130話 空からの襲撃者
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奪う者がいれば、与える者がいる。
そうして、貴き者が生まれ次いで貧しき者が増えていく。
さりとて、それが人類社会に資本主義の限界ならば、そんな物は糞くらえだ。
一生を金持ちの家畜として生きていくならば、それは最早人ではない何かという事である。
―――職業に貴賤なし。
等と嘯く者もいたが、それが嘘である事はもはや誰の目にも明らかだ。
男は、何も生み出さず、娯楽を消費してして豚のように餌に食らいつく。
そんな毎日だったからこそ、男はこの世界に満足していた。
それでも不満はあった。
弱者を保護する?
そんな名目。それでいて働けるにも関わらず、そいつらは働かないそんな奴らに募る憎悪。
在日特権に外国人優遇ばかり。
そんな政府に毒を吐きつつ、ずっと働き続けた。
働かずとも、金を貰える人間は狡い。しかし、男は黙って働いた。
一生懸命になって、仕事に励み気が付けば三十台のおっさん。
バブルなんて物はなかったし、厳しい雇用情勢の前には非正規雇用となるしかなかった。
働けど、手取りは七、八万。これでは、どうやっても結婚などできない。
男の周囲では、顔がそこそこ良い者以外で結婚できた人間はほぼ居なかった。
そうして、ぐずぐずとしている内に四十、五十となっていくのは目に見えている。
男は、それでもいいのである。
であるが、故に男の両親には申し訳なさで一杯であった。
育てて貰って、子孫も残せないのだ。男には、後悔と無念ばかりが去来し懐は少ない金しかない。
世間でいう処のワープアという奴である。
しかし、だからといって誰かを恨んだり犯罪者に成る程落ちぶれてもいない。
これが、男の置かれていた境遇だった。
努力しろと世間は、言う。だが、会社で努力しようとも親会社の下請けではどうにもならないのだ。
そんな現実を知るには、何もかもが遅すぎた。
会社の仕事は、成果を上げようとも時間給が決まっており、まるで上がらない。
全て上層部に吸い取られるだけである。
それでも、そこにしがみ付くしかないのが底辺たるゆえんだっただろう。
糞ったれな国だった。
だが、それでもマシなほうであるから。このまま弱者として滅んでいくのも悪くない。
そう覚悟していたのであるが。
「ん。目を覚ましたかタナカ大尉」
恥ずかしい話であるが、タナカは白昼夢を見ていたようである。
男の階級を呼んだのは、同じ異世界人である処の上官であった。
上官ながら、丁寧な物腰と柔らかな言い回しが独特な雰囲気を持っている。堅苦しいのが軍隊というモノの性質で、次いでに周囲にいる人間は少なくない。
軍帽の下で若干の寝汗を額に感じ、タナカはハンカチを取り出すとそれをふき取り、
「はい、少々悪い夢を見ましたよ」
「そうか。もう少しで、目標の上空だ。作戦は、糧秣を焼く事と敵方の大将を始末する事だ。しかし、作戦失敗とみればすぐに脱出したまえ。今回乗る君の新型は、空中制動が若干効く。加えて、実戦でのデータを収集する事も鑑みれば即退却も有りだ」
「少佐。それで、宜しいのですか。重要な戦略目標なのでしょう? ここは」
眼下に広がる大地には、それを覆う木々が生い茂っている。どこまでも広がるそれを見つめながら飛ぶのは、少数を運ぶH-01型。現地人の魔術師と日本人の技師による合作、異世界初の垂直離陸型の戦闘機であった。両翼に取り付けられたタービン型のエンジンと魔術による慣性制御により、鈍重な見た目とは裏腹に滑走路なしで飛行することができる。
葉巻を咥えていた少佐が、それをぽんぽんと灰皿に叩く。
「そうだ。だが、敵が無力な羊ではない。それは、ハイデルベルで生き残った兵からも聞き及んでいるとおもうが?」
そう、ハイデルベルという小国で帝国は無惨な最後を遂げた兵士は多い。帝国百万の兵と言えども、実質的には予備役も数えている為、水増ししているのが現状だ。そして、丸々三万近い兵を失う敗北などそうざらにはなかった。更には、帝国の精鋭とも言われる忍者たちの壊滅的打撃により、帝国の諜報網はズタズタになっている。
そこでタナカのような人間にまでお呼びがかかったという訳である。
今回動員された鉄騎兵は五体。その内の一体がタナカの乗る新型だ。門外漢である為に、タナカには詳しい原理はわからないのである。だが、疑似魔術炉を動力源とした機体に重力制御機能を持たせたらしい。空中での機動をさせるための実験機らしいのだが、空中戦は元からいる兵種に勝てないのではと及び腰になっている。
それを以ってしても、王国側の上級騎士を相手にするのはタナカですら疑問で、
「あれは王国側の神族が出てきたという話ですが。本当にいるんですかねえ、神さまなんて。嘘くさい話ですよ」
「確かにな。だが、それならば一体どうやって魔術なんていう幻想を信じろというのだ? 実際に傷が回復魔術で塞がる様を見れば、神も悪魔も居るというのを信じるしかあるまい」
「だとすると、俺たちの帝国には神様はいないんですかい?」
少佐と呼ばれた男は、鷹のような双眼を細めると前方を凝視する。ゆったりとした煙を吐き、その輪っかを見つめるタナカの横顔に視線を移動させ、
「いるさ。我が国にある聖光教会とその唯一神の代行者である皇帝がな。あれをあがめるには、難儀だ。が、それでも上層部は謳っているだろう。皇帝こそが、神のいとし子であり救世主なのだと。見た目が、高齢すぎてとてもそうは見えんがね」
「しかし、それでも崇めるしかないんですよねえ。次の皇帝を目されていたウィル様は失墜されるんですか?」
「どうだろうな。再度攻撃を目論んでいるらしいが、ハイデルベルの、あの戦いで使い物にならなくなった兵が余りにも多い。そしてハイランド軍が、これまで通り唯唯諾諾と従うか。そこら辺が不透明だしな。つまりは、ここでこうしてちょっかいかけている場合じゃなくなりつつある。さて、どうする? というのが俺の意見だ。が、これは内密に頼むぞ」
頷くタナカは、上司である男には逆らえない。数年の付き合いであるが、その又上にいる上司大佐にもよくしてもらっていた。そもそも、弱肉強食でいく帝国にはタナカの居心地はいい。わかり易い程に、暴力が優れた人間が上に立つ。そして、日本人は異世界人と呼ばれるのであるが、その技術力と知力は原住民である帝国の民を遥かに凌ぐ。
欠点としては、帝国に居る異世界人である日本人は魔力を持たない者が多いのである。
しかし、末端の兵であるタナカは魔力を持たないという日本人の中では考えられない程の魔力を持つ。
目標地点に近づいたタナカが鉄騎兵のコックピットに座り、魔力を鋼鉄の機体に流し込む。本来であれば、魔力水に込められた魔力を魔導エンジンが吸い出す。そういう仕組みになっているとタナカは聞き及んでいるのだ。しかし、タナカの機体は魔導コアと呼ばれる水晶にも似た核石を使うタイプだった。
他の日本人と違い、タナカにはかなりの魔力を有している事が検査でわかった為だ。
高高度からの爆撃で様子を見るというのが、初期の作戦である。そして、それを可能とするための重量物を運ぶ垂直離陸機であった。高度を保って爆撃した後、制圧を図る。というのであるが、敵の出方次第では退却するというのに及び腰になっている司令部の精神状態が見えるのだった。
―――たかだか未開の土人に、この体たらく。
魔力を有するレアな人間を失う事に、珍しいほどの腰の引けぶりである。とタナカは、思う。実際問題、この艦に搭載されている鉄騎兵の数は三機。五機積む変わりに爆弾を搭載したコンテナを腹に抱えての出勤である。
残りの二体は、基地に置いてきた。
そして、タナカは少佐の所まで戻る。
大抵の国、もしくは攻撃対象であればこれでも過剰な戦力なのだ。鉄騎兵一体で、生身の兵士であれば百であろうが掃討する事が可能である。タナカのような魔力を持つ人間が軍人として訓練を受けた場合、帝国軍にいるセプテンダーズに匹敵するだけの能力を有すると自認していた。
タナカ自身は、セプテントリオンとも言われる化け物どもと一緒に訓練をした事もあるエリートという評価なのであった。
しかし、
「目標とは違う? 高密度の魔力反応を確認。少佐、全力で回避運動をっ!」
「何だとっ。操舵手、回避運動だ。少し早いが爆撃の準備に移行するっ」
「「了解っ」」
全員の返事を聞きタナカは、魔力シールドを張る魔術師たちに向けて指示を飛ばす。
「全員、下方に向けてシールドを展開だ。少佐。爆撃は諦めて離脱しましょう。このままでは、艦を打ち抜かれます」
「何だと。下方に向けたシールドに穴を開けることは、できないのか?」
「わかりました。シールドの展開を後方下面にしつつ、砲撃手は後方から爆撃を行うのように」
これは、賭けであった。敵が一瞬で高高度までテレポートを行ってくる相手であれば、タナカたちの乗る輸送機は空の藻屑となって地上に降り注ぐ。腹には収束型の爆弾と鉄騎兵を抱えている為に鈍重な動きである。
加えて、敵の放ってくる攻撃は、
「光学レーザーだと? そんな馬鹿なっ」
「少佐。落ち着いてください。こちらで展開している魔力シールドのおかげで撃墜は防げておりますが、そう長くはもちません」
敵の放ってくる光線型の魔術は、着弾までが零秒に限りなく近い。雲一つない高空では、敵の航空戦力を気にしないでいい代りに魔術での狙い撃ちには無力であった。魔力によるシールド形成器を動かしている魔術師たちの顔色が段々と土気色に変わり、今やタナカ単独でシールドを作っている有様。
「爆撃を開始します。3,2,1、投下っ」
「よし。全力で退避だっ。大尉、大丈夫か?」
爆弾を投下したオペレーターとそれに合わせて少佐が退避の命令を下す。
それに頷く操舵手。少佐はタナカに気遣いの声をかけるのだが。
「大丈夫に見えますか。少佐、もう限界が近いです。敵は一体何人いるんですか」
「負担をかけてすまん。やはり、セプテントリオン級でなければどうにもならんなあ。本国には、追って連絡をしよう」
―――阿保が。もう破られそうなんだよ。こっちは。
投下した爆雷の行方を他所に、タナカは一撃で八割近いゲージを持っていかれる有様にショックを隠せない。光線型の魔術がシールドに直撃する度に意識が遠のくのだ。タナカが全力でシールドに魔力を込めているが、ここに敵が空中戦を迫ってくれば死ぬしかなかった。
そんな状態であるのだが更に、
「目標に、着弾・・・・・・えっ。駄目です。目標上空で拡散型、収束型爆弾は共に何かに阻まれました」
「何だと。効果なしか。データは採れているな? 高度をあげつつ、撤退するっ」
「「了解っ」」
オペレーターである女性の声に、少佐が指示を飛ばす。
タナカたち帝国軍はゴブリンたちの援軍であるが、効果の程はまるで意味をなさなかった。そして、直下から魔力の反応が見られる。カーゴタイプとはいえ、この機体には時速八百kmほどの速力を出す事が出来のだが。
その魔力反応は、
「少佐。直下から魔狼の反応パターンを確認。急速に、本機へと接近しています」
「振り切れ。煙幕弾を用意。わさびに唐辛子を混ぜのだ。急げよっ」
科学技術班が苦し紛れに作ったとしか考えられない。
しかしながら少佐は、本気で効果があると信じている様子であった。
それに、タナカが疑問を投げかける。
「それを対策用として用意してあるなんて、効果あるんですか」
「ある。あると信じたい。古来から、鼻の利く相手には絶大な威力があるんだぞ。これは、ギャグではない本気だからな。スケープゴートになりたくなければ、こういうモノにでもすがるしかないだろうよ」
「そうですねえ」
とはいえ、逃げ切れるかどうか怪しい速度で下方から迫って来る相手にタナカも握り絞めた手から汗が噴き出ている。追いつかれれば、鉄騎兵で対応するしかない。そう覚悟を決めるのだが、帰りを待ってくれている恋人の存在が脳裏に去来し心臓の音が鳴るのを耳する。
「む。どうやら、引き離せそうだな」
「本当ですか?」
「こんな所で撃墜されては、たまらんからな。正直言って、この航空機は遥かに金のかかった特殊な機体なのだよ。君の存在も大きいのだがね。私も魔狼セリアの相手を一個中隊、艦船一機だけでやろうとは思っていない。少なく見積もっても、セプテントリオンを出すべきだ。しかし、彼彼女らは独立した指揮系統にあるのが痛いな」
縦横無人に戦場を駆けまわる彼らには、皇帝と言えど命令を下せない。『だが、断る』と言う事ができるほどの戦力なのだ。基本的には、国内に攻め入る相手からの防衛には参戦するのだが。現在七人いる彼ら彼女ら七つ星を侵略戦争に狩り出すには、強い動機が必要である。
その下にいるセプテンダーズを借り受ける事が出来るが、これまた余程の金でも積まない限り動かない。そして、今日のような攻撃は無謀とも言えるものであった。言うなればセプテントリオンの頂点に立つような相手に、下っ端が勝負を挑むような物である。
だからこそ、タナカの心は騒めいたのだ。
が、高高度の戦いはタナカにとって未知数。まともにやりあえば、一瞬で鉄くずとなる可能性の方が高い。タナカは、魔狼セリアと目される魔力の反応パターンが下がっていく事に安堵の息を漏らした。戦うなら、地上で足の着いている方がいいのだ。
本来であれば、同僚を連れている筈であるが一人できているのも金の為だった。もしかしたら、と予想していたタナカである。後方へと距離が離れていく相手の魔力値には、絶望的な差がある。隠していても内包する魔力の量を図る計測器は、上限を振り切っていた。
地上からの魔力の反応も治まっており、タナカたちの乗る叢雲丸に対する攻撃が止んでいる。とはいえ、回復の見込みがない魔術師たちに変わり前方へのシールドまでの状態を維持するのにはタナカと言えど、難儀だった。
見えない雲型の魔術攻撃や浮遊させた石ころによる妨害は、速度を取る飛行船や飛行機にとって絶大なダメージとなる。だからこその防御シールドであり、魔術師たちだ。飛行機が開発された当初からの問題であり、余程の馬鹿でもない限りはこの問題を無視できない。ワイバーンに乗る騎士や魔獣に乗る騎士、そういった人間が居れば当然ながらそれらにも気が付く。
そんな中で帝国軍が開発しているのは、ミサイルなのだ。長距離攻撃を可能とする現代兵器の粋を集めたそれがあれば、王国とてなにするものか。そういう科学者もいるのであるが。タナカとしては、疑問である。撃てば、本格的に王国と戦争になるのだ。そうなれば、魔術による攻撃が来るだろう事は必至である。
セプテントリオンの頂点に立つ人間を知るタナカとしては、科学が万能だとは思わない。どちらかといえば、気合いでどうにかなってしまう魔術の方が厄介であり、存在そのものが幻想だ。その魔術は、見える部分よりも見えないモノがより重要視される世界である。
とはいえ、科学信仰の強い現代に生きるタナカは、現代での魔術を見た事はない。
科学技術の発達した現代に生きる魔術師が、こちらの世界に兵士として送り込まれる。そういう話もあるのだが、そのセプテントリオンと戦った場合どうなるのか。結果は、一秒と持たずに魔術師は肉塊に変わった。そもそもが、こちらとあちらの世界では魔術の構成が違う。
向こうでは強力な魔術師であった筈の人間は、こちらの世界ではまさに赤子のように下される。逆にこちらの魔術師があちらに転移すると、神の如き力を得るのは一体どうしてなのか。タナカにもわからない事であるが、一つの仮説を得ていた。
こちらには、未だに神なる者が存在する事。そして、機械文明が殆ど衰退する事だ。
前者は、未だに会った事がないのである。確信を持てないのではあるが、奇跡というモノを目の当たりにしては信じる以外にない。戦場で二つに裂けた腕を外科医術無しに、青い光が緑の光が傷をくっつける等。現代の日本に戻ったとして、それを吹聴しても頭がおかしくなった程度に見られるのがオチだ。
「(やるだけは、やるが。追いつかれたら死ぬってのもスリリングな展開だよなあ)」
上下左右の回避運動を行う機体に、衝撃が走る。
隣に居た筈の少佐の姿が、後方へと移動していった。艦に何かがあったのかもしれないが、タナカは手一杯である。状況を確認しにいく暇はなかった。
そんなタナカたちを追うセリアは、不意に撒かれた刺激物に苦しんでいた。不覚にも、煙の中に突入するという進路に巻かれた煙幕とは別のモノに引っかかる。
空を駆ける騎士が居ないのは、仕方のない事だ。帝国のように王国では空中騎兵を揃えてはいない。特に、アーバインの騎士団には馬を駆る騎士はいても魔獣を飼ったりする兵種を揃えるだけの軍資金が乏しかった。とはいえ、シャルロッテから貸し出された竜騎兵の数は二百ほど居る。
後続の方を見たセリアは、速度のでない騎士たちに苛立ちを覚え、次いで遠ざかる相手に歯噛みした。ユウタであれば、逃がさない所だったかもしれないのだ。こめかみに青筋を立てたセリアは、戻る事にする。
赤い信号弾を魔術で以って打ち上げた。上昇してくる兵たちといえど、せいぜい千位までの高度にしかこれない。誰もがセリアのように砲弾の如き機動ができるわけではないのだが―――
―――相手は、戻ってはこないか。
地上に降りていくと、セリアを出迎えるように雪城やルナといったメンバーが揃っていた。
「首尾はどうだったのじゃ? その様子では、逃げられたかんじじゃのお」
「そうだな。誰かさんは、古の妖怪。その血を引く一族だというのに空も飛べない落ちこぼれのようだしな。使えないやつだ」
「そんな言い方はないじゃろう。泣くぞ妾」
「ふ。だったら、言い回しには気をつける事だ。こちらに降下せずに、逃げるとはな。少なくとも思い切りのいい指揮官だったようだ」
そんな浮かない表情を見せたセリアにルナが手ぬぐいを寄越し、
「まあいいじゃないの。お茶にしましょう」
「しかし、これからユウタの援護にいかなければならないのですが」
「うう、セリアがわたしとお茶をしてくれないのっ」
ルナがいじけた様子を見せるので、セリアは困った。一刻も早くユウタの元へ戻らねばならないのであるが、ルナがヘソを曲げると後が長い事になる。セリアの戻ってきて、次々と竜騎兵たちが上空からおりてきた。
「わかりました。でも、少しですよ」
「よかった。それじゃあ行きましょう」
セリアは、ルナに腕を引っ張られる恰好で連れていかれる。結界の魔術を使用している筈であり、そんな風には見えないがルナは巫女としては一流以上の性能を誇る。主にそれが月の女神による気まぐれでそんな能力を身に着けたのか。そこは疑問符がつくのであるが。
軍師としては、才能が凡そ無いのである。しかし、取る戦略は間違いではない。つまりは正攻法を選択するだけの生真面目な部分が強く出る為に、戦力不足であると無能のイメージが付き纏う。
とはいえ、どこまでも無能かといえばそうではなく。
帝国軍と思しき飛行機に併せてゴブリンたちが、奇襲を行う為に同時に送り込んだ兵。これはと言えばレオたちが片付けている。悪くはない手であったが、数が少なすぎた。尚且つ、セリアと雪城の鼻からは逃れられない。
「それで、まだこっちには戻らないのかしら」
「はい。今しばらくは時間がかかると思われます」
「何なら私がユウタくんと話をつけてもいいのよ?」
「それは止めた方が宜しいかと、またアルーシュ様とこじれますよ」
「私、あの子嫌いだもーん。なんでもかんでも自分のモノにしようだなんて傲慢にも程があるわよ」
「はあ」
セリアは、またしても困った。眉と眉をくっつけるのであるが。それを他所にルナは上機嫌。
このままでは、援軍に行くどころか雪城に責められかねないのである。事実、後ろに立つ雪城の白い顔はにやにやとした気持ちの悪い笑みを見せていた。誰もいなければ、振り返りざまに腹パンを決めるつもりなのだがそうもいかない。ルナが隣で話を振るのである。切れ間の見えない話と割り込みの難しさには、雪城の援護も期待できない。
むしろ、遅れてセリアがユウタに叱責されるのを望んでいる様子であった。
結局、そのままお茶を一時間もする事になり、レオがやってきてようやく話が止まったのである。
「あの、セリアさん。ルナ様がご迷惑をおかけしました」
「ん。いや、いいんだが・・・・・・そのルナ様はこのようによくしゃべる方だったかなとな。もう少し言葉を選ぶ人だったような気がするのだ」
「いえ? ルナ様は昔からこうですよ。明るく気配りがきいて、一流の巫女様です。セリア様も知っておられるでしょう?」
ああ。と首を縦に振るセリアは、しかしどこか何かが変わっている印象を強く受けた。そして、今話をするレオだ。この少年には、果たしてここまでの指揮能力があったのかと思える程の采配でゴブリンシーフたちを倒した。水を漏らさぬ手際の良さである。というのも周囲の塀となる部分からではなく、わざと正門を開け放つ。
そうして、中に敵兵を誘い込んでの殲滅するやり方には、セリアにしても大胆さを覚える程であった。
無論、失敗していれば責任を追及されるであろうやり方なのである。成功すれば功を評価され、失敗すれば無能と罵られるのは何処の世界でも同じであった。セリアが追及されないのは、一つはルナの寵愛という点もあるのである。が、それを置いてもセリアと同じ速度で敵を追いかけられる魔術師、或いは飛行系の魔獣に乗る兵士が居ない点だ。
異世界人が開発しているという乗り物には、怖気しか感じないセリア。しかし、その戦闘力だけを見れば脅威の一言だ。伝え聞く爆弾でも最大級のモノであれば、一つの都市を焼き尽くし吹き飛ばすという。それを如何にして防ぐかが、今後の問題となる。
レオが包みを渡してくる。
それを受け取って、セリアと雪城は走りだした。
セリアは、隣を走る白い毛に狐耳を生やした少女に問いを放つ。
「雪城は、アトミックボムというのを聞いた事はあるか?」
「んー? んー。あれじゃろ、異世界人の爆弾じゃったかのう。こちらの世界では、使用が遠い昔に禁じられたとか聞いた事があるのう。それがどうかしたのかえ」
「うむ。いやなに。連中が、それを使いだしたら神々はどうされるのかとな」
雪城は、セリアの方をじっと見つめる。そして、首を掻き切る動作をみせた。
「どうもこうもないじゃろうて。あれは、人の、動物の、モンスターの一切を狂わせる禁断の兵器じゃ。使っては全てを敵に回す事必定じゃて。降ってきたのは、かなりの威力を秘めた爆弾じゃったがの。月の巫女様が張る結界だけに、一等硬かったの」
「そうだな。だが、そうであるが故に知らずに使う可能性が無きにしも非ずという。そんな気がするのだが」
手を振る雪城は、それを否定するように首を振った。
「とはいえじゃな。相手にも理性という奴があるじゃろ。セプテントリオンとかいうたかの」
「奴らは、強敵だ。が、攻めていかない限りはこちらには来ないだろう。しかし、不味いな。ユウタたちは、どこまで進んだのだろうか」
セリアたち二人が戻ったのは、元の戦場なのだ。しかし、そこには騎士団の姿が見える。或いは、死体から剥ぎ取る死体漁りたちの姿だ。実力がないためにハイエナ行為に走っている。それを汚いモノでも見てしまったという表情を浮かべる雪城。
そのハイエナたちを飼っているのは、実に騎士団であり冒険者ギルドなのである。
後続の補給と傷ついた冒険者たちの手当てを行う傍らで、そのような事をやる集団を引き入れていた。
全ては金の為だ。
―――金金金。
セリアも苦心した金策である。ほいほいと遺跡から金目の物がとれればいいのであるが、さりとて攻略が進んだ遺跡や迷宮から得た大金になるようなモノはもう手元にはない。単独でボスに挑む事もあるが、そうして得た金もセリアの抱える問題からすれば微々たるモノだった。
世の中は、力と金が全てだ。
いつか誰かに言われたセリフがセリアの脳裏に木霊する。そうではない。そうではないんだと、セリアは否定するのであったが。それも、昔の話である。今やセリアはかつて嫌った筈の男に奴隷として使える身分になった。
かつては嫌い、今ではどちらかと言えば―――好き。
その分類に入る男は、大丈夫なのだろうか。今までは、そんな事すら考えなかったのである。
だから、セリアはそんな自身がおかしい事に気が付くのだ。そのおかしさが何処なのかわからないのであるが。
堂々巡りである。
そうして、そんな光景を他所にセリアたちが進んだ先で見たのは―――
地面に座り込み俯くユウタの姿だった。