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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
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31話 彼女はこりない

 格差がある社会がいいのか、悪いのか。

 一長一短だ。上にいれば、良いと思うだろう。下にいるなら不満に思うはず。ユウタは、上の方に位置する為にそうした暗闇の部分を感じずに済んでいる。貴族社会は、超格差社会といってよい。だから、そうした部分を解消しようとするのであるが。

 中々思うようには、進まない。

 冒険者といっても、派遣労働者のような物で。命がかかっている事もあって、儲かる依頼があったりする。実力を積み重ねれば、はっきりとした収入につながるのでわかりやすい。

 現代の派遣業は、どうだろうか。まさに、奴隷業である。


 なんとかしなければならないのに、放置した結果が光輝たちの世界な世も末というべきか。ユウタの記憶でも、二千八十年頃には、日本の人口が7千万を切るといわれていた。非正規雇用者という名前の奴隷が少なくなれば、移民を提唱する。実に解りやすい売国奴たち。なのだが、大半の国民にとってはどうでもいい事に映っていたらしく。無視されていた。

 時折開催される会議では、商人たちからの徴収が訴えられている。

 替わりに、貴族も商いをやろうという風に。

 失敗すれば、接収するという罠が隠されている。

 そこで、意識が浮上していく。







 柔らかな感触がする。そんな不吉な感覚にユウタは、目を開ける。

 すると、そこには。


「わ。起きちゃった」


 ルーシアの間近に迫る顔を見て。慌てて距離を取ったように見える。

 何をしていたのか。気になり出す。

 鍵を掛けていたのに、ルーシアとオデット。二人の姿がある。

 結界を破壊した様子もなく、すり抜けてきたという風。

 そして、

 

「何をしているの?」


 疑問だった。


「顔を見ていたの。でも、その変な顔と頭は止めないの?」


 一瞬、動揺していた。が、疑問を疑問で返してくるルーシア。相も変わらずユウタの顔は、不人気のようである。

 だが、止められない。


「いいじゃん。この顔、結構気に入っているんだよね」

「ふうん」

「ルー姉はあ、心配しているのでありますよ」


 オデットは、汁まみれになったDD。

 それに、ちび竜たちを布で拭いていた。床が汁まみれになったり、ベッドが世界地図のごとき有様になるので困ったものである。可愛らしく並んでいるのだが。

 

 その汁の色は様々だ。取れる分泌物からは、七色に光る化合物ができる。【調合】でだ。高く売れそうであったが、売る気になれない。【鑑定】すると、アイテム名:竜貴結晶。という表示がされる。如何にもゲーム的だ。高値で、やりとりされる錬金術系等の代物であった。ユーウの記憶に当てはめれば、であるが。少なく見積もっても1億ゴルはするであろう。

 ともかく、


「ん、わかったよ」


 ユウタは、元に戻す。あまり顔を変えているのも怪しまれる。

 鏡で見たユーウは、金髪青目の少年だ。前髪を切れば、まんま王子様という訳である。

 身体を起こしたユウタ。何の悩みもなさそうなセリアは、犬状態のまま寝ている。思い切り、撫でまわしたいところであった。ルーシアの目が光っていなければ。


 アルーシュも植木鉢で金色の樹のまま寝ていた。水をかけてみるものの、反応はない。胴体からは、風船が出来ている。熟睡しているという事であろう。とりあえず、鍵をどうやって開けたのか。とか、中にどうして入ってきたのか、とか。不問にしておこうと思った。ほじくり返しては、何か不味い予感が警鐘を鳴らしていたのである。

 眠いまなこを擦りながら、


「朝ごはんにしよう」

「仕込みを手伝うでありますよ」

「急ぎましょ」


 ユウタの毎日は、忙しい。

 

 朝。起きれば、食事を作らねばならない。下手糞だった食事も、上達しているようだ。特段の不満は、出ていない様子。二人以外にもお手伝いさんに加え、桜火が加わってくれた。その事で、量にレパートリーを増やす事が出来るようになったのである。

 この日は、スパゲッティを作ろうと頑張った。トマトらしき物で出来たそれ。トマトの倍の大きさがあった。割ると、桃のように果肉が詰まっていたのに驚く。大量に出来たトマトソースを乗せて出来上がりである。レシピは、本に書いてあった物をそのまま流用だ。だから、不味くもなく。美味しいとも言われないのが難点だった。上達は、しているはずなのである。


 旧アルカディアの王族オフィーリアであったり、公爵家令嬢ルナであったりするのが実験台だ。

 

「まあ、食べられるな」

「あら、意外に上達してますわよ」


 シャルル元王子もルナも同様に頬張りながら、どんぶりにがっついている。

 にも関わらず、散々だ。どうも、料理に関しては経験が不足している。男が厨房に入るべからず。というような風もあったとはいえ、自意識を獲得してからこっちの世界で料理にまい進しているはず。

 ぎりぎりとおしぼりを握り締めた。


「どうも、どうも」


 弟たちを見れば、冷や汗を浮かべている。ユーウであればちゃぶ台を返しかねない。彼ほど沸点が低くない。そして、結構な我慢強さを持っていると自負がある。


「兄ちゃん怒らないね」

「怒っているかもしれないよ?」


 アレスとクラウザーの二人は、戦々恐々だ。それはそうだろう。ユウタもこの二人には、厳しい。ご飯粒を残そうものならば、顔面パンチなどは当たり前のように飛ばす。もしくは、拳骨だ。

 朝食が済めば、シャルロッテの髪を結う。


「お兄ちゃん、いつものー」


 三つ編みにして、団子を作る。今日は、両サイドに団子を作ってみた。

 

「ありがとうございますん」


 ん、と頷いたユウタ。今日も学校である。一家揃っての食事で、賑わう。

 人数が増えてきたが、賑やかなほうがいい。元王子様やお姫様も気楽に過ごしているようだ。

 疲れて寝ているモニカを置いて、三人で学校へと向かった。弟たちも学校だが、馬車だ。妹と一緒にである。

 道中には、開店している店もほとんどない。日本のようにコンビニもないので、買い食いをする事がないのである。少々、寂しい状態ではある。


「今日は、社会の授業だ。君たちは、隣国と戦争していたのは知っているね。では、そのまた隣にも国があるのは……」


 居眠りしてしまいそうだ。

 午前中は、そんな授業で潰れた。

 問題は午後だ。


「あれは……」

「どうしたでありますか」


 オデットが尋ねてくる。不審な人物がいる。

 学校の校門には、騎士が詰めている詰所と門番が立っていた。そこに、シルバーナの姿がちらちらと見える。便所に行くふりをして授業を抜け出すと。


「ここで、何をしているの?」

「わっ。お前、どこから現れやがった」

「で?」


 質問には、答えずにユウタは問いを重ねる。


「へっへっへ。お前んとこのガキをあずかっ……ごえっ」


 ユウタは問答無用で拳を腹に打ち込んだ。


「へえ。さっさと返してください」

「げえぇ、て、てめえ。人質がどうなってもいいのかよ」

「人質なら目の前に居ますよ?」

「何だと?」


 門番が、不審な動きに目を光らせている。が、無視した。


「さあ。さあ、早くつれていってください。ちなみに、怪我でもしていたら生きている事を後悔する羽目になりますよ」

「だれ、が。案内するかよ」


 こんな事をしている暇はなかったりするのである。しかし、ユウタがこれを放置しておく訳にはいかない。さっさと片付けて、領地の整備やカジノ経営をどうするのか等やらねばならない事が満載である。と、ブリタニアへの食料の補給もやらねばならない。

 溜息を吐きながら。


「さあ、連れていきたくなる」

「誰が……は?」


 シルバーナは、足を止めようとする。しかし、足が勝手に動いているのであろう。ユウタは、ためらいなく【人形使い(パペットマスター)】の能力を発動させた。【冒険家】さらにその上である【冒険王】の能力には、他の職業が持つ能力を引き出す特性がある。

 連れていかれた先は、萎びた倉庫であった。資材が運び込まれるような風はない。

 そこに、髪を手入れされるモニカがいた。


「ひゃー。可愛らしいな」

「おう。この髪。手入れが行き届いてないから、ごわごわだぜ。お湯でふかしてやればこんなもんよ」

「おめーに、こんな才能があったなんてなあ」


 元騎士たちの団員。彼らは、のりのりでモニカの茶色をした頭髪を弄っている。

 モニカも木箱の上に座って、されるがままだ。ほっと、胸をなでおろしていると。

 シルバーナは、わなわなと拳を震わせる。


「てめーら、何やってんだ。可愛がっとけっていったろ!」

「ええ。その通りですぜ?」

「あ、あのぅ」


 モニカが、金属の小手を脱いでいた。そして、その小さな指先を合わせる。


「もう、いい。あたいが!」

「ふう。やれやれですよ。返してもらいますね」

「ふざけんなよ。ぶっ殺してやるっ」


 またしても殴りかかってくるシルバーナ。懲りない幼女である。

 余裕を持って躱す。全く、問題がない。


「よいしょっ」

「うあっ」


 縄を取り出して、縛り上げる。


「お前等。見てないで、助けろよ」

「親父さんから、言い遣ってるんですよ。お嬢が何か変な事しでかさないかってね。悪ぃとは思いやしたけど。そりゃ、騎士に戻れなくなるのは悲しいでさあ。でも、闇の騎士団なんてちょっとかっけーかなあなんて。え、俺はお嬢の味方ですよ? もちろん」


 手下の一人が、ぶちまけた。


「んだとぉ! てめえら、あたいを裏切ったのかよ」

「だから……」


 そこで、シルバーナがぼろぼろと涙を零し始める。

 頬を滝のようにして。


「んだよぉ。どうして、盗賊なんだよお。なんで、悪党なんだよおぉ。騎士に戻るのを諦めんなよぉ」


 もう、駄々っ子だ。地べたで、縛り上げられた手を地面に叩きつけるようにして跳ねまわる。

 暴れ仔馬だ。


「皆、騎士だったろ。嫌だろ、盗賊。なんで、だよぉ。なんで、盗賊なんてやれって言われて納得してんだよぉおお」


 えぐえぐと泣いている。ユウタは、目頭が熱くなっている。

 と同時に、涙目になっていた。


「なんで、てめえも泣いてんだよ。ふざけんなよ。ちくしょう! ちくしょう!」


 一拍置いて。


「わかりました。僕が盗賊団をやりましょう。その代り、配達の仕事とかやってもらえますか」

「配達?」

「これを。旧アルカディアのパリ、ランス、ブルゴーニュの食料庫に運んでください。今日中に、お願いします」


 どんどんと小麦と米の入った袋を置いていく。それに、泣いていたシルバーナは目を丸くした。

 息を呑んで、


「お、おい。これ、その。どうやって?」

「さあ、早く」


 盗賊の一人が、袋を抱えようとした。が、


「うっ。これは」


 脂汗を浮かべている。


「今日中、って無理っす」

「無理? ああ、嘘ですね。有名な言葉を教えて上げましょう。ワ●ミコーポレーションの社長がいっていました。無理。そう言うのは、嘘なんですよって。やればできる。できるのにやらないから無理なんです、と。成せば、成るの精神が重要という事です。今からでも、全力で走り続ければアルカディアの首都くらいには辿りつけるのではないでしょうか」

「あ、あああ」


 シルバーナが変な声を漏らしている。

 そこでシルバーナの手下たちは、顔を見合わせた。


「お嬢。無理っす。カジノ経営って捨てたもんじゃないっすよ。それに、盗賊つっても取り締まる側なんすから。そんなあくどい事をするわけじゃありやせんて。ほら、謝りましょう」

「……」

「これ、まじ無理っすよ。アルカディアまで何キロあると。あと、この事が親父にばれたら……」


 顔を真っ赤にして持ち上げようとする手下。腰まで持ち上げるのが、精一杯のようだ。

 それを見て、


「う、うう。すまなかった」


 そんなシルバーナにユウタは、悪い顔を作る。


「済まないで済んだら、騎士も要らないですよねえ?」

「うっ。ごめんなさい」

「次、やったらお尻ペンペンの刑だよ?」

「わかった。うう」


 ぐすぐすと泣いているシルバーナ。あまり責める気になれなかった。

 確かに、酷い話だ。夢も希望も断ち切られた感がある。

 彼女の身になってみれば。が、


「ばーか。ばーか。恨んでやる。覚えてろっ。ぜってえ許さねえかんな!」


 シルバーナは、鼻に指を突っ込む恰好で、馬鹿にするような仕草をする。

 ユウタは、憐れみの視線を送った。モニカが、怪訝そうに呟く。


「先生。あの人たちは、悪人なのですか?」

「違うけど、そうなりかけたというか。まあ、反省しているようだし。それより、怪我はないのかい?」

「えへへ。大丈夫です!」


 ―――あのアマぁ。というような内心が無い訳でもない。特に、ユウタには因縁がある。

 身体が小さくなければ、ぶっこんでひぃひぃ言わせる処だ。

 が、今の時点ではそれをする事はできない。

 倉庫に置かれた袋に樽を回収して、ユウタは配達に戻る。学校は、しょうがない。ルーシアやオデットが上手くやってくれる事を期待して、バックれだった。

 聞けば、モニカは配達の仕事を受けて方々へとお使いの依頼を受けていたという。

 

 冒険者ギルドに持ち込まれる業務でも、最低ランクの仕事だ。

 一方で需要が最もあったりする依頼でもある。お使いをこなしながら、諍いを仲裁するというのは貢献ポイントがそれなりにある。時間を食うのが問題だが、低ランクの冒険者はそうした事で食っていくというような方法もあるのだ。何にしろ、この時代のミッドガルドには物流業という物が都市間、市町村間くらいでしかない。その隙間を縫うように存在している派遣業のような物でもある。


 もっともらしくいうのならば、何でも屋であった。


「ちゃっと済ませよう」

「はいっ」


 能力を使えば、すぐだ。鎧を着たままでは不便でしょうがないだろうと。

 モニカは、簡素な上着とズボンを身につけた状態で、身軽になってからである。

 依頼を済ませて、ユウタたちが戻る頃。丁度、ルーシアやオデットの下校時間だった。

 楠本が経営するラーメン屋の前を通ると。


「お客さん。はいってますね」

「よかった」


 平穏が戻ったようだ。何事もないのが一番である。

 







 今日も、森だ。味噌や醤油といった代物を自家製造する一方で、山田たちとの協議もしなければならなかった。配達を済ませて、時間を削られたのである。そうこうするうちに、ルーシアにオデットが現れて一緒に同行する事になった。桜火にモニカを含め五人のパーティーだ。

 採取を考えれば、薬草を採りつつオークの睾丸を乱獲するというのも悪くない人数。

 経験値を考慮するならば、ブルースライム程度では物足りない。

 今日は、火属性を付与したメイスを用意してある。


「えーい」


 1ヒット。ブルースライム程度ならば、一撃で倒せるようだ。動きには、無駄があり、観察するように言って聞かせているのだが。


「やっ」


 オデットやルーシアは、別格だった。

 突きにしろ何にしろ、相手をよく見て的確に打撃、刺突を見舞う。

 彼女らから学ぶべき事は多いはず。そして、天才の部類だ。ひと目で武を理解するだけの能力と見識がある。ただのパン屋や売り子で終わるには、もったいなすぎる才能だった。

 ちょっと暗かったり、脳天気であったりするけれども。


「ねえねえ。ユーくん。物足りないなあ」


 ルーシアが口を尖らせている。己も弱かった頃には、ひぃひぃ言っていたのに。

 ゆっくりと教えていくのがユウタだ。

 事を性急に求めては、危ない。


「慌てないで、安全第一だよ」

「それならしょうがないね」

「ゴブリンも数が減ったであります。ジェネラル級もとんと見ないので、どこかに隠れているのでありましょうか。もう少し北の方へ手を伸ばすか、それとも豆の樹に行ってみるのもいいでありますな」


 数ばかりで、質がともなっていない状態だ。以前と違い、ユウタは弓の苦手を克服している。ゴブリンマジシャンもゴブリンアーチャーも敵ではない。いざとなれば、【鎧化】するというような奥の手もある。森の中で採れる物といえば、血のように赤く染まった毒血草。毒を消すのではなく、暗殺用に使われる代物だ。レッドハーブと違うのは、葉っぱから赤い汁がにじみ出ているところか。【鑑定】すると、似たような文言が浮かび上がる。

 どうも、【鑑定】スキルは己が知った事しか伺い知る事のできない代物であるようだ。つまり、よく勉強していないと使えない代物である。知らない事を教えてくれるスキルであるのなら、非常に便利なのだがそうもいかないようだ。


 狩りをしながら、北へと移動していく。辺りに冒険者の姿は、見受けられない。どうしても、豆の樹がある方向へと進んでしまうのであろう。あちら側に進めば、霊草、霊木といった代物が多数生えている。採取依頼も捗るだろうが、同時に森の妖精たちからの警告もやってくる。ユウタは、あそこが嫌いだった。

 北へ進みながら、狩りをしていると。


「つけている人がいるようでありますな」


 どうするの? というようなオデットの顔だ。見えるのに、片目に眼帯をしている。


「どなたですか」


 誰何の声を投げる。五人の男女が現れた。


「子供が冒険者の真似事をしているので、興味深くてね。失礼した。私の名前は、トーマス。冒険者をやっている。ランクはCだ。ちなみに、ここではオーク討伐の依頼を受けて狩りをしているのだ。君たちは群れを見たりはしなかったかい?」

「いえ。豆の樹まで行けば、うじゃうじゃいるんじゃないでしょうか」


 実際には、すりつぶしているのだが。そんな事を教えても意味がない。


「そうか。とりあえずは、東に進んでみるとするよ。では」


 子供相手に、礼儀正しい人であった。去っていく彼らを見送るユウタは、特に感傷らしい感傷もない。

 バスターソードを背に背負っている人と片手剣持ち、それに治癒術士なのか。

 白黒ローブの二人だった。最後の男は、荷物持ちのようだ。腰に、ロングソードを下げた軽装である。

 力量の程は、戦うまでもないだろう。ユウタが、一人で処理してしまえる。奇襲でも余裕だ。

 そんな訳か。

 オデットとルーシアは、オークを片手間で処理している。

 豚肉として、加工できるらしい。しかし、ユウタにはそれが理解しがたい。ユーウも特に感傷なくできたのであるが。

 

「ハンバーグは、牛肉がいいであります」

「ひぃ」


 モニカが悲鳴を上げた。


「駄目じゃないの。モニカちゃん、怖がっているわよ」

「そうです。ここは、サンドイッチなどいかがでしょうか」


 パンだ。パンに、バナナとヨーグルトといった代物が切り株に乗せられる。

 椅子はないので、座り食いだ。モニカは、オークとタイマン中である。食事には、差し障りもない。


「がんばれ」

「はむ。運動の後の食事は、美味しいであります」


 サンドイッチを頬張るオデット。飯を食う時には、眼帯を外している。汗がかかって蒸し蒸ししているのかもしれない。想像であるが。桜火が思い出したように、口を開く。


「そういえば、コルト商会の横に喫茶店などは如何でしょうか」


 喫茶店。その発想はなかった。ちなみに、ユーウの家アルブレストが面する通りにはパン屋とラーメン屋くらいしかない。体面的には、ほどほどの通りであった。隣のコルト商会が大きくなっていくにつれて、その面積を大きくしているのである。全く業績においついていない為、本店をどこかに移す案があった。その際に、通りを大きくしたのである。

 アルブレスト家の対面にコルト商会の新社屋が建ち、その傍も再開発が進んでいる。

 専ら、食い物を売る商売で四階建ての木造が広まり始めた。元日本人たちが関与している為か、出来の程は素晴らしくいい。王都の外郭通りは、石畳でできているものの下水道の施設は整いつつある。城壁の外にも家が出来始めて、開発を進める予定があった。そう、元いた時代の人口に合わせるように。

 そんな訳だから、珈琲を売りにした喫茶があってもいい。


「作ろうか」

「珈琲を入れるの得意なんですよね。樹だけに」

「パンも売れるでありますな!」

「たこ焼きに珈琲が合うかなあ」


 それは、微妙だ。ソースの開発も山田たちに投げっぱなしだ。チーズやヨーグルトといった品物を開発しているのも元日本人たちだ。情報統制は、厳しく敷いている。けれども、どこからかそういった事は漏れていくもの。学校に入って来る人間が、ミッドガルド人という事もある。漏れ始めれば、塞がないといけないのだが。

 

 珈琲の話題が主に、なっていく。ユウタ的には味噌が一番なのだが、あまり口に合わない様子。

 どうにかしたいのである。魂的には、日本人だったのだろうから。

 仕込んで置いた自家製味噌。大豆をすり潰して、麹を混ぜて塩で発酵させて味噌を作る訳だ。

 麹は、米から作った奴である。こうじ菌なる物もしらなかった。あやふやな知識も、学校が現れて図書室を得た事によって解決している。改めてユーウが作った代物は、別格だ。ユウタはその時ほど顔面を真っ赤にした事はないかもしれない。山田たちも頑張っているようだ。こうじの種類の方は、増えていない。発酵の仕方で、様々な味噌に変わるのを最近知った位である。わかめや昆布が欲しいところだ。

 採りに行こうという考えもあるのだが、


「海の魔物。強いんだっけ」

「えっと。そうでありますな。オクトパス系にサギハン系やらデビルフィッシュには苦戦すると思うであります。何しろ、海は人間の生きていけない場所でありますし」

「そうですね。樹にとっても、潮風は天敵です」


 厳しいようだ。

 海で生きていける樹もあったりする。が、そんなものは稀なのであろう。

 モニカは、ずっと戦いっぱなしでへとへとになって戻ってきた。

 転がるように、地面へと倒れた。


「お疲れさま」

「はぃ~」


 本当に疲れ切っているのであろう。しばらく、そのままで動かなくなる。

 サンドイッチには、ハンバーグを具に使っていたりする。

 そのハンバーグ。豆腐が、採用されている。オークの肉を食う事ができない元日本人向けで。

 山田たち元日本人たちの作る豆腐ハンバーグは絶品だ。アルブレスト社が全部買受して、卸す訳である。かなりの儲けがそこから生まれていた。

 味噌スープに醤油。大豆を発酵させて、味噌を作るにも長時間かかる。醤油はもっとかかった。

 同じように、ただの高校生も時間が経てば大人という奴だ。


 帰るかどうか聞いてみた所、大多数が帰らない事を選んだ。光輝が帰ってきた事もあるだろう。里帰りすれば、戻って来れないという告げた時には皆涙していた。

 と、同時に日本の労働時間はおかしすぎた様子である。毎日が十二時間+αと陽が昇って落ちるまで。どちらがいいのか、明白だ。一般家庭の年収が二百万ゴルとして、日本人たちが貰うのは四百万ゴル。倍の差がある。それだけにとどまらず、ハーレムなどが作れる。娯楽も作ろうとすれば、いくらでも作れるのだ。

 そこまで考えると、ユウタは気が付く。

 シルバーナにももっと仕事を押し付けてやるべきなのだ。

 余裕があるから、変な事をする。

 カジノ経営だけではなく、どぶ攫いもやらせるべきか。その方がよさそうだと判断するユウタ。僅かな間だが、顔に三日月というような笑みが浮かべる。

 そんな感じで、夕暮れが迫った。毎日、帰りが夜では、シャルロッテが心配する。


「そろそろ帰ろうか」

「そうでありますな」

「さんせーい。今日は、お味噌汁かな~」


 ぐったりとしたモニカを桜火がおんぶしている。精も根も尽き果てたといった風だ。

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