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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
195/710

10話 ロシナの相棒

「あとは、経過ね。現状では、私たちが優勢に事を運んでいるわ。時間はかかったけれど、劣勢だったシグルス様も援軍を得てから盛り返したの。敵には、ホランド伯を始めとする貴族の軍が集結しているみたいだけれどセリアの力で押しまくっているみたい。焦土作戦は、敵にダメージを与えつつあるわ。結果として、分断された敵の全滅は必至ね。で、私たちの打てる手といえば各地の貴族を取り込む事。既に調略の書状と使者を方々へと出しているわ」

「ふむふむ」

「ちょっと、聞いてたの?」

「うん。ロシナも可愛い子連れて帰って来るなんてね。羨ましいなあ吸血姫(ブラッドプリンセス)かあ。まさか、スライムタイプじゃないよね。分裂、再生と自己増殖を可能とか言われるとすっごい不安になるから」


 ユーウが言わんとしている所は、エリアスにも伝わったようである。

 手帳を取り出し、ばらばらとめくっていく。


「それは、調べたけど。どうも、魔術で成ったタイプみたいね。ぽこぽこと増殖したりはしないみたいよ。あと、吸血衝動も低いって見ているから多少は安心じゃないのかしら。保険に聖と魔の拘束陣を仕掛けてあるから、何かあれば何時でも収容可能よ」


 黒いフードを被るエリアスが、水晶球をテーブルにおいてフィナルと共にユーウを眺めていた。

 反対側に座るのは、ロシナと吸血鬼だという少女だ。

 ロシナの実家で、ユーウは馬車の手作り作業をしていた。

 主に、足回りの改造がメインだ。速度と強度を出すには、学生たちが作る部品が欠かせない。

 学校の外は、すっかり工場のように改造されているのだ。

 僅かな月日で、あっさりとそれが成立するのは日本の詰め込み型教育の賜物であろう。

 どこからきっても同じ顔になるような飴のようになるのが狙いであり、最大の強みでもある。


「いやー、すっかり懐かれちゃってさ。困ったもんだぜ」

「どうだかね。その子、実は殺す殺す殺すって呪っているのかもしれないじゃない。人ですら見かけによらないっていわれるんだから、中身がどんなものかなんて早々に決めつけるのは良くないよ。あと、ロシナってば何かしたの? 死相が浮いて出てるよ」

「いっ?」


 ロシナは、青ざめた。顔面のみならず、足元はぷるぷると震えている。

 ユーウは、追い打ちをかけるようにつぶやく。


「そうそう、吸血鬼に取り込まれると蘇生が大変だからね。そこの所をわかっていて、下僕にしたんだよね。僕に何時までも頼って来るのは悪い癖だよ。後、君の能力はチートだけど万能じゃないから気を付けないとループする事になって存在が消滅しかねないからさ。存在消失なんて事になると、これは僕にも蘇生不可になっちゃうよ。そういう感じで灰になったらお手上げだからね。……聞いてるのかな、ロシナ」

「勿論」


 ロシナの顔には、なげえよ糞が。と書いてあるが、ユーウは腹を立てない。

 確かに、説教くさくある。だが、言っておかねば後で後悔しても遅いのだ。

 時間巻き戻り系のスキルは、強力なのである。が、そのスキルに弱点がないわけでもない。

 例えば、明らかに格上の相手が殺す。と、決意した時などだ。

 どうあがいても逃げられない運命というのは覆す事が難しい。

 ユーウならば、ある程度やり過ごすようにフラグを折る事もできるのであるが。


「その子が、ウィルス型のヴァンパイアだとしたらかなり危険だけど。術式は、強固だし。神聖系の術に魔術が加わって、心配する必要も少ないかな。ヴァンパイアに子供ってできるのかな。もうやっちゃった?」

「えっ。ちょっ、ちょっと待て。やってないから。そもそも、俺らの年齢をちゃんと考えようぜ」

「そっかー、残念だね。大丈夫、その気になったら僕が何とかするよ」

「お、おう」


 ユーウは、少子化が心配だった。ミッドガルド人が一夫多妻だったりするのは、戦争好きのせいである。その為、未亡人だろうがなんだろうが嫁にしてしまう部分あった。

 奴隷を捕まえてきては、それを側室にしてしまうなど日常の事。

 話している間、手持ち無沙汰になった少女たち。

 馬車の車輪に使う板で遊んでいるエリアスとフィナルがいた。


(わたくし)たちを無視して、ロシナとばかり話をしているのはどういう事ですの?」

「え、えっと。ほら、今日はロシナの馬車を作りに来ているわけだしさ。その、自然とロシナと話す時間が長くなるのは当然じゃないかな」


 日本人向けというよりは、少子化対策として娼館で生まれた子の養育を孤児院でする。

 これは、費用が馬鹿にならない。血液鑑定から父親を探し出す事も可能な為、混沌とした未来が待ち受けているという予想もある。が、減る人の飼育場と考えるならばある意味適切かもしれなかった。

 次いでに、学校を中等部までは無料化する予定もある。

 どれもこれも、貴族たちには猛反対を受けていた。


 ミッドガルドは、堕胎を良しとしない宗教的風土と弱肉強食がまかり通る世界だ。

 その中で、格差の少ない世界を作ろうとすれば壁が立ちはだかる。

 とりわけ強固な身分制度の中にいるユーウは、それを変えようとするのだ。

 協力者といえば、すぐ傍にいる人間だけであった。


「いいけど。貴方、先程から何か考え事をしているのかしら」

「そうですわ。私たちの戦いをお聞きになってくださいまし」

「う、うん。わかっているよ」


 ロシナは、にやにやとして吸血鬼である少女と戯れている。

 ユーウとしては、ここで車輪を盛大に壊して走り出したい気分に駆られていた。

 とある樹脂を引き延ばしているユーウに、エリアスは紅茶を飲みながら喋り出す。


「ロシナが、幻術にかかってしまう所からでしてよ」


 ぶふっと口と鼻から盛大に紅茶を吐き出したロシナ。

 蜂蜜色の髪をローブで覆った少女は、眉をひそめる。

 

「ちょっと、汚いわよ」

「済まない。それって一体どこからかけられていたのかな。二人は、わかっていたのか?」

「さあ。ロシナがぼけっと突っ立っているのでおかしいとおもったら、涎をたらしていたのよ」

「うあ。ロシナ、大丈夫なのかな。もしかして、今も操られてたりしないよね。心配だなあ」

「うっせ。心配ないって。あああああ、皆、俺を何だと思っているんだよ。そんなに頼りない?」

「うん」


 ユーウは、即答した。さめざめと泣くロシナ。

 だが、本当の事だ。ロシナは、どこか抜けている所がある。

 死に戻り能力は、確かに強力な能力なのだが。それに頼るようでは、先が思いやられる。

 

「じゃ、どうすればいいの。何処が悪いんだよ」

「そうだねえ。戦場で、色々考え過ぎかな。ロシナの欠点だよね。ある意味、想像力豊かなんだろうけどさ。ピンチに弱いというか、強敵相手だとすぐに嵌るというか。何時も僕たちがバックアップしているせいなのかなあ」

「それはあると思いますわ。でも、この人を一人で迷宮に行かせて、帰って来れると思いますの?」

「そ、そこまでいうのかよ。よーし、見てろよ。ちょっと行ってくる」


 勢いこんで立ち上がるロシナの肩をユーウは、はっしと掴んだ。

 

「ちょっと。ロシナは、この子をどうするつもりなの。ご飯は?」

「ご飯は、さっき上げたよ。大丈夫だ」

「血を飲ませたの?」

「そうじゃないって。その、キスでいいらしいから」

「え……えーっ。それは、意外だね」


 ロシナが、顔を真っ赤に染めながら告白する。ユーウは、こめかみに手を当てた。


「じゃあ。どっちかっていうとナイトメアの一種なのかな。精気を吸うとか」

「違うらしいぜ。歯茎から、血を貰っているとか言ってたぞ」


 どうやら、死者とは違うようだ。と、ユーウは胸を撫でおろす。

 ヴァンパイアも種類が豊富に存在するのである。

 一つ目は、心臓が止まっているタイプ。

 二つ目は、血液によるウイルスタイプ。

 三つ目は、魔術による変身タイプ。


 どれもこれも筋力や再生能力に優れ、一般的にいう死からですら蘇ってくるという物だ。 

 この吸血鬼は、血液によるウィルスタイプのようである。

 ならば、ロシナはウィルスに感染しているという事になる。

 が、その兆候はまるで見受けられない。


「ロシナ。血液鑑定でもしておく? 幸いに学校には顕微鏡もあったしね」

「大丈夫だって。それに、彼女の吸血衝動とかはないみたいだから」

「どうだかね。どれもこれも吸血鬼にしちゃって、気が付いたら使徒になってました。なんて事はやめてよね」

 

 そこで、件の少女が口を挟む。


「お主ら、好き放題いってくれるのう。わしとて、契約した身。それを破るような真似はせん。それと、子供の件はできるのかえ」

「勿論。ただ、ちょっと禁忌にふれる部分があるんだけどね。それは、まあ不妊治療という事でぼかすしかないかな。あ、あとロシナの事よろしくお願いします」 

「任せておくがよい。わしの名は、コーネリア。らしい。何とも不釣り合いな名じゃが、よろしくな」


 微笑みを浮かべた西洋人形が、口を開いている。

 そんな感覚に囚われるユーウ。並の人間ならば、抱きしめそうになる程の可憐さがそこにはあった。 

 話をする内、車輪を馬車に取り付ける。その改良に、樹脂を使ったタイヤを履かせて完成した。

 作業者を育成するのは、ロシナの役目の筈。

 だったが、ロシナも忙しかった。ユーウが替わり教えている間に、歯噛みするような事に。


「それじゃあ、ちょっと牛神王の迷宮でもいくかい?」

「いいけど。もう、攻略済なら行く必要あるのか」

「ああ、うん。ないけど、修行だよ。修行」


 そうなのである。ユーウは、牛神王の迷宮を踏破してしまった。

 というのも、全員揃う機会が少なくなった為だ。

 数日で、あっさりと最下層である百階まで潜った。

 最後の階には、ミノタウロスの王が待ち構えていたのだが、これを倒して昇神。


 牛の神として、ミノスが天上へと昇って行くイベントがあったりしたのだ。

 これには、色々な事情が絡んでいたりする。

 ミッドガルドがアルカディアに侵攻する理由。

 それは、痩せた大地から豊な大地を求めての事だ。今でこそ、豊作に恵まれているのだが。

 豊穣の神としてミノスを迎える事により、更なる繁栄を手にしようとしている。


 ミッドガルドの西側には、牛人の自治区が作られていたりするのはその為で。

 ともすれば、排斥されてきた牛人たちの受け入れ場所になっている。

 アルやセリアに、突き放されたようロシナが受け止めるのも無理はなかった。

 ユーウは、腰に手を当てて背伸びをする。


「いたた。やっぱり、今日は止めとくかな」

「そうそう、お食事に行きましょうよ」

「毎日迷宮に潜っていては、身体を壊しますわよ」

「今日くらいいいんじゃないのか? ほら、この前オープンしたとかいうラーメン屋が気になるぜ」

「っていうと思ったかい」

「うわ。ひでえ」


 ぱんぱんと足元を払ったユーウは、汚い身形だ。

 そのままの格好で、潜るつもりである。毎日迷宮に潜らなくては、死んでしまうかのようだ。

 毎日魔術を使い、迷宮に潜り、筋トレを行う。

 それでもまだ足りないのだ。


 ユーウは、牛神王の迷宮へと足を運ぶ。


「今日は、前線に行かなくてもいいのか?」

「後で、行くよ」

「というよりも、セリア一人でも十分らしいからね。逆に、兵士を前線に立たせると死んじゃうから勿体ないというかさ。戦場じゃ、死は付き物だけど。さっと、三十階から行ってみようか」


 ロシナは、未だに四十階止まりだ。そこを考慮にいれて、考えなければならない。

 無理をしても、ロシナが持たないのだから。

 三十階からは、前の階層とは違い、暗くじめじめとした景観になっている。

 出てくるのは、スライム系のモンスターとゾンビ系といった具合だ。

 

 赤い液体といった風体であるスライムの溶解液と腐乱死体に取り付いた格好の粘菌系スライム。

 どちらも厄介極まりない相手だった。両方共に、装備を腐食させ使い物にならなくさせる。

 コーネリアと呼ばれる吸血鬼は、中々の使い手だった。

 それらを火炎で、あっさりと焼き尽くす。魔術ではない火炎の使い手である。

  

「これは、凄いね。ロシナには、勿体ないような気がするくらいだよ」

「やらないぞ。後で、良い子を紹介してやるからさ」

「いいよ、悪い予感しかしないし」


 ロシナは、気味の悪い表情を浮かべている。

 フィナルとエリアスは、仏頂面でこなしていた。

 エリアスが色とりどりのスライムを魔術で焼いて、フィナルは全体のサポートだ。

 コーネリアには、自己回復が可能な反面、魔術によるサポートが出来ない。


「ここって、炎系のスキルが有効だけどさ。接近すると取り込まれかねないよな」

「そうだね。セリアは、遠距離系のソニックブロウを使うよ。遠距離打撃も有効だね。ロシナは、ソニック系の修練に励んだ方がいいかも。何時も固有スキルに頼るのは悪手だよ」

「わかっているさ。で、ユーウは近接格闘も強いけどさ。弱点とかないの?」

「それを、僕に聞くのかい」

「じゃあ。どうやったら、そんなに強くなれるのさ」

「セリアも同じ事聞いてくるよ。大した事はしていないって、毎日迷宮に潜ってトレーニングを頑張っていれば強くなるって」

「嘘だな。どうやっても、そうならねーよ」

「酷いなあ」


 どす黒い物を感じたユーウは、びくっとなった。

 ロシナの嫉妬は、相当溜まっている様子である。

 赤い液体が特徴のブラッドスライムを叩きながら、ユーウと肩を並べていた。

 ユーウが、その酸をシールドで防ぎながらフレイムランスを叩き込む。

 もうもうと立ち込める煙も吸い込めば、肺が大きな損傷を受ける事だろう。

 

「筋トレだけで強く成れるなら世話ないぜ。あと、魔力を枯渇させる方法も皆やるっての。でも、限界を超えて強くなるにも程があるだろ。龍玉人じゃあるまいし」

「そうかな。ロシナだって、セリアに殴られて壁まで吹っ飛んでそのままめり込んでも、たまに生きているよね。凄いと思うよ」

「サンドバックにされて誰が嬉しいんだよ。暴力反対っ」

「そういってるけど、実は嬉しいんじゃないの?」

「馬鹿野郎、そんな変態じゃねえっ」

「ロシナ、どうみても変態です」


 ロシナは、頭の上にどんよりとした雲を作り始めた。

 ユーウが、面白がって弄り始めた為だ。フィナルもエリアスも傍観の構えである。

 ロシナは、大剣を抜くと力任せにモンスターを攻撃し始める。


「話変えるけど、ここは安牌すぎないか?」

「うーん。そういうけど、無理したら死ぬじゃない。ロシナはセリアやアル様とは違って無茶が出来るほど引き出しが少ないからね。地道に行かないと」

「うっせうっせ。はー。とりあえず、後ろの二人より強くなりたいんだけど」

「うん。ただ、その前に隣の姉妹たちとアドルの方が上だったりするよ。ロシナ、騎士団の仕事を抱えているからねえ。暇がないのはわかるけどさ」

「な、なん……だと。嘘だろ。そんな、そんな馬鹿な事あるかよ。俺だって、騎士団で剣やら槍の腕を磨いているんだぜ? そりゃあアル様やセリアには劣るかもしれないけど。……そんなに強くなっているのか?」


 ユーウを見るロシナの顔は、不安に苛まれている。

 まるで、見捨てられそうになっている子犬のようだ。

 だが、


「毎日、どこかに出かけているし。地下に建設した下水道があるじゃない。あれに住み着くラット系とかモンスターの駆除とかも結構こなしているよ。王都じゃ、それなりに有名になりつつあるみたいだね。ちびっこ冒険者としてマスコットになっているみたいだよ」

「ユーウは、一緒に行かないのか? また、後からついて行って美味しい所だけ助けるなんて事しているんじゃないだろうな」

「そりゃあ、その、だって心配じゃないか」

「へいへい。ただ、ランク昇格試験とか受けた方がいいんじゃないのか? ギルドの試験をほったらかしにしているだろ。俺ですらAランクだぞ?」

「めんどくさいし、お金に困っていないからね。勝手に、Sランクにして都合よく使おうとか企まれるのはごめんだよ」


 ふう、と溜息を吐くロシナ。憐れみの籠った眼をユーウに向けてくる。

 小型の青いスライムを叩き潰しながら、


「そうやって、周囲を誤魔化しているとあらぬ疑いをもたれるようになるぞ。あいつはさぼっているとか、インチキしているとかさ。まあ、農地の件もそうだけどアル様の功績にすり替わっているらしいぜ? それでいいのか?」

「別にいいんじゃない? 賞賛されても困るし」

「そうかな。俺は、今にユーウがあらぬ扱いを受けるんじゃないかと心配でたまらないぜ」

 

 三十層にも、人はいない。大抵の冒険者たちは、表層で戦っているのだ。

 粘菌系のスライムが、ユーウの放つ炎で焼かれる。


「ロシナは、世間の評判とか欲しいのかな」

「そりゃ、欲しいに決まっているだろ。名声と富は不可分なんだぜ? 手元に知識とか力が無くたって人脈を生かした商売ってのはいくらでもあるもんだよ。たとえば、派遣業とかな」

「うわっ。真っ黒だね。あれって、解禁されたのは小泉の時だった?」

「そうだな。俺の所もそうだった。マスコミが例の種族に乗っ取られて、日本は制圧されちまってたけど」


 ロシナの剣に力が入る。力任せに振られる大剣は、さながら鉄塊のようで。

 それが、思い切りよくジェル状のモンスターを斬り裂いていく。


「冒険者ギルドも、言ってみれば派遣業だよね」

「そういわれりゃあ、そう、だな。マージンの中抜きとかあるだろうし、迷宮をこうやって探索できて、あがりを持っていかない冒険者なんて踏んだり蹴ったりだろう」

「ここの迷宮は、そうだね。僕らの所は、アーバインに一カ所。他にも沢山あるから、実態調査をする必要があるねえ。でも、迷宮内から転移できるような人にちょっかいかけるのも藪蛇だしなあ。無難に、素材を売ってくれるように頼むしかないね」

「そこら辺は、実力者の強みだな。組織でも、対処しずらい。というか、素材を全部アル様に卸しているだろう? あれも手柄がアル様の物になっているぞ」


 ユーウは頷く。エリアスやフィナルは、口笛を吹いている。

 何か知っている顔であるが、教えるつもりはないようだ。


「う、うん。そうだね。でも、買い取りしてもらっている訳だしさ」

「そこだよ。おれが言いたいのは、他人に手柄を渡し過ぎてるって事。お前、将来の事とか考えているのか? 俺は、このままミッドガルドの将軍になるつもりだ。フィナルとか女の身で教皇候補だし、エリアスなんて黙っていても魔術師ギルド連合の総長である父からその椅子を貰えるだろうし。アドルも将軍だろう。じゃあ、ユーウは何になるんだよ。そこをはっきりさせておかないと、あやふやなまま浮いた船のようにただようぞ」


 ロシナの唾が飛ぶような口ぶり。ユーウは、萎縮してしまった。

 

「うーん、うーん。農家?」

「お、お前は……」

「ちょっと、ユーウ。真面目に考えてくださいまし。まあ、私は無職でも一向に気にしませんけど」

「私も別に無職でも農家でもいいけど。どこかに逃げるのだけは、やめてよね」


 エリアスとフィナル。二人の視線は、野獣のように鋭い。コーネリアといえば、素知らぬ顔だ。

 興味もないのだろう。

 三十階のボス部屋まで到達する。そこで休憩だ。


「逃げるって、どうして?」

「そりゃあ、お前。言わないといけないのか? いたっ。痛いって、わかった」

「どうしたの。教えてよ」


 エリアスの手で、ロシナは黙ってしまったようだ。

 ロシナが教えてくれないので、フィナルに視線を向ける。

 だが、こちらも扇子で自らを仰いで口笛を吹いていた。


「凄く仲間外れにされた気分だよ。もう帰ろうかな」

「そういっても変わらないじゃないか。ま、種を蒔いといて後から刈り取らないのは外道の極みだよな。ハーレムが婚外子ってわけでもないんだから、世間体を気にする必要もないんだぜ? 俺だって、親父が婚約者を沢山用意するらしいし」

「言っている意味がわからないよ」


 ユーウは、背後から感じるプレッシャーで汗が噴き出る。

 こんなにも追い詰められるのは、戦闘以外では始めての事であった。

 そんな雰囲気を察したロシナが、話題を変えてくる。

 

「ここのボスは、巨大スライムだっけ」

「そうだよ。ロシナとコーネリアのコンビで頑張ってよね。僕らは、観戦しとくよ」

「ちょっと待て、回復くらいくれよ」

「自力で凌がなきゃいけない時だってくるんだよ。ロシナも自分のスキルでどうにかしていかないといけないよね。大丈夫、死んだらなんとかするよ」

「俺の極限を試そうってのか。いいぜ、乗り越えてやる」


 ロシナが、扉を開け中へと入る。

 出てきたのは、レアモンスターであるペインスライムだ。

 レッドスライムと称される赤い粘液系のモンスター。

 中に核が存在するのだが、届かせるには体液をどうにかする必要がある。

 装備を溶かす液体を浴びれば、人などひとたまりもない。スライムは、実に強敵だ。

 ゴブリンやオークなどよりも遥かに厄介で。小さな奴でも、侮れない。


 突進するロシナは、火炎槍で対抗するつもりのようだ。

 ブースト系のスキルを重ねがけしていく。いざとなれば、死に戻りでもなんでも凌げる筈。

 二人は、降りかかる液体の攻撃を蒸発させながら戦っている。


「ユーウ。ルナは、どうしているのかしら」

「うん? 彼女なら、家で妹たちと遊んでいるよ。大人しい子だよね。頭はいいみたいだけど、ちょっと無口すぎるというか。人見知りするみたいだから、大変だよ」

「それならいいけど、彼女の家は古い家柄だから扱いを考えないといけないわよ。それと、日本人の学校と彼らの扱いだけれど、不満が出ているわよ。そもそも彼らは外国人でしょう? 優遇する理由がユーウが気に入っているだけでは、弱すぎるわよ。その内、というけれど外国人に大きな顔をされるのは、私も面白くないの。で、そろそろ彼らが結果を見せてくれないと」


 壁際で、ロシナたちの戦闘を見守る。

 着実に相手を削るロシナたち。戦況は、優勢の様子だ。


「出てるよ。結果。ロシナの家で改良に使っている部品は、全部彼らが製作しているんだよ。彼らが働いているだけで、生産能力が倍になったし。裏切る人は、ほぼ居ないしね。命に関わるような事がなければ、そうそうないし。奥手な彼ら向けに出産費用はタダにして、嫁も見つけてくるのも。結婚できない人用に娼館の子供は、国で養育するようにしているのも。あれもこれも全ては、アル様の国の為だよ。でさ、エリアスの所に、十二時間以上働く人はどれだけいるのかな」

「それは、いないけど」

「そうなんだよ。奴隷ですら、五時間。そこまでこき使ったら座りこむでしょ。日本人。彼らは、働く事が生きがいの生き物でね。労働以外に娯楽を見出す事も、自分を主張する事もできない生き物なんだよ。優遇してやらないと消えてしまう生き物なの。だから、信じてよ。僕を」


 フィナルは、顔を赤らめながらうんうんと頷いている。

 エリアスは、フードで顔を隠しながら、


「しょ、しょうがないわねえ。でも、はっきりとそこいらへんを他の人間に話していかないと駄目よ」

「わかっているんだけどね。エリアス、お願い」

「ええ? いいけど」


 ユーウの弱点。誰かに伝えるという事が、苦手であった。

 誰の理解も必要としないので、評価が世間では低いのである。

 アルが社交界嫌いという事も相まって、ユーウの事は噂だけが一人歩きしていた。

 ユーウが立て直した外周部の商店街。あれもまた、隣家の父親の手柄となっているのだ。

  

「私もお手伝いしますわよ。それと、教会の方にも顔を出してくださいましね」

「う、それは」

「駄目に決まっているじゃない。どさくさまぎれに、とんでもない事を言いだすに決まっているわ」

「なんですの? 私が、何かするとでも?」

「するでしょ」


 実年齢幼女の二人に挟まれたユーウは、脂汗が流れだした。

 熱い訳ではないのに、その場は燃え滾る鉄火場のよう。

 二人の背後には、オーラまで見える有様だ。


「うああっ」


 ロシナの方に異変が起きている。赤いスライムに飲み込まれたロシナがいた。

 止めにしくじったのであろう。大剣は、核に届かず体積を増したスライムに食われたようだ。

 ユーウは、咄嗟にフレイムブラストの魔術を発動させる。

 炎の魔術でも、液体を蒸発させるにはもってこいの技であった。

 一撃で蒸発させていく。すると、中からスライムまみれになったロシナが出てくる。


「ぶぶぶぶ」


 解放されたロシナの身体は、濃硫酸をかぶったかのよう。

 溶けた皮膚が、痛みに絶叫を上げるロシナが転げ回る。

 激痛で、死んでしまえば楽になれるという具合に。ロシナは、涙を流しながら悶えていた。

 が、ユーウの魔術でそれらは一瞬で治る。


「うああああっ。あ、あああ。はあ、あー。た、助かった」

「ロシナ。飲み込まれるのだけは、防がないと。論外だよ」

「魔術がろくに使えないんだからしょうがないだろ。俺は、ハイブリットでもなんでもないんだからよ。幾ら死にも戻れるからっていっても、勝てない相手じゃ無理っていうね。強さが蓄積しないみたいだからよ。ほんと、ユーウは鬼だわ」

「乗り越えないといけない壁だね。どうにかするには、魔道具を作る事なんだけれど。どうする? 炎の衣とか作るのは、難しくないけど」

「駄目よ。私の所から、買うのならいいけど。ユーウもロシナと変な空気を作らないで、離れなさい」


 冷酷に告げるエリアスにロシナは、口を尖らせて不満顔を作った。

 スライムの核は、コーネリアが叩き潰している。


「ケチだぜ、本当に。コーネリア、よくやった」

「うん。ロシナの事、任せても大丈夫だね。というより、ロシナより強いね。これは、どっちが奴隷なのかわからなくなるかもしれないよ」








 セリアは、獣人と化していた。

 敵の勇者は強力な聖剣を持っているようである。振るわれる光が、彼女の力を弱める効能を帯びているという所だろう。

 二人の周りは、陥没した大地が広がる。かつては、実り豊かだっただあろう畑が見るも無残な有様だ。

 攻撃は、互いに熾烈を極めていた。


「ちっ。これでっ」


 敵である勇者の攻撃は、正確にセリアの身体を捕える。

 一撃一撃はとるに足らない物だが、聖剣の力でセリアはその能力を奪われていた。

 持前の素早さと回復力がなければとうに終わっていた勝負。

 必殺の一閃を躱しながら、反撃の蹴りを叩き込む。


「ぐはっ」

「勇者様っ」


 味方の救援を手でそれを制する勇者は、目の前に迫る相手を見つめている。

 セリアは、その様子を見て相手の切り札に備えていた。

 彼我の魔力量でいえば、圧倒している。しかし、そんな物を使う必要はない。

 ただの一撃で十分だ。ただ、相手の力を楽しむ。

 それだけの為に付き合っている。遊戯にすぎない。


 幾度となく振るわれる剣は、空を斬り裂きセリアの背後にある地面を耕す。

 身に纏う力は、相手の能力を互いに弱める物。

 光の粒子を躍らせる聖剣とそれを吸い込む影。

 どちらも拮抗しているように映る。

 しかして、セリアには余裕があった。

 拳技においても無双を謳われた父に師事し、ユーウというライバルを得たセリアの力は並々ならぬ物がある。初めての敗北から、今や何十年と修行したような風格さえある拳。

 手に纏う事ができるのは聖気だけではなく、魔気さえも自在に操る程。

 

 獣化するのですら、それで終わりという訳ではない。

 数度の変態を残している。それでも、ユーウには及ばないのであった。

 山を穿ち、地を割る能力を身につける。底の見えない修行が必要なのだ。

 敵と会話するような趣味を持たないセリアは、稀な事に口を開いた。


「ああ、貴様の名前を聞いておこうか。勇者様」

「抜かせ。名を名乗るならば、そちらからだろう」

「いいとも。我が名はセリア。ミッドガルド国の騎士である」

「騎士だとっ。魔王軍だろうが。俺の名は、リョウ。侵略者どもを討つ勇者だっ」

「ふっ。愚かな奴。それだから、ここで死ぬ羽目になるのだよ」


 獣毛に覆われた太い腕。それを振り抜くだけで、相手は死ぬ。

 防御がどうとかそういう次元でなく相手を押し潰すだけの力があった。

 ユーウならば、痛痒すら感じないであろう。

 セリアは、眼前に立つ相手の必殺技を待つ。


「どういう事だよ」


 が、セリアは答えない。無言で相手ににじりよる。

 後退しながら、少年は上段に構えをとった。

 じりじりと過ぎていく時間に、勇者と呼ばれた相手は賭けに出る。


「星光十文字斬りっ」


 必殺の間合いに踏み込むリョウ。

 手足を飛ばすと見せかけて、無理やりな体制からそれは放たれた。

 下段に構えた手刀で、弾きながら相手の喉を取る。

 同時に、聖剣を持った手を握り潰しながら吠えた。


「ぎゃっ」


 年端のいかない少年は、それだけで気絶した。

 元より、異世界から無理やり呼び出されたという情報も入っている為に捕獲対象だ。

 殺すつもりはない。よって、時間がかかってしまった。


 理不尽さと無念の表情で、セリアを睨みつけるリョウのお供。

 全くの無力である。そんな相手をいたぶる趣味は、持ち合わせていない。

 が、主命とあらば別だ。


「聞けっ。貴様らの希望は潰えた。大人しく降伏するならばよし。さもなくば、この手にかかって死にであろう。どちらを選ぶかっ」

「ひぃいい」


 悲鳴を上げる敵兵。だが、武器を捨てる気配はない。

 自らの首都を守ろうと、立ち上がった兵士たちなのだ。そう簡単に降伏する筈もなかった。

 そこに、シグルスたちの突撃が始まる。

 士気の差は、一目瞭然だ。セリアは、目を閉じて突進した。

 それだけで勝ってしまうような相手だ。杖を手に、魔術を唱える者が目につく。


「噴き上がれ炎よ、壁となりてっ」


 敵に攻撃は、特にセリアにダメージを与えない。身に纏った影の衣がそれを防ぐ。

 ふっと息を吹きかけてやるだけで、炎の魔術は四散する。

 光すら吸い込む衣には、特殊な能力が備わっていた。相手の攻撃を食うのだ。

 食って、そのまま自らの力に変える事ができる。


「そんなぁ」


 女の魔術師は、絶望に顔を歪める。打つ手は、他にないのか。

 セリアは、わくわくしているのだ。両の手をにぎにぎする。

 が、相手はローブを湿らせて腰を抜かしていた。

 無論、戦場では女だからといって手加減する獣人ではない。


 接近したセリアは、女を極限まで手加減した平手打ちを見舞う。

 それで、仕舞いだ。ふらふらと、よろめいた後崩れ落ちる。

 相手になりそうな牙を持つ人間もいない。

 突撃を再開すれば、それまでだった。

 




「終わりですね。この国も」

「これからが、始まりではないか」

「そうともいいますね。強敵は、居ましたか?」

「つまらない。ユーウと遊んでいる方が余程いい」


 シグルスの隣でセリアは、敵の首都が燃え盛る有様を眺めている。

 敵の戦意を挫くのは、いつもセリアであった。

 反撃が予想されたのであるが、ミッドガルドの侵攻に敵は纏まりを欠いたままだった。

 焦土作戦だけで乗り切ろうした節があり、それが効果を発揮するには時間が必要だ。


 アルの率いる侵攻軍は、たった一月で大半を陥落させた。

 その急報を受けた、アルカディア国王は転進するも追撃を受けて壊滅。

 ブリタニア軍とミッドガルド軍は、互いに連携を取った。

 アルカディア国軍の壊滅を見てから、また睨み合うという展開だ。


 北部をブリタニア軍が、中央から東部をミッドガルド軍が支配する。

 というような見方ができる。

 それも、ここで王族を根こそぎ捕える事が出来れば別の話になろう。


「王女に王子がいた筈だが、それはどうなるのだ? 逃がしては不味いと思うが」

「勿論。それは、手を打ってあります。けれど、何事も万全とは行かないでしょう。西方に逃がしては、敵に再起を許す事になりますから。何としても、ここで捕える必要がありますね」 

「ん。私が行こう」

「宜しくお願いします」


 狼国に進撃した父親の軍勢をシグルスは、こちらに向けていた。

 数も十分な物で、アルの兵数を補っている。狼国に残している兵士が少なくなっていた。

 ともすれば、血気盛んな獣人たちが蜂起するには絶好のタイミングと言える。

 さっさと片付けて、国に戻らねば不祥事を起こすだろう。

 

 セリアには、時間がない。

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