって唾を吐くような所業である。早急にどうにかしなければ、セリアの怒りが爆発しないとも限らない。
「それで、ちょっといいかな」
「それで、って。俺、そんなに時間がねえんだけど」
「お金……」
「わかりました!」
そうなれば、善は急げである。
向かったのは、辺鄙な村だ。
そこには、奇妙な塔が建てられていた。
村を包囲するように、赤騎士団の一隊を動員している。周囲には、隠れやすい森があった。そこに潜んでいる。隊員たちは、いきなりの事態にも動揺した素振りがない。よく訓練されているようであった。騎士たちの装備は、金属製ながらガチャガチャといった大きな音がしない。可動部には、何らかの防音が施されているのだろう。
隊長であるロシナは、いう。
「この村に、何があるって言うんだ?」
アルカディアから狼国に。
仮に、馬車で移動したのなら一ヶ月はかかろうというような距離だ。
転移魔術で、ひとっ飛びとはいえ高所にある村。その近くに転移して、部隊を展開した。
そこは、田舎だった。眼前にある村の規模からいって、二百と人口はいないであろう。
正確な資料はないが。
「あの村からは、人が消えているらしいんだよ」
「奴隷として、じゃなくて、か?」
「それならまだいいんだけどね」
フィナルの教会から、極秘裏に調査が回ってくるような代物だ。
どう転んでも嫌な事にしかなっていないであろう。そんな悪の匂いがプンプンと漂っている。
村を見ながら、
「すぐに突入するか?」
「まだ、早いね。裏と塔に兵を回しておこうよ」
「了解だ」
逃げられては、元も子もない。それに、人質を取られるという結果はよろしくない。
人質ごと敵を倒してしまえばいいじゃないか。とも考えられるが、相手がもしも蘇生しなかった場合を想定すれば抜けがあってはよろしくないのだ。
複数の小隊が移動していくのを見ながら、ユウタはロシナに告げる。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってくるって、お前だけか? いや、そうだな。そっちの方が安全だな」
「うん」
長い付き合いなので、すんなりとわかってくれたようである。
これが、頑固な騎士であるとそうもいかない。
そっと、隠れていた森の中からでていく。
とろとろと村に歩いていくと。見張りがいない。
普通は、村とはいえ見張りくらいはいる。
なのだが、中まですんなりと入れてしまった。
そこで、目にしたのは酷い光景であった。
大の大人が、少女に鞭を振るっているのだ。村人は、それを見ているだけであった。
猿轡を噛まされた口からくぐもった声が漏れて、
「何をしているんですか?」
声を出さずにはいられなかった。
「ああん? どっからきたんだ。このガキは」
「隊長、捕まえておきますか」
「おう」
下卑た笑いを浮かべる兵士に、ユウタは身を翻す。
追って来た人間から捕えていこうというような作戦だ。
門というには、お粗末すぎる出入り口を外に出れば。
「ひぎゃっ」
「おい? うわっ」
オデットとルーシアが容赦なく殴りつけている。
引きずりたおされた男たちは、どんどん増えていく。
そこに、ロシナが隊員たちと一緒になってやってきた。
「中は、どんな感じなんだ?」
「もう、調査も糞もないよ。入ってみなよ」
「マジか」
ロシナが手で合図を送れば隊員たちが突撃していく。
戦場で、迷宮で揉まれている隊員たちからすれば楽な相手であろう。
程なくして、全員の捕縛に完了した。
「この人たち、どうしようか」
「んー。軍規に照らし合わせると、死刑なんだが。どうして、こんな事をどうどうとやっていたのかが気になるぜ」
「全員?」
「全員だな」
日本の刑罰に比べれば。異世界は、とっても厳しいようだ。
ロシナの方を向いていたユウタ。
その傍まで、怯えた表情の幼女がとてとてと歩いてくる。
「お兄ちゃんたち、酷い事しない?」
「うん」
「あのね。うちのお兄ちゃんが帰ってこないの。返してほしいの、帰してほしいの。何でも言うこときくから……」
そういって、獣の皮で作られた服の裾を持ち上げようと。
―――ロリコン死すべし。
と言われてもしょうがない。そっと、手で押し留める。
「大丈夫。帰してあげるよ。すぐに、帰ってくるから」
泣きながら訴える幼女と一緒になって泣きそうだった。
誰もつれてきていなければ、捕まえるなどという穏便な事はしなかったであろう。
ついでに、面倒な事もせずに直接的な情報採取を行った事は間違いない。
目から涙が溢れそうになるのを抑えながら、
「ねえ、ロシナ。さっさと吐かせてよ」
「ああ。当然だぜ」
それから村人から事情を聴いたり土下座をすることになった。
村長宅で、
「申し訳ございません」
土下座をしながら、村長である亜人の言葉を待つ。
「……面を上げなされ。わしらは、耐えたのも息子たちが帰ってくるからっちゅう話だったからじゃ。払えない税も、わしらが貧しいからいかんのじゃ。といわれれば、わしらも武器を取るか頭を下げるかどちらかじゃったし。血気さかんな村人は、隣村に連携をとろうと呼びかけもした」
村長は、こめかみをぐりぐりと揉み。
「じゃが、死体になって帰ってきたの。それで、村の若い衆はどんどんつれていかれよった。男も女もじゃ。そうして、残ったのはろくに働けぬ老人と子供ばかり。これでは、税も払えぬ。となると、奴らは更に鬼畜な要求をしてきおった」
老人のしわがれた手が震える。
「最初は、酌をしろだのなんだのとやさしいもんじゃったがの。次第にエスカレートしてきおった」
「それで、あんなことに?」
「見たままじゃ。後は、わしらも自殺でもするしかないような状態じゃったしの」
武器などは取り上げられているのであろう。そして、辺鄙さ故に虐げられる。
そんな村の顛末だ。
「あんたらがきて、村の若い衆が生きて帰ってくるとは思うておらん。ただ、これほどの仕打ちを受けるような理由がわしらにあったのか。それを考えれば、悔しくてのう。せめて、この子らだけでも幸せになってほしいんじゃよ」
「はい」
さすがに、「お任せください」とは断言できなかった。
なぜかといえば、死体の状態にもよる。未練があれば、魂がその場に留まっている事もある。
どういう状況なのか。ロシナがここにいた人モドキから聞き出しているであろう。
村人の突き刺さる視線から、逃げるようにその場を離れる。
幼女を痛めつけていた事といい、狼国の扱いがおかしな事になっている。
それを解明するべく村人が住んでいたであろう廃屋で、
「がっ。~~~~~~~~っ」
「まだなの?」
騎士が、焼けた串を押し当てている。
焼きごてを押し付けるような古典的な拷問法だ。
ロシナは手間取っていた。ユウタの見たところ、ただ痛めつけているだけだ。
「存外しぶてえ。こいつも吐いたらおしまいだって事を知ってんだろうよ」
「もういいよ。ちょっと貸して」
「壊すなよ?」
壊す気などない。
ただ、ちょっと脳みそを喋ってもらうだけである。
【人形使い】にはそれだけの能力がある。人形化の能力で、少しの間だけ。手を苦しむ男の頭に添えて、
「誰の指示で、こんな事をしたの」
「それは、上の……あが、がああああ」
「駄目かな」
ユウタは、優先目標を変える事にした。
「村人は、どこに行かせたの」
「それは、塔だ」
「なぜ? 上の指示だ」
「ふむ」
そこまでで十分だった。さっさと塔を探って、ケリをつけたいのだ。
廃屋を出ると、オデットとルーシアが待っていた。
目が赤い。
「胸糞悪いでありますなあ」
「全員死刑だよね?」
「だよねえ。これは、ちょっと」
オデットたちは、同意見のようだ。
この国には、終身刑のような物はない。
ついでに裁判も、一方的な物だ。
後始末をロシナに押し付けて、向かうのは塔だ。
向かった塔は、急造というには年季が入ったような代物である。
風車小屋を改造した格好の図体に、上を取り付けた。そんな風体であった。
「この塔に、人間が沢山入るのかな」
「はいりそうにないよねえ」
「悪い予感しかしない感じ」
二人とも、ついてきたのだが。
「お待ちしておりました」
「あれ?」というような言葉をユウタは飲み込んだ。
桜火が、裾を掴んで優雅に会釈をしてみせたからで。
メイドさんは、銀髪を揺らしながら扉を開けて見せる。
「中へどうぞ」
中には、まるまると肥え太った男が数人いた。
どれも、正座の格好である。
「貴様っ。私をなんだと思っているのだ。栄えある大神教の異端審問官なるぞっ。さっさと縄を解け」
素っ裸で、耳に粘着くような声を出す。
「これが、異端審問官」と、ユウタは呻く。
「死刑で、いいでありますな!」
「さんせーい」
中に入って、その光景を見れば誰でもそう思うであろうことは間違い無しの光景が広がっていた。
人の、皮。と思しきそれ。無数に宙吊りにされた女たち。
この塔は、異端審問官と思しき存在の遊び場であったようだ。
どうして、このような事をするのか。理解に苦しむような所業だ。
「なぜ、こんな事を?」
「なぜ? とはなんだ。これは、正当なる裁きである。異教徒は、死すべし。ましてや、フェンリルを信仰の対象にしているなど。我らの神々もそれは許さぬ事。未然にラグナロクを防ぐのも信徒の努めよ。呪われるがいい、この背教者どもめ!」
聞くに耐えられないような雑言であった。
聖戦といっては、異教徒を殺戮しまくっていた事もかつての世界ではあった。
だから、この世界ではそのような事が起きているなどと。
露とも知らずにのんびりと惚けていた。
吐き気を抑えながら、
「こいつらは、ここで処分しよう」
「はい」
頷く桜火に感謝した。
とはいえ、この状態から復活をさせていくのは難儀である。何しろ、皮だったり、人肉だったりなのだ。
しかし、やるしかない。インベントリから取り出したのは、タンパク質の塊。
錬金術師ギルドから提供を受けた禁忌に触れるであろう一品だ。
だが、肉体をほとんど失った人間を呼び戻すにはこれしかない。
肉体を補充してやりながら、というような代物。
「手伝うでありますよ」
「私も」
「うん」
―――死ぬかも知れない。
なのに、ついて来てくれる人がいる。
それは、とっても幸福な事だ。
それでも、どこかで信じきれない己がいて。
守ってくれるメイドがいる。
毎回、死ぬかもしれない。というのが、こびりつく魔術。
灰からでも、人を蘇らせるそれは。
「いざ、開け。冥府の扉、そは命の枝、こは祈り葉、には贄の肉。【反魂】!」
白い輝きを取り戻す。そんな儀式だ。




