0.1章 異世界からの侵略者たち12
夜だ。電気を失って、東京は真っ暗。
時として、図らずともそうなる。
というような事をロシナは、信じていない。結果は、大抵誘導された物だ。
天災でもない限り。
東京都は、未曾有の混乱にある。夜の帳が降りても、明かりと銃声が響いていた。
「その手に、愛を。反対の手には、友誼を。そして、人と人とを結ぶ。日本人は、日本から出て行け! 劣等民族チョッパリどもを殲滅だ!」
どの口がそれを言う。拡声器を持つ男が、集団の先頭に立つ。対する愚かな羊。
銃で武装した男たちに日本人が抵抗しようはずもない。
行く先は、地獄か天国か。
目の前にいる少年少女は、北へと逃げようとしている。通りには、死体が散乱していた。
まるで、戦場だ。
しかし、2人は諦めた様子もない。行先は、選択を間違えれば死体になるだろう。
(ふふふ。橋が崩落しているぞ? さてさて、どうでるかね)
少年たちの行動は、興味深い。後ろを歩くロシナを不気味に思っているようである。
確かに、ロシナは奇怪だ。赤い鎧に赤い具足。それに、剣を背負っている。
さらに、金髪碧眼。他人に言わせれば、目立つ美形だという。
「あんた、外人なのか? 大使館か他所に逃げた方がいいぞ」
「それよりも、自分たちの心配をした方がいい」
暗い嗤いを堪えきれない。
すでに、北千住にかかる橋は落ちているのだ。それが、朝鮮人たちの手によるものは明らか。
日本人には、どうしてそういう事をするのかわからないだろう。
(面白くなってきたな)
日本人にとっては、悪夢だろうけれど。ロシナにとっては都合の良い事態だ。ミッドガルドの残酷さを覆い隠す朝鮮人たちの反乱。どうやって鎮めるのか。アルーシュがそれを静観するのは内々の事。すでに、織り込み済みの戦略だ。
万世橋の横には高速の架橋があるけれど、そこでも派手な炎が上がっている。そう、暗い。車が燃えているのか。最新の機器を積んだ機械は、電磁波で使用不能の様子。
そして、その影響は多岐に渡る。闇に咲いている赤い花は、奇しくも日本車だ。朝鮮人たちは、どうしてか執拗に車へ向かって銃弾を撃ちこんでは遊んでいる。
「どうして、付いてくるんだ。俺たちを付け回して、何の利益がある?」
「ふふふ。わからない、な。俺も、俺がわからないといったところだ」
「おかしな人だなあ」
おかしい、か。ロシナは、己の頭がおかしくなっているのではないか。と、叩いてみるけれど。
さして異常を感じない。少年は、山田の親戚らしい。簡単に死なせるのは、惜しい。この混乱の最中だ。死体になる確率は高いだろう。
道を歩く少年と手を引かれる少女は、歩く。傍らに崩れ落ちた死体が、動き出したのに気がついた様子はない。
そこへ、近づく自転車の音。2人の緊張は、高まっているけれど。背後を見ないとは。無用心すぎる。
「おっと、日本人発見。止まんな」
手には、銃だ。顔は、どこにでもいる日本人のようであるが。温和そうな顔をしているのに、手に凶器を持って舌なめずりする。後ろには、仲間か。同様の迷彩服を着た男たちが、5人。同じように銃を持っている。
(いかん。あっ)
逃げようとしたのか。翔と麗花は、走りだした。だが、回りこむようにして男たちの自転車が移動する。逃げ場が無くなった。
朝鮮人か。中身は、そのようだ。鑑定が、この地球でも使える仕様に驚きながらもどこかこの世にいる気がしない。
「にーちゃん。その娘を置いてくなら、逃がしてやってもいいぜ~? こんなところで、死にたきゃねえよな~」
顔は、ニヤつき。鼻は、ひくついている。
角刈りをした仲間の1人が、細い目を更に細くして言う。つり上がった目と筋肉質な上半身が特徴的か。黒のタンクトップに迷彩色のズボンだ。自転車から降りて、間合いを詰める。銃を使わなくても勝てると、そのつもりらしい。
「何をするつもりだ。麗花は、渡さない!」
「ああ?」
と、男は翔に近寄って銃底を叩きつける。頭を殴られて、倒れた少年に容赦なく蹴りを見舞う。
腹を押さえる少年。見ていられない。
(まいった。こうなると、わかっているだろロシナ。何をやっているんだ)
近寄れば。
その反対側にいた男が、銃口を向けてきた。と、同時に弾丸が放たれる。やすやすとやられるロシナではない。飛来するそれを切り落とし。前へと進む。
「な? て、てめ・・・」
何者だ。と言おうとしたようだ。しかし、みな迄言わせずに斜めに剣を振るう。
仲間が反応するよりも、
「ふん!」
ハーケーンストラッシュ。高速化する斬撃だ。単に、筋力を上げて切っているようでしかないが。
銃を持っていても、それに反応できなかったようだ。男たちは、ニヤけ顔をしたまま自身の身体で血の噴水を作った。2人は、それを見て。
「う、ぐ、う。おぇっ」「貴方は、一体」
吐き気を催したのか。翔は、げえげえと内容物を地面へ戻す。その背中をさする少女を見ながら。
「お前たちが、気にする事じゃない。それよりも、このまま北へ向かっても橋は渡れんぞ。どうするつもりだ」
「殺したのかよ」
「あのまま、蹴られていた方が良かったか? 死にたいのならそれでいいがな」
翔は、話せばわかると思っている口のようだ。そんな事はない、と身を持って知ったろうに。
ロシナは、魔導機ロートヴァントと感応して情報をそこから引き出せる。つまり、東京で起こっている事態については相応に詳しい。調べ物なら、お手の物だ。ステルス機能まであるのだから、まともに戦う事もない。相対して、勝てるのは同じ魔導機くらいのもの。
ユークリウッドとセリアはともかく。
その逃げた男を探すついでに、人助けをしても文句はいわれないだろう。
全く、作戦とは違う事をしているが。ロシナには見過ごせない物なのだ。
そこに、かすかな愛があるのなら。そこに、助けを求めている人間がいるのなら。
命令違反になってしまいかねないとしても。
(あー、まいった。こんなに、こいつらにいれこんで俺はどうするつもりなんだ)
山田の身内らしいが、さりとて侵略者が身の安全を守ってやるというのもおかしな話なのだ。
翔は、目を座らせている。死体となった男たち。その方向へ振り返って、顔を戻すと。
「あのさ、埼玉に帰りたいんだよ。家が、そこだからさ。あんたも、そっちに向かっているのか? ついてきたって、今みたいな。って、銃」
「あの、翔ちゃん。銃なんて」
「こいつらみたいなのが、銃を持ってるんだぜ。俺たちも持っとかないと」
銃で武装しようというつもりらしい。だが、銃を持つという事がわかっているのだろうか。
日本人に、銃を撃てるのか。そういう事もある。だが、戦時でもないのに民間人が銃器で人を殺害すれば殺人罪に問われるのではないか。ミッドガルドであっても、平民が人を殺せば死刑だったりする。力が物をいう世界ではあるが。
手に銃を持つ翔。彼は、決意した目をしている。引き金に手を添えて、それを持つ。
「あんたは…いいのか?」
「ん。俺か。俺には、必要ないな。鍛え方が違うんでね」
「さっきもそうだけど…。どうやって銃弾を避けてるんだよ。まったく、信じられないぜ」
「翔ちゃん。あたしは…」
持たない。それで、いいのかもしれない。女が人を殺すのを見たくないという、ロシナの勝手な都合もあった。しかし、そこかしこで人が銃で撃たれて死んでいるようだ。或いは、鈍器で殴られたか。翔が手に入れた銃。ハンドガンの類とマシンガン。型式は、詳しくないロシナ。調べる気になれない。
「下手に暴発させたら、大変だからな」
「うん」
あまり、気分がよろしくないのだろう。死体となった男たちの自転車は、同様の損壊を受けている。
つまり、あいも変わらず2人は徒歩だ。万世橋に向かっていたが、破壊されたので道を変えて西に向かう。だが、やはり地獄絵図が辺りにある。逃げ惑う人たちに、銃弾を撒き散らす朝鮮人たち。日本人たちは、抵抗できないようだ。
銃弾を受けて、次々に地面へと転がる。
愚かで、哀れな日本人たち。敵を受け入れればどうなるかくらいわかろうものを。
いや、わからないから死体となっているのだ。万世橋から西側にある昌平橋は、川に埋没している。
郵便局前へ到達しても、また死の嵐だ。朝鮮人たちの殺戮は止まらない。
「あんたなら。あんたなら、あいつらをどうにかできるんじゃないのか?」
走りながらいう。隊列を組んで、銃弾を放つ彼らを倒す。簡単な話だ。しかし、今はまだその時ではない。日本人たちの憎悪が、頂点に達した時。その時こそが、ロシナたちは動く。全くのマッチポンプであるが、日本人たちを操縦するのは実に容易い。彼らの怒りを他所へと向けさせればいいのだから。
『全人類統括計画』その要になる日本人。支配民族にする為へ。
「さあ。やってみらんとわからんが、それを実行するのは君が考えているようにいかない。人頼みでは、駄目じゃあないか」
「けど!」
いかにも少年らしい。翔は、まっとうな正義感の持ち主らしく。所在悪気に銃を隠して移動しているという。周囲からは、平素ならば怪しまれる格好だ。後ろを横を見ながらも、銃弾から逃げるようにして。逃げた彼なら1人ででも戦い始めそうなものだ。思い出して、おかしな気持ちになる。
(やばい。なにがやばいって、これを見過ごせない気分になりそうなところが)
侵略者が、日本人をギルド・ウォー・プログラムよろしく洗脳する為に仕掛けているのに。それとさとられてはいけないのに。地面に横たわる無残に破壊された人体を見れば、気が変わろうというもの。内蔵からなにから取られて、元がなんだったのかわからなくなっている。
人、人、人。そして、その遺骸が山を作っている。
神田川もその中は死体で溢れかえっていそうだ。
「今は、西に向かっていくしかないな」
「俺はっ」
翔は、餓鬼だ。まだまだ子供。
交差点を見れば、手投げ弾とみられる爆発と重火器による掃射が行われている。
朝鮮人たち。彼らにしてみれば、積年の恨みを晴らすチャンスといったところなのだろう。日本人には、理解しがたいし馬鹿なのでわからないのだ。敵を受け入れればどうなるのか。想像もした事が無いに違いない。
せいぜい、窮鳥を懐にいれてやるくらいの感覚でいたのだろうし。
まさか、国内でテロ活動を公然とやってのけるとか。警察が無力と化して、自衛隊までやられているとなればやならない理由もないのだ。
股間に、なにかが刺さっている女を見て吐き気を催した。顎から引き裂かれて、倒れている男。
(なんでもやる奴らだとは、思っていたが…。こいつは、鬼畜すぎる。聞くよりもなおおぞましい連中だ。やはり、ここまでする必要はない)
抵抗しようと鉄棒を持って隠れている人間もいるが、銃を前に何もできないでいる。
所詮は、そのようなものだ。いざ戦いとなれば、武器を前にして全くの無力。
せめて、弓なりなんなりがあればまだいいが。
「日本人を皆殺しにしろーーー!」
銃を手に、迫ってくる。
「逃げるぞ! 走れ」
「けど!」
「けどじゃない。全員を守る力が、お前にはないだろ? 仲間を集めるしかないんだがな」
残念な事に、日本では個人主義が進展してしまった。かつてのように、誰かの為へ命を投げ出すというような人間は少ないようだ。いや、居たところで背後から迫る凶徒たちの銃弾で倒れるだけだろう。彼らは、死体だろうが損壊せしめるのにためらいもないようだ。
前には、道路。左右には群衆。一緒に逃げ惑う。そして、動き出した死体。
2重3重の混乱を動く死体が、加速させる。
転々ばらばら。統率も糞もない。警察は、攻撃を受けて役に立たないであろう。
やったのは、セリアか。或いは、その配下か。
(あいつら。好き勝手しやがる。この分だと、余計な損害が広がるぞ)
完全なマッチポンプ作業なのだ。タイミングよくアルーシュが、朝鮮人たちを蹴散らしてみせるという。
それを破壊してしまうとは。
ロシナは、介入できる。
しかし、それを阻んでいるのが…。
「なんだよ、あれわ、あぁっ。右に行こう。そうすれば、橋がある!」
(いや、それは、どうかね。日本人てのは、こうも楽観的なのか。あっ)
考えが甘すぎる。朝鮮人たちは、この日の為に入念な準備をしていたようだ。
日本に入り込み乗っ取りをかける。日本が嫌いだといいながら住み着くその有り様。
狂気、或いは気違いの分類だろう。だが、それを受け入れる馬鹿民族。
滅ぶべくして滅ぶのだ。
きんっとした金属音を耳が捕らえる。
(ふう。ユークリウッドなら、どうしただろうかね)
本来の任務から外れているのに。
背後から迫る円錐形の物体を切り裂く。爆発が、衝撃となって広がった。