136話 奴隷市場
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ユーウ作った水田に、もう一度稲穂が実をつけるまでには時間がかかる。
最初は、そこそこの収穫量であったのだが。二毛作も行けると踏んだのだ。水車の開発も急がねばならない。どれもこれも待ったなしで進めていこうというユーウは性急に過ぎる。
彼はどうにも短気な性分が、そこそこにでているようで。
弟たちが、妹の面倒を見ているのも気に食わない。
つまり、過保護に見えてそれは依存しているとも言える。
ユウタからみてもそれは顕著であった。が、妹は風邪にかかったり栄養失調になったりしてはいなかった。多少の安堵を覚えつつ、妹であるシャルロッテが逆ハーレムを構築しつつある。そんな光景に頭を悩ませるのもそう先の事ではない。何しろ、幼児だというのに彼女とくれば笑顔が眩しすぎる。
―――その笑顔を守る。
その為には、国土の繁栄は必要不可欠だった。
水田の維持管理には、アルが手配した農奴が使われている。
それをどうにかして、農民にしなくてはならない。しかし、国土を全てアルの物へとする為にユーウは動いている訳で。結局の処、それを実行に移せば全ての民がアルの元で臣民となる。そういう仕組みなのだが、果たしてうまく行くのか。それはユウタにもわからない。
そういう訳で、ユーウは奴隷市場へと足を運ぶのだが。
ユーウの時代における奴隷市場。
そこは想像を遥かに超えた見世物市と化していた。
鉄格子の向こう側で全裸の少女や少年が鎖で縛られ、飼われている。体格のいい亜人から小人までといった風だ。ほとんどの奴隷は、腰に布を巻いたような状態であった。
同行しているのは、アルとフィナルにロシナを加えた三人。
警護する兵はいないのである。ユウタは非常に不用心さを責めたくなるのだったが、ユーウはそんな事をまるで心配する必要が無かった。というのも『泡』による空間支配が完璧で、些細な情報であっても丸わかりなのだ。
とはいえ、このユーウ少年は自らの行動原理が明確である。従って、奴隷市場の状態が気に食わない。そういった顔は周りにもそれとなく察する事ができるのだろう。
見世物小屋が立ち並ぶそこから、亜人と思しき声がして。
「そこのお大尽さま。買ってくれませんか」
というような少女の声には、非常にきついモノを受ける。その視線には、憐れみを乞うような、下卑たモノを匂わせた。どうして、そうなのか。は不明だが。それをそれとしてもユウタにとってもユーウにとっても無視できない。そうして口を開こうとした瞬間。
「駄目だぞ。気軽に買っていてはキリがない。ここは、一括購入で交渉するべきだ」
「そうですわ。農奴をお求めでしたら、大量においり用でしょうに」
平然といってのける幼児二人に、ユーウも絶句した。
どうも二人はここに何度も来ているような素振りである。ロシナの方は、股間を押さえているのが見えておかしい。内股になっているのは、そういう事なのだろう。女のそういう部分を見れば、男は自然とそうなってしまうのだ。
ユーウもまた股間がそうなっているが、彼はそうした風にはならない。ローブを羽織っている為にわからないからだ。アルやフィナルはと言えば、平然としている。というよりは、汚いモノを見ているような視線を彼らに投げていた。
そして、そこかしこで死んだような眼をしている人間の姿がいる。
ユーウは、奥歯をギリリと噛みしめるのだ。
そこに、
「そうだねえ。人間ってすぐ死んじゃうからさあ。大事にしないとね」
そう喉を震わせるのは、黄色い饅頭にも見えるDD。やはりというべきかユウタにも判断しかねた。が、悪い顔を作っている様子がわかる。ユーウを見ているというよりも、その中にいる筈のユウタ自身を見通しているような。そんな視線を投げてくるのだ。
が、そうとは知らずユーウは買付けを進めようとして。
「この人とこの人、ああそれとこの人もいいですね」
「ちょっと待て。その調子で買っていけば、吹っ掛けられるぞ」
「でも、僕は自分の目で見た者をしか信用できないのですよ。大体、病気持ちだろうがあまり気にしないので」
はあっと二人が溜息を吐く。女子供ばかりを適当に選んでいるようにしか見えない。そんな調子であったから、アルとフィナルのストレスはあっという間にあがってしまう。そう言えるほどに、心配なのだ。
なぜなら、余り口を挟まない優等生のロシナが恐る恐るといった風に口を開き、
「ユーウくん。その・・・・・・俺が言うのもなんだけどさ。手が無い人とか選んでどうするの。労働力としては、難しいと思うけど」
黄色い饅頭もごろごろしながら頭を出して頷く。その様子に、ユーウは怒りを露わにしない。その程度は、煽り耐性があるようだ。
「大丈夫ですよ。義手でも何でも用意すればいい事です。ふふ」
というのに、ロシナもぴんときた様子である。
帰ってきてからというもの、迷宮にてユーウが治癒魔術を使って見せるのだから当然わかるのだ。
ユウタには、腕が再生するなど信じがたい。しかし、ヒールをかければ生えてくるのだ。無論、この時代ではこんな事はユーウ位にしかできない芸当だった。牛神王の迷宮へ足しげく通っていても回復魔術というのは傷を塞ぐ程度である。切れた手足を繋ぐというのもまた見ない。高位の司祭であってもなお使う事が難しい奇跡の部類であった。
唇を釣り上げて微笑するユーウにアルが言い含める。
「わかった。しかし、あれをこの場でやるのはやめておけ。俺とフィナルが交渉する。お前だと、足元を見られかねんからな」
「わかりました」
騒動が起きるのは確実である。
迷宮では、見知らぬ冒険者の潰れた手や足を治しているのだ。当然、そういった事態にユーウ以外は驚天動地といった様を見せるのだった。
押し黙ったユーウは、鉄格子の向こうを眺める。そこには様々な種族が存在していた。歩く度に違う種族の小屋が見てとれる。蜥蜴人、獅子人、牛人、猫人、犬人、鳥人、小人、狼人、虎人、馬人、ドワーフ。多様な種族がいて、そしてそのどれもが瞳に怒りを灯していた。
この時代には、酷い奴隷制度が敷かれている様子で。
特に目を引くのは、馬人だ。下半身がそのまま馬の体躯をしていた。男はケモ度がややあり、女はケモ度が低い。が、それも様々である。
一行が向かう先は、通りの奥にある一際大きな建造物であった。
コロッセオといった闘技場にも似たそこには、やはり奴隷たちが収容されている。と、同時に戦わせる為に毎日のように見物客たちでごった返していた。古代にあったというその闘技場にも似た場所は、石畳で壁や床が覆われている。同時に、微かな糞尿と血の匂いが鼻孔を刺激した。
そんな中を子供が護衛も無しに歩いているのである。
だからか、奥に進む程に胡散臭い。或いは、胡乱な眼をした男たちが後をつけてきて。
アルは、ほどほどに進んだ場所で一人の男に声をかける。
「ガルシアはいるか。いないなら、用件だけを伝えるのだが」
「これは、アル様とお連れの方。中へお入りください。主人は見物中ですが、お呼びしましょう」
「うむ。頼めるか」
そういうと、男は脱兎の如く走り出す。後ろをつけていた人間たちは、何かを悟ったように散らばっていく。それが残念なのか。ユーウは拳をにぎったりしめたりしていた。
その様子にアルは、たしなめる。
「ユーウ。すぐに殺そうとかお仕置きしようとするのは、悪い癖だぞ。難事は避けるのが賢い。良からぬ恨みを買うのは、愚者のする事だ」
「ええ、愚者で結構です。糞はさっさと始末したいんですよ。周囲が汚染されますから」
と王子に向かって反論する。だというのに、生粋のお嬢様であるフィナルは、その毒に侵されている様子であった。巻き髪を揺らして、同意するように頷く彼女は、まさにチョロインといっていい。
縦ロールの侯爵令嬢はすっかりユーウの信奉者という立ち位置になっていた。別にユーウが特別な事をしたという訳でもないのだが、見せつける圧倒的な戦闘力の虜になっている。
それは、エリアスにも同じ事が言えた。魔導の申し子といわれた彼女のさらなる上いく存在にすっかり参ってしまっている。なわけなのだが、肝心のユーウは全く興味がないのか。はたまた妹のシャルロッテへの気持ちで一杯なのか。それが判別できないのだが、ホモという訳でもない。
アルという王子は、目一杯に利用してやろうと考えている節がそこかしこに見える。それだけはユウタも感心するのだが、それがまた因縁になっていた。
ユウタが思索する中、ユーウたちが通されたのは石壁の向こうである。
石畳の壁に重厚な木製の扉がとりつけられており、その中へ通された。
そして、アルやフィナルはすっかり椅子でくつろいでいる。ロシナは警戒した視線を中に投げるのだが、ユーウはそうした点でも抜かりがない。
「毒ガスでもつかってこないですかね。或いは、床が落ちる仕組みであるとか」
「待て。それはどういう事だ」
「こうした部屋だからこそ、相手も油断する。そう思えませんか」
ユーウは人攫いの可能性を示唆しているのだが、肝心のアルは想像の外にあるようだ。まさか王族をそれと知って攫うなど考えられない。といった感じで思考が停止している様子であった。フィナルも同じだったのか、部屋の中をキョロキョロとして見ている。
部屋の扉には、鍵が掛かっていないのでその可能性は低いのであるがユーウには全く油断がない。外の通路に足音が響いてくる。そして、扉を開き中へと入ってきた男たち。口を開いたのは、てかてかと頭の禿げあがったゴメス似の中年男だ。
「えー、アル様のご来訪誠に喜ばしく。えー、この度はガルシアめにどのようなご用件で?」
揉み手をして顔は笑顔を作っているが、その奥にある目は笑っていない。冷静に相手を観察している。それがユーウの勘に触っていた。
「ん、ああ。そうだな取りあえず奴隷を二百用意してほしい。金額の方は、すぐに提示出来るか?」
「少々お待ちください。用意されたリストですが、これだけの人数ともなりますと値引きが可能ですな。少々お待ちいただければ、奴隷共の用意はすぐにもしましょう」
「ふむ。仕事が早くて助かる。あとは、奴隷たちの扱いについてだが今後改めるようにしろ。具体的には、見世物小屋も衣服を着せてやるように。異臭がするような待遇は、伝染病を呼ぶからな」
「はあ。お言葉ですが、これは姉上様ともご相談になっての話なのですかな」
傲岸不遜な態度を変えずに、話をするアル。ガルシアは計算のできる男であったが、当然宮廷の内情についても把握している。その為に、余りにも性急なアルのやりようを危惧していた。宮廷内にあってはアルの力も王族というだけであり、軍部に関しての人心掌握には至っていない。各騎士団の長はほぼマリアベールの意向を汲んで行動する為で。
交渉自体は上手くいった訳である。
目的を果たした。
ついでに闘技場へ折角きたのであるから、ユーウは出場を希望するのだ。
勿論そこには、自分たちが持つ戦闘力のアピールである。隠れてこそこそやっていても誰も気が付かない。売名してこそ評価もつくというものである。誰かが何とかしてくれるまで待つという方針もあったのであるが、ユーウは全くその気はなく。
このような場所に幼児がうろついていれば、人攫いの一人や二人襲い掛かって来てもおかしくはない。それをぶちのめす算段でいたのだが、ユーウの思惑とは裏腹にそういった襲撃はなかなかにない。ガルシアによって警備が強化されたのであろうか。そう言えるのは立っている警備兵の数が急に増えてきたからである。
何も起きないままユーウたちは控え室へと進むのだが。
そこにはどこかでみたような鳥頭の男がいた。他にも柄の悪そうな人間がそこかしこにおり、とても脛に傷がない人間たちには見えない。のだが、彼らは闘技場の選手なのだ。
「おいおいおい。子供が迷い込んできちまっているぜ。坊やたちはどこに迷い込んできちまったんでちゅかぁ~」
と、鳥頭が厳めしい顔をにやけ面して言う。
それでユーウはかちんときた。ユウタにしてみれば、早すぎるだろといいたくなるような切れっぷりで。それは、
「はあっ」
と裂帛の気合いを込めた一撃が、棒立ちになっている鳥頭の足を襲う。
そして、それは躱される事もなく決まった。
「ぎゃあああ。お、俺の足があああ」
倒れた鳥頭は必死になって足を押さえるのだ。無理もない逆方向へと折れた足は、傷口から白い物を出している。悶絶する鳥頭の傍によるユーウは、そこで回復魔術を使う。
元に戻る足に周囲の男たちも引き攣ったような顔をしていた。
「足がどうかしたんですか?」
「いや、お前が、ぶぐっ」
鳥頭の声を皆まで言わせないように、ユーウは腹部に向けて蹴りを放つ。それは鳥頭の男に非情なまでのダメージを与えている。痙攣するように芋虫の容態を作り、のたうちまわるのだ。あっけに取られる男の仲間たちを他所にユーウは独壇場を作っていて。
「大人しくしてください。皆さん困惑しています」
そう言いながら、容赦なく鳥頭の顔面を床へと叩きつける。
そこで、黙っていたアルが口を挟む。
「そこまでにしておけ。俺に対しての無礼は斬首でもいい所だが、それと知らぬ者に対していきなりではな。聞いているか?」
「もちろんです。このユーウ、アル様に対する無礼を一個たりとて許すつもりはありません」
「本当にそうなのか、怪しいがな。まあ、なんだ・・・・・・」
指をつんつんと突き合わせるのは、このアルの悪い癖になっている。大方アルトリウスなのであろうが、今はまだ真偽がつかない。ユウタにしてわからないのだから、ユーウにとってはもっと不可解な王子として映っているのだろう。
ユーウの背中に寒気が走るのも一度や二度でないのだから。
顔面が血だらけになった鳥頭に回復をかけて治してやる頃には、周囲の男たちが皆一様に土下座の態勢をとっていた。
「その、アル王子とは知らず。働いた無礼、お許しください」
「貴方がた。額を地につけた位で、許されると思っているのかしら。明日には、国外へと売り飛ばされる事も覚悟なさいな」
そういうフィナルも氷のような視線を放っている。すっかりユーウの同調者である貴族の娘は、舌を舐めずりしていそうな雰囲気を出していて。
フィナルもロシナも貴族の子女だけに、そういった線引きに厳しい。
さらには、鞭打ちなどをして躾を行うなどするが、ユーウには受け入れがたいモノがある。
静まり返った控室に少年が、入ってきて恐る恐るといった風で告げる。
「あの~。ユーウ様。アルブレスト家のユーウ様。出番になりましたのでお越しください」
出番が着た事に頷いたユーウは、そのまま鳥頭を引きずっていく。
それを見た周囲の男たちは、顔を上げようとするが立ち上がる者はいない。
ここで更なる不興を買えば、彼らの命に係わるのだ。
そこで中に入ってきた少年が、
「あのバランさんがどうかされたんですか?」
「うん。死刑になってもおかしくない事をしたんだ。僕は、馬鹿にされるのが何より嫌いでね。このボケにはこれからきっちりわからせてやるって事さ」
肩に止まっているDDも饅頭頭でコクコクと頷き。
ユウタは人知れず溜息をつく。
ずんずんと子供が、大の大人といっていい体格の人間を引きずっているのだ。それで、通路を歩く人間たちは口をあけて呆けるか、或いは目を丸く見開いて固まるかであった。
「はっ、はなしやがれ。このクソガキっ」
「へえ、まだそんな口が利けるんですか。ねえ、バランさん」
「何で俺の名前を知ってやがるんだ。つか俺をどうしようっていうんだ」
「僕の役に立ってもらうつもりですよ。ふふふ」
ユーウは勘が鋭い。が、それも一部についてのみであって戦闘やら魔術にやらである。
対戦相手がどのような相手なのか悟っているのだ。
そして、通路の終点では鉄格子から光が漏れていた。
そこを抜けると、バランとユウタは二人だ。
足を引きずられる恰好なのだが、バランはそのままの状態で地面に倒れたままである。
「いてえんだが。いい加減解放してくれや、旦那」
「口の利き方には気をつけましょう。という名の授業料ですよ。これは」
ここ数日では、全く進展のない迷宮潜りの苛立ち。それが見て取れるのは、どうなのか。ユウタにしてみれば、完全な八つ当たりである。よくある小説ものならば、初回クリアや限定ドロップがいきなり来るのだが。ユーウにはやはりそれはなかった。辛うじて剥ぎ取り行為をして素材を集めている。といった風であるから苦労というのも並大抵のものではない。
防具を強化するというのは、パーティーの生命線に繋がるのでそれを無視する訳にもいかないのだ。誰もが、ユーウのように強力な防壁を張れるという魔術を持っている事はないのだし。
ユーウの苛立ちを前に現れたのは、一頭のワイルドベアと鞭を構えた魔獣使い。
開始と同時に熊型の魔獣の能力は、咆哮と爪による攻撃だった。
司会がありきたりな解説が行われているのだが、それを無視してユーウは最初の一撃で決める。
それは、鳥頭のスキルを使っての人間バット。ベアの爪をかいくぐって振るったスイングはもろに決まり、どうっという音を立てて崩れ落ちる。
「いてええってえええ。俺を武器替わりにしやがって。もう許さねえっ」
「へえ、どう許さないんですか?」
うっというヒキガエルのような声を喉につまらせたバランは、そのまま頭を地面につけている。
対戦相手である魔獣使いは、鞭をしならせて間合いを詰めるのだが。
そこには、ユーウの仕掛けた罠が待っている。魔術も使えるのだから。
足を砂場といった大地に沈ませた相手を人間バットで滅多打ちにするという構図だった。
当初は、幼児が相手であり悲鳴を上げていた観客も歓声に沸いている。
幼児が勝つという光景に、興奮しているのだろう。
二、三発ほどで名も知れぬ魔獣使いはダウンしてしまった。
後ろ側に倒れる相手に、バランの身体を敷いてやる。
ぶよんとした腹の肉で男の身体は受け止められた。それに訝しんだのは、当のバランだ。
「どうなってんだ。俺の硬気功が解かれた? 旦那は一体何モンだよ」
「僕ですか。どこにでもいる子供ですよ。ですから、そう馬鹿にしないでください。見た目とは裏腹な事だってないとは限らないんですから。あ、それとバランさんは明日から僕の所で働いてもらいますよ」
ペダ村を襲った傭兵団の一人だったとユウタは記憶している。それとこのような所で関係ができるのは不思議な感覚であった。ユーウが世界の有りようを変えているのか。それともユウタ自身が間接的に変化を促した結果なのか。そのどちらもの可能性すら捨てきれない。だから、ユウタは余り口を挟めなくなりつつあるのだ。
徹底的に調教をしようとでもいうのだろう。その為の下ごしらえにも似ている。そんなどちらとも言えない変化にユウタも眩暈で倒れてしまいそうだった。傷だらけのバランに回復魔術をかけてやると、ぽりぽりと頭を掻いて座りこむ。もうどうにでもしろといった気分なのであろう。当然ユーウは容赦がなくバランに追い込みをかけていく。
ユウタにはそれを見て、どうしてヘタレたのかと疑問が湧く程であった。
ともあれ、連戦は希望していないので帰る事になる。というのも午前中までに奴隷の購入を終えて、午後はまた迷宮に潜るという話だからだ。
控室に戻ると、ニコニコ顔でフィナルがユーウの方へとすり寄って来る。
「恰好良かったですわ。ユーウのようになれたらいいのに。あの体術を私にも教えてくださいまし」
「いいよ。明日から訓練のメニューに加えよう」
「はいっ」
語尾にハートマークでも出そうな雰囲気で。それにアルはふくれっ面をしているのだが、ユーウはそんな王子の様相に気が付かない。ユウタにも覚えのあるような光景で、それがそうだというのも気が付かなかったのだ。が、アルはいきなり殴りつけてくるような事はしないのだった。
アルの気持ちを推し量るとするならば、余りにあてこすりに見えるような態度は慎むべきで。ユウタが、そうとわかる程にユーウは人の感情を推し量れない。でなければ、ユウタの時間点でそうなってしまっているのがおかしい。
奴隷購入する際にも、やはりというべきか決断するべきだったのかもしれない。と愚痴るのだが、ここにおいてもユーウや爺からの返事はこなかった。奴隷市場を改善するというユーウの使命感が燃え上がっていて、暑苦しくなっている。道路の糞尿を何とかするべく、便所の構築など忙しくなるのだがそれはまた後日の話になる。
帰宅すれば、昼を過ぎており全く準備の出来ていない昼食に皆腹を空かせていた。
「にーたん。お腹空いた―」
と言われれば、「わかったよ」と言いながら大慌てで準備をしていく。
アルブレスト家には必要以上に人員が増えつつあるので、それもまた飯使いとなっている。
隣からは、クリス、ルーシア、オデットが来ている。その上にセリアやエリアス、アドルといったパーティーメンバーまで加わるのであった。
そこはもう、喧騒で五月蠅いものになっていて継母であるエリザには無理をさせずに、クラウザーやアレスといった弟たちが給仕を手伝っている。全員が給仕をするような感じであるので、ユウタとしては出来た豚汁をご飯と漬物に乗せて出すだけだ。
「「いただきます」」
他の家であれば、神に感謝をという文言がつくのだ。が、ユーウの家では簡潔にそれだけである。
居間といった空間で食事がとられるのだが、そこの天井にはユーウによって小さな神棚が作られていた。
主に、オーディンやアース神族等を祭るごった煮の祭壇でもある。
作った当初は、不思議そうにそれを見ていた兄弟だちも最近では祈りを捧げるようになっていた。
「今日は、五階に進むぞ」
「まだ早くないですか」
アルたちの身体は慣れているとはいえ、五階以上には強敵も現れる。
「いや、最近冒険者が増え過ぎて狩りが出来ないのも事実だろ」
「そうですわねえ。五階は確かに危ない階と聞きますが、それでも私たちはLVも上がっている事ですし。そろそろ先に進んでもおかしくないのでは?」
ユーウが危惧するのは、属性攻撃の出来る人間が三人という点だった。
牛神王の迷宮は深層が何層あるのか判明していない程広い。
そういう事も相まって、未だに攻略は続いている。
浅い層で経験を積むのは、パーティーにとってもいい事だったのでずっと続けているのだが。
毎日のローテーションと化している迷宮攻略。
それで、流石に飽きを感じているのも確かである。
新しい発見もあるのだが、些か物足りなさとオーバーキルの火力になりつつあった。
周回ボス回りと言えばレアドロップなのだ。それすらドロップが起きないのでは、迷宮に潜る意味も半減するというもので。素材を売り払う事で金銭を得ているものの次の段階へと進むには十分な時間をかけた。
ユーウもその点で了承する事になる。
「わかりました。ご飯が終わったら、行きましょう」
そう言うと、たったっとシャルロッテが歩いてきて手渡してくる。
「にーたん。お弁当だよ」
手渡されたのは、只のおにぎり弁当なのだ。
しかし、ユーウは目の前が涙で見えなくなる。勿論、それを隠そうとしているのだが、周りの人間には丸わかりで。ユウタも気恥ずかしいやら、嬉しいやらで何とも漲ってくるのだ。そうと知ってか皆は片付けを自発的にしていく。そして、継母であるエリザが、
「お父さんの具合は回復に向かっているわ。安心してね」
「はい」
鼻汁が垂れそうになっているので、ユーウはそれも隠そうとするのだ。それに不思議な表情を浮かべるのはシャルロッテの方だった。てっきり喜んでもらえるのだと思っていたに違いない。しょんぼりして、肩を落としているのである。
ユーウは慌てて頭を撫でてやると、彼女はにぱっと花が咲くような笑顔を見せる。
これから迷宮に潜りに行くのは、黙っているのだ。余り妹を不安に陥れるような真似はすまいという心遣いが見える。ユーウは妹しか見えていないのが心配な部分であり、それが為にヘタレてしまったのか。そう確信するのはユウタだけではないだろう。
股間が反応しなくなるのもヘタレるのも封印が関係する。
そう薄々と理解し始めて、
「(大神オーディンに封印をかけられたのか。それともアルの誰かに封印をかけられたのか。自力で解けと言われてもなあ。ぶっちゃけ、かけられないように過去を変えてしまうのも手かもしれない)」
等と呟きをユーウに向けて行うのだが、反応はない。
憑依して他人と視点を見返して見れば色々と気づかされる点がある。
仕方なく準備の済んだ者から、迷宮へと進む事になる。転移門を抜けた先には、牛神王の転送部屋と呼べるそこであった。
挿絵カラー版がPIXIVにあります。
よければ見てやってください。garaha。
女騎士で検索するとでてくるかともしれません。