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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
207/710

22話 入れ替わり

リメイクとか、無理ぽということで……Orz

 死体。死体。死体。どこを見てもそれだ。

 山にある神社は、死体で占領されていた。天気は、曇り。今にも涙雨が降りそうである。

 転がっているのは、抵抗しようとしたのか。上半身をはだけさせた若者の姿。こうなると知っていて移民を受け入れたのか。それは、わからない事だ。


 だが、やらなければならない事がある。1つは、早急に本国へと帰る必要があった。

 借り物の身体に憑依しているのは、ユウタ。元の持ち主はユークリウッド。

 同一体というが、頭の出来は数段にユーウの方が上だ。

 ついでに言えば、最強の魔術師らしい。接近戦も難なくこなす。


 後ろについているのは、桜火という。メイド服が似合う銀髪の女だ。足元には、鶏サイズの蜥蜴と白い子犬がいる。黒髪の男が、ふぁさっという感じで髪をかき上げた。


「あらかた終わったぞ。それで、市街地も制圧しておくか。俺にかかれば、10分も要らんが」

「そうしよう。僕は、治療をする。黒龍、任せてもいいかな」

「おう。DD様を痛めつけるのは、勘弁してやってくれ。反省しているはずだ」


 同意しかねる話が含まれていた。何しろ、あざとい。DDというのは、長身の黒龍が主と仰ぐ存在。とてもそうは見えないのが、難点である。どちらかといえば、黒龍の方が上司のようで。


 360度ぐるりと見渡した所、周囲には目を覆わんばかりの光景があった。

 そして、匂いが鼻孔を刺激する。


 辺りには、動かなくなった兵士の姿がゴミのように散乱して、血の海を形成していた。それは、山の中腹にある神社から下に至るまでずっとだ。飛翔した黒髪に黒服の男は、高速で樹を伝っていった。視線は、地べたに横たわった人間に移動する。手で抱え起こすのは、口から血を流し死亡した男。その倒れていた人間に復活の魔術を試すのだが―――


「効果がない……か。どうしようか」


 足元で、ふりふりと尻尾を振る白い子犬。この犬は、セリアという名の獣人が変身した物だ。

 隣で、土下座の姿勢をとっているのは、DDという竜もどき。見た目は、黄色い鶏という風だ。黒龍の主でもあるらしいが、そんな威厳はどこにもない。


 このDD、千載一遇のチャンスとばかりにセリアを殺そうとした。だが、それを防いだのはユーウである。おかげで、己が出てくる事になった。憑依しているのが己で、死んだのがユーウなのか。今一不明である。殺しても蘇って来るくらいの事は、やってのけそうなくらいにしぶといのは己が一番知る処。シャルロッテを放って死ぬ事はないだろう。


 彼は、遠近において最強の魔術師であったのだ。だが、DDという竜もどきの攻撃で人格がなくなっている。復活の呪文が効果を出さない事に、落胆しながら息のある人間を探すがいない。

 ついぞ、少年少女の5人しかみつけられなかった。

 知っている人間は、3人。残りの2人は知らないが、このまま置いておく訳にもいかない。重傷者が2人。


「息のある人は、これだけ?」

「そうみたいだ」


 見つけられただけ、幸運なケースだろう。手足が折れ曲がり、拷問を受けたような四肢。どうすればこのような残虐行為を働けるのか。当人たちは、自らの正義を信じているのか。全くもって理解の外だ。


 落胆しているのは、鳳凰院光輝。どうやら、国の皇族に類する人間らしい。最重要人物だ。これをどうにかして、クーデターを実行させるか。否か。しかし、この国の謀反に対するアレルギーは半端な物ではない。正義があろうと、それが成功をなした試しがないのである。 

 黒髪が美しい少女を連れている。妹らしい。綺麗に切りそろえられたおかっぱの髪。着物を着ているところから、和風な姫様という容態だ。身長は、低めだ。


 兄と妹の後ろには、3人の童がついている。護衛のつもりだろう。DDは、萎れている。セリアに手でひっかかれても成すがままだ。鱗に傷一つ入っていない辺り、セリアも本気ではないのか。尻尾をふりふりして、楽しげにくるくると回っている。


 重傷者に対して、回復の魔術を実行する。それでもって傷を癒す。

 大人たちの傷は、治りが遅々としていた。


(回復系の効果が薄い。さて、どうするべきかな。色々、試してみたいけれど。魔力の回復を実行しながら、か。にしても、容赦がないな)


 辺りは、むせかるような血の匂い。鉄さびにもにたそれが、鼻孔を刺激する。面倒であるが、放置していれば何をしでかすのかわからない主がいるのだ。急がなくてはならない。


「あんた、何者なんだ?」

「頼綱さんか。味方ですよ。僕は」

「味方……ね。その金色の生き物はなんなんだ? 生体兵器か何かなのか?」

「どうなんでしょうね。でも、兵器というのは失礼だと思いませんか」

「っ。失礼した。少々、混乱しているので。すいません」


 頭を下げる頼綱。ユーウであれば、容赦なくどつき回しただろう。しかし、ぐっと堪える。


「混乱しているのは、わかる。けど、これからどうするべきかな」

「戦おう」

「5人で?」

「町には、味方になってくれる人も沢山いる。応援がくれば、何とかなるさ」


 状況がわかっていない様子だ。そして、応援はこない。街は、壊滅的なダメージを受けていた。今も、炎の中で銃撃を受けて死んでいく人がいる。飛んでいき、それを蹴散らすのが黒龍の役目だ。彼の力をもってすれば、容易に成し遂げられるだろう。なんとなれば、彼は竜言語魔術でもって一気に皆殺しもできるのだ。皆殺しは容易い。しかし、生き残っているであろう日本人も巻き添えにしてしまう。

 それは、言わずともわかる竜だ。心配はない。


「無理ですね。街の中は、ゲリラが暴れています」

「それじゃあ、他の宮家に応援を頼みます」

「どうやって、ですか?」


 携帯もスマートフォンも通信ができない状態だ。通信が回復されるには、電波を発する基地局を押さえなければならない。と、同時に妨害電波もでているようで妨害のノイズが激しい。どうやら、通信系の陰陽術を封鎖しようというのが狙いのようだ。連絡を取る方法がないので歯噛みした。


「無理でしょう。協力的な結社に協力を要請しているのですが、話を渋っていますので。状況的には詰みです。ユークリウッド様は、如何されますか?」

「本国を何とかできれば、話は早いのだけれど」


 突然飛来する物体が空中で爆発する。ミサイルのようだ。爆炎を上げて、ユウタの展開した結界にぶち当たる。事、ここに至っては仕方がない。一人では、防ぐのも精一杯だ。

 子犬と鶏を抱えると、お願いする。


「この状況をひっくり返したい。協力してくれるか」


 白い子犬は、わんと吠えて走りだした。どこへ行く気なのか。

 鶏は、『え、マジで気にしてないの? 挽回のチャンスきた―――』といって飛び去った。上空に上がり、その姿は瞬間移動したように消える。直後に轟音が響いた。ミサイルのそれではなく、ソニックブームのような空気が爆裂したような音。全員が耳を押さえた。


(何をする気だよ。果てしなく悪い予感しかしねえ。まじ地雷ちゃん……)


 勝手だ。山を下りて、ミサイルを打ち出している連中を殲滅したいのだ。だというのに、二人とも何処かへと行ってしまった。目をつぶったままの桜火が気になる。

 鑑定スキルを使いたい所だが、失礼に当たるだろう。わかる相手には、このスキルを使った瞬間から戦闘になりかねない。


「移動しますけど、咲耶さまは大丈夫でしょうか」

「ふふふ。仮にも、神です。信仰心さえ、あれば無敵ですよ。木人たちからの連絡が入りました。南へと移動しましょう。怪我人は、お任せください。ここにいる者たちには、冥福を」


 切株が、怪我人を連れていく。森の中に消えてしまった。

 木人か。咲耶媛も樹の神というのだから、そういう関係なのか。疑問が生まれては、集中力が乱れる。

 全員で、黙祷する。埋めてやろうにも、時間がない。飛来するのは、巡航ミサイルなのだろうか。防ぐにしても限度という物がある。魔力が切れるのが先かはたまた回復するのが先か。ステータスの値は、常に赤色を示していて回復系のアイテムを使っても梨のつぶてだ。


 もしや、樹の神様は己から魔力を吸い上げているのではないか。その疑問を桜火に投げかけると。


「はっ。それは、そのですね。勝手とは、思いますがこちらの都合で使わせてもらっております。霊脈から得られる物は、質も悪い上に量も少なくなっているので……怒ってらっしゃいますか」


 不安げなメイドに、怒鳴る程大人げなくもない。身体は子供なのだから、恫喝してもいいかもしれない。等という邪念が湧いてでる。「やらせろ」というのもいいかもしれないが。立つものが立つのであるから、治める為にも必要な事だ。ユーウの見た目は、いけている方だろう。が、セリアの悲しそうな顔を思い浮かべて萎えた。

 以前であれば、ユーウがクリスの顔を思い浮かべていたのだが―――


「いえいえ。ただ、何に使うのかなと」

「各地にいる眷属たちに、伝言を伝えているのです。敵の動きは早いので。対応を誤れば、原子力発電所が爆破されてしまいます。そうでなくても、各地の自衛隊が乗っ取られていまして」


 歩きながら、絶句した。


「……ありえないでしょう。自衛隊にも国籍条項があった筈ですよね」

「ええ。ですが、今はそれが撤廃されていまして。差別だという声に押し負けた結果ですね。愚かで哀れな日本人たち。今滅びるべきなのかもしれません。咲耶さまのご命令でなければ、私は助力など真っ平ですわ」


 相当なストレスのようだ。咲耶は、ぐりぐりとブーツで地面を抉る。神社から出る所で、血まみれになった階段が見える。逃げようとしたのか。至る所に、黒い防弾チョッキを着た兵士たちの死体がある。大体の死因は、首を折られての物のようだ。明後日の方向へ向いたまま倒れている。それらに気を配りながら、ユウタたちは移動していく。


「なあ、あんた。平気なのか? これ」


 頼綱が指を差したのは、頭部が打ち砕かれた兵士の姿だ。短機関銃を持ち、仰向けになっている。


「死が、身近にありましたからね」


 光輝と日光子は、肩を寄せ合っている。後ろにいる男の子と女の子は、胃の内容物を堪え切れずに吐き出した。どこか現実感が薄い。だが、非日常的な出来事と、あまりにもショッキングな光景に感覚がやられてしまっているのであろう。


「大丈夫か。重康。葉子」


 頼綱は、2人の背中をさすっている。ここまでの間に、生きている敵兵を見ない辺り黒龍に討ち漏らしはないようだ。【気配察知】のスキルにも引っかからない。いきなり敵に出くわすようでは、死亡してしまうだろう。当然ながら、見敵必殺だ。敵は、日本人のフリをしてくる事も考えられる。下まで、降りた所で車が見つかる。だが、使えそうな代物がない。


 どれもこれも、巨大な生物に踏み潰されたかのように潰れていた。周りには、焼き焦げた死体が転がっている。静電気を帯びているようで、雷の魔術か。雷属性攻撃でも放った様子が伺いしれる。小山になったような場所から、道路を降りていけば街の様子が見える。各所で銃声が響き、煙が上がっている。市街地に入る事は、良い選択肢ではないようだ。


「降りるのにも、時間がかかってしまいましたね。これにお乗りください」


 指し示したのは、切り株の軍団だ。根っこが足になっているようで、座り心地は悪くない。が、切り株は、怯えてユウタはずり落ちた。


「ぷっ。どうなされましたか」


 吹き出す桜火に、ビンタの一つでもかましてやろうと手を上げた。が、そこまでであった。他の5人がじぃっと見ている。流石に、これくらいの出来事で女に手を上げるようでは、クズというもの。


「いえ、こいつ。あれ……」


 乗ろうとするのだが、乗れない。他の人間は、座っているというのに。イジメのようだ。


「さっそくですが、移動しますよ。時間もありません。ユークリウッドさんは、走ってついてきてくださいね」


 酷い話だ。かさかさと足を動かして、桜火たちは移動していく。切り株の動きは、ごきぶりのように素早い。もっとも、それに難なくついていけるユーウの身体は反則だろう。鍛えてあるからといって、自動車並にスピードを出せるのは。

 うろついているのを発見したが、生気のない人間。生ける屍という名のゾンビだろう。殺された日本人たちをそれに変えるおぞましい呪法を使っているのか。ウィルスという線もある。

 炎の魔術を放ちながら、駆け抜けた。死者の冥福を祈りながら。


(もしかして、生きている人の方が少ないとかか。許せねえ)


 道路を移動しながら、後ろから迫ってくる物体を目撃する。それは。


 車だ。ただの車ではなく、装甲車のよう。車に搭載された銃を撃ちながら、制圧せんとスピードを上げてくる。が、そこはユーウの魔術が物をいう。風系の魔術で弾丸の威力を殺し、指をでこぴんの要領で動かして放たれるのは。


「ええ?」


 最下級に位置する風の(ウィンド・カッター)なのだが、装甲車が一撃で爆発炎上する。真っ二つという風にスライスされて、だ。


「あ、あの―――もしかして、ユーウ様はどこぞの神様なのでしょうか」

「いえ。違いますよ。それより、案内を頼みます」


 いきなり、態度が軟化した。接近してきた桜火の様子は、明らかに違う。己でやっといて、驚くのもどうか。しかし、威力があり過ぎる。風の太刀(ウィンド・ブレード)なんていうのもあるのだが、それはどれだけの自然破壊をもたらすのだろうか。ワンアクションで出せる、魔術でも攻防一体の術式の一つだ。風の防御壁とそれを使った攻撃は、近代兵器の追随を許さない性能がある。


 弱点は、光学系の兵器群だろう。が、こちらも対応する事ができる。光の屈折か或いは、土系だ。土を使った防御壁でそれらを封殺できる。土系の弱点は、火になる。熱に弱いのだ。従って、それらを勘案した防御をしていれば大抵の攻撃は防げる。その上で、すり寄ってきたメイドの胸がユウタの身体に当たる。


「光輝くんを宜しくお願いしますね」

「……」


 どうみても、胸を当てながら言うべき言葉ではない。下心があるのだろう。胸を当てられても、ちっとも嬉しさがこみあげてこないのは、性か。下半身は子供なのに、元気だが。

 迫って来るのはメイドだけではなかった。装甲車に、バイクに跨った兵士たち。無論、一撃でスライスハムになる。LV1の最下級に調整してもそうなのだ。何発撃っても消耗が薄い。だというのに、魔力残量が回復しない所を見れば樹の神様がしている無茶が推し量れる。

 存在率の確変化でもって、死を回避した結果をもたらすという大魔術。結果を変える因果律の操作にあたる。そんな神法に近いものを想像した。魔法が悪魔の力を借りるものであるから、悪魔などがあらわれればそれには効かない。魔術は、自らの力を引き出すもの。そのように、魔術書は記述しているのだ。


「数だけは、多いですね」

「ですが、普通の人には無理ですよ。勿論、陰陽術士たちにしてもですけれど。あっ、ここはオフレコでお願いします」


 光輝たちを慮っての事だろう。しつこい相手に、風魔術と水魔術で撒く事にした。

 ミストの展開だ。

 大量に現れる相手には、有効だろう。




◆ ガーフの一日その3


 


 戦いが終わった後は、凄惨な現場が残された。男の子は、恐怖のあまりに小水を垂れ流している。ガーフは、それを支えて瓶を取り出す。飲ませるのは、ボーマンから買った強壮薬だ。疲労にも効く、というような触れ込みである。ぐいっと飲ませると、むせ返りながらもまだ汚れていない瞳で見つめ返してくる。


「おじさん。だれ?」

「いや、俺は。……今日は、疲れただろう? 寝るといい」


 冒険者たちは、いずれも碌な人間ではないようだ。死んでしかるべき連中だったとガーフは、断じた。仮にも騎士。それに刃向うなど自殺行為なのであるが、ずいぶんと安く見られていた。数が多ければ勝つという訳でもない。要は、戦いようだ。騎士を仕留めるには、何か。ボウガンなりガトリングボウを揃えている盗賊というのは強敵だ。

 そういう連中というは、また頭が回る。正面きって騎士と相対する事もないのでまた厄介さが増す。


「君。どうした」

「それが、彼らの情報カードが無くてですね」

「ギルドカードの事か。あれは、貴重品だぞ。冒険者ギルドで、ようやく量産化に漕ぎ着けたばかりだ」

「そうでした」


 アルカディアには冒険者ギルドといっても山賊まがいの連中ばかりのようであった。従って、女冒険者というのは実に珍しい。本国でも、そうそう居ない。当たれば一攫千金だが、難易度の高いクエスト等を受けられる人間というのは限られている。例えば、勇者(ブレイバー)。軽微な回復と強力な剣技に一撃必殺の魔術を使える。

 

 こういった人間が、パーティーを作っている場合には破格の依頼料になる。竜とも戦えるとも言われる伝説的なジョブだからだ。その勇者がギルドカードの素材に当たる魔導石を取ってくる話を耳にした事がある。曰く、古い古い魔導技術で建てられたと思しき建物。その最上階に、それがあるとか。当然ながら、その場所には並大抵のパーティーでは辿り着けない。

 まあ、ガーフならば行けなくもない。等という隊員たちには、頭を悩まされている。


「今日は、これくらいにしておくか?」

「それが良いと思います」


 迷宮を抜けるのにも、ガーフたちは徒歩だ。あまり無茶をすれば帰らぬ人となってしまうだろう。そういった人間は、実に多い。ちょっと。もうちょっと。というのが、人間の心理。すると、進んだわいいが帰れなくなる。ユークリウッドやエリアスのように帰還用の空間魔術が使える訳でなく。宝箱を見つけられない。或いは、売れそうなアイテムなりドロップを手に出来ない。等という事は日常茶飯事だ。


 今日は、男の子だけであった。大した戦果ではないが、胸を張って報告出来るだろう。そう考えていたのだが、甘かった。


「どこにいっていた!」

「はっ。これは、どうなされましたか」


 ロシナだ。迷宮から出て、子供を隊員に預けたガーフを待っていたのは叱責である。内容がまた酷い物だった。ユークリウッドが居なくなってしまったが為に、配給が遅れる。もしくは、途絶える可能性がある。というのだ。少しばかり、首をひねる事態だった。股肱の臣であり、また寵愛を受けるユークリウッドが何処かへ出奔したのだろうか。

 

 だが、使え過ぎる奴隷を手放す主がいるとは思えず。


「どういう事なのでしょうか」

「どうもこうも。異世界にいったんだよ。どうすんだよ。これ」


 見せられたのは、一枚の通告書だ。売れ行きが順調であったが、回転資金が細っていた様子が記されている。つまり、ユークリウッドから無心しようとしたという事だ。甘いお人よしのユークリウッドは、借金だろうが物資だろうがほいほいと零金利で貸してくれる。しかも、無期限。気が向いたら返してくれればいいという。とんでもない悪党か偽善者か。


 そんな風に見ていた時期もあったが、それはガーフの杞憂だったらしい。ロシナは、妹を差し出すというような戦法に出ているが。全く釣れない。身内にしてしまえば、チャラになる等と言う事ありえそうである。


「アル様にお願いするというのは、どうでしょうか」

「そんな恥さらしな真似できるか!」

「しかし、背に腹は変えられませんぞ」

「くっ。エリアスのとこにでも言ってくるか」

「そういえば、エリアス様が宿舎にいらっしゃいましたよ」

「なんだって? その話を先にしろよ」


 相も変わらぬせっかちぶり。ガーフは、その後の事を考えていないらしいロシナに嘆息した。というのは、エリアスの素っ気なさは筋金入りだ。ユークリウッドがいなければ、彼女はロシナなど眼中にないといっても過言ではない。フィナルも同様にロシナにすげない。昔、ロシナに苛められた事のある二人はといえばわかるような気もするのだ。

 いじめた方は忘れても、デブ等と言われてきた方は忘れないように。きっちりと追い込みをかけられかねない。その位、二人との勢力差が激しい。片や魔術師の業界では単独首位を走るニーベルンゲンの一人娘。片や女神教の女教皇と目される幼女。どちらも高嶺の花である。例え、ロシナが出世を果たしたとしても二人が想いを寄せるのはユークリウッドではないか。


 あまり、こじれるような真似をされるのは蜂の巣をつつくような物だ。だから、今日も笑い声が聞こえてくる。そんな宿舎を見て、ガーフは耳糞をかいた。


「くそっ。あいつ、なんだってんだよ。貸さねーのなら、笑うなよな」

「やはり」

「やはりじゃない。なっ。これは?」


 差し出したのは、収納鞄だ。開くロシナの顔が、段々明るくなっていく。


「ありがてぇ。ありがてぇ」

「それは、ユークリウッドさまに言ってください」


 中には、小切手が入ってあった。限度があるのだが、それでも十分だ。彼の先見の明には驚かされる物がある。大体予想がつくと言う感じで大人を馬鹿にしているのではないか。そのような感覚もあったのが懐かしいくらい。少し会わないだけで、何か無くしたような気分になるのは気のせいとは思えないのだった。


「ちょっと行ってくる」

「お気をつけて。無くさないようにしてくださいよ?」

「わかってる」


 といって、落とすのがロシナである。ユークリウッドには、ロシナの落とし癖を指摘されていた。その位危なっかしい。今回の危機も前もって想定がつくくらいわかりやすい物ではなかったのか。段々と主の先に心配が募る。ロシナは、友達も少ない。ユークリウッドくらいの物ではないだろうか。世間の評判では、赤騎士団きっての勇将。などと言われているが、寡聞は当てにならないのが実態であった。

 ついでに、まだ幼児だ。見た目は、十二、三に見えるが。


「あの」

「ん?」


 呼んだのは、保護した男の子である。黒髪に黒目。件の日本人を彷彿させる。突然の声に、戸惑いを覚えていると。


「お願いです! 僕をここに置いてください!」

「ぶっ」

「お願いします」


 頭を下げる恰好で、じっとしている。しかし、


「君に、親はいないのか」

「売られたので……」

「そうか……」


 はっきりいって、無理な相談であった。騎士というのは、貴族に連なる家系で有る事が多い。という事は、大概の騎士が金髪。そして、ミッドガルドは実に血統主義そのモノ。実力があっても、騎士に成れない平民というのは実に多い。更には、壁も少なからずある。

 しかしながら、


「名前は?」

「ガイといいます」

「ふむ。いいかも知れないな。置いてやるが、騎士に成れるかどうかは知らん。責任もとらん。お前の道はお前で切り開け。それでも……やるか?」


 こくりと頷く。実力があっても正騎士に成れない者は、大概冒険者へと転職する。実入りも多い上に、実績を積んでそこから成るというようなパターンも有る為だ。そういうパターンが無い事もない。ガイのように奴隷から騎士を目指す。というのは真新しいだろう。少なくともガーフはそう考えていた。凝り固まったミッドガルドの騎士道を新しくする風となるのではないかと。


「よし。ガイ、槍を持て。今から特訓だ」

「はいっ」


 泣いていた子供は、立ち上がった。もう泣いているばかりではないようだ。槍を手に街中を走り回ると、夕闇が辺りを支配するようになった。騎士は、剣がサブウェポンで槍が本来の主兵装である。槍働きであったり、フリーランスというのもそういう話からきている。

 剣の達人といえど、槍衾に囲まれて無双できるか。と問われれば、ロシナやそういった超人の如き人間にしか無理な相談だ。少なくとも、ガーフは多数に囲まれれば死ぬ。

 走りに走った。ガイは、息も絶え絶えになっている。


「こんな所か」

「は、はい」


 隊員たちも、とっくに寝る用意をしている。宿舎の中では、アークやガリオンが待ち構えていた。


「そいつが、お前が拾ってきた奴か」

「ガイだ。宜しくしてやってくれ」

「また、毒されてますねえ」


 大きなお世話という物だ。槍を手に走り回った結果、ガイは疲れ切っている。まずは、体力をテストした。槍を持ったまま走るというのは、子供にとっては過酷な物だろう。大の大人でも、辛い歩行訓練である。それに合格とはいえないが、まずまずのスピードでついてきた。根性だけは、認めざるえない。


「飯。今日は、なんだ?」

「ああ。ジャガイモと鶏肉のスープだな。ちょっと薄いのが気になるが」


 早速、影響が出ている。ユークリウッドが居ないだけで、経済が傾きかねないレベルだ。そもそもアルカディアの穀倉地帯は焦土作戦にあって、食い物がない。数年は、食えない事が見込まれている。

 奴隷として、子供を売り払う親も多いと聞く。憤りは、あるが―――如何ともしがたい。鼻水を垂らすガイの鼻を拭いてやりながら。


「美味いか?」

「はい!」


 元気の良い事だ。子供は、こうでなくてはいけない。

 ガイは、小さな手でスープを掬って飲んでいる。スプーンの使い方を知らないようだ。ガーフも思わず目頭があつくなってきた。大分、涙腺が緩んでいるらしい。



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