23話 ペット、暴れる
「あの。こんな事してもらわなくても。自分で洗えます」
「いいの。いいの」
桜火。年齢不詳のメイドさんは、お節介焼きな人? である。
隠れ家だそうだ。ユウタたちは、追っ手を撒いた後で森に入る。鎮守の森らしいが、そこにも血の匂いが漂っていた。木造で出来た造りで、中は現代風である。玄関からは、靴を脱いでスリッパを履く。追っ手にここで襲撃されれば、苦境に立つ事だろう。そんな事を他所において、血と疲れをとる為に風呂だ。スマフォを弄ったりするのであるが、未だつながらないようだ。テレビとラジオも同様であると。
苦境に立っている日本人を尻目に帰るという手はない。
最後に入る。背中を洗ってくれるという桜火の手はひんやりしている。
「困ると思いますよ。誰かに勘違いされると」
「大丈夫ですよ。貴方のメイドなんですから」
細い腰に、巻かれたタオル。出る所は、出ている豊満な姿態。当然ながら、胸に目が行くのは仕方がないだろう。肌は、健康そうな赤みを帯びていた。ユウタに触れているのは、ごわごわとした手だ。嬉しいよりも、びっくりである。なんと、樹の根っこのようだ。
一息入れる為に風呂に入る事になったのだが、そこではこういう事になっている。出ようとしたが、下手な事をしては助平野郎になってしまうので自重だ。
寛いで湯船に入っていたのに、身体はがちがちだ。すっと、抜け出そうとすると。
わんこが入ってきた。背中に、傷を負っているのか。血がしたたり落ちている。不意に、どくんと心臓の音がなったようだ。ユーウであった頃は、全く感じた事のないであろう衝動である。
「あら、可愛いわんちゃんですね。怪我してるようです」
桜火が捕まえようとしたのは、白い子犬だ。手を噛まれて、痛がっている。捕獲失敗のようだ。とことこと歩いてきたセリアは、ぶるぶると身体を震わせた。洗えという事だろうか。ヒールⅤをかけてやると全快のはずだ。ユーウの性能は、チート性能なのである。
治療をしてからお湯をかけてやると、気持ちよさそうにしている。普通の犬は、水を怖がる。毛をすいでやれば、じっと座っている。とても大人しい。
何ともないようだ。ただ、染み出る血が気になる所。ついでに、背中にはチャックがついているのだが聞くに聞けない。開ければ、中の人が出てきましたとかいうのは勘弁してほしい所だ。
(無茶していないといいけど。聞いたって犬だしな。答えてくれなさそうだなあ。DDは、どこへいったんだろうか。なんにしても、ぶっ殺してやる。これをやったやつら全殺しだ)
ひとしきり洗ってやると、犬は湯船に飛び込んだ。元気に泳いでいるようだ。一所に入る。桜火もだ。
「いい湯ですねえ。でも、このわんちゃん凄いです。バタ足してますよ」
そりゃあ、と言いかけて黙った。何しろ、中身は女の子だ。一所に入っているだけで、非常に不味い。自然に一所に入っている桜火に心臓の鼓動が上がりっぱなしだ。桜火がセリアを捕まえようとしたが、蹴り飛ばされた。触られるのは、嫌らしい。ユーウに対する嫉妬の炎がちりりと芽生えた。所詮は、借り物の身体。実際に、入れ替わっているとなれば気持ち悪がられるだろう。
それとも、二重人格という風に見られるのだろうか。
不意に心配の種が伸び始めて頭をもたげた。
「DD。どこで何をやっているんだ」
『呼んだ?』
「あ、うん」
『ちょっと、海の上でお仕事してるよ。このミサイルさ、放射能まき散らしているからさ。やっぱり核兵器なのかなあ』
吃驚である。桜火から逃げるようにして脱衣所にきたユウタを待っていたのは、核の衝撃だった。
「ちょ、ちょっと待って。何それ」
『だから、核爆弾搭載型の大陸間弾道ミサイルの迎撃をしているんだよ。とりあえず、千発くらいは防いだもんね。風の壁で何とでもなってしまうんだけど。放射能は、海に放り捨てるしかないというのが何ともいえないよ。魚たちの住めない海になっちゃいそう。環境破壊も大概だよ』
そこで、会話が帰って来なくなる。洋上で、核兵器の迎撃をしてくれた事には感謝の念が湧き上がって来る。けれども、海の生き物たちや漁師の事を考えれば複雑だ。それらを含めて、偏西風にのって日本の大地に雨として或いは大気として降り注ぐ。というような事よりは、マシであろう。
そこを含めて、なにがしかの注意を呼びかけようとしている所に。
飛び上がらんばかりの衝撃が、やってきた。実際には、波打つように大地がめくれたかのよう。
それを問いかけずにはいられない。廊下が、がくがくと揺れて倒壊しそうだ。
「何した?」
『一キロくらいの岩石をちょっと力入れて、放り投げてみたんだよ。あんまり威力がなかったんで、十キロくらいのを中心部に放り込んでやったんだ。凄い爆発だったねえ。星が揺れたって感じ? あ、ちょっと残飯処理してくるからさ。待っててよ、ボクの運命」
「待てっ、って聞いてないな」
DDからの返事が返ってこない。
段々と、そら恐ろしくなってきた。というのも、力を隠す気がなくなってきたようである。
風呂を上がれば、リビングと言える場所で全員が集合した。服は、今風の物に着替えている。異世界から持ってきたローブは、異様な臭気を発していた為だ。ユーウは気にしない性質であったが、ユウタはそれなりに匂いに気を使う。あちらの世界は、風呂に入らない人間の体臭を消す為に香水臭い。そんな貴族が多かった。
そこに、光輝が水を向けてくる。
「あっ。ユークリウッドくん。電波が通じるようになったんだけれどさ―――」
映し出されたテレビ画面には、日常の事ばかりだ。どこにも、惨劇の場面はない。その異常さに、恐怖する。室内は、地震にあったかのように物が散乱している。実際には、DDの攻撃による物だったようなのだ。事情を知らない人間にとってみれば、室内から出ていてもおかしくないのだが。
「これを見てよ」
平然としたものだった。どこにも、この町の惨状が映し出されない。そして、地震警報だ。DDのやった攻撃は、遠く日本まで被害をもたらしてるようだ。どういう攻撃か。大体想像がつくが、実際にやったとなると。
「不思議ですね」
「そうなんだ」
異常が異常という。報道しない自由が発動してやがる。等という事を考えながら毒づいてしまった。
「気になっているんだけどさ。いいかな」
「なんでしょう」
「偶に、独り言をぶつぶつ言っているみたいだけど。誰かと話をしているのかい」
成程。傍から見れば、危ない人のようである。確かに、何かを受信しているというような電波な男のように見える事請け合いだ。セリアの柔らかい毛並を撫でながら、熟考する。
「霊と、語らうみたいな感じです。交信というか。そんな感じですが、やっぱり危ない人に見えますか」
「そんな事はありませんけど。霊ですか。陰陽師にも、降霊をしたり、式神に霊を降ろしたりしますから。理解出来ない事ではありません。ただ、誰と話しているのかな。と」
「あの、黄色い蜥蜴といったら信じますか」
光輝の顔色を伺う。だが、神妙な顔をして彼は同意する。
「すごいですね」
「秘密で、お願いします」
口がぺらぺらと喋ってしまった。秘密にしておいた方がいい話だったかもしれないのだ。もっとも、白い犬がセリアだと言ってみると。すぐに、信じたようだ。狼なはずであるが、そういった部分は、尻尾くらいだ。ユウタが座っていると、そっと寄って来て尻尾を振っている。何か楽しいらしい。あとは、ユウタの傍ですぐに横になって寝ている。
ユーウは、全属性に高難度の魔術が使える。さっさとこの苦境を片付ける方が良いだろう。なぜなら、セリアの毛並があまりにも肌触りが良くて。そのまま床で一緒に寝ていると、どこまでも寝てしまいそうな魅力がある。
「ユーウ君。なんだか。雰囲気が変わった? 気がするんだが」
「気のせいでしょう」
鋭い。光輝の観察眼は腐ってないようである。だからといって、すぐに首相官邸を襲い、国会議事堂を制圧する。とうような危険極まりないような考えをすぐに実行するべきかどうか。迷っているのだ。普通に考えれば、成功率は限りなく低い。だが、ユーウの戦闘力を持ってすれば容易い話である。
例えば、光属性の光学迷彩。同じ幻影の魔術を進化させた魔術なのだが、使え過ぎる。相手に、全く存在を感知させない【隠形】と同レべルだろう。相手が【見破り】【気配察知】のスキルでも持っていない限り、無双できる。
気配察知の上に感知という上級スキルもあるのだが、それも高性能だ。
轟音が鳴り響く。何かが爆発いているようだ。外に飛び出したユウタを待っていたのは、
『ただいまー。あれ? どうしたんだい。ユウタ』
「えっ。と、何をしているんだ」
DDだった。黄色い物体が地面をひょこひょこと飛び跳ねている。動きは、素早い。
遠くの方で、煙が上がっている。霧を撒いてきた場所だろう事は、ユウタにもわかった。
ついでに、後ろにいる存在に目を奪われる。
『ちょっと、目障りな奴らがうろついてたんだよね。処分しておいたから。安心してよ!』
「ちっとも安心きないんだが、そのでかいのはなんだ」
ユウタは、どきっとした。何故なら、ユーウでなくユウタと呼んだからだ。何故わかる。という言葉は、乾いたように口の中の粘膜にひっついている。鶏だったDDは、鳩のようになっていて。その後ろには、青いドラゴンの如き物体が立っている。DDがいなければ、直ぐにでも戦闘になっているだろう。
『この子? んと、ここの守備でもしてもらおうかなってね。木人じゃ心許ないっしょ。弱いし』
「なる……」
最後まで言おうとした所で止まる。後ろでは、桜火が顔を引き攣らせていたからだ。
『マイクロレーザーっぽい魔術でさあ、邪魔そうな戦車とか色々やっつけてきたから。ここは、安心していいよ』
全然安心できない。先程の地震といい、無茶苦茶をやりすぎである。マイクロレーザーとは一体如何なる物なのか。照射タイプの熱線砲とでもいうのか。光で物体を焼く。その位にしか理解していないユウタにとっては未知の魔術だ。ユーウは使えるが、あまりにも強力な為にあまり使わない。撃つと、対象が蒸発する。
LV1で撃っても、魔物が塩の柱になるからだ。それでは、ドロップも見込めないではないか。というのが彼の理屈である。
DDは、顔色を見て不満そうだ。
『そんな顔されてもさあ。もっと褒めてもいいんだよ? ほら核兵器とか撃ち込まれてたら日本は消滅していた可能性だってあるんだし。撫でていいよ? ねっねっ』
危なすぎるのはDDだ。鳩といった形をとるDDの身体を無造作に抱えると、
「確かにありがたいんだけど、やりすぎじゃないか? 隣の国だって、良い人もいるだろ」
撫でながらたしなめる。DDは、
『ふーん。こんな目に遭っても? いい人たちは、みんな死んでるじゃない』
「……それでも、皆殺しはやり過ぎだ」
『大丈夫、大丈夫。まだ五億くらいは残ってるよ。へへへ、生き残れたらね』
皆殺しにする気のようだ。ユーウの持つ遠見の目。これを使えば、現地の様子も手に取るようにわかるのだが嫌気が差している。
なんとなくぴんときた。というのも、やりそうな攻撃が想像できた為だ。【眷属召喚】か。ここに手下を召喚した所を見れば、わかるという事だろう。相手が、凶悪すぎる。ゲームだから倒せるような相手が、数万も数十万も出てきたら人間など一たまりもない。そもそも蜥蜴の攻撃を生身で受ければ死亡だ。HPが零になるを通り越して、オーバーキル状態である。
核兵器を迎撃できるとは。想像以上の強さを持つようだ。その小さな体からは想定できないだろう。光属性の魔術を良く使えるらしく、その【光線】の威力は目を見張るものがる。ユーウの知識から引っ張りだせるそれ。最初に出会った時から、DDが敵意を剥き出しにしていればどうか。少なくとも、勝つか負けるかわからない戦いになったはずだ。
DDは、訝しむように。
『んー。なんだかなあ、この身体だからユウタの好感度が上がらない? のかもしれないね。という事は、醜くて卑しい人間の身体になればずびずばな関係になれるのかな。今なら、行けそうだし。でも、汚いセリア。ほんと汚い。わんこ状態汚すぎぃ。うー』
「けど、無事でよかった。飯にしようよ」
セリアを抱っこしながら、DDも抱っこだ。セリアの方は、気持ちよさそうに寝ている。対するDDは、とんとんと肩に乗った。
「ユウタくん。これは、どういう事なんだい」
外に出てきた頼綱だ。その顔には、驚いた表情を張り付けている。説明するために、隠れ家に入る事になった。むくれるのは、桜火である。こめかみには、少し血管が浮き出ていた。
かの大陸にも守護者、或いは神々がいる筈である。だというのに、DDは易々と事を成し遂げた。すこしばかりおかしい。自国の民が殺されているのだから。例えば、仙人。彼らは、どうしているのだろうか。DDに尋ねてみると。
『むしろ。やって浄化してくれってさ。閻魔とか天元上人も諦めてたよ。このままでは、崑崙山も住めない土地になるって。川は、黄色だったり緑色だったり紫だったりしてさ。とても人の住める大地じゃないよ。空気は、汚れまくってるし。鳥も獣も何もかもが土地にいる人間を憎悪してるって凄いよね。という事で、敵がいなかったもんね』
うわーである。環境汚染が凄まじいらしい。ついでに、西と北は砂漠化も著しいとか。それでは、他国に攻め入ろうというのも頷ける話と言えばそうだろう。住めないのだから。
『とっくに話はついてるんだよ。だから、まあ餌になってもらうのもやぶさかでないという事で。それとも、核の炎で焼き尽くされていた方が良かったりするのかなあ』
「いや、それはないと思う。ありがとう」
『ふんふーん。もっと褒めていいよ?』
DDがいなければ、日本はやばい事になっていただろう。少なくとも、国防機関が乗っ取られているような状態では。
隠れ家の中に入り、席に座る。と、視線が集まった。
「その鳥は、モンスターなのか。それとも、ペットなのかい」
「一応、ペットですけど。僕より、強いんで。怒らせたら、皆死んじゃいます。気を付けてください」
「それじゃあ。外のあれは?」
蜥蜴の事だろうか。細い体に、鳥の如き翼。妙に細長い胴体。脅威だ。
「これの手下ですよ」
光輝は、うーんと唸って考え込む。見れば見る程、どこかのゲームで出てくるようなモンスターだ。ちなみに、狩るには三分ほどで済む奴だ。しかし、痺れる罠もなければ爆弾もない。ついでに、眠り矢などは効きはしないだろう。あれこれやろうとして、肉塊になっているのがオチだ。魔術でもないかぎり、相手にしたくない。
攻撃を受け止めるのも、御免だ。
と、時間が経ちすぎる。のんびりしていてはアルにどやされるだろう。DDの話が嘘か本当か。今は、確かめる方法がない
ユーウは、変な称号を貰って喜んでいたようだ。が、取りたてて何かあると言う訳でもなく。ただ、大将軍という響きがカッコイイだけである。武士を今更現代風の世界に復活させるのもいかがな物か。幕府などを作るのも時代錯誤なのだし。
何か恩恵があるのかと言えば、ステータスが上がる位だ。STRに+30だという。中々に攻撃力が上がる称号だ。が、『英雄の中の英雄』を付けている方がいいようだ。ALL+15に自動回復。回復力向上等々。かなりおかしい性能だ。付け替えをして試していると。
「これからどうするんですか?」
頼綱が問いかけてくる。不安なのだろう。
「そうですね。ちょっと議事堂とか乗っ取ってきます」
「へっ? そんな事出来るわけないじゃないですか。真面目に話をしてください」
ふう。っとユウタは溜息を吐く。わかってもらうつもりもない。何しろ、魔術なんて物が使える時点で歩く兵器だ。とんでもないチートである。その上で、持っていない人間をどうするかなんて事は子供でもわかるだろう。ユーウが持っている強烈な魔術に、『移るんです』なんていうのがある。催眠系の魔術で、一人に罹るとねずみ講式に増えていく奴で。
さっさと解決だ。
「無視しないでください!」
「あなた。ちょっとうるさいですよ? 命の恩人に対していう言葉ではありません。死にたいんですね?」
頼綱が声を荒げれば、過敏な反応を示したのはメイドさんであった。三日月を連想させるような笑みを浮かべている。後ろでに持っているのは包丁だろうか。こんな所で頼綱を死なせる訳にもいかない。
「うーん。説明不足だね。けどまあ、説明している時間も惜しいから。ごめんね」
「と、主も仰せです。黙りなさい」
「すいません」
頼綱は、メイドの殺気に当てられたのか。下を向く。少し、可愛そうなくらいだ。魔術を使える者と使えない者。両者の間では、認識も違い過ぎる。そんな人間がいたとすれば、歩いているだけでも危険きわまりない。魔術を秘するというのも正しい。
「すいませんね。でも、万事お任せください。僕が解決して見せますよ」
「けど」
「行ってきますね」
飯のつもりだったが、方針変更だ。ユウタは、そこで会話を打ち切り議事堂前へと急ぐ。
ユーウの持つ空間転移は強力だ。跳んだ先の事を無視するように結界を展開して移動する為に、跳んだ先がどうなっていようが移動出来る。例えば、議事堂周辺にいきなりとんだとしても全く問題がない。そこに、何があろうとも。
転移先に、トラックが走っていればトラックを粉砕できるだろう。というのも、ユーウは偶にこれで魔物を押し潰す。一般的には、地面に埋まるだとか敵の攻撃が置いてあれば詰むのだが。改善の結果だったりする。
単体スキルである瞬間移動も持っているので、そちらでもいいだろう。こちらの方は、押し潰す事が出来ないスキルだ。
打つ手は、実に簡単であった。催眠を一人にかけて、後は果報を寝て待てである。
売店で新聞を買い、ネットカフェに入る。情報を収集するかぎり、この異世界日本も大した違いはない。ユウタの世界と違うのは、移民が大量に移住してきた世界というだけの事だ。更にいうならば、現状を理解している人間がどれだけいるのか。少なくとも、二チャンネルでは大騒ぎになっているのだが。
『上手くいくといいね。あっと、ミルクが飲みたいなあ』
「ああ、いいよ」
注文をかけて、暫くの時間が経つ。一杯で四百円。おかしな値段だ。が、飲めるだけの金はそこら辺でいくらでも手に入る。ちなみに、ユーウは商人系スキルでも最上級【無料】なんていう物を持っていたりするが使わない。これは、金を払わなくて済む催眠系なのである。帳簿をつけているような商人と交渉したりすれば、すぐさまにでもばれてしまうだろう。つまり、使えない死にスキルだ。なので、金は払うに越した事はない。
タダにした事を正常に、思い込ませる催眠系統のスキルで。パッシブにしておくという選択は、たいように思えた。
テレビをつけていれば、その異様な光景が見られる。国会議事堂が混乱の真っただ中だ。が、ユウタの思惑通りの議事進行だ。感染系催眠魔術の威力が凄まじい。防ぐ手段が無いような相手にとってはまさに悪夢のようだろう。
自衛隊の即時出動と、非常事態宣言。更には、派遣法の廃止などなど。即時に決まっていくのは、異様としかいえない。このような魔術が使える時点で、チートだ。魔術が使える者が大多数を占めるミッドガルドであるから排斥運動も起こらないが―――
(仮に、持っていなきゃ持っている奴を殺したくなっても仕方がないよな。魔力を持っている奴には、持っていない人間の気持ちなんて理解できるはずもない。魔術師だって、努力しているだとか言われても納得できないだろう。ミッドガルドにおいても、魔術師というだけで特権階級だ。収入がずいぶん違うしな。貴族が貴族たる由縁は、その血統であったり、魔力であったり、スキル。ミッドガルドでユーウがモテるのは、結婚相手によってスキルが継承されるからだからなあ)
この世界の日本では、ほぼ誰も持っていないようだ。或いは、ユーウの魔術が強力に過ぎる為か。
魔術にしろスキルにしろ、ミッドガルドでは誰もが持っている。だが、事の優劣でもって上か下かが決まる社会であればあるほど。ある程度の平等が保障されなければ、殺し合いが始まるだろう。魔術師が圧倒的な武力で、使えない者を黙らせている内はいいが。それを傲慢と呼ばずして、なんというのか。
ユーウの在りようは、逆に奴隷だ。力があるからといって、何でも助けたがる。もっとも、ユウタもそれを否定するつもりもない。力がなかったから。力がない世界にいたから。あれば、もっと人に優しい世界を作れたのではないか。そして、力を手に入れて異世界とはいえ、日本らしき場所に帰ってきたのだ。魔術というチート能力を手に、世界の全てを作り変える事ができる。
支配者として、裏から全てを操るのがいいだろう。王になってしまえば、矢面に立たされて都合が悪い。その意味でも【人形使い】は重要なジョブだ。世界を支配するのも、この世界ならばこそ容易いものになる。
「いともたやすく行われる、えげつない侵略だな」
『え、何?』
「なんでもない」
DDがミルクをすする一方で、珈琲に口をつける。この珈琲は、甘い代物だ。平等とは、甘い理念とも言われる。この国の人間もまた言っていた。だが、ある程度の平等が保障されない勝ち組だけの世界はどうか。人口が減り続け、モラルも道徳も消え失せたような優勝劣敗の世界で競いあって。優れているから年収が高いのは当たり前、と言いながら「みんなで頑張ろう」である。
―――腐った社会だ。
アルバイトでも派遣でもパートでも正社員同等の仕事かそれ以上を求めていながら、賃金は低く抑える。正社員という名の貴族、或いは待遇のいい奴隷と派遣、請負などの良くない奴隷。都合よく首を斬り、代替可能な代物にして苦道を開いた。そんな物を創り出した人間には、死刑しかない。移民にしてもそうだ。大量に移民が入ってきた結果、日本人たちの賃金が更に下がった。その上、治安も雇用も悪化して苦しみの国が出来上がっている。
「お前等結婚しろよ」といいながら。
この世界では、若年層の平均年収が百五十万から三百万。これで、どうやって結婚できるというのか。対する政治家は二千万を貰う。まさに、貴族という他に言葉が見つからない。これでは、人口が減り続けたのも仕方がない事だろうに。放置されているのだ。彼らの厚顔無恥にもユウタは、鉄槌を下す事を決意している。それらを黙って見ていた財界の人間も同様である。
魔術を使うユウタの前を阻む敵は、何一つ居なかったが。DDが話をし出す。
『あのさ、ユウタ。くつろいでるけど、原子力発電所とかさ。テロリストとかさ。放置していていいの?』
「そりゃ不味いよ。けど、どこにいるんだ。連中を倒しにいくのがめんどくさいというかだな」
『防がないと、大変だよ? 放射能が大気を汚染しちゃうからね。黒い雨とかさ』
「だああっ。はいはい。休憩したかったな」
二チャンネルスレは、面白い。持って帰りたい物があるとすれば、これだったりする。
予定では、優雅に結果を見守るだけであった。が、そうもいかないらしい。
ユウタの飲もうとしていた珈琲は、セリアがかぶりついている。
注文したかったようだ。
◆ 樹の悩み
アルーシュは悩んでいた。戦争を継続しようという声が、日増しに強まっている。確かに、ブリタニアとの戦争は勝てない戦いではない。勝利とは、麻薬のようだ。アルカディアとの勝利で、戦争の血肉で湧き立つ民衆の声に押される恰好。さらに、ブリタニアとの戦闘が拡大している。ノルマンディーで勝利したのも大きい。シグルス率いる侵略軍の戦闘力は、素晴らしかった。たった一年やそこらでアルカディアの殆どを手中に収め、ブリタニアに迫ろうというのだ。海を渡ればすぐだ。
ブリタニアを攻略するのは、フィナルの家やアルトリウスにとっては悲願である。思えば、そこを追われる恰好でこの地に逃げ出さねばならなかったのは、屈辱であっただろう。
「大丈夫ですかな」
「問題ない」
「流石はアル様。予算の方は、滞りなく消化できるでしょう」
戦線は、若干ではあるが押している。というものの、前線からセリアが消えた影響は大きい。しかも、ユーウが居なくなったおかげで輸送と補給が困難な事態に直面している。官僚の一人に予算を手渡し、かかった時間を考えればもやもやが溜まる一方だ。ユーウを手放すのは断腸の思いであったが、自らとつながる種族をないがしろにするわけにもいかない。
かつては、狡猾なる邪神などという汚名を着ていた。今は、正道を歩むロキにして黄金樹。この樹が支配する星にあって、全てを支配せんとする神族だ。星の命を育む樹であったりもする。その繋がりは、違う世界であってもあるのだ。
例えば、木人種。トレントなどと呼ばれる彼らは、元の世界に残った種族であったりする。蛮族であるところの人間に、その地を譲り、争いを避けてこの地を創り出した生命樹の係累だ。
異世界は、様々な世界点を持つ。ユーウを派遣したのも、それが多大な影響を及ぼすという事を察知しての事だ。仮にも友邦で、しかも同族がいる土地を破壊されるとあっては黙って見ている訳にもいかない。此花咲耶ともちょっとした縁があったりするので、ないがしろにできる頼みでもなかった。
大気の汚れに、水の汚れが凄まじいとか。人間の横暴も極まっているという。かつてのように洗い流すのも勿体ないと。悩んでいるらしい。だが、ユーウをとられるとなると。
(困ったな)
予算は、ユーウが居る事を想定して組まれている。漫画やゲームを買ってこいというのは、爺の頼みだったりした。何日も帰って来ないようだと、戦線の補給に影響が出る。仮に、一日でも兵士の兵糧が足りなくなればそこで劣勢になる。兵士は、飢えに敏感だ。腹が減っては戦も出来ぬ。という言葉があるように。
「ヒロ。戦線打開に何かいい案はないか」
「と、いわれましても」
暗黒騎士ヒロ。騎士団長である父親の後を継ぐと見込まれている若手の騎士だ。シグルスとも知り合いであるが、にべもないらしく相手にされていない。
暗黒というのがいけないらしい。黒も悪くないはずなのだが。
闇属性と聖属性では、反発しあうというものだろう。どうでもいい事だ。
ブリタニア侵攻は、上陸できるかどうかが鍵だ。正面切っての戦いであれば苦戦する訳ではない。が、海を渡ろうというには船団を作る必要がある。ユーウがいれば別に手を考えるだろう。ユーウがいれば何でも叶うというべきか。魔力を吸い取り、己は大抵の事が神樹には可能になる。ユーウの帰還が遅れるとすれば、咲耶媛に吸い取られた時だろう。その可能性は実に高い。
戦線が膠着するのも問題だが、ユーウが帰ってこない方がもっと問題である。アルトリウスが勝手にエリアスやフィナルを妾にしようなどという行動に出た為に、事態が悪化している。アルーシュの方では、その実体を明らかにして姫にして女王になる。というような構想もあった。今でも、ユーウを女体化させるよりももっと現実的な方針が女王か女帝だ。
三ヶ国を支配域に収めれば、自然と西方世界の覇権を握ったも同然になる。アルカディアよりも西にはまだ、五つ程国がある。といってもアルカディアほどの戦力を持った国は、そうない。小さな国まで含めればもっと増えるが、数にも入らないだろう。
「アル様」
「なんだ?」
老け顔で熊の如き男が声を出す。セイラだ。親がつけてくれたとはいえ、中々ない名前である。親がはまっていたキャラの名前らしい。日本の漢字に直せば、清羅だとか。ロシナにいわせれば、キラキラネームだとか。よくわからない話であった。
「そろそろ学校のお時間ですぞ」
「わかっている」
セイラが呼びかけるが、乗り気ではない。そもそも学校に行くのもユーウがいるからだ。彼が居ないのに出る意味は、ほとんどない。うっとおしい人間と顔を合わせても、つまらないだけだ。自然とアルーシュの周りには取り巻きができており、ユーウとの距離は遠い。それもまたいらつかせている。もっと砕けた関係を構築するはずなのに、どうしてか上手くいかない。心の距離が離れているような気がしている。
(困ったな)
セリアが行く事を許したのは、そうした事を考えてだ。もしかすると、大事な人間が向こう側でできてしまう恐れがある。アルルの方も動きが怪しい。アルトリウスに至っては、奇怪な行動に出始めている。ブリタニアの攻略に魔術で作られたゴーレムを投入しようというのだ。元日本人たちを使って、作られたそれは美しい芸術品と言ってもいい。
圧倒的なゴーレムの力を以ってすればブリタニアの攻略に一年とかからないという。が、果たしてそう上手く事が転がるのか。スカハサの手引きで、一地方は掌握できるらしいが。ロシナは、あいも変わらずユーウの妹にちょっかいをかけている。死ななければいいが。
(困ったな)
ユーウが切れると、全人類が死にかねない。全く厄介な奴なのである。滅多に怒る事もない男なのだが、妹の事になると。歯止めが効かない。学校に行くのも、ユーウと思い出を作る為だ。それが無くて、どうしていくだろうか。事にアルーシュは最強を自負している。基本的には、そうなので学校に行く意味は無いのである。雑魚を相手にしてドヤ顔をするという底意地の悪さもないので。やらない。学校に行っている貴族の子弟は、総じて未熟だ。LVも低い。雑魚狩りは、性分ではないのだ。
(困ったな)
ユーウを誘うのには、理由がある。兎に角、仲間を作るのが下手だ。お喋りも上手ではない。その上、気の利いた冗談もいえない。顔はいいので、多少とも人気があったりするが。業腹だ。それはさて置き、ユーウの仲間を増やさねばならない。孤立して、他人の顔色がわからない人間には上に立つ資格もないのである。ユーウが他人にぺこぺこしたりするのは、腹が立つ。己の下僕を横取りされたようで、気持ちが悪くなるのだ。
(困ったな)
全然、関係が進展しない。どちらかといえば、クリスという幼なじみが気になるようだ。殺して、どこかに埋めようと考えているのだが―――
「どうかなされましたか」
「いや?」
「悪い顔をされてましたぞ」
顔にすぐ出るようで、アルトリウスが反対している。彼女は気が付いていた。アルルの方は、頭の螺子が緩いのか。大して気になっていないようだ。樹が育つには、太陽が必要だ。闇にも太陽が必要だ。馬車に乗ったアルーシュに振動が襲う。
「何事か」
「はっ。正体不明の襲撃者がありまして」
「どうなった?」
「いつも通りでございます」
「よろしい」
鉄砲玉のようだ。勇者と名乗る連中が、アルを襲うのは一度や二度ではない。支配下に置いたアルカディアからもやってきたりする。大抵は、警護を抜けれずに死ぬ。城に忍び込んでくるというような者もいたりするが、ユーウやセリアがそれを逃がすはずもない。捕まるか死ぬかだ。学校に行く意味はない。が、こうして暗殺者が釣れるなら安い物だ。爺が学校に行けと言わなければ、城に引きこもっているのだが。
「友達はできたか」とうるさい爺である。顔を会わせれば、それで。何ともしがたい。そもそも王に友達など必要なのか。切り捨てなければならない場面が必ずやってくるのに。どうして、それが必要なのか。アルーシュには理解しがたかった。
天空に浮かべた宮殿で、ユーウと二人きりでずっと過ごすのは悪くない。セリアも邪魔な位だ。星降る夜を過ごすのもいいだろう。ずっと、無言でいても苦痛にならない人間である。向こうの気持ちは全くわからないが。アルーシュのジョブは【樹王】。そのせいか、喋るのは上手くない。なので、話題がなければ馬車の中でも全くの無言だ。LVが最近上がらないのも悩みである。ユーウと狩りに出かける機会が減って、乱獲が減った結果だ。
牛神王の迷宮九十階での乱獲は、美味しすぎる。物思いにふけっていると。
「御加減はよろしいですかな」
「ん、いただこう」
セイラが用意したのは、温かい紅茶だ。さしあたり、美味い紅茶を向こうの世界から取り寄せねばならない。元日本人たちの作る料理は絶品だ。寿司というのは、酸っぱい。おいなりさんは美味しいが、ユーウにいわせればマグロが良いという。マグロ。北の海では、似たような生き物が取れるが魔物がいる。海は、想像以上に危険なのだ。樹にとっても海は侵攻し難い。塩水が天敵だ。
(海は困るな)
ユーウといても、塩水だけは飲めない。美味いそれがあるらしいが、岩塩ですら嫌な物である。学校も面白くないのに、行くのも嫌な物だ。アルトリウスと違い、アルーシュは根暗である。自己分析をするに、内向的であると。ちなみに、嫉妬深くもあるらしい。なので、ユーウを貶したり批判する奴がいると殺したくてしょうがない。クラスメイトは貴族の子弟であるから、流石にそれはできないが。
(糞が。むかついてきたぞ)
ユーウに色目を使う女がいたりすると、そうである。それが、恋なのか独占欲なのか。わからないが。面白くないのだ。




