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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
181/709

外伝 剣x令嬢x血1

 赤い大地だった。

 塗りたくられたそれは、地面を見渡しても赤い場所がないくらいにぶちまけられている。

 さっきまで、我が世の春を謳歌していた父親と母親。

 それらと一緒になって、村人たちが横たわっている。それをやったのは、


「ちっ。よく探せ、娘がいたはずだ。そいつを肴に、やらねえと気がすまねえ。てめえら、逃したら命はねえと思えよ」


 徹頭徹尾に、悪党。この時ばかりは、己の顔面が恨めしい。

 一緒に隠れているのは、侍従の少年だ。まだ、15になったばかり。

 といっても生まれた時から一緒にいるような間柄なので、気にする必要もないか。


(お嬢様)

(しっ、黙っていろ)


 男たちは、馬車をつけていたのか。


「見つからねえはずがねえ! さっきまで居たんだからな! そこら辺の茂みからよく探しやがれ!」


 見つかっては、不味い。

 何しろ、今の己は娘なのだ。

 よく聞こえるだみ声に、むしろ少年の方が震えている。

 そっと手を握ってやると、それが止まる。


「まさか、馬車の中に隠れているんじゃねえだろうな。よく探せぇ!」


 すっとこどっこいだ。

 馬車は、倒れているがそこにのんびり隠れている方がおかしいだろう。

 乱戦になったのをいいことに違う場所へと移動しているのだ。

 連中は、村を襲い馬車を捕まえた。

 中に乗っていたのは、父親と母親だ。死んでしまっただろう。

 凶賊は、容赦なく悲鳴を上げる母親を陵辱して父親を切り刻んだようだ。

 必ず殺す。


「頭ぁ。どこを探しても見つかりませんぜ」

「んな事はねえだろ。探せ、娘を見つけねえとっ……」


 ぱちっぱちっと火が燃える音がする。

 どうやら、火をつけたようだ。家に隠れているなら、火であぶり出そうというのだろう。

 しかし、そうはいかない。

 火如きで炙りだされては、令嬢の名前が泣こうというものだ。


 村人の仇を取り、父と母の無念を晴らす義務がある。




 どれくらい経ったであろうか。

 空気が悪くなり、絶息してもおかしくない状況だったというのに。

 土の中に居たせいであろうか。窒息せずに、やり過ごせたのかわからない状況だ。

 ぽんっと、土を払い退けると。

 そこには、何もかもが燃え尽きたというような焼け跡があった。


 そらは、雨がざあざあと降り注いでいる。

 盗賊たちの姿はない。急いで離れなければ。

 幼馴染の姿を見ると、少年は目を閉じたままだ。

 肩を揺すってみるが、反応はない。どうやら、死んでしまった様子だ。


「1人ぼっちか」


 しかし、死んでいない可能性のかけて肺に空気を送り込むと。


「駄目か」


 反応がない。やはり、死んでしまったようである。


「ごほっ」


 盛大に、ぶちまける。土でも食べたようだ。

 不甲斐ない少年だ。この少年の名前は、ラインハルト。

 乙女ゲーでよくありそうな名前だ。


 線の細い顔と細い身体で、よく女の子に間違えられる。

 盗賊たちに捕まったら、さぞかし可愛がられたことだろう。

 いっそ、これを突き出して鑑賞するべきだったか。


「お、お嬢様あああぁっ」

「どうどう。泣くんじゃないわ」

「これからどうするんです?」

「そうね。まずは、あの盗賊どもを皆殺しにしないとね」

「えっ?」


 えっ、ではない。やられたら、倍返しだ。

 生憎と、この少年のようになよなよとした心持ちをしていないのだ。

 手勢が裏切ったというわけではない。護衛の数は、十分だったはず。


 だというのに、やられてしまった。

 とんでもない盗賊団だ。父の護衛は、それなりの腕を持つ騎士たちだったというのに。

 矢を装備した盗賊たちの方が上手だったというべきか。

 騎士たちは、無残な骸を晒している。


 装備は、そのままだ。

 剣を引き抜くと、腰に備え付けた。見よう見まねの勝手剣法でどこまでいけるか。

 少年を連れて、歩きだす。少年には、一計を案じてある。

 周囲は森。その間を縫うようにして道がある。


 盗賊たちが、そこいらに居ないとも限らない。

 散らばっている盗賊から始末するか。それとも居城への道を行くべきか。

 そろそろと居城へ向かう道にそって移動していくと。

 やはり、2人ほど見張りがいる。

 森の地面は、何がいるかわからない。通路なので当然といえば、当然だろう。


 剣を引き抜くと。


(お、お嬢様?)

(黙って)


 抜き足差し足忍び足。そろりそろりと、相手の裏を取って首元を斬りつけた。

 狙いは的中。ぱっくりと赤い徒花を咲かせると、次の獲物に走りよる。


「なっ、あがっ」


 鈍い獲物は、喉を貫かれて絶命した。痙攣する手応え。むせ返るような血の匂い。

 背筋がぞくぞくとする。

 ―――これは、まさか。

 殺人快楽というやつだろうか。


 しかして、倒れた盗賊の目を閉じてやる。

 盗賊たちの懐を漁ると、そこからじゃらじゃらとする袋が手に入る。

 金だろう。この金は貴重だ。水筒と、地図を手に入れた。


 めぼしい物はそれくらいだ。とはいえ、水を得たのは大きい。

 縛り上げる為か。ロープを持っている。良い物だ。


「お嬢さ、ま?」

「黙りなさいと言っているでしょ」

「はい」

「仇を討つの。手伝ってくれるわよね」

「も、もちろんです。このラインハルト。どこまでもお嬢様についていきます」

「ならいいわ」


 少年は、癖のある毛を手で弄っている。

 困っている時に出すサインだ。どうしてこうも役立たずなのだろうか。

 困るのは、己の方だというのに。


 盗賊たちは、2人だけではない。そう、100人はいたはずだ。

 でなければ、村人まで皆殺しにできるはずもないし。

 護衛の騎士たちはいずれ劣らぬ屈強なる肉体と技量を持っていた。

 盗賊たちの死体を草むらに隠すと、しばらく待ってみる。

 しかし、敵の姿はない。待っているのか、短い時間だからか。

 やってこないのでは、行くしかない。


 道沿いに歩いていくと、そこにはまたしても捜索しようという男たちが集団で固まっている。

 数は5。少し、無理をすれば倒せない敵でもないが危険だ。 


 どうやって倒すか。先ほどの敵からは、武装を奪っているが心許ない。


「お嬢様、お顔が」


「いいのよ。汚れているんでしょ」


 周囲に気配を配るが、どうも嫌な予感がしてならない。

 こういう場合は、大抵が罠で襲った所にボスが待ち構えていたりするのだ。

 そういうフラグは、避けなければ。


 顔を汚くしたが、未だに数の多い彼らとの直接対決は避けたい。

 如何に武器が手に入ったとはいえ、身体は女のそれである。


 武装は、剣が2つにナイフが4つ。どれも落ちていた物だ。

 先ほどの敵を探しにいくことを期待しているのだが、なかなか相手に動きがない。

 盗賊もまた己を探していることだろう。


 時間だけが勝負だ。

 ―――さて、ここから。ここがスタート。ショウの始まりだ。


「着替えて貰うわよ」

「え? ぼ、僕がですか?」

「そうよ。貴方って、黙っていれば女の子に見えるんですもの。逃げて行けば、彼らは必死になって追うでしょうね」


 げっそりとした顔で、浮かない様子。この馬鹿は、殴らないといけないのか。


「囮、ですか」

「そう。そうでもしないと、彼らを分断できないの。わかるでしょ」


 赤子をあやすようにして言わないとわからないとは。


「そうね、悲鳴を上げて走ってくれればいいわ。ついでに、内股で」

「やらないと、駄目ですか?」


 上目遣いでいうラインハルト。これが、男ならいや男であっても押し倒されるレベルだ。

 金髪で、ふわふわの髪の毛。死体であっても強姦されているであろう。


 だから、囮にはもってこいなのである。

 ちなみに、己にはホモの趣味はない。


 盗賊たちは馬を持っていたから、馬に乗ってくる可能性がある。

 そうなると、ラインハルトを確保されて計画がおじゃんだ。

 彼らもまさか逃げていないとは考えていないのだろう。

 この場にいる人間が少ないのはそのためだ。


 少年は、布をかぶると意を決したようだ。

 まずは、相手の体勢を崩さなければならない。

 進行方向には、盗賊たちの為に策が用意してある。

 それで、彼らを地獄へと招待してやるのだから。


 少年が盗賊たちの前に姿を表すと、盗賊たちはすぐさまに馬に乗った。

 追いかけようというのだろう。しかし、そうはいかない。

 視界の悪い道に、それが仕掛けてあるのだ。

 引っかかれば、馬ごと地面に落ちる。そこが狙い目だ。


 地獄への入り口へご招待。


「ひゃあっはあああーーー!」


 奇声を上げて、ラインハルトの姿を追う盗賊たち。

 よだれまで垂らしている。きもい。馬身の差はあれど、剣の届く位置だ。

 残念なことに策を講じたが、失敗だ。


 予想以上に、盗賊たちが速くて、ラインハルトが遅い。

 少年の中身に気が付かれる前に、1人目に接敵すると剣を振りぬく。

 やわい豆腐をさばく感じで、胴を薙ぎ喉を貫く。


 2人目は、戸惑った様子だ。駆け寄ってくる己に、たじろいでいる。

 そのまま、剣で足を断つと下に落ちてきた。喉を突くと、馬に乗る。


 敵の姿はいずこ。

 駆け寄ってくる相手の剣を受け流しながら、すれ違い様に喉を貫く。

 敵の剣を空中にて躱すと、馬上から見下ろす格好だ。

 竿立ちになった馬を制御しながら、加速する。


 盗賊たちの後続を倒さねばならない。

 駆け寄ってくる相手は、3人。どれも似たような顔に見えるのは、性分か。

 剣を手に、駆け寄る。矢を使わないのは、捕らえようという気なのだろう。

 先頭の盗賊は、舐めきっただらしない顔をしているまま首と胴がお別れした。

 残るは、2人


「く、くそっ。お頭に伝えねえとお!」

「おーっほっほ。それは、甘いですわ」


 焦ったようだ。今頃に。そうして、馬を加速させると剣を振るう。

 ぎゃりっという音がして、相手の胸に剣が吸い込まれる。

 相手の剣は明後日の方向だ。追いすがると、


「この糞売女!これでも、食らいやがれええ!」

「笑止ですわ!」


 剣で、矢を払う。相手の引き金と方向を見ていればこそ可能な芸だ。

 命懸けの芸なので、何度もやるわけにはいかないが。


「なにもんだぁ。てめえ」

「ただの令嬢ですわよ」

「化けもんが……目の周りが真っ黒な令嬢がいたもんかよ!」

「これは、あなた達のせいでしてよ!」


 逃げる盗賊。むちゃくちゃに剣を振るうが、ナイフを投げると。


「ぎぃ……。お、俺を……」

「倒したからって、いい気になるな? 汚物は消毒しなくてはいけなくてよ」


 事切れたか。返事はない。


 顔には、泥が付いている。汗と土で酷い顔なのだろう。

 ぬるりとした返り血もない。接敵するに、皆して剣に覚えの無い者ばかりだったか。


 剣は、長く重たい。女の細腕で振り回すには、些かの力がいるだろう。

 鍛えていなければ。

 肺に空気を送り込む。活力がみなぎってきた。

 駆け寄ってくる少年を拾い上げると。


「お嬢様。どうするんですか?」

「おーっほっほっほ。もちのろん。斬って斬って斬りまくるにきまっているじゃない」

「あの、その目の周りの汚れは取った方がいいのでは? まるでパンダです」

「あら……。東方に生息する生き物だったかしら。よく知っているわね」


 ラインハルトのこめかみをぐりぐりとしてやると、ふにゃっとなった。

 だらしない少年だ。これは、小姓にもならない。

 役に立つか立たないかというと囮くらいだろう。

 盗賊たちは、数を増やしている可能性もある。

 困難極まりない。 

 ―――が。血は、血でしか贖えない。


◆◆◆


 ブリードは、村長だ。

 人口100人程度の小さな村の小さな田畑を耕す。

 重い税に苦しむしがない農民である。

 他の農民は、もっと苦しい。だからといって、こんな事が起きていいのか。

 騎士団は、何をやっているのか。

 盗賊がやってくるとか。信じがたい。


 何が起きているのかわからなかった。

 ある日、突然それは起こったのだ。

 村人が、


「そ、村長、助けてくれえぇ」

「なんじゃ。何が起きたんじゃ」

「盗賊だ。村の人が襲われとる」

「避難させるんじゃ。ここなら、門がある。はよう」


 村人が走りこんでくる。だが、少なくない村人が盗賊に捕まったという。

 ―――助ける?

 そんな余裕はない。盗賊の侵入だ。いったいどこから来たのか。

 領内は、平和だったはず。噂を聞いた事もなかった。


 盗賊たちの侵入が通報されないなど、ありえない。

 ありえないが、彼らの侵入はあった。そして、速い。

 たちまちの内に、抵抗する村人たちと斬り合いになった。


 盗賊を見たことがなかった。

 所詮は、盗賊と村人は思ったのだろう。


 応戦する村人を複数で切り刻んでいく。数の上でいけば、村人の方が多いくらいだ。

 だが、盗賊たちはそれを苦にしていない。

 というのは、後ろから矢を射っているからだろう。

 そして、1人、また1人と倒れて逃げ遅れた女が盗賊の餌食になる。


 村の家から、悲鳴が聞こえてきた。

 耳を塞ごうにも、聞こえてくる。盗賊たちの大声。

 貴族は、騎士は、兵士はどこへ行ってしまったのか。

 領主一行が、隣の村から駆けつけてくれる事が望ましい。

 だが、間に合うのかわからない。

 そもそも、助けを求めてすらいない。


 村は、もう駄目なのか。  


「おーっほっほっほ」


 大きな奇声が上がった。



◆◆◆



 盗賊達の残りは93人。凡そ、であるがその数は脅威だ。

 道には、草木が生えている。

 これを活用しない手はないだろう。


 ナイフは、数が限られているのだ。

 それを手に、枝をどんどん切らせていく。

 あればあるだけ有利になる。馬にくくりつけるのだ。

 後々で、有利になる。

 盗賊たちの懐を弄って5人分の財貨を得た。

 といっても、


「少ないですね。これっぽっちだなんて」


 金髪の少年ラインハルトは、心の底からそう言っているようだ。

 実際に、数が数えられてしまうくらいに少ない。

 銀貨が20枚に、銅貨が8枚といった具合だ。

 とはいえ、持ち合わせのなかった己には好都合といえよう。


「お嬢様~。こんな風に枝を集めて、どうするんですか。邪魔にしかなりませんよ」

「いいから、黙って集めなさい」


 敵が前からくるとも後ろからくるともしれない。

 ならば、前に進むのみ。幸いにして、馬が手に入った。

 前に行けば、村がある。残りの93人を始末せねば。

 死んでいった父、母と村人の仇を取らないといけないのだ。


「あの、隠れているって駄目なんですか?」

「何を言っているのかしら。そんな事をしていたら、領地が危ないわよ」

「僕は、お嬢様の方が心配です」


 この少年は、未だにそのような事を言っている。

 とうの昔に覚悟など決まっているというのに。

 このまま放っておけば、援軍が来るかもしれない。しかし、それではその貴族に領地を乗っ取られてしまうではないか。そんな事も考えられないようだ。


 馬を勢い良く走らせる。

 足に踏ん張りが利かないのは、鐙がついていないせいだ。

 安い馬に、馬具もつけていない。

 かろうじて、尻に敷く物だけはある。


 2頭の馬を走らせると。

 森の中を駆け出す。

 盗賊たちがいれば、攻撃を仕掛けてくるだろう。


 人数が多ければ、逃げて少なければ斬るだけ。

 道の先に3人の男を見つける。のんびりと歩いているようだ。

 後ろを振り返る様子はない。馬を走らせているので、その音が聞こえているはずだが?


 間近まで接近して、


「お? は?」


 振り返った男の喉を貫く。すると、隣にいた盗賊が剣を抜く。

 馬上から、隣の男に飛びかかった。


「ふざけっ……」


 喉を切り裂く。赤い血がばっと散らばった。

 振り返ると、そこには剣を抜いたまま固まっている男がいる。


「てめえは、なにもんだ」

「おーほっほっほ。どこからどうみても、貴族の令嬢にきまっているじゃないかしら。目が付いているの? 貴方」

「て、てめえみてえな化けもんが令嬢な訳がねえだろ。話じゃ、絶世の美少女って。くおっ」


 男の手から剣が落ちる。悠長なおしゃべりは、時間稼ぎが相場と決まっているのだ。

 わざわざ仲間が来るのを待っている趣味はない。


「くっ。た、助けて」

「盗賊でしょう? 死ぬしかないの。慈悲はないですわ」


 踏み込むと、反撃の蹴りを繰り出す。が、そこにも赤い河ができる。


「ぎぃ」


 足を押さえ、ついでぱっくりと赤い身を晒した男は膝をついた。

 そのまま横に倒れる。仲間が駆けつければ不利だ。

 これで残り90人。


「お嬢さま。無茶をしないでください」

「悪、即、斬よ。騎士団をアテにしているようだと、馬鹿をみるかもしれないわ」

「そんな。そんな事があり得るでしょうか」

「あり得るわよ。帰ってみたら、見知らぬ誰かに領地がぶんどられてたなんて目も当てられないじゃない」


 敵は、盗賊だけではない。

 これだけの数が入り込んでいたのだ。

 内通者が居たとみてよい。

 1対1を90回繰り返すしか手が見当たらないのが現状だ。

 敵がまとまって来た場合の対策が、行き当たりばったりである。


 と、「いたぞぉー!」という雄叫びが後ろから聞こえてくる。馬は、乗っていない。

 それはそうだ。道はある。

 が、草はぼうぼうで周囲の茂みには何が隠れているのかわからないくらいなのだ。

 道に馬を走らせる事はできても、枝やら何やらで進むの難しい。

 そして、体格のいい男たちは走っている。

 馬に乗ると、そのままラインハルトと盗賊たちに向かって走りだした。


「お嬢様?」

「後ろに速度を落として下がりなさいな」


 先頭を走る男をすれ違い様に、喉を突く。幅広の剣だ。

 喉からは、ぴゅっと血が吹き出す。

 次の獲物を捉える。

 弓矢を構えていた。もはや、なりふり構っていられないのだろう。

 馬を盾にすると、身を低くして馬を走らせる。


 相手は、矢を放っているのか。

 馬が横倒しになる。その前に飛び降りると。


「死ね!」


 弓を構えていた男とは別の男が剣で斬りかかってくる。間合いが近すぎたのか。

 相手の動きを見て、剣をやり過ごすと喉に枝を突き立てる。

 弓を構える男は十分に射程距離だ。ナイフを投げれば。


「がっ」


 男の喉にナイフが突き刺さる。それを押さえると、地面に倒れた。

 呼吸する音がして、止めを加える。

 敵は、3人か。隠れている男もいないようだ。

 でなければ、連携を取ってくるだろう。


 ラインハルトが、追いすがってくると。


「お怪我はありませんか? どこか痛いところは」

「ラインハルト。君、弓を持っていてくれませんこと?」

「えっと。僕、弓なんて使えませんけど」

「知っているわよ。持っているだけでいいのよ。後、馬が1頭になったから私が乗るわよ」

「ええ? 僕は歩きですか」

「そうは言ってないでしょう。その代わり、掴まらない事。いいわね」

「お、お嬢様。お優しいです! このラインハルト、初めてお嬢様に優しくしてもらった気がします!」


 そんな事はない。この馬鹿が忘れているだけなのだ。

 ラインハルトは、忘れっぽく自己の都合で解釈するのである。

 馬からおろして、置いてきぼりにしてしまうと囮が居なくなってしまう。

 そういう訳なのだが、どうも勘違いをしているようだ。


「こらっ。しがみつくんじゃなわよ」

「えへへ、お嬢様。くさっ」


 なんということを言うのだろう。

 風呂に入っていないからといって、言うに事を欠いた少年は。

 拳骨を叩きつける。 


「痛いっ。お嬢様ぁ痛いですよー」


 制裁を加えると、大人しくなった。


 道は、村に繋がっているはずだ。

 父親の単なる視察だったが、ちょうど気分転換で付いて行った。

 まさか、そこで盗賊に襲われるなど誰が想像し得ただろうか。

 生き残った騎士が見当たらなかった。

 村人も皆殺しにされている有り様だ。村の名前は、ダーンだったか。

 隣の村はレムベルク。


「急ぐわよ」


 盗賊たちから装備を剥ぎ取るにしても時間がかかる。

 金と弓を頂戴して、その場を離れた。

 道に沿って行けば、小一時間でレムベルクにたどり着く。

 そこで、盗賊たちがいれば決戦となるか。

 残り87人。残らず斬ってすてる。





 村まで盗賊たちに遭遇する事なくたどりついた。

 入り口には、奇妙な格好で横たわる村人の死体がある。

 叫び声が上がっている事から、戦闘が行われているのは間違いない。

 残り87人。

 一度に相手をするには多すぎる人数だ。


 外で、警戒をしている人間はいないようだ。


「お嬢様? まさか、乗り込む気じゃないですよね」

「そのまさかに決まっているじゃない。ここで逃げ出したら、令嬢の名が泣くわよ」

「そんなお嬢様、いませんよ」


 ラインハルトがグズるので置き去りにすると。

 後ろにひっついて来ようとする。

 村の中には、人の姿が見えない。奥の方にいるのか。

 敵は、好き勝手に獲物を食っているようだ。適当な村の家にしけこんでいる男が見える。

 後ろから忍びよると。ニヤついて見ていた見張りの喉を短剣で裂く。


「はぐっ?」


 次いで、女にのしかかっていた男の喉をナイフで切り裂く。

 女の股ぐらで腰を振っていた間抜けには、似合いの死に方だろう。

 これで、2人。残り85人。

 村の往来で気がついた人間が走ってきてもおかしくない。

 しかし、どうした事か。

 入り口から奥にかけて人の姿が殆どない。


 女は、ひっくり返った蛙のような格好で宙を向いて固まっている。

 死んではいないが、呆然としていた。

 構っている暇はない。隣の家でも、男が腰を振っていた。


 当然、短剣が喉を裂く。残り84人。

 血がばしゃっと女にかかり、視線が合う。

 何が起きているのかわからないようだ。


 反対側でも、男が腰を振っている。見張りが、気がついた。


「なんだ? あばっ」


 視線が合って、腰の剣に手をやるのと同じ瞬間。喉から赤い雨が降る。

 動きは、迅速に敵に知られる前に疾く速く。

 腰を振っていた男が、


「なんだよ、今、あ?」


 つぷっと皮が裂ける。男は慌てて喉を押さえた。

 しかし、もう遅い。突っ込んだままの状態で、倒れた。残り82人。

 女が、悲鳴を上げないように口を押さえた。


「大丈夫。あたくしが来たからには、こいつらを生かしておかないですわ」


 女は、こくこくと頷く。

―――いい子だ。

 後ろを警戒するのは、ラインハルト。しかし、少年は股間を押さえていた。

 なんと役に立たない子供なのか。胃の内容物を吐き出さないのは、大したものだ。


「お嬢様ぁ。ここが痛いです」


 無言で、頭を掴む。状況がわかっていないようだ。

 外に出ると、


「ぬおおおお!」


 剣を上段に振りかぶって、斬りかかってくる。

 男は、体格がいい。ぶつかるような斬りだ。

 だが、そんな事では斬れはしない。

 さっと半歩右に。それだけで、相手の斬りを避けながら首に短剣を突き立てる。

 男はよろよろと前に歩いて、喉を押さえた。

 壁に向けて、ぱっと赤い花が咲いた。

 膝をつく。残り81人。


 視線をぐるりと、次の相手は。


「野郎ども、連携を取れ!」


 指揮を取る盗賊がいるようだ。数の程は、3。

 家に入っていた人間が、出てくればもっと増えるだろう。  

 手間取っている暇はない。声を出す相手を仕留めるべき。

 前へ進むと、


「おら、左右からやれ!」


 左の相手に向かって、歩き出す。


「は? うああああ!」


 狂乱する男は、中肉。半ばに剣を構えて、突っ込んでくる。

 左に交わしながら、短剣で喉を裂く。

 躱した相手の身体を盾に右の相手に向き直ると。


「げっ。てめえっ。汚えぞ」

「汚いのは、貴方の方でしてよ?」


 右の相手は、味方の死体に剣をつきこんでいる。

 しかも、結構な深さ。貫通して、反対側まで出ている。

 そのまま、優しく喉を撫でると。


「こひゅっ」

「ごきげんよう。おじさま」


 赤い雨が、中年男の死体に降りかかった。残り79人。


「ひっ。敵だぞ! 早く出てこい!」


 男は焦ったように言う。

 すっと間合いを詰めると。


「てめえ、なにもんだよ。俺たちに何の恨みがあってこんなことをしやがる」

「おーっほっほっほ」

「何がおかしい!」

「笑止ですわ。貴方、鏡を貸して差し上げたいのですけれど、生憎とここにはございませんの。でしたら、お城の方まで取りにいらしてくださいまし」

「てめえの顔が、悪魔じゃねえか。目の回りを黒くしやがって!」

「せめて、パンダって言ってあげてください」


 ラインハルトのこめかみを掴んだ。力を込める。


「ごめんなさいごめんなさい」


 男は、じりっと後ろに下がろうとする。時間稼ぎが見え見えだ。


「おーっほっほっほ。逃がしませんことよ?」


 ―――盗賊、死すべし。

 斬りかかった。



◆◆◆


 鼠をいたぶるが如くであった。

 ここまでは。

 半刻の間に、形勢は拮抗するようになっていらだちを隠せない。 

 草を刈り取るように村人を倒していたというのに、今はどうだ。


 切り結んでいる少女は、男たちの半分くらいの体格だ。

 2mはあろうかという巨漢が、足を斬られて転がった。


 未だに認識を改められないのは、愚か者というべきだろう。


「おい。あんた。あの娘は、婚約者なんじゃないのか?」

「はっ。それも今は昔の話だ」


 青年は、名前をフレッドという。由緒ある貴族の家の出だ。

 それがどうして、盗賊の手引きをしているのか。

 事情があるようだが、フレッドが話す気がないらしい。

 男は、声を上げた。


「野郎ども、一斉にかかれ。敵は1人だぞ!」


「まあ、待ちたまえ。そこにいるのは、レティシアだろう! よくぞ生きていた!」


 女は、倍もある男を切り伏せると。


「なっ。貴方が裏切ったというの?」


 心底驚いたという顔だ。

 ほっそりとした手足に、小さな顔。その泥にまみれた目の周りさえなければ美少女で通るだろう。

 フレッドは、事もなげにいう。


「悪かったと思っているさ。ああ、心底悪かったと反省しよう。君を仕留められていないとは、ね」


「……どういうつもりなのかしら。ストロング家が裏切ったという事なの?」


「はっ。これだから、女という奴は困る。君の存在が無ければ、とっくに手中にあった物をこうもしないといけないとはね。僕も色々と予定があるんだよ。悪いが、ここで死んでくれ」


 とんでもない屑だ。人のことを言えないが、男はそう思った。

 フレッドは、馬に乗ると部下を連れて城の方向へと向きを変える。


「どういうつもりだ」

「どうもこうもないさ。予定を繰り上げる。ここで、悠長に過ごしていられなくなったという事だ」

「ふむ。なら、さっさと行け」


 どの道、役に立つかどうか怪しい男だ。少なくとも、男にはそう思えた。

 盗賊から成り上がるのが、男ことギャランの野望である。

 腰を動かしていた女をどけると、立ち上がる。


 まだ、少女を倒せていない。

 後ろには、少女と倒れた盗賊が戦っている。

 村で一番大きな建物を攻略中だというのに、後ろから茶々を入れられるのは面白くないのだ。

 囲もうとする少女をじりじりと追い詰めていく。


 家だ。家の間に逃げ込んだ。これで、詰みだ。





 フレッドが裏切っていた。

 少女は、めまいに襲われている。まさか、そんな。

 そういう感情とは無縁のはずだった。


「お嬢様! しっかりしてくださいよ」


 しっかりできるはずがない。剣先が鈍って、斬るのもままならない。

 じりじりと下がっていって、やがて家の間に逃げ込む。

 後ろは、空いている。まだ、79人も残っている。

 全て倒さねば。

 裏切った婚約者の顔を八つ裂きにしなければならない。

 どうして裏切ったのかも含めて、問いただす必要があるだろう。


 奥に逃げ込むと、相手も勢いよく追いかけてきた。

 と同時に、盗賊たちは無警戒に突進してくる。

 顔が出た瞬間に、頭を斬って落とす。

 反対側も。77人になった。倒れた男にびびったのか。

 屋根に捕まると、上から襲いかかる。


「ぐえっ」


 頭上から、喉を貫かれた男を踏み台にして後ろの男に斬りかかる。

 顔面を縦に斬り裂くと、男たちが重なって倒れた。まだ、75人も。

 起き上がろうとするところに剣が突き刺さる。


「あびゅっ」


「助けて! あ、ば」


 73人。若い男だった。辛くもそれから逃れた男が上段から斬りかかってくる。

 すっと、半身をずらして胴から心臓にかけて一突き。

 壁にぶつかって、ずるずると落ちる。72人。

 元の位置に戻ってきた所へ、後ろから男が駆け寄ってきた。


「ぜあっ!」


 横薙ぎの戦斧だ。その柄をのけぞって躱すと同時に、腕を切り落とす。


「は?」


 ではない。首にめがけて、下段から一閃。


「たぶっ」


 ずるっと、首が落ちた。71人。周りは、死体で血の匂いがする。

 民家からは、手に剣を持った女たちが出てきた。股間をむき出しにして。

 あられもない姿だ。ずるずると、剣を引きずっている。


「おおお!」


 2人で、一斉にかかってくる。考えたようだ。槍を持って、突く。

 それをまとめて切り落とすと。手に持った槍をまじまじと見る男たち。

 そのまま槍を振るう。どんどん短くしていくと。


「ざ、ざっけんなっこらああーーー!」


 木片と化した槍を投げつけて、そのまま飛びかかってくる。

 手を斬りつけるが、怯まない。返す剣で、腕の付け根を斬る。

 だらんとなった腕ごと体当たりか。前蹴りを見舞う反動で、宙返りした。

 2人とも、呆然としている。立ち上がって、また走り出す。


「「うぉおおおお!」」


 気合だけは十分。首元に手刀を打ち込むと、ズブリと肉を裂いて指が突き刺さった。


「ぎぃ、ひぃ、あぁぁぁ。や、止めて」


 止めてではない。そのまま押すと、とすんと尻もちを着いた。

 喉を押さえようにも、腕が上がらないようだ。

 向かってくる人間は、居なくなった。ぱっぱっと剣を払う。

 後ろには、2人の男が女達にめった刺しにあっている。

 アーメン。これで、69人。


「お嬢様~。フレッド様が逃げちゃいましたよ?」

「あの屑。狙いは……」

「妹様でしょうねえ。あれ、でも、これって妹様がピンチなんじゃ」

「わかっているわよ」


 城には、妹がまだいる。

 しかし、嫌な感じがしてならない。裏切るはずのない人間が裏切っていたのだ。

 ということは、妹すら裏切っていてもおかしくない。

 でなければ、仕事についてきてもおかしくなかった。

 いつから裏切っていたのか。フレッドの計画通りに動かされていたのか。

 城はどうなっているのか。

 村すら守れないとは。己の不甲斐なさに、めまいがしてくる。


「しっかりしてくださいよ。さあ、おーっほっほほおおおお。あ、頭が割れますうううう」

「うるさい」


 ラインハルトは、間近まできて悠長にもそのような事をいう。

 村を包囲している人間たち。

 包囲を止めてレティシアたちの方へと向かってきているのだ。

 屋敷が陥落を免れたのは、幸いだ。

 数の上では、五分か。盗賊たちも全てがここに居るわけではないらしい。


 ―――あんの屑があああ!

 叫びだしたい気持ちで一杯だ。まさか、留守を任せた家臣も裏切っているとか。

 そのような可能性まで考慮にいれなければならない事態だ。

 目の前の盗賊たちは、数を見積もっても20を割っている。

 残りは、城に行ったとかんがえるべきだろう。


「貸して」

「えっと、どうするんですか。こんな棒」


 手渡された棒を持つと。盗賊たちに向かって、投げつけた。


「あぼっ」


 集団の1人に当たる。弓を構えていた男だ。距離があるというのに、突き刺さった。

 重い枝なので、ナイフ替わりになる。68人か。

 近寄ってくる相手に、十分な威力だ。

 周りには、女たちが控えていて走りだす。


 数の上では、もう圧倒している。近寄っていきながら、飛び道具を持っている人間を攻撃だ。


「これは、いかん。野郎ども、あぱっ」


 枝が顔面に突き刺さった。67人。


「ギャランの兄貴! 大丈夫、って死んでる」


 顔に木が刺さって横になっている。それを見た盗賊たちは、逃げようとするけれど。

 その行く手を遮るかのように駆けた。


「こいつ! どけええ!」


 タックルしてくる相手の肩を縦に斬る。ぱっくりと肉が避けて、どろっと血が溢れた。

 叩きつける両刃の剣だが、すっぱりと切れて両側に裂けた。

 どばっと溢れる臓物に、後続がたたら踏む。66人。

 後ろからは、女たちと怒りの叫びを上げる村人だ。


「うおおおお!」


 大剣だ。下からすくい上げる斬り。遅くはない。

 疲れの貯まった身体。だが、それでも避けられた。

 手首には、ガントレットがしつらえてある。その隙間に、突き立てて。


「でええぃ!」


 返す振り下ろしを流すと。呆然とする相手の眼があった。

 ぐしゅっと喉を裂く手応え。相手の剣士は、喉を押さえるが遅い。65人。

 飛びかかってくる盗賊を殴りつけると、


「危ないじゃないの。血で汚れたらどうしてくれるのですか」

「化け物がっ。てめえほど危なくねえ!」


 腹を横薙ぎにする。小柄な盗賊の男は、短い剣を取り落として腹を見つめた。

 そのあばた面を殴りつけると、横に倒れる。何故、倒れているのかわからないというのか。

 64人。

 乱戦になっている。

 追いかけてくる村人と、それから逃れようとする盗賊たち。

 死の坩堝がそこにあった。


「お嬢様。危険ですよ」


 背後に立っているのは、ラインハルトだ。

 少年は、腹を押さえている。血に塗れた剣を握っているのは、


「邪魔すんじゃねえ!」


 盗賊だ。まさか。

 後ろにいるとは。不覚である。

 ラインハルトを蹴ろうとする足を斬り落とす。


「あいえあ。あ、足が」

「貴方。ただでは死ねなくってよ?」


 反対の足を斬り落とす。


「あ、あ。足。俺の足」


 腕を斬り落とす。


「あ、腕」

「生かしておいてあげますわよ。おーっほっほっほ」


 男は、白目を剥いた。しかして、死なすものか。

 手当をするべきだろう。63人。

 後ろを振り返ると。


「お、お嬢だま」

「しっかりしなさい! こんな所で、死んでは駄目よ!」

「いいえ。よ、よく聞いてください。この先、何があっても後ろだけは注意してください。僕のお願いですよ」


 少年の傷は、どうなっているのか。大した血は、流れていないようなのに。

 村人たちが、勝利の歓声を上げている。

 盗賊たちは、倒したのか。

 それでも、レティシアにとってはどうでもいい事のように思えた。

 力強く少年が手を握り締めると。   


「そうですわね。ええ。ええ。死なないわよね。ねえ」

「え、えへ。愛してますよ。お嬢様。きっと、いつか。生まれ変わってもお役に立てますように……」


 少年の腕から、力が抜けた。手をぎゅうっと握り締める。

 ―――ああ。

 何もかも手から滑り落ちていく。暗い闇だ。


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