141話 牛の迷宮を潜る日々7 (カーネル、鈴木、山田、鳳凰院)
6歳児は呟く。
「各地の主要都市に空間結界器を置いて耕作地の拡大。これによって耕作面積が著しく上昇。予定では、十年後に人口は倍倍増で一億になっている予定か。加えて、キューブによる恩恵を与え冒険者を育成し軍事力を強化する。犯罪者は厳罰に処し、国内の風紀を取り締まる。一方で、迷宮探索による冒険と各種の娯楽を充実させる・・・・・・か」
出木杉だろ。ユーウの整った顔を見つめながら、ふんわりとした金髪が鼻につく。
何しろ、
「君が開発しようとしていた、ああ。紙とかねえ、これから開発していこうってところだね。水田と森林の開墾で出た木材が紙に変わるって寸法だよ。コンクリも割と時間さえあればできる。けど、モーターの開発には時間がかかるねえ。あれ、設計図があるだけじゃ難しい。あと照明とかもさ。大量生産したいんだけど、何かアイデアないかな」
「・・・・・・」
そんなほいほい出てくるかよ。と言わなくても、わかっている顔をユーウはしていた。
コノヤローなら原子炉でも作ってみやがれといいたいユウタだが、それはいくら何でも無茶という物だ。発電機すらまだ目途が立っていないのだから。
それにしても焦り過ぎのような感がある。
ユウタにとって見れば、その理由がわからないのだ。ここまで急速に、食料を造ったり治安の強化や兵士たちの増員についてユーウは何らその訳を明かしていない。
「まだまだ足りないよね。水田を国内の都市全てに造り、国内の余剰生産力を高めていかないといけないんだ。どれだけ備えても備えは足りないからなあ」
「何が起きるっていうんだよ」
「良く有る定番の戦いさ。それが何なのか、君は知っておく必要があるよね。それは・・・・・・」
「それは・・・・・・」
ユーウはそこで言葉に詰まった。
彼にしては歯切れの悪い事である。だから何か、言い難い物なのだろう。
「ユウタ。僕は失敗した。君にはできるかな。わからないよ。結局人は、正義を貫こうとしても情が邪魔をするんだ。どうしても、それが出来なかった。僕は、正義の味方にはなれない。百万人と一人を天秤にかければ、百万と一を両方とも助けようとしたいからね」
それが出来れば苦悩はないのだが。ユーウはそのような妄想を抱いている。
沈む船理論なのだろう。そもそも沈む船を造らない方を選ぼうというのだ。
よくある正義の味方が狂う路線としては、船に乗る人間を切り捨てる路線である。
少ない方を切り捨て、大切な人間であろうがなかろうが切り捨て。
ユウタにはそれが全く理解できない。
大切な愛する人を生贄に捧げるようなそんな正義の味方などありはしない。
あるとすれば、
---只の馬鹿である。
「ふーん」
ユーウは成れなかったと言っている。つまり、彼はなろうとしたのだろう。
そんな物は魔法でも使わない限りなれない。個々の利害がある限り、個々に正義がある限り。
少数に大切な人が含まれるならば、大多数を助けるのはオマケである。
その位余裕ある施策をせねばならない。
日本人は、異常な生命体と言える。道にゴミは無く、常に清掃が行き届いていた。
ひるがえって、アルの国はどうであろうか。
道には糞尿が垂れ流しになり、路傍には行き倒れがそこかしこにいる。
そんな国なのだ。それを変えようとするには並々ならぬ努力が必要である。
「真剣になってよね。君の頑張りにすべてが掛かっているんだから」
「よく言うぜ。秘密が多すぎて、何が何やら訳がわからなくなってくるんだが?」
「確かに。セリアの問題も解決してあげないといけないし、モニカのご先祖様の事もあるしね。いっぱいありすぎて、どれからするべきなのかわからなくなりそうだけどさ。牛の迷宮は実入りが多いとはいえないから、つい秘境にでも探索したくなるだろうけどさ。LV上げるにはあそこが最適だもんね。移動はお勧めしないよ」
結局の処、ユーウの方針に従うしかない。
秘境とは件のハンターギルドが行っている狩りの事であろう。無論そこに行ける程の実力をユーウたちが持っているとは思えない。巨大な蜥蜴は、それだけで脅威だ。セリアが成長した能力を発揮するならば別であるが。蜥蜴と戦ったユウタは、その一撃でロシナやアドルが死んでしまうと判定している。
全高が三mもあれば、その一撃は致命傷を易々と与えるのだから。
ユウタとしては、さっさと解決して戻る。そして、熱い夜を過ごしに帰りたいのだが。
今や目覚めてから数日間のリビドーを取り戻しているのだ。
「あーでも帰りたくなってきたんだけどなあ」
「妹を見捨てて帰るの?」
ユウタは、黙った。
◆◆
「疲れた」
一人の奴隷が呟く。
無理もない話であった。荒唐無稽な話ではあるが、立った一人の幼児が王都の周辺を水田に変えたのだと人は言う。その幼児が支配する大地がこの王国北東部にある。場所はノースランドといい、北に行けば火山地帯でそこを抜けると冷たい海が広がる。
支配者の名前はアルブレスト家ユークリウッド・アルブレストといった。
手の皮が剥け、豆が潰れても皆鍬を振るっている。
木の鍬から鉄の鍬に格上げになり、生産能力の上がった王国では出産ラッシュが続いていた。
と同時にここノースランドでは開墾作業が待ったなしで行われている。
スラム民はすべからくこの地に送り込まれ、農地が貸し与えられた。
だが、自らのものではないのだ。一向に生産意欲が湧かないのである。
「おらおらさぼってんじゃねーぞ。お前等の血の一滴に至るまで御屋形様の物だ。ひゃはーっ、きりきりはたらけやこら」
だというのにふさふさと鳥頭を黄色く染める大男が、彼ら農奴を締め上げる。食事は悪くない。衣服も与えられては不満を漏らす訳にもいかなかった。そうでもなければ、よりひどい場所に送られるだけである。スラムでは、盗み殺し、たかりありとあらゆる犯罪が上に知られる事なく行われていた。
それを解消しようというのもここを治める事になったユーウである。
彼が仲間を連れて陣頭指揮を取っていた。
「バランさんのりのりですね。ですが、ほどほどに手加減してあげてくださいよ」
「ははっ」
「自分で自分を買い取るシステムなんで、頑張り次第では早期に奴隷から解放されるんですよね。やる気出していただきたいのですが」
「いっちゃあ何ですが。こいつら文字も読めねーし。御屋形様が言っている意味すらわかってねーようですぜ。鞭で教育してかねーと動きませんぜ」
厳つい顔をしたバランは、今では筆頭奴隷頭に収まっている。
ユーウは、暴力がいけないと知りつつ動かない奴隷に頭を悩ませていた。
この男、バランを王都にある邸宅で使うには強面すぎた。それで、ノースランドに派遣されたという訳である。直ぐに始められた開墾作業も最初から上手く行った訳ではない。
蔓延る魔物を仲間たちと減らし、且つ空間結界器を設置しながらであった。
なので、迷宮に飽きを感じた場合は大抵ここに来る。ついでに隣家の姉妹を連れて修行するのもこの領地になる筈の大地だった。荒涼とした領土には、モンスターだけが脅威だったのではない。そこかしこに潜む盗賊団をすり潰すのも手間がかかった。
それもユーウだけでは手が回らなかったであろう。しかし、モルドレッセ家の私兵やエリアスの組織員たち。さらには、アルの配下となった騎士団を動かす事によって排除しつつある。主にユーウの努力によって何とかするべき事柄なのだが、彼彼女らは恩の押し売りを惜しまない。軽かろうが重かろうが、ユーウを縛り上げる為には手段を選ばないのである。
ユウタと違い、断る事はきっぱりとはっきりと相手に伝えるユーウに憧れる。と同時にまたしても刺されるのではないだろうかと危惧を抱く。何しろ彼彼女らとくれば、一番に紅茶を入れて貰う権利で争っている始末だ。
セリアといえば、訓練ばかりしている。傍から見ても只の殴り合いの喧嘩であった。
セリアが、ユーウの見せた誘いに乗っていきなりのワンツーからボディーブローを放つ。
「隙ありっ」
「・・・・・・」
無言で反撃するユーウの膝が盛大に彼女の腹部にめり込む。
身をよじって回避しようとしたのだろうが、それよりも尚早く決まる。セリアの動きは決して他の仲間たちに劣るものではない。ともすれば闘技場を回避だけで勝つ。そんな化け物ぶりを発揮している。のだが、そのセリアをしてユーウに勝つのは至難の技であった。
一撃入れる事すらままならない。
「KYだねえ。セリア、あまりに空気を読めないと相手してあげたくなくなっちゃうよ」
「KY? なんだそれは」
「空気読んでってことさ」
「わかった。次からは、暇そうなタイミングを見計らうようにする」
攻撃を入れるには不意を突くしかない。だが、そんな彼女にユーウは眉をひそめる。
憑依するユウタにしてみれば、電光のような拳も見る影がない。
足の運びもぎこちなく、流れるような蹴りも今は放つ事すら稀であった。
畳みかけるように攻撃を行い、上下に渡っての攻めを展開するのだ。それなりの相手であれば、それだけで倒せてしまうキレはある。
必死になって攻撃を繰り出す。そんな少女の側頭部をユーウの飛び蹴りが打ち抜き、
「うっ」
と呻き声を盛らした後で倒れる。
軽い蹴りに見えて、内剄を込めたそれでセリアは全身の体力大きく奪われる。
外身を破壊しては、アルからどんな文句が出るかしれたものではない。
「ここまでだね」
「まだだ、まだいける。私と戦えユーウ」
「ああそうだ。バランがいるじゃない。彼を倒したら勝負してあげるよ。これからはそうしてね」
つまるところ、バランとは五分でいい勝負になってしまう。
体力の落ちたセリアの能力では、彼の持つ金剛剄を打ち破れるのか。
もちろんユーウであれば片手でひねる事も容易い。
「あっしが戦うんですかい」
「そうだ。手加減抜きでやってしまっていいよ。ただ、やられそうなら防御を固めて時間を稼ぐ事。その間の作業は副長に任せて置くから。安心してよね」
副長とは、先日手に入れた奴隷剣士サムソンの事だ。
中々の強敵であり、セリアは苦戦を余儀なくされた。
弱ったセリアは必死になってバランに攻撃を仕掛けていくのであるが、通じない。
「ぐ、貴様が相手になるというのか。せいぁっ」
「ふはは。お嬢ちゃん、御屋形様に比べれば大した事がねえっぬるいわっ」
セリアの攻撃は、拙い。槍を使った攻撃は、簡単にいなされ間合いを詰められる。
カウンターの肘は、強靭なバランの肉体に弾かれ効果が薄い。
何度目かの裏拳を貰ったセリアはぐったりとして、地に伏せる。
ユーウは、それを眺めながら奴隷の子供たちに飴をやっていた。
「終わったみたいだね。ああ、飴とお菓子はいくらでもあるからね。一人一個だけど」
「「ありがとー」」
やれやれというような顔つきで首を鳴らすバランは、ユーウを眺める。
それもその筈。その飴一つとっても貴族の食い物であり、平民では口にする事がないような物だ。
「バランもどうだい」
「いいんですかい? おれっちが貰っても」
「勿論、感想を聞かせてよ」
「ふーん。じゃあいただきやす」
そういいつつバランは、ユーウの持つ籠から飴を一つ取る。
それを口に含み、もごもごと舌を動かす。
「これは、何とも。しゅわっとほわっとするような飴でやすねえ。名状しがたいかんじですわ。こんな飴食べたことがないわ。おおーー? 何だか力が漲ってくるぞ。ひゃはっー」
疲れていたのであろうバランがいきなり走り出し、その様には皆度肝を抜かれる。
鳥頭の世紀末戦士が、農地をばたばたと走り回っているのだ。
それで、皆休憩する事になった。一様に、まったりとした空気が流れている。
ぺちぺちと銀髪少女の頬をユーウは叩き、
「大丈夫?」
「・・・・・・」
返事がない。
どうやらセリアは限界を迎えているようである。
ぐったりとした獣人少女の身体を膝枕しながら、土手に腰かける。
陽射しを強くなってきた昼下がりなのであった。その横では、ルーシアがふくれっ面になりクリスがそっぽを向き、オデットが面白くないといった風口を尖らせているのに気が付かない。ユウタは、溜息が漏れる。
太陽の陽射しがきつくなった時刻。
ユーウは、冒険者ギルドを訪れていた。
といっても、そこは酒場を改造したような場所である。
広い王都には、それが何ヶ所かあり、冒険者たちはそこで依頼を受けていたのだ。
そこにユーウは乗り込んでいた。
というのも牛神王の迷宮に比べて、各所のギルドはただの飲み屋にすら見える。
中に入った彼は、
「ミルクを七つください」
「坊や、ここは冒険者ギルドでも最も古い場所なんだぜ。ミルクは出せるが、何の用なんだ」
ユーウが声をかけた男が帰れと言わないのは、一応マスターという資格がある。
最も、周囲の人間は小馬鹿にしたようにはやし立てるのだが。
「話は、すぐ終わります。本部を向かいの建物に移してもらえませんか」
「何だと? それは一体どういう話なんだ。詳しく聞かせてくれ」
アルが後方に控えた文官に視線を送る。
すっと前に出たその男は、羊皮紙を何枚も出していく。
「こりゃあ。国が絡んでいるのか。坊主たちは、一体何者だ」
「申し遅れました。こちらにおいでになるのが、アル王子。私の主であります」
「うむ。宜しく頼む」
へへーっというべきなのであろう。
迷った男は目をぎょっと剥かせ、次いでしもどろもどろになる。
「こ、これは王子様。このような小汚い場所にようこそ。ギルドマスターのカーネルです」
「ふっ」
揉み手をする禿げ男。焦燥感。絶望感。
それらが混然となった彼は、顔の筋肉をぴくぴくとひきつらせていた。
息を短く吐いたアルは、ダンっとミルクの入った木のコップをカウンターに叩きつける。
濁った白いミルクが中で波をうった。
「お、お口に合いませんでしたかな」
「ああ、不味いな。思わず死刑にしてやろうと思うくらいに不味い。おい、ユーウ。口直しだ」
アルがそう言うと、ユーウはインベントリからミルクセットを取り出す。
同時に、金属製のポットに入ったそれを温めていく。無論魔術でだ。
静まり返った室内で、カップに注ぎこまれる白い液体を誰もが凝視して、ゴクリと唾を飲み込む。
それを一口し、
「ふう。説明してやれ」
「はい。この度は、いきなりの訪問誠に急であったと思います。ですが、心して聞いてください。この冒険者ギルドの建物の向かいに、新しく建築した建物があります。そこを今後のギルド本部としてお使いください。尚、冒険者として登録された方は国にその職、人数、実力表、評価等を提出していただきます尚、職員には国から派遣された武官、文官も勤務する半民半官のスタイルを予定していますが詳しくはこちらの書類を目にしていただきたい」
と、長々としたユーウの説明が行われていく。
目を白黒させているのは、マスターであるカーネルだけではない。
周囲にいる冒険者たちもである。そして、口ひげを触りながらギルドマスターが、
「ちょっと待ってくれ。それじゃあ、今後は国が管理していこうって事なのか」
「そうですよ。ギルドが同意しない場合は、撤去し新しいギルドを立ち上げる予定です」
ユーウはにべもない。
カーネルは、努めて冷静に喋べる。
「そりゃ、断れない案件って事か。上は把握しているのか?」
「その上がここに来ている訳ですよ。よくわからない軍事力を放置している程、おめでたい国はありませんから」
幼児の告げる内容に、カーネルは困惑している。
それもその筈であった。いきなりの話であり、思考が纏まらないのであろう。
言葉に詰まった彼は、
「少し、時間をいただきたい」
「宜しい。しかし、期限は一日だ。明日には返事を貰い、ここを引き払ってもらう。何心配する必要はない。向こうの建物は最新の魔導技術を利用して作られている。清潔で、冒険者ギルドに相応しいい・・・・・・ビルだ」
ビルという言葉にアルは舌を絡め取られた。
真向いに立てられた建築物は、高さが五階にも上る構造物だ。
エリアスの門下によって、突貫工事で作られている。フィナルが手配した職人たちも参加しており、内装も豪華な物である。広さもそれなりにあり、日本にある役所のような様相を呈していた。
ユウタの見たギルドからは大きく離れる造りなのだが、これも改変されるのか不明である。
ユーウたちの後では、騎士団の武官と王宮から出向いた文官たちが詰めかけていた。
戦役後の十万に上る兵士たちの仕事場を確保しようというのだから。
翌日、カーネルは了承する旨をアルに伝えた。
「あたくしは、あの雑多な雰囲気もいいのではないかと思いますの」
「そうかな。汚い場所には、汚い人間が育つという。名は体を表すようにね」
「モンスターの素材を持ってくれば、嫌がおうでも汚れましてよ?」
フィナルが雑多な酒場で依頼を受けるのに、ためらいがない。
それに反論するのはアドルである。ロシナ同様に、プライドがそう言わせるのであろう。
ここは、その新しく作られた冒険者ギルドの会館である。
清潔で、磨き上げられた床は魔導で精製された鉱石が使われている。
入口には、素材の買い取りとアイテムの販売が行われるコーナーが設けられて。
通路を真っ直ぐ奥にいった所が受付となっている。やけに広いのは、手狭だった場所を考慮しての事である。現時点での冒険者数は登録している人間だけでも、五千人を超えているのだが足りないとユーウは考えていた。
見積もりでは、兵士を含めて二十万近い冒険者を育成する予定なのだ。全く数が足りていない。その冒険者たちは軍の予備役に含めるように計算し、常備軍の数を減らそうという目論見があった。迷宮に潜ってはすぐ死なれるのは困る。その為の学校も必要であった。
兵士を救出部隊にする事で、余計な出費を減らし、且つ訓練として意識を引き締める。どこまでやれるのか未知数であったが。
ユーウたちは、迷宮に潜る合間をぬってここで休憩している事が多々ある。
というのも、争いが日常茶飯事で起きるのだ。仲裁する為の人間が必要になるからであった。
ふと玄関口を見るユーウは、目を大きして驚いた。
「あれは、もしかして」
「ん、どうしたのだ」
ユーウが視線を送った先には、黒の学生服を着た集団が入って来ている。
玄関を挙動不審で左右を見る集団は、明らかに場違いだった。
「学生服にセーラー服ですか。あの集団をアル様は見た事がありますか?」
ユーウに問われたアルは、頬杖を突きながら答える。
「いや、無いな。あ奴らに見覚えでもあるのか」
「どうみても、日本人ですよねえ。あれ・・・・・・と、こうしちゃいられません」
当然ユーウは話しかけにいくのだが。
少年少女たちは、挙動不審を露わにしている。
それに怯む事なく、ユーウは口を開く。
「こんにちは、どちらからいらしたんですか」
「!? こいつ。何を言っているんだ、鏡也」
話しかけられた男子学生は、隣にいる男子学生に向き話すのだが言葉が聞き取れないようであった。
さもありなん。彼らにとっては異世界であり、言語が通じないのは当然とも言える。
「いやわかんね。せんせー」
「はいはい。何ですか」
学生の集団にしてみれば、どうみても小学生程度である。まともに相手するのが馬鹿らしいのであろう。それに言語が通じないという事を抜きにして、彼らはユーウを侮っていた。
「こいつが、話かけてきたんだけどさあ。何言っているのかわかんねーのよ。言語がわかんのせんせーと美香に光輝とブタだろ。頼むぜ」
「せんせーじゃないわよ。鈴木先生と呼びなさい。坊や、何か用なのかな」
「ええ、何処から来たんですか。その服は日本人の方ですよね」
その瞬間眼鏡をかけた若年の女はびくっと震えた。
つまり、正体を看破された為であろうとユーウは見ている。
女はまじまじと幼児を見て、
「それがわかる君は、日本人なの?」
「違いますけど、言葉がわかるんですね。それで、この冒険者ギルドに何か御用ですか」
冷静な問いにぎょっとした表情でその女教師は、ユーウの方を見た。幼児が堂々とした口調で話すのだ。驚くのも無理はないだろう。ユウタにもおかしいと思えるが、それは無視するしかないのだ。
数瞬の迷いの後、せんせーと呼ばれた女は口を開く。
「そうね、話すと長くなるのだけれど。君、事情を聞いてくれるかしら」
「ええ。宜しければ、力になれるかもしれません」
女教師が率いる一行は、高校生の集団らしい。
突然学校がこの国に転移したみたいである。と集団の規模から判断するのだが。
「授業中にね。雨が降って、雹が降って、雪が降ったとおもったら、霧がでてきてねえ。晴れたらここよ? 有りえないわよね。先生も困っちゃったのよ。で、有志を募ってここにやってきたってわけ。食料もないし、どうにかしないといけないんだけど。オタク学生が言うには、ここは異世界だって煩いのよ。まったくどうかしているわ」
「そうなんですか。では、そのオタク学生はどこなのでしょうか。呼んでください」
ユーウは、早速話の出来そうな人間を見つけた。
しかし、異世界語を理解して話せる人間がいるのは希少のようである。
「はいはい。じゃあ山田くーん。いるかしら」
一人の学生が集団の中から現れる。
典型的なオタク顔をしているそれは、息も絶え絶えであった。
「ひゃっほー、けもみみばんざーい。えっと、っそれで拙者になんようですかな鈴木先生。ふぉおおおお」
「ふぉおお?」
「何という美、何という可憐さ、拙者ホモの気はないでござるがショタに目覚めてしまいそうでござるぅうう」
ユーウは頭が痛くなったようだ。そして、ミンチにしてやろうかなどと考えている。
そんな雰囲気を女教師鈴木は読み取って止めに入る。
「止めなさい。山田君。ごめんなさいね、この子、変態なの。読んで良かったのかしら」
「ええ、まあ。その、この人は替えましょう。頭が・・・・・・」
見るからにブタといっていいオタクである。その扱いには女教師鈴木も困っている様子だ。
「はいはい帰って。それじゃあ鳳凰院君を呼んでちょうだい。彼の方が適任よ」
「わ、まって、拙者こんなキャラでござるが、オタクの匂いはわかるでござるっ。あっ、何をするでござるか。放せえええ」
ユウタも頭を抱えそうだ。オタクではあるが、それでもここまでキモイとどうかと考えるのだ。
趣味がオタクであっても、恰好は普通の恰好でいて欲しいものである。
周囲の男子学生によって、連行されていく山田の姿はすぐに見えなくなった。
次に現れたのは、非常に容姿の整った男子であった。
その傍には不安を抱えるようにして着いている女子がいる。
どうみても主人公で、先程の山田という男はモブ役にしか見えない。
けれども、こういったシュチエーションではそういった人間ほどチートを授かっている場合が多いのも確か。ユーウは、じっくりと値踏みする算段であった。
こっそりと【鑑定】を仕掛けるのであるが、それは相手も同じ事で。
違うのは、ユーウ側が魔道具を使用している事だけ。
学生服を着た少年少女たちの間には、魔術師が数人混じっている。であるからこそ、ここまでこれたのであろう。そうでもなければ、王都の大門を抜ける事すら難しかった。
「鈴木先生お呼びですか」
「ええ。この子の相手をして欲しいの。どうも話の出来る子らしいのだけれど。頼めるかしら」
「わかりました。それでは、君。用件は何かな」
「ええ。食料に困っているならお手伝い出来ます。お金についても相談に乗りますよ。後は、その学校がどこにあってどれくらいの規模なのか。とかですね。ここの冒険者ギルドに入りたいというのなら、口利きも出来ます。ただ、住民登録であったりこの国に忠誠を誓えるという契約書にサインしていただけるのならという点がありますけど」
ユーウは、使いにやったアドルから羊皮紙を受け取る。
残念ながら未だに紙の生産は、順調とはいえない。この学校が現れたのはユーウにとって僥倖ともいえる出来事だ。だから、あくまでにこやかに話を続ける。
「サインお願いしまーす」
と。締めくくられるまで。
◆
「西方からは剣士セリア。美しき幼児されど、その力並いる闘士たちを相手に劣る者ではないーーっ。連戦連勝を止める者はいるのかーーっ。セコンドにはユークリウッド・アルブレスト。最強無比の幼児。挑発するとすぐに決闘になってしまう歩く火薬庫。東方からは剣術士サムソン。噂に立ち上る新進気鋭の剣士。戦績も二十戦十九勝。唯一土を付けたのはユークリウッドのみ。幼児に負けた忌まわしい記憶を振り払えるのか!? 注目の一戦です!」
ユーウが見つめる中、セリアが相手を真っ直ぐに見つめる。相手は、髭の男剣士であった。
王都の円形闘技場は、古代から延々と回収を繰り返し千年二千年と形を保っている。
中央に歩を進めたセリアは、槍を構えた。
対するサムソンは、大剣を左手に持ち反対の手には長剣を構えている。
セリアは勿論初手から倒すつもりであった。
何分長期戦では分が悪い。
相手の体力を削り取るのが相手のスタイルであるからして。
「はっ」
始まりのコールをバックにセリアが駈け出す。
しかし、
「はあ、幼児が相手だなんて舐められたもんだぜ。バランの野郎は買い取られるし、ライバルが減っちまうとここに居る意味がねー」
それを無視して、一直線に伸びる槍。
セリアの連撃は、並の闘士を軽く屠る。
一手目からそれは叶わなかった。サムソンが距離を離し、右手に構えた剣で攻撃し始めたせいである。
「そらそらいくぞっ」
距離があっても攻撃可能な伸びる剣。スネークソードであった。
鋼糸で作られ、魔術で精製されたその剣は剣の不利を覆す。
セリアは、目の前の男が一筋縄で行かない事を悟った。
攻撃を弾く事で、防御を行うのであるが、間合いを詰めるには大剣の存在がある。
一撃一撃と単念に突いていくセリア。
しかし、セリアの攻撃は軽い。そもそも重量x筋力という公式からして幼女が勝つというのは絵空事に近いのだ。ひたすら真っ直ぐに突きを行い、対する相手の隙を待つ戦術に出ていた。
短期で、堅牢な守りの相手ではそれしか手が見えないというのもある。
何度目かの攻防で、セリアが隙を突く。
「ここだっ」
繰り出すのは、雷光無双突き。
その名の通り、雷光を放つ。さらには、見て躱す事が困難な程のスピードを持つセリアが修練している必殺の技である。それを貰ってはサムソンと言えど立っては居られない。
彼もまた、一流の闘士を目指す人間である。ユウタの時代にあっては、只の暴力を振るう野卑な傭兵であったのだが。この時はまだ技を磨いて、闘技場に篭る戦士であった。
だから、幼女の動きをつぶさに観察し、その手から発動される筋肉の動きを読み取る。
鋼を打ち付ける鈍い音とともに繰り出されるセリアの連撃を巧みに躱し。
右に左に回される槍を大剣で受け流しながら、セリアの身体にダメージを入れていく。
セリアの攻撃は止まらない。しかし、彼とは相性が悪かった。
亀のように防御を固めるサムソンの動きに反比例してセリアの体力は落ちていくのだ。
セリアは、額から汗を滝のように流しており、熱で湯気が出るほどであった。
諦めないセリアに、
「セリア。上下に」
とユーウが鉄格子越しにアドバイスを飛ばす。
細い声であるがセリアにははっきりと聞こえた。そして、負けられない思いを一層激しく燃やす。彼が見ている前で無様に敗北を喫する訳にはいかない。何よりも勝って戦いを挑まなければならない壁だった。それが攻略法を告げている。改めて、髭の二刀剣士を観察した。
要するに、縦に攻めてもリーチは同じ。
ならば、小細工が必要であった。獲物は、セリアと同じがそれ以上の実力を持つ。
気だけで相手の動きを翻弄し、仕留める技に幼女は心得があった。
影術に【幻影陣】という技がある。自らの影と同化させる分身技なのだが、効果が限られていた。
「せああっ」
空を切らんばかりにセリアの身体が宙に舞う。
そう相手に錯覚させて、実体でもって斬り倒す。飛び上ると見せて、幻惑した動きで相手を斬るという技だ。そして、それは目論見通りの結果をもたらす。小ぶりに、しかし強烈な払い斬りを斜め下からすくい上げるが。セリアの突進のタイミングに合っていない。その隙を見逃すセリアではなかった。
地を這うようにして隙を突く。そして、大きな歓声が闘技場を揺らした。
ユウタの取った選択肢は・・・・・・
①戻らない ←
ハーレムじゃなくなる。もしくは、より酷いハーレムになる。
②戻る
妹と同一体か不明。何時でも死亡フラグが発動する。肉棒エンド有り。
一章 完 お読み頂きありがとうございます。
色々間違えましたOrz