0.x話 異世界からの侵略者たち13 水道橋<万世橋
敵なのか味方なのか。わからない男は、口を開く。
「で、翔くん。どうするんだ」
「あんた、平気なのかよ」
暖かな食事もない。地獄絵図。それが、この東京に現れようとは。一体、誰が想像しただろう。
誰も、わからなかっただろう。だから、こうなっている。
「君らの行く先がきになってね。それどころじゃあない」
金色の髪をしたファンタジー系のコスプレ男は、笑みを浮かべたまま。余裕綽々で、気に食わなさでは那辺にもおよばないだろう。雰囲気だけは、チャラ男で。顔は、日本人と外人を合わせて女が好みそうなのも腹立たしい。つまり、翔にとっては麗花を近づけたくない糞野郎だった。ついでにいえば、爆発してくれれば後腐れがない。
だが、変な外人は爆発物を受け止めたように見えた。そう、全くの無傷。
どこから来たのかも知れない男に、悪寒を感じずにはいられない。
鼻先に近づくも距離を1メートルほど離す。
よくよく見れば。男は、金髪に大剣を背負った赤い鎧のいでだち。響く爆発音が、けたたましく。何処を見ても、怪我は見当たらない。
その後ろにできたくぼみが、破壊の威力を語っている。アスファルトがめくれ上がっていた。
10人が10人、目を疑うだろう。そして、翔たちをかばうように立っていた。
もしも、男がいなければ翔たちは今頃どうなっていたのか。
(質問ばっかだ。こいつ。なんで、ついてくるんだ?)
どうするもこうするもない。
夜中だろうが、家へ向かって駆けたい。しかし、背後から来る敵。
朝鮮人たちによる攻撃は、凄惨を極めている。
金髪の男は、北への橋が落ちているという。
このまま東京を封鎖するつもりなのか。そうだとしても、帰らなければ。
なんとしてでも、麗花と一緒に。安心して、眠ってしまったのか。寝息を立ててるのは、大物だ。
背中に縛り上げれば、片手は空く。
「手を貸して欲しい」
「手を貸せ、ねえ。そいつは、できない話だ」
都合よくは行かないか。離れて歩くも、時速50キロメートルとてでていないだろう。
背の女は、死んでも手放さない。置いていくのなら、共に朽ち果てるのみだ。
「しかしなあっ」
「くどいよ。君は」
すげない言葉に、かっとなりそうだ。しかし、殴りかかったところで戦いにすらならないだろう。
そう、この男は何時でもどんな時でも翔を殺せそうな。そんな雰囲気と技量の持ち主。
周りでは、悲鳴をあげて逃げ惑う民衆の姿がある。助けては、くれないときた。
外国人なのだから、国に帰ればいいのに。だが、襲われる悲鳴。日本人が虐殺されている。
だれも、助けてはくれない。
(警察は、何をしているんだよ。機動隊は? そもそも、なんで朝鮮人たちが日本で暴れているんだ? 意味がわかんねえ)
男の訳知り顔も気に食わない。背には愛しい人の重み。疲れてしまったのだろう。
全身から力が抜けているようだ。本来ならば、このような場所に連れてくるような少女ではない。
体力がないのだ。
闇の帳を赤い炎が染め上げて。まるで、夜明けのように火が建物から上がる。
そうして、地獄が口を開いていた。
神田川を渡れない? 北へと向かう橋に続く道は、死体で踏み場がない。
昌平橋も渡れないとしたら、線路に沿っていくしか。
(けど、なんかおかしい。西に向かって誘導されてるみたいだ)
敵が東からくる以上、翔は西に向かうしかない。追い立てられる羊のようにして、死の行進曲。
愚かで哀れなる日本人たちは、羊の集団になって突き進む。
「翔くん。こいつを持っておけ」
「は? なんだよ。このごつい剣は」
名前をいつ知った。そして、どうして剣を渡すのか。わからない。
それは、手に余る重さの剣だった。赤く、血のよう。走る熱気か。剣を持つ手が、じゅうっと音を立てる。肉が焼けたようだ。しかし、
「ほう。落とさなかったか」
「いや、落とすぞ。普通は」
なんの嫌がらせか。剣は、重い。幅は腕ほどもあり、人が扱うには向かない長剣の部類。
男が背に持つ大剣と同じような雰囲気と作りだ。そして、人が弾けとんだ。文字通り、宙を舞うと。
朝鮮人たちの乱射が止まって、反対に逃げていく。
銃撃が効かないというより、未知の脅威が現れると逃げていく習性なのかもしれない。
彼らと反対に、その場に立っているのは。
巨漢の戦士だ。熊の耳を頭につけた男。普段ならば、笑っていたかもしれない。
だが、喉がひくつく。目を離したら、その瞬間に殺されているかも。そんな連想をさせる眼光だ。
「よう。ロシナ様。捜索は、順調ですか」
反対側にも、着地音。しかし、そこからは水音と悲鳴が聞こえてくる。
死だ。
「ああ。ちょうどな、セリアのやつに決定的な情報を渡せるかもしれんな」
褐色の鎧に、身の丈を超す斧。叩きつければ、人は死ぬだろう。
反対からは、弾丸と爆音がはぜて、爆風が吹く中を闊歩してくる少女。
犬の耳が頭についている。赤い目が、獲物を睨めつけていた。
「ロメル様、本当にやるんですか」
「ああ、ロシナ。このチキン野郎。どーも怪しいと思っていたら、日本人を庇ってやがる。ギルティだろ」
雲行きが怪しい。少女は、赤いマフラーで口元を隠している。手には、ナイフか。それにしては、大きすぎる。
「なぜ、そうなる」
「ぷっ。こいつ、わかってねえ。どうみたって、本命の作戦を妨害しているだろうがよ。例外を認めたら、駄目じゃねえか。ましてや、そいつは裏切った山田の身内だろうが。殺せよ」
声を荒げる男に、金髪騎士風の男はそっぽを向く。話合うというのは、ないのか。巻き込まれれば、死ぬ。
(ちょっとまて、こいつ。今、殺せとか、言わなかったか? やばいだろ)
翔は、隙を伺う。しかし、前後を挟まれている。朝鮮人たちに囲まれても危険だし、前後の男と少女もやばい。やばすぎる。目の前にいる熊男は、殺気を隠そうともしていない。手には、分厚い棍棒を2本。血が滴っている。それで、誰かを殴った事は明白だ。
「殺せって、本気ですか。セリア様には、申し開きが必要になると思います」
「必要ねえだろ。現行犯ってやつだ。やつが日本人をかばっているのは明らかじゃねえか。それで押し通る!」
少女は、納得していないようだ。そして、2人を相手にしてロシナという男は立ち回れるのか。
不思議な能力を持っているとはいえ、ファンタジーな世界から来た立ち姿。
巻き込まれるのは嫌だと避けたいけれど、地獄の蓋はそこかしこで開きまくっている。
すっかり、巻き込まれて抜けられない悪夢。覚めては、くれないのか。
目を開ければ、いつもの日常が待っていると。何度願った事だろう。
だが、
「やらせはしない。山田さんには大変世話になったからな」
「てめえは、そうかもしれねえがなあ。ブチ殺す!」
両手に構え。一息で、殺される。背後に迫る少女は、立ち止まった。
「あたし、やりませんから」
「てめっ、ふざけんなよ? 俺ぁ上位だぞ!」
「最近、ロメルさんって歳とったんじゃないですか? そんな言い方しない人だったのに、キャシーさんも泣いていると思いますよ」
熊男の顔が真っ赤になっていく。そして、腹の底から鼓膜が震える絶叫。ついでに、衝撃でよろめいだ。
ロシナとロメルが鍔迫り合いだ。叩きつけるようにして、棒がロシナを襲う。残像しか見えない。お菓子のように、硬いはずのアスファルトが飛び散っていく。その背後にいたはずの朝鮮人たちが、被害を受けていた。
(ラッキーだ。この隙に、逃げないと)
と、白い耳をした獣人がまた1人。おかっぱをした美少女だ。次から次に現れてくる。こちらは、目を閉じたまま。話なんてしたくないが、画鋲で止められたように動けない。動いたら、死ぬとばかりに縫い止められている。尻尾がふられて気になる。
「ミミーさん。ユーウ様は、見つかりましたか」
「いえ。残念ながら、未だ発見できていません」
「左様ですか。そこの殿方は、お知りになりませんか? このような方です」
すすっと歩み寄ってくる事、風のよう。肝を潰しながら、目を紙に落とすと。
これまた美形がいた。どこかのモデルだって、顔負けの中性的な顔だ。
まだ、少年だろう。金髪と黒髪で全く違う雰囲気をしている。顔が変わったかのようだ。
「知らない。この人がどうかしたのか?」
「この方を見つける事ができれば、戦いは終わると思います。ぜひ、ご協力を」
「え?」
どういうことだ。2人の少女は、すでに翔への興味を失ったのか周りを見渡している。鼻をすんすんとならしているのは、匂いでわかるという事かもしれない。迂闊な答えは、死を呼びこむかもしれなかった。が、正直以外に対応もできない。
「もしも、見かけたらこちらまで連絡をください。お手紙は、届くのでしたか? 携帯電話が使用できるようになればいいのですけれど。困りましたね。核兵器をお使いになるなんて、信じられますか?」
「は?」
頭がおかしくなりそうだ。携帯電話が使えなくなった。その事と核兵器がどのように結びつくのか。それも頭が沸騰して、訳がわからない。いや、そもそも日本語だ。日本語で、話かけてきているではないか。外人が、流暢な日本語を話す。それに衝撃が加わって混乱が加速する。混乱している場合ではないのに。しかし、
「本当に知らないようです。ミミーさん。ロメルさんとロシナ様は、放っておいて探索に参りましょう」
激しく火花を散らせる2人の方は、既に別世界。地面が陥没し、建物は破壊されて崩れ落ちていく所だ。それだけでも、異常事態で。銃声が遠ざかっていく。
「こいつは、俺が押さえておく。先にいけ! 後から、追いかける。絶対に死ぬなよっと」
苦戦しているのか。それとも、ロメルが強いのか。双方ともに、打撃、斬撃を繰り返している。ただ、ロメルの攻撃は相手に届いていないようで、赤い騎士に血が流れていない。
「余裕でぅすねぇええ!!!」
渾身の力か。筋肉が膨れ上がっているのか。熊男ロメルの鎧がばらばらになって、体格が2倍近くに膨れ上がる。斬撃は、見えない。ロメルの振るう棒が起こす風だけで、身体が浮かび上がるほど。2人でよろしくやっていてほしい。どこまでも、いつまでも。切なる願いが、届いたのか。離れていくと、追手はこない。
銃弾が、降り注がない事を祈りながら歩くと。
「日本人たちは、どうして戦わない? 無抵抗のまま死ぬのが趣味なのか?」
な、訳がない。しかし、武器を持った相手にどうしろと。相手は、機関銃で弾をばらまいているのだ。日本人も銃を持っているのなら反撃できるだろう。そして、翔の手元には銃がある。麗花を無事に送り届けた後でなら、
「違う。武器が、ないだけだ」
なら、武器のある己は? 武器があるのに戦っていない。訓練を受けていないから? 言い訳に過ぎなくても学生である翔にとってはきつい話だった。見知らぬ人に銃弾を打ち込む。これができるようになるまで、訓練を受けた訳でないのだ。
「雪城、どうするの?」
「さて、どうしましょうか」
後ろに、もう一人。振り返れない。
「殺すの?」
後ろから、剣呑な事を言う。
「山田さんの匂いがしますね」
左の少女雪城は、まだ目を閉じたままだ。真っ白な髪をぱっつん。白い髪が触覚のようにサイドを伸ばしている。
山田? 翔は、己も山田なのだと思ったが。それが、関係しているのかわからない。いい話なら、殺されないかもしれない、と。淡い期待に、身を寄せながら歩く。通りから離れて手まねきをする男がいる。
「ん、ミミーさんのお知り合い?」
「私は、知りません」
3人、声音の違いがない。明るい感じが、ミミーで落ち着いたのが雪城か。
近寄らない少女たちに、銃が突き付けられる。路地から出てきたのは、下卑た笑みを浮かべる男たちだ。筋肉を誇るかのようにタンクトップで、黒髪を刈り上げている。そして、金髪に染めたのか黒い生え際の見える細めの男。後ろにも、まだ刺青をしたハナピーが見える。
銃を持っているパッキンチャラ男は、
「いいね、いいね~。上玉じゃん。こいつは、ラッキー」
近寄ってきて、頭が爆ぜた。ぴゅっと首のあった部分から赤い物が飛び出す。
「は?」
呆けている男は、棒立ちだ。
「無礼な」
雪城の袴がひるがえると。
「ぎぃひぃいいい」
男の脚が、逆方向を向いている。
「ひっ。助けて」
「いいえ。助かりません。貴方たちは、ここで肉塊になる。終わりです」
殺人だ。お巡りさんを呼ばないといけない。だというのに、頼るべき警察は何処に?
後方に控えていた男たちは、口から2つに裂かれて桃色の物体になってしまった。
異様な光景に、語る言葉もでない。1つ間違えば、翔もこうなってしまうのか。
強姦しようとしたにしては、酷い死に。
(ザマァ!!! 俺だけだったら、麗花を守れんかったかもしれんし。助かったわ)
水道橋駅を見ながら、そんなことを考えるのだった。