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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
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4話 俺と彼女4 (レギン、シーゲル、ジークルーネ)

(あれ、よく考えたら戻れなくなったら積み上げた何もかもが崩れるんじゃね)

 などと考えてみてもきりがない。

 とはいえ、アーティがユウタにはいる訳でそうそう他の子になびくなずもない。

 ユーウは、クリスをゲットしたい様子だが全くと言っていいほど口説いている様子もない。

 このままじゃああまり歴史は変わらない結果に陥る。


 どうすんのよこれ。というのがユウタの感想で、どうしたものかと一人で愚痴る。

 ペダ村にいってアーティが子供の頃から餌付けするべきではないだろうか。

 

「そうだ、その線だ。しかし、汚いやり方だな」


 毎日毎日アルとセリアが押し掛けて来て、あちらに行く暇がないといえばそうなのだが。

 あまり、アーバインの方向へと行けば取り返しの効かない修正がされてしまう気がして腰がひけていた。

 ヘタレというならそうなのだろう。

 ただ、妹の事を考えるならばあまり触らないのが吉なのかどうか。

 報告書に資料作成に色々と忙しい。特に困っているのが、奴隷の扱いだ。

 ただ単に、解放すれば済むという話ではないからである。


 上に立つならば、皆を幸せに導かねばならない。

 

(忘れている訳じゃあないんだ。でも、一番は妹の事なんだよ)




「行くぞっ」


 外の天候は、どんよりとした雲が厚みを帯びている。今にも、雪が降りそうであった。

 王子の提案で訪れた修練場で、ユーウとシグルスが決闘をする事になった。

 観戦しようという騎士や兵士たちが続々と詰めかけていた。

 シグルスは、怒気を込めたように宣言する。


「用意はいいですか?」 

「いつでもどうぞ」


 応じるユーウと言えば、余裕しゃくしゃくといった表情である。

 相対するシグルスは白い鎧を身に纏っており、万全の態勢だ。

 抜き放つ剣を手に駆け寄ってくる。魔術の使用は、駄目だという。

 遠距離攻撃は、禁じられている。


「魔術を使う事を禁じる?」

「そうだ。肉体のみで勝ってこそ、相手も感服するという物。決して、魔術で縛ったりする事のないようにな。ああ見えて負けず嫌いで、頑固な奴だ」


 そうだっただろうか。ユーウは、インベントリから剣を取り出して握っている。

 上段からの一撃を見舞おうと、シグルスが振りかぶる。が、その腕は上段の構えのまま止まった。


「チィッ。魔術師が剣士の真似をするのですか」


 隙がないのだ。上からこられれば、タイミングを計って貫銅を狙わんとしていた。

 が、相手もさる者というべきか。ユーウの攻撃を予想しえたといえよう。

 距離を取った後、じりじりと詰め寄るシグルス。一足で斬り合える距離で、睨み合う。


 上段から正眼の構えを取るシグルスは、盾替わりに使う無骨な小手をつけている。

 外野の声援は、ほぼ黒髪の少女の物だ。ユーウは勿論、そのような声を聞いてはいない。が、アルが早く倒せというのを無視はできなかった。両刃の長剣を握り締めた少女の肩がピクリと動く。


「ハッ」


 裂帛の気合いでもって殺意を込めた腰だめに中段突きが放たれる。

 ユーウはそれをかがんで躱し、同時に足を払う。シグルスの足を見事に払い、空に浮かぶ少女の身体に詰め寄りながら後頭部を剣の柄で痛打した。金属を打つ鈍い音がして、シグルスは地面へと打ちつけられる。そして、動かない。

 ユーウは、ローブをぱっぱと打ち払う。


「ふう」


 楽勝である。大抵の人間では勝負にならない程技量の差があった。

 それを眺めるアルは、腕を組みながらうんうんと頷く。


「どうやら、勝負あったな」

「まさか、姪がやられるとは。殿下、未だに儂は信じられぬのですが」

「こんなものであろう。何も髭する事はないぞ。無くなってしまうからな。おい、次は私だ」


 予想外の展開が起きると、白い髭を抜くのがシーゲルの悪い癖のようだ。

 一件落着という訳にはいかないようで。

 ユーウが息をつく。アルとシーゲルが話をしている間に、セリアが勝負を挑んできた。

 団員に運ばれていくシグルスを横目に、セリアは両の拳を突き合わせる。槍でもなく剣でもなく、それで挑むようだ。手には金属製のプロテクターが付いている。

 ゆったりとユーウの目の前まで進む。


「ふ、休憩はいいのか」

「必要ないの知ってるでしょ。時間の無駄だよね」

「ああ。せいっ」


 拳を真っ直ぐに突き出す。そして、ぎりぎりの位置で手を開いた。

 それは、相手の視線を覆う物だ。


「はっ」


 短く息を吐き中段の蹴りを放つが、当たると同時にセリアは悲鳴をあげた。

 当たったと同時に、足を手に取りひねった訳だ。それは、プロレス技に近いが容赦がない。

 足が奇妙な方向へ曲がっている。


「あれは、まさか折ったのですか」

「それくらい当然だ。読まれていたのだろう。ユーウいわくブラインド攻撃という奴だが、当然知っている相手には中々決まらん。雷光無双突きか稲妻脚で行くべきだったな。私の出番か」

「お、お待ちください。何故そのように気軽に?」

「セリアの怪我は、もう治っているぞ。気にするな」


 シーゲルは、ぽかんとした表情でユーウの方を見る。そんな会話を傍目で聞くユーウ。アルの座る方をちら見しながらセリアの治療をしていた。自分で攻撃して、自分で治すというのは不毛な物を感じていたのだ。苦悶に喘ぐセリアの目は死んでいないので油断は出来ない。屈んだ位置では、丁度金的攻撃がしやすい。膝が当たる距離にいるので。

 セリアの足を手に治癒魔術をかける。


「不意打ちは駄目だからな」

「くっ、わかっている。どうして中段からくるとわかったんだ。しかも、受けたと同時に足を折るなんておかしい。どうなっているんだ」

「攻撃がみえみえ過ぎるよ。確かに、知らない相手なら食らうかもしれないけど。目隠しとみせて掴み、そこから中段左右二連脚とかにした方が見えずらいよ」

「だとしても、掴みにいってたら顎を蹴り抜くとかするくせに。次こそ勝つ」


 もう何回このセリフを聞いた事だろう。

 精一杯の強がりを見せるセリアは、ユーウの目をまじまじと見た後、ふっと息を吹きかけた。

 びくっとなるユーウはどきりとする。こちらの攻撃の方が余程効く。

 修練場の端では、シーゲルが自らの率いる団員に取り押さえられている。アルが出てくるのであろう。ユーウはまたしてもこめかみに頭痛を感じている。


「お待ちください。王族ともあろう方が、ええい放せ」

「よし。お前達はそのままシーゲルを押さえておけよ」


 使いこんで、ところどころ破れ目の目立つローブを纏う幼児の目の前に立つアル。

 折しも、空からは雪が降り始めている。


「やるんですか?」

「ああ。全力でいくぞ。結界の準備はいいか」


 最近のアルは攻撃方法が派手になりつつある。というよりも、単純な剣技で勝つ事を諦めて全てをぶつけるようになっていた。それでは、辺り一面が崩壊する。なので、結界を展開するのだ。ユーウがそれを張っておかなければ戦えない程だ。

 ユーウは頷く。


「わかりました。ですが、余人に力をひけらかすのはあまり賢いとは言えませんよ」

「示威行動という奴だ。本格的にアルカディアへ攻め込むにも、些か時期尚早という事を知らせておく必要がある。白の騎士団こと白銀の剣を掣肘しておくのにもな」


 あれっという話だ。ユウタが聞いていた話では楽に併合したような感じであったので。

 歴史についての情報をユーウから引き出しても、相当な食い違いを感じていた。

 アルが腰に下げた剣を抜き放ち、そこから炎が生まれる。

 どうやら、グラムを抜き放ったようだ。

 その火力はパーティーでも一、二を誇り、大抵のボスモンスターを焼き尽くす。

 脅威を感じ取るユーウの額から、冷や汗が落ちる。


「それ、ちょっと本気ですか」

「本気も本気だっ」


 迷宮では、殆ど抜く事のない剣である。

 というのも、あまりの火力に迷宮の通路が火の海に飲まれるからで。

 使うにも強力すぎた。

 そんな魔剣からほどばしる炎を振りかぶり、ユーウを叩きつけてくる。

 黙ってやられる筈もなく、ユーウは咄嗟に魔力を編む。


「魔縫鎧っ」


 魔力で咄嗟に鎧を作る魔術だ。金属でつくる鎧に比べると些か強度と耐久性に劣る。その上魔力の馬鹿食いを要求されるので、そうそう使える物ではないのだ。が、ユーウにとっては難なく使えるようである。【魔術鎧】などとも呼ばれる。この鎧は、特に迷宮では重宝される技能であった。ユーウが何とかして冒険者全員に使えるようにしようとしている魔術でもある。何しろ、事は重大だ。しもの話になるので。鎧を着るのも脱ぐのも時間がかかる。


 ついでにいうならば、着たまま脱糞する冒険者がいないでもない。

 大抵は、帰還する羽目になる。文字通りウンコマンとなって。


「ふむ。魔力で鎧を作ったのか。だが、いつまで耐えられるか見物だな」

「心配には及びませんよ」


 ユーウは炎を弾くように受けている。何らかのエンチャントをその上に施した多重魔甲だ。

 受ける度に文様が浮かび上がる。

 手甲を選んだのは、迫る炎の束をかいくぐって接近しようという目論見で。

 対するアルは、炎の剣を十全に操りユーウに叩きつける。


 だが、ユーウは嵐のように叩きつけられる炎を前にして、一歩も怯む事がない。

 隙のない攻撃を躱し或いは移動して避ける。

 そして、アルの背後を取った。

 

「ここです」

「何だとっ。うわああっ」


 【炎化】を図り、接近されたユーウの攻撃を無効化しようとするアル。

 だが、ユーウはそれを許さない。足にアイスバインドをかけつつ、ひっくり返す。

 同時に、氷結の魔術でアルの身体全体を氷で固体化しながら逆転させる。

 

 天地を逆にされた格好で凍るアルは地面へと埋まって、ぷるぷると震えていた。

 剣を放し、地面から出ようとするのだがユーウはそれを許さない。

 その内に、地面を叩き始めた。

 降参という合図だろう。


「ぷはっ。うー、また負けた」

「ふっふっふ。また僕の勝ちですね。それでは、累進課税の方よろしくお願いしますよ」

「わかった。しかし、どうして避けれるのだ。私の攻撃は、そんなに甘いのか?」


 埋まった兜に土が入り込んできたのだろう。

 アルは兜を脱ぐと、それを振って中の物を出す。


「いえ、そんな事はありませんよ。ここにいる騎士の方なら、十人が十人とも焼け死ぬくらいの攻撃です。ただ、一捻りが足りないですよね。例えば、接近されたら溶岩になって膨らむ位は欲しいですよ。後は、爆発するとか。まあ、殺す気で来られてもこまりますが」


 アルは顔を歪めた。そんな事は、殺し合いではないので出来る訳ないという風な顔をしている。


「むう。地面に埋めおって。氷が割れて死ぬところだぞ。くう」


 実際に、それが出来るのはユーウ位のものだろう。

 アルもユーウを本気で殺しにきている訳ではないので制限がある。

 最初の一撃を最大火力にしていればどうか。恐らくは、ユーウの展開した手甲の障壁を打ち破って身体に到達する事も可能だったかもしれない。が、避けられれば結界も破壊して騎士団を丸ごと焼く羽目になる。それはできない事だ。

 とぼとぼと引き返していくアル越しにDDが、


「(あちゃー、アルも駄目なら。ここはボクの配下でも優秀なのを相手してもらおうかな)」

「は?」


 羽を揺らすと、魔術陣が展開される。悪い予感がさっと走った。

 次の瞬間には、黒い服を着た青年が立っている。

 


「黒龍、お呼びにより参上しました」

「(うんうん、よく来てくれたねー。それじゃあ、あの子と戦って上げてよ)」

「仰せのままに」

「はあ?」


 両の拳をぶんぶんと交互に突く黒龍。やる気は満々だ。

 しかし、ユーウはDDを掴みながら話かける。全く手加減なしに、両の手で握りしめていく。


「帰らせろ。疲れたからね」

「(ぷぎゅううう、し、死んじゃう。わ、わかったからその手を離して)」

「王?」


 いきなりの出来事に黒い皮製のジャケットとズボンを着た青年は戸惑っている。

 DDはすかさず魔術陣を発動させて、彼を送り還したようだ。

 DDと黒龍の間で何かを会話している事はわかるのだが、ユウタにも他人の頭を中身まで見る事などできない。

 疲れたのであろうユーウは、気が立っていてかなり怒りっぽくなっている。


 手加減してDDを握り締めているが、当のDDは目玉も飛び出さんばかりだった。


「彼と戦うには、場所が悪いよ。もっと考えてね」

「(あはは。ちょ、ちょっと調子に乗っちゃったよ。流石に、王都を更地にしてしまうのは不味いよね)」

「ふふふ」


 ぎゅむっとユーウは力を込めた。どうやら、戦いにかこつけて人の町を破壊しておこうとでも企んだのであろう。ユーウの目が真剣さを帯びていく。



 

 




 ユーウがDDと戯れている。ユーウは特にお気に入りの人形だ。

 大抵の者で遊べば、アルーシュの力に耐えきれず死んでしまう。

 魔剣グラムの力を全開で振るえば、王都も只では済まない火力を秘めているのだから。


 修練場を閲覧するようにして、アルーシュとシーゲルは椅子に腰かけ、話を進めていた。


「成程、これ程とは。彼の者、まさに戦局を打開するのに相応しい武具ですな」

「そう言うな。貴族どもと同じように聞こえるぞ。それでは、シグルスを連れていくがよいか」


 相手は特に因縁のある人物である。それを踏まえての人選だった。

 出来る事なら、アルーシュとしてもユーウの事を誰それと構わず接触させたりしたくないのだ。

 おそらく、対人関係以外の事であれば何でも器用に卒なくこなすであろう。

 アルーシュの問いに髭を撫でるシーゲルは、勢いよく返事をする。


「はっ。姪をぜひ連れてやってくだされ。ところで、何処に行くので?」

「うむ。今日は戦乙女の記憶にな。ジークルーネ、あれを倒す」

「まさか。危険ですぞ」


 目を剥いて諫言をするシーゲル。だが、そんな事は織り込み済みだ。


「その為のシグルスだ。全力でやってもらう。いいな」

「むむ、兄が何というか」


 慌てふためくシーゲル。岩のような顔に釣り目が怖い。

 大抵の者は、猛牛というイメージを抱きドワーフかと錯覚する。

 御しやすいが故に、副将としてレギンの補佐を長らく務めている良将でもあった。

 相談事には、大抵この男がアルーシュの相手役になる。


 ユーウと言えば、シーゲルに視線を向け何故そんなにも慌てるのか理解していない様子だ。

 迷宮には、普通に行って帰って来るだけである。

 倒すのはジークルーネ。彼女は、強敵だ。

 それで弱音が漏れる。


「なあ、私が負けるのは何故だ」

「それは、相手が一枚も二枚も上手だからでしょうな。幼児に大の大人が負けるなど有りえぬ。とはいいきれませんので。このシーゲルめ、であっても勝つとは言い切れませぬ。身を捨てても相討ちに持ち込めるかどうか。組み付いての自爆技くらいしか見当たらない所でございますが」

「まだまだ技はあるといっても、広範囲系の殲滅技になっていく上に、下手な火力上げは自滅をもたらすから困った物だ。所詮は、稽古と諦めるには悔しい」


 アルーシュが、ユーウを眺めていると修練場の入口にアルルが現れた。

 幸いにして、ユーウが気づいた風はない。

 が、差し出された飲み物を口から反射的に吹き出す。


「おい。あいつはどこから」

「はあ、姫様たっての願いで見学をする事に」

「しかも、私がいるのにあらわれたぞ。あっ、こけた」

 

 こめかみに指を当てながら、アルーシュはアルルを影術で送り返す。

 影に沈んでいくアルル、彼女もまたこちらに気が付いた。あたふたしているが後の祭りだ。

 馬鹿だ。大方、こちらならば己が居ないと踏んでの行動なのだろう。

 あまりにも軽率だ。

 影に飲まれる際には、アルルは非難する目を向ける。が、文句をつけるのはアルーシュの方だ。

 

「頭が痛くなってきたぞ」

「心痛をお察しいたします」

「うむ。ところでな、アルカディア王国への増援の件なのだが」

「それは・・・・・・」


 歯切れが悪い。流石に、狼国との戦争を終えたばかりである。白銀の剣だけでも十万を数えた戦争では、多くの兵士が命を落としていた。所詮は、数に任せた波状攻撃による力押しである。損害も馬鹿にならない程多い。加えて、白銀の剣は所領での再建真っただ中にある。四つの軍団で最大二万五千の兵員を組織していたのだが、損耗が激しい。


 将軍である所のレギンは南東の所領で、屯田兵による収獲高の増加を狙っているが芳しくない。

 ユーウのように空間操作に長けた魔術師などそうそういるものではないのだから。

 金は天から降って来る物ではなく、自ら稼ぐものだと騎士が商人の真似事をしている。

 これは、嘲笑の種になるのだが、気にする所ではない。


 そんな細かい考えを吹き飛ばすような事態が目の前に広がる。


「(ぴぎいぃいぃ。羽、もげちゃうううう)」

 

 イジメだ。ユーウとDDが遊んでいるので、セリアが割って入る。

 本人も良く分かっていないのだが、強烈な引きにDDは悲鳴を上げた。


「・・・・・・」

「あの、セリア?」


 セリアは、眉をぴくっと上げて我に返った。

 

「いや、何でもない」


 何でもない筈がない。そうして、セリアまでもが加わって遊びだした。綱引きだ。

 DDを巡って取り合いになっている。

 送り返した筈の黒龍までもがそこに加わり、混沌とした様相を呈するのだ。

 そうこうする内に、シグルスが戻って来る。


「アルカディアとの戦争は長く続きすぎた。ここらで、終わりにしようと思うのだがどうか」

「はあ、しかし、軍の上層部がどういった反応を示すか不透明ですぞ」

「電撃作戦。これを採用するのだ」


 電撃作戦。この時代には、そんな物は存在しなかったのだ。

 しかし、図書室にはそんな物があり、それを採用する形で作戦が建てられている。

 学校は大事。という言葉もうなずける。想定では、十日でアルカディアの首都を落す予定だ。

  

 学び舎という物は、大変に高度な文明を保持しているのはアルーシュにも理解できた。

 予算を回せと言われれば、それなりに要求するのもやぶさかではなく。


 ただ、アルの名前で作っている商会が生み出す利益に比べれば微々たる物。

 インフレーションだとかいう経済の理屈は、多少とも理解できるがユーウの言う事は頭の中を作り変えるようなものだ。一ゴルを銅貨一枚にまで下げようというのは、どういうものなのか官僚にですら批判的な者が多い。

 理解出来ないからといって、脳味噌が硬いと叱られるのは、納得がいかない事だ。

 こう見えて、アルーシュは同年代では数少ない神子である。子供の数のすごぶる多いミッドガルドでは、生まれてから成人して大抵はモンスターや病魔にやられて天寿を全う出来る者が少なかった。なので、結婚する相手も望めば重婚が可能だ。騎士、兵士や冒険者であれば、死んでしまう事も多くある為に

できたシステムである。

 不意にいつまでも若々しい母の事を思い出す。


『アルーシュ。アルトリウスとアルルをよろしくね。喧嘩をしては駄目よ。アルベルトが力を持っていないからといって虐めては駄目。一本の矢が折れても、三本なら折れないのだから、四本なら尚の事よ』


「はい、母上。わかっております」


 母親はにこにことして、アルーシュにお願いをする。

 だが、そんな気はさらさらない。特にアルルは馬鹿である。アルベルトに至っては無能であった。

 長姉であるマリアベールには頭が上がらないのだが、それは母親の温もりがするからだ。

 二人きりになると、腰に飛びつきたくなるのはしょうがないであろう。本能にすりこまれた物が疼くのである。アルーシュの年代で、まともに言葉を発する事が出来る者はそういない。殆ど王宮に居ない母親の事を想い始めた。


 アルーシュがぼんやりしている間に、シグルスまでもがDDを巡って遊び始めている。

 何故こんな事になっているのかわからない。

 再度、騎士団員が作ってきた飲み物。ホットミルクを口につけ、吹いた。


「なんだこれは、私を愚弄しているのかっ」

「はあ、アル様。されど、それがお出し出来る最上級の物でして」

「ふーむ」


 見れば、騎士団員で修練場が埋まっている。

 相変わらず、シグルスを含めて殴り合いになっていて。吹き出した口元をハンカチで拭くと、書類を収納鞄から取り出す。エリアスの門下が造り出したそれは、黒い艶と金縁で高級感の漂う一品である。黒が好きなアルーシュにとっては、ユーウにも黒の良さを知って貰うべく装備を買ってやろうというのだが首を縦にふらない。だんだんと苛立つ思いに、指がテーブルでとんとんと音を鳴らす。


「これは、この国の現状だ」

「む。軍事費が異常な状態ですな」

「そうだ。これでは、戦争をしろと言っているような物でな。確かに、今季は収獲高が十倍になり餓死者は十分の一になった。が、戦争を止めるにはもう一押しがいる」

「アルカディアとブリタニアですかな」

「止まるにせよ、止めるにせよ。だな。王位につけば、楽に止まるのだが父上は放任主義だろう?」

「然り。アル様のお気持ちは確かに、このシーゲル承りました」


 北東の開拓に一万。北西にも一万の派兵を取り付けるのだ。

 更には、王都での囮作戦による捕り物。犯罪者の撲滅は、ユーウから厳しい意見が出されている。

 それを補う為の兵が必要だった。

 日本の警察という組織の無能さと同水準で語られるのは、いささか業腹であり。


 断る事もできないであろう事は、食料事情からいって確かであろう。

 王都の周辺を開発する事で、多くの環境が変わっている。

 特に、スラム街と化していた外縁部の改装は目を見張るばかり。

 巷では、アルを称える声も引きを切らない。

 

 酒場では、冒険者として働く騎士が増えており、境界がなくなりつつある。

 ユーウが勧めるので、しょうがなくいう事を聞いていた。弱肉強食の世界にあって、負ければいう事きくのが当たり前だ。という風に考えているからで。世の人間が全て愚か者とまではいかないが、人の蒙を正さんとするにはやはり力なのだ。この世の全ては、己に支配される事で幸せになる。と。


 ユーウたちがDDを巡って遊んでいるのを見て、不意に胸が痛む。

 ダンっと椅子を退かし、アルーシュも駆け出した。

 累進課税の件は、頭が痛いがどうとでもなる。

 雪が降ってきて、それで何かを作る事になった。

 遊んでいたユーウとセリアに黒龍は顔面がぼこぼこに腫れ上がっている。

 自然と殴り合いをしていたようだ。


「これはなんだ?」

「カマクラというんですよ。中に入って楽しむのがいいですね」


 他の団員たちも同じ物を造り始めた。と同時にユーウは、外に出ておでんを調理し始める。

 どこでもすぐ料理し始めるのは、悪癖だ。

 おでんというのは、日本で作られる料理らしい。味は、それなりで寒い場所では上手く感じる物だったりする。だいこんが美味い。たまごもいい。こんにゃくというのは不思議だ。やはり、じゃがいもが一番ではないかと力説するのだが、どうも人気薄のようである。

 最近になって、これがユーウの中ではトレンドというやつになっているらしい。

 アルーシュは、酒が飲めない。幼児なのだし飲めないのは当然と言われれば悔しいのだが。


「私はだいこんとじゃがいもで頼むぞ」

「わかりました。鰹節をすりおろすのでセリア手伝って」

「む。了解した」


 修練場は、見る間に宴会場であった。巨大な鍋に農場でとれた野菜を放り込んでいく。

 出されるのもユーウが用意した酒だ。米から作り出されたらしい。

 レシピは、保護した学校の図書室なる場所から手に入れたようだ。

 試行錯誤の品ではあるが、飲んだ人間は麦酒よりそちらを選ぶ。

 売ると凄まじい値段がつく。なんでも才能のある人間に見られるが、人前で話すのは苦手だ。

 

「今日は奢りだ。存分に飲んで楽しんで欲しい」

「「おおー。アル様、万歳ー」」

「うむ」


 残念な男である。リーダーシップを取るべきなのに。

 何時も誰かに譲るので、貧乏くじを引いてばかりだ。

 アルーシュは、心配で仕方がない。


 褒めるべきは、ユーウである。それがわかっていながら出来ない。

 すぐに、逃げ出すからだ。アルーシュを立てると言えば美談に聞こえるが。

 アピールの仕方が悪ければ悪役にも仕立てあげられるというのに。

 

 ユーウのやった殺しの後始末も、アルーシュの仕事だ。

 路地裏で市民の死体が、見つかっては騒ぎになる。

 ついつい、おでんと酒を用意する姿を追う。


 傍にいるのは、セリアとシーゲル。アルーシュの眼前にシグルスが進み出る。

 アルーシュに、酒を進めてくるシグルスの手を握って、


「よろしく頼む」

「・・・・・・負けた以上是非もありません。よろしくお願いします」


 何とも奇妙な挨拶だが、前世では不倶戴天の敵である。

 アルーシュにとって、色々とめんどくさい女でもあって、扱いづらいのだが頼りにできる。

 また一つ、駒を手中にした。




来年もよろしくお願いします。

全然進まないOrz

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