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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
196/709

11話 裸になったXXX (コーネリア、ロシナ)

「アルカディアを攻めている理由?」

「そうだよ。今一理解できないんだけど」

「そんなのは、最初に始めた連中に聞いてくれ。っていうのは乱暴すぎるよなあ。まずは、今の話なんだけどな。一つ目。アル様は、アルカディアの王位継承権を持っているからな。それでアルカディアを併合しちまおうっていう話に繋がる訳なんだよ」


 ロシナが、横からユーウの持つ水晶球を覗き込む。

 そこには、セリアが戦っている様子が映っている。

 彼女の戦いは、一方的に蹂躙するという物だ。

 吹き飛ぶ敵が更なる被害をもたらす。味方に手柄を立てさせるなどという思考がないらしい。

 ユーウは、長めのもみあげを触る。


「へえ。初耳だよ」

「お前さあ。普通は知っている事だぞ。だから、アル様がこの国に攻め込む事は自分の国を取り戻す事に等しいって事だ。で、同じ事は相手にも言えるから攻め込んでくる事もあったんだよ。すると、俺の所かフィナルのとこが最前線に近くなるんだ。激しい戦闘があったりしたらしいぜ」


 浮遊板に座りながら、移動である。特に疲労を回復する時間は、ユーウに必要ない。

 が、他の人間はそうもいかないのだ。気を使わねばならない。

 魔術を常に使用する事で、修行としているユーウも他の人間に合わせねばならなかった。

 LVの高い人間が低い人間に合わせるのを厭う精神もないのだ。

 どちらかと言えば、ユーウは育成好きの部類であると自認している。


 ロシナが、氷結ブレスで固まったり、酸でショック死したり、火達磨になったり、特殊なスライムと鉢合わせして真っ二つにされたり。そんな事もあったりするが、ロシナが持前のタフさで乗り切っている。なので、楽観的に見ている。

 その内、強くなっていくだろうと。


 北の戦場に視点を移動させる。便利な魔道具であった。

 千里を見通すので、敵の位置までもが手に取るようにわかる。

 が、相手も分かるのでそこは妨害勝負だ。

 今の処、ユーウの相手になるような存在はいない。

 邪魔といえば、黄色いデブヒヨコ。今は、お休みなさいであった。


「それでなんだけど、今もブリタニア軍と北の方で睨み合いをしているよね。それは、何で? さっさと戦った方がいいじゃない」

「そう言うなよ。人は、疲れる生き物なの。ユーウみたく馬車馬のようには、働けないって」


 三十階をクリアした一行。ドロップは、相変わらず何もない。

 牛神王を倒した時ですら、却って重荷が増えた位だ。

 一般的なダンジョンであれば、運が良い人間はボスを倒して三回中に一回は宝箱を目撃するという。

 しかし、ユーウは百回ダンジョンに潜って二度ほどしか目撃した事がない。

 終いには、エリアスに「あんたといくと、宝箱でないんだけど」などと言われる始末。

 さすがのユーウも、これには静かに激昂した。

 フィナルが、エリアスと平手打ちの合戦を始めたので爆発まではいかなかったのであるけれど。


「残念」ですわ」と言うエリアスとフィナルは、所用があるという事で帰っていった。

 代わりに来たのがアドルとクリスだ。ルーシアとオデットは、家の手伝いらしい。

 あと、ユーウの家で妹の面倒をみてもらっていたりする。

 前方の地面に空洞を感知したユーウは、一旦停止させた。

 センサー型の起動トラップはない模様。

 浮遊板の後ろには、ロシナの他にもメンバーが座っている。


「ロシナ。装備の替えを持ってきたんだけど、使う?」

「おう。助かるぜ」


 アドルから装備を受け取るロシナ。

 ボロボロになったロシナの装備一式を交換する為、板の上で着替えだした。

 アドルと言えば、コーネリアに目が釘付けだ。

 コーネリアの姿に、クリスも目を奪われていたがアドルの腿を抓った。

 それで、ロシナに声をかける。


「そのダメージを見ると、さしずめスライムにやられたのかな」

「ちぇっ、なんだよ。アドルまで、馬鹿にするのか?」

「そうじゃないけど、バトルシールドで殴った方が安全だよ。包まれそうになれば、シールドスキルで弾けばいいわけだし。何かと重宝するよ」


 バトルシールドとは、大型の盾で側面に刃が付いているのが特徴である。

 アドルは、片手剣にこれを装備している事が多い。

 魔術と剣を好む為、どちらかと言えば魔術を併用する剣士といったなりだ。

 それにロシナは、不満の声をぶつける。


「盾で殴るなんて邪道だろ。ユーウの奴も勧めてくるけど、そんなん聞けねえって」

「ロシナって変な所で頑固だよねえ。これは、ユーウも手を焼く訳だよ」

「近いね。降りて」


 アドルとロシナの二人は、浮遊板から降りて歩き出す。ロシナの斜め後ろには、コーネリアが付く。

 吸血姫は、ロシナとしかほぼ喋らないのが難点だった。話題にも反応が薄い。

 その後ろでユーウは、クリスと話をしている。

 ロシナが、大剣と槍に拘りがあるので何とかしなければならないと悩んでいる所だ。

 何時も通りのクリスを眺めながら、何時もの台詞を言う。 


「家の様子は、どうかな」

「別に、変わった所はないわよ。シャルロッテちゃんも元気そのもの。変わった事は、お店の売り上げがまた上がったって事くらいかしら。あと、これルーシアのお弁当。残したら、許さないわよ」


 手に手ぬぐいで包まれたルーシアの弁当箱を受け取る。

 最近は、「お嫁さんになりたいなあ」といっている子だ。女の子している。

 それが、誰の事だかわかるユーウ。しかし、子供の言う事である。

 女心は、すぐに変わるものだ。成長すれば、忘れてしまうだろうと。

 クリスの目を見つめながらユーウは、感謝を口にする。


「ありがとう。ルナの様子は?」

「つまんない子ね。こっちが話題を振っても相槌すらしないんだから、性格悪いわよ」


 大方の事は、想像できる。ルナの事は、頭の痛い事だった。

 ユーウにしても預かる以上接待をしなければならない。

 ルナは遊ぶと、お馬さんごっこが大好きな子で困ったものである。 


「そっか。でも、何とかしないといけないんだけどなあ。何かいい案とかないかな」

「こればっかりは、どうにもならないわね。どうしても、っていうのなら、時間がかかるわよ。それと、ルーシアとオデットがこぼしているわよ。あんた、遊んでる時間が少ないんじゃないの? 暇しているみたいだし、構って上げないとね」


 クリスは、ユーウに顔を寄せる。どぎまぎしてしまうので、如何にも不自然な様子。

 クリスのそれは、ほとんど脅迫に近い迫力であった。

 そういう風に言われたとしても、ユーウには難しい対応である。

 明るくなったとはいえ昔を知るルーシアは、何となくユーウにとって苦手の存在だ。


「毎日、朝ご飯は一緒に食べているよ」

「それじゃ、足りないって言っているの。今日だって、少しは話を聞いてあげてもいいんじゃなかったのかしら。誰かさんとは、迷宮に着ているんだし? あと、バランさんが来て報告書をまとめて置いて行ったわよ。それをルーシアが処理しているんだから、労ってあげてもいいと思うわ。違うのかしら」

「何か、考えておくよ」


 クリスの剣幕にユーウは押されっぱなしで反撃する糸口さえ掴めない。

 隙のない口撃だ。バランといえばユーウの領地を預かる代官になっていた。

 彼は、「あれ、俺……奴隷なんでは?」と言っていたが、ユーウは無視して任命している。

 サムソンも同じだ。「戦場よりもハードだぜ……」とぼやいていたり。

 問答無用で、セリアと修行させられるので厳しいのは当然であった。


 加速(ブースト)のスキルを修練するには、肉体造りが欠かせない。

 ユーウの領地は、とっくに開墾が終わっており、作付も冬の間はない。

 ビニールハウスを作るという予定もあるのだが、肝心のビニールの製造が難航していた。

 よって、そのような時間は腐るほどある。と、同時に奴隷たちの教育と修練を開始。

 ため込んだ食料を出しながら、来季に向けて道工具の制作段階であった。


 連作障害を避ける為に、水田ばかりを王都周辺でやる訳にもいかない。

 麦や大豆の生産にも手をつけながら、良質な醤油に味噌を作らねばならなかった。

 とりあえず、作れましたというような状態なのである。

 更に、魔術で無理やり環境を整えていた。作れたのもユーウが魔術を使った為で。

 居なくなれば、また元通りだ。キャベツやニンジンが勝手に生えて、飛んだりもしない。

 農薬やリンを使った肥料も適当に撒けばいいというものでもないのだ。


 ロシナやアルと相談して、学校の規模を拡大する計画もある。

 農業系、工業系、商業系。どれもが欲しい。喉から手が出るほど人材不足なのだ。

 研究と開発もまるで進まない。 

 そんな中で、麦酒の成果が出だしたのは図書館にある本のおかげである。

 ユーウとクリスを見ていたアドルが割って入る。


「ユーウも忙しいのはわかるけど、鉱山と畑はともかく商店街と自分の領地は見に行かないと駄目よ? 父さんに任せっきりじゃね。管理を他人に任せると、色々な面で想定と違う事が出てくるのだし。私たちも手伝える事は手伝うのだけど、やっぱり決断しなきゃいけない事は、ね」

「うーん。でも、僕に出来る事はやってるし。信じて任せるしかないよ。結果がついてこなくても、辛抱するしかないもん」

「それは、わかるけど。飴と鞭を使いわけないとね。貴方は、失敗に寛容過ぎるのよ。優しいと緩いのとは違うのだから」

「わかったよ。少し厳しくいくよ」


 きつい言い方をするクリスに、ユーウは頭が上がらなくなりつつあった。


「主っしっかりしろっ」


 またもロシナが、ピンチだ。

 折しも、複数のスライムに取り付かれて倒れている。


「まだ、早すぎたのかな。やられちゃったねえ」

「みたいだね」


 アドルが、炎の魔術を手に灯す。ロシナと違いオールラウンダーな彼は、一撃で決められる。

 これを片付けたらセリアの元へと急がねばならない。

 丁度いい頃合いである。










「どうしてここにいる?」

「うーん。その質問は、意味がないんじゃないのかな。あの子たちは、見逃してあげようよ」

「馬鹿な。そんな事をすれば、敵は再起を図るぞ」

「見上げた忠義ぶりじゃないの。これだけの騎士を倒したんだ。あっぱれというしかないよ」

「倒れた騎士たちは、どうなるというのだ。簡単に復活させられないぞ?」

「問題ないね。フィナルにお願いしてくるし」


 ユーウは、満面な笑みをを作ってセリアに向く。

 ―――この馬鹿。

 セリアは、大きく溜息を吐き出す。

 アルカディアの首都。王城にあるベルサイユ宮の奥深くで、セリアは敵方の王族を捕捉した。

 というのに、敵兵が想定よりも多く手強かった。が、故にこうなっている。

 目の前には、目標である王族の男子と女子がいるというのに手が出せない。


 必死の形相で立ちはだかる男も、殺そうというのであれば容易いのだが。

 そうもいかないのだ。有用な人間をほいほいと殺すようでは、今後の統治に差し障りがでる。

 周りにいる味方の兵士が、困ったというような視線をセリアに向けていた。

 ―――どうしろというのだ。


 ユーウを排除しようとすれば、セリアは頭から壁に埋まる事だろう。

 しかし、黙って居る訳にもいかない。


「目の前の男は、ガーランドといってアルカディア随一の剣士と謳われている奴だ。そいつをみすみす逃がすというのは、到底容認出来る物ではないぞ。気でも狂ったのか。それとも、私に対する嫌がらせなのか? だとしたら、ここで決着をつける日が着たな」


 そうして、ユーウに反論するのだが。

 ぽこんと、紙で作られた棒でたたかれた。

 瞬間、セリアの血管が切れそうになる。


「何も考えが無い訳じゃないって。嫌がらせでもないよ。そうだ、王女の方を置いていってもらうのはどうだろう」

「馬鹿な事を。魔王の手先が何を言う」

「じゃあ、このまま全滅する? それは、愚策だと思うなあ。僕は」


 ユーウは、ゆったりとした仕草で紅い玉を作り始める。

 一つで、城塞を薙ぎ払う威力だ。それから派生させる魔術で、敵の足を止めようというのだろう。

 セリアが、黙って居るとガーランドは答える。


「待て。王女様を一人、置いていけばいいのだな?」

「そうだよ。僕から、逃げ切れると思わないでよね」

「相談する時間をくれ。私の一存では、決めかねる事案だ。頼む」

「いいですよ。じっくり、考えてください。ともあれ、僕が考えを変えない内にお願いします」


 そんな風に告げると、ユーウはセリアを引っ張っていき兵士の影に隠れる。

 

「どういうつもりだ。このまま本当に、逃がすのか?」

「約束は、守るさ。ただ、よくよく考えてよ。彼らを捕縛した場合、王族待遇で何かとかわいそうな王子、王女様っていう世間の見方がつくんだよ。で、そうなると今後の統治に支障をきたすからね。ここは、焦土作戦で下がった彼らの名声を徹底的に落とす所なんだ。それに、外を見ればわかるんだけど。敵の空中要塞が着ている。このまま、敵のとはいえ首都を戦場にする訳にはいかないよ」

「んー。とすると、何か? あやつらは知らずに嵌めるという方向なのか。今一、理解できないのだが、そういう事なのだな」

「そうそう。反乱分子は、一カ所に集めて叩いた方がいいからね。内部に潜伏する数は、できるだけ少ない方がいい。あと、制圧する手間も省けて民間人の被害を少なくて済むし」


 セリアは、ユーウのいう事があまり理解できない。

 これは、戦争なのだ。敵の城塞を落とし、王族を捕え勝利の凱歌を上げる。

 特に、正常な行いであった。追い詰めた敵を逃してやるなど、まるで考えもしない事。

 窮鼠が猫を噛み殺すような事態になっては、大事なのだ。

 しかし、セリアの心配は種が尽きない。

 

「影武者を寄越して来たらどうするのだ?」

「その時は、捕えてしまうかな。約束を守れないような王族に、先があるとは思えないけどね」

「ふん。だと、いいがな。私は、城下の方に回ろう。ここは任せた」


 セリアは、兵士たちに言い含める。ユーウの指示に従え、というような物だ。

 それに渋い顔をするガーフとベルティンの姿が見える。両人共に騎士隊を預かる将。

 中年に入ったという感じの二人だ。両人共に、疲労の溜まった顔に濃い髭を蓄えていた。


「宜しいのですか。ここまで、追い詰めておきながら」

「ユーウの奴に、考えがある。そういう事だ。詳しい話は、終わった後で聞いてみろ。死亡者の回収を急げ。それから、フィナルの奴に連絡を入れておくように」

「おおっ」


 皆、胸を痛めていた。少なくない戦死者が出ているのだから。

 ベルティンと共に外へと出るセリアの元に、異変が訪れる。

 息を切らせて走り寄る兵士だ。


「で、伝令っ。敵襲です。空中から、敵が降下してまいりましたっ」


 それで、セリアのわだかまりが解消される。

 つまり、彼は都市内部でも戦闘を嫌がっているのだ。

 そういう物は攻略戦では、付き物だというのに。略奪は、厳禁にしてある。

 ―――敵か。

 守りは、セリアの性分に合わない。

 ベルティンに部隊の指揮を任せて、前線へと出る。

 降下してきた兵が、味方を押している状態であった。


 一際、目立つ動きをする全身鎧の敵兵。手にしたハルバードを掲げる。

 敵兵は、二十ほどだった。しかし、被害は散々だ。僅かに遅れただけで、これである。

 敵の魔力は、人のそれを越えた域にあるようだ。ミッドガルドの兵士とてむざむざやられるような者ばかりではない。戦巧者な騎士たちは、亀のように固まって防御をとっている。

 そこに振り下ろされる得物。敵兵が持つ武器を振り降ろす。それは、兵士たちを盛大に爆ぜ飛ばした。

 引き戻し、吠える相手に跳ぶ。


「かかっ。楽しませてくれるっ。貴様らは……」


 何かを呟こうとした男だったが、胴に穴が開いては喋れない。

 次の獲物に目をやれば、「だ、団長?」というような間抜けぶりだ。

 軽い一撃で、胴に穴を開けて倒れる間抜け。

 セリアは、迷わず打ち抜いていく。敵兵には、ユーウのように高度な防御技術はない様子である。


 二十を数えるまでもなく、肉片を量産したセリア。

 しかし、不満であった。牛神王のように強靭な肉体を持つ化け物でも、一捻り。

 セリアの前には、常にユーウの影がちらつく。

 

(まるで……つまらない。つまらないのでさっさと片付けよう。ユーウと遊ぶ方がずっと面白い。……そうだ。そうしよう。では、どうするのがいいか)


 空中に見える島。アルカディアの援軍であろうそれをどうした物かと歩き出す。

 手をこまねいて見ているだけなら、彼から叱責を受ける事は間違いない。

 といって、セリアには空中での戦闘が苦手だった。地面から足を離して戦うには、本能が危険を訴えるのである。死体を自らの影に食わせながら、黙考する。島から出てくる浮遊する船もまた問題であった。


 どうにかして、あれを破壊しなければならないのだ。

 直接殴って破壊した場合、それが落下する事で甚大な被害がでるだろう。

 それもまた、問題だった。浮遊する船に強力な魔導シールドが備えられてあった場合、セリアは弾かれて無力になる可能性もある。

 ともあれ、落とすのが先決だ。


「考えていてもしょうがないな」

「はっ?」


 傍によってきたのは、ドスという騎士だった。が、何を言っているのか理解していない。

 セリアは、他人に理解を求めない。人とは、一人一人違うのだ。

 仲間の手当てをしていた彼だが、セリアに指示を仰ごうとしているのだろう。

 めんどくさい事である。

 

「私は、これから掃討してくる。君たちは、入口で防衛だ。迎撃は、あくまで城門でする事。そうそうやられは、しないだろう?」

「ははっ。セリア様は、どちらに?」

「私は、ちょっとあそこまで行ってくる。付いてこれる人間は、いないか」


 指を差すのは、空に浮かぶ船だ。霧に包まれたような表情を浮かべるドス。


「それは……無理です」


 どこか、投げやりな声で返事をする。


「だろうな。ふぅうー」


 セリアは、全身に力を込める。自分自身を砲弾に変えて、飛ばすのだ。

 突入するセリアに抵抗するような硬い膜を粉砕し、さらには船体の外から貫く。


 遥かな上空から見下ろす景色は、格別だ。セリアの故郷には、鳥人と呼ばれる獣人類が存在する。古い伝承によれば、人間の手で生み出されるとされるそれ。彼らと同じ景色は、幾ら訓練を積んだとしても慣れぬ物。自由落下していく己の身体に魔術を作用させる。狙うのは、隣にいる船だ。


 落下していく船を見ながら、セリアは別の船に突撃した。







「何とも、流星のように美しいな」


 ベルティンは、空中で次々と爆発する敵船を見つめながら指揮をとっていた。

 部下の一人であるドスに問う。


「住民の避難はどうかっ」

「それが、皆、住居に立て籠もってしまい。進んでいません」


 降下してくる兵の対応には、苦慮している。と、同時に民衆に凄まじい被害が出るだろう。

 撃ち落とすのはいい。敵兵の戦闘力は、今までの物とは桁違いであったから。

 突貫してくる騎士に、弩をぶつけるのであるが、効果が薄い。

 並の騎士であれば、弓兵の(クロスボウ)で仕留められる。

 セリアのような騎士になると、素手でも掴んでくるがそんな人間はそうそういないものだ。

 この場合は、敵の鎧が障害だ。


「堅いな。ドスっ何を突っ立って、見ているのだ。さっさと弩に矢をつがえんか」

「は、はいっ」


 いつまで経っても半人前の騎士だ。頼りないにもほどがある。

 女騎士の一人、ラキシアの方はいち早く弩で攻撃をしていた。

 女は使えない。

 そういう頑固さを持つベルティンだが、ラキシアは認めている。

 城門の前でも、外の市街地でも戦いは終わっていない。混乱する戦闘では、多くの民が犠牲になる事が予想された。だからこそ、さっさと終わらせる為にユークリウッドは王族を見逃す選択肢をとったのだ。

 奪還しようという敵兵の戦意は衰える事がなく、狂ったように突撃をしてくる。

 突破される事はない。


「お前たち。上が終われば、セリア様が必ず駆けつけてくださる。それまでの辛抱だ」

「「おう」」


 実際には、中にいるユークリウッドが出てくるだけでもいい。

 貴族たちには、嫌われているのだが、すり寄る人間は後を絶たない。

 美味しい果実に群がる蟻のように。王太子の重用ぶりは、武闘派の士官たちに反感を買っている。

 それだけで、上手く行くはずもないのだが、彼にすり寄る人間が問題だった。


「大変です。ヴィルヘルム卿の部隊が全滅。至急応援を請うとの事です。マイセン伯も苦戦中との事」

「わかっている。が、こちらからは兵が出せん。シグルス様と郊外の兵はどうなっているのだ」

「未だ、上空からの攻撃に晒され都市内に撤退しているとの由」


 外も中も苦戦している。兵の質で、圧倒されていた。

 悔しい事だが、ベルティンにもどうする事ができない。敵兵が立ち上らせる異様な魔力の高まりを見て、それでも果敢に防衛している兵士たち。セリアが降りてくるまでの時間が、何倍にも増して長く感じられる。城門の中に突入している兵は、凡そ二千。入れ替わり立ち替わりで、守りきる予定であった。


 が、狂化した敵兵とベルティン側の損害の差があまりにも目に余る。

 敵は、一体でベルティンの兵を十は倒す。運が良ければ、三人で何とか仕留められる。

 

「これは、不味いな。弩が、効かないとはな」

「いかがいたしましょうか」

「下手な小細工はできん。命を惜しめよ、貴様らっ」


 簡単に死んでしまっては、駄目なのだ。時間。時間さえ、経てば上空から最強の味方が来る。

 ベルティンの前列に立つ兵士たちは、必死の構えであった。

 下がっても、城内でばらばらになれば各個撃破の的になる。

 どうしても、ここで応戦を続けなければならない。

 ベルティンの前には、部下を蹴散らす全身金属鎧の兵が迫る。

 とんがり角を付け、マントの裏地は赤。それなりの地位にいる人間が吠える。


「このっ。ゴミどもがっ」

「ぬっ」

 

 ついにベルティンの元へと斧槍を構える敵の攻撃が迫る。

 大盾で受けるが、尋常ではない膂力。踏ん張るの精一杯だ。

 目は、充血しておりとても普通の状態とは言い難い。

 地獄のそこから吠えるような声で、


「貴様~。抵抗する気か?」

「……」


 ベルティンは、無言で突きを放つ。全身鎧の隙間を狙った一撃だが、魔力障壁に阻まれる。

 ミッドガルドでいうならば、魔導兵士といった所であろう。これでは、苦戦する。

 兵を預かる者として、ベルティンが決断するのは早い。

 

「やはり、か。ドスよ、兵を下がらせろ」


 勝てない。それを確信させるには、十分な手応え。

 そも、このような強敵がいるなど想定外。城門の前から内へと下がらせる。

 しかし、敵はそれを許してくれそうもなかった。

 そこにドスが割って入り、敵の攻撃を受け止めてスキルを発動。

 魔力を漲らせた敵を吹き飛ばす。ベルティンが下がっていく、替わりにドスが前へ出る。

 ベルティンは、そこで息を整えていると。


「ベルティン様、敵の様子がっ」

「何だ?」


 ラキシアの声でに視線を移す。敵が、大きく攻勢に出た。

 ドスは、良く兵を指揮している。しかし、相手の勢いと力に抗しきれない様子であった。

 彼は、盾を使う戦士(ファイター)重装騎士(ヘビーナイト)を持つ良兵だ。

 それが、前面に立って叫んでいる。前列に巨大な戦斧を構えた敵が突っ込んでは得物を振るう。

 弾き飛ばされる味方の方が、多いのが問題であった。

 

「殺す数よりも殺される数が多いな。どうにかならんのか」

「門の外で迎撃せねば、交代して回復する間もありませんよ」

「くそっ。弓隊、もっと援護しろ。魔術師たちには、強化魔術を優先。治癒を急げよ」


 味方の利点といえば、敵の障壁を活用できる点にある。

 数だけは、優っているのが救いであった。欲目を言えば、上からの圧力が欲しい所。

 上空には、セリアだけではない。同じように、味方の飛行部隊も上がっている。

 流星のように飛び回るセリアの姿だけが、やたらと目立っているのだが。


「外とは、連絡がつかないのか?」


 ベルティンは、側近の騎士に呼びかける。誰もかれもが必死だ。

 男の独白にラキシアだけが反応する。


「それが、反応が悪いらしいのです」

「使えんか。せめて、シグルス様と連絡が取れればいいのだが……」


 鞘に収まる剣に手を添えながら、事と次第について端的に説明をする必要があるのだ。

 味方の数は、上回っている。しかし、敵の空飛ぶ船からは爆発する攻撃が来ていた。

 幸いにして、味方に死傷者はなく城壁の上にある結界に阻まれている。

 爆音が耳をつんざき、耳栓を配って回る騎士見習いの姿が目に映った。


「敵は、味方諸共か。よくもやるものだな」

「はい。このまま半刻もすれば、敵の戦力は大幅減となりますね」


 ドスと接戦を演じる敵兵。まだまだ、余裕が有りそうだ。

 ベルティンは、援護するべく思案を練る。

 そうこうしている間に後ろから声が飛ぶ。


「ベルティン様。苦戦しておられる様子ですね」

「これは、ユーウ殿。力不足で、申し訳ない」

「ここは、私が片付けましょう」


 黒いローブを翻すユークリウッド。手に宿した力は、尋常な物ではない。

 狂気に染まった様子で、味方の兵と戦う敵に力を発動させる。

 瞬間、敵は糸が切れた人形のように倒れ伏した。

 首が、全員胴から離れた場所に転がる。

 一瞬だ。ユーウのスキルなのか。どのような魔術を行使したのかベルティンにはわからない。

 だが―――


「凄まじいものだ。これが、売国奴の力だというのか。いや、そもそも本当に売国奴なのか?」

「それは、宮廷の噂に過ぎないのではないでしょうか。彼が、敵だとしたら本当に危険すぎます。話せば、わかると思いますよ」


 ラキシアは、ユークリウッドを弁護する。

 しかし、ベルティンには危険人物にしか映らない。

 売国奴という事には、疑問符が付く。さりとて、信用に足る人物か。

 付き合いの薄い人物には、そう見えるだろう。

 外国人を優遇しているという話が尾ひれを付いて、誰かれに流れている。


「ふむ。釈明せねば、認めたという事なのだがな。とはいえ、片が付いたな」

「ええ」

  

 部下たちは、尻もちをついた。精も魂も尽き果てたといった様子である。

 ベルティンもまた剣を杖に立つのが、精一杯。

 遠目からも巨大だった物体が、小さくなっている。

 

 去り際に、それは来た。黒い物体が障壁に当たり、爆ぜる。

 その威力で空が光で消えるほど。

 もっとも、衝撃も何もベルティンたちには来ない。

 誰もが、それをぼんやりと眺めていた。

 

 が、それが終わった後、一人で疲れ切っている者がいた。

 ユークリウッドだ。

 城壁上に展開される障壁。

 そこから、きのこのように上へと広がる煙を見て、呟く。


「有翼人というのは、とんでも方たちなんですね。味方諸共にあれを使って来るなんて。僕も少し疲れましたよ」


 涼しげな瞳に、苛立ちが映る。翼を生やした敵兵は、いなかった筈。

 ぎりりと噛みしめる様子を見て、ベルティンは安堵した。

 普通に感情があるのだと。





 空を埋める島が遠ざかっていく。

 ひとまずは、首都が戦場になる事を避けられたのだ。

 上を見ると、敵の兵も降ってこない。

 

 上空の敵を倒し尽くしたセリアが、ユークリウッドの目の前に立つ。

 しかし、問題が生まれた。その恰好が問題だった。

 全裸だ。子供とはいえ、女。それにユークリウッドは、叫ぶ。


「いい加減にしてよ。裸は、駄目って言っているじゃないか」

「ふっ。こっちの方が動きやすい。父上も母上も家では、着ていないしな」


 足を上にするセリアに、ユーウは飛び上らんばかりになる。

 大事な場所が丸見えであった。


「いやいやいや。常識的に考えてね。おかしいからっ」

「おかしくはない。お前たち、猿どもが変な事をし始めただけなのだ。なので、全くおかしくない」

「いーや。大事な所は、隠さないと駄目だろう」

「別に? 気にならないぞ」

「あばばばっっか。それ、おかしいからね。裸族じゃあるまいし」


 ベルティンも卒倒しそうだ。

 敵を倒し終えたというのに、騒乱の気配は収まる事がない。

 ユークリウッドは、セリアを取り押さえようとしている。

 じりじりと、すり足で寄るユークリウッド。対するセリアと言えば、全裸で体操をしている。

 誰もかれもが遠巻きになっていた。


 近寄れば死んでもおかしくない。


「私は、このままで一向に構わない。それと、勝負するか」

「服を着ろっ」


 セリアの攻撃に、ユークリウッドは本気を出せない様子だ。

 胸が平で全くロリコンの気がないベルティンには、そういった感情はない。

 しかし、周りの騎士団員たちは違う。股間を押さえる者がちらほらと見られ、からかわれている。

 ラキシアの目が、険しい。女性として、騎士として、許せない物なのだろう。

 彼女の采配により、女性の団員だけにローブを持たせて前に出す。


 人が服を着るのは、至って普通。ベルティンでさえも全裸で戦おうとは思わない。

 常識の中の常識だ。雪が降るほど、寒いのであるし。

 だが獣人の国では、衣服を着るという習慣もないという話を耳にした事がある。

 故に、蛮族を奴隷にしたくらいの感覚しか団員たちが持っていなかったりするのだ。

 蛮族にしては、非常に見目の整った姿態と尻尾や耳を気にしなければ、麗人と変わらない。


「どうした。手加減しているのか!?」


 セリアは、目にもとまらぬ蹴りを放ち、打撃を打ち込んでいるようだ。

 打撃を受ける度に、背後の地面が吹き飛んでいく。

 団員も巻き込まれて宙を舞う。辺りの被害など、まるでお構いなし。

 残像が、目に映るという風であった為、ラキシアも割り込んでいけない。

 戦場が、山岳地帯も真っ青に変貌していくのを眺めるしかなかった。

 襲いくる振動は、地震が起きたようですらある。

 ユークリウッドの一撃が決まるかに見えた所で拳が腹の前で止まった。


「どうした。怖気づいたのか?」


 ユークリウッドの顔は、汗塗れになっている。

 空中から飛来した物体の攻撃で疲労しているのだろう。

 何時も涼しげな幼児の顔が台無しだ。

 

 毎回負けるのは、セリアであった。

 なので、誰もセリアが勝つなど考えていない。

 奇策でもあるのだろうか。

 団員たちは皆、同じように肌で感じて見つめている。

 口の端を歪めるセリアがとったのは、


「げえっ」 


 突然、髪の毛が消えた。これには、ベルティンも腰を抜かす。

 ユークリウッドも魂を抜かれたように棒立ちに。

 勝てない筈の相手にセリアは、渾身の一撃を決めた。

 容赦ない全力攻撃に、吹き飛ぶユークリウッド。

 彼の華奢な身体は、城壁に人型を作る。壁よりも尚、防御魔術が優っているのだろう。

 分厚い石壁をぶち抜く威力でまたどよめきが起きる。


「これは、もしや……いや、まさかな」


 セリアの勝ち。これは、予想外の展開過ぎる。もうもうと立ち込める砂埃。間を置かずセリアは、中に突っ込んだが逆に吹き飛んで元の位置まで戻される。死んではいない様子だ。逆襲で、セリアの足元がおぼつかない。

 砂埃の向こうから飛来する影は、彼女の前へと優雅に降りた。 

 

「ふふふ。いい加減にしましょうか。せあっ」

「よせっ」


 ユークリウッドの全力で放たれた右の拳。受け止めたのは、なんとアルだ。

 ベルティンの目には、微かにしか初動が見えなかった。

 霞のようにセリアの影から現れたアル。だが、セリアとアルは二人共に反対側の建物に叩きつけられる。衝撃で、建物の方が崩落する。

 石造りの建物は、食べ物とは違う。


「それは、夢なのでしょうか」

「いや、まぎれもない現実だ。正気を保てよ?」


 ラキシアは、頬を抓って自己の意識を確認していた。

 それもそうだろう。ベルティンの常識に照らし合わせてもこのような事はないのだ。

 何度見ても目を疑うような光景に目を擦る。

 咳き込む二人に、ユークリウッドは首をこきこきと鳴らしながら、近づいて行く。


「どうしたんですか? アル様。僕も久しぶりに手加減しないで、折檻する日が来ちゃったようですよ」

「待てといっているだろうが、そもそもこれは私が教えたのだ」

「はあ? 詳しく。話を聞かせてください」


 全裸になったのは、アルもである。王子相手に、気炎を上げるユークリウッドを止めるべきか。

 ベルティンには判断がつかない。割って入って死亡しました。では、情けなさすぎる。

 アルには不敬であるのだが、ベルティンとしてもおかしい話だと諫言する処であった。


「うむ。解放感だ。男なら全裸でも問題ないのだしなっ」

「いけませんよ。そのアル様は、ともかく。その汚い物をしまってください」

「何……だとっ。私のが、汚いだと? 許せん。ダイビングアタックしてやるっ。セリア、手伝え」

「わかりました」


 セリアの常識が、おかしいのはアルの所為。そういう風にユークリウッドは判断した様子である。

 それに、激昂したアルはユーウを挟むように移動する。

 アルが先に仕掛けた。飛び蹴りから、半回転しての踵落とし。

 受け止めたユーウの顔面を足で挟み投げようとする。

 が、大地に根が生えたように動かない。

 

 足を取ろうとするセリアの攻撃をユークリウッドは、アルの腹に頭突きをしながら躱す。しかして、ユーウはアルに頭を抱えられる体勢になった。

 それに構わずユークリウッドは、セリアを捕まえようとするがままならない。崩れ落ちる城壁に、大きく距離を取る団員たち。

 まだ戦争をしているというのに、目の前では喧嘩だ。

 ―――我々は、一体何をしているのか。

 ベルティンは、早くも頭がどうにかなりそうになっている。


「ベルティン様。ベルティン騎士長様。ベルティーーンっ」

「……お、おお。何か」


 ベルティンの眼前では、股間をユーウの顔に押し付けるアル。

「うぇっぷ。うぇええっ」と言いながらセリアに服を着せようとするユークリウッド。

 それから逃げようとするセリアで、混沌とした。


「おお。じゃありません。味方の回収と回復に隊を指揮してください」

「そうか。……それもそうだな」


 総髪を後ろにして、ぽりぽりと頭を掻く。むしむしとしたヘルムを脱ぎ、精神の安定を図る。

 一国の王子ともあろう人間が、戦場とはいえ素っ裸で取っ組み合いをしているのだ。

 どうにかなってしまいそうなのも、責められない筈だ。

 前代未聞の事件に、ベルティンは頭を抱える羽目になった。


「どうしてこうなったのだ」

「私に聞かないでください」


 ラキシアも匙を投げている。 

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