エピローグ 戻っていたら
「んー。いい気なもんさねえ」
少年は寝ている。
なら、またも殺す事に異存は無かった。胎には、最強を謳われた男の遺伝子がある。
ならば、少女にとって指令は絶対だ。
だから殺す。独占するために。死体を灰に変え、それだけで反魂という手もある。
エリアス辺りが、それを考えない筈もないのだし。
(拉致もいいけどねえ。けれど、難易度が高すぎるのが問題かね。さてさて、そろそろ時間かい)
口では何とでも言えるが、状況次第では可能な選択だ。
得意の空間系魔術と鎧の機能さえ奪ってしまえば、後は好き放題。
用意している兵は、十重二十重に展開済で。抜かりはない。
すやすやと眠りについている相手は、最強を謳われる魔術師。
無敵と言われているが、それは妥当ではない。倒し難いだけだ。
事実、先の仕掛けでは複数の手練れを相手に遅れをとった。最強クラスの相手を複数同時に相手仕切る程に、彼彼女らと少年の間に差がない。
少女にとって意外だったのは、複数の依頼が来ていた事で。
ついでに、本心を明かせば殺して自分だけの物にするのはいい。
問題は、一体いつ嵌めるのか。そういう事だ。
最強の獣人と言われる当代のフェンリルは、命令を拒否した。
こちらの持ち駒は、相当限られる事になる。
(じゃあ。ここまでで、糸を引いている手配師は誰かってわかる奴はいるだろうけどさ。最初から、ばれていたかね)
変わる世界に、少女は深く抵抗するのだが。
突然脳内に響く声で周囲をキョロキョロと見渡す。
だが、誰も起きてはいない。静かな寝息だけが、家の中にある。
「(あーあー。聞こえるかなアサシンさん)」
「(聞こえているともランサー)」
「(重要な案件。作戦は、中止だ。それとお前の企みもお見通しだってさ)」
「(どういう事だい。訳がわからないよ)」
「(さてね。只言える事は、もうさっきまでの刻とは違う。そういう事だよ。わからないのなら、大事な所を触ってみたらどうかな)」
そう言われた少女は、腰のベルトを緩める。
そして、股間に手を入れた。雷にでも撃たれたかのような表情になる。
それもその筈。馬鹿な。と唇が震えた。
「(おかしい。あるんだが、あたしが夢を見ているっていうことなのかい)」
「(かもしれないよ? 常世は全て夢現。私たちが誰かの見ている夢でない保証なんて何処にもないんだからねえ。ユーウも言っていたじゃない。人生五十年、夢幻の如し。ってね)」
このボケオンナっ。と叫びそうになる衝動に駆られる少女。
だが、抑えるのだ。少女のクラスでは相手に勝てない。
序列的には、差がれど殆ど実力に差が無い筈である。
少女は二十四番目に位置するのであるが。念話をする相手が悪すぎた。
神代の魔術を使いこなし、封印する槍の腕は当代に無双。
槍を取っては、最強の一角である銀の騎士セリアをも凌ぐ腕前だ。
剣では、槍相手に勝つのは難しい。リーチが違うという事は、それだけで有利だ。
気配を殺すスキルがあるように、気配を感知するスキルがある。
表があれば、裏があるように。ボウガンは、彼女の前では無意味だ。
矢を避けるどころか撃ち返してくる。弓使いの少女ならばどうであろうか。
強弱的には、魔術と弓が強すぎるのだ。この世界では。
ふう。っとここで息を吐く。
「(誰の指示だい。といっても明かせないのだろうけどさ)」
「(そんなのわかりきってるじゃんか。ま、分かる奴にはわかるよねえ。上だよ上。状況が変わってきたのか戻ってきたのか。あたしたちにはわからないんだから)」
「(素がでてるねえ。ま、いいけどさ。そろそろあたいも寝たいんだけど)」
「(はーい。んじゃ、またねえ)」
静かな夜に、月がその姿を見せる。少女は、一人寂しく寝る事にした。
全身に冷たい氷を当てたように、殺意が削がれていて。
替わりに湧き上がってくるのは、誰よりも欲する座だ。
(隣に立つのは、あたいだけでいい。他の奴らは邪魔だ)
勿論、そのように考えるのは、己だけではないであろう事位は承知していた。
腹黒魔術師なども少女の先手を取ろうと必死になる事は、間違いない。
一番に立つ出目があるのなら、そちらを選ぶのが人情という物だろう。
少女もその例から漏れなかった。口元から、囁きが漏れていく。
例え憎まれていても。
「盗賊が一番だって、いいじゃないのさ」
呟くと、肉の誘いが少女を襲う。すっと巨大な枕を抱きしめる。
丸い月が煌々と照らしていて、寝るには寂しい夜であった。
出来ましたら、一人称が良かった。
とか三人称でもいいとか。二章はこのまま続けるべきか。
分けるべきか、迷っております。
ほのぼのストーリーにならないかなあ。