7話 騎士とは (ホランド伯、パーシー伯)
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「彼らは、一体なんなのだ。横暴がすぎるのではないか?」
「生徒は、どうなってしまうのか。断固抗議しなければならないよな鳳凰院くん」
「それは、無理という物でしょう。先生」
「何故かね。人権を踏みにじっているではないか」
「人権。そうですね。確かに、ここが日本であるのならその言い分は通るかもしれません。ですが、ここは他所の国で異世界ですよ」
「だからこそだろう? 未開の野蛮人たちに法と秩序を教えてやらねばならないのだよ」
「お言葉ですが、彼らと戦った場合ですが一時間ほどで皆殺しにされてしまうでしょう」
「……」
鳳凰院の言葉に、若い血気盛んな教師が黙ってしまう。
ロシナにすらわかる事だ。勝った者こそが、強く正しい。
彼らは、何もわかっていないのだ。
ここは、他国で生活保護などない。あったとしても他国の人間にそれを与えたりはしないだろう。
当然の事だが、日本のように韓国人に一兆三千億もの生活保護予算などを計上したりはしない。
日本という国があれば、直ぐにでも送還する。
が、ユーウはそんな気もないようだ。こき使う気が満々である。
そういった事もありロシナは、教師役をしている。教員免許等ないが。
ユーウが生徒を連行した事で、学校では全校集会が行われたり大変な騒ぎになった。
その調整を兼ねて、そういう役を買ってでた。
少年法の有無や生徒の様子など煩わしい事が多く、ロシナは内心で苛立ちを覚える。
それを隠しながら授業をするのは、難しい。
教えられる事などたかが知れていたりするのだが。
「えーと。まずは、騎士って何だと思いますか?」
「アーサー王でござるか?」
当てられた山田が、椅子に座ったまま答える。
らしいといえばらしい答えだ。アニメなどで得た知識なのだろう。
馬に乗る兵士という答えが欲しかったのだが、それもまた答えではない。
古い封建制度だったのが、今まさに崩れようとしている。
「有名ですよね。でも、ただの伝説らしいですけど」
「騎士王くらいしかしらないでござる」
「まあ、そうかもしれません。我が国の騎士は、公務員と思ってください。また、騎士といっても幅が広いのです。なので、蜥蜴に跨る兵や天馬に跨る兵、馬だけではなく様々な形態の乗り物に跨る兵がいます。ここまではいいですか」
「はい」
ロシナの視線が通る先に騒ぐ生徒は、教室にはいない。
山田たちの古い学校だが、近代化された設備が多い。
ロシナは、教育もしなければならなかった。
刑事に限らず騎士は、民事の案件にも手を出すという事もあると。
学校といっても王国の知識を教えられる人材には限りがある。
なので、教師の代わりをしなければならない。
高校の授業に道徳の時間がないのに驚かされた。なので、それを作るようにしている。
ユーウが西に東に奔走しているおかげで、学校は落ち着きを取り戻しつつあった。
古い進学校らしく、農具は期待できなかったがそれを補うように図書室の大きさは並の図書館以上だ。
且つ、調理室があり学校には食堂があるのも幸いした。
食堂に、食材を持ち込めば給食職員が調理する。
慌ただしい毎日が過ぎて、暗い部分も見えてきつつあった。
イジメだ。
体力があり、警備にも進んで参加する生徒とそれ以外ではっきりとした壁ができつつある。
それに伴い格差が生まれてくる。この点は仕方がないとも言えるが、ロシナにも解消できない。
「また、騎士は色々と徳目があります。一番よく言われるのは、弱い者を守れです。しかし、これも形骸化していまして。今では、忠誠と奉公が前にきます」
「えっと、それはどういう事でしょうか」
手を上げたのは、鳳凰院。それに応える。
「一つは、他国との戦争が原因ですね。戦争をこの国はしていますから。ここの所、千年ほどは戦争しっぱなしです。首都で防衛戦こそありませんが、鼻先まで敵の軍勢が迫った事があります。終わらない戦いが、続くうちに騎士道が廃れていくのも無理はないでしょう。ただ、英雄が現れる度に騎士道が蘇りますが」
「英雄は蘇るのですか?」
「そうではありませんが、輪廻転生説は根強いです。例えば、前世の記憶を持っていたりするのはその代表的な例ではないでしょうか。まあ、騎士道は何度でも蘇るさ。という事ですね」
騎士道などに拘る余りに負ける例はいくらでもある。
負けたが故に、御家断絶などはないけれども。衰退した家といえば、アルブレストの家が有名だろう。
元々は、大貴族だった家が領地を失い貧乏貴族として名前だけ残っているようなそんな有様。
だった。
不意に、画面が揺れるような視野にロシナは驚く。
何かが、おかしい。
だが、それが何なのかわからない。そんな違和感である。
幼稚園児のような年齢であるロシナの教鞭は、それなりだと自負している。
どの生徒も緊張しているのは仕方がない事だろう。
何しろ、警官といってもいい騎士と兵士が完全武装で各階層に待機している。
全寮制の学校に変えるべく、寮の建設にも相当な金をかけていた。
これは、王国の貴族たちにはかなり不満が上がっているらしい。
アルがぼやいていたのだが、ユーウのやりようにロシナは賛成だ。
何しろ、日本人というのは放っておくとどんどん人口が減っていってしまう。
見合いを計画するのもその一環。ただ、いきなり白人のご令嬢というのは無理がある。
ロシナの権力を以ってすれば出来るが、上手く行かないだろう。
「そんな訳で、騎士といっても様々です。正面から一騎打ちをするのは、残っていますがそれも極稀になってしまいました。ですが、この学校にも厩舎や施設を作る予定があります。皆さんにも騎士としての訓練をする時間をとりますので宜しくお願いしますね」
「「はい」」
剣道も有用だった。防具などかなりの備蓄がされてある。
職人をそれなりに必要とするのだが、それはユーウ頼みだ。
フィナルも援助して貰えるのだが、今一つ痒い場所に届かない。
この学校を存続させていくには、電気に水道、ガスに食料と様々な物資が必要なのである。
騎兵の育成に、最近流行りの弓騎兵の育成。
多種に渡る兵を高度に育成する。そういった育成機関としての位置づけだ。
日本にも流鏑馬等があるのだが、できる人間が見当たらない。
単純に考えても、逃げ射ちできる兵は強い。接近するまでに倒す事が出来る為だ。
魔術の存在がなければ、やはりモンゴル兵のような弓持ちが圧倒的だろう。
滔々と進む授業の方は、滞りなく終わる。
「起立」
「礼」
何時もの光景だ。ロシナは、鎧をガシャガシャと鳴らしながら退出する。
供の兵を伴い、去っていく。
通路では、皆怯えている気配だ。無理もないだろう。
武器の所持など日本では見慣れていない。
職員室により、資料を整理する。と、若い先生の姿が目に入る。
鈴木先生だ。しかし、どうも眠そうな様子であった。
「もし、先生」
「え、ああ。ロシナくん」
「ぼーっとして、気分でも悪いのですか」
「いえね、ちょっと。……あのロシナくんは二階にいるトマスさんってどういう方なのかしら」
「トマスですか。彼は、真面目な堅物ですよ。ちょっと、女性関係には疎いみたいですね。それがどうしたのでしょうか」
「あはは、何でもないのよ。ありがとう」
何となくロシナにも理解できた。
しかし、他人の色恋には手出しできない。
目が線のように見えるトマスの姿を思い浮かべ、春が来たかと手を握り締めた。
性格はいいのだが、奥手な彼は娼婦に手を出す訳でもなく任務に集中する性質だ。
なので、いい年なのだが浮いた話もない。
ホモかといえば、そうでもないらしい。
トントンと書類を机にまとめておく。
ロシナに話かけてくる人間は、まだまだ少ない。
容貌は、山田たちよりも幼くみられるのだ。
しかし、剣で武装をしているので怖がられているのだろう。
午前中の授業は特になく、次の授業の合間に向かう所がある。
廊下に出たが陰陽師たちの姿は、見られない。結界を維持するのに手一杯なのだ。
ロシナが向かうのは理科室である。電池の製造を考えていたそれの量産化。
ロシナの資金源となるであろう。そういう手筈になっている。
発電には、魔術を使えばよい。
王都にいる貴族たちの鼻を明かすであろう第一歩でもある。
経済的にも、文明的にもだ。
水車に風車にとにかく作る物は多い。人力で作る城壁も、ユーウにかかれば一日で出来る。
が、彼に頼ってばかりでは先に進まない。
教室のドアを開けた先には、美上と最上の二人が立って実験をしている。
「小型蓄電池の改良はどうかな」
「それが、上手くいません」
「大型なのは出来たよね。作り方は載っているはずだけれど。何が悪いのかな。まあ、時間はたっぷりあるのだから焦らず進めていきましょう」
冷静な最上は、テキパキとした動作で資料を作っている。
対する美上は、あまりこういう事には慣れていないらしい。
見るからに体育会系の不良といった風体なのだ。慣れていたら驚きだろう。
バッテリーの作成はそれ程時間がかからなかったが、それの小型化に手間取っている。
(ユーウの言う通りに物事は進みまないよな。大体、工業系でもない学校じゃあ機材だってないんだし。わくわくしてくるけど。何しろ、ここじゃあ金も権力もあるんだしな)
ロシナは、生徒を使って電気設備の復旧を進めていた。
単三電池やそれ以下になると、作るのでも手間暇がかかる。
ましてや、携帯の電池になれば未来の技術というしかない。
容器を作り、その量産化には膨大な設備投資が必要になる。
一夕一朝という訳にもいかないだろう。螺子一つから作る工場が必要だ。
魔術でぱっと解決できるような人間はごろごろいないのが問題だった。
電気一つでも大変な労力が必要になっていて、とてもロシナだけでは解決できない。
学校の水洗式のトイレもそうである。
膨大な水を必要としており、日本のような水が豊かな土地と同様には活用できない。
学校一つでさえ、魔術師を一人と言わず貼り付けるくらいの必要性があるくらいだ。
大量生産をする必要があった。
最も早く金になるのは、馬車の車輪だったりする。
ユーウから生徒を学校から逃げ出さないようにあれこれと手を尽くすように言われていた。
というのも、図書室に日本人にと金のなる木が生えているのだ。
文句も影で言っているだろうが、てきぱきと作業をする人間は日本人だけだったりするのである。
牛馬のようにこき使っても、大した不満も言わないし。
ミッドガルドの人間と言えば、朝は日が上れば起きて、夕日が沈めば寝るという具合だ。
魔術の光が有る場所では、それなりに起きて働く者もいたりするのだがそれも限られている。
蝋燭の生産にも、かなりの手間暇が必要で夜更かしをして作業する人間はそう居ない。
学者位のものだろう。
「少し、休憩にしますか」
「あ、はい。ロシナ様」
「あー。様はやめましょう。せめて、さんくらいで」
返事をする最上。しかし、表情は硬い。ロシナとしては、打ち解けた関係になりたいのだが。
「ロシナってさ。やっぱり、偉いのか?」
「うーん。まあ、そうですね。一応、この学校を警備する隊の指揮を任されていますね。ですが、細かい事に関しては、ガーフに言ってください。イジメから差別まで幅広く対応してくれますよ」
「そうなのか。あのおっさんもやっぱり偉い人なんだなあ」
美上の言葉をガーフが聞けばロシナの知らない場所で殴りそうだ。
徹底した上下関係の存在するこの国では、貴族かそうでないかで扱いが違う。
と同時に、白人と黄色人種でも徹底した区別がなされている。
だからこそ、ユーウは気をつけているのだが。
隣の国では、同じ宗教であっても宗派が違うというだけで異教徒扱い。
光翼教会は並々ならぬ弾圧を加えるという。この国でもそうだったりする。
東方の人種というだけでも、一等低く見られるだろう。
町を歩けば、柄の悪い人間に囲まれかねない。
日本人が夢見がちになるような優しい世界などどこにもないのだ。
世界は、残酷に出来ている。
「それで、困った事とか怖い思いをした事とかありませんか」
「そうですね。特には。皆さん親切ですし、西洋人みたいに大きな態度できませんよね」
「それは良かった。俺からも言ってありますが、何かあればすぐに言ってください。大抵の事は叶えられますよ。ただ、お菓子は難しいですねえ。おっと、何も俺は作ってくださいなんて事はいってませんけど」
「ははあ。最上、作れたっけ」
「いいけど、材料がないわよ」
ロシナは、舌なめずりした。王都の料理人が作る物は、どれもこてこてした物だ。
ここに来て、毎日のように食堂で食事を取っている。特に、味噌汁はいい。
自家製の味噌などがあれば、是非にも譲って欲しいくらいである。
脂ぎった料理に、香辛料をぶっかけるなど無粋の極みではないだろうか。
料理の本を持ち出したかったのだが、ユーウに止められた。
電気関係に並ぶ図書館の宝だ。日本料理は、どれをとっても最高だ。
寿司がいいのだが、握れる者はいないだろうかと探している。
午前中の食事を取る為に、食堂へ行くとみすぼらしい黒のローブに身を包んだユーウに出くわした。
「やあ、アル様がお呼びです」
「わかった。けど、飯食ってからにしないか?」
「兵は、神速を尊ぶといいますよ。……今日は、カレーですか」
「かつ丼が三百円。あ、いや三ゴルか。しかし、これを三百ゴルにしようとすればハイパーインフレだな」
「そうでもないですよ。一ゴルの下にゼルとか分かりずらいですよね」
ユーウと歩きながら、ロシナは頷いた。
「何も問題なさそうだけどな。一円の例なんだろうけどさ。五十銭とか今一ピンとこないのはわかるが」
「そうですねえ。ま、そういった細かい所を変えていくのが改善でもありますし。っと」
ユーウが突然、食堂前に繋がる通路でロシナの身体を押さえる。
それから、呪文を唱えるとユーウとロシナは淡い膜に包まれた。
「これは、身隠しの魔術か」
「そうですよ。ちょっと声を出さないように歩きましょう」
先に進んだロシナが目にしたのは、生徒を押さえつけて殴る兵士の姿だ。
食堂では、入口を監視するように見張りが立っている。
ロシナは、目の前が真っ暗に成りかけた。
「ああん、どうした? おら、言ってみろ黄色い猿」
「こんな事は、止めるべきだ。彼女も嫌がっているだろう」
抵抗は虚しい。二mに迫る体格に、訓練を受けた兵士。
高校生では敵うべくもない。
「何か、言っているのか? 俺らを差し置いて、良いもん食いやがって。おめーらが食うべきは、こっちなんだよ。ちび猿ども」
「うえええっ」
「泣け、おら、泣けや。おらっ食いやがれ。おめーらにはこれがお似合いよっ」
兵士が手にした糞を生徒に食わせようと、口に突っ込んでいく。
そこで、ユーウがぶち切れてしまった。
とんとん、っとユーウが笑顔で兵士の背中叩く。
死んだな。
ロシナは、そう思った。周りの兵士は、顔面を蒼白にしている。
「ああん。まだ、馬鹿がいるのかあ? はっ」
「君、何をしているのかな」
「はっえええ、はえっはあああ……」
見張りがいても安心などしてはいけない。
ロシナなどよりも遥かに勘がいいユーウがいるのだ。
大概、ばれてしまうしロシナは兵士を弁護するつもりなど毛頭ない。
「お前たち、一体何をしているんだ。こい」
ロシナは、部下の足を剣でへし折り連行する。
髪の毛を掴んで連行するロシナに、部下の兵士は悄然とした面持ちでついてくる。
じたばたと暴れようとする兵士に、剣で制裁を加えていくと静かになった。
ぶちぶちと引き抜かれる髪の毛で頭が真っ赤に染まる。
校庭に警備を行う兵士が集められた。
全員整然としている。誰も私語話す人間はいない。
ロシナは、領地に帰りたい気分だ。
泣く訳にもいかず、ユーウに話を振る。
「死刑だけは、勘弁してやってくれ」
「泣いて馬謖を斬る例えもありますけど。このような事が起きるようでは、ロシナの隊では駄目という事ですか」
「たいして、変わりないと思う。大体、兵士のマインドってのは似たり寄ったりだろ。変えようと思ってもそうそう変わるものでもないぜ」
「では、後の処理をロシナに任せます」
ユーウは、気を使ったようだ。ロシナの兵に手を上げるのは、気分を害するとみたのだろう。
実際問題として、ロシナの沽券に関わる。
それで、決めたのは拷問刑だった。
打擲刑では、死にかねない。
真っ裸に剥いての鞭打ちと決まった。
「ロシナ様。どうか斬首だけは、避けていただきたい」
ガーフが懇願に来た為だ。揃って斬首にするのも一考だったが、ロシナとて鬼ではない。
懇願されれば、熟慮して鞭打ちで済ませようとしている。
処刑台を作らせ、鞭打ちの用意をして犯人たちの処罰をする段でガーフが片膝をついて告げる。
「お待ちください。ロシナ様、こやつらは未熟。精神も幼いのです、ここはどうか見守られますようお願い申し上げます」
「それで、済む話ではないのだよ。ふう、風紀の問題だ」
ユーウが、棒を持って現れた。
「ガーフ、これに耐えてみろ」
「っ。わかりました」
結果は、一撃で泡を吹いた。配下の兵にざわめきが走る。
ガーフと言えば、ロシナの配下でも歴戦の兵として知られている。
その上、剣技では家臣の中でも随一の剛の者。
彼が、一撃で悶絶するその様には怒りを露わにする者もいた。
「じゃ、次はロシナの番かな」
「ああ、やってくれ」
掛け声と共に、ロシナの声が上がる。
ユーウの一撃が決まる度にロシナの身体が、海老のようにのけぞった。
「はあ、はあ」
「十回受けきるのは、流石ですね」
「ぶっ。言ってろ」
服と鎧を着ながら、ロシナは立ち上がる。
「お前たち、騎士道とは何かっ」
「弱き者を守ることっ」
「弱そうな人間を見つけて、いたぶる事が騎士なのか? いや、騎士に非ずっ。ならば、いかんとするっ」
「「斬首が相応しい」」
ロシナは、首を振り否定した。
「温情をかけようと思う。次は、無い。諸君らも覚悟してくれたまえ。指導と苛めは違う。彼らを守る為に派遣されている騎士と兵士が道に非ざる行為をしないように」
気絶したままのガーフを連れて、生徒を虐めていた男たちに鞭打ちの刑が始まった。
加担した連中も騎士団を追放されるよりはマシであろう。
これは、国外追放にも勝るとも劣らない厳しい処置だ。
国において、騎士団を放逐された人間は暗がりに行くか、野垂れ死にする。
営倉入りもあるだろうが、これで無くなるとも思えない。
ロシナが受けた傷の痛みは、ユーウの回復魔術で治まっている。
そのまま連れていかれる事になった。
◆
ユーウに連れていかれた場所には、何時ものメンバーが揃っていた。
見るからに平原だ。
そして、アルの後方に五百ほどの兵が整列している。
これで、初陣を飾ろうというのか。ロシナでも無謀と言わざる得ない。
前方に陣を構えるのは、アルカディア王国軍を率いるホランド伯の軍だという。
数にして、凡そ倍以上に見えた。
しかし、アルは正面対決を選んでいる。
というよりも、セリアが単騎で突撃するらしい。
普通ならば、冗談としかとられないような光景だ。
年端もいかない少女が、皮鎧に槍を持って一騎駆けをするなど。
「いいのですか。いくらセリアが腕の立つ戦士だからといって、倍の相手では囲まれてお終いですよ」
「ふむ。まあ、心配する事はない。死ねばそれまでだ。その覚悟無くして戦場に立つべからず」
「おい、ユーウ。セリアが心配じゃないのか?」
「ん。大丈夫でしょう。彼女の力は、乱戦向きですよ。敵に、強者が居ない事は把握済ですし」
そういわれては、ロシナも黙るしかなかった。
槍を手に、セリアが駈け出す。しかし、相手は応じる事なく弓を浴びせる。
馬がやられた。次いで、魔術の集中砲火を浴びる。
「成程。いい囮ですか」
「大丈夫よ。ほら」
エリアスが指を差す。セリアが、何事もなかったように敵陣に突入していく。
弓も魔術もユーウの守りが効いているのだろう。その後は、彼女の独壇場になった。
まるで、人の首が草にでもなったように刈り飛ばされている。
「よし、全軍敵陣に突撃せよ」
セリアの働きで、混乱している。
敵陣に迫ったロシナが目にしたのは、血走った眼で強敵を求めてさまよう悪鬼の姿。
敵の返り血で、鈍色の兜も鼠色のマントも真っ赤に染まって敵兵は逃げ惑っている。
旋風のように振られる槍の威力は、絶大の一言。
ロシナも負けじとランスで突撃するのだが、彼女から立ち上る黒い気に当てられて眩暈がする。
敵は、それで脱糞する者まで現れて潰走状態だ。
「敵、強い者は居ないのかぁーっ」
名乗りを上げて挑む者は、いたようだが相手にならない。
少女が突撃してくる。
一騎駆けに、応じる事なく指揮官であるホランドは魔術と弓を打ち込んだが。
命中したというのに、馬が倒れただけだ。
「敵兵、無傷のままだと? どういう事だ」
「あれは、何なのだ」
側近が騒ぐ。銀髪をたなびかせながら、槍を手に走る敵兵。
馬は死亡したようだが、止まらない。このまま全軍と当たるつもりのようである。
「包囲するように長槍を展開するのだ。敵は、一人だぞ」
束ねられた槍で防ぐ筈。ホランドの常識に沿えば、槍衾を突破出来るような兵士など存在しない。
相手は飛び越えながら、上空から槍を振るう。
「はあ?」
それだけで、ばたばたと兵士が倒れていく。
それでも体格差のある兵に取り囲まれて終わりだろう。
ホランドは、ほくそ笑む。
しかし、終わらない。むしろ、宙を舞う兵士たちの姿に目を疑う。
槍が振るわれる度に、麦の穂を刈るが如き有様で兵が倒れていく。
「重装歩兵たちであろう? それが、どうしてこうもあっさりやられるのだ」
「は、はあ。我々にもさっぱりです。が、トーマス卿が出ましたぞ」
全面には、重装甲の兵を展開して敵の突撃を食い止める。
そういう勝ち方である。そこに、敵の攻撃が来てもそうそう崩れない。
その予定だったのに、まさかたった一人の突撃で崩れるなど誰が想像しえようか。
側近が言う通り、鈍色の甲冑を着て暴れ回る敵を食い止めんと、前に兵が動く。
一際巨漢の兵だ。山と見紛うような体躯で、ホランドの配下でも圧倒的な暴力の持ち主である。
配下の兵を握りつぶすなど、問題行為も多いがこういう場面では頼れる筈だった。
それが、真っ二つだ。
肉の断面を見せながら倒れた。
それで、戦いは決まってしまった。ホランドは、退却をせざる得ない展開に手綱を握りしめる。
「引け、引けえ」
「味方は、総崩れです」
「止むえん。一旦、後方の軍と合流だ」
側近の声に、ホランドはそう応じるしかなかった。
敵は、たったの五百だ。そういう話がアルカディア軍の諜報網より伝わってきた。
だからこその迎撃態勢で、必勝の形であったはずである。
追撃する敵は、あっさりホランドに追いついてきた。
何を言っているのかわからない。が、怒声である事から一騎打ちに応じろというのだろう。
「ここは、我等が」
「すまぬ。お前達、生きろよ」
「はっ」
ミッドガルド軍の攻撃は、熾烈を極めている。生き残れる確率は半々だ。
それでも殿を受けて食い止める役を負った臣には、頭が下がる。
ホランドの軍は、もう形を成しておらず自身も数騎の供を連れて後方へと下がるので精一杯であった。
後方には、まだ味方がいる。
無事合流したのは、幸いだったが詰問を受ける羽目になった。
「本気で言っているのか? ホランド伯」
「私は、正気だよ。パーシー伯、敵兵は強い。たった一人に敗れる有様だ。君も気をつけたまえ。策が無いのならば、正面から当たるのは愚策だろうね」
「ふうむ。では、王子が出てきているというのは本当の話らしいな。彼の配下はどれをとっても一騎で千人力だという。疑わしい話だが、我が国にもそのような者は居ただろう?」
「先頃、国王が召喚したという勇者か。しかし、それを今から連れてくるには時間がない。撤退するべきか」
そこに、天幕を開けて飛び込んでくる兵士。
汗びっしょりになりながら、兵士がパーシー伯を見つめる。
「て、敵軍が現れました。前線では、既に戦闘が開始されております」
「何だと? 早すぎる。防戦をしながら、後退だ」
「これは、早すぎる。パーシー伯、私見だが、敵は私の配下を放置してこちらへと向かってきたのだろう。となれば、あの勢いのまま突撃してくる事になる」
「ふん。ならば、見ていてもらおうか。おい、支度を急げ」
こじゃれた髭を触るパーシーは、敵を見縊っている。これではいけない。
ホランドは最大限の注意を払っていたが、なす術がなかった。
となれば、敵を観察し弱点がないのか思考するべきだ。
パーシーに付いて、ホランドは馬に騎乗する。
前線は、とっくに崩壊して中央まで食い込まれていた。
パーシーの兵数はホランドの倍はある。だから、誘い込んで仕留めるという事も出来る筈。
「何をやっているのだ、敵はたった一人だぞ。さっさと仕留めろ」
「はっ」
怒声を放つパーシーに答える側近の兵士もまた、顔を真っ赤にして前線へと走る。
応戦している兵を他所に取り囲む。そういう戦術を取ろうとするのだが、それが出来ないでいた。
というのも、真っ直ぐにパーシーの元へと走っているのだ。
それで、下がろうものなら全軍が下がる羽目になっていた。
そこに敵の軍が接敵して、前線の兵が潰されていく。
炎が舞い、土塊が兵を死体に変える。優秀な魔術師が揃っているのだろう。
騎兵が殆ど魔術騎士なのかもしれない。
ホランドは、既にパーシーの敗戦を見越していた。
どうすれば、相手を食い止められるのかを考える事が肝要だ。
「ここまで来るだと? どうなっているのだ。聖騎士はどうした」
パーシーの動揺は、兵士にも伝わる。
これは、駄目だ。白銀の鎧を身に纏った騎士が、純白のマントを真っ赤に染めた。
敵兵は、化け物といっても差支えないだろう。
ホランドは、言外に側近の顔を見る。
「パーシー伯には、四人の聖騎士が仕えていると聞きます。纏まって連携をとれば、或いは」
「かもしれんが」
大剣を手に斬りかかっていく騎士の姿が見える。
分厚く、重厚な鉄塊だ。貰えばひとたまりもない。
が、当たる事なく敵兵に首を刈られる。
「これは、不味いな」
真っ青に晴れ渡る空。戦況には、早くも暗雲が立ち込めた。