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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
188/709

3話 俺と彼女3 (山田、美上)

「どうする?」

「勿論、行くのでしょう。戦うにしろ、交渉しないといけませんから」


 鏡也の問いに最上が答える。

 緊張でぶるぶると手が震えていた。異世界に来て、本格的な殺し合いなのだ。

 怖気づくなというのが無理という物であろう。 

 そう異世界人との接触があったようだ。

 

 今度は、動く骨(スケルトン)動く死体(ゾンビ)といった死人ではなく。

 正真正銘の人間らしい。ただ、黄色人種ではなく白人だとか。

 ともすればアングロサクソン系を連想し、死闘を予想している。

 人同士で争うのは、出来るのか否か。出来なければ死ぬだけなのだが。


 寒風が吹き、身をぶるりと震わせた。

 それから戻った山田に、最上と御子斗の四人で行動する。

 有志の集まりだが、百と三十人弱といった所だろう。

 

 兎に角、鏡也の元には情報が少ない。

 引率役は、女教師の鈴木だ。

 百人は実戦部隊というべきかどうか怪しいものだが、交渉に武力は必要だという。

 鏡也も同意見である。ただ、数の寄せ集めただけという見方もできるだけに、危うい。



「これは、詰んだか?」

「オワコンでござる」


 向かった先は、廃村になった場所だった。開けた場所に、数百人の男たちが武装している。

 絶望的である。戦えば、間違いなく勝利の女神は相手に微笑む事は間違いない。

 完全装備の騎士団といった風体に、鏡也は震えが止まらない。

 相手方から聞きなれない声が飛ぶ。


 相手の方から声をかけられたのがわかるが、そもそも戦いにすらならないだろう。

 見ただけでわかるという物がある。

 長いランスを片手持つ騎兵が三割。残りは歩兵と弓兵。

 こちらは、ただの平和な日本の学生で。持っているのは、バットや木の槍に和弓しかないのだ。

 対する相手ときたら鈍色に光る鎧に身を包み騎乗している。

 おまけに、ボウガンを腰に下げる騎兵も少なくない。


「そちらの大将はどなたか。話がしたい」


 堂々とした様子で、相手に話を振る鳳凰院。

 割れるように兵士たちが移動し、その中から幼女が二人出てくる。

 小学生の低学年のような年齢に見えるが、何せ異世界見た目通りと信じるには危うい。

 どちらも非常に顔が整っていた。片方の体型は、非常に残念だったが。

 黒と白のローブを身に纏い、杖を持っている所からして魔法使いを連想させる。


 そして、二人を前に鳳凰院が幼女と話をするという奇怪な風景が広がった。

 というのも一方的に話すのは鳳凰院。

 彼女たちは、何らかの方法で鳳凰院と話しているようだ。


「山田。何か聞こえるか?」

「いや、拙者には何とも」


 別に異人種とも思えない。西洋人形のように顔は整っている。

 山田も何か聞いている風ではなく。御子斗もそうであった。

 すると、


「もしかして、二人、いえ御子斗も声が聞こえないの?」


 奇異の目が、最上に飛ぶ。


「お、もしや。これが? 小さな声が脳裏に響くでござる」


 どうやら、聞こえる者には聞こえるという奴のようだ。

 鏡也には、それがテレパシーの類ではないかと類推した。

 もしくは、異世界の言語を変換或いは翻訳している力が働いているのもかしれない。

 聞こえる人間は、混乱しているだろう。鳳凰院はどこか慣れた様子で受け答えをしていたが。

 


 それからは、夢現といった感じであった。

 一行の内、三十人程は王都ヴァルハラと呼ばれる場所まで案内されという話になる。

 百人の生徒はそのまま廃村の整備だ。

 そして、案内というよりは連行なのだが。強制ではないという。

 とはいえ、抵抗もできない。鳳凰院と相手方の幼女が会話して、一方的に決まってしまった。

 どういう会話がなされていたのかも、鏡也には不明だった。


 中世風の城門に、石畳の上を歩くのだ。王都までは、相手の用意した馬で引く荷馬車で移動した。

 荷馬車の硬い床には、皆がへとへとになっている。


「凄いよ。どこまでも広がる田んぼがあるなんて。もしかして、ここって日本だったりするの?」

「いや、どう見ても北欧のどこかだろう。顔立ちからして、そっち風だしな。つか何日経ったんだ」

「二、三日かな。でも酷い匂いだね。寒い上に、臭いよここ」


 鼻が曲がりそうである。こんな事は現代では有りえない。

 太陽が登り、落ちる事三回。鏡也たちは王都に着いた。

 山や谷が無いため、荷馬車は平原をつつがなく進んだ。

 歩きであったなら、どれ程かかったかわからない時間である。

 びゅうっと吹く風が骨までしみるようだ。これから冬になるのであろう。


 通りには、厚着の人間が多い。頭の色がカラフルで戸惑った。

 獣人の姿もちらほらと見えて。山田などはわくわくするぅ等と騒いでいた。

 都市と言える場所を歩いているのだが、通りはアスファルトのような物はなく舗装されていない。

 外縁部に当たる場所で、一つの立派な建築物に一行は入って行く。

 そこで、出会ったのは偉そうな子供たちだった。





 

 王都の門では、セクハラまがいの取り調べを受けて泣いている子もいた。

 短時間ではあったが、殴りかかりそうになるの辛抱するのには骨がいる物だ。

 もっとも、兵士たちも真面目な顔で取り組んでいたので文句が言えない。

 にやけた面でも見せよう物なら、一発くらいいいだろうと考える程だったが。


「全く、とんでもない奴らだぜ」

「抑えるでござるよ。ボディーチェックという物はどこもそういう物でござるから」

「でもよお」


 憤慨する鏡也を宥めるのも山田くらいのもの。

 中の建物は、そこそこ見れる建物だ。


 石で出来た建築で、イタリアの街並みを連想するような部分があった。

 が、とても中世とは言えないだろう。人糞がそこかしこにされている為だ。

 正門を抜けた後、円周上に広がっているのであろう外周部をてくてくと歩いていく。

 

 やがて、目的地に着いた。

 近代的な建築法で建てられたと見られるビルは、高さが五階建て程だ。

 その中では、鏡也たちが王子に会う手筈になっている。

 見たは幼児で金髪に赤い頬が愛らしい。凛々しい顔立ちに、女子の間からは嬌声が漏れた。

 斜め後ろに立つ中学生とも言えそうな背丈をした金髪の男は、眼光鋭く鏡也の方を睨み付けている。

 優男風なのに、目付きが悪い。

 

 態度からすれば、王子の腹心といった所だろう。

 ボロボロのローブを着ている辺り、身だしなみには気を使わないタイプのようだ。

 素材が良いだけに勿体なく思うのは女生徒たちならば、皆思う所だろう。

 その腹心の前で指を指す訳にはいかない。なので、目で山田に聞く。


「あれが、そうなのか?」

「そうみたいでござる」


 王子は、腰を椅子に掛けたまま配下に任せる様子である。

 交渉が始まったが、それは難航した。

 当初は、渋る相手に最悪の展開も見えた。が、相手方の王子様の放つ鶴の一声で決まった。

 こちら側の手札はほぼブタに等しい。最悪無理やりな奴隷コースも見えていた。


 相手は、切り札を何枚も持っているのだ。鳳凰院は、すぐに提供された食料に関して飲むのだが。

 領民になるという誓約書にサインを渋っている。

 彼の一存でするには、あまりにも大きな選択だ。

 しかし、相手は折れる様子もない。


「少々お時間は貰えないのですか」

「こればかりは、ここで飲んで貰わねばならない条件です。それとも、王国に剣を向ける所存なのですか? 仮に、断れば賊として捕えるしかありません。さらに、残った方々の運命も決まったような物ですよ。日本のように甘くありませんからね。敵性反日外人を保護する義務なんてどこにもないのですから。後、殺すだけなら僕だけで十分です」


 さらっと怖い事を言ってのける。

 何を言っているのか、ピンときた。どうやらこの相手は良く日本の事を知っている。

 ただの幼児ではないようだ。が、こちらも無力なままでいいのか。

 鳳凰院が持っている切り札と言えば、この場に居る戦闘力のある人員だけ。

 相手の幼児たちは、全身を金属で覆った騎士をこのギルド会館の外に多数配置している。

 加えて魔術師の存在も気になる。黒と白のフードとローブを着る者が騎士に同道しているのだ。

 隙のない配置だ。

 

「参ったね。ここまで来て、借金とはなあ」

「いや、これはむしろ大変な厚遇ですぞ。開拓資金に糧秣、衣服に簡単な武器まで貸してくれるとか。てっきり奴隷乙かと」


 山田の言い分にはドキリとさせられる。

 その心配は鏡也にもあったが、相手の王子様はどうでもいいらしい。

 あざとく搾り取るという考えは無い様子だ。

 明日の心配をしなくて良くなったのは有難いが、無償というわけにもいかないようだ。

 冬の訪れを感じさせる寒風。それを思い出し、鏡也はこれでよかったのだと断じる。 


「実際そうなっていく可能性はあるみたいだけどな。川から水を引けなかったり、ゴブリンの掃討が上手くいかないとな。問題は、冬の厳しさらしいぜ」

「凍死者は心配でござる。しかし、拙者はわくわくしてきたでござるよ。冒険者よりも、異世界人萌えでござる」


 それは。そうともいいきれない。鏡也には御子斗がいるからで。

 隣に居る御子斗の顔を見ると、もやもやを感じた。

 鏡也たちの土地にも代官がやってくるらしい。ついでに、色々と話を聞く事ができたのだ。

 それで、魔術という物を体験する事になる。


 幼児が手を振りかざすと、光を放つ門が出来た。

 皆はそれを見て、歓声を上げた。先導の騎士が入って行き、順に生徒たちが入っていく。

 抜けた先で、感想を話す。


「光る門を抜けたら、そこは廃村でしたってすげえ」

「どこかの文豪のようなセリフでござるな」

「いやーほんとでびっくりだよ」

「これが、魔術。実際に体験すると、とんでもないものね」

「空間転移でござるな。これが使えるとは、凄いものでござるよ」


 山田がいうには空間転移という物らしい。科学原理は不明だ。

 廃村で出会った片割れ。そのエリアスという幼女は、魔術師だったはず。

 しかし、彼女にそれが行使できるのか不明だ。旅に同道したわけではないのでひょっとすると使えるのかもしれない。とはいえ、幼児がついてきて何ができるのか。と一喝されそうな物だが。


 もう一人の女児、フィナル・モルドレッセの実家があるのは王国の北西部。

 そのモルドレッセ家の領地に、間借りする恰好で鏡也たちの学校は存在する。

 さらにはその混沌の森にある廃村まで、幼児の魔術で一っ跳びであったから堪らない。


「けど、付帯条件とか色々あるのな。図書館で調べものをさせろなんて吹いたぞ」

「妥当でござるよ。あれ、中身が日本人でしょう。でなければ、知識の宝庫に手を伸ばすなど考えもつかない事ですからな。当面は、水を汲み出すポンプあたりが妥当とも言えますな。しかし、水車も捨てがたいでござる」


 その辺は鏡也も色々ある。ドラム缶でできた即席の風呂に入っている様子が見て取れた。

 川辺には、既に風呂場が建築されているのである。生徒たちも仕事が早い。

 未だに死人が零というのにも驚かされたが。

 さらにいうならば、


「もっと驚いたのは、何人とでも結婚できるって点だろ。男は、十六歳から女は、十二歳じゃなくて何歳からでもいいってなあ。マジだとしたら、とんでもないぜ」

「鏡ちゃんエッチ」

「本当にそう。いったい何処にそんな人と結婚しようという人がいるのかしら」


 藪蛇だった。鏡也はとっても気になっているのだが。

 というのも、男にとってハーレムとは永遠の夢だから。

 女性陣には不評らしく不満の声が上がっていた。 


 鳳凰院とその横にいる幼児の姿を見る。

 背丈の程は、とても年齢通りには見えなかった。

 というのも、彼は実年齢が幼稚園児程度の年齢との事。

 名前は、ユークリウッド・アルブレストというらしい。

 日本人通だが、何か関わりがあるようだ。

 帰ってきたのだ。学校に。鏡也は、もう何年も過ぎたような気になっていた。



「鏡ちゃん。呼ばれているよ」


 生徒会の人間が役割を振ってきた。

 学校についた所で、鏡也は何故か発電機や電池について研究、開発する事のようだ。

 多数の西洋人が学校で仕事をしている。目的は、寄宿舎の突貫工事。

 ついでに、駐屯する兵士たちの宿舎も建てられている。

 問題が解決しつつあるが、鏡也は一抹の不安を覚えていた。

 

 何から何まで上手く行き過ぎである。生徒会の人間から割り振られた資料をパラパラと目を通す。

 そこには、工場の建設やらも担当する部署が作られている。

 目的は様々だろう。

 当面の食料については、ユークリウッドが某青猫人形のような解決方法をしていた。

 それを見ていた鏡也は、目をこすりながら呟く。


「体育館が倉庫になっちまったな」

「そうね」

「これで、冬はこせるってもんだぜ。粥を作るのが楽しみだな」

「あなたって意外にも、家庭的な所あるから」

「へへ、任せとけよ。腕がなるぜ」


 体育館の中は食料として、米が大量に備蓄された。

 件の仕事は、最上と二人だった。

 異世界の言語を翻訳できる最上は、そういった言葉を相手に伝える事で開発を進める。

 そういう手筈だ。現代の科学技術を再現するのは困難を極めるだろう。

 山田は、魔術と科学の融合班に回された。


 人生ままならない物で、明日がどうなるのかもわからない。

 仕事に没頭する羽目になっても、冒険に出る事を夢見ている。

 合間をぬって、周囲の森を探索するのもいいだろう。

 かの幼児は、底抜けのお人良しのようだ。好意は好意で返すべし。

 親から鏡也はそう教わってきた。元の世界では親も心配しているだろう。

 不意に、ほろりとしそうになる。

 そんな事を考えている間に御子斗が、忙しく教室のドアを開けてくる。


「大変だよ。鏡ちゃん」

「はいはい。落ち着けって」


 鏡也は、自然と笑みがこぼれた。

 テレビもないラジオもないインターネットもないのに、どうしてか。

 こんなにもワクワクする己が居た事に。 



◆ 




 いきなり現れた一行に、ユーウは戸惑いを隠せない。

 しかし、アルと言えば冷静かつ何かを知っている様子だ。

 それで最初は面喰った様子のユーウだったが、次第に理解したようだ。

 日本語がわかるのは、ユーウだけで。ここへと連れてきたのはエリアスとフィナルだった。

 

 聞けば、フィナルの領地にゴブリンが大量繁殖してその駆除に追われているとか。

 ユーウもまた、全能の神という訳ではない。そこで、ユウタはこっそり教えてやるのだ。

 脳裏に映像を見せてやると、すぐに反応するのは喜ぶべき事である。

 視野といえば妹の方へと著しく傾くので。次いで隣の姉妹だ。

 丁度、その隣家の幼女たちが危地に陥っている。

 ユーウはこほんと咳払いし、


「失礼します。ちょっと所用で」

「ん。またか。手早く済ませてこい。それまでまっているからな」


 アルは全然やる気がない。元々面倒はユーウに押し付けるのが趣味だ。

 転移した先は、路地裏。露店を出しているその近くが現場で。

 ユーウは、妹と同様、隣家の姉妹には気をかけている。

 奥からは下卑た男の声と幼女の弱弱しい声が漏れていた。


「くひひ、誰も来ないぜ。お兄ちゃんたちと楽しい事をしましょうねえ」

「放せぇ」

「大人しくしろ。殴られてえのかっ」

「ひっ」


 クリスが、手を掴まれて見知らぬ男に身体をまさぐられている。

 ルーシアもオデットも泣いている。

 ユーウの脳が真っ赤に弾けた。生け捕りにしよう、などという事はまるで考えていない。


「はっ」


 指を使って投げつけるのは、風弾丸(ウィンドバレット)

 ユーウの持つ魔術の中でもワンアクションで出せる最速の風系魔術だ。

 それは、狙いをあやまたず男たちの頭にヒットする。

 

「ほあっ?」「て、ぎゃ」「がっ、あ?」


 奇妙な奇声を立てて、崩れ落ちる男たち。

 額には穴が開き、赤い物と白い物が流れる。

 男たちの様子を確認するユーウ。どうやら、ただの強姦魔のようだ。

 身体をどけて、三人が走り寄って来る。

 怖い思いをしたのであろう。幼女たちの身体は、震えている。

 年齢からは随分と大人びた思考と容姿を持つのだが、まだまだ子供という事だ。

 姉妹たちの背をさすりながら歯ぎしりするユーウは、倒した男たちの背後関係まで洗う事を考えていた。

 

 三人を家まで送って戻ったユーウに、アルの叱責が飛んだ。


「遅いぞっ。とはいえ、何があったか想像がつくという物だ。交渉事はできそうか」

「はい。お任せ下さい」


 内心は顔真っ赤だが、TPOはわきまえている。状況が進んでいないのは分かるという物だ。

 相手の事情は凡そ予想がつく。

 大方、冒険者になりに来たのか。鳳凰院という男子高校生が口を開いた。

 日本語で事情を話す事、半刻。


「成程、よくスケルトンに、ゾンビ、ゴブリンを倒せましたね」

「ええ、幸いにもこちらには武術に優れた生徒が揃っていまして」

 

 混沌の森には、骨人だけではない骨兵士や骨弓兵といった派生的なモンスターがいる。

 さらに、奥の方には死霊魔術師も住んでいると見られていた。

 それらから学生を守るのは大変な負担だ。

 

 しかし、それらを飛び越えて好待遇する理由はある。

 陰陽術を使う術者もいる。何より、日本人だからだ。

 身体は違うが、日本人の感性を持つユーウには他人事には思えないようだ。

 諸々を見越して、彼らを囲っておくに越した事は無いだろう。

 が、鳥には重い足枷が必要だ。あっさりと方々へ散られるのは非常に困った事態になるのだから。

 ユーウも同意見のようだ。


「ですが、こちらには食料がありません。千人近い人間がいるのに、備蓄は零に等しい」

「そういう訳で食料が欲しいのですね」

「何とかしていただけますか」

「流石に、タダという訳には参りません。お金を貸す際には、金利が発生するもの。ですから」


 そこまで言って、ユーウの言葉をアルが遮る。

 

「お前。どこかで会ったか?」

「いえ、!? 王子とは初対面の筈ですが」

「高天原の係累か?」

「それは。言えません」


 ふむ。と頷いたアルがユーウに告げる。

 誰か知り合いがいるようである。ユウタは、異世界日本で出会った頼綱を思い出す。

 彼をもっと若くしたような感じだ。線が細いので、どちらかと言えば媛の関係者かもしれないが。だとすれば、見捨てられない。なんとかして手助けせねば、義理を欠く。

 椅子に座りながら、こめかみに指を当てたアルは目を閉じたままだ。


「最大限の援助をしてやれ。多少の無茶もなんとかなるだろう?」

「わかりました。鳳凰院様。大船に乗ったつもりでいてください。ただ、一つだけ先に了承していただきたい事があるのですが。こちらにサインをお願いします」


 それは、国民になりますという誓約書だ。

 いうなれば、帰化というべきだろう。郷に入っては郷に従えという諺もある。

 それを見せられた鳳凰院少年は、苦悩していて。当然といえば当然だ。

 援助と権利を得る代わりに、義務を負うのである。ただ、彼の選べる選択肢はほぼない。


 不満があるなら、戦って勝ち取るしかないのである。

 だが、彼我の戦力差は蟻と人間程も差がある。

 震える手で、羽のついた筆記具で自らの名前を書く。

 ユーウは破顔して、手を叩く。


「ありがとうございます。これで、貴方がたはこの国の国民という事です。僕も援助の手は惜しみませんよ。シャワーもトイレも復活させたいですよね。頑張りましょう」

「はい。ついては、食料の件を早急にお願いしたい」

「わかっています。ぱっぱと済ませましょう。あまり時間をかけては、アル様の機嫌を損ねて気が変わりますから」


 相手の申し出を強い鎖にしていく予定だ。タダ程高い物はない。

 彼らにそれを知らせる必要もないし、手放すつもりもない様子である。

 連帯感と満足感。これが肝だろう。


 ユーウの思惑とは他所に迷宮へ行けないので、機嫌が悪いアルはふくれっ面だ。

 しかし、フィナルの領地にある学校まではついてくるようだ。

 転移門を出すと、我先に入っていった。


「これは凄い。こんな事は、誰にでもできる事なのですか」

「ふふん。そうだろう。これは、私のユーウくらいにしか出来ない。誰にでも転移門を使えるように研究中ではあるがな」


 誰が物、というユーウの内心は無視しておくとして。

 鳳凰院の言葉に、アルは鼻をならして答えた。

 最後尾からとことこと歩くユーウ。金の長いもみあげをくるくると弄る。

 どうやら照れている様子だ。


「こほん、大した事じゃありませんよ。それよりも、早速ですいません。図書館を案内してほしいのですが」

「ああ、わかりました」


 ユーウは、気が急いている。

 通された図書室には、実に多くの蔵書があった。

 中でも興味があったのは、電気関係だ。魔術師は、魔術でサンダーを撃ちだす事ができる。

 いうなれば、それだけで人間発電機である。そして、魔術師が人力で発電する事が出来るという事だ。

 図書室のそれらは、国の宝になる。早速蔵書を写本する作業に取り掛からせた。


 鍛冶、大工の職人を多数呼び寄せて、学校の外に住宅を造ろうという目論見む。

 生徒の宿舎があり、騎士団の詰所もつくらねばならない。

 それに伴った大規模な建築資金がいる。もっともそれらは、アルの商会を通して行われるのだ。

 だから、内部で消化するようなものであった。


 魔術でぱっぱと作れるほど、建築に関する魔術は精巧ではないのだ。

 よくあるような漫画のそれを連想しがちなのであるが。

 結局、その日は迷宮に潜るのも小一時間でアルのふくれっ面は風船のようになっていた。






「よしよし。食べていいぞ」


 ぴっぴっという鳴き声を上げて、DDは小麦粉で作ったパンを食べている。

 早速ユーウが試しに作ったコロッケ入りの特製パンだ。

 具は、高級洋牛を使った。

 タレも、図書室で手に入れたレシピを使っている。

 何より、それが重要であった。

 図書室の知識は、色々な援助をしてでも手に入れなければならない。

 

 ユーウがいる時代。この国と現代日本とでは、千年は文明度が違う。

 水車も無かった有様を考えれば、厚遇もやむないと言える。


 ただ、あまりの厚遇を与えればどうなるのか。DDの体型は酷いの一言だ。

 愛でるのはいいが、甘やかし過ぎていた。

 首から下が、ソフトボールのようになっている。その上にちょこんと可愛らしい頭が見えた。

 ユーウがやれやれといった調子で溜息を吐く。


「うーん、しまった。食わせすぎたのかなあ」

「(ええ? そんなー。ほ、ほら。ボクは伸び盛りなんだからね)」

「そんな事いって、動けなくなったらもっと苦しいよ?」

「(う、今日からダイエットかな。かな、あはは)」


 ぴょんぴょんと跳ねようとしたが、重力に引かれる身体は重いようだ。

 DDのほっぺについたパンの屑をとってやり、頭を撫でているとユーウは考え込む。

 


 

 という訳で、来たのは闘技場だった。

 モンスター同士を戦わせる部門があるらしい。

 ユーウが出るとオッズがつかないので賭けが成立しないのだ。

 それで、今度はモンスターを戦わせるという事も思いついたのだろう。

 セリアがトレーナーとなっているというもの目新しい。


 ユーウがセコンドについていても、やはりオッズがつかない。

 大抵勝ってしまうからだ。

 異世界から学校が来てからという物、ユーウは色々な事をする羽目になっている。

 これもその一つ。

 DDが昔の力を取り戻すには、かなりの時間が必要になるとか。

 それもあって、闘技場での試合なのだ。が、内容はかなり酷いものだ。

 

「あれ、勝つ気あるのか?」

「はあ」


 隣にいるアルも呆れ顔になっている。

 目の前のコロッセウムでは、でぶったDDとセリアが立っていた。

 二人の相手はモンスターテイマーと見られる男で、その巨漢と対峙していた。相手のパートナーモンスターは、グレーウルフに似たハウンドドッグ。獰猛さと俊敏さで鍛え上げられた身体を持つ。ワンランク上のモンスターらしく俊敏な上に噛み付きは強力だ。

 セリアの前に立つ男は、スキンヘッドを撫でながらいきりたった。

 鞭をピシっと叩きつけ、


「おいおいお嬢ちゃん。やる気あるのか」

「くっ、おい」

「(にこにこ。ぷーん)」


 それもその筈。DDはごろごろしている。

 ごろごろしているのだが、ハウンドドッグは手が出せない。

 亀の甲羅よりも尚硬い皮膚が、猟犬の牙を通さない為だ。

 立ち上がりながら振り下ろした爪も弾かれる。


 逆に、噛み付いたハウンドドッグが悲鳴を上げている。爪も牙も折れている。

 攻撃するには絶好のチャンスであった。

 が、DDはもたついている。足が遅い為に追いつけない。加えて、空も飛べないようだ。

 そこで、


「DD。転がって体当たりだ」

「(了解だよ)」


 セリアの指令に応じるDD。ごろごろと転がって、それから体当たりするのである。

 が、狙いは外れて足元を通過しそうになった。

 そこで、DDは足に噛みついた。顔面に噛み付く筈であったが、高さが足りずに足にしたと。

 セリアも困ったが。相手は、噛み付きを解けない。

 相手の男は顔を真っ赤にして、ハウンドドッグに指令を飛ばすのだが効果は無い。

 その内に弱った相手を見て、DDが離れる。


「(勝ったね)」

「ほう」

「おい、どうした。立てたって戦え。バーツっ」


 禿げ頭の男は、手を輝かせるとそれをへばった犬に向ける。

 光は吸い込まれるように犬の身体に消えた。が、効果がない。

 どうも、DDは牙から麻痺毒でも使った様子であった。

 相手のモンスターは足をぷるぷると震わせて、立とうとするのだが。

 DDの攻撃は緩まない。 


 黄色い球のような身体でもう一度体当たりをする。

 食らったハウンドドックは、力尽きたといった様子で地面に横たわり荒い息をする。

 そこで、試合終了を告げる鐘がなった。カウントは無い様子だ。

 戦闘不能を判断したのだろう。


「やった。やりましたよ」

「(見た見た? ボクの隠し能力。麻痺牙だよー。といっても、麻痺なんて大抵の魔獣でも持ってるかなあ。ま、神経毒だったり色々あるんだけどね)」

「よくやったぞ」


 セリアがDDを撫でている。しかし、DDと言えばユーウの方を見て話をしている様子。

 セリアも魔獣使いのジョブを得ているのだが、基本ウルフかドッグといった犬系の魔獣が得意ときている。影からシャドーウルフを召喚するのも得意技の一つ。

 テイムモンスターも全てウルフ系で占められている。成長はしていないのだが。

 森で狩りをする度に、眷属が増えている。

 

 小さなセリアは、胸も小さい。胸を反らすかのように歩いているので、尚の事に絶壁のようだ。

 セリアが勝った後で戻って来ると、迷宮に行く事になった。

 ここの所、いきなり現れた学校の対応に追われて満足に潜っていない。

 それに関わるアドルもロシナもエリアスもフィナルも不在だ。

 セリアがDDを頭に乗せている。


「ふーむ」

「どうしました」

「あいつを誘ってみるか」


 アルに連れられて行った先は、古びた剣を持つ戦士の像が見える場所だ。

 馬車でかっぽかっぽと移動して行く事しばし。どこか見覚えのある場所であった。

 間違いなくそれは、

 

「ここは、白銀の剣が拠点を構える場所だ。中に入るぞ」


 告げるアルの後ろについて行くのは、セリアとユーウだけだ。

 と、奥へ進んでいく。幾人もの騎士たちとすれ違い、奇異の目で見られるのには居心地が悪い。

 やがて、奥に行き当たり中へ通される。


「久しいな」

「これは、アル様。このような場所においでになられるとは、どういった用件ですかな」

「うむ。実はな、そこのシグルスを借りたいのだがいいか」


 むう。という感じで黙ったごわごわとした白髭を摩る男。

 見た目は、岩石といったイメージを受けるであろう。

 職務中だというのに白い金属鎧を身に纏っている。

 立ち振る舞いも武辺で知られる副将軍シーゲル・ジギスムント。

 レギンの弟に当たる。

 ユウタはあれっと思った。


 大分話が違う。ユウタの記憶では、ユーウとシグルスは大して親しくなかったような。

 しかし、


「お断りします」

「なにぃ。私の命令が聞けないというのか」

「我が剣は、我が主の物。貴方にはセリア殿がいるではありませんか」

「ふっ。どうやら、噂に聞く白銀の剣も大した事がないようだ」


 アルとシグルスが言い合う中にセリアが飛び込んだ。

 このように煽るセリアは見た事がない。


「それで、挑発したつもりですか?」

「無論。負けるのがそんなに怖いのか」

「負け犬に負けるとは冗談でしょう」

「ほう。ならば決闘だ。冗談でも、避けられまい? 先祖の英霊に誓ってならば。ユーウとなっ」


 セリアはユーウにぶん投げる。「ええー!?」というようなユーウの内心が伝わって来た。

 ぎぎぎというような音を立ててシグルスがユーウの顔を見る。

 そこには腰に下げた長剣に手をかける女夜叉と見紛う騎士がいた。

 

寒いです。ほっこりするような話がいいですよね。

クリスマスも近い・・・・・・という事で評価とか励みになります。

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