139話 牛の迷宮に潜る日々5 (憑依中)
「なあ」
「何かな」
ユウタの問いかけに己の自身であるユーウが返す。
「この調子で、何かが変わっているのか?」
ユウタには疑問だった。
何かが変わっているように見えていても、それで先が変わっているのか。確かな実感を誰かに言って欲しかった。
「変わっているよ。このまま君が変えつづけてくれれば、もう不幸な事故や事件は大きく変わる。直近で言えば、僕の家族であり君の家族でもある一家の死は当面の所避けられた訳だし。遠くを見れば、セリアも変わっていると思うよ。何しろ彼女はとてつもなく重たい物を背負ってきた訳だから」
「それは・・・・・・国の事か?」
「国、人、家族。色んなしがらみから彼女はいつも一人で戦ってきたから。僕は全くといっていい位気が付かなかったんだ。彼女の苦しみにもアルを演じる彼女たちもわかってあげられなかった。だから、今変えたい。ハーレムもやめたい」
「最後のは・・・・・・無理じゃねえの?」
しわくちゃな爺版ユウタの方を見れば、鼻くそをほじっていた。
諦めろと視線をユーウに投げている。
「話は、簡単なんじゃよ。アルを見捨てる。その選択肢を選べるならの。加えて言うならば、序盤で何とかしてアルと出会わないようにする方法を考えるべきなのかもしれん。が、そっちは悲惨なルートでバッドエンド確定じゃい。そんでもって発生確率0.1パーセント以下のレアイベントじゃ」
「何となく想像できるから、やめてくれ」
「でもさ、現実的に考えようよ。七股とか、有りえないよね。僕は絶対に嫌だよ。身体も持たないじゃない。わああああ」
ユーウが号泣するのだった。
が―――自分で種撒いておいて何を言っているんだ。
というのがユウタの感想だ。
そして、こちらに来てから愚息の反応が蘇ってきたような。
このままいけばどうなるのか全く先が読めない。
七人どころではない事になるからだ。
「ハーレムとか有りえないと思うけどな。でも、実際そうなってしまったら取りこぼさないぜ? 後、努力すれば何とかなるかもしれないだろ。あきらめんな、偉い先生も言っているんだからよ」
ユウタがそう口を叩くと、爺の方は親指を立ててニヤニヤしていた。
◆◆
「さて、十階な訳だが。もうボス部屋か」
赤く磨き上げられたような壁と高温で肉を燻す。十階は、そのような匂いが立ち込める階であった。
アルの言葉に頷くユーウたちは六、七、八、九階の攻略手早く済ませている。
出現するモンスターもボスも色違いの攻撃パターンを変化させた物だった。
ミイラの召喚のタイミングであったり、イビルマンティコアに範囲攻撃が追加されてボスのゴーレムが自爆するなどである。ブレードスケルトンが放つ衝撃波にはてこずったものの、壁役であるロシナの防御を抜けなかった。『剣の欠片』で作るブレードシリーズはそれなりの値段で売れるのだが、アルが買い取ってしまう為にユーウには手が出せない。
ユーウにアルがゴーレムから取れる『人形の欠片』を使ったロボットの開発を要求するのはそう先の話ではないだろう。ユーウがペラペラと日本についての情報や知識を披露するのだ。話が何故かそちらの方に流れていくのはユーウがオタクだからであろう。ついつい相手が知らない事柄について薀蓄を語ってしまう。
そして、
「確か、フレイムホーンでしたっけ。僕が調べた所によると、高速でのタックルが主攻撃です。そして、左右に頭を振る動作を見せた後に咆哮や火炎攻撃が飛んでくると。身体強化の魔術を発動させての、踏みつけやバックステップによる押し潰しもやってくるそうなので注意しましょう」
全員が頷く。黄色いヒヨコな奴もぴこぴこと尻尾を振っていた。
赤い扉に手をかけたロシナがゆっくりとそれを開き入っていく。
中には一体の牛が立っている。特徴的なのは、燃える鬣とその巨躯であろう。
ロシナが「いきます」と言って、炎が吹き出す地面を蹴る。
続くのはアドルで、今日は二枚の壁役だった。
突進を貰えばタダでは済まない。
そう判断したエリアスがスライム型の召喚獣を出す。
壁役が攻撃をいなしている間に、それで動きを止めようというのである。
ついでに、ユーウが氷結魔術で足を縫い止めて仕留めるという作戦だ。
不思議な事に蒸発しないスライムに取り付かれた牛型ボスは暴れるのだが。
「今よっ」
「わかってますよ」
ユーウの放つ魔術で足を丸ごと氷漬けにし、物理攻撃陣によって決着がつく。
最近のユーウたちはこれが主流になりつつあった。
相手の動きを封じ、攻撃を封じる。そうして倒す。
普通に攻撃を貰えば即死しかねない体格差があるのだ。
よって全員が攻撃を貰わないように工夫をする必要があった。巨大な体躯を誇るモンスターの攻撃力は凄まじい。未だに一階のボスですらユーウ以外にとっては気が抜けない。スキル『シールド』を張れるのはエリアスもだが、彼女のそれは雑魚モンスターに攻撃を貰っただけで割られる。
そうした防御手段を持たない。
にもかかわらず、普段からの安定した狩りに油断しきった少女がいた。
「フィナル避けろ」
「え? あっ」
セリアが言い放つ。それに間の抜けた返事をするフィナル。
フレイムホーンが飛ばした攻撃は、炎とさらには角による攻撃だった。
炎はユーウによって止められたが、一抱えもある角はフィナルの下半身を吹き飛ばしてしまう。
ボスも倒れるのだが、一行はそれどころではなくなってしまった。
フィナルは即死である。
死体となって地面に横たわる白金で彩られたローブ姿の少女を取り囲みながら、
「どうする」
「つれてかえりましょう」
「それはわかっているが、モルドレッセ家は五月蠅いだろうな。んん、ユーウは何をしているのだ」
アルの呟きに、アドルは実直に返事を返す。
話す間にユーウが死体となったフィナルの身体を支え起こし、回復魔術をかけている。
みるみる内に、傷口から下半身が再構成されていく様にエリアスも口をだらしなく開けていた。それを他所に、セリアがロシナとアドルの首を掴んで離れて行く。傷が治り肉体を再構成すれば、当然ながら下半身丸出しの状態なのだ。
術者であるユーウは、何とも感じていない様子である。
取りあえず、彼にロリコンの気はないようだ。
ユーウは冷静な面持ちで、
「蘇生に決まっているじゃないですか。傷はこれで治りました。後は、【リザレクション】っと」
「何だとっ」
まばゆい光を放った手からフィナルの身体に白い物体が吸い込まれていく。
縦巻きロールを装備する頭を揺らして、
「きゃあああ。角、角がわたくしのお腹にっ。あら?」
「フィナルっ」
「まあ、なんですのエリアス。暑苦しいですわよ。ちょっとそっちの気なんてないんですからね」
平坦な胸に、蹲るエリアスにフィナルは困惑した表情と声をかける。
その横では、
「お前。蘇生なんて高等魔術が使えたのか。なぜ黙っていた?」
「黙るも何も聞かれませんでしたし。動く死体や腐った死体に試してみていたのですが、成功するとは思っていませんでした。何しろ、皆光になって消えていくもので」
「それは、浄化という奴だぞ。逆蘇生に当たるからな。ボス級のモンスターであっても、それの効力からは逃れられない。何故、アンデットモンスターが大地に跋扈しないのかと言われればそれだ。太陽光はもちろんの事、聖属性でも一発で仕留められる魔術があるからな。如何に巨大な力を誇るといっても、その理からは逃れられん」
フードを被り直すユーウは、聞かれなければ答えない。
何よりも蘇生を使うのは仲間だけと決めてある。そして、それによって日常が脅かされるのは断じてお断りのようだ。
周囲の仲間たちに目を白黒させていたフィナルが咳払いをする。
「ええと。それでは、わたくしは死んでいたのですか」
「ああ。下半身が物の見事に吹き飛んで、酷い有様だったぞ。これからは、近接戦闘と遠距離戦も鍛えていかねばなるまい。セリア、稽古をつけてやれるか?」
「わかりました。まずは、鈍器から始める事にします」
「えっ。わたくし、杖より重たい物はちょっと」
セリアの言葉に、きょとんとした表情でいたフィナル。
幼女は焦った表情を見せる。
侯爵家に生まれ、花よ蝶よという風に育てられた彼女にしてみれば晴天の霹靂に違いない。
ユウタ勿論、ユーウも何言ってんだこいつという言葉が漏れそうだった。近接も遠距離も出来なければ生き抜けない。偶々当たった場所が心臓でもなく、頭部でもなく。
今日は運が良かったのだ。頭部潰されていれば、蘇生出来たのか怪しい所である。それに彼女は何ら頓着の無い素振りをしていた。
エリアスやロシナといった周りの面々の方があたふたしており、アドルに至っては鼻水で顔面が酷い有様だった。子供だけに、感情の起伏が激しいのであろう。ユウタはそのように推察するのだ。
部屋の外に、人の気配を感じたセリアが、
「どうやら、外で待っているパーティーがいるようです。早くでましょう」
「うむ。さっさと剥ぎ取り、ああ。消えてしまったか」
「しょうがありませんよ。ユーウ、フィナルを運んで」
「ええ」
地面に浮かぶ板を取り出し、その上にフィナルを乗せて一行は立ち去る。
フレイムホーンのドロップは、無かった。
「十一階か。どこまで広がっているのか、調べはついているのか?」
「もちろんですわ。三十階程度までは踏破しているパーティーが記録を確認しております。ですが、未だそれより先に進んだ者は居ないとか。ちなみに、通常ですと歩きで十層までは大人の足で歩き回っても二日はかかります。私たちには、【フロートボード】がありますから休憩を取る必要がありません。それと、空間魔術でショートカットして各階へ直接これるのも大きいです。って、ちょっとフィナルくっつきすぎよ」
アルの話にエリアスが返事をする。
十一階は、青い壁に冷たい冷気のような物が漂っていた。
フィナルは、ユーウの背にぴったりとくっつくのだ。それを面白くないエリアスは引っ張り、争いとなっていた。彼女は、もみあげのように伸びたサイドテールを触りながら、
「いいじゃありませんか。命の恩人ですもの。ねーユーウ。わたくしの家に今度遊びに来ないかしら、お父様に会っていただきたいの」
「駄目だ」「駄目よ」
アルとエリアスの声が、冷気を帯びて同時に発せられた。
セリアと言えば、素知らぬ顔で自らの武器に手入れをしている。
それで慌てるお嬢様が、
「な、何で駄目ですの。別に、いいじゃありませんこと」
「いいや。わかる。展開が手に取るようにな。だから駄目だ」
「そうです。私の方も来て貰っていないのに。おかしいですもの」
地団太を踏むフィナルにロシナとアドルは、吹き出す。
「何ですの? あなたたちまで」
「いや、最初はあれだけ馬鹿にしていたのになって。なあ」
「変わり身が早すぎるような気がしますけど、フィナルさんもチョロすぎるというか残念すぎるというか。いえ、何でもありませんよ。ぼくにとっては願ったりですけれど」
というのはアドルにとって、フィナルがユーウに言い寄るのは好都合なのだ。
クリスが好みだというのに、肝心の彼女は簡単には落ちない。アドルにしてみれば、思わしくない流れに一石を投じる必要があるのであろう。
ユーウは、ここで突き放すべきなのだ。
しかし、彼にはそういう事ができない。
無言になってしまったユーウにアルが尋ねる。
「今日は、ここまでにするか。それともボス部屋までは行っておくか?」
「アル様にしては弱気ですね」
「そういうな。ここの適正レベルは、五十近辺だ。最低でもそうなのだから、非常に厳しい。もう二十階ともなれば、転職している必要がある。で、スキルの伸びしろも色々考える必要があるからな」
アルの言わんとする所は、皆感じている事であった。
ともすれば、ユーウの能力とスキルに頼っている。それは、空間把握であったり敵の殲滅であったりだ。さらには、雑魚モンスターのスキルを防ぎ、罠をかいくぐるのもユーウがやってのける。【蘇生】の一件からしても、ユーウを手放すという選択肢は無かった。更に下へと潜るには、パーティの地力を上げる必要がある。
アルたちは、十一階で採取をする事にした。
迷宮のいたる所に、コケの生えた場所や水の湧くポイントがある。それは、明確に誰かが作為を持って作った。そうとしか言えない程にピンポイントに存在しており、冒険者たちの食料源であったり水源である。
この迷宮では、トイレはない。従って、便意をもよおせばそこらでするしかないのである。それをそのまま放置しておけば、非常に臭気を催す事になるのだ。
そういった物を処理するために牛神王の迷宮には、小型のスライムが生息している。ネズミ大のそれは、人の大便を食べて生活しているのだ。というのは、ユーウたちがそれを目撃していた訳で。さらには、コケがスライムを産んでいたりする。そういう部分を見ているために、研究用としてコケを持って帰るのだ。
「これで、本当に糞の問題が解決するのか?」
「うーん。それは、まだまだ研究の余地がありますからね。人家へ持ってきて、巨大なスライムと化しては、本末転倒ですし。王宮のように水洗にするには時間がかかりますからね」
アルが言うのは、王都での人糞問題が中々解決しない事にある。
水洗式も貯め込み式も建設には、非常に時間がかかる。加えて、淡やや唾をそこらじゅうにまき散らす住民も少なくはない。そういった住人たちに教育を施し、矯正するには多大な努力が要る。
その為の学校を建設するのだが、これもまた構想段階であった。
校舎は建築中で、そこにどういった人間を入れていくのか。最初の段階でつまずいている。というのも、貴族は基本的に家庭教師をつけ、高い金額をかけて後継を育てていた。そこにいきなりユーウが寄宿制の学校を立てようというのだ。加えて、やくざな冒険者たちのギルドを徹底的に改革し、管理され良心的なそれへと変貌させる。
問題は、山積みの様子であった。
「ジムシティも楽じゃないですね」
「何だそれは」
「ゲームですよ。ちょっと変わっていて、都市を建築していくそれです」
「ふーん。で、それは面白いのか」
「それは、もう。結構な人間が嵌って遊んでましたよ」
そう言って採取をしながら、ジムシティなる建築ゲームの話を勧める。完全に、布教活動をしている神父であった。アルはゲームについても漫画についてもちんぷんかんぷんであった。当然のように熱く語るユーウを相手にして、目をグルグル回す。
ユーウは、事がゲームと漫画の事になると舌が饒舌になる傾向がある。ついでに、魔術の質問や産業などの日本的な事柄にも口が軽くなっていた。
「うっうーん。やはり、ロシナとお前は同じ所から来たような気がするのだが。そこの所はどうなのだ」
「多分そうでしょう。けれど、秘密でお願いしますよ」
「わかっている。ただ、人間とは思えない魔力だしな。そこの所も気になるが」
「ただの人間ですよ。ちょっと努力したくらいです」
ユーウのちょっとという言葉がアルを打ちのめしたようだ。
眼を大きく見開き、ぱちぱちとした後がっくりとした表情で、「それで、ちょっとなのか」とぶつぶつ言っている。
アルもセリアもこの時点で五十台を超えており、他とは一線を画す能力なのだ。
それを以ってしてもユーウとは一周差程度の距離がある。
もっと言えば、魔力量では手も足もでない。それ程差があった。
採取をしている間に、モンスターが現れるのでそれを瞬殺するのもユーウの仕事だ。
「あれ、サギハン?」
「そうみたいだね」
ロシナの返事を得たユーウが、魚人に向けてサンダーを打てば対象はそのまま絶命する。
水系の魔物には、ユーウのそれが絶大な威力を発揮していた。
十一階に現れるモンスターたちは、水属性持ちが多い。
「熱いと思ったら、寒くなって冒険者を虐める気満々ですねえ」
「いや、それは普通だろう。迷宮に主が居れば、普通は帰って欲しい訳だしな。俺が迷宮の主だったら、ユーウみたいなのは財宝でも与えて帰らせるけどね」
「というと、管理者のような存在がいるのですか」
「ああ。ここの管理者は不明だ。けれど、ミッドガルドにはダンジョンクリエイターなるジョブが存在する。だから、それらを通して迷宮の構造に手を加えたりする事ができる。尚、ミッドガルド本国の迷宮は一様に改造に際してとある点が課されているんだ」
ロシナの言わんとする所は、既にユウタは知っている。ダンジョンに即死部屋を作る事。それを禁じているのだ。ユーウも思い当った様子だ。
「デストラップですか」
「当たりだよ。そういうのは、有りえない。あくまで、迷宮というのは冒険者を育てる為の施設だからね。俺もそういう点で、アル様と同意見だし。殺すのももちろん禁止にして欲しい所だよ」
「そうしたいところだが、それではただの茶番になってしまう。落としどころは、必要なのだ。とはいえ、ユーウが蘇生を使えるとはな。だから、狼国に攻めこんだのか」
アルにしても悩ましい部分なのだろう。全てを禁止していては、己の全力でもって迷宮に挑む。という前提が崩れる。蘇生できるのも、本来では有りえない。それを見越してのユーウを確保するという行為にでているのか。ユウタは簡単な推察しかできないのだが、それでも薄らとわかってくる事がある。
誰かが、何かを見越してそれという手を打っているのだ。
何もかもが偶然というには、当てはまる事が多い。普通に考えれば、王族に逆らった愚かな羊一頭を処分するのに、断頭台は必要がなく。首輪をつけるというやり口に、狡猾さが垣間見える。ユーウを処分しようとすれば、少なく見積もっても騎士団はおろか国の全力を傾けなければならない。処理はせずに、上手く利用しようというのが上層部、いやマリアベールの考えなのであろう。
そこにユーウはもろに落ちていた。
「狼国ですか。それと一体どのような関係が?」
「うん、まあ。これは推測なのだが、不満のガス抜きにかの国に攻め込んだのは知っているだろう?」
「ええ」
「それで、確かに我が国は圧倒的な戦闘力を誇る。だが、それはそれとしてもセリアの一族と獣人は強敵ばかりだ。死者を大量に出してまで攻める必要はない。それでも攻めた。何故だ?」
腕を組んでいるのユーウとセリアだった。他のメンバーは、あまり興味がない様子である。
「単に憂さ晴らしをしたかっただけでは?」
セリアは憮然とした表情である。それに、ユーウは考え込む。
「違うな。やはり、裏があるのだ。確証はないがな」
「それは」「一体何ですか?」
アルは怜悧な瞳を二人に向け、そっと呟く。
「始原。とだけ言えるな。後は、実験だろう。狼国が落ちたのだ。獅子国や他の国々とて楽観視はできない状況にある。戦争をしてもなお、有り余る食料と軍資金がひねり出せるようになった為でもあるがな」
「戦争ばかりしては、政情が不安になるのでは?」
「悪くはならないだろう。ただ、地方が疲弊するなどの弊害が出るかもしれない。テコ入れが必要だが、手伝って欲しい」
狼国が陥落してから、およそ二年が過ぎようとしている。セリアの部族にも多大な損害を与えた戦いにセリアも表情は暗い。奴隷として売り飛ばされた者も少なくない。それを買い取るのが、セリアの借金となっている訳だ。加えて、この年と昨年は狼国に飢饉が訪れている。
そういう訳で、彼女は断れない。
「わかりました」
「うむ。ユーウは?」
「もちろんです。が、戦争を拡大するのには反対です」
ユウタの記憶が正しければ、この後はブリタニアやアルカディア王国を併合している事になる。その真実が定かではないのだが。どのようにして、それを併合したのか。全くの謎であった。
「そう言われてもな。流れを断ち切るのは容易ではないぞ。まずは、国内の貴族たちを掌に納めなければな。外交、軍事、内政。どれが欠けても操縦は上手くいかない。国とは一体のモンスターのようなものだからな。それを神の力で押さえつけるのは、安直というものだ」
「では、力を蓄えそれを見せつけます。それと併せて、セリアの国に食料を供給する許可を頂きたい」
黄金の兜をそのまま揺らし、顎を引く。
セリアはぱぁっとした様子で浮かれていた。もちろん尻尾も上機嫌であった。
そんな三人に、
「ちょっと、アル様。援護してくださいまし。わたくしたちが全滅してしまいますわ」
フィナルは叫ぶ。お嬢様は、ポッコリと膨れた腹を揺らし、味方に治癒魔術を飛ばしていた。
後方になっている三人を囲むように他のメンバーは立っていて、
「ああもう。この魚人たち、数が多すぎるわね。ユーウ、雷撃で一掃して頂戴」
エリアスが、ユーウに告げる。と同時に、ユーウは用意をしておいた魔術を解き放ち。
「了解です」
稲妻が少年の手先から放たれる。憑依してから、魔術の陣が手の前に構築されている様をまじまじと見る事ができるようになった。そうして、どういった構成なのかも理解できるようになった。だから、ユーウが解き放ったのはサンダーウェーブⅢだという事も理解できて。
「わっ。もしかして、魚人が溜まるまで様子を見ていたの」
「そうともいえるし、タイミングを見計らっていたのも事実だね」
「あ、はは。そうだよねー。でなきゃ、無詠唱とはいえね。いきなり撃って、着弾点を巧に指定しているのは納得いかないし。だよねー」
エリアスは、すっかり驚き係と化している。
彼女の乾いた笑いにユーウは頓着していない。
少しはフォローを入れるべきなのだ。それを放っておくユーウには、憑依中だというのに頭痛を覚える。セリアは上機嫌で、フィナルとエリアスもユーウにすり寄っていた。それを咎めるような無粋をしないのはアルの自制心とも言える。
「この階は、魚人ばかりだな。後は、魚介類も出るのか」
「そうらしいですね。後は、気が付くと囲まれているみたいなので気をつけましょう」
「囲まれれば、全滅する可能性もあるしな。後は、冒険者狩りの急襲も気をつけておかねばならん」
ユーウとセリアが奇襲を完璧に防いでいるのだが、それでも相手が悪い事も有りえる。
転移不可というような場所で奇襲を受ければどうなるか。
相手次第では、そこで終わる可能性もある。
「そういう事をする連中は、名前が挙がってこないのですか」
「うむ。具体的にはな。やる側は、必ず口を封じる。が、蘇生が可能となっているからには今後はそう上手くやらせない。悪事には報いがあってしかるべきなのだからな」