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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
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138話 牛の迷宮を潜る日々4 (憑依中) 

 ユーウの朝は、早い。最近では、王都の構造を変えるべく都市計画書を纏めたりしている。

 と同時に、朝食の準備をしていた。そこに、ルーシアがとことこと近寄ってきて。


「何しているの?」

「見ればわかると思うけど、薬草を採っているんだけど。ルーシアもやる?」

「うん。魔術練習したいし」


 薄気味悪い印象が、ややもすれば明るい表情を見せるようになった。

 どうやら、エリザの所に足繁く通っている内に印象まで変わってきている。

 顔を隠すように前髪を垂らし、幽鬼もかくやというが彼女だ。


 それが今や、白のシャツと紺のスカートといった居出立ちをしている。

 ヘアバンドも全てユーウが作った物だ。大体の品物をユーウは器用にも裁縫する事が出来る。

 夜は、薬草を回復薬に製薬するかはたまた裁縫をするかであった。


 針子の急募は待ったなしで、それを育成していくのにも時間がかかる。

 とにもかくにも、ミッドガルドのそれは現代とは比べものにならない。そんな所であって、やるべき事は山のようにあった。

 まずは食料問題。これは、ユーウが手を付けた。

 次は、治安の問題。これも、ユーウは手を入れた。

 さらに、資源の開発。これも、ユーウが着手した。

 さらに、技術の開発。そして、魔術や道具の開発。どれもこれもユーウが手つけ始めた。


 みすぼらしかった住民の衣服は、数年もすれば中世レベルに達する見込みである。

 城の造りは相変わらずといっていい位豪華であるが、それに反して住民の生活環境は劣悪の一言に尽きた。王が内政を怠けているといってよく、マリアベールが権力を握らんとしている。


 ユーウは学校が無い事にも腹を立てていた。

 貴族の子弟はそれに当たる学校があるというのに、庶民には教育を制限するかのような仕組みとなっている。識字率の低さも目を覆わんばかりであり、そこにも目を付けた。

 例によってアルを焚き付けてやらせるのだが、それには大金がいる。


 資材から敷地から用意する必要があるのである上に。官僚や貴族院との折衝が必要であった。


 滴り落ちる汗が、地面へと吸い込まれていく。肩に乗った黄色い物体は、くたーっと寝ている。

 朝食の用意をする為にルーシアと野菜を洗う。この時代には、水道がないのである。

 従って、用意しておいた桶とそれに水を魔術で作っては調理したりするというやり方だ。

 幼稚園のような物はないし、保育園もなかった。


 そもそも多少とも会話できる幼児は、ユーウの兄弟とアルの仲間、それに隣家の子供くらいである。

 そこに何の疑問も抱かないのは流石におかしさを覚えなくてはいけないのだが。

 ユーウは、そういうものだと理解していた。


 幼児でもユーウの見た目は、小学生。

 そして、齢十も超えれば現代日本でいう高校生くらいの体格になるようだ。

 異様に発育がいいのは、モンスターと戦って死ぬためであろう。

 ユーウの方は、流石欧米系発育が違う等と簡単に考えている。

 牛神王の迷宮には、毎日多数の冒険者たちが集う。そして、お宝を得んと潜っていくのだから。


 今日の朝餉は、味噌汁に魚の塩焼き。それに卵を巻き状にした物である。

 ユウタの目からは、随分と手慣れた一品に映った。作ろうと思えば作れなくはない。

 味付けが、塩に偏っているように見えた。漬物を用意しているのだ。黄色いたくわんであった。


 ルーシアはずっとユーウの方を見ているのだが、彼にはその自覚がない。

 食事の最中も視線の先は、ぷにぷにとした手でユーウの顔をつつかんばかりである。


「今日も王子様と迷宮なの?」

「ううん。忙しいみたい。だけど、来るかも。わからないよ。彼の都合次第かな」

「ふーん。じゃあ、私たちも迷宮かどっかにつれていってよ」


 ルーシアとの会話にクリスが割り込んできた。

 ユーウはもちろん、


「危ないから。駄目だよ」

「えー。行きたい行きたい。王子様たちばっかりずるいよー」

「うーん。じゃあ、ちょっとだけ」


 甘々だった。クリスの横では、ルーシアが眼を光らせているというのに。

 ユーウは、どう見てもクリスを優遇し過ぎる。

 

「わかっていると思うが。あまり、危険な場所には行かないようにな」

「はい父上」


 グスタフも止めるべきなのだが、これまた理解のあり過ぎる父なのか。

 はたまた放任主義なのか判別しがたい。両方なのかとユウタ判断する事にした。




 朝からはアルは来ない。

 というのも、朝はやる仕事が増えているようである。

 専らユーウが押し付ける奴隷であったり、王都郊外に広がる農地の管理であったり。

 更には、商業力を伸ばしていく下層の商店街。


 種々の悩みは尽きる事が無い。アルが直接経営する商会の売り上げは、王都一にもなっていた。その仕組みは他の商人たちも研究される事になっているのだが、それはまた後の話になる。


 ユーウたちが向かったのは、水田の向こうに広がる森だ。

 水田は見渡す限りどこまでも伸びているのだが、それでもまだ足りないとユーウは言う。

 大都市ならば百万とも言われる人口を養うには、穀倉地帯として能力が不足していた。


 関東平野程度は、欲しいのである。

 村の数は順調に増えていて、モンスターの駆除も待った無しに続いていた。

 早晩といっても三年程度を目途にして造っている。

 それで、


「ここなの?」

「そうだよ」


 ルーシアが尋ねるそこは、現状では水田の広がる王都区域から一番東側の森で。

 鉄の森と呼ばれ、オークが大量に居ると目されている。

 ユウタの知るアーバインとは相当な距離があるが、開墾を進めるには攻略が必要だった。


 ユウタの知識に照らし合わせるならば、現状では江戸城近辺を開墾したに過ぎない。

 これから広大な地域を開発する必要性に迫られていた。

 一つは、戦争による財政の圧迫である。


 狼国に攻め込んだのだが、ミッドガルドは奴隷として獣人たちを売り払う。それを止めさせた結果だった。儲けを失った兵士たちには、巨額の報奨金が必要になっている。そうでもしなければ、不満は王へと向かう。これがセリアの借金にもなるのだ。よって、これを解決する事でセリアの奴隷落ちを防いでしまう事になるかもしれない危惧を抱いている。


 失う物は、大きい。別に、ユウタが何かしらをした訳ではないのだ。

 しかし、ユーウがヘタレない結果がこれである。

 妹であるシャルロッテが生きている限りにおいて、ユーウはヘタレないであろう。

 妹とセリアを天秤には賭けられない。仮に未来が変わったとして、セリアを殺す訳ではないのだから。


 空に浮かんだ雲を眺めつつ、視線を下へと戻す。

 大きく太い針葉樹が広がる森。その脇から、豚顔の人型が現れる。


「あ、ああ。あれっ。ユーウ」

「任せてください」


 豚の人面を目撃したクリスがおびえたような声を出す。

 全てわかっているユーウは、それに視線をやる。

 彼は、もちろんやる気満々であった。

 そして、必殺の魔術を放つ。


「ライトニング」


 まさに閃光。

 その雷光が伸びていった先には、焦げて倒れるオークの姿が見える。

 ユウタは知らなかった。まさかサンダーにもⅠからⅤまでのレベルがあるなど。

 スキルレベルがⅤともなれば、まさに天災級の電撃となる。

 このライトニングは、サンダーⅢから派生で習得できる魔術であった。


 もっと言うならば、ユウタの持つ忍び足や壁歩きといったスキルにもレベルが存在する。

 使用して習得できる道を探す時間が無かったとはいえ、あれこれ試し撃ちをしなかったのは失敗であった。手遅れになった訳ではないのが救いか。

 

 ユーウは勿論それを知っていて、クリスの方をちらりと見る。


「凄い」


 とても好感度が上がったようには見えないが、クリスはしきりに感心していた。

 ユーウの作戦は成功のようだ。


「そうかな。それじゃ、頼むよDD」

「(いいけど。ボクの為にベッドを作ってよね。毎日の水洗いも宜しく)」


 ユーウはヒヨコに頼み事をした。

 紺のローブから飛び降りたヒヨコがちょんちょんと飛んで、やがて見えなくなる。

 暫くして、森の奥からオークたちが二、三匹現れた。


 オークたちは、傷だらけになっているのがわかる。

 DDに襲われたといってよいだろう。

 あからさまな釣りだとユウタにはわかるのだが、それはオークたちにとって判断できない事柄なのだ。まさか、森の外では魔術師が獲物を待ち構えているなど。


「凄いねー。オークは怖いって聞いていたのに」

「拙者の槍の錆にしてやるでござる。シュッと突きシュッと突き」


 ルーシアとオデットが弁当を開いて、なごんでいた。ルーシアがサンドイッチを作って来ていて、それを頬張るオデットは短槍を手にしている。クリスは興味しんしんといった風に森とオークを見ていて。

 油断しまくっているのだ。

 

 ユーウは勿論奇襲を警戒しているのだが、護衛対象ははっきりいって楽観視している。

 DDが釣って来ては、ユーウが魔術で倒す。そうやってLVを上げる方針のようだ。それはいみじくもゲームでの養殖と一緒で、プレイヤーである本人たちのプレイスキル上昇にならない。


 下手をすれば冒険者のランクだけを上げる張りぼてになってしまうのだ。


 油断をすれば、どんな人間でも死ぬ。果たしてそれがわかる日が来るのか。

 ユウタにもわからない。ユーウの狩りは、もはや作業じみていた。 


「それじゃあ。っとと。一気に来るのか。セットっ」


 地鳴りを立てて森の奥からオークの軍団が現れる。

 その数百以上。小さな村ならばあっさりと壊滅するであろう数だ。

 その姿を見たユーウは、DDを手元へ呼び寄せる。


「コール。サモン、DDっ」


 そして、放たれるのはファイア・ストリーム。読んで字の如く炎の濁流であり、薙ぎ払うように放たれたそれはまとめてオークの群れを焼き尽くす。残ったのは、只の一匹もいない。


「流石、ユーウ殿でござる。拙者もいつかこのような魔術を」

「んと、私だって魔術は使えるもん。ほら見てー」


 ルーシアが手元に放つのは点火と呼ばれるそれ。僅かながら火が点り、マッチのように火を噴く。

 それを強めて松明のようにするのが日課である。ルーシアは魔術の才があり、オデットには槍の才がある。クリスといえば、剣なのだ。三人三様の能力を磨きあげるのが、ユーウの楽しみのようだった。


 そして、ユーウのローブに火がついた。


「あつ、あつあつあつうううー!!!」

「ええー。ごめんなさーい」


 DDも一緒になって燃えだした。

 そこに火を消そうとするオデットとクリスが加わり、惨事が加速していく。

 クリスは布で消し止めようとする。オデットはローブを引っ張り、ルーシアは涙目だ。ルーシアは切羽詰まった様子で慌てて、更なる炎を灯している。それを見たユーウは、

 

「止めてルーシア。水をっ、そうだ。ウォーターボールっ」


 火を被る事になったユーウは、咄嗟に魔術を発動した。

 真上に向けて撃ちだされた水球がゆっくりと一行を覆い、火は消し止められる。

 

「(この子マジやべえ。どうにかして、隔離しないと人命に関わるぞ)」


 とユーウに向けて言ってみるのだが、反応はない。オデットが消そうとして槍を突き出したり、叩きにくるのも危機一髪であった。オークよりもむしろこの姉妹に命を取られかねない。

 しかし、ユーウと言えば。


1、可愛いので放っておく。

2、雌豚に調教する。

3、遠ざける。


 等出てくる脳裏に浮かぶユーウの選択は、1だった。

 

 おかげでその午前中は、毎日散々な目に会う。





「それでは、今日もボスを狙いにいく訳だが文句はあるか」

「いえ。しかし、よく情報が手に入りますね」

「私を誰だと思っているのだ。仮にも王子。この国の支配者だぞ。私の支配は、すべからく民に安寧をもたらす。そして、その証に水田の拡張と狼国に駐屯している兵の撤退が決まった。半年を目途に兵を撤退させる。更には多額の賠償金だが、こちらも大幅な減額で済む」


 アル王子を演じるアルーシュにセリアは、ほっとした。

 戦に負ければこの時代、奴隷として敗戦国の人間は売り飛ばされる。

 加えて、獣人の男女は見た目がいい。

 だからだろう。


「今日は、森でモンスターの狩りでもしませんか。オークかコボルトを狩るのはいかがでしょう」

「うっ」


 ユーウが呻く。短い声でそう発する幼児にセリアは不審勘を得る。

 察するに、彼はトラウマになるような出来事に会った様子だ。

 恐ろしく頭の切れる男なのだが、時折不甲斐なさを感じさせる。

 

「どうした。何かあったのか」

「いえ、何でもありませんよ。外のフィールドは、またにして少し山にいきませんか。勿論六階のボスを倒してですけど」

「ふむ。という訳だ。セリアの意見も取り入れて、さっさとボスを倒してしまおう」

 

 全員が頷いた。今日は、フルメンバーが揃っている。

 フィナルとエリアスが姦しく喧騒を巻き起こしていたが、セリアの心には波風は起きない。

 ユーウの言う山とは、件のバイロイトの事であろう。

 ユーウは何かにつけ、妙な事に手を出す。

 それが上手くいく保証はどこにもない事業ばかり自信満々でやりこなすのだ。


 セリアは勿論の事、他の神子たちもまたユーウを付け狙っている。

 何故ならば、それだけの事をやっているからなのだ。

 寂れた下層の商店街を活気溢れる景色へと変え、食料難にあえぐ王国の胃袋を満たす。

 そのような事は、神力でも使わねばまず無理な芸当だ。


 そうセリアは考えていた。エリアス、フィナルの二人もそうであるから間違いはないだろう。

 加えてルーシアとオデット、クリスという幼児も侮れない。尻尾にびりびりとくるモノが直感的に教えてくれるのだ。


 このミッドガルドには、問題が起きていた。

 一つには、水の問題があった。

 二つ目には、モンスターの存在があった。

 三つ目には、治安の悪化があった。


 それらが、うねりとなって他国へと向いたとしておかしくない。

 国難にあってさえミッドガルドの国力は、他の衛星国全てを合わせたそれをも上回る。

 冒険者たちの存在もあるが、それよりもなお上級騎士と上級魔術師の存在が大きい。


 結果としてではあるが、それらを軽んじたセリアの国が間抜けだったという話だ。

 条約の締結さえ飲めば、戦争回避も出来たでろう。それを頑なに拒んだのは人は獣人に勝てないという思い込みだった。禁足地という手出し無用の地に近い場所を提供する事になるとはいえ、飲めない話ではなかった。

 金狼族から青狼族まで十六に渡る有力な部族が交戦を決意した。

 最強を謳われた当代のフェンリルであるセリアの父は、沈黙を守った結果行われた会戦で敗退。

 そのまま敗戦へとなってしまう。

 多くの獣人が死亡し、セリアは人質としてミッドガルド本国へと連れていかれた。


 そこで出会ったのが、アルーシュであった。

  

閲覧ありがとうございます。

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