15話 侵略す
殺せ。
敵は、殺せ。
生まれた時から、そう教わってきた。
獣人たちの世界は、弱肉強食が基本だ。
強者には頭を垂れて生きるのが当たり前。私は強者の側だった。
しかし、奴には勝てない。負けたのだから死んでいいと思っていた。
奴になら。が、奴は私を殺さない。
それで、だ。半ばやけになって戦いを挑んだ。しかし、全く勝てる見込みが見えない。
これでは、恥も外聞もあったものじゃなかった。
生きているなら、みっともなくも生きあがくしかない。
私には、そうして初めて殺したい相手が出来た。
とにかく、勝てないのだけれど。
生まれた時から、父ですら手を焼くほど強かった。
そんな私は、王宮でも孤独だった。何しろ、誰彼構わず襲いかかっていたのだから狂犬扱い。
初めて負けた相手がユークリウッドだ。
こちらは、殺す気で戦っていたのに奴は手加減をしてみせた。
殺したいけれど、殺せない。殺せないから、殺したい。
焦燥感。
生まれて初めて味わう感情だった。今や、父ですら圧倒する能力を手に入れた。
一人で、獣人王国を建国するのもいいだろう。
だが、私はミッドガルドで人に近寄り過ぎた。
手順を踏まねばならない事を学んだ。
感情を学問を。
理性でもって感情を制御するようになっていった。
感情のままに暴れたところで、ユーウには勝てない。
ならどうするべきか。奴は、押しに弱い。感情に弱い。状況に弱い。
アルーシュ姉は、すぐにそれを見抜いた。
勝てないなら、上手く使いこなすべきなのだ。
力がこちらに向かないように。
大事な遊び相手なのだから。奴と戦っている時だけが、生きている感覚を取り戻せる。
他の人間などは、虫でも踏み潰すような感じしかないのだから。
大事に、大事にしなければならない。今の所は。
今日も短剣で遊ぶ。他の人間だと、刺さってしまい遊べない遊戯だ。
受けては投げるの繰り返しで、早くなると手が追いつかない程。
どこまでも速度を上げていける。魔術師の癖に、手先が器用で憎らしい。
鉄の玉を指で飛ばすのも楽しい。これも、ロシナに言わせれば殺人遊戯だとか。
そんなつもりはない。ロシナは、すぐ死んでしまうが。
すぐに生き返るので面白い。ユーウは、そうそう手放せないな。
◆
「死っ」
最初から相手は必殺の一撃を放ってきた。
投げ槍だ。
投げた瞬間、ユーウは空間魔術を発動させる。
槍は、黒い穴に吸い込まれて消えてしまう。投げた槍をただの槍に戻せばいい。
そして、その目論見は成功した。槍が心臓に突き刺さる、という事はなかった。
槍の先だけを敵に飛ばす位の技を見せねば、ユーウには通じない。
セリアの持つブラッド・ファングは脅威だ。即座に相手を損傷せしめ、避ける事も困難。
追加効果も高く、タイムラグなく連続で放たれた場合、ユーウでも苦しい。
味方なので、滅多に目にしないが。今回も使う事はないだろう。
が、釘をさす。
「ふう。じゃあ、殺さないようにね」
「何だと? やるだけは、やるが手加減はできかねる」
セリアは、直ぐに跳ぶ。相手は、消えてしまった槍の行方に戸惑っている。
我に返ったのは少年の方だ。
「くそっ。どうなってやがるっ。師匠っしっかりしろ」
セリアの接近に対応しようと、構えをとる。
そこに、セリアの蹴りが決まった。足払いからの肘だ。
少年は、ごろごろと転がり跳び起きる。
女の方は、ユーウが確保した。飛来した槍も別の空間にて確保している。
槍に乗った魔力と効果を考えれば最上の手段だ。
魔術で作られた拘束具が、女の動きを縛る。
「私の事は……もがっ」
女は、ユーウに捕まって動けない。ユーウは、口も封じる。
その様子を見た少年が逃げ出そうとしたが、セリアが回りこんだ。
「どこにいくつもりだ? まだ、戦えるだろう?」
「ちっ、ルーンよ……」
魔術を使おうとする少年。
逃亡を許さないとばかりに接近するセリアは、有無を言わせず怒涛の連撃を開始した。
左右からな中段蹴り。残像を伴って、打撃音が被る。
蹴りの威力を逃そうとする少年の身体を縦回転させた。そして、そのまま回す。
すぐに少年は、空中でサンドバック状態になった。打撃で落下する事すら許されない。
縦に横に。浮かせ直しながら、一撃毎に少年のくぐもった声が漏れる。
落下する頃には、抵抗できる状態ではなかった。
死に体となった少年の首に首輪を嵌めたセリアが、歩いてユーウの元へとやってくる。
手足が変形し、痙攣していた。生きている方が不思議なダメージだ。
ちらりと少年の方を見て、セリアは面白くなさそうに言う。
「こんな物だな。さっさと帰るか?」
顔には、つまらない。と書いてある風だ。おまけにへの字口を作っている。
「うーん。とりあえず、そこら辺の敵を掃討してしまおう。アドルたちは休憩しておいてよ」
「それが、ドゥエーまでの間に敵が進軍しているみたいなんだ。戻らないと、本隊が危ない」
ドゥエーとはアルカディアにある北部地域の町だ。北部の要でもある。
そこを取られるとなれば、首都の裏を獲られかねない。
ユーウは、東へと視線を向ける。
「僕らが行かないと不味い状況なの?」
「ヨハン将軍は、重傷で指揮がとれないんだ。それで、副官たちが指揮を執るんだけど次々と討ち取られてしまってさ。恥ずかしい話だけど、その人一人で全滅しかねなかったんだよ」
青騎士団は、崩壊の危機だった。彼らが後退した場所。
そこにはドゥエーという町に城もある。
更には、周辺に砦も幾つかあり、奪取するのにも相当な時間をかけた。
後退し、敗北しているのだ。今奪取されれば、青騎士団は人員の総入れ替えになりかねない。
「わかったよ。んじゃ、セリア。その方向でいこう」
「む。こいつはどうする?」
ぼこぼこに顔を腫らした少年だ。息を辛うじてしているのが、痛ましい。
男なので、殺すべき。という内心の囁き。ユーウは堪えた。
「交換用の捕虜にしておくかな。……珍しいね。殺さないなんて」
「割と手応えがあるからな」
セリアは、にっと笑った。そして、少年を繋ぐ鎖をユーウに預けると走り出す。
雪を巻き上げながらの爆走であった。
一キロを二分とかいうレベルではない。足の動きが残像を伴っている。
それを眺めるユーウは、アドルたちに声をかけた。
「どうして、オデットにルーシアまでいるの? 店番とかどうしたの?」
「それは、僕が話そう」
浮遊板で移動しながら、説教の時間となった。
オデットとルーシアの我儘にアドルが折れたというのが原因らしい。
くどくどとユーウもそれを言う事なく終わる。
「いいけど。あまり、危険な事をさせては駄目だよ」
「ユーウが早く来ないのが悪いんじゃない。さっさと助けに来なさいよ」
ユーウは、クリスの言にしゅんとなってしまった。
遅くなったといえば、その通りである。青騎士団は、その兵力をほとんど失って後退したのだから。
とはいえ、
「言い過ぎよ。私たちが弱いせいでしょ? 助けに来てくれたのになんてこというの」
「そうでござる。クリス姉、言い過ぎでござるよ」
「ご、ごめんなさい」
「いいよいいよ。皆無事でよかった」
ルーシアが割って入ってくれた事に感謝する。が、クリスに言われてショックを隠し切れない。
アドルたちを助けたその地点から、ドゥエーまでの間には味方の兵士が死体となって転がっている。
頭をかち割られ、臓物をまき散らしたままで。敵も味方も死体はそのままであった。
ユーウたちは、見慣れている。
「味方、居ないね」
「十重二十重だったからね。たぶん、砦に取り付かれているかもしれない」
「殿なんて受けちゃ駄目だからね。間に合ったからいいようなものだけれどさ」
「転移ができればなあ。ユーウみたく」
無理な相談であった。転移を可能にするには、緻密な位置情報の処理が必要になる。
これを迷宮核とも言える存在に転写して、コンピューター替わりにしていた。
つまるところ、人間の脳では空間転移の魔術を単独で使用するのは難しい。
ユーウの持つ魔術の秘奥。これを余人に晒さねばならない。
アルの言いなりなのもこのためだ。ユーウは辿り着いた。
アカシックレコード。知識の宝庫と呼ばれるそれではない。
しかして、人を甦らせる魔術はいかようにすればいいのか。
この一点だ。
この一点でアルの言いなりになるしかない。彼女は、世界樹の管理者。
命を司るシステムを操る。ともすれば、星の中心にある星核にこの世の始まりから終わりまでを見る事ができる。人の肉体としての生体情報も魂としての電気信号もそこに。
最強と嘯くには、知り過ぎて。ユーウはどうしてもぺこぺこする。
人一人で出来る事は限られていて。
シャルロッテを守るには、この地上の全てを支配する事が正しい。
等とアルに言われれば、そうかな。と返すしかなくて。
魔術を知れば、知るほどに。人一人が持てる力は限られている。
だから、触媒などを必要とするのだ。
「泡」の魔術はどうか。
「泡」の魔術もそうだ。所詮は、空間に置いてある力であった。
これだけでは何もできはしない。アルやエリアス、フィナルに提供する事で力となる。
誰かにこれを明かす事は、敗北を余儀なくされるだろう。
種さえ割れてしまえば、ユーウの優位性は失われセリアにも敗北する。
それは、断じて出来ない。妹を守るには、兄は最強でなければならないのだ。
誰より強く、誰よりも優れ、誰よりも輝いていなければならない。
最優で最強たらんと。
王となってしまえば、いい。という話をセリアから聞かされても心が動かなかった。
何故ならば、王とは支える者がいて初めて輝ける。
上に立ってしまえば、身動きのとれない事も多くあるのだから。
そんな事をぐるぐると頭の中で回しながら、
「ちょっと、難しいんだよね」
「そっか。まあ、そうだろうね。空間転移は、さ。僕も知り合いの魔術師に聞いてみたんだけど、使える人はいなかったよ。むしろ、誰が使えるのかしつこく聞かれたくらい。その人は、ユーウの事を知らないみたいだったけど。もしかして、エリアスはユーウの事を広めないようにしているのかもね」
「ふうん」
頷く。金髪を黒フードで隠す彼女も色々忙しいらしく。
ユーウとしては、都合がいい。
あまり知られても困るのだから。ただでさえ、アルにタクシー代わりに使われる事が多いので。
もっとも、アルーシュは影から影に移動できるようだ。
馬鹿なアルは、出来ないらしく馬車である。
シグルスは優秀だが、それを覆す指揮ぶりで頭を悩ませている。
酒の付き合いをしろと、彼女に迫られるのも一度や二度ではない。
「お茶、飲む?」
「ありがと」
水は魔術で作れる。が、お茶や菓子という物は作りだせない。
ユーウは、姉妹に視線を移す。
安心したのだろうか。和気あいあいという空間を作り始めた。
野ざらしにされた死体がごろごろ転がっている為、食事を取ろうという気分ではない。
砦の前まで進んだ所で、ユーウたちは止まった。
セリアだけが、立っている。その周囲には、壊れた玩具のように人であった存在があった。
「済んだのかい」
「ああ。手応えが無さすぎる。やはり、ユーウと遊んでいた方が余程面白い」
面白くもなさそうに、セリアは拳を前に突き出す。人の成れの果てが、無造作に置いてある。
生ある者は、見当たらず。敵の残党も蜘蛛の子を散らすように逃げているようだ。
そこで、砦の門が開き騎士団が出てくる。
その姿は、化け物に怯える子羊のよう。
その中で堂々とした様子で出てくるのは、ドスであった。
「皆を代表して、感謝の意を述べたい。騎士セリスで間違いないか」
「セリスではない。セリアだ……ぶち殺すぞ」
「済まない。セリア殿。……アドルも無事だったか」
「はい、なんとか無事に生き残れました」
「そうか。詳しい話は、中でしよう。ん? どうなされたのか」
セリアは、違う方向を見ている。
「逃げていない敵がいる。掃討してくる。ユーウも行こう」
「んー、一人じゃ無理?」
「そいつらの始末か。アドルに任せておけばいいだろう。縛りのルーンを刻んでおけばいい」
「あー。けど、これするとなあ。人形状態になってしまうんだけど」
「構わないだろ。アルカディア軍じゃあるまいし、恥知らずは居ない筈だ。そうだな、ドス卿」
セリアの眼差しに、ドスは動揺した様子を見せる。
多数の味方を葬ってきた相手が、眼下にいるのだ。憎くない筈がない。
手を出すなと言われても、抑えるのは困難だろう。
しかし、
「わかりました。部下にも厳命します」
「ん、後は私に任せておけ」
セリアは、飛ぶ様に跳ねていく。それにユーウも追随した。
逃げない敵もユーウの攻撃で散りじりになって逃げていく。
最初に派手な火の玉をぶつけてやったのだ。
セリアは、
「手加減はするなと」
「駄目だって」
「敵は殺す物だ」
「物じゃないよ。生きているんだよ敵も」
「馬鹿が」
吐き捨てた。
そこで、喧嘩だった。
敵は、殺せば殺す程英雄になっていく。それが戦争だ。
効率よく敵を倒すのが、軍人というもの。だとしても。
セリアのそれは、暴虐を極めている。敵は、逃がしてやる事も考えねばならない。
生かして帰す事で、戦争を倦む世論を作らねばならない。
戦う事に、躊躇をさせねば。
終わらない戦いが続くだけ、と。
逃げる敵を追って、森の傍まで来ていたのだが―――
何時しか、見る限り構造物は無くなっていた。
王子たちには、貴族にでもしてやれば―――
仇としての恨みもはれようか。母親である彼の国の王妃は確保した。
父を殺され、母を殺され、靴を舐めさせられるような屈辱を味わって。
それでも相手を許すだろうか。そのような真似。
ユーウは、やらせはしないが。忘れないだろう。
敗北を。喪失を。復讐を。
何時か降りかかって来るかもしれないけれど。
始末しろ。と迫られてもユーウには出来ない。
子供を殺すなんて。幼子を殺すなんて。
◆
ロシナと共にユーウは、シグルスの元へと足繁く通う。
アルカディアの制圧は、目前まで来ている。冬が過ぎ、春が来てまた冬が。
敵の食料事情は、悪化の一途だった。今や、アルカディアのほぼ全域を手中におさめていた。
ブリタニア軍は、撤退している。ユーウがスカハサを捕えたのが予想以上に効いたらしい。
勿論、何故かアルが捕えた事になっているが。
ユーウには、不満もない。妹であるシャルロッテの為だ。
有翼人をどうにかすれば後は、反乱軍として王子を担ぐ勢力を潰すだけだ。
貧困に喘ぐ農村に、食料の援助をして人気取りは効果的であった。
侵略している筈なのだが、至る所で歓迎ムードである。
略奪も強姦も強盗もできないように、一つの方策が取られた。
ついでに、貴族の領地を召上げて大半を直轄地に。
シグルスの方には金と食料と女で済ます。そういう取り決めらしい。
従わなかった貴族は悲惨極まった。奴隷として、ミッドガルドで売り買いされる事になったのだから。
「なあ。このまま、攻め潰すつもりなのか?」
「当然でしょ。ブリタニア軍は、北部を引き払ったし。有翼人たちが問題だよねえ」
「王女様やらの価値が無くなってしまうんじゃないのかよ」
廊下を歩くユーウとロシナ。通路は、あいも変わらず石畳でところどころ血がこびりついている。
相も変わらず暗殺者がやってくるのだろうか。敵がかける最後の一手は、暗殺だ。
こびりついた血を眺めながらロシナと雑談に興じて歩く。
そこに、シグルスの部下がやってきた。
「シグルス様がお呼びです」
呼ばれて、ユーウとロシナは顔を見合わせた。話すべき事は山のようにある。
先導する騎士について行った先には、質実剛健といった華美を廃した木製の扉があった。
それを開けると、
「ようこそ、二人共」
「よくきたな。うわっ。お前たち、なんでそのように下がるのだ」
目の前には、黄金の粒子をまき散らす幼女が立っていた。
アルは、短い髪の後ろに翼を生やしている。
ユーウは、それを見てごしごしと目をこすった。
「なんか、眩しいんですけれど」
「ん。見えるのか? なんでみえるのだ」
「ふふ。お話したでしょう。デュランダルを持ってきてくれたのはユーウ殿ですよ。ですから、その資格があるのでは? むしろロシナが見える方が以外ですね。ああ―――」
シグルスは、そこで言葉を切って書類を渡す。
そこには、有翼人たちとの講和条約の締結という物が乗っていて。
ユーウは、まじまじとそれを眺める。てっきりシグルスに殲滅の要請を迫られるものだと読んでいたからで。そこには、各種損害に対する補てんの放棄や賠償金の放棄などが載っていた。それで、アルカディアから手を引くというのだ。戦闘は、ユーウが出てから激しさを増していてここにきての講和に納得のいく説明を求める。
「ふむ。ま、戦争は利害の衝突が一番だしな。彼らとの契約は、私が破棄した。それで、新しいものを結ぶ。という風なのだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。それとデュランダルと羽とかと何かが繋がるんですか」
ロシナが慌てている。彼の隊は、少なからなぬ人員が死亡している。
魔物との戦闘で。降って来る爆弾で。飛来する飛空船との戦闘では、兵士の死体は百や千できかない。
あきらめられないと。
対価を相応に求めるなら、万や億のゴルでも足りなかった。
「わからないのか。ロシナ、残念な奴なのだな。この羽こそ、ランドーグーリースの証だ。今は二枚だがなっ。多分、増えていくはず……なのだっ。多分、というのはその……自信がないからなのだが―――」
「はい、アル様。そこまでです。二人共、びっくりしていますよ。あと、ランドグリースです。戦乙女の頂点に立つ戦士長ですね。有翼種たちの保護者でもあります。講和は、そういった方面から出来た訳です。まあ、そろそろ相手の能力が限界に来たという事もあるでしょう」
アルカディアの首都は、かつての輝きを失っている。
戦場になったり、各地での難民が雪崩れ込み、その結果がスラムの続出であった。
そして、飛来する敵の戦艦。
ユーウが迎え撃つも、それらを完全にどうにかできている訳でもなく。
惨禍は、厭戦へと繋がって。
もっとも、ミッドガルドの方はやる気満々だった。
本国からは、次々に兵士が入れ替わりに送られてくる。
主にシグルスの兵団が殆ど。精鋭にするべく鍛えている感すらある。
対する他の貴族は、指をくわえて見ているしかない。
馬で、徒歩で移動している間に、損害も馬鹿にならないものがあった。
アルカディア国内での、治安は最悪なものといっていい。
「わかりました。それで、僕らがここに呼ばれたのは何でしょうか」
「ふふ。せっかちですね。実は、お抱えの星読みからここに貴方たちを呼ぶようにという助言があったのです。一つはそれで、他には各部隊への食料の配達を頼みしたい事もあります。ええ―――」
そこで、扉を叩く音が響く。
「敵襲です」
飛び込んできた兵士が、そう告げる。
シグルスが静かに、
「それで、敵の数は?」
「詳しい事はわかりませんが、侵入者によって数人の見張りがやられております。城内には敵の暗殺者が入ったと見てよろしいかと」
「ふう。よろしい、では下がりなさい」
命令する。
ユーウは、侵入者に対して敵の感知が遠く出る。扉は、ノックもされずに開けられた。
目の前の兵士が偽装しているのか。
スキルなのか。その辺りが不明だった。しかし、兵士は怪しい。
扉の前にいる筈の歩哨が居る筈だ。ロシナが前に出るのをユーウは手で抑える。
怪しんでいると。
「流石に隙がない。アル王子お命頂戴する」
「このタイミングでか。しかし、見た所お前だけのようだが―――」
アルの言葉を待たず兵士は、突進する。そして、消えた。
ユーウが、別の地点へと飛ばしたからだ。鉄砲玉のような相手。
まともに相手をしてやる義理もない。転移先は空中。その空に飛ばした相手を水晶玉で覗き込む。そこには、爆発する相手の姿が映っていた。
「特攻兵かよ。爆弾でも持っていたって事か。危うく相手をする所だったぜ」
「飛ばしたのは正解だったね。あれが勇者とかなのかな」
「泡」の魔術では、複数の人間が城内で戦闘している。怒号などが聞こえるからには、手練れを送ってきたのだろう。偽装のチート持ちがいたのかもしれない。目の前まで、こられたのは一人のようだ。扉の外を確認すると、そこには哀れな兵士の遺骸があった。
室内では、アルが取り乱す。
「あ、あああ。ば、爆弾とかそんなものを何で持っていたのだ。あやつは死ぬためにここに来たというのか。それほど、私が憎かったのか」
「そんな事は、ないですよ。ただ、戦争をアルカディアの勝利で終わらせるにはアル様を暗殺でもしなければならなかった訳でしょう。ただ、私はこのまま終わらせてしまうつもりですよ。いちいち相手にしてはアル様の覇道が止まってしまいますし」
シグルスは、こうなるのがわかっていた。というような表情だ。
部下にいるのは、優秀な星読みなのだろう。ユーウが一人で納得していると。
アルが上目遣いで、両の手を合わせる。
「ところで、このデュランダルなのだが―――返さねばならんか? くれるなら特別な報酬を用意するのだ。是非とも私に譲って欲しい」
「私からもお願いします」
「いいですよ」
シグルスが腰を折るところでユーウは、すぐに返事をする。別に無くても困る物ではない。
折れないというのが、その剣の持つ能力で。ゲイボルグなどに比べれば、可愛いものだった。
呪いの魔槍だけは。渡す事の出来ない代物。ルーン次第で、様々な力を発揮する槍だから。
二人に一礼し、退出するユーウに、ロシナが後を追う。
「なあなあ。やりすぎなんじゃないのか。デュランダルっていったら聖剣の中でも上位に位置する剣だろう」
「あれ、切れ味が凄いだけだよ? 別に必中とか必殺とかのスキルが付いている訳でもないし」
「MP回復能力とかなかったか?」
ある。ある事は、あるのだが弱すぎた。
「持っていると、確かに自然回復力は上がるけど。それだけじゃあね。切った相手に呪いをかけたり、他にも何かの鍵とかいうのでもないし。とにかく良く斬れるくらいじゃねえ。それよりも、アル様の背中が眩しすぎるよ。あれ、おかしくなかったかい」
「んー。眩しいのは、認める。粒子なのかね。ま、どうでもよさそうだな。後悔しないといいが」
ロシナは、心配している様子である。聖剣をあっさり手放す事にであろう。
ユーウとしては、何時の間にかインベントリに入っていた品物で。
気味が悪い。時折、奇妙な幻聴さえ聞こえてくる始末だ。
「アル様、馬鹿だから無くさないといいけど。どこかに置き忘れたり。つまづいて怪我するとか」
「そっちの方が心配なのかよ。……配達いくか」
ロシナとユーウは、配達に出る。
外は、吹雪で太陽は見えない。ふと、
「こんなに寒いのは、太陽が遠いせいかな」
「なっなんだ? 藪から棒だな。なんだっけ、火星がなくて真裏に地球がある的な事をいってたな」
「そうだよ。ただ、そうするとどうやって火星を地球の軌道に持ってきたのかという謎ができるんだけど。解けない謎はない。なんていうけれど、答えが見つからない謎ってあるよね。この星の向こうにあるのが本物の地球なのか。それとも、こっちが地球なのか」
「俺、ぶつからないのかが心配だぜ」
「大丈夫。死ぬまでぶつかりそうもないよ。どうやっても」
天文部は、大活躍だ。天体の観測に関して、ほぼ地球と変わらないそれが見られている。
名前は、とっくにつけられているのだが国際的な物は何もない。
よって、昔通りの呼び名が勝手につけられていくことに。
「そんな事より」
ロシナは、糧秣を受け取りそれを倉庫に置いていく。
担当の兵士も手伝いに参加させている。
「何?」
首都の糧秣庫は、広大だ。
「俺んとこに、あの年増を寄越すってどういう事だよ。まとわりつかれてうっとおしいったらありゃしねえ。つか、何で俺んとこにはババアばっかりなんだよ。もっと若い子を頼む。平均年齢が桁違いだぞ」
「そんな事いったって」
どうにもならない物だ。というよりも、あやしいお姉さんだ。
槍を握らないスカハサは。そして、ロシナを気に入ったらしい。
自分から、そちらに行ってしまい、ユーウは歯噛みしたというのに。
「飯は、沢山くうし、空気読めねーし。どうすんだよ、毎日コーネリアと喧嘩しているんだぜ? 家が、もう、持たねーよ。ガーフは苦笑して見ているだけだぞ」
「あはは、頑張ってよ。別に、悪くないと思うよ? というよりも羨ましいなあ」
「ユーウは、年増が好きなのか? つか、シグルス様の言う事ばかり聞いているのは―――げうっ」
ユーウのアイアンクローがロシナに決まった。
じたばたと足をもがく。
「あ? 何? 何か言った?」
「ぎゃああ。わ、悪かったってば」
荒い息を吐くロシナ。ユーウは、手加減をしたつもりだ。
「確かに、そうかもしれないけど。そういうのは、こういう所でいうもんじゃないと思う」
「だ、だな。ごめん」
食料の詰まった袋を取りにくる兵士たち。彼らは苦笑していた。
ユーウは、穴があったらそこに入ってしまいたい気分である。
広大な倉庫が食料で埋まるの頃、陽はすっかり登ってしまっている。
外に出たユーウたちは、兵士たちに労いの言葉と貨幣を。そして、食料の詰まった小袋を渡していく。
ゆったりとした場所に椅子を取り出し、通りの光景を眺める。
誰もかれもが飢えている様子で、せわしない。食い物の為に命を賭けると。
そんな有様。
「それで、シグルス様の好物とか。調べてくれたのかな」
「さっきと言っている事が違うような。ま、いいけど。剣が好きみたいだな。酒は、まだらしい。食事にでも誘ってみたらどうだろうか」
「そんな、無茶だよ」
「恋ってのは、先手必勝だぜ? え、あ、いや。……止めといた方が良いと思うけどな」
しどろもどろで、青くなったりするロシナは様子がおかしい。
ユーウは、それでも言葉を続ける。
「食事、かあ。何を話せばいいのかわからないじゃないか」
「何でもいいだろう。特に話題にしたい事を話せば。どう思う? というようなのでもいいと思うぜ。とりあえず会話を切らさない事だ。それで、相手が話をしたい事を聞いてやるのがいい。ま、話を聞いているだけならマグロくんになっちまうが。つか、セリアとは何時もどういう話をしているんだよ」
「うーん。狩り? モンスターとか人とか。主に戦闘系の。そんな話ばっかりだよ。肉体言語で語るような感じ。何でだろうね。彼女は、お喋りが嫌いみたいだ」
ロシナは、どんよりとした表情になった。
「そんなもんなのか。それで、いいのか? 俺も戦っていたりするけれどなあ」
「ロシナは、面白いっていってたよ」
「そうか?」
「死にざまが」
ロシナは、うなだれた。残念な事に、ロシナにセリアはそれくらいの感情しか持ち合わせていないらしい。都合のいいサンドバックという風で。戦っていても、スキルや技能の上昇に何の貢献もしない彼についてセリアは面白いとしか言わない。
ユーウは、セリアの技能に危機感を覚える程だ。
最強への道は、遠く険しい。神々という名の強者たちがいるのだから。




