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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
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134話 憑依と友 (ボリス・ドルチェ、セルフィス・ユンカース)

 王都より南に馬車を走らせて、鉱山のある町へと辿り着いた。

 その場所は少年の心を表すかのように薄暗い雲が垂れ込めている。

 荒涼とした大地に、ぽっかりと立つ岩山。そのふもとには、鉱山町とでもいうべきものが広がっている。そんな風景を他所にユウタは、呼びかける声に反応した。

 水のように澄んだ声音で、


『やあ、また来れたんだね。僕としても嬉しいよ』


 と、ユーウが呼びかけてくるのだ。

 ユウタは、またも過去に戻っていると確信する。

 でなければ、セリアのチョロインぶりが納得のいく事ではない。

 

 ここまではユウタ自身としても予定通りであった。

 妹が死んでいるなど、どうあっても認められる事ではないし。

 当然、父親であるグスタフの死亡イベントを回避しなければならない。

 そして、それらを確かめる為にユーウに問う。


「(なあ、どういう訳なんだ。大分未来が変わっているぞ。セリアがおかしい)」


『それは、君が多少ともなり他人に影響を及ぼしているからだろうね。君という不確定要素が未来を曲げている事は確かさ』


 そううそぶくユーウだが、現実世界が少しずつではあるが変化しているように見えた。

 ユウタにとっては、最大の変化がセリアの様子であった。

 ここが観測点となり、ユウタのユーウの過去を変えているのではないか。等というまさに空想妄想の類を思案する。だが、ユウタにしてもそれが合っているのか。

 だんだんとユウタにも、分からなくなりつつある。

 

 ユーウとの対話は続く。そこに割り込んでくるのは、爺のしわがれ声である。


『ワシが頑張っとるのに、こやつらときたらどうかしとるぞい』


「(もしかして、妹の事とかか?)」


『大当たり。どうしても変えたい未来があって、その為に君を送りこんでいるんだけどね。変わらないと思っていたんだけど、意外にも変わるもんなんだね。因果と予測される未来は不変ではないって事かなあ。箱の中は変えてみる事だね』


 やはり、当たりであった。

 それが何であるのか、ユウタにも心当たりがある。シュレーティーンガーの猫だっただろうか。とユウタは思い返すのだが、はっきりとした事はわからない。元々、ユウタはそれ程頭の回りが良くないのだ。戦いに勝つというその一辺だけが売りだと自身を観察している。女性相手には気の利いたセリフの一つも言えない自身に絶望し、一時の快楽を求めて奴隷を買ってみたのも血迷った行動だったと今なら言えるだろう。


 ともあれ、ユーウに対してすら口で勝つ事を厭ったユウタ。ユーウは子供ながらも、乗合の馬車を使い険しい山が辺りに広がる鉱山の町バイロイトへとはるばるやってきた訳である。が、もちろんユウタにはこのような場所に来た記憶がない。が、勝手に足が進むのである。

 町の中は、薄暗くどことなく混沌とした雰囲気であった。通りを歩く人間の目つきは、腐肉を狙うかのようなジャッカルの如きそれだ。


 父親がいるという鉱山なのだが、強制労働の対象となっている為山の麓から内部に入るには検問が存在する。しかし、そこには思いがけない人物が待っていた。

 王都にいる筈のアルである。

 アルの何時もとは違う服装に、戸惑いの感情がユウタに伝わってくる。

 白地の軍服といった居出立ちに、赤いマントを羽織っていた。

 周囲には護衛であろう兵士が、そこかしこに潜んでいるのが泡の魔術で把握できる。


 アルはきまりが悪そうに咳払いをし、


「あーこほん。今日もいい天気だな」


 伏し目がちにユウタに向かって話かけてくる。

 ユウタは空を見ると、どんよりと曇った天気で今にも雨が降り注ぎそうな具合であるのだ。

 アルの澄ました顔は、ユーウにとって苛立ちを覚えるモノでしかないようだ。

 父親を救うのに、時は一刻を争うのであるから。加えて、離れてしまった妹の様子も気になる。

 であるから、いらついた感情が錆のように声音に乗って喉から出る。


「どうしてここに?」

「言わなくてもわかるだろう。友達のお前が、心配でここにきたのだ。俺が見ていないと何をしでかすかわからないからな」

「へえ。じゃあ僕が父さんを助け出す邪魔をしようというのですか?」


 手腰に当てながら尊大な恰好をとるアルは、左右にぶんぶんと軍帽を乗せた頭を振る。

 ユウタが放つ微弱ながら魔力の乗った声にプレッシャーを感じるのであろう。

 恰好を付けたものの、慌てる仕草がそれを物語っている。


「違うぞっ。それは誤解という物だ。今俺の手の者が炭鉱の中を探して回っている。お前が中に入っていけば必ずやりかねん事が色々あるのだ。だから、大人しく待てって、おい」


 ユウタの足は、ずんずんと中に入っていく。

 アルは小走りにユウタの横に並ぶと、腕を掴んで止めようとするのだ。

 が、


「僕の邪魔しないでくださいよ」

「邪魔じゃないからな。友だからこそ、無茶をさせる訳にはいかない。少し話を聞けって」

「わかりましたよ。それで、そこにどんな理屈があるんですか?」


 一秒とてアルに構っているのは、惜しかったのである。

 当然ながら、殆ど聞く気のない意志が声音となってアルにぶつけられた。必死になって食い下がるアルに、ユウタは不思議な物を感じるのである。なんとかしてやりたいのであるが、ユーウがそれを聞いてどう反応するかまでは予測がつかない。

 アルは一拍の呼吸を置き、


「それは、そうだな。一つ、昔話をしてやろう」


 話をしようとする青い目は、真摯な瞳なのである。 


「へえ、面白くないなら先に行かせてもらいます」

「わかったわかった。それではな」


 とある所に魔術師がいた。

 その男は友の為にといって異世界に渡ったのだが、勇者として召喚された友を助けるでもなく。


 自らが友呼んだ男とその恋人を見捨てて魔王と対峙する道から逃げ出し、自分は一人易い道へと歩む。


 その男は、絶大な力を持ちながら誰の為にも力を使わず。


 トラブルに巻き込まれぬよう。只ひたすらに、己の保身に終始した。


「俺をこんな男と一緒にして欲しくない。助けるからこそ友だ。苦しい事があれば、俺に頼って欲しい」


 ユウタとしては、正体を知らなければアルがただのホモであると確信してしまうような顔である。

 事実、ユーウもそう感じたのか。全身の毛が総毛立っている。


「わかりましたよ。そこまで言うのなら、僕も貴方を信じましょう」


 鼻息も荒く、ほっと息を吐くアルはようやく落ち着いた表情を見せる。

 しかし、次の瞬間。


「もしかして、アルはホモなのですか?」


 アルは、天地がひっくり返ったかのように青ざめた顔をして大地に這う。

 両腕を大地にだんだんと叩きつけている訳をユウタは知っているのだが、ユーウはそんなアルの事情を知らない訳である。こういう事は不味いと、ユウタがアルの頭を撫でてやった。


 すると、


「き、気にしていないぞ。俺は、ホモじゃないからな」

「・・・・・・」


 ごめんな。といいたいのであるが、残念な事に言葉がでない。 

 ユウタとしても、これで精神力を振り絞るのは後に響くであろうと推察している。

 従って、ナデポ一つでアルが顔を赤らめさせたりしている事は放っておく事にした。


 これでアルがTSであったりしたのなら、ユウタはドン引きする事間違いない。

 尻叩きをした際、モノが付いていただけに。


 二人は、てくてくと街中を抜けて鉱山の入口まで辿り着く。ユーウの持つ空間魔力炉には莫大な魔力が貯め込まれており、魔力炉は常に動かしっぱなしである。ここまで泡の園による空間転移を可能とするだけの魔力とて軽いモノであるが、それを妨害する存在を鉱山内部に感知していた。

 

 この惑星とみられる表面を余さず空間を支配する『泡』により包みこみ、果ての無い世界へとその手を伸ばしているのはユーウ位のものであろう。しかし、それを妨害する個体、或いは勢力という物は確実に存在する。そうした空間転移を妨害する地域には、こうして馬車を使うなり歩くなりするしかなかったのだ。


 入口となる地点には小屋があり、検問する為の守衛の姿が見える。屈強な制服に身を包んだ男たちがいたのだが。彼らは、アルの姿に気が付いたのであろう。

 最敬礼の恰好を取る。


 両脇に立った守衛たちを見ながら、ユウタはアルに問いかける。

 ユーウは、先回りしていたアルの動きにキナ臭さといった物を感じているのがわかる。なので、


「何か、都合の悪い事でもあるのですか?」

「いや、ない。だが、囚人を勝手に殺したり解放したりしようとするなよ? 一応裁判で判決を下されてここに収容されているのだ。お前が見れば間違いなく殺そうとする悪人がごろごろいる」


 採掘場の中に入って行けば、そこには囚人を虐待する人間の姿が目に入ってきた。

 ユウタの手を取り、アルはその歩みを止めようとするのである。

 しかし、少年はあっさりアルを持ち上げるようにして突進していく。


「あれ。なんなんですか」


 ユウタが目にしたのは、囚人と思しき人間を鞭で打っている看守の姿であった。

 旧来ながらの暴力で言う事を聞かせるというスタイルにユウタの奥歯が鳴る。そんなユウタに向かって、アルは弁解をしてくる。


「あれは、必要な事だ。囚人を矯正するには、暴力で以ってわからせてやる必要がある」

「ちょっとやり過ぎじゃないですか。それに、皆がりがりに痩せているし。まともに食事を与えないで労働させるのは、王者にあるまじき行為ではありませんか?」


「食事が少ないのも扱いが荒いのも囚人だからだ。大体、罪人に食事をまともに出す国がどこにあるというのだ」


 沸騰したヤカンのようになるユウタ。

 けれどもそう言われてみれば、そうであると頷きそうになるのであった。

 現代日本人の感覚からすれば刑務所であっても食事位は普通に出す。

 下手をすれば、刑務所のほうが楽な位ではなかろうかという程の現実があった。

 真面目に働いている非正規雇用者は十二時間程の労働が当たり前で。食事を取る時間だけが休憩として与えられる。それに比べてどちらが楽か。というのは置いておく。


 囚人であっても食事くらいは、満足にとらせてやるべきなのだ。

 なので、口から自然に言葉が出る。


「ここにいますよ」


 といって、食事の用意をしようとするのである。ユウタは、必死になって当初の目的へと足を向けさせるのであった。当然、震える手を見て訝しむと足は鉱山の中に進めようとする。


「? 食事を用意してやるのは止めるのか」

「そうですね。僕とした事が、優先順位を間違える所でした。まずは、父さんを探してからにしますよ」


 アルは、意外そうな顔を作り次いでユウタの横に立つ。

 採掘場では手を止めた囚人たちが、護衛の騎士たちによってアルに接近する事を制止させれている。

 向かった先は、鉱山の採掘をする入口であった。

 

 騒がしさを増して採掘場に、混沌が立ち込めていく。

 暫く中を歩いていく内に、看守長と思しき人物が部下を連れてアルとユウタの前に現れる。

 手勢を揃えての登場に、アルを亡き者にしようとでもいうのだろう。

 距離をとって丸々とした男の声がユウタたちの元へと届く。

 

「こいつがアル様だと? 馬鹿を言え。偽物に決まっている」

「しかし、ボリス様。赤騎士団の先遣騎士たちも居られますよ」

「あいつらは、真っ赤な偽物だ。お前たちだって儂が首になれば、ただではすまんのだぞ? それでも良いというのか」


 指さす仕草と首を掻き切るそれを見て、ユウタは宣言する。


「アル様。あの男は死刑でいいですか」

「ちょっと待てと。あいつは、あれでもこの辺を治める貴族でもある。簡単に殺してしまっては、貴族たちの反乱を誘発させるだろ」

「あの男だけ殺してしまえばいいんですよ。それで逆らう者には容赦なく鉄槌を下すべきです。真面目に働いている父が鉱山送りで、どうにも納得いく話ではありません」


 ユウタには貴族の反乱を誘おうというユーウの考えには、納得できる物があった。何しろ手早くやるならそれが一番だが、同時に流れる血の量が莫大なものとなる事を理解しているのか疑問であった。が、それを成すだけの力をユーウは持っている。例えば、この豚男とその手勢を殺しきるのにかかる時間は一秒もあれば十分すぎるほどに。


 相手の弓や魔術を防ぎながら、カウンターで土から死をデッドエンドジャベリン

 死刑でいいですか。のセリフを前にユーウは魔術の用意は終わってあるという短気ぶりにユウタはドン引きである。或いは、ここがユーウの狂気なのか。それが判別できない。


 もちろん周囲に相手が、伏せた敵の兵に対してもプレッシャーをかけている。

 それを感じ取ったのであろうアルは、呼びかけていく。


「そういうがな。おい、今なら投降する事を許してやらんでもない。ドルチェ男爵、貴様の悪事も既に露見している。だが、財産をもって他国へ追放するという形で穏便にすませてやろうという姉上の特別な計らいを無にするというのならば、死でもって所業の清算とすることになるぞ」


 武器を持った兵士たちがばたばたと手にした得物を投げ捨てる。その有様にドルチェと呼ばれた豚面の男は、唾を吐き捨てるのだが。


「お前たちっ! 何をやっているのだ。こやつ等を殺せば、全てが上手くいくというのに。ええい、構わん。望みのままの褒美を得んとするものは、かかれーっ」


 しかし、誰も反応しなかった。


 木枯らしに吹かれた草が丸まって転がっているのに、ユウタは笑いを堪える。

 何とも形容しがたい光景である。丸々と肥えた豚が顔を真っ赤なトマトにして配下に号令をかけるのだが、誰も動こうとはしないのだから。


「閣下。これまでです」

「な、何をするのだお前たち。放せーっ」


 ドルチェが必死に抵抗すればするほど、ユウタは丸焼きにしたい衝動にかられる。

 豚面男が、ここ一帯の統治者である事はわかっているのだ。だからこそ、募る破壊衝動。

 それを地面に向けていたずらに振るう程、ユーウは幼くはないようだ。


 ドルチェ自身の部下によって取り押さえられ、アルの配下である騎士によって連行されていく。

 アルの方へと視線を向ければ、少年はドヤ顔をしている。


「どうだ、見たか」と。


 だが、


「アル様。大変です。ユーウ殿のお父上がっ」


 息を切らせて全力で走りこんでくる男。

 転がるようにしてアルの足元まで走り込んできた兵の顔は、どこか見覚えのある物だった。


「落ち着けドス。ゆっくりと、息を整えてからはっきりと喋るのだ」


 若かりし頃のドス・クゥアッドに間違いない。かなり若いが、それでも青年を越えたところだろう。

 それがどうしてか、ユウタの目の前にいる。青い鎧に全身を覆っていた。つまり、ドスは青騎士団の団員だったという事だ。それがどうして冒険者をしているのか興味が湧く。

 そんなユウタの気を他所に追いやりながら話は進む。


「はい。ユーウ殿のお父上が重体です。恐らくは、拷問を受けていたかと」


 その言葉が終わらない内に、地面は波を打ったように揺れ始める。


「やめろっ。ユーウ。力を、お前、まさかっ」


 そのまさかである。全力全開でユーウは片腕を振り上げると、全身の魔力を込めて地面を殴ろうとふりかぶる。だが、それを黙ってユウタも見てはられない。怒りに任せて振るわれた力がどの様な結果をもたらすのかしれたものではないからだ。かつてない魔力の押し合いになり、ともすれば意識が遠のき憑依を引き剥がされる事になる。それでは、妹を助ける話はおじゃんになってしまうのだ。


 気合いで何とかなる。と言いたいのだが、生憎と口は使えない。

 ユウタに出来る事といえば、振り上げられた拳を全力で止めるだけである。


 ユウタは不意にアルに向かって尋ねる。


「??」

「どうしたのだ」


 自らの手をしみじみと見たユウタは、不意に何かを悟ったような感情が伝わって来る。激しく波打った地面が、緩やかになっていった。


「一切合切をぶち壊してやろうと思いましたが・・・・・・それで、父さんは生きているんですか」

「はっ。はい。治癒術士による懸命な回復と持参した栄養剤にて、なんとか持ち直す筈であります」


 ユウタの声に、ドスは慌てた調子で答える。

 ユウタはぶすっとした表情を造ってアルに迫っているので、アルは困ったようにおろおろと慌てた。

 見つめ合う恰好に、アルの白い顔は夕日で染まったような風になる。


「まだ、鉱山の中にグスタフはいるのだからな。気をつけないと落盤でどうにかなってしまうぞ」

「そうですよね。なぜか、僕の泡を防ぐ魔力がこの鉱山一帯にはあるのでつい焦ってしまいます」

「ま、あれだ。俺を信じてくれ。友を悪いようにはしないし、部下だって無能じゃあないからな」


 と話をしながら、何時の間にかユウタは鍋を取り出して料理をし始める。

 その様子を見たアルはまたしても困ったという顔を見せた。

 が、父親にも料理を振る舞いたいのであろうと推察したのか。

 文句は言って来ない。


 良い匂いが鍋からするようになる。それに囚人たちは呼び寄せられた。

 鍋から無言でスープを囚人たちに振る舞っていると、ユウタはアルに向かって尋ねる。


「そういえば、件の魔術師は最後にどうなったのですか」


「ん。あ、ああっ陰惨極まる死に方だったらしいな。愚かなチープだったかな。道化の魔術師は全てを失い、最期は騙してきた連中に殺された。運命からも逃げ、友を見捨て苦難にも立ち向かおうとしなかった哀れな羊だったらしい」








 アルトリウスは複雑だった。元はと言えばユーウが撒いた種なのだ。

 ならば、刈り取るのもユーウの仕事だと考えられる。

 しかし、少年は鼻もちならない部分もあるがアルトリウスにとっては、なくてならない存在になりつつある。

 内政問題に、軍事、兵力の確保と続く難事。

 それらを手っ取り早く解決する方策の一つが、食料供給の安定にあったのだから。


 件の水田を一つとってみても、真正の神ならぬアルトリウスにとって難題であった。

 痩せた土地に、水田を切り開くにはまず水が足りない。

 水の神(ヴォーダン)が使う神具を使って供給するのだが、それを動かせるのは水の神自身だけの筈。

 そして、それを稼働するには神力へと魔力を変換せねばならない。

 それをどこから出しているのか不明であるが、膨大な魔力量でもって補っているのは脅威だった。


 それでもって王位の簒奪や国の転覆を図るような人間でない事は理解している。

 水田を作ってみたはいいが、それを維持する為の人員がいない。

 そこはアルトリウスが姉に頼みこんで用意してもらった。その間に立つのがリサージュ卿という男だ。彼は、身分こそ低いながらも有能な文官である。


 王都の周辺を開発しようという話は昔からあった。

 だが、それを妨害するのが定期的に湧くモンスターの存在である。

 更には、王都の中を走るライン川の水量が足りない。それを何とか調査しようにも、貴族たちの妨害があって遅々としたものになる。リサージュを使って、そういった方面にも圧力をかけていくのだ。宰相をはじめとする妨害勢力は、悉く死刑にする予定もある。という面では、ユーウの言うそれにアルトリウスも感化されていた。


 王家に力がないならば、取り戻せばいいのだ。そういう論調だ。

 全ての土地を王家の物として、全ての民を王家の下に平等に扱う。

 そういった目論見を持って、ユーウがアルトリウスをけしかけているというのは理解できる話だ。


 最も、水田を管理させるのに農奴を使っているのは本末転倒か。

 ゆくゆくは、農民として扱う予定である。が、土地は全て王家の物の予定であるからして変わらず王家の奴隷である事だろう。与える物は、与えるとして管理されて生きていく事になる。


 ユーウのいう事を理解しないではないのだが、彼の事は未知数であった。

 ただ、持っている魔力量は凡そ天界に引きこもる主神すら超える物がある。

 先ほどの一撃は、確実に地殻と中心核を破壊し惑星の崩壊を招く程の力を帯びていた。


 封印を施そうという話もあるのである。が、一体誰が? という話で進まない。

 ユーウ程の魔力を持った人間は、かつて一人しか心当たりがないのである。

 それについては、狒々爺からアルトリウスは聞き及んでいるのだが。


 アルトリウスにとっては、因縁深い相手らしい。そういった実感は湧かないのであるが。

 ただ、使える相手だけにというには一緒にいるのが不思議であったし。

 これという相手では、ある。


 使う体術に、剣術、魔術といいどれをとってもそつなくこなす。

 加えて、父親が聖騎士という立場にあるせいかアルに対しては非常に従順であった。

 殺すつもりで、決闘を挑んだのであるから殺されないのは恥辱である。


 というのはあるが。それで死ぬ訳にもいかない。

 そして、多数の騎士で取り囲み嬲り殺しにするというのはアルトリウスの信念を根底から揺るがす事になり、実行は出来なかった。いつか、討つ日が来たのなら一対一の勝負で。

 せっせとユーウが給仕の真似事をやっている。

 王子がその横で樽に座っていると、


「終わりました。確認をお願いします」


 と言って報告書を纏めて寄越す騎士は、セルフィス・ユンカース。

 ドスの配下であり、年若い年少の騎士見習いである。

 父親は、男爵でありそこそこの領地を治めて評判は悪くない。

 整った容貌と銀髪を垂らした美少年でもある為、どこの隊であっても人気者であった。


 騎士団には、娼婦といった夜の相手をする人間を用意しているのも珍しくない。

 尻を使おうという物好きは居ない筈であるが、セルフィスは男に好かれるタイプである。


 少年が去っていくのを眺めたアルトリウスは、昼間に感じた感情を打ち消そうと書類に向かう。

 だが、脇で料理を振る舞う少年の事が気になり始めている。


 尻叩きをされた時からであろうか。それとも生まれて初めての敗北を喫したせいであった為か。

 アルトリウスにはわからない。

 ただ、本能が訴えかけてくるのだ。

 それを押さえようと、するのだが。


「アル王子。どうかしたのですか」

「いや、何でもないぞ」


 目ざとい奴だった。ユーウは、こちらの視線を敏感に感じ取る。

 危険な奴でもある。

 水田の開発は、順調に進んでおり今季取れる収獲物と開拓された土地は以前の比ではない。従って、採れる収穫物で多いに民の飢えを癒す事になる。そこからもたらされる利益は莫大な物で、ユーウがその土地の功績を誇らないのが謎としてアルトリウスの裡に残っている。


 褒美として要求したのは、土地である。が、それも貸し与える恰好だ。

 そして、それを与えるに当たっては貴族たちの思惑がもろにぶちまけられた。

 候補地は、アーバインの北。

 黒の森から直ぐ西にあたる土地であり、魔物が出没する危険な土地でもある。


 よって、耕作するにはとんと向かないのであるが。

 どうも貴族たちは、開発に成功すれば取り上げるつもりのでいるらしい。

 アルトリウスには、それが自殺行為にしか見えないのだ。わざわざ、死亡する為に崖に突っ走るような馬の真似をして、「どうもない」とうそぶくのは馬鹿のする事だから。


 ここバイロイトを王家の直轄地へと変える根回しは終えている。その報告書も中には、入っていた。その代官として、任命される予定であるのがロシナの父が推すセイラ・リサージュである。数年ではあるがこの地の開発に、王都との往復を命じられる手筈になった。


「ふむ」


 一息つけば、辺りはユーウの持ち出した米酒で飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎと化している。

 そして、採掘場の入口にはいくつもの天幕は張られており、今日はだけは娼婦が宛がわれる事になった。全て、アルトリウスの差配なのだがユーウは気が付いているのかいないのか不明である。


 先行して、騎士たちに内部の情報を押さえさせ、グスタフの身柄を確保するのもギリギリのタイミングで行われたといっていい。貴族と対決するには、何もかにもが足りないのである。人の手もその指先も暴力に置いてもだが、ユーウの力は手放せない。


 この先も危険な橋を渡る事は確実であり、アルーシュであれば大笑する事は確実なのだが。それ程アルトリウスは大味な性格ではないのだ。

 とはいえ、ここまで来ては引き返す事もままならない泥船に乗ったようである。


 一人貴族を潰せば、更なる貴族たちの結束を産む事は間違いない。

 そして、それが行く先は王家と貴族の全面戦争か。

 アルトリウスとて未来を見通す力は、まだないのだ。


 聞けば、アルーシュはヴァルトラウテを保護した上で魔剣【グラム】を回収したという。

 断じて無視出来ない事態である。アルトリウスが、手にしている武器は未だに一つとしてないのにだ。

 このままいけば、遠からず王統レースからは脱落を余儀なくされアルーシュの後塵に拝することになる。それだけは、認められない。


 よって、ここでユーウが時間を潰すのは勿体ないのだ。

 水田の開発もそこに植える米の開発も何もかもがユーウ頼みで。

 迷宮に潜る手助けも、やはりユーウの使う魔術が非常に有効である。


 前衛が安心して戦える後衛という物は、是が非でも押さえておかねばならない物件であるから。

 悉くユーウに頼りっぱなしでは、対等な関係は築けない。

 人とは支え合う物だと教えられてきただけに、寄りかかるようでは単に利用しているとしか思われないであろう。そういった感情を理解する程度に、アルトリウスは自身を見つめる事ができる。


 アルーシュならば、友情など押し売りな位が丁度いいと言うのであるが。

 今は、まだアルトリウスの胸に灯った火が友情なのか未だに判断しかねた。


 と、脇で料理を振る舞っていた少年の心に呼応するかのようにして、分厚い雲が割れて光が落ちてくる。そして、ユーウの居る場所だけが光で照らされた。

 まるで、それは救世主のようで。


 いったい何杯のスープを注いだのか。ユーウの真似はとてもできそうにもなかった。

 ひたすら、スープを注いでいくだけでも結構な重労働なのであるからして。

 既に千回を上回る勢いである事は間違いがない。


 回復魔術を使っていようが、疲労だけは回復できるものではないのだ。

 どれだけタフなのか全くわからないのである。

 友として見つめる先で腕を振るうユーウ。それはアルトリウスが、びっくりするほど続く。

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