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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
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9話 ロシナの出会い

 ロシナたちがマジノ要塞群の南部を崩して十日が経過している。

 要塞の上では、暗い雲が垂れ込めていた。

 アルの前で行われた内々の報告会で紛糾しているのだ。

 

「増援が遅れている? どうしてですかそれはっ」

「落ち着け。手間取っているのだ。誰もかれもがロシナのように優秀という訳ではないぞ」


 興奮するロシナに、アルは水のように澄んだ眼差しを向けた。

 生き返ったロシナは精力的に働き、結果を出すべく奔走している。


「そうですわよ。ロシナ。愚民たちに能力を求めてもしょうがないでしょう? 彼らには慈悲の心でもって接するべきなのですわ」

「そういうがなあ。民衆は、家畜じゃないぞ」

「そこまではいってませんわ」


 フィナルの隊は、いいのだ。治癒術士を揃えた後方勤務である。

 翻って、ロシナの隊はどうか。前線での制圧を主とした任務である。

 当然ながら、個々の村を管理監督するには兵数がいる。

 実際に敵の軍に当たるのがセリアであったり、ユーウであったりだとしてもだ。


 制圧するには、兵隊の数が必要になる。

 一路、アルカディアの首都パリ・ベルサイユを目指す事が考慮に入れられた。

 だとしても、兵数の絶対数が不足している。

 セリアにやらせた場合、要らない殺戮までもが起きそうである。

 ユーウがたしなめるのだが、彼女は基本的に言う事を聞かない。

 

 ロシナと他のメンバーは、アルの前から退出すると、廊下で雑談しながら歩く。

 向かうのは食堂で、テーブルの上に料理が来る前にぼやいた。


「困った子だよな」

「誰の話?」

「ん。セリアの事だ。暴力女って嫁としてどうなんだ。貰い手が居ないと思うが」

「……。確かに。でも、そういう事言っていると、どこかで殺されかねないからね。注意した方が身のためだよ」

「だな。はあ」


 ロシナは、飯にかじりつきながらぼやきを入れる。

 そうでもしなければ、精神が持ちそうになかったからだ。

 生き返ったロシナに詫びを入れるセリアだが、全然心がこもっていないようにロシナには見えた。

 どちらかと言えば、ユーウの方が済まなそうにしている程である。

 

「嫁にするなら、絶対お淑やかで、可愛い子にするんだ。俺」

「ふーん」

「ユーウの妹とか、可愛くなるような気がするぜ」

「……表に出ようか」

 

 爆弾だった。ロシナは運悪く、火をつけてしまったようである。

 飯だというのに、満足に口に入れてもいない。

 表という名前の訓練場。ロシナは、この時ほど後悔した事はなかった。

 ユーウの訓練という名前の拷問が続く。セリアですら、その鬼気迫る迫力にはだじろいだ。

 無論、ロシナの顔はパンの人みたいになってしまった。

 かじられたらトマトのように裂ける事請け合いだろう。

 

「これくらいにしとこうかな」

「は、はい。めんごね、め……」


 ユーウの魔術は、攻撃も回復も両方こなす。

 なので、訓練をする際には相手をするのが大変であった。

 それ以来ロシナは、ユーウの前で妹がどうとかいう事止めるようにしている。

 けれど、たまに事故ってしまうのはどうしてだろう。

 ロシナにもよくわからないが、からかってしまいたくなるのを止められないという奴かもしれない。


 セリアが冷たい笑みを浮かべてロシナに近寄ってくる。

 嘲笑いに来たという事か。ロシナは口を歪めた。


「やっぱ、シャルロッテちゃんの可愛さは犯罪級だぜ」

「あれだけやられたというのに……ロシナ。お前は、マゾなのか?」

「違うって、下種な下心はない……よ?」

「ふっ。お前、死相が見えるぞ」


 セリアは、お邪魔虫のようにロシナを扱っている。

 一緒に訓練しているようにみているのだ。ロシナにそんなつもりは全く無かったのに。

 

「反省しないんだね。ロシナ、まだやる?」

「いや。そろそろ……」

「まだやるよね。しょうがないなあ」


 可愛がっている妹の事。ユーウは、どうやらしつこく根に持った様子だ。

 慌ててロシナもその場から逃げ出そうとしたのだが、回り込まれてしまった。

 両の指をぽきぽきと鳴らしながら迫ってくる。

 その様子に、ロシナの股間は大変だ。間違っても勃起などはしていない。

 ホモではないので。


「もういいだろ? あんまりしつこいのもどうかと思うぜ」

「そうかもね。じゃあ、今度ロシナの妹を紹介してよ」

「いいけど、妹三歳だし、しゃべれないぞ」

「そうなんだ。……それじゃあ、しょうがないか」

「おい、ユーウ。そろそろ湯浴の時間だぞ」


 アルの事だろう。セリアは、ユーウを急かして立ち去っていった。

 去り際のユーウは、複雑な表情だ。どちらかといえば、市場に連れていかれる牛かもしれない。

 

「まあ、ユーウなら妹の結婚相手として申し分ないんだけどな。婚約させとこうかな」

「あなた、死にたいのかしら」

「えっ」


 背後には、オーガもかくやというような形相の幼女が立っていた。

 ロシナは、股間が湿るのを堪えるので必死だ。

 フィナルだ。手当するためにやってきたのだろう。

 しかし、目が充血して真っ赤に染まっている辺り、彼女は本気だ。


「冗談よね?」

「あ、あはは。そうだね。そうそう、まだ早いよね」

「ま、だ、は、や、い?」


 手に持つトゲトゲの凶器を手にぱしっと当てる。

 一撃でオークやゴブリンといったモンスターを仕留めるそれ。

 貰えば、一撃死だろう。ロシナは、恐怖しながらも精一杯の抵抗を試みる。


「だって、ユーウはフリーなんだよ? 唾つけといて損はないじゃないか。それともフィナルが立候補するのか?」


 興奮したフィナルは、顔面を真っ赤に染めながらメイスをぶんぶんと振り回す。

 とても危険だった。

 彼女の位置から手に届く場所にロシナが居るのに、お構いなしだ。

 どこからか取り出した扇子を口元に当てながら、上目遣いにロシナを見る。


「何を言っているのかしらロシナ。わ、私がユーウを頼りにするのがそんなにおかしくって?」


 全く噛みあっていない。ロシナは婚約者の話をしているのだ。

 フィナルときたら思考が飛躍しているのか、しどろもどろである。

 

「いや、だから、フィナルが婚約……」

「何を言っているのよ、馬鹿っ」


 背後からロシナに迫る危険生物の攻撃。咄嗟にロシナはスキルを発動した。

 が、後頭部にいい打撃を貰って石で作られた廊下を滑る。

 滑って頭を壁にぶつけたロシナは、誰なのか容易に特定。

 

「いってー。やり過ぎだぞ」

「ふんっ。あんたさあ、ちょっと聞き捨てならない事言っているわよね」

「そうだっけか?」


 もはや隠すまでもなくエリアスは、ユーウにご執心だ。

 ロシナは、悲しみで涙が零れそうである。が、それにも慣れた。

 悲しい思いは、時間が癒してくれるものだ。大体、こんな乱暴者が恋人では身が持たないだろう。

 嫉妬する度に、殺されかけるのでは生きていけない。

 相手にできるのはユーウくらいのものだ。


 何度も生体実験のモルモットに、使われるなど無理がある。 

 ずきずきと痛む頭と心に耐えるロシナ。

 が、そんなロシナの思いなど無視してエリアスは、整った眉を吊り上げる。


「フィナルが婚約者って、どういう事よ」

「い、いや、それは……」

「おーほっほっほ。エリアスさん、見苦しいですわよ」


 どうしてこうなったのか。

 ユーウを頼っている内に、フィナルもエリアスも惚れ込んでしまったという現実。

 二人ともに黙って佇んでいれば、十人中九人までは振り返るであろう少女だったりする。

 だから、ロシナも最初の内は可愛いと思っていたのだ。

 エリアスに、一目惚れしたというのもあったりする。

 とっくに過去の話に成っているのだが。


「ロシナ。本当の事言わないと、殺すわよ」

「だから、冗談だって」

「そう。それならいいのだけれど、その口。縫い合わせてあげるわよ」

「……断る」


 全身に冷水をぶっかけられたような状態だった。

 物理的にも、精神的にもである。エリアスは、使い魔の魔術を良くする。

 しかし、元素系の魔術も不得手という訳ではなかった。

 漫画ばりの火炎に、氷結系と隙のない構成を好む。

 

 空間操作は苦手らしく、使えないようである。

 ロシナが聞いた所、「ばーっかじゃないの?」と怒鳴られた覚えがあった。

 空間操作系の魔術はどれも高難易度で、扱いできる術者など限られているらしい。

 中でも、何でも入る袋の製造はユーウくらいにしか出来ず、弟子を取るようお願いしているようだ。

 今の処、「忙しいから」と断られているようなのだが。


 というのも、ロシナの実家で馬車に使う車輪の改良だったり、振動を和らげるクッションになる装置の開発にと多忙を極める毎日だ。その上、日課となっている迷宮への探索もしなければならない。

 ロシナは、フィナルとエリアスが頼れるから好きなのか、使えるから好きなのかわからないでいる。

 ロシナ自体は、頼りがいがあるユーウの事は嫌いから好感度高めまで推移していた。


 死んだ自分を助けてくれる人間を嫌いでいる事など難しいだろう。

 妹の事は置いておいく事にしても、太い紐で縛る事は画策しておいて損はない。

 ぎゃーぎゃーとやりあう二人を置いて、ロシナはその場から離れる事にする。


「あ、ちょっと。どこ行くのよ」

「俺だって、暇じゃあないんだ。ここの周りには、凄い迷宮があるんだろう?」

「その件で、私たちに捜索命令が出ているわ。ついてきなさいな」

「前線は、いいのか?」

「相手は、焦土作戦に出ているらしいから時間をかけて修復する必要があるの。時間が経てば経つほど、相手は詰むから問題ないわ。こちらには、ユーウがいるのだから。彼に任せておけば問題ないわよ」

「焦土作戦ねえ。無意味だな」


 という事は、シグルスは手間取っているという事になる。

 ロシナたちが、ここにいるのも負傷した兵の回復を図っての事であった。

 敵が画策する焦土作戦は、ユーウがいる限り無意味だったりする。

 現地徴発を良く使うブリタニア軍ならば効果はあるだろうが。

 

 三すくみに陥っているであろう北の方角を見たロシナが、再び二人に視線を戻す。

 そこには、自然な形で馬に乗る二人がいた。

 今の今まで取っ組み合いをしていたというのに、全く何事もなかったかのようだ。

 

 身代わりの速さは、まさに光の如し。と言っていい。

 アルの指令で、どこそこへアイテムを取りに行く事などは日常茶飯事とかしている。

 敵の作戦に対応する為、ユーウが来ないのであった。

 よって、ロシナたちは馬を使って移動するらしい。

 ロシナは、隊の編成などをガーフに任せる事として、要塞の外へと出る事になった。



 


「ここが、その聖女の嘆きという迷宮なのか?」

「そうよ。臆したのかしら」


 そんなつもりは、ない。と言おうとしたロシナだが、漂う鬼気に背筋が寒くなる。

 ロシナたちが向かったのは、要塞から西方向にあるオルレアン市付近。

 首都へは、既に味方の軍が出発しており、状況次第では敵の首都を攻略している事だろう。

 何しろ、色々なカラクリで敵にはある一つの奇跡が起きないのだ。

 

 と、ロシナは目の前に現れた敵に目を疑った。

 

「お、おい。あれって、女?」

「気を付けなさい。あれ、ヴァンパイアよ」


 いきなり現れた強敵だが、ロシナにとっては大した事がない。

 脅威的な身体能力といっても、人間の常識に照らし合わせるならだ。

 牛神王の迷宮で鍛えた能力は、馬鹿に出来ない飛躍がある。

 例えば、


「ぎぃっ。ば……」


 跳躍してくるであろう女ヴァンパイアの機先を制し、ロシナは滑るように移動して敵の首を粉砕する。

 ―――弱い。

 ロシナは、余りに強い相手が傍にいるせいで常に感じる事だった。

 敵が、皆してユーウのようであれば震えるしかない。

 が、そんな存在は今の今まで数度くらいしか出会った事がなく。

 

 首を失って、胴を炎を纏わせたランスで四散させる。そして、血液までも蒸発させれば一丁上がりだ。

 ロシナは、油断するとすぐに死んでしまう。

 死んでしまうので、何時もユーウかフィナルに助けて貰う事になり、頭がどんどん低くなる。


「意外ね。やられないなんてロシナらしくないわ」

「それは、失礼でしょう。ロシナも成長しているのでしてよ?」

「そうかしら。ちょっと進んだら、中ボスにやられるのではないかしら」

「最近新しい能力を身につけたらしいのですわ。見守ってあげましょう」


 ―――糞女ども。

 どこまでも上から目線だ。

 特にそう言われるだけの事をロシナがしてきた結果なのであるが、故に反論できない。

 ロシナが死にまくって得た能力は、いわゆる死に戻り能力と称されるタイプの物だ。


 ヴァンパイアに慣れているのも、そういった不始末がために死んだ事の結露でもある。

 止めが甘かったが為に、起き上がった敵に頭を潰されたりした。

 最も酷かったのは、心臓を貫いて死なない相手に吸血された時の事だ。

 全身から血を吸われた為に、動けなくなったロシナに輸血を施さなくてはならない。

 が、そこで仕留めたヴァンパイアの血を戻す事ができなかった。


 大抵の場合、血液型の合う人間の血を使うのだ。

 ロシナがやられた時に、エリアスの血が使われたのである。

 全く足りず、ロシナの心臓を高速で動かし造血させた魔術が使われた。

 普通ならば、これの反動で寿命が縮む。ユーウの魔術には、その点を改良した物が使われたらしい。

 おかげで、髪の毛が白くなる事も、特段に障害が出る事もない。


 ので、ロシナはエリアスにも頭が上がらなくなっている。

 たまに、言い合いをする事はあっても大体ロシナが折れていた。


「どうしたの。ロシナ、変な物でも食べた?」

「何でもない。それより、ここの探索はどういう目的なんだよ」

「それね。一応下層があるようなら、潜ってこいと言われているけど。ユーウ抜きでは、帰還が難しいから。途中まで、探索して帰る予定よ」

「無事に帰れるといいなあ」 

 

 ヴァンパイアが出てくるのも、慣れた物だ。

 この聖女の嘆きと呼ばれるフィールド型の迷宮では、アンデット系のモンスターが多い。

 牛神王の迷宮がダンジョン型であったのに対して、更に広い。

 中が、結界型のようであり、明らかに敵を殺しに来ている。


 何匹目かわからないヴァンパイアの頭を潰したロシナは、火炎槍のスキルを発動させる。

 その火炎に飲み込まれ消えていくゾンビにグールたち。

 一定時間が経過すると、ぽこぽことモンスターが発生するのも異常なマップだ。

 

「ん。どうやら、親玉の出番みたいね。周囲からモンスターが接近しつつあるわ。準備してお出迎えしてあげないといけないわねえ。ちょっと、ロシナも手伝いなさいよ」

「何をすればいいんだ」

「この石を等間隔に置いて頂戴。敵が引っかからなければ、無駄になるけれどね」


 察するに、結界増幅器という所か。ロシナは、そう見立てて石を置いていく。

 来る際にも、紐らしき物を結んだりしている事からそれが伺える。

 ユーウのように空間結合させるような魔術を使うには、膨大な魔力が必要になるらしい。

 よって、逃走する際に万全を期した物が必要だった。


 モンスターを討伐しにきて、道端で死んで屍になるつもりもない。

 ロシナは、石を設置し終えて戻る。


「敵さんは、どんな奴なのかわかるのか?」

「ヴァンパイアとグールにゾンビといった構成だったでしょ。それから察すればいいじゃないの。敵は、十に八か九は上位種じゃないかしら。かなりの強敵と見ていいわね。相手を侮っていると、下僕にされかねないわよ」

「ふーん。エリアスさんたら、ヴァンパイア風情が怖いのかしら。ぷふっ」


 フィナルが扇子越しに、余裕の笑みをエリアスに向ける。

 対するエリアスも慣れた物だ。


「怖いに決まっているじゃない。どんな敵なのかわかっていないのよ? その余裕が気にくわないのだけれど、もしかして。貴方、変な薬でも使用しているのかしら。それとも、本当に頭のおかしな子になってしまったのかしらね」


 溜息が漏れた。戦う前は、大体こういう感じになってしまうのだ。

 ロシナの声を聞くまでもなく、敵よりも味方といがみあってしまう。

 と、飛来する物体を感知したロシナは、視線をそれに向ける。

 じゅーっという音を立てて、見えない何かに引っかかったようだ。

 

 それが、丸焦げになったヴァンパイアらしき物である事を確認する。

 アダマンダイト製のブーツで蹴るが、死体は炭化して黒くなった腕がもげた。

 

「うわっ。どんだけ威力があるんだよ」

「もしかして、話しているだけだとか思ったのかしら。馬鹿ねえ、ロシナ。こんな事は、余技に決まっているじゃない。白鳥やアヒルたち同様に表面上は優雅にするのが、淑女の嗜みよ?」

「おかしいだろそれ」


 何もしていないようで、エリアスは、呪文を唱えていた。という事になる。

 ロシナには、ユーウのような魔術の知識がほとんどない。

 辛うじてわかるのは、最近になってわかった隠秘学という物や星の配列から魔術の効能を高めるという事柄くらいのものである。地球によく似た星の配列に、異世界であるはずのここでも全く同じ力を発揮できるのはその為だ。ちなみに、太陽は太陽で火星は火星ではないか。というような議論をユーウとした事がある。その時は、


「地球がないよね。これは、一体どう説明すればいいのかなあ」

「太陽の真裏にあるとか?」

「ありえるねえ。でも、体積が大分違うよね。このラグナロウ大陸が、ユーラシア大陸に似ているけど。実際の地図は、大分違うし。スウェーデンとかノルウェーの位置にあるような国が寒くないのが不思議だよ」

「魔術があるからだろ。暖房が充実しているらしいぜ。あと、海賊なんかが海を荒らし回っている国らしいって聞くな」

「ロシナは、異世界じゃないって思う?」

「まだ、グレーかな。火の玉が出て、人が瞬間移動できるんだから異世界だって思う方が正しいんだろうけど。それだって、科学で説明できるような日がこないとも限らないし。そういえば、人の不老化についてだって俺の時代じゃあさ、あと一歩だったとか聞くよ。ユーウの所はどうだったんだ?」

「僕の所は、そんなに進んでいないね。携帯が超薄型のホログラフ化したって聞くと、時代の流れを感じるし」


 そうなのである。ロシナの知識とユーウの知識では、食い違いがあったのだ。

 だからではないが、ロシナは異世界に来たというのにロクなチート行為もできなかった。

 文明におんぶされて、何も学ばなかったいうべきである。

 ロシナは、車輪を作る仕事を実家に持ってきてはそれを生業に据えたりしているのだ。

 が、上手くいかなかった。


 最初は、馬車の改造をしようとしてあれこれ考えたのだ。

 そこで、まともに知識が無い事に気が付かされる。木を曲げるにはどうすればいいのか。

 とか、馬車に使うクッションや振動を和らげる為の仕組みについて全くの無知で。

 ユーウに頼んで、それらを何とかしようとすればすぐであった。


 実家に、貧相な身なりで現れた際にはひと悶着あったのである。

 ロシナの父親は、見た目からしてちょび髭の気取り屋だ。

 それが、事もあろうにユーウを玄関で追い返そうとしていた。

 なので、勢い余ったロシナは父親を平手打ちにする羽目に。


「む、息子よ。どうしたのだ?」

「父上。そいつは、俺の客人ですよ。一体どうしたんですか」

「……息子にぶたれるなんて。よよっ」

「きもっ」


 強面とは裏腹に、芯が弱い。ロシナの母は女傑と噂される人だったので、完全に尻にしかれている。

 倒れたロシナの父をユーウが助け起こす。ロシナの父は、怪訝な表情だった。

 直前まで罵倒されていたというのに、ユーウは何一つ受け止めていない様子であったから。

 

「ロシナよ。もしかして、父は客人に酷い真似をしてしまったのか?」

「もし、も案山子も、ないですよ。母上が聞いたら、どんな折檻を受けるやら。ちなみに、妹が後ろで見ているのですが。宜しいのですか」

「ふぉおお」


 ロシナの父は、脱兎のごとき脚力であった。

 それからちょくちょくやってくるようになったユーウをもてなす内に、父親の見る目も違ってくる。

 ユーウが金になる木だという事に、気が付いたようだ。

 というのも、ちょっと改造した馬車が高く売れていくのである。

 改造した馬車を試乗してもらい、その口コミから売れるようになるという具合であった。


 貧乏であったロシナ家も、次第に運が向いてくる事になっていく。

 最初は、居丈高だったロシナの態度も丸くなったのはそういった話があった頃だ。

 正確には、自分で覚えていないのである。

 が、ガーフやその他のメイドたちからも噂話の恰好で評判を聞く事があった。


「ちょっと、ロシナ」


 アルに気に入られるユーウを見て、最初のうちは反感を持っていたのだ。

 それが為にロシナは、踏ん反り返った態度も多くあった。

 今では、下手に出る事を覚えたりしている。

 王城内での評判は、ユーウには及ばないがまずまずという所だ。


 もっとも、幼児が王城で何ができるのだという話も出てくるのだが。

 そんなロシナの手は、アルの小姓である立場を利用した威嚇である。

 方々に圧力をかけたり、謀略を立てるのもロシナの仕事だ。

 貴族たちの勢力を削ぐために、様々な政策を打ち立てていく。


「聞いてるの? ロシナってばあ」


 毎日迷宮に潜るだけが、お仕事というわけではないのだ。

 今期のお仕事は、貴族たちの反対を押し切っての接収と累進課税法を含めた税制の確立である。

 大変な苦労が伴うが、この戦いが終われば反対派も黙るしかない。

 最大多数を幸福に導いてこその貴族。

 そうした考えを持つのは極少数だが、ロシナはやり遂げるつもりであった。


「こらっ」


 ロシナは、頭部に着たアダマンダイト製のヘルムが揺れる事で我を取り戻した。

 目の前に広がるのは、血の海であった。

 その中で、異様に整った少女が首をもがれていた。

 髪の色は金。大輪の薔薇をイメージさせる少女は、その顔に苦悶の呻きを留めている。


「な、なんだ。どうしたんだよ。これは、一体」

「どうしたじゃないわよ。馬鹿ロシナ。貴方、幻術にかかってたのよ。少しは、自覚して頂戴」

「で?」

「で? じゃないわよ。貴方、セリアに頭もいで貰った方がいいのかしらねえ。とりあえず、ぴーーしなさい」


 エリアスが、奇想天外な事を言いだした。ロシナは、困惑した言葉を漏らす。


「へ?」

「へ? じゃないって。もう、いくらなんでもこいつに預けるのは、どうかと思うわ」

「同感ですわ」


 そう言いながら、フィナルとエリアス、二人はロシナの鎧と服を剥ぎ取った。

 強力な魔術的防御があるのにである。二人にかかっては、まるでその効果を持たない。

 筋力値もロシナより上だったりするので、抵抗ができなかった。

 後衛職の筈なのに、前衛より筋力があるというチートな少女たち。

 丸裸になったロシナの身体を舐め回すように見て、或る部分で視点が止まる。

 

「……結構立派な物をお持ちですのね。ロシナ」

「ちょっと、待てって。何でこんな事をするんだよ。意味がわからねーよ。一から説明してくれ」


 大事な部分は元気になっている。ロシナが意図した訳ではないが、男性としては普通の反応であった。

 エリアスは、咳払いをしてからロシナに目的を話す。


「あのね。このモンスターが何だかわかっているのかしら」

「そりゃあ、女ヴァンパイアだろ」

「違うわよ。その中でも特に能力があるとされる吸血姫よ。こいつは、真祖なんていう胡乱な生き物なの。で、どうするかといえば能力を封じて封印するか消滅させるかなんだけど。そこで問題です、この希少なモンスターを消滅させた場合ユーウになんて言われるでしょうか」

「多分、ぶちぶち文句言われるだろうな。いや、いじけるかもしれない。あいつ、女には何だかんだで甘いからなあ。何で殺したのとか言われるだろう」

「そうね。そこで、私たちは考えました。下僕にしちゃえばいいじゃないかなっと。でも、ユーウに知らせるのは業腹です。ライバルが増えるのは面白くないの。だから、ロシナっがんばっ」


 ―――いや、がんばじゃねーよ。

 そこで、ロシナは相手に宿る殺意に満ちた目を見て覚悟を決める。

 放っておけば、必ず敵となって現れるであろう相手だ。放置する事が出来ないのならやるしかない。

 他に方法がなかったのか。等という事は、魔術に詳しくないロシナにはわからない事で。

 どういう方法で拘束しているのか。ロシナにはわからないが、相手は極上の美少女だ。


 ―――据え膳食わぬは、男の恥なんて事もあるよなあ。

 と、やる振りをして接近したロシナの首筋に向かって、少女の牙が迫る。

 

「えっ」


 間抜けにもロシナは、それをまともに貰ってしまった。

 顔だけが、首筋に食いついている状態だ。そして、二人はと言えば見ているだけで何か呪文のような物を拵えている。次の瞬間には、吸血姫の背中から光が漏れた。魔術的な拘束が加わったのだろう。更には、霊的な物までもが追加されていくようだ。ロシナは、朦朧とする意識の中で少女の目を見る。


 目には、敵意はなく快楽に染まりきっている。もう、完全に事後というような状態だ。

 加えて、目からは紅い光が溢れてくる。次いで、どろりとした液体を感じたロシナが離れようとするのであるが、距離を取れない。

 先ほどまで、離れた場所に在った筈の身体が目の前にある。

 背中には腕が回されていて、がっちりと食い込んだ状態だ。

 

「おい、ちょっと見てないで助けろ」

「え、これからがお楽しみじゃないの?」

「待て。これじゃあ、死ぬだろ」

「大丈夫よ。もう下僕としての契約は、終わっているから。良かったわねえ、吸血姫の奴隷なんて物が手に入って。レア中のレアよ? 私達に感謝してもしきれないでしょ」


 ―――よかねーよ。

 等と言えば、どう転ぶかわからない。

 ロシナは黙る事にしたが、全身に襲い来る激痛は並ではなかった。

 まじまじとまなこを見つめる少女の名前を聞く事にする。


「君の名前は?」

「   」


 聞き取れない言語だ。ロシナは、そこで相手の名前を決めてやる事にした。

 

「じゃあ、今日から君は……」


 少女は、ゆっくりと顎を引いた。もっと時間がかかるかと思われた交渉も一瞬の事。

 ロシナは、少女から目が放せなくなった。


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