0.1章 異世界からの侵略者たち19
なんの縁もなかったはずの金髪の男が、のしかかっている。
重たい。横には幼馴染の少年。麗花は、それをじっと見つめていた。
翔は、動かないようだ。
「大丈夫、ですか?」
意を決して、声を出す。男は顔をしかめて。
「はは、ああ。まあ、なんだ。後は、頑張れよ」
麗花たちを襲った閃光と衝撃。なんだったのかわからないが、ロシナと呼ばれる男には変化をもたらしていた。血を流している。
ロシナが疲れたように身体を横にずらすと、岩、ではなく壁のような物がどけられる。
人間ではありえない怪力。
纏っていた赤い金属の鎧は、溶けていた。
「あの」
「まあ、聞け。俺は、駄目だ。もう動けそうもない。手助けをしてやろうにも、この身体じゃあな」
片目をつむったまま口を歪めて言う。
すぐ脇では、瓦礫の山ができている。東京ドームを過ぎていた。
瓦礫のあった場所は文京区役所のだったはず。
だが、周りは真っ暗になっている。
木から火を上げていた公園も、その木が見えない。動き回る死体は、どこへ行ったのか。
「状況は、わかっていないようだな。ともかく、西へ向かえ。北は駄目だ」
ロシナは、不思議な事を言う。
「どうしてですか?」
北へ向かうのだ。目的地は、埼玉なのだから。
「さっきのあれは、恐らく核兵器だ。朝鮮人も考えたな。地上は探知し難い。近距離で爆発させて皇居を狙ったんだろう。動く死体に破壊されたのか、それとも内ゲバをやらかしたのかわからんがね。まあ、ともかくだ。北へ行って放射能で死ぬよりは、西へ向かった方がいいな」
ロシナの顔は、見るも無残に殴られたかのよう。パンのように、膨れ上がっている。
「今、手当をしますから」
「いいって。ま、これは報いだな。これを持っていけ。翔にやったものとは違うが、こいつが役に立つはずだ」
ロシナが押し付けてくるのは、青い柄の剣だ。手に取ると、ロシナはごろりと仰向けになる。
「あの」
声をかけても、目を瞑ったまま動かない。
「心配は、無用だ。それより、翔を連れているんだ。しっかり、守らねえとな」
どうして、ロシナが親身になってくれるのかわからない。翔と何か関係があるのだろうか。
麗花は、翔を背負うと立ち上がった。銃は、飴細工のようにぐるっと回っていて使えそうもない。
半裸の男をそのままにしておくのは、躊躇われた。
が、
「さっさと、行け。俺の体力が回復しないんだよ。追いついたら、ぶん殴るぞ」
と言われれれば止む得ない。
周りには、光もなく月明かりだけが頼りだ。
西の方向へ向かうと決めて、歩き出した。
(あの人は、どうするんだろう)
もう長くないような損傷を身体に受けていた。鎧の剥がれた腕は、皮膚が斑に変色していたし。
かといって、麗花に何かできるわけではない。
受け取った剣を腰に下げると、スカートがずり落ちそうになる。
下は、下着だけだ。できることなら、ジャージかズボンがいい。
(重いなあ)
しかし、翔を捨てて行くわけにもいかない。
左に曲がって、春日通りを歩く。右手の建物は、崩壊しているようだ。
薄暗い中を歩いていく。
動く死体が居るけれど走ってこないだけありがたい。
左手に、学校らしきものの残骸が見える。
衝撃波で倒されたようだ。道路には、人の死体という死体が散乱していた。
生きている人間は、居ないようだ。
ロシナから受け取った剣を腰に下げてから、力がみなぎってくる。
剣には、不思議な力があるような気がした。
(このまま、西に向かって、それからどうしたらいいんだろう)
家へ帰りたい。
家へ帰れば、親、兄弟がいるはずだ。埼玉まで、歩くのは大変だがそれでも戻りたい。
しかし、ロシナは言った。
核兵器だ、と。
(どういう事なのよ)
信じられないが、信じないといけない。醜く爛れた皮膚は、核兵器によるものだろう。
崩壊して、地震にあったような被害をみれば。
戻れない訳だ。もう。
爆風と閃光は、北側からだった。
ひょっとすると、埼玉県で爆発したのかもしれないしそうじゃないかもしれない。
翔が目覚めたら、埼玉へ向かう事を訴えたいところだけれど。そうもいなかにだろう。
ただ、足を動かす。歩いていると右手に警察署らしき物が見えた。
(人、いないね)
白黒のパトカーは、建物に押し潰されていた。
警察署の建物自体が崩れ落ちて、生きている人間はいないようだ。
反対側のコンビニがあった場所も、崩れて中に入る事はできそうにもない。
通りには、電柱と電線が倒れていたりして歩きづらい。
(食べ物を確保しないといけないんだよね。でも、建物が崩れているし。どうしよ)
だんだんと、怒りが湧いてきた。
どうして、自分がこんな目にあっているのか。
どうして、きつい思いをしなければならないのか。
襲い掛かってくる男たち。翔とロシナが、いなければきっと生きては居なかった。
(ロシナさんは先に行けって、言ってたけど。本当に、大丈夫なのかなあ)
あの顔と髪の毛。
本当に核兵器なら、放射能を浴びているはずだ。
麗花は、なんで放射能が不味いのかわからないが。
ともかく、危険だと言われているので危険だとしかわからない。
なんで、核兵器が東京の中心部で爆発したのかもわからないが。
「ん、あ」
翔が、起きたようだ。ちょっと引きずっていいたけれど、大丈夫なのか。
「起きたの?」
「あれ、ロシナ兄貴は?」
首筋に鼻面があたってくすぐったい。
ロシナの事が気になるとは。衝撃を受けた。
普通は、まず麗花が大丈夫なのかどうか心配するべきだろうに。
乱暴に下ろすと。
「いっつ、いたた。足が、攣ってる」
頭を叩きたい気分だけども、我慢の時だ。
「ロシナさんは、後から追いかけるって言っていたわ」
しかし、あの傷である。動く事もままならないのではないか。
とはいえ、超人じみた男だ。心配しているだけ、杞憂なのかもしれない。
麗花にとっては、翔の方が気になる。
警察署から南へ向かって、白鳥橋を渡るべきか。それともこのまま北西へ向かうべきか。
「う、まだ、夜なのかよ。埼玉までは、遠そうだな」
寝ていた事を心配していないのにも、腹が立つ。
「一旦、南へ向かいましょ。西へ行かないといけないわ」
すると、翔はきょとんとした表情になった。
立ち止まらずに、歩くと。
「ちょっと、待ってくれ。なんで、西なんだ?」
慌てて追いかけてきた。
「北の方向から、衝撃波と閃光が来たのよ。貴方は、寝ていたけれど」
「じゃあ、ますます北に行かねえとさ」
翔は、立ち止まって苛立ちが募る。
「ロシナさんは、核兵器だって言っていたの。だから、西へ移動して食料と寝る場所を確保しないと死んじゃわよ」
「は? ちょっと待って。核って、何それ。そんなの、冗談だよな」
この期に及んでも、歩き出そうとしない。殴らないとわからないのだろうか。
「歩きながら、話をしましょ。ここにいたら、ゾンビに襲われるわよ」
やっと歩き出す。
「核、核兵器って、日本にはないじゃん。なんで、核兵器が爆発、いや使われるんだよ」
「そんなの私が知るわけないわよ。でも、現実には建物が倒れているじゃない。生きている人だっているのかわからない状態なの。お腹が空いて、動けなくなる前に飲める水と食べ物を確保しないと。埼玉に帰る前に、死んじゃうじゃない」
帰りたい。この頭が、鈍い幼馴染に罵声を浴びせたい。
感情に任せて、怒鳴り散らすのは簡単だ。
だが、この飲み込みの遅い幼馴染を見捨てる訳にはいかない。
「や、でも、それを信じろって言われても」
「動きまわる死体を見ているのに、核兵器は信じられないんだね。翔ちゃんは、空飛ぶ城を見たでしょ。今だって見えるじゃない」
皇居のある方角を見れば、それだけが月の光で浮かんでいる。道に添って立つ建物が崩れて、一層見やすくなったという。あれが、諸悪の根源なのか。空に浮かぶ城。なんてファンタジーが過ぎる。女の子でも降ってくるのだろうかと。
麗花は、見たものを信じるタイプだ。
空に浮かぶ城はともかく。
幽霊だかなんだか怖くないが、動き回る死体を腰がすくんで座り込みそうになる。
「そりゃ、さ。あんな城が浮いているしな。もう、なんだって、ありなんだろうけど」
愚図な幼馴染が、やっと隣を歩く。どうして、現実を飲み込めないのか。
人間が、動いているなら声を出すはずで。幸いな事に、死体の動きは鈍い。
素早かったり、頑強だったりすれば生きて脱出するのも難しいだろう。
食べ物も飲み物もない。自販機は動いていないし。財布は、あるけれど。
持っているのは、ロシナから渡されてた青い鞘の剣だけだ。
「それで、これからどうするんだ? 埼玉へ向かわずに」
「ロシナさんは、西へ行くようにって言ってたわよ。北に行くのは危険だって」
「でもさ。家が、気になるんだけど」
それは、それだ。麗花は、核兵器がどのような物かよくわかってないけれど。
知っている事は、凄い爆弾なのと放射能を撒き散らすということだ。
しかも、東京一円の建物が崩れるような爆発だった。
歩いていても、無事な建物がない。
「気になるのは、私も一緒だよ。でも、放射能を浴びたら生きてられないよ? それでも、向かうの? 食べ物と寝るところを探しましょうよ」
「そう、だな。まず、身体を横にしたいよな」
守ってくれていたロシナは、頼れない可能性が高い。
今も、銃で狙われればすぐに死んでしまうだろう。
恐ろしい。銃を持った人間が歩きまわっているなんて。
そういう事を理解していない翔に、いらだちを感じている。
怒っても仕方のない事だ。
マンションが立ち並んでいた通りを歩いていく。
生きている人間は、まだ出てこない。倒れて動かない人か或いは、のそのそと動く死体だ。
生きているのかと思うけれど、首が斜めになっている事が多くて見分けがつく。
「これって。その、本当に核兵器が爆発したのかよ」
わかるわけがない。ただ、人の着ているものがはじけ飛んだようになっているのだ。
会話できる状態でない人だったものから、逃げるまわるしかなかった。
呻く声と、喉から出る声と。薄暗い中を歩いていく。
せめて、電気がついているならいいのに。
燃えていた建物も崩れてしまっている。
建物の中にある物が燃えていると、そこだけが明るい。
首都高が見えてきたが、進路を塞ぐかのように崩落している。
「首都高を通っていくってのは?」
動く死体に出会う可能性は、ずっと低いかもしれない。
だが、銃を手にした人間からの逃げ場もない。
「あの残酷な人たちに出会う可能性があるよ」
できる事なら出会いたくない。麗花たちは、丸腰に近いのだ。
剣なんて貰っても、銃には勝てない。
銃と戦うには、銃だ。
広い場所を歩いているのは、動く死体から逃げるため。
建物の側を歩いているのは、銃を持つ人間から隠れるため。
「神田川に添って、西に行こうか」
「うん」
西に行って、誰か助けてくれるだろうか。
近寄ってくるのは、死体だけだ。暗いのに、動く死体は人がわかるようである。
動く死体に掴まれれば、どうなるかわからない。
まだ、人の姿はない。人から話を聞こうにも、生きた人がいない。
「休むところ、さ。建物が崩れてて見つからなかったらどうする?」
「川の側で寝るしかないかもね」
川を覗き込むと、動く死体はいないようだ。生きている人間もいないようだが。
船があったと思うのだが、それも姿が見当たらない。
首都高の道路を支える柱は、斜めになっていた。衝撃が、それだけ強かったという事だろう。
(なんで、人がいないのかな。ほんと)
むかつく。
通りに出てくる人が居てもおかしくない。銃で、襲ってくる人を恐れて建物に隠れたのか。
そこへ、核兵器の爆発。
建物ごと生き埋めになってしまった可能性が考えられる。
声が聞こえてくるが、麗花たちにはどうする事もできない。
重機でもないと。
警察は、一体、何をしているのだろうか。
(自衛隊の人が、緊急出動してくれるよね)
警察署は、襲撃にあったようになっていたし。襲っている人がいたようだけれど。
自衛隊は、出動してくれると思う。
(災害、なのかな。でも、核兵器って、どうして爆発なんかしたんだろう)
空腹を感じながら歩いていく。
どうしたらいいのか考えながら。




