1話 俺と彼女
「つまんねー」
黒板を見て机に突っ伏す少年の名は、美上鏡也。
当年とって、十六歳になる。当然ながら健康な男子として、気になる女子はいて。さりとて素直になれないのが人間という物。一言でいうならば、むっつり助平の類である。あくびのでる授業を受けながら窓際の席でぼんやりと校庭を眺めていた。外では、女子がグラウンドで走っている。体育の授業という訳だ。
「ちょっと鏡ちゃん」
「いてっ。なにすんだよ。御子斗」
鏡也の脇腹を突っつくのは隣の席に座る女子だ。温和な風貌と言動で、男子の人気は高い。髪形が三つ編みなのが鏡也にとっては残念だった。どちらかといえば、シャギーの入った茶髪系に惹かれるのが残念男子と言われる所以か。もちろんそんな異名は返上したいのだが、周りの評価は厳しい。激辛かれー並に辛い。その筆頭とも言える奴が隣にはいて、話かけてくる。
「ぼんやりしてないで、ノートをとりなよ。そんなんじゃ今学期も赤点とるわよ?」
御子斗と呼ばれた女子学生。眼鏡をくいっと上げながら鏡也に死刑宣告をする。周りの人間は、くすくす笑いをしており彼は憤懣やるかたない。昔から一緒にいる中とはいえ、彼女との距離は余りにも近すぎた。それで、何時も冷やかされるのだが。もっと鼻もちならないのは、その女が他所を向いているという事だ。「へいへい」と小声で応じ、
(どうすればいいんだろうな。ほんとわかんないぜ)
と悩む。彼女を冷たく突き放す事はできないのだ。何しろ鏡也は、一方的に惚れている訳で。
そんな鏡也の耳に、女教師の声が響く。
「誰か。この問題がわかる奴はいないかな?」
教室には、沈黙が訪れる。数学教師である鈴木は、授業中だけは強面であった。黒板をかつかつと鳴らしながら、容赦なく指摘する。答えられないような問題を出しては、生徒をいたぶるのだ。だが、このクラスには奴がいる。
「はい、先生」
挙手したのは、容姿端麗、文武両道の少年であった。それに、苛立ちを覚えるのは少数派ではないだろう。その中に含まれるのが鏡也だったりするのだが。これには、鏡也なりの言い分がある。他人の大事な人を盗ろうというのだ。知らず、とはいえである。
(こいつさえいなきゃなあ。女ぁ、手当り次第じゃねえってのが救いだけどさ。マジでどうにかしちまいてえよ)
すらすらと問題を解き、クラス中の尊敬とやっかみを一身に集める存在は鏡也にとって眩しすぎる。クラブ活動のみならず生徒会入りも確実と言われるだけに、遠い存在で。隣に居る幼なじみが関わりになっていなければ、遠くで眺めているだけで済んだだろう。鏡也は面白くない。と、鼻を鳴らして再び外の様子を眺める。
「何だ?」
その日は、朝から晴天であった。雲一つない筈。そんな少年の動揺が声になって漏れた。
「どうしたの?」
鏡也は、声をかけられた事にすら気が付かない。じっと校庭を、そしてその上を覆うように湧いてでたような雲に視線を移す。
「あれだよ、あれ」
授業中である。自然と囁くような声で、御子斗に指で教えた。湧きあがったかのような雲は、黒い。それが空を覆うと、雨を降らせ始める。そして、それが土砂降りへと変わる頃には校庭に人っ子一人いなくなっていた。次いで、小石と見まがうばかりの氷のつぶてが降り出す。
「雹じゃないか」
鏡也の同級生が、叫ぶ。鏡也は名前を思い出せないのだが、そんな事はどうでもいい事だろう。それよりも奇怪な現象が起きていた。校庭に広がっていた霧が、まるで生き物のように空中まで伸びている。それは学校の校舎を覆わんばかりであった。三階建てとはいえ、屋上までの距離はそれなりにある。が、すっと覆う霧には人の手でどうする事もできない。
「おかしいわ。これ、気持ち悪いよね」
先ほどまで、熱い眼差しを鳳凰院に送っていた御子斗が話す。鏡也としては、無視したい心情にかられるのだがそんな事をしても得にはならないのだ。そんな事くらいわかる程度に精神は、成長している。
しかし、ぶっきらぼうに、
「といってもどうする事もできないだろ」
と返事をする。しゅんとしたような表情を見せられて、鏡也も悪い気がした。何も当たる事はなかったと後悔する羽目になる。そこで机に突っ伏すのだが、気になる声が聞こえてきた。
「あそこ、なにかしら。化け物みたいなのがいるわ」
御子斗が指さした先には、ゲームで御馴染みになっているが如き巨大蝙蝠が飛んでいる。
広い教室でも、「うげっ」とか言う男子生徒や悲鳴を上げる女生徒がいた。明らかに大きさがおかしい。そして、それは窓ガラスに激突してくる。
「ひょおお。これはっ。もしや異世界行きですかあああ。テンションあがるううう」
奇声を上げているのは、オタク軍団と呼ばれる生徒たちの中でも特にキモイと言われる山田だ。手に持っているのは、キモキャラマスコットの付いた携帯電話。制服から見えるのは、ツインテールのストラップで来ているTシャツでアニメの萌えキャラがプリンとされている有様だ。恐慌をきたすクラスメイトを他所に携帯で写真を撮っている。
(あれは、放っておくか。つか、この状況でテンション上がるだと? 馬鹿が、後でぶん殴ってやりてえ)
苛立ちが湧き上がっていた。
男子の同級生は、既にモップや武器になりそうな物を手にしようとしている。鏡也も何かてにするべき。と鞄を見て、それから椅子を振り回すべきか迷う。
つい、と横に視線を移動させる。隣にいた筈の御子斗は教室の隅に移動していた。再び校庭の様子見る鏡也の眼に映ったのは、校門の外からやってくる化け物の姿だ。霧に紛れて、一瞬の事であるが幸いにして鏡也は気が付いた。
それは、動く骨人形であったり、人の死体である。が、ぱっとしない彼の脳味噌であってもすぐにわかった。それを校内にいれるような事があれば大惨事になると。幸いにして、鉄製の門扉は無事なようである。鏡也は、一人で廊下に出た。
出た所で、廊下もまた混乱の極みにある。外からは、モンスターの群れが来て飛来するそれが居ない訳ではない。鏡也は、人を避けるようにして階段を降りていく。向かった先は、陸上部で使う物が置いてある倉庫だ。一階の通路もまた混乱をきたしている。教師たちは、必死になって統制を行おうとしているが、ままならない様が見て取れる。
「どこへいくんだ?」
声をかけてきたのは鳳凰院光輝。黒い感情が湧き上がった。
振り返れば、件の山田と鳳凰院の姿が目に入る。
「どこって、校門な。けど、武器がいるだろ。それで、陸上部の倉庫に向かっているんだ」
「それなら鍵が必要になる。僕が借りてこよう」
鏡也たち三人は、下駄箱でわかれる事になった。
鳳凰院は、人がいいと鏡也は改めて認識した。混乱した状況にあって、いち早く行動できる人間なのだ。幼馴染みの問題がなければ、素直に胸中を明かす事もできたであろう。しかし。それには、鏡也の矜持が邪魔だった。それで、別れた後もついてくる山田の姿を確認する。
胡散臭いと視線を投げながら、
「で、なんでついてくるんだ?」
「はひ。はあっはあ。それはっですね」
鏡也の問いに返事をする。
息も絶え絶えであった。デブだけに、山田の体力は心許ない。だが、それでいて観察眼には優れる男である。加えて、廃人と言われる重度のネットゲーマーの一人。MMOを嗜む程度にオタクな鏡也だが、彼は遥か先をいく。鏡也と同じLVのキャラであるはずなのに、ダメージを負わせる事が困難な程差があった。
テクニックも成程素晴らしい物があり、こういった未知の局面ではその先読みの力を発揮するのかもしれない。下駄箱を抜け、校門に向かって走る山田が、
「あれは、不味いですぞ。鏡也殿、一人では対処ができないですからな。それで助太刀しようとしたのですわ。チラッ」
「チラッ、言うなよ。しっかし、他の連中は何やってんだろうな」
目の前には、鉄製の校門を揺らす骨。と人にとっては悪臭を放つであろう死体が彷徨っている。振り返れば、校舎から出てくる人間はいない。校門に鍵が掛かっているのが幸いか。鏡也は、そこで上空からモンスターが襲って来ない事に気が付く。
「なあ。何で空中からあの蝙蝠みたいなのとかこないんだ。壁に阻まれているような気がするぜ」
「でしょうな。要は、ここの門をあけられなければミッションコンプリートですぞ」
「そうかあ? つってもこっちから攻撃できねえと、何時やぶられるかしれたもんじゃない。倒して置くに越したことはないんだが」
山田は、「LV上げLV上げ」などとぶつくさ言っているが。そんな上手い話がある訳がないのだ。鏡也はそのように考えていたし、ネット小説であるようなスキルを獲得しました。等というお知らせもない。アイマスク型のモニターとイヤホンを使用したVRMMOに鏡也は未体験という訳でもない。山田にいわれなくとも、これがそれであるという目論見が多少無い訳でもなかった。
しかし、
「門がある限り、こちらからどうする事もできそうもありませんなあ」
「まだ、な。バットで殴ってもいいし、ポールなり高跳び棒で突いてもいいんだぜ?」
そういっている間に鳳凰院が武器となりそうな物を抱えて走ってきた。その脇には同様に、薙刀を持つ少女と可愛らしい巫女服の少女が立っている。
「武器になりそうな物を取りあえず持ち出してきた。それで、ここは大丈夫そうかな」
「ああ。けど、なんで藤原さんと天城さんが? 危ないと思うけどな」
「確かに、言ったんだけどね。この子たちは、本気らしい」
コクリと頷く女性陣。どうやら、彼女たちは鳳凰院の護衛を務めるつもりらしい。二人共に、鳳凰院の家に連なる家柄であった。そして、若輩ながらも藤原に至っては薙刀の名手と言われる程だ。弟が居てる筈。名前は、頼綱。古めかしい名前である。と鏡也は記憶していた。
二人を眼中に入れないのが、山田だ。
どうも相手にされないので、ひねくれている節がある。
「うほ、これで突けば倒せるのですかな。拙者の時代きたーっ」
山田がポールを手に取り、骨を突き始める。しかし、上手くは行かない様子だ。
女性二人からクスッとした笑いが出てくる。見るからにへっぴり腰であるが、危険と見れば何時でも下がれるように力を抜いた脱力態勢とも言える。
鳳凰院はその様子に構う事なく告げる。
「それじゃあ、僕らは裏門の方を回るよ。正門、任せられるかな」
「あいよ。けど、あれだ。死にそうになったら逃げるからな」
「そりゃ、そうさ。最悪、校庭か玄関で迎え撃つ事になりそうだしね。健闘を祈るよ」
鏡也としては、もっと人手が欲しい。何故校舎から出てくる人間が少ないのか。疑問が幾つも浮かぶのである。走り去っていく三人を尻眼に、鏡也も棒を手に取る。
「これは、やばいな。こいつら硬い」
「ほむほむ。しかし、首の根っこを突いてやると仕留められるようですぞ」
「へえ」
山田の方には緊迫感はない。気負いは無い様子である。しかし、鏡也は他の事を考え始めた。
一つは、食料の問題だ。
一学年が、一クラス三十人で十クラスほどある。つまり、三学年でおよそ九百人強に近い学生が存在している。加えて、教師や事務員といった人間を含めると千人近い。飲み水が水道から出てくればいいのだが、それが可能なのかまだ不明だ。
早晩に、今ある食料を巡って争いになるだろう。
二つ目は、治安の問題だ。
鏡也の学校は、それなりに美少女が存在する。そして、グラビアアイドルなどもいるし、学校の有った地域では歴史の古い名門高である。またそうであるから、古い石垣のような塀がモンスターを防いでいるといえた。件の美少女たちを巡って、血みどろの争いが起きる事は誰にでも容易に想像できるだろう。かつ、食料の問題からそれらが肉体関係を結ぶようになるのはわかる話である。
そこまで考えて、
「せあああっ」
鏡也は、棒に力を込めた。
棒でモンスターを倒している内にステータスがアップしました。等というお知らせは来ない。
「山田。何か変化はあったか?」
「いえ。残念でござる。異世界きたーっでござったのに。ぼくちん帰りたいでござるよ。今日はアップデートのある日なのでござる。帰りたいであるよ~」
デブなオタクの声に、頭が痛みを訴える。普段からこうなのだ。じたばたしても変わらないにも関わらず山田は、ぶつぶつといっている。気が付けば、鏡也たちは校門前のモンスターを掃除しきっていた。
「ステータス! ウィンドオープン! スキル!」
相変わらず叫んでいる。全く困った奴であった。
酸素が燃えて火がつくという現象が起きる。その位の事は、鏡也ですら知っていて。現代に魔術師などいない。いるとすれば、それは似非か語りのそれである。と鏡也は徹底したリアリストであるから。
ただ、この世界では現代では有りえない事象が起きていた。
それが、動く死体であり今また倒れた人型の骨だ。何かワイヤーでも仕込んであるのかとそこらじゅうに視線を動かすのだが、発見できてはいない。
「ありえねえよな。これ、まさかなあ」
「そのまさかでござるぞ、鏡也どの! この動く死体が神秘でなくてなんでござろうかっ。ええい、南無阿弥陀仏ぅー。オンマユキラテイソワカっ。サンダーっ。ファイアっ」
じっと見つめるのであるが、山田はそんな事お構いなしであった。
首尾よくモンスターを排除した彼らの前に現れたのは、狼の群れである。
「おい。おいおいおいおい」
「臨兵・・・・・・何でござろう。おお、野犬。いや、狼でござるか。これは厄介な」
校門の向こうに居るそれらは、死体に群がり始めた。
骨はといえば、見向きもされないのだ。そうしている内に、校庭に満ちていた霧が晴れ始める。
校舎の外は、巨大な森の中だった。砂漠のど真ん中でないだけましというべきか。
校門の前にいた狼たちは、唸り声を上げていたが去っていく。
中に入れない鉄製の校門は、頑丈と判断したのか。鏡也にも判断はつかなかったが。
そこで、鳳凰院たちが校門に現れた。相変わらず、山田は奇声をはっしていて相手には出来ない。
「大丈夫だったか」
「そっちこそな。それで、これからどうするんだ。ぱっと考えつくだけでも非常に不味いぞ」
「ああ。悪い知らせばかりだ。良い知らせ裏門は封鎖できた位だ。だが、校内の水道、電気が使えない。当然トイレもだ。さらには、自家発電システムもついていないから、お手上げだ。非常食は少ない上に、購買部では食料を求めて争いになっているここまで聞いても最悪だろ」
という事は、詰んだか。鏡也は、ここを脱出する算段をつける見立てをする。
大切な幼馴染みがいるのだ。食料を巡って千人近い人間が争う地獄が生まれよう。
だが。
「外に行って、探索するしかないな。腕に自信のある奴で、狩猟を。無くても山菜を取るしかない。後は、水源の確保だ。そして、理科室に太陽光発電の実験する装置があったろ。あれで何とか出来ないか」
「ああ。わかった。それは、こちらでなんとかする。後は、探索する人員か。生徒会を通して何とかするしかないが、モンスターと戦う覚悟の有る奴がどれだけいるのやらだ」
「死んだ奴は?」
「今の処ゼロだ。けれど、今後はどんどん増えていくだろうな。自殺する奴も出るだろうし」
鳳凰院は、ぱっぱと全身をはたく。
それから二人に手を振って去っていった。
鏡也としては、武器を手に入れたのだ。
次いで、幼馴染みを迎えに行く。
「ちょっと何処行っていたの? クラス中いえ学校中が大騒ぎだったんだから」
「いや、ちょっと。おい山田、お前も弁護してくれよ」
「なんと。しかし、拙者NTRの趣味は、はっ。冗談でござる。殺されたくないでござるううう」
鏡也はバットを後ろ手に持った。
ここは異世界であるらしいのだ。例え、山田がずっ友であろうとも、冗談では済まされない。
御子斗に手を出そうという人間は、例外なく鏡也が排除してきた。
それは、今までもこれからもずっと変わらないだろう。
そうずっとだ。
「んと。話が見えないんだけど」
「見えなくていい。どうやら、食料を解決しないと早晩俺たちは全滅だ。それくらいわかるか?」
「うん。購買部すごいもんね。それでどうするの」
「外に出る。勿論お前も来てくれるなら、有難いけどな」
ぽんやりとした表情を浮かべる御子斗。彼女は、文芸部だ。
戦闘にはとても向かないだろう。それ位の事は、鏡也にもわかっている。
だが、ここに置いておいて何かあっては遅い。
なら、どうするべきか。そんな事は決まっている。
大事な物は、遠ざけるか。はたまた手の中に置いておくべきなのだ。
なので。
「いいけど。じゃあ、最上っちも連れて行っていいかな」
「ああ、けど彼女は。来るのか?」
「大丈夫大丈夫。任せておいてよ」
そこで、鏡也たちはわかれる。
向かう先は、下駄箱だ。飢える前に、食料を求めて外へと出なければならない。
御子斗は、風貌に反して出来る女であった。
対する最上と言えば、お嬢様然とした口調と容貌である。
二人は、百合の関係を疑われる程であった。が、そんな事はない筈だ。と鏡也は信じている。
「あら~。宜しくお願いしますね」
「おほおお。お嬢様きたーっ」
山田に鏡也が、修正を入れる。具体的には拳で黙らせる、だ。
「お前、失礼だろ」
「ぶふ、ど、同志よ。これはないでござろう。拙者異世界にて死す。でござるよ」
「十分手加減したし、んじゃ行くぞ」
背には鞄を背負い、手にはバットなり棒なりを手にしていた。
なんとも珍妙な組み合わせであろう。
見た目には、デブオタク、ヤンキー崩れ、真面目な女学生、お嬢様風女学生なのだから。
ゲームを通した仲間という間柄である。
下駄箱の前を通りすぎ、校門に向かう彼らを待っていたのは鳳凰院たちであった。
「来たか。鈴木先生、これで全員です」
「そうなのねえ。まあ、遠足の気分は捨てて頂戴」
どういう訳か。それを問いただそうとするのだが、鏡也たちも場に飲まれている。
そんな中で、
「うおおお。カバラの、魔女術の、陰陽道のおおお。全然使えねえええ。鏡どの鏡どのおおおお」
「当たり前だろ」
当然だろうと鏡也は告げる。
現実世界であっても、そんな物はまやかしだ。
所詮は、空想の産物にすぎない。重力に引かれて林檎が地に落ちるように。
言葉を吐いただけで、世界の何が変わるというのか。
もしも、もしもそれがあるというのならばその世界はファンタジーだ。
現代には、魔術など存在しない。というのが鏡也の認識だった。
だが、動く死体を見てはそうもいっていられない。
そういうのが存在するならば、ここが異世界である事の認識を深めなければ死ぬ。
山田が色々と試しているのも、苦笑している。
だが、内心ではひょっとすると。
などという期待がない訳でもない。だから、馬鹿にしたりはしないのだ。
「何だあれ、キモ過ぎるだろ」
等という声に、鏡也は反応した。
相手の方は、投げられた視線に完全にびびっている。
如何にも殺すぞ。という視線は、この場合実に効果的であった。
「何、拙者は気にしておらぬでござるよ。ふふふ」
と言っているが、内心ではずたボロになっている。そういう男なのだ。
やせ我慢ばかりして、堪えているのだろう。
ともすれば、奇行種呼ばわりされるありさまだ。
ぽんぽんと肩を叩いてやれば、びくっという反応を示す。
そんな鏡也たちに、男の声が降る。
「いいか。絶対にはぐれないように。目的地は、川だ。もしくは、人里という事になる。気を引き締めていこう」
引率に立つ男の教師。名前は、佐藤だったか。鏡也には男の名前を覚える気はない。
覚えているとすれば、自らに関係がある場合くらいだ。
運動部の人間がかりだされ、大工道具で学校周辺の木を斬り倒そう。
そういう話があると見る。校門前に広がる森林を開拓しようというのか。
ともあれ、周囲は背の高い木で覆われている。
方角はわからないのであるが、屋上から見た結果から真っ直ぐに行けば森を抜けるという。
「んーでもこれさ。モンスターが出たらどうするの。戦うの?」
「それしかないだろ。それで、人数を集めた訳だし。戦ってみた感想としちゃあ、それほどでもない。けど、回復の魔術やら使える訳じゃあないからな。致命傷を負ったら、お陀仏だ」
「だよねー。超ハードモードじゃん。毒矢とか当たったら死ぬじゃないの」
「だから、気を引き締めて行けって事だろ。まさかこっちの傷薬が超回復を起こすとかラッキーでもない限りな。いや、まあそういう可能性がないわけじゃあないだろうけどさ」
鏡也と御子斗が話込む。
周りの人間も、森の静けさにやられないようにおしゃべりに興じていた。
そこに、
「猪だ。こいつっ」
先頭を歩く集団が叫び声を上げる。だが、猪はあっさりとしとめられた。
日本で見るような大きさではない。牛程の巨体であったが、鳳凰院の家に使える人間を相手にしては分が悪かった。彼、彼女らは一様に訓練を受けた戦闘のプロである。その藤原と天城は両者ともに陰陽道に通じ、心霊を見るという。しかし、鏡也はそんな事を今まで信じてこなかった。
見えない物は信じられない。それが人間という物だから。
「凄かったですわね。猪の死体。ぞくぞくしてきました」
「勘弁してくれよ。暴走したり、こんな所じゃフォローのしようがないからな」
「んふっ」
最上は、ゲームの喋り方が出てきている。
VRMMOをやれば、敵の死体などごろごろと量産する魔術師だ。
隙のない構成を選び、最強の装備を揃え相手を蹂躙するS系のプレイヤー。
重課金と培ったテクニックで相手をずたずたにする。
ついでに、罵倒も激しかった。
とても相手にしたくはない。それが鏡也の感想である。
他の生徒たちは、粉砕され斬り裂かれ絶命した猪を見て、吐くのだが。
そうした猪を後方へと運ぶ。血を抜いて綺麗にして食すという訳だ。
進んでいく鏡也たちは、途中でキノコやそれに類する物を採取しては学校へと運ぶ。
「森から抜けるには、このまま真っ直ぐ進めばいいのかねえ」
「そう上手くいくのかな。あれ、あれ見て。ゴブリン? 緑色の小人がいるよ」
御子斗が指さした先。そこには、確かに緑色のファンタジー定番なモンスターがいた。
「うほっ。これは、フラグきたーですかな。拙者の棒が冴えわたるっ」
「どう見ても、山田が行く前に片付くと思うぞ」
鏡也が、そう言い切ると同時に小人が倒れる。
件のお供が放った武器がクリーンヒットした為だ。
胴に、さくっと手投げされた木の槍が刺さっている。
千人の胃袋を満たす為には、全く足りない。
が、人に似た生物は食べられないであろう。だれでもわかる事だ。
武器は、木から造り出した木製の物が多い。
後方からは随時運ばれてくる。
戦えない人間と、戦える人間を分けようという事であろう。
それ位の事は鏡也にもわかる。武器を手に生命体を殺す。
生きる為と分かっていて出来ない人間がいる事くらいは。
緑色の小人は、非常に醜い。合計で十体ほど仕留めた訳である。
その内の九までもが、鳳凰院に仕える藤原という女だ。
切れ長の瞳で、非常に容色が整っている。が、鳳凰院以外のいう事を聞かない問題児でもあった。
天城の方も似たような物である。
緩やかな膨らみについ目がいく男子は多い。
それに釣られる男子は引きも切らないのだが、同時にどうにもならない事を悟る。
結果として、要らない恨みを買うのは鳳凰院なので同情する所だ。
「ゴブリンでてきましたな。という事は、ボスゴブリンも居るという事っ!? レアイベントきたー?」
「ねえよ。まだ早すぎるだろ」
装備も満足にないのである。目下の目的は、川を見つける事だ。
千人の人間を食わすには、全然足りない。今から耕作した所で、追いつく筈もないし。
しかし、
「熊がいるぞっ」
鏡也たちが見つけた川には、熊がいた。しかも、体長が三m近い。
戦うとなれば、死傷者が出る事を避けられないであろう。
だが、それでも。
「やるしかないでござろう?」
「ああ、そうだ」
等と決意を固めていたのであるが。先行する鳳凰院たちの手であっさりと倒される。
突進する熊の迫力は、かなりくるものがあったと見る。
しかし、土埃と涎を垂らしながら食いつきにくる熊の攻撃を天城がさっと躱す。
と同時に、手に持ったスコップがきらめいた。
爪が翻るよりも先に熊の腕を痛打し、脳天を打ち割る。
何らかの武術をやっている事は間違いがなかった。
藤原といえば、キャッチャーの防具をつけ援護に余念がない。
二人のコンビネーションは、見守る生徒たちから安堵の吐息が聞こえてくるほどだ。
凡そ、戦いともなれば彼女たち二人の戦闘力は尋常ではない。
周辺には熊以外の存在がいないようである。
鏡也たちは、水を学校で清掃に使うポリバケツに汲む。
冷たい水で、汚れてはいない。
「これで、水ゲットですかな」
「そうだけど、そう上手い話じゃない。ここから水を運ぶのと、水路を作る必要があるしな。次いでに周辺のモンスターを駆除するのも人手がいるだろ。食料を確保する期限は、三日だ。これで、熊の鍋汁を作ってどれだけもつやらだしな」
「でござるかあ」
熊を相手に戦う自信はない。
鏡也にとって、熊は別格の存在だからだ。
それをあっさりと駆逐してみせる鳳凰院の共には嫉妬せざるえなかった。
あんな風に御子斗を守りたいと、そう願っていたからである。
(これで、水が確保できた。でも、水浴びとかしないよな。い、いや俺は何を考えてんだ)
横を見れば、山田がじぃっと鏡也の顔を見ている。
とても、同志よと言っているのが見てとれた。
だが、悲しい。それは御子斗が鳳凰院の方を見て、目を煌めかせているからである。
ユウタが三人称でいいのか。
わからないので、これが続くかもしれません。
全盛り主人公小説なので、どこまで皆さんが付いてコラレルノカ。