18話 春遠く、浮島で
春も近いというのに未だに寒いです。
かなりの寒冷地帯に位置する国ですし、しょうがないですかね。
今日は、壁ドンした出来事です。
夜中、ユーウが温かい部屋で寝ていると、わんこが来ました。
よくよく見ると、それは白い狼っぽいのですが。
月の光を浴びると、銀色にも見えます。
勿論、場所はユーウのベッドですよ。という事は。
もふもふなわんこがぼふっとユーウにのしかかり、ペロペロし始めました。
ユーウは、起きません。
どう見てもセリアですね、これ。
調子に乗ったわんこは、そのままヒヨコな子竜たちを押しのけ横になりました。
もふもふを抱えて寝るユーウくん。俺は、ちん○もげろと思いました。
こういう事をやっておいて、クリスが好きだとか……。
ヘソで茶を沸かすようなもんですよね。
どうかしてるぜ、こいつっていう。
わんこ、かわいいです。帰れたら、俺もぜひ変身してもらおうと思いました。
もふもふの破壊力が、はんぱじゃありませんし。
◆
大神歴1101年。
ユーウがアルの設立した小学校に入学した年。
しかし、ブリタニアとの戦いは未だに続いていて。
アルカディアの残党たちも未だ残っている。
抵抗勢力は、未だに増えている。その為、予断を許さない事態がまだ続く。
アルの横で、ユーウは今日も書類をまとめている。
「アル様、アル様?」
ユーウの問いかけに、アルはぼうっとした表情になっていた。
春も近く、小学校は冬休みへとなろうとして。隣に立つエリアスとフィナルは苦笑している。
「何だ。五月蠅い奴だな。少し、まどろんでいただけだ」
「それならいいのですけれど、少しお願いしたい事があるのですが」
「ん。珍しいな。お前が頼み事をするなど……異常気象でもやってくるのだろうか」
改修の続く城は、王宮にも手が入っていた。
石畳といった風の城。だが、金をかけての大改修が行われている。
至る所に防転移を施し、中世風の建築へと。
小学校に作られたアル専用の休憩室。アルの周りには、貴族の子弟たちがこぞってやってくる。アルが辟易するのでユーウが用意した。室内は、白を基調としたシックな造りだ。天井も白い。金箔の窓枠であったり、本棚が高級木材を使われている。室内は寒いので、暖炉は欠かせない。ユーウが居れば魔術でどうにかしてしまえるのだが、居なければ寒いの一言に尽きる。
暖炉の薪が、ぱきっという音を立てる。
「実は、ですね。その異世界への転移についてなのですが」
「ふむ。知っている。しかし、それは難しいな」
「何故ですか?」
ユーウの問いに、アルは腕組みをする。
「だって、お前が逃げ出さないとも限らないだろう?」
「えっ?」
「流石に、向こうの世界では私や爺の力が及ばない事も多い。却下したいが、必ず帰って来るのだろうな」
「勿論ですよ。妹を置いて、どこかに僕がいくなんてありえないです」
「……ま、いいか。別に、帝国に行かずとも城の地下からでもいけるぞ。行くなら、今日にでも準備をしておく。それで、よいか?」
ユーウは、頷きアルのカップに紅茶を注ぐ。ノックをする音がする。
「入れ」
慌ただしくやってきたセリアが扉を開いた。
ずむっとそのままソファーに腰を沈める。
「どうした。荒れているようだな」
「どうしたもこうしたもありません。ゴードン。あのヘタレ野郎が。逃げ出しやがった、のですよ。ちょっと訓練を厳しくしただけで、ですよ」
「セリアのしごきは、大変だからな。死なない程度にしてやるがよいぞ」
片目を閉じたまま話すアルの言葉もセリアには中々伝わらない様子だ。
アルの隣に立つエリアスとフィナルは、だんまりを決め込んでいた。
セリアが、釣り目を剥いてユーウに視線を寄越す。
「訓練に行くぞ」
「えっと。その異世界に行ってこないといけなくなったんだ。ちょっと無理かな」
「組手の時間くらいあるだろう? それも無いというのか」
セリアも忙しいのは知っている。戦争の合間をぬって授業に出ている事も。
ユーウは、領地経営の事が頭をよぎった。
ずっと放置していた訳ではない。
奴隷たちを解放する事も念頭にいれて、教育を行ったのだが―――
結果は、むしろ『私たちを見捨てるのですか』と言って領主の城に詰めかける有様だった。
死の大地などと呼ばれた北東に、見える限りの穀倉地帯を作り上げて。
魔物の居ない世界を押し広げたユーウは、領地では生き神扱いだ。
水車や肥料を導入した結果、王都近郊をも凌ぐ生産量になっている。
次は、鉄鋼に挑戦し鉄道を作る計画もあったりする。
結界石を導入して、魔物を駆逐するという目論見は大方上手く行っていた。
今後ともエリアスの方とはよろしくやっていきたい。そんな風にユーウは考えているのだが、最近になって風向きが怪しくなってきた。アルの方へと視線が移っているようで、魔術的な協力を惜しむ素振りがみえるのである。
今日も、ろくに会話していないのであった。素っ気ない彼女に、ユーウは涙目である。
とはいえ―――
「いいけど。時間大丈夫なの。スカハサさんが連れていた子は?」
「あいつなら、ロシナの家にいるぞ。よくわからんが、ロシナとは義兄弟になったとか。ま、男とは不思議な生き物だな。槍を返せと五月蠅い奴だが、返す訳がないだろうに」
「ふーん。面倒な事にならないといいけどね」
腕の立つ相手で、さらには敵だ。ユーウには、さっさと殺せばいいのに。
というような考えしかない。
組手をすると、時間が大幅に削られる。
場所も限られているので、最近では浮遊した島を使って行われる事も多い。
地上から、二万メートルはある場所だ。見晴らしは、絶景の一言に尽きる。
浮遊した島であるが、これはどういった原理が使われているのか。
一つには、磁力を使い重力の遮断を行っているという説がある。
島の内部には、大量の鉱石が詰まっており、それらが島を浮かせているのだとか。
ユーウが調査した結果は、それらしいという話を聞くにとどまっている。
エリアスの方が詳しい事情を知って居そうであるが、彼女の口は開かない。
『自分で調べなさいよね』という風に言われるのがオチであった。
「じゃあ、すぐいこうか。そのまま、城に行って異世界に行くから」
「ほう? 何だか面白そうな話だな」
ついて来る気のように目を輝かせている。
貴族たちの子弟を相手する場合には、いつも死んだ魚のようになっているのだ。
手をにぎにぎさせると、ユーウは転移門を作る。
転移した先は、地上の何処よりも高い場所であった。
どんな塔であっても、これより上に位置する事はないであろう。
山ならば、探すとあるようである。空気の濃度が薄く、呼吸もしずらい。
が、セリアはユーウと違い魔術を駆使する必要もないようだ。
「さあ、やろう」
「はあ。いいけどね」
誰もいない世界で、二人きりになって戦うのがセリアは好きらしい。
ユーウには、全く理解できない事だ。二人だけの世界を作って、何の意味があるというのか。
アルもここを使いたがる。たまに、である。
いきなり、ここへやってきて倒れた時には驚くよりも、恐怖の方が優っていた様子であった。
最初は、投げナイフを投擲し合う。
目を慣らしていくのだ。セリアは、弾丸であろうが矢であろうが大砲の弾であろうが掴んでしまえる。しかし、ユーウはそうではない。だいたい、目の視神経が送る電気信号には限界がある。なのにもかかわらず、ユーウは受け止める事ができる。
持っているスキルの恩恵であった。
「ふっ」
受ける度に、ユーウの指からは火花が飛び散る。
魔術で強化しているが、セリアのそれはたまに防壁となっている魔術を突破してくる事がある。
掴む。投げる。の、繰り返し。
セリアが、投げる速度が上がり出せばもう機関銃といった様になる。
ユーウはついていくのに必死であった。
「ユーウ、楽しいなっ」
「ま、あね」
セリアは、汗をぬぐい一息を入れている。
女に負ける事は、あり得ない。というユーウは、やせ我慢である。
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