21話 征異大将軍
おかしい。作戦は、完璧な筈だ。金田は、呻いた。目の前に現れた化け物に、軍事教練を叩きこまれた兵士がなすすべなく薙ぎ倒されていく。包囲網は、ぐるっと周囲を囲むように輪を作っていたが―――
「逃げるなっ。敵前逃亡は、重罪だぞっ」
と言っている指揮官が、頭を叩き潰されて倒れた。
(いわんこっちゃない。あんなのを相手できるかっ。馬鹿野郎だ)
ロケットランチャーもあたったはず。なのに、倒れない。金色に輝く人に似た何か。それが、右に左動く度に兵士が倒れていく。そして、悪魔が接近してくる。
「きゅー」
可愛らしい鳴き声だ。しかし、それどころではない。後ろでに見た相手の爪が、肺腑を抉った。おかしい。どうして、こんな事に? 簡単な任務だったはず。それどころか、己たちが全滅して死ぬなど想像の外にあった。相手は、非武装の組織という触れ込みであったからだ。更にいえば、そこで楽しみもあるらしいと。
突き込まれた腕で、投げ飛ばされる。投げられた先は、味方の兵士だ。どうして、こうなったのか。少しばかり、記憶を辿る。
二、三日前の事だ。祖国から動員指令を受けて、集った場所には多数の同胞たちが集まっていた。この動員指令は、断る事ができない代物。断わった場合、本国にいる親類縁者が大変な目にあう。端的に言えば、一族郎党が処刑される。というような物だ。それでも、関係ないと。そう言える人間がどれ程いるだろうか。
それから、日本人を殺せという話になる。とても危険な仕事だが、これも家族の為。所詮は、祖国にとって代わる物でもない。平和ぼけをした日本人たちを蹂躙するのは容易かった。電波と基地局を制圧してしまえば、一地方の都市などはすぐに制圧できる程の戦力があった。何しろ、馬鹿な日本人たちは毎年二十万人もの同胞を移民として受け入れていたからだ。
そうした事を背景に、行われたのが独立運動である。威勢のいい掛け声と共に、それは行われた。街の至る所に、日本人の死体が積み上げられる。悲しいとか苦しいとか。そういう痛みの声を上げる者には、容赦のない銃弾が撃ち込まれた。これは、聖戦なのだ。蹂躙された痛みをそっくりそのままに。敵対している筈の国民を受けるれる間抜けさに乾杯だろう。
通りは、阿鼻叫喚であった。無論、日本人たちの悲鳴と怒号である。武器を持っている者は、殆ど居らず。抵抗する人間も居たが、老若男女を問わず射殺していった。中には、命乞いをする者も居たが。当然のように、手足を打ち抜き放置する。赤子も地べたへと叩きつけた。敵なのだ。相手にするだけ、時間の無駄というもの。本国である処の中亜共和国には、無慈悲な鉄槌を下すべし。という指令があった。
作戦名は、日本鬼子清掃。じっくりと、時間をかけて浸透した人民による制圧戦争でもある。本国が住めなくなった為、隣国を乗っ取ろうという事情もあった。金田がやった事とはいえ、住めなくなった原因は日本にあるという。言いがかりも甚だしいが、命か矜持かと問われれば、選ぶのは必然的に家族の命になる。
市街地を制圧した後に向かったのは、とある神社だった。山にあるようで、入り組んだ道のりをワゴンタイプの車で疾走する。そこでも、抵抗らしい抵抗はなかった。味方には、特殊部隊の出身者が何人も居た上に数も千近い。圧倒的な数の前には、そこも十分とかからずに落ちる見込みでいた。敵の反撃らしい反撃もないままに、攻撃が続き奥殿とも言われる場所に差し掛かった所で動きが止まる。
それまでは、容赦のない重火器で処理していたのだが―――
「道士たちが人払いの術を仕掛ける。次いで、威力の高い爆弾は禁止だ」
と、指令がでた。敵を屍鬼に変える術を施したり、と小細工をする辺りでそれは現れた。奥に潜入していた味方の絶叫が聞こえ、そして途切れる。味方の指揮官は、必死になってスマートフォンに呼びかける。けれども、反応はなかった。
踊りでてきた金色に輝く敵は、異常だった。金属のフォルムのような流体を纏ったような身体。けれども、動きは照準をつける事すら難しい。見た目からして人間ではない。己と同じように道術を放とうとする味方の兵は、なんなく殴り飛ばされていく。頭だけが、ぼっという音を立てて。次いで、飛来するのは炎の塊だ。それを黙って見ている兵はいない。消去しようとするエリート兵もいたが、陰陽術ではないのか。
消えない。
炎だけではなかった。足元の土が蠢き、兵士たちの動きを縛る。咄嗟に、反応して足を引き抜こうをする者もびくともしない。その姿を見た金田は、逃げ出した。
(やばすぎる。あんなのに勝てるはずがない)
命あっての物種だ。放っている人物は一見すると、少年のよう。相対する兵も若い。陰陽術を構成する術式を消去する技能を持つエリート兵も歯がたたなかった。劉氏の若造だ。劉信といったか。ここの陰陽師たちを軒並み倒してきた。前評判通りの実力を見せていたのだが。消しても、次がくる。その次の術は、前よりも大きくて。そして、速い。追いつかなくなった劉は、炎に飲まれて、雷で焼かれた。もしくは逆だったかもしれない。かように攻撃は激しかった。
同胞たちは、陰陽術を阻害する兵器をしようするが効果がでない。次々と、倒れていく。それを尻目にしながら、形振り構わず屠殺場と化した場所を離れようと努めた。
転がるようにして、建物の影から神社を囲む林へと移動していく。そこでは、味方の兵が処理したと見られる童の死体が散らばっていた。現実感の薄れるような戦いである。そこにきて、感覚の麻痺してきた身体が疲れを訴えた。立ち止まって、振り返れば地獄だ。味方の兵士が逃げ惑うのに、易々と追いついた金色の悪魔は腕を振るう。
何でもない作戦で、危険度は低かった。そんな思い込みが裏返し。地に伏せたまま、目は横へと向く。地面に倒れ込んでいたようだ。そして、じきに暗いとばりが降りてきた。同じように倒れているのは、裸の少女だ。自ら手にかけた巫女の虚ろな目であった。
案の定だ。悪い事は、突然やってくる。ユーウは、DDに胸を突かれて意識が無くなってしまった。入れ替わりに浮上してきたのが、己だ。最悪なのは、緻密な計算まで易々とやってのけるユーウの意識が感じられなくなってしまった。というのも。
『うわ。どうして、かばったりするんだよ』
「こふっ。あはは。これは、まいったね……」
「くーん」
突然現れたセリアに、DDが攻撃した。身体を貫いたのは、DDの逞しい腕だ。引き抜かれた腕の激痛は、凄まじい。人称を僕でいくべきか、俺でいくべきか。当面は、ユーウに成り済ます為に僕がいいだろう。しかし、ユーウは似合わない事をしたものだ。
現れたのだが、子犬サイズの恰好であった。絶好の機会とばかりに、DDが繰り出した攻撃がセリアを狙うのだが―――
「駄目だってば」
といいながら、身体を割り込ませた。何時もならば、防げたのかもしれない。しかし、その時に限っては魔力が不足していた。死にかかっている神社の人間たちの傷を癒す為に魔術を行使した直後だった。更にいえば、異世界日本にきて魔力の引き出しが悪い。ガス欠とも言えるような状態であったから、たまらない。
ともすれば、DDの攻撃がユーウの防御を上回っていたようで。『必殺のテンペスト』『必中のカタストロフ』『死のエンゲージ』『竜神のエンディングブリッツ』『黄金の戦律』等々が乗っていた。スキルだけでも異常な数。間違いなくセリアを狙っていたのだ。
胴体を貫いた攻撃は、内臓までも損傷せしめていた。むしろ、肉で上下がかろうじて繋がっている状態。それには、動揺が走る。
(身体の傷が、塞がらない。どうしたら、いいんだよ)
魔術を阻害する呪詛が、かけられている様子だ。気合いで、意識を保っているような状態。ついでに、明滅する意識は、ブラウン管の画面を連想させる。
不安そうに、己を見つめるのは顔をずたずたにされた人面に人体を取る黒龍と赤い蜥蜴だ。金色の人型は、涙をぽろぽろとこぼしている。何処から、現れたのやらであった。
『ど、どうしようか。黒龍』
「どうしようも、こうしようも。八つ当たりをしてもらっては、困りますよ。俺だって、心配になってたんですから。はああぁ。いわんこっちゃない」
『どうしよう。呪いの進行が、これは不味いよ。どうしたら、いいんだろう』
「咲耶媛にすがるしかないでしょう。幸いにして、この方は頑強です」
見つめる黒龍は、端正な顔を歪めた。
(ぶち殺すぞ。まじで、超ゆるさん。ていうか。ユーウはどこよ。どこにいったんだ? 意識が、ない。不思議な感覚だ。繋がった筈のそれが、ぽっかりと抜け落ちたというような)
同じ光景を見ていた。大事な自分の一部が失われてしまった。
それが本音だ。大樹の方にいけばいいらしい。足で、歩けるのならばそうしたい。しかし、黒龍に身体を持ち上げられた。そのままの格好で、運ばれていった先は、通り抜けてきたと見られる巨大な樹であった。そこで、身体を降ろされた。
「咲耶媛は居られますか」
『おる。そこの英雄殿が、死ぬ所までばっちり見させてもろうたわ』
「では、話が早い。治癒と解呪をお願いしたいのだが―――如何に」
『無論、やぶさかではない。何しろ、巫女を助けて貰った。皇子も帰ってきたしの。流石に、これを見殺しにしてはいかんのじゃ。右手の方へいけば、池があるじゃろう。そこへ童を入れるとよい』
かすれゆく意識で、持たせるのが精一杯だ。回復の魔術が、まるで効果をもたらさない。黒龍の顔を睨めつけるのだが、顔の端をにやけさせた。
「自業自得だろう。お前、はっきりさせた方がいいと思うぞ。気のある素振りをするから、こういう事になる。突っぱねるなら、気がないなら、はっきりとするべきだろうに。今後も、こういう事が起これば上手くいくと思うな」
口を動かすのすら、億劫になっている。もう、死にかけの状態で池に入るやいなや。端から目が覚めたかのような気分になる。
『ふむふむ。お主、強力な呪いに掛かっておるな。褒美として、全部解呪しておいてやろうかの』
神威級呪詛【一生童貞】【彼女ができない】【その気にならない】【インポになる】が解除されました。というようなアナウンスが響く。耳朶を打ったモノではないそれ。ユーウがカットしていた機能である。復活したというべきか。或いは、初期化されたのかもしれない。エコーのようにレベルが上がりましたが響いては、ノイローゼだからである。とはいえ、重要なメッセージだ。
誰がかけたのか。問題は、そこである。心当たりになるような人物は、山のようにいてどこに狙いを定めていいのかわからない程だ。貴族からライバル商人に冒険者たち。ユーウは、いくらでも敵対してきた。けれども、短気だったユーウと違う点があるとすれば忍耐力がある点かもしれない。頭の出来は、相当劣化してしまっているが。
起き上がった身体は、羽のように軽い。ユーウの性能は、明らかにチートだ。技の一つ一つが、元のそれを大きく上回っている。
『調子は、どうじゃ。疲れも溜まっていたようじゃし、相当酷使されとるようじゃの。お主』
「ええ、マジで。いい加減にして欲しいですよ」
『時に、頼みがあるのじゃがね。どうかの』
「御受け致しましょう。微力ながら、何でもやりますよ」
ユーウのものだった手を握り締める。そこには、ヒヨコと化したDDが握りしめられていた。しゅんとした様子で、噛み傷だらけになったまま。首を押さえれば、ぽきりと折れる位に弱弱しい。サイズも元の姿から一回り大きい雌鶏というようなサイズになっていた。子犬とじゃれあっていたようだ。
『そうじゃの。その竜神には、罰を与える事も可能じゃが、どうする?』
「少しは、反省してほしいですね。喧嘩は、駄目だよ」
ユーウの口調を真似した。似合わない事この上ないのであるが、中身が変わっている事に気づかれるのは不味い。何しろ、同一人物である筈だが―――
『あれ? なんか超・やさしいような気がするよ』
「気のせいかもよ?」
ぎゅっと握り締めて、活を入れる。ユーウならば、ここで羽をむしる位の事はやるだろう。そして、焼き鳥のように魔術で焼く事は当然のようにする。立ち上がれば、白い子犬が足元でじゃれついているのが見えていた。
『こほん』
「失礼いたしました」
『よろしい。では、話を進めましょうか。現在の我々は、追い詰められています。日に本なる国は、アマテラスさまの加護の元、長らく繁栄を手にしてきたのはご存知ですか』
「それは、知っています」
『では……』
聞いた話は、最悪の出来であった。まさに、悪夢としかいいようがない。何しろ、国が乗っ取られかけていたのだから。きっかけは、移民推進政策であったらしい。それで毎年二十万人の移民を受け入れた結果。道州制とも相まって、国内には独立勢力のような地域が各所に生まれた。そうして、数十年が過ぎればどうなったのか。それが、
『残念な結果ですが、異人は異なる人種にて。殲滅すべき者たちだったようです。明確な侵略の意志を持って入りこんだ彼らが、何をしたのか。ご覧なさい』
空中に浮かび上がるのは、テレビの画面と言っていい。そこには、おぞましい光景が映っていて。吐き気と嘔吐感を堪えるのにも一苦労である。そこには、死体が映っている。頭のない人らしきもの。腕や腹がかっさばかれたもの。腸をまき散らしたもの。ありとあらゆる残虐行為が行われていた。老若男女を問わず、赤子と言えどその限りでない。
握りしめた拳からは、血が滴り落ちる。かつて、これほどの激情に駆られた事がない。拳を横に突き出せば、それが生み出した突風で木々が吹き飛んでいく。
(一体、どういう理由で日本人が殺されねばならないのだろうか。これをやった奴ら、全員を始末しなきゃならないな)
『もっと、知りたそうですね?』
「はい」
『こほん。西暦、二千年初頭の頃でしょうか。外なる人が増え始めました。それから、今に至るまで急激に増えた移民によりこうなったようです。彼らは、日本人を殺し乗っ取る計画を着実に進めていたようですね。おかげで、私の力は大きく削ぎ取られてどうしようもなくなりました。アマテラスさまも、同様です。異国の神により、守護の力は衰えました。今や、皇の血統も存亡の帰路に立たされた訳です。光輝を守る為に、一時的な処置として異界に彼を送ったのですけれど。呼び戻す為の力が足りずに、こうしてロキ様のお力を借りまして。事無きを得たのです』
長い。しかし、ここにきて僅かながら因縁めいた彼との出会いの謎が解けた。ロキとは、アルの事であろう。全くもって、陰謀の手が込み入っている。素直に話すつもりもないようで、もどかしさで足元の土を蹴った。
ユーウの身体は、まさにチート。それだけで、森が半壊してしまうような衝撃波が大地を打つ。確認すれば、ユーウの持つユニーク才能は『全なる一』。スキルの数は、数えるのも面倒な程である。それが、壊れてしまった。横棒が引かれる恰好で、文字が死んでいる様子を表していた。
称号も特に目を引くのは、『英雄の中の英雄』『最強厨』などが表示されている。こちらは、失われていないようだ。
『故に。貴方にやっていただきたい事は、一つ。便衣兵たちの駆逐にあります。二千六十年の節目に彼らを処理する事になったのも、何かの縁なのでしょう。くしくも、新たな東宮が選ばれる年です。貴方には、是非ともに征異大将軍として働いていただきたいのですが宜しいですね』
「残念ですが、それは……」
『下働きに、この娘をつけましょう。メイドとして、護衛として大変有能な者です。桜火、こちらにきなさい』
言葉と、共に銀の髪をしたショートカットのメイドが歩み寄って来る。目つきが悪いのか。眠そうな目をしていた。
「桜火と申します。今日から、貴方のお傍に仕える事になりました。宜しくお願いします」
『桜火は、日本の事情に詳しいですから聞けば何でも答えてくれるでしょう。それでは、頼みましたよ』
「ちょ、ちょっとま……」
強引すぎる。ユウタには、ユウタの都合があったのに。
都合を無視した勝手な言い分だった。引きずられるようにして、ユウタは桜火に連れていかれた。
『征異大将軍』が追加されました。アナウンスは、冷酷だ。
勝手に決められて、抗議しようとする声を上げたのだが―――
「もしかして、おいやでしたか?」
「いや、僕は違う国の騎士でしてね。勝手に、鞍替えっていうのは信義にもとる行為ですから。話を通さないといけませんし」
手に持った子犬と鶏な物体を抱えた。黒龍の姿を探したが、遠くの方で咆哮が木霊する。殺戮の宴を開いているのだろう。一日で駆除が済めば話は早いのだが、そうもいかない予感を手にして震える。セリアが通常の状態であれば良かったのだ。ユーウも死なずに済んだ筈で。
「危急です。事後承諾という事で。それでは、大将軍様。殲滅戦を開始いたしましょう。護国のために」
その日、十五億の人間が死亡した。
ありがとうございました。
改訂か改稿か。それとも、新しく作り直すべきか。
感想お待ちしております。




