異世界からの侵略者たち12 翔、麗花、トウヤ、アイカ
「ファックジャーップ。生きているジャップはいませんかー」
声がする。じゃが、ざに聞こえるのは発声できないからか。
動く死体が居なくても、人が争うのに時間はいらない。翔たちが逃げ込んだ建物は、電気がある。水道は、止まっているようだ。蛇口をひねっても水がでない。通りを見れば、中指をおっ立てた女が半裸で走っていく。
「ファックジャップ---! 出てこいや! 謝罪しろ。賠償しろ。ぶっ殺してやる!」
徒党を組んで無差別に殺人を行っている。通りの死体は、増え続けるばかりで拡声器なのだろう。
声は、それしか聞こえてこない。麗花を見る。艷やかな髪は、潤いを失っていない。冬ならば、耐えられなかっただろう。しかるに、雨が降ってきて黒い雨がベランダを汚していく。
「出てきて謝罪しろや! ジャアップ!!」
語彙が少ないのか。ジャップ連呼だ。彼らは、何者だろうか。日本人のふりをした朝鮮人というのだろう。翔には、なぜ日本人を憎むのか理解できない。ぬいぐるみを見る。ほつれた綿が頭から飛び出していた。翔は、自身がどうすればいいのかわからないでいる。
(どうでもいいんだけど)
動く死体を倒しきったのか。通りから上がってくる死体は、いない。代わりに、拡声器を持った男女を追いかける死体たち。
通りに出ていって彼らを殺害すれば、声が収まるのだろうか。部屋には、ガーフが襲ってこないとも限らない。執拗に狙ってくる彼は、殺しておかないといけない相手だった。
部屋に入り扉を閉めた。そして、ベランダへ出る。動く死体は、ベランダを上がってはこれないようで安心しているもののじきに食料がなくて餓死だ。
水だって、ない。動けるうちに確保しなくてはならない。悲鳴と怒号がして、声が止む。
蝉のように短い。
(どうしたらいいんだろうか)
全部、社会が大人が、決めてくれていた。学校にいけば、友人がいたし両親がいて食事も教育も進む道は整っていた。だが、この先は? 真っ暗で見えない道だ。麗花を守るためなら、翔は殺人鬼になるのだって厭わないだろう。守れなかった時は、死ぬだけだ。きっと、それでいい。
(僕だけじゃ、守りきれない。かも)
協力が必要だ。だが、トウヤとアイカが協力してくれるとは限らない。
隣につながる壁には置物がしてあり移動ができないようにされている。隣の人間も怯えているのだ。
出ていけば、殺されると。所詮、他人だ。では、麗花は? 違う。
「どうした。寝られねえのか」
テーブルの上に乗せたままだった。
ぬいぐるみだ。声が出る。不思議なぬいぐるみである。目の黒いボタンが片方取れかかっている。
身体は、汚れと血で赤くなっていた。明かりがついていない町を見る。明かりがなくなった町というのは恐ろしいものだ。
「そりゃね」
トウヤとアイカは、別室だ。寝ているのだろう。音はしない。時折、外から悲鳴が聞こえてくる。
まったくの混沌たる有様だ。日本は、どうなってしまったのか。どうなっていくのか。さっぱり予想がつかない。自衛隊や警察は、全くの無力で滅ぶのだろうか。人が居なくなってしまえば国家は保てない。それくらいは、わかる。
「このままいったらさ。どうなるのさ」
「どうなるって? そりゃあおめえ」
ぬいぐるみは、ごろんと横になる。足がそのまま胴体にくっついている奇妙は格好だ。曲げられないのか。
「日本人は、絶滅寸前までいくなあ」
「うそでしょ」
「嘘なもんか。推測でしかねえが、おめえほど楽観視もしてねえつもりだが?」
理由がわからない。自衛隊がいる。警察だっている。日本人が動く死体に負けるだなんて想像ができない。
「何か、理由があるんだよね」
「そりゃ、な。内戦に、魔物、ゾンビときたら生き残れる方が想像できねえだろうよ。そもそも、日本って国は食料を輸入に頼っているんだからな。早晩、飯を巡って殺し合いになる」
嘘だと思ったが、否定できない惨状なだけに黙るしかない。
翔は、麗花と一緒に生きていければいい。邪魔する人間は、斬って殺していくだけだ。
味方だけを守る人間なのだ。誰彼と助けようとは思わない。
(兄さんなら、どうしたかなあ)
失踪して、行方不明になった。通っていた学校そのものが無くなった神隠し事件だ。
翔の兄は、頭がいい。アニメに嵌まるなんてことがなければもっといい学校にいけただろうになんて言われていた。結局、勉強している時間が少ないからテストの成績がみるみる落ちていったと。
結果、頭が悪かったのではないか。
(貸してくれてた漫画とか本だと、自衛隊がさっと倒しちゃうんだけど・・・)
おかしいと思った。自衛隊が、どうして出てこないのかと。日本の誇る最強の戦闘力であり、治安を守る警察と連携して災害復旧して然るべきなのだから。
異世界人が、空を飛ぶ要塞を持っていても核兵器やミサイルでイチコロなのだ。漫画では。そうでなければおかしいのだ。そういう風になるはずだ。
だが、現実は腹が空いたままで水にもことを欠いている。屋上に水を蓄えているタンクがあるかもしれない。あるいは、寝て目が覚めたら川を目指して歩いていくのだっていい。近くの川の、源流を目指して、だ。核兵器が爆発して放射能にまみれているとしても、水が飲めないようになっているとは限らないし。水を持っている人間から奪って、飲む。
(ちょっと、待て。僕は?)
人から奪うことを肯定している。人を殺すことを肯定している。頭を殴られたような衝撃に、くらっとした。
だが、全ては生きて行くためだ。生きる為なら、他人を害しようが気にしないと。
真っ暗になった携帯の画面。充電器があれば充電ができる。
「おすすめは、おめえにやった剣で近くのスーパーなり食料品店に屯しているだろう連中を皆殺しにすることだろうな」
「それは」
「生き残りたいのなら、なんでもするべきだろう。もう、この世は世紀末っつっても過言じゃねえ」
「外国の助けがくるよ」
「こねえよ。これねえからよ」
そんなバカな話はない。世界最強のアメリカ軍がいる。戦争にかけては、世界一だ。
国はそんな簡単に滅んだりしない。世界の警察、それがアメリカ軍だ。
日本の親分ですらある。冷蔵庫の中を見る。中には、ペットボトルがあった。
だが、飲めるかどうかわからない。手持ちは、それだけだ。
「じゃあ、ちょっと横になるけど大丈夫かな」
「大丈夫だと思うなら、寝ればいいんじゃねえか」
「寝ないと、死ぬよね」
「だな」
「見張りをお願い」
「俺ができるのは、見てるだけかもしれねえぞ。ぶっちゃけいって、俺も眠てえ。つか、体から飛ばされそうだ」
そうなんだろう。横になって、薄目を開ける。窓は、硝子だ。入ってくるのは簡単だろう。ガーフがゴーレムで襲ってくれば、すぐに死ぬ。カーテンを閉めておく。鍵の確認をして、横になった。
目が開く。揺すられていた。夜だ。電気は?
「しっ」
(なに)
音がする。扉だ。剣を握る。煌々とした火を拭き上げた。剣の明かりを頼りに、リビングから廊下を通る。きしむ音と共に扉が動く。
(鍵を破壊した? 敵・・・だよね)
迷うことなく剣を突き出す。溶解して、反対側にいたであろう人間か何かに突き立つと横に振る。
人か。右に一人。顔は、わからない。火で浮かび上がった顔の下に、剣が突き立つ。背後からくる。振り向き下手からの剣が頭に当たって、2つになった。下半身めがけてタックルをしようとしたのであろう。人の姿は、まだある。その向こうへ走りよりながら、さらに剣が孤を描く。
「ひっが、あ?」
倒れる。男だ。入り口の扉を閉めて、階段とは反対側にいる敵へと向かう。
生きた人間だろう。翔たちがいるのは、二階だ。二階なので落ちれば助かるとばかりに手すりから落ちようとしている男の尻を斬る。胴が、降って足が残った。
「てめえっ」
問答は、無用だ。翔が不法侵入者だとしても襲われるいわれはない。銃だ。
銃口を向けて笑みを浮かべていたまま、心臓に剣が突き立つ。銃を落として、胸を押さえた男の口に剣を突き入れる。火が目から吹き出て飛び出す。
(いいざまだ)
振り向けば、逃げようとしている。そんなことを許す翔ではない。身体は、回復している。
軽く走りよって、背中から斬る。
「た、ぼぉ」
死体になった。動かないように頭を焼く。動く死体も、頭が無ければ動かないようである。
翔の経験からして、階段から下に仲間が屯しているのかもしれない。或いは、扉の向こうに隠れているのやもしれなかった。油断ならない。一掃しておくべきだ。
(いや、夢中になって離れた隙に麗花たちが危なくなったら本末転倒じゃないか)
引き返すことにした。階段から下で音がして、悲鳴が聞こえる。慌ただしくも離れていく靴音がした。
廊下には、人の死体が転がっていて臭い。剣の力で生まれた不思議な火のせいだ。
もっというならそれを人に突き立てた翔のせいでもある。
警察が、パトカーがサイレンを鳴らしてやってくることはない。
(うん。わかってたけど)
誰かを当てにしても駄目だ。大人が守ってくれるなんてことも幻想でしかない。
世紀末が遅れてやってきたのだ。力が全ての時代が、今まさにやってきた。
1999年でもないけれど。とっくにそんな年は過ぎている。
不意に、剣を振るう。上だ。長い手だった。火に映し出されたのは、いびつな手をした化物だ。
人であっただろう顔は、乱ぐい歯があった。
(こいつっ)
おかしな体長だ。首が50cmはある。手からして、指が腕の長さほども。べったりとした赤色だ。
手を切られて、顔で噛み付こうというのか。体は、前にでて抱きつこうとする化物の手を逃れようとしていた。手を切り下ろしで裂き、かつ横薙ぎで頭を落とす。足は、肩で受けた。強烈な蹴りだ。
が、動かなくなった。建物の上には、化物の巣でもあるのだろうか。
生首をぶら下げていた胴の気色悪さに、目を背けた。
(あ、いけない。まずは、部屋に戻ろう)
心臓が早鐘を打つ。
扉には、鍵がない。閉まらないものの、閉めておくしかない。風が、敵を教えてくれるだろうか。
扉の中には、変わった様子がない。
カーテンは、閉められている。3つの部屋があり、リビングに繋がっている。窓が全部の部屋にある。窓には、格子があって入れないようになっていた。部屋の扉を開ける。中には、横になっているトウヤとアイカがいた。もう一つの部屋に行ってみる。扉の取っ手を下げた。
(いる。よなあ)
いた。化物の姿も不法侵入者の姿もない。不法は翔たちなので、強くも言えないのであるが。
「おう。おかえり。なかなか、斬りまくったようじゃねえか。こっちにきても通用しそうな暴れっぷりだぜ」
「はあ。いつから日本は、こうなっちゃったんだって思う日がくるのかな」
「もう来てんじゃねえか。びびるこたぁねえ」
かかっと笑っているぬいぐるみは、煙草でも吸いたそうに口元へと手を当てている。
剣の火は、消えている。鞘へと納めると。
「疲れたなあ」
「しょうがねえんじゃねえの。まっ、仲間を探すことだな」
「この状況で?」
「或いは、下僕を作るか。徒党を組むのもいいんじゃねえか。世はまさに乱世なんつってな」
とはいえ、高校生にどれだけの人間が付き従うというのだろう。
翔は、甚だしく童顔で頼りないと言われてきたのだ。
背が伸びた方ではあるものの。
(何ができるっていうのさ)
翔は、子供だ。明日は、学校があるのになんて思ってしまう。そして、考えが浮かばない。
そう、現実には早くも寝不足で動けなくなりそうなのだから。