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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
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140話 牛の迷宮を潜る日々6

「もう最強だったりするんなら、アル王子にへいこらする意味あるのか?」


 ユウタは、率直にぶつけるのだ。それに対して、ユーウは苦々しそうな声を出す。


「最強って言っても、同じレベルの最強クラスが居れば数が多い方が勝つよね。無敵な人間ってのは見た事がないよ。強くなるほど力も互角に成り易いし、何より相手もこちらも一撃必殺という訳にはいかないんだからさ」


 ユウタは、セリアに勝ちたかった。何より彼女を倒して、口説く。

 そういう風になりたかったのであるが、そうそう上手く行かない。そして、ユーウは尋常ではない幼児だった。彼のようには格闘する自信が湧かないのだ。

 それでユーウに噛み付く。


「ま、確かに空間魔術って聞くと最強というにはちょっとしょぼいというか。時間を止めるとか操作系に比べるとパッとしなくないか? 魔力炉を殆ど結界器の維持に当ててたりするのもちょっとなあ。あ、属性的にはどれに属するの」

「属性は、無かな。虚無とか属性無しの魔術って結構あるよ。スリープだってそうだし、サイレンスも無属性系の魔術だよ。合成が必要な魔術ではないけど、難易度は結構高いよ。難易度で言うなら、サンダー上だし。スタンは風と水の属性を掛け合わせで使うって知ってるよね」


 属性を殆ど気にしないユウタは適当に有効な魔術を選択している。

 ユウタからしてみれば、倒せるか否かである。死ねば、次はないのだ。

 ユーウから得られる情報は非常に有用な物が多い。麻痺をかけるスタンは相手を無力化するにはもってこいといえる。そうして情報を聞きながら、相槌を打つ。


「そりゃまあ」

「当然だけど、ファイアやアースバレットといった初級魔術に比べると威力がかなりあるからね。扱いも難しいんだけど、ユウタはいきなり撃てたよね」

「だな。俺もびっくりするくらいスムーズに撃てて、これくらい当然だとおもってたけど。ユーウが練習してたから撃てた。感謝しているぜ」


 魔術はこの世界において複雑な術式と手順が必要になるのだが、ユウタはちょっと魔術書を読んだくらいで行使していた。本来ならば有りえない事といってよい。

 そのふてぶてしさにはユーウも困惑した表情をつくり、


「うーん。感謝しているなら、もっと頑張ってクリスの気を引いてよ。ちっともいい関係にならないし、ルーシアとかオデットにも優しくしているじゃないか。誰にでも優しいと、女の子はいい人っていう風に見るんだよ。それで進まなくなるから、敢えて冷たくする方がいいんだからね」

「お前、そんな事言うけど。自分が無理だった事を俺に強制させようったって、無理があるだろ。わかれよな、そのくらい」


 ユウタは全盛り系の男である。何でも使えるようになりたい。

 全ての武器防具を揃えたい。俺TUEEEしたい。

 そんな風なのであるが、苦手な物はあるのだ。

 一つは、女を口説く。という事だった。


 ユーウもそれで大きくはあと溜息を吐き、


「これじゃあ進展がないよ。困ったなあ。悠太爺さんは何か言う事ないの?」

「儂かよ。そうじゃのお。ユーウは焦り過ぎじゃ、ユウタは頑張っとるぞい。やはり〇歳からのスタートダッシュは良かったの。両親を失い、蛍のなんとかでスタートするよりは随分違う展開じゃな。わけわからん親戚が現れて、家を強奪されるとかのイベントもないしの」


 爺は寝そべりながら尻を掻いたり、ごろごろしていた。 

 それにユウタは憤慨して、


「なんだそりゃ。ふざけんなよ。もし、未来を知っているなら今の内に教えておけよな」

「うん、そーだね。今の処・・・・・・順調にフラグを回避していると思うよ。だから、変えた世界と変わらなかった世界と帰る世界。観測する人が必要だから、もう少し頑張ってよ。クリスの事は大事だけど、それよりも妹さえ生きていてくれたなら僕は消えてもいいってそう思っているから。だからお願いだよ」

「ああ、シャルロッテの事ならわかっているさ。ただ、変わった世界を認識するのが俺なのかそれとも変わった世界に帰るのかそこの所がどうなるのかさっぱりわからん。今のままだとセリアと殴り合いで恋をするなんて事になりそうだ」


 ユウタは、半透明になった頭をぽりぽりと掻いた。




◆◆



 一日一万回の魔力貯蓄に、一万回の素振り。

 筋肉が断裂しても、魔術であっさりと回復する事ができる。

 ユーウの戦闘力は、これらによる努力の賜物であった。


 それを横目に見るセリアも同じ真似をしようとするのだが、


「くうっ。どうして出来ない」

「気合いだよ気合い。セリアが女の子でも、やる気ならできるさ」


 そうユーウは嘯くが、彼と同じスピードで振るうのは無茶な注文であった。ユーウは瞬きの間に十六連撃する事を目指している。ともすれば腕が残像を残して消えるほどであった。

 そんな勢いで鍬を振るうと、どうなるのか。地面が爆発したかのような光景を目にする事になる。

 水田を耕すのに、ユーウとセリアが競うように鍬を振るう。隣家の姉妹たちも真似する所である。しかし、彼女たちもまた身体が出来上がっていないのだ。幼児の身体には、鍬は手に余る。


 アレスにクラウザ-やシャルロッテには絶対にやらせない。シャルロッテに関しては、まだまだ未熟すぎて歩くのもやっとな状態なのである。


「兄ちゃんー。俺らも振りたいー」

「駄目駄目、君たちにはまだまだ早いからね。もう少し、せめて六歳くらいからだよね」


 ユーウが猫でも撫でるような声を出して宥める。

 それを敏感に読み取ったのか、シャルロッテがぐずりだす。

 慌てたのは弟たちだった。シャルロッテが泣き出すと、ユーウは鬼のような形相になる。

 更には、懐のひもがきつくなる上オヤツも抜きにするなどパワハラ兄と化すのだ。


「わわっ。それじゃあ兄ちゃん、また後でー」

「うん。今日のおやつはあんこをいれたお菓子パンだよ。甘くて美味しいよ 」


 二人は浮き足だって妹を連れていく。ちらりとユーウの方を見つめるつぶらな瞳は、確かな知性の光が宿っている。それを見て、ユウタは妹が転生体であったりしないだろうかと危惧するのだ。しかし、憑依している身体の持ち主はそんな事は露とも知らない。いや、感づいていてもだからどうした。そういった風に捉えているようでもある。


 シャルロッテが成長すれば、かぐや姫にも劣らぬ美しさになる事は間違いない。ユーウは勝手にそう思い込んでいて、ついで一向に回復しない治安の悪さには頭を悩ませている。

 良くなったといっても、日本のそれには遠く及ばない。日常茶飯事で決闘や喧嘩が起きており、押し込み強盗や殺人などには枚挙に暇がなかった。なんといっても百万近くもの人口がこの王都にはいるのである。

 隣家の姉妹を養う父親は、並々ならぬ手腕を発揮して通りは活気を呈している。しかし、その反面というべきか。それ以外の地域ではまだまだその恩恵に預かれない人間が存在している。そうした人間たちを産み出さない為にも学校教育を推進しようとするのだ。アルの話では、来年には計画を進める予算が降りる。そういう話になっていた。


 それでは、ユーウはそれまで何もしないのか。

 と言えば、そうでもない。




「アル様。今日は提案があるのですが宜しいでしょうか」

「ふむ。迷宮探索を切り上げるのか」


 十一階での戦闘は厳しい。

 アルとその臣下を引き連れて、五階から出直しをしている所であった。

 アルからしてみれば、普段行っているレベル上げの数倍になる効率の良さから一日中でも潜っていたい。そうした点が見られるのは、帰りたがらないからだった。

 ユーウもそうしたアルの事情をある程度把握しており、「今日は」と言っている。


「考えたのですが、治安についてです」

「ふむ。言ってみろ」


 そうして向かったのは、王都の暗がりに当たる場所であった。

 円周状に広がる王都ヴァルハラの外縁部には家もバラックのような掘立小屋が乱立している。

 そういう処で、少女が一人で歩けばどうなるのか。火を見るよりも明らかな事態が起きる。


「(あたくしがなんでこのような真似を!?)」

「(黙って歩いていろ。セリアも適任かと思ったのだが、断固拒否されたのでな。それで、エリアスかお前かになったのだ。早食い勝負で負けたのが悪い)」

「(うっ。それでは、このフリフリの服で襲撃にあっては大変な事になりますわ)」


 フィナルが抗議するのは、もっともであった。

 通りには明らかに胡散臭い男たちが集まりつつある。彼らは幻覚魔術でフィナルがそれなりの年齢になって見えるのだ。そして、その傍にはアルとその配下にいる騎士たちも控えているのだが気づかない。


 ユーウがやろうと提案したのは、囮作戦だった。釣れそうな場所で、犯罪者予備軍を狩ろうというのだ。適当な所を見計らって、接近した人間を捕獲するというものである。ちなみに、これで釣れるのはユーウが名付けた監獄島に送られる予定であった。性犯罪者もスリ、引ったくり等も含めて日本では出来ない物をやってのける。


 無言でフィナルを取り囲む男たちは、一様ににやけ面をしていた。

 そこに、


「スタン」


 ユーウが短く呟き、それと共にフィナルの周囲を低威力に抑えた電撃が乱れ飛ぶ。

 バタバタと倒れる男たちは、呻き声を上げるのだった。

 合図を出すアルと配下は息を呑んだ。スタンとは、個別に食らわせる物であってこのように周囲に居る相手に向けて範囲を操作して撃つなどそうそうお目にかかれる物ではないからだ。

 

「それで、こいつらはどうするのだ?」


 アルが手を振り、騎士たちが殺到する手筈である。

 フィナルを見守るようにしていたアルとユーウたちは、一斉に飛び出していく。

 

「もちろんあそこに送る予定ですよ」

「そうか。現行犯だしな。よし、許可しよう。これが終わったら休憩にする」

「かしこまりました」


 ユーウ以下アルの配下はそうして、フィナルの周りで倒れている男たちを次々に転移門に投げ込む。

 その先は、件の強制労働所と化した鉱山である。改良が進み、陸の孤島のように山奥深くに存在するそこからは逃げる事などできない。父親が働いていた頃よりは環境が改善されたとはいえ、その労働のきつさは地獄絵図といっていい。加えて労働時間も非常に長くなった。


 ユーウの前世も日本人であるからして、十二時間の労働など余裕の物だ。という風に施策されている。以前から監督していた貴族などよりも遥かに厳しい労働。反乱を起こす事も考えられるが、食事の量や質は向上している。娯楽を与え、食事や衣服も自由になっているのだが、労働者は基本的に罪人だけであった。  


「ふむ。こんなものか。ユーウ」

「は、只今」


 声をかけられたユーウがアルに差し出したのは、虚空から取り出した紅茶セットである。

 とぽとぽと注がれたティーカップは、白を基調とした青い模様が組まれたアルの物だ。

 ユーウが探してきたのであるが、何時の間にやらアル専用となっている。


 湯気を立てるそれを一啜りし、


「あちらに送った者はどうなる手筈になっているのだ」

「はい。それは、転送部屋に送られた後尋問を受け罪状が確定させます。そののち矯正が行われるという話になっております。二回以上の性犯罪者はそこで逃げ出せば死刑が確定します。まあ、初犯以上は永久隔離で終わりという事ですね」

「厳しいな。我が国の貴族にそれが適用される事にでもなれば、死刑がごろごろでそうだぞ」


 それは楽しみです。という言葉をユーウは噛みしめる。

 とにかくやった者勝ちというのが日本だったから。ユーウはレイパーという物を甘くみてはいない。女は余りにも「殺すぞ」という脅し文句に弱いのだ。恐怖で動けなくなってしまう子も多い事であろう。法律を守って正しく生きている方が、割りを食うというおかしな世の中であった。

 

 日本では無力だった。

 おかしいと訴えても上は変わらない。ツイッターやブログにおかしいと書いても所詮は、便所の落書き程度に見られるのがオチで。力を持たねば何も変えられない。


 だから、


「男なんて大抵はそういう部分がある物ですけれどね。ただ、許せないんですよ。僕は」

「うーむ。いやよ嫌よも好きの内というのもあるぞ?」


 アルは男の欲望を肯定した意見を述べるが、ユーウは首を横に振る。

 言外にないないといっているのだ。

 ともすれば不敬に当たるのだが、アルが咎める様子はなかった。

 察するに歪な性教育を受けているのか、はたまたマリアベールがこのようにしたのか。

 後者ではないと断じるのはユウタで、ユーウの方も同様の面持ちだ。

 

「小物ばっかりですね」

「それは、そうだろう。貴族ともなれば、何もしなくとも相手など腐るほど寄って来る。とはいえ、フィナルがこれ程美しくなるなど想定外だ。樽のようになっていくと考えていたのだが、まさかお前。希望を幻覚に見せているのではないだろうな」

「それは無いです」


 アルが言うのももっともだった。

 何しろ豚のように肥えているフィナルが、よもやモデルのような体型でGカップは有りそうな乳をしているなどユーウにもわからない事であっただろう。アドルは冷静であったが、ロシナに至っては股間を押さえている。それを見たフィナルは得意げで、


「おーほっほっほ。ロシナ、無様ですわね。もっと平常心が必要ではなくて?」


 ロシナは無言で、だが顔は真っ赤であった。

 悲しいかなユウタであればテントを直立させたまま詰め寄ったのかもしれない。しかし、ロシナは純情な一面がある。多分に助平な男子なのだが、やせ我慢をするのだ。


「あまり苛めてやるなよ。ロシナは繊細な男だからな。敢えて言っておくと、ロシナが壁役を降りたら替えが私になってしまう。それは困る」

「それは置いておいて、更に続行しますよ」

「そうですわ。腐れパイ乙さんが調子に乗るのでどんどん行きましょう」


 まだまだ囮作戦で王都を浄化していくのである。エリアスとフィナルは見えない火花を散らしているのだが、セリアもDDもどこ吹く風だった。


「それはそうと、魔力炉の使い方を教えてくれません事?」

「んー、簡単には教えられないね」

「お金なら幾らでもあげるけど?」

「魔術の秘奥を仮にも魔術師がペラペラとしゃべると思っているのかい」


 囮作戦は続行中なのである。

 それを他所に、どこ吹く風で魔術に対する質問攻めばかりするのがエリアスという少女だった。アルはアルで、ユーウに専用の黄金がちりばめられた黒椅子を用意させて、足を汲みながらくつろいでいる。幼児王子はいつになく優雅な一時を送っていて。

 フィナル一人が緊張で汗だくになって歩いているのだった。


「ふむ。魔術の事は良く知らないが、その魔力炉というのは一体なんだ」

「アル様不勉強ですわ。ユーウがこの国に敷いている空間拡張型結界の事をご存じありますでしょう?」

「それはもちろん知っている。あれは、モンスターを湧かせないようにする為の物だろう」

「では、それを維持する為の魔力はどこから得ているのでしょうか」

「成程な」


 『泡』の事まで喋ってしまう程ユーウは迂闊ではない。

 仮にもそれは切り札の一つであり、展開する事を止めた瞬間からモンスターが各所に沸き出す。それ故にユーウは一流程度の魔術師でしかないのだが、それを知っているのは身近にいるエリアスくらいのものだ。というのは、魔力の回復力は総魔力量から導き出される。


 毎日魔術を有りえない程使ってなお使い切るのには、相当数の魔道具を作らねばならない。ユーウが作った魔道具の数々は、レンダルク家から高値を付けて卸される。そういった点でも、ユーウを手放す訳にはいかなかった。その秘密を少しでも暴くのは、彼女の役目でもある。

 それで、


「どうすれば教えてくれるのかこつだけでもいいの。ほら天才である私が頼んでいるんだからね。教えておいた方が後々お返しも大きくなるってものよ?」

「・・・・・・」


 これにはユーウも困った。何しろ、割と高値で魔道具を売り買いしてくれる取引相手なのだ。ついでに言えば、魔術師ギルドに対する影響力は大きくする方針であった。とにかく金さえ出せばユーウは縛れるという風に見せかけているのも、化け物として排除されないようにする一環である。

 肩ではDDがふるふると首を振って言外に反対を表していて。


「ねえってば」

「余り、長引かせるなよ。ここでの狩りはここまでにするからな」

「これを見てください」


 掌の中にユーウは、黒い渦を作って見せる。


「これは?」

「僕の貯蓄です。術式までは見えないと思いますが、ヒントですよ」

 

 その言葉通りである。ユーウは最初から全力でばらしにいっていた。

 しかし、エリアスはその直球に困惑した表情だ。高密度な魔力が渦を作っているだけにしかみえないのであろう。であるからの困惑で、ただの魔力弾にも見えた。


「あっ。うーん貯蓄ね。でもそんな事出来るのかしら。うーん、うーん」

「うんうん五月蠅いぞ。それよりも、大物かもしれんな。あれは」


 一台の馬車が走り寄ってくる。そして、それは。


「きゃあああ」


 悲鳴を上げるフィナルの腕を掴み、馬車の中へと引きずり込もうとする。

 扉部分から伸びた腕は、


「ユーウ」

「はっ」


 寸前で両断された。

 それを成したのはユーウである。用意されていた術式を発動する事によって、対象を保護すると同時に攻撃を可能とする術であった。

 悲鳴が一転して、高笑いに変わっていく。

 見れば、馬車は横転し中から人間が這い出てこようとするのだが。


「せいっ」

「はあっ」


 ユーウとセリアが同時に武器を投げる。投擲された武器は鉄の剣と鉄の槍。どちらも安価で手に入るような物ではなかった。未だに青銅の武器などが売られている有様である。直ぐに折れてしまうため、武器屋は儲かって仕方がない。

 迷宮では、多数の武具が必要になる。距離が近ければ短い得物を。槍などの大物を振れるだけのスぺースがあるならばそれを。場所と相手を選んで攻撃する必要があった。苦手な物があれば、それだけで命を落としかねないのである。

 普段から修練を積んだ二人の攻撃を受けた馬車に潜む相手は、


「ぐあっ」


 と、短い悲鳴を上げる。エリアスが続けてファイアを放つ。火達磨になった馬車から這いだそうという人間はいなかった。二人の攻撃で絶命したとみるべきであろう。そして、襲われたフィナルはと言えばユーウに抱き着いていてチョロインぶりを遺憾なく発揮している。ここぞとばかりにすり寄る少女をアルとエリアスが引き剥がし、エリアスはフィナルと睨み合う。

 その横では、


「やり過ぎたか」

「いえ、これでいいのでは? 下手に身分などが明らかになれば対応を迫られますし。王子の臣下を襲った不届き者です。その場で手討ちにしたという事にしましょう」

「ふむ」


 アルの表情は、渋い物だった。中にいる人間の身分はわからないのだが、馬車に施された装飾は質素ながらも行き届いた物が有る。つまり、それなりに上流階級にいる者と判断できた。また御者の方は、頭から湯気を立ててアル配下の騎士に食ってかかる。

 それが面倒になり、アルが指で合図を送っていた。


「な、なにをするんだ。お前たちが殺したのは、シュテルン伯だぞ。わかっているのかっ。貴族に逆らっていきていられると思うなよ」


 それに激昂した男の騎士が喚く御者を殴りつける。


「黙れ。このゴミクズどもが」

「ぶえっ」


 鉄拳制裁といったところであろう。ユーウとしても止めるつもりが全くない。

 とことこと歩きより、


「さっさと送ってしまいましょう。騎士様」

「これは。見苦しい所お見せしました。立て貴様、これからお前を待っているのはこの世の地獄だ」

「ひぃいい」


 振るわれた暴力ですっかり萎縮している男に、ユーウは。


「向こうでの取り調べもきついでしょうが、頑張ってくださいね」


 などという気休めを口にし、腹の底ではさっさと死ねやこの屑が。という風に罵っていた。

 ユーウという少年は、嫌悪する者に対しては徹底的なまでに容赦がない。

 ユウタであれば、初犯であるなら禁固三年くらいかな。等と考えるのである。それが、ほぼ終身刑。あまりにも隔絶したそれはユーウの過去に起点があった。


 ユーウは、転生する前にも妹がいた。それを守り切れなかった事を悔いている。

 レイプ等、やる側は気持ちがいいのかもしれない。でも、被害者の肉親はどう思うのか。


 誰もが思う事であろう。

 ―――ぶっ殺してやる。だ。






 セリアの家には、今日も獣人たちが詰めかけている。

 議題は、主に如何にして王国を破壊するかだ。

 このような事がアルに知れれば、皆殺しにあっても仕方がないのだが。


 マリアベールはとっくに把握しており、今にもセリアたちを殴殺する用意が出来ていないとも限らない。そうとも知らずに、酒に酔い乱痴気騒ぎを起こすのが獣人の悪い所であった。


「だーかーらーよっ。言っているだろ。王都の奴隷商人たちを襲って、同族を取り戻そうってよ」


 血気盛んな獣人の若者たちはそれに同意するが、セリアからしてみれば爆笑するような内容である。

 そんな事をしようとすれば、アルの配下であるユーウが出てくるに決まっている。

 ついでに彼は、容赦をしない。不穏分子と分かれば、即座に始末してしまう。


 だから、


「今はまだ辛抱のときです。ねえ、姫様」

「ああ。皆も今日は無礼講だ。あびるように飲んで国へ帰るように」

「「おおー」」


 しんとした間の後で、爆発するように騒ぎ出す。

 セリアのお目付け役であり、乳母でもあり執事でもあるべリアは狼国から派遣されてきた。

 戦闘力にも優れる数少ない女戦士であり、先の戦いでも少なくない武勲を上げている。

 しかし、彼女は王国の騎士に恋をした獣人だ。それが為に前線からはずされ、今もその騎士から求愛されている。美しさでいえば、十人中八人は振り返るであろう美形であった。


 獣人たちを纏められるのはべリアという存在があってこそだ。


「毎日これではいけないと思うのですが」

「いいのだ。私からのせめても詫びだ。そもそも私が戦えたなら、こんな事にはならなかった」

「それは・・・・・・無茶ですよ」


 セリアはとことんまで甘い。冷静な彼女にして、財布を紐が緩むのは敗戦の負い目である事は間違いがなく。そして、こういった無駄遣いの上に国への仕送りもしている。アルに対する負債は、この時既に莫大な物となりつつあった。アルの負債は誰が保障するのか。それはユーウである。そういったカラクリにセリアは考えが及ばない。

 べリアは再三に渡って、借金を止めるように言って止まったのだが時既に遅し。

 一旦増えた物を零に返そうというのは、相当な努力がいる。

 だからだろう。


「今日も行ってくる。後の事はお前に任せた」

「そうですか。あまり遅くまで働かないでくださいね」


 手をひらひらとさせて、家を出る。

 セリアの邸宅は、王族待遇でありかなりの敷地面積を誇る。普通に国賓扱いであった事に、当時のセリアは衝撃を受けた。負けた国の女がどのような扱いを受けるか。そう言われて育ってきただけに、今では顔から火が出る思いであった。

 出た先には、一人の少年がいた。中身は幼児といっていいその男子。

 出会ってから今に至るまで、全く勝てない相手でもある。

 それに向かって冷静な言葉を投げ、


「いたか。待たせた。それで、今日の対戦相手はどんな奴なのだ?」

「バランが言うには、中々の腕を持つ剣士らしいよ。特徴的なのは、伸びる剣と大剣を使いこなす事みたいだ。実際に会ってみないとわからないけどね。名前は、サムソンだったかな。あーあと、吸血剣とかいうHPを吸い取る能力を持っているみたいだ」

「HP? 生命力の事か。まあ、当たらなければどうという事はない」


 セリアはユーウに向けて堂々として、胸を張る。慎ましくも形すらない胸にはユーウとて何も感じる事がない。無意味に強気な幼女に、ユーウは呆れ顔だった。 


「戦いもしないのに、当たらなければどうという事もないっていうのはどうかと思うよ?」

「・・・・・・お前より早く剣を振るう相手がいるなら、紹介してみろ。さあ、さっさと移動しよう」

「せっかちだねえ。勝負を焦って負けたら、元も子もないよ。落ち着いて行こう」

「わかっている」


 ユーウとセリアが向かったのは円形闘技場であった。

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