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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
204/710

19話 異世界から

 知っている事は知っているけど、知らない事は知らない。

 知っていても教えない人って、いますよね。周りに。

 どうなんでしょうね。俺は、知ってるなら教えろよ派です。

 DDなんか、色々知っているくせに教えないのでだんだんイラつきだしました。

 ユーウが外面を気にしないタイプの奴ですけれど、流石にぷっつんしそうです。


 えっと、何がいいたいかっていうと。知っている事は教えてあげた方がいいよねって事で。




「知っているなら、教えてくれればいいのにね」

『聞かれないとさあ。ボクだって、ユーウの頭の中身を覗ける訳じゃないんだよね。知らない事は知らないし、知っている事は知っているけど。あれでしょ、龍魂と神涙。竜の魂とか神の涙なんて言われる事もあるね』

「誰が、持っているの」

『そりゃあ、フレイの奴とボクだけど?』

「何とかしてよ」

『うーん。何とかしてあげたいけどねえ。帝国のじゃなくて、城の地下から行くんでしょ。なら、別にいいじゃない。あれって、動かす際に隙間ができるんだよ。それで、別の世界から魔物とか魔人とか魔神とか邪神とかね。色んなのが来ちゃったりする訳。人間が来る分には、問題ないんだけどね。不味い事に、大抵の人間にはそいつら相手にできないからさ。南にあるロゥマ共和国なんて、酷い有様じゃない。そうなってもいいの? いいならボクは貸してあげてもいいけどさ。フレイの奴が渡すとは思えないけどね』


 ユーウは肩を落とした。

 光輝との約束が、速攻で守れそうにもない。

 片方がどうにかなるとしても、もう片方が難題だ。

 アルに相談して、簡単にいくと思えないのである。

 自分だけでいくのならまだしも、元日本人たちを帰すのには反対が予想できる。

 光輝だけでも一旦、帰らせる方針で。それでも、雷が落ちかねない。


 ついて行くというセリアは、ルナやシャルロッテたちと遊んでいた。

 オフィーリアやルナは、同学年であるがクラスが違う為に会う事も少ない。

 取り巻きを作っているらしく、賑やかであるようだ。

 弟たちは、シャルルと遊んでいる。すぐに喧嘩になるのだが、微笑ましい物である。


 春になったら、衣料品にも手を加えていく予定だ。

 着る物がさもしくていけない。

 DDを抱えて、ユーウは城へと出向く。光輝を連れだってである。

 両親は、昨晩もお盛んな様子だった。ので、寝ていた。

 妹や弟たちもまだである。


「もしかして、僕だけが向こうに行く感じなのかな」

『またまた。ボクもついてくよ。君一人だと、とんでもない事しそうだしね』

「ありがたいけど。いいのかなあ」


 そのまま城についたユーウ。話をすると、すんなりと通った。

 しかし、帰るにしても光輝一人だけという制限付き。

 アルと共に城の地下へと潜っていく。

 ぐるぐると長い階段を降りて行った先には、逆さまに生える黄金の樹があった。


『金ぴかだねえ。眩しいよ』

「ん。仕方あるまい? これがそうなのは、そうなのだからな。」


 アルの言葉は、DDに対してのようだ。そして、広大な空間で逆さまに立っている。

 

「一体、これはどうなっているんですか」

「重力が、という事か? それとも樹が金色に輝いている。という事か?」

「どっちもですよ。逆さまって、おかしいですよね」


 入ってきた入口には、警備の兵士が立っていた。中には入って来れないようである。黄金に輝く樹などユーウは見た事がなかったので、疑問が色々と浮上してくる。何故、金色なのか。何故、輝いているのか。何故、逆さまなのか。おかしい点は限りない。頭上となる場所には、星空のような暗がりと瞬くような光源がある。

 そういった質問は、アルが無視を決め込む。


「そうだから、そうなのだ。とりあえず、だな。玉ねぎを剥いて、だな」


 アルは、懐から玉ねぎを取り出す。それで、涙を出すつもりのようだ。

 ぽろぽろと零れる涙を小さな玉にかける。すると、それが輝きを放ちだした。


『ありゃま。予想外だよ。……じゃ、いこうか』

「えっ。ええーあれなの?」

『そうだよ。後は、ボクが持っているからそれでいけると思うよ』


 黄金に輝く樹の洞。樹の麓には、ぽっかりと口が空いた。そこに入るようにとアルに先導される。そして、手には黄金の金塊を渡された。


「ふん。これで、大丈夫な筈だ。オマケもいるようだが、不問にしておく。居なければ何かと不都合がありそうだしな。あと、漫画という物を買ってくるように。小説もよろしく頼むぞ。ああ、世紀末に戦うおっさんの漫画は必須だな。パンツを被る変態漫画もだ。とりあえず、あれだ。書店ごと買ってくるつもりで行ってこい」


 金塊の量は、インゴットにしても凄まじい。持ちきれる数ではなく、インベントリへとしまっておく。

 金額に換算しても、確実に十億円は超えそうである。


(ああ。予想通りというか。なんというか。オタクまっしぐらだよ。換金する手段として光輝さんか。じゃなきゃ、一緒に帰っていいという筈がないもんね)


 ユーウは、すんなり通った話に違和感を感じていた。その正体がこれである。


「はい。では、いってきますね」


 セリアは、子犬の姿になっている。付いていきたそうにしているのだが、


「こらっ。向こうとは、話がついているのだ。お前が行くと、アマテラスが怖がるんだよ。駄目だぞっめっ」


 くぅーん。と鳴き、セリアは耳をたれさせた。ぴんと立っているのが通常の姿なので、面白くないのだろう。光輝といえば、目を輝かせている。黄金に輝く樹の洞に入っていく。






 暗い洞を抜けたそこは森であった。

 一際大きな樹の下にいる。そして、いきなり顔を近づけてきた男の顔面を殴り飛ばす。


「ぎゃっ」

『ユーウ。右だよっ』


 倒れた男。他にも人間がいるようだ。


(死刑だね)


 右に視線を動かした所には、銃を手にした男がそれをこちらにむけようと構えをとる。


「何しやがるっ」


 紛れもなく日本語だ。けれども、喋っている人間の顔つきがおかしい。釣り目だが……目が細い。ユーウは悪人だと判断した。銃弾を躱しながら、真っ直ぐに進む。

 ユーウは、拳を男の胴にめり込ませる。男は、地面で芋虫のようになった。が、ユーウはそれで止める気がない。というのは、男達が用意していた物を目にしたからだ。ケースは、透明な水らしき物が入っている。つまり、ガソリンか灯油。或いは枯葉剤か。そう推測したユーウは男の頭を踏み割った。


「ユーウくん。君は……」

「何ですか? 僕は、ゴミを処分しただけですよ」


 絶句する光輝。

 ユーウは、倒れた相手に炎の魔術を発動させる。一瞬で相手を炭化させる上級魔術だ。

 ぶすぶすと肉の焼ける音がして、男たちの身体は燃え落ちた。

 

「仮にも、人じゃないか。その、警察にでも突き出せばいいと思うよ」

「そう、ですね。日本人は甘すぎるんですよ。これ、何かわかりますか?」


 ユーウは、背にした大木に手をつく。


「何か。神々しいね。霊木だと思う。いや、ご神木かな。確かに、君の怒りはわかるけど。これは、殺人罪に問われるよ」

「黙っていてくれますよね?」

「わかってる。けどさ。この調子で、何でもやるのは良くないと思うな」


 黙ってユーウは、光輝を眺める。甘すぎる彼の認識に活を入れてやるつもりであったが、中々に強固な自我を持っていた。根っからの甘ちゃんなのであろうか。彼に対するユーウの心は寒風が吹いている。神木といえば、人の命と同等以上だ。それを燃やしたり、切り刻んだり、枯らしたり。そんな事をするようなものは、人間ではない。


「甘過ぎですね。その調子では、何も守れやしないでしょう。何かを成す事も難しいと僕は思います」

「そんな事はない。刑務所に入って、人は変われる。反省し、悔い改める事が」

「できやしません。人は、そう簡単に変わったりしませんから」

「何故、そう断言できるんだい?」


 ユーウは、言葉を選ぶ。それは、過去の体験から来る物だ。


「刑務所に入った後、出所してきた人間に刺殺される人。どうなるんでしょうね。殺され損ですよね」

「それは……」

「レイプされて、殺される。そんな国なんですよ。ここは。光輝さんは、まだ若い。もっと世界を知るべきです。僕の考えですけれど、超えちゃいけない一線ていうのはあると思うんですよね。たとえば、この木を燃やすとか。仮に、ですけれど。ここが、帰還用のポイントだとしたら。困るじゃ、済みません」


 光輝は、言葉に詰まった。木が燃えるという事は、帰れなくなるという事で。ユーウは、力を持つ魔術師だ。この世界に留まるつもりもない。妹が帰りを待っているのだから。ユーウは、顔を歪めて歩き出す。周囲には、人の気配もない。肉の焼き焦げる匂いがしたからだが。土魔術を使い、土を操ると死体を地中へと埋めていく。

 

 土を操る事もユーウにとっては、児戯に等しい。腐食性の酸を発生させる魔術を併用すれば死体の隠ぺいなどお手の物だ。後ろを振り返り、改めて木を見ればその姿に圧倒される。樹齢千年は超えようかという大木だ。見れば見る程にユーウは、火をつけようとした人間を苦しめてから死刑にするべきだったのでは? というような考えに取り付かれる。


 光輝は、そうしたユーウに懐疑的な視線を投げている。が、文句を言わずに歩きだした。ユーウの短気ぶりは学校中に知れ渡っているようだ。そんな事もあって、抵抗しないのであろう。ユーウたちが山を下りていくと、そこには人の姿があった。


「ユーウくん。あれは?」

「ただ事じゃありませんね」


 人。そう見えたのは、形だけであった。顔は、完全に死相が浮いている。かつては、神社であったであろう場所に蠢くのは死体の群れであった。


「ここは、日本なのでしょうか」

「神社があるんだから、日本でしょう。状況がわかりませんが」

『あれ、屍鬼。かも。使い魔の一種みたいなやつだよ。術によって、死体を操る。そういう魔術だと思えばいいよ。ユーウは、死霊魔術の方を得意としていなかったっけ』

「失礼だね。闇の外法じゃないか」


 ユーウは、DDをぎゅっと握りしめる。握られたDDは、苦しげだ。


「あまり、使い魔を虐めるのは良くないと思いますよ。ユークリウッドくんも広い心を持って接してやらないと。居なくなってからでは、遅いですから」

「そんな事はありませんよ。こいつは、こんな事ではまったく堪えませんから。ちょくちょく何かを企んでいたりする怪しい奴です。でも、ちょっとやり過ぎたかも。ごめんね、DD」

『こほっ。わ、分かればいいんですよ。しおらしいユーウも珍しいかも』

「DDくんも主の性格を読んだ事を言わないとね」


 DDは、しらっとした顔を作りそっぽを向いている。全く改めるつもりもないようだ。

 DDの事は置いて、眼前の動く死体を何とかしなければならない。ユーウは、さっさと火葬する準備をしていると。

 光輝が、呪文を唱える。


「行けっ火蝶っ」


 陰陽術なのであろう。複雑な呪文が紙に書き込まれている。何枚もの呪符が真っ直ぐに向かっていく。投げられた呪符から、火で出来た蝶が舞い踊る。それに取り付かれた動く死体たちは、何の反応もなく動く。ユーウたちを獲物に見定めたような足取りで、ふらふらと歩みよってくる。


「これは? 僕の火呪が効かないっ?」

「アースランド」


 ユーウは、魔術を発動させる。動く死体の身体を土の中へと引きずり込む魔術だ。そうしておいて、火系の魔術で焼き払っていく。光輝の呪術は、霊体系の物。直接的な物理火力としては、機能しない。かわりに、派手な煙も上がったりしない。煙を見た人間が寄ってくる。そう想像していると。


「おかしい。人がこないですね」

「僕も同感です。この近辺には人の気配がしません。もしかしたら、これが犠牲者なのかもしれませんよ」

「神社の中には、人がいるかもしれません。探すのはいけませんか」

「そうですねえ。隠れているかもしれませんし。そうしますか」


 燃える動く死体たち。曇天から、今にも雨が降りそうであった。









◆ ガーフの一日



 ガーフの一日は、大剣を磨く事が始まる。

 冷たい水を汲み出し、長さ二メートルにも及ぶ剣を磨くのだ。

 それを素振りする事、百。走り込みをする事一時間。そうして、朝の出仕だ。

 主と仰ぐロシナは、今日も馬車を売るのに忙しい。


 ガーフは、部下の一人に声をかけた。


「問題はないか? どこか困った事は起きていないか」

「はっ。特には。……ガーフ様は、傷の具合がよろしいのですか」

「ああ。この通りだ」


 ぶらぶらと動かす。魔物に取られた足は元通りだ。習得したスキルを使う事に何ら不備はない。

 炎系の剣技を余すところなく使う事ができるのが赤騎士団の由縁だ。

 炎の色からそれが来ている。


「無理なさらないでくださいよ? 副隊長が居なくなったら、部隊は崩壊ですよ」

「ははっ。いってくれるな。そんなにおだてても何もないぞ」


 歩きを進める。通り過ぎていく部下たち。会釈をする者も少なくない。

 ロシナが用意したアルカディアでの宿舎は、狭いので通路を通る際にも肩がぶつかりかねなかった。


「ふむ。今日も異常は無し……か」

「あったら困りますよ」


 副隊長室は、質素だ。隊長であるロシナも質素をきわめているので、右に倣えである。どちらかといえば、食い物の方が置いてあったりするガーフの部屋。入り浸る騎士も少なくない。食堂よりも副隊長室で談笑している有様である。

 窓を拭いているのは、アークだ。運よく死なずに済んだ年少の騎士。兄弟にマークという弟がいたりする。よく稽古をつけてやるのも、ガーフの日課だ。手に酒瓶を持ったガリオンが腰かけているのが目につく。


「昼間からヤケ酒は良くないぞ」

「ちっ。硬い事言うなよ」


 同僚たちの死が応えているのだろう。ガーフもあまり硬い事を言わないのもその為だ。しんみりとした空気が隊内に流れている。ロシナは、蘇生代を掻き集めるの奔走しているのを知ってか知らずか。迷宮に潜ろうとする兵は少ない。安全な間を取った筈だった。隊は、がたがたである。現状からして、復旧するのにもう一月はかかる。


「蘇生できなかった者は、痛ましい……しかし。我々は、前に進まねばならん。わかっているのだろう?」

「わかっているとも。ガーフ。もちろん、わかっている。けどよ……どうにも胸が痛んで仕方がねえ。あの日、俺がもっと強けりゃよおって。どうしても、どうしても思うんだよ。死ななくて済んだ筈の人間がいなくなっちまって、死んだ人間が帰って来ねえのには、慣れやしねえ」


 アークは黙って居る。戦場で果てるなら、騎士の本望だ。飼いならされた豚のように、老後を迎えるのは苦痛でもあるから。誰かの盾となって死ねるなら、それは最高の生き様だろう。ガーフは、そう考えるがロシナは違うらしい。『死んで、花実が咲くものか』というのが口癖である。


「今日は、カタコンベの捜索だ。酒もほどほどにしておけ」

「! おいおい、まさか」

「そのまさかだ。シグルス様は、我々を遊ばせておく程呑気な方ではない」

「団長を素通しで、命令を出してきたのか?」

「一応、通してあるらしい。が、あの方が実質的な総司令官だという事は皆が知っている事だろう」

「やってられねえなあ」


 ロシナがランスやドゥエーの町といった北西の方向を担当した。それも、彼女の差配によるものらしい。伝え聞く少女騎士の辣腕には、周囲の大人でさえ歯が立たない。アル王子のお傍仕えという立場もさる事ならが、武門の頂点に立つ名族の家柄。並の騎士では、彼女に太刀打ちできない剣技を誇る。セリアという化け物を除けば、シグルスが最強の騎士だろう。


 アルカディアの首都であるパリ・ベルサイユは広大だ。石造りの家々が立ち並ぶ。もっとも、戦争の影響で、崩落し倒壊した建物も多い。その中にあって、地下に広がる墳墓は異色の出来であった。ちょっと探索しただけでも、禍々しい雰囲気と出てくる魔物たちには苦戦が予想できた。


 酒瓶をしまい歩き出すガリオン。マークもその後を追った。ガーフは、首から下げた家族のペンダントを開く。中には、魔術で作られた映像石が入っている。浮かび上がるのは、父母と妻子の姿だ。


「行ってくる」


 

 

 アルカディアの通りは、浮浪者で溢れている。そして、娼婦の姿などは花売り通りでもないのに見受けられた。ここ一年で、戦争の影響がもろにでているのがこの国の惨状として出ていた。闊歩するのは兵士である処のガーフたちばかり。食料の配給には、長蛇の列が今日も出来上がる。中央に位置する城から東に行った所にカタコンベの入口はあった。

 

 ガーフたちが調査した後。調査員の報告によれば、最近になってゾンビやグールといった死者たちの姿が、見受けられるという話だ。外には、浮浪者同然の住民たちも姿がない。魔物に怯えて住居を変えたのであろう。隊列を崩し、馬から降りたガーフは、粛々と侵入する用意を整える。前回の失敗を生かし、まずは精鋭による索敵班を作るのだ。少数で入り、中を調べてから多数でもって攻略しようというのがガーフの構想である。


 外には、冒険者たちが使うような宿を作る準備までし始めた。救急ともなれば治癒術士や神官は欠かせない。外のバックアップが不足していたので、あのような惨劇が起きたとも言える。いつもいつもユークリウッド頼みでは、大人の沽券に係わるという物なのだから。

 アークやガリオンは、隊員を選び出す作業に入っている。上手く処理できれば、赤騎士団の名前を売る事につながるのだ。団の規模からすればかなり少なくなった隊員たちを見渡す。すると、そこに割ってはいってくる集団があった。


「はい、はい。ご免なさいね。通してくださーい」


 若い女だ。見る所、冒険者のような風体をしている。鼠色のマントに緑色をしたローブ。大地系の治癒術士か侍祭と判断した。ガーフが様子を見ていると。


「こんにちわ。騎士様。今日は、お日柄もよくってぽかぽかしますね。私は、マリー・クラベル。この国では、冒険者稼業をやらせてもらっています。この度は、依頼でカタコンベのお掃除を承りまして。お先に入らせてもらってもかまいませんか」

「……いいだろう。私は、ガーフという。何かあれば、報告するように。冒険者といえど、勝手をされては困るのでな」

「それは、もちろんです。宜しくお願いしますね。さあ、皆行きますよ」


 歳の程は、十代であろう。しかし、妙に保護欲をそそられる女性であった。冒険者たちには女が混じる事もある。その点でいえば、ガーフたちの隊には治癒術士か僧侶、或いは魔術士くらいしか女がいない。比率で言えば一対十くらいになる。どうしても、男尊女卑になるのは肉体労働を男がやるためだ。ガーフはカタコンベの入口である石門を見ている。

 マリーが率いているのであろう隊は、二十名ほど。どれも腕の立つ男が混じっていた。ミッドガルドで言えば、Bランクに位置するような人間だ。Bランクというのは、軍人でいえば一人で軍団を押し上げるだけの力があるような人間。居れば、それだけで勝敗の行方を左右する。Aランクであるロシナを見ていれば、それはあながち嘘でもないというのは頷ける話だ。

 

「準備が済んだぞ。どうする?」

「ロシナ様が戻られるまで、待つ。先に入った連中が露払いをしてくれるのなら、それでいいのだしな。中を探索する先行班だけ出すか。ガリオン、行けるか」

「おうよ」


 でっぷりとした腹を納める金属製の鎧。それを勢いよく叩く。ガリオンは、やる気のようである。彼をサポートできる人員を選び出す作業に入った。前衛二、後衛二の遊撃が一という具合だ。さらには、偵察要員に盗賊スキル持ちの騎士を選ぶ。流石に、正規の騎士団には盗賊を入れる訳にも行かず。かといって迷宮に潜ろうとすれば、その手のスキルは重宝するのが常だ。

 

 入って行くガリオンのパーティー。マークは、樽等を運ぶ作業をしている。ガーフがカタコンベの外で作業の指揮を執っていると。


「精がでるな」

「これは……殿下。このような場所にご足労いただき……」


 アルだ。隣には、シグルスの姿が見える。ガーフは、片膝をつく恰好になる。周囲にいる隊員も皆、気が付いた様子であった。全く気配を感じさせず、しかも突然の来訪。ガーフは驚きで膝が震えている。


「いい。それよりもロシナを見なかったか?」

「いえ、それが金策に出かけておりまして」

「あの馬鹿。私がなんとかしてやると、言っているのに聞かないからな。どれだけ馬鹿なのだ。部下を放置するなと言っているのが、まだわからないのかっ」

「まあまあ」


 シグルスが、顔を真っ赤にするアルを宥める。ガーフとしては、そこの辺りにある話を全く知らないので疑問譜しか思い浮かばない。アルは、ゆったりとした動きで鞄から台座の如き物を取り出す。それをシグルスと二人で抱えると、ガーフが用意していた宿舎に入っていく。慌てたガーフはそれを追っていくと。


「ここでいいか?」

「はい?」

「転送器を置く場所はここで良いか。と聞いているのだ。わかるだろ」

「ええ、構いませんが。それは、一体どういう代物なのでしょうか」

「空間転移を可能にする魔導器だ。魔道具と違うのは、桁が違う代物だからな。金額とかな。壊されると、ロシナの全財産でも済まん。よって、厳重に管理監督するように。後から、エリアスの配下がやってきて微妙な調整を施す手筈になっている。そこも対応をしてもらう。よいな?」

「ははっ。これで、ミッドガルドとの移動が可能になるのでしょうか」


 アルは、涼しい顔をしている。シグルスの方が口を挟む。


「そうです。ここには、赤騎士団の他にも青騎士団に白騎士団も駐屯する予定ですから。城に一つ。もう一つがここです。利点の方は、貴方ならお分かりになるでしょう?」

「了解しました」


 周囲には、アルとシグルスを一目見ようとむさくるしい面々が宿舎に詰めかけている。アルには、後光さえ見える有様だ。機嫌が良いと、そういう風になるのだとか。ロシナが言っていた言葉である。しかし、魔導器を置いたアルとシグルスは、さっさと魔術を使って帰ってしまった。光の門を通っていくのである。それでは、気配も感じようがない。


 カタコンベの前に騎士団を設置しようというのは理解できる話であった。迷宮で鍛えるにもよく。魔物がそこから溢れ出た場合にも、早急な対応が可能だ。水を汲み出す井戸を設置するのもガーフの仕事である。下水道という概念はアルカディアには普及しておらず、井戸から汲み出す必要がある。食料の貯蔵もやらなければならない仕事で。食い物の横流しは、隊を預かる者としては痛い話だ。


 それで、女を買っていたりすれば除名という重い処分になる。給料から出す分には構わないのであるが、今日の貧困にあえぐアルカディアの住民からすれば食料は金銀よりも価値があるのだ。冒険者になろうという人間も数は、多い。アルカディアには特に審査もなく、誰彼構わずに冒険者として申請が通ってしまうのだ。従って、今日出会った彼女のような人間は引きも切らない。


 中に入って、首尾よく財宝なりなんなりを持ち出す人間も少なくないので。戦場に出るのを厭う人間からすれば、魔物と戦う冒険者の方が気楽だ。というような人間は多かったりする。どうしても人間相手では刃も鈍る。ガーフも稀にではあるが、知った人間に近い顔をしている相手を斬るには躊躇いが生まれる。そうでない人間というのは少ないのではないか。そう考えていると。


「副隊長。ガーフ副隊長」


 ガーフを呼ぶ声だ。アルの置いていった魔導器の移動をしようと踏ん張っているアークたちの姿が目に入る。どうしても動かないようだ。床が石畳であったのが幸いであった。木であれば踏み抜いて、地下まで落ちていった可能性がある。ガーフが持ち抱えようと腕を伸ばすと。


「これは、重いな」

「ですよね。ちょっと、皆さん手伝ってください」


 屈強な騎士団員たちの中でも選りすぐりの精鋭。更に、筋骨隆々といった男たちがそれを必死になって抱えて動かす。脂汗で、室内はむっとするような熱気が篭っている。


「よくも、これを二人で運んだものだな。流石はアル様か」

「そうですよね。ちょっと動かすのに凄い時間がかかっちゃいましたね。ああ、でもいい訓練になりました」

「ふむ。次に送り出す隊は、アーク。お前も加わってもらう。いいな?」

「はい。了解しました」

「地下一階だけならば、問題は無いと思われるが。くれぐれも気を付けるようにな」


 ガーフは、ベテランの騎士を選んでアークと組ませる事にした。アークのような若手は貴重だ。迷宮に潜って死ぬ騎士は少なくない。稼ぎもでなければ、やっていられない職業である。名誉だけでは人は、中々動かないものだ。受付には、団員たちがたむろっていたりする。可愛い少女を選んで受付にしたので、一目見ようとしているのだろう。


 団員の女性は、少し時間が経つと野生の動物のような本性を見せる。そうでなければ、大抵は意中の人間がいてちょっかいをかけるのも憚れるのだ。仲間内での寝取り行為は、厳禁だ。過去にそういった事例で決闘になる事が多く見られた為である。自由恋愛などを許しては、騎士団の風紀はまともに保てない事がはっきりとしている。


 書き物をするガーフは、珈琲という代物に手をだす。本国では中々手に入らない飲み物で、苦味が強い。砂糖を入れようという人間は多い。しかし、そうした結果がガリオンのような腹になる。朝方に潜っていったガリオンがそろそろ出て来てもおかしくない時間だ。気が付くと、昼下がりのように太陽が上へと昇っている。


 首都の巡回業務に出る団員も多い。入れ替わり立ち代わりで、馬に乗ってでる騎士たち。馬に乗るのが騎士だ。空を飛ぶ天馬兵や蜥蜴を飼育して竜騎兵という騎士など邪道である。という風にガーフは考えていた。もっとも、魔術をかなり良くしなければ彼らのようにいかない事も知っている。戦力としては、一級品。騎馬兵と比べれば、扱いはかなりいいと。


 副隊長室に篭り、書類と格闘するのが最近のガーフの悩みだ。他の騎士たちのように、剣を振るっているだけではいけない。ロシナは、殆ど商売や迷宮探索に精を出すせいでもある。引き出しから、太いくるくると巻いた物体を取り出す。上質な葉巻だ。迷宮探索中や訓練中には、煙草が吸えないのも苦しい。煙を吸い込む。しかし、肺が拒絶反応を示してむせかえった。


「ガーフさん。よろしいですか」


 ノックの音と共に、女性の声が聞こえてくる。


「入っていいぞ」


 入ってきたのは、受付嬢の一人だ。すっとした立ち姿で、鼻筋の通った金髪の子である。


「ガリオンさんが帰ってきました。後、昼食の用意ができていますよ」

「そうかそうか。すまんね」


 室内を出ると、鍵を閉める。室内には取られて不都合が出る品物も多い。鍵が掛かると同時に、防盗用の魔術も発動する仕組みだ。広い休憩室は、一方で食堂も兼ねている。受付の前がそのまま食堂となっているのである。そこには、くたびれたガリオンと団員の姿があった。


「大分苦戦したようだな」

「おう。なんていうかな。あれだ、地下一階は楽なんだよ。雑魚ばっかだし。二階からが、曲者だ。俺達が走って逃げたくらいだしな。安全地帯なんてありゃしねえから、疲労で戻ったら一階の雑魚どもにすらやられかねねえ。とりあえず、売り物になりそうなのは光る苔くらいか?」

「光苔か。多少は、売れそうだが。はっきりいって、収支的には赤字だな。マッピングを済ませて、定期的に掃除するくらいでいいか」

「どうだろうな。最下層までいきゃあ、とんでもないのが出てこないとも限らねえ。それとアークたちともすれ違ったぜ? どこでもかしこでも冒険者がうろついてて俺達の仕事も少ないんじゃないか?」

「ふむ」


 テーブルの上には、湯気を湛えたミルクとコーンスープが乗っている。それに硬いパンを浸して食べるのが騎士の昼食であったりする。今日のパンは、硬い物ではなく柔らかいロールパンだ。ガリオンが騎士になった理由というのが、食事が食い放題だから。という身もふたもないような話がある。柔らかいパンは非常に人気がある。


 外で、配給される黒く硬いパンは人気がない。門外漢のガーフにはわからないが、硬いパンよりは柔らかいパンだ。味付けも塩と胡椒が使われていないようなスープでは寂しい。という風に騎士の食事は前進を見せていた。ロシナが奔走している結果、これである。居ない隊長に不満をこぼすような兵士は、ガーフの鉄拳制裁が待っている。


「カタコンベだけでは、ないのだ。外の魔獣を駆逐したりする仕事もある。午後は、裏の馬上訓練を見てやってくれ」

「ん。また戻らんでもいいのか?」

「ああ。若手が増えた分、馬に乗る騎兵としての訓練はジョストだけではないからな」


 ミルクを飲むガリオンは、頷く。他の隊員たちもがつがつとパンを頬張っている。赤いジャムなどは高級品なのだが、ここではふんだんに使われている。ガーフには信じられない事であるが、ユークリウッドが融通してくれているらしい。お返しをロシナが出来るかといえば、とても追いつかない。各種の物品に関してもそうだ。


 一人の騎士を養うのに、かかる費用は相当な額になる。雇用制度が刷新され、給料も年功序列というシステムが採用されている。それが為に、大体歳をとった兵士ほど給料が高い。というのも忠誠心を維持するのには、これが一番いいシステムだからだ。如何に実力があるといえど、あっちについたりこっちについたりされては困るのである。旧来のミッドガルドでは、家柄が至上視されていた。貴族の子であれば、どんな横暴でも通る位に。

 ミッドガルドでは、そうであった。


「そういや、朝の冒険者たちを見たか」

「いや。俺は、中で書類を片付けていたからな」

「ふうん。かなり奥まで、進んだか。それとも途中であえなく全滅したか。だな」


 ガリオンは、面白くもなさそうに皿に乗ったソーセージに手をつけた。ガーフも狙っていたそれを取られたのは痛い。他の人間もソーセージは大好物である。厚みのあるハムも捨てがたい。朝露の乗ったようなサラダが出てくるので、それを平らげながら腹をさする。


「一応、気にかけておくように冒険者たちにも注意を呼びかけるか」

「マメだな。お前も」

「あれも、戦力だ。人手が足りなくなれば、困るのは我々だぞ」


 ガーフは、腹八分になったので食事を切り上げる。兵士たちの談笑が聞こえるのが、幸いだ。

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