129話 ゴブリン討伐2
「な。何を言っているんだ?」
「ユークリウッドの妹の事だろう? 彼女は栄養失調で死んだ・・・・・・いやアルブレストの城に引きこもっている。ん? どういう事だ。現実を事象を書き換えている奴がいるのか。何か・・・・・・変だな。ユウタ、お前何かしたのか?」
「いや、何ってそのな」
言葉遣いがおかしい。そして、生きていた筈のシャルロッテが死んだ事になっているのはユウタにとって有りえない事である。そもそも、セリアはユーウを嫌っていた節があるのである。それがどうしてこのような位置で、厳しい声を出すような関係になっているのか。これでは、「私の嫁だ」状態である。ご主人様といっていた筈なのに、今では対等のように接していた。むしろ、他の女がよれば排除する勢いでユウタにせっつく。
―――いや、おかしいのはセリア。君だ。
等とは、言えない。敵の動きをいち早く察知したユウタは、セリアを後方へと送り出す際にシャルロッテについて聞いてみたのだが。何かしら、過去が変わっている様子であった。妹が死んでいるなど断じて認める事は出来ない。ひょっとするとであるが、過去を変えるためにユーウや爺は出て来てそして消えたのか? ユウタにはそんな思いで昨日の夢をもう一度視る覚悟を決めていた。
震える手と足は、今にも横に衝撃で倒れそうである。それを感じとったDDがユウタの顔をペロペロと舐めるのであった。一人と一匹は、雪城とセリアを転移門で送りながら前線へと視線を戻す。
『んっと。大丈夫かい?』
「(いや、見てわかるくらいには大丈夫じゃない。今にも衝撃で倒れそうだ)」
『まあ、そうだよねー。まさかお父さんも妹も死んじゃってて、それがユークリウッドのヘタレる原因になるなんて誰でも想像つく事なんだけどね。と言う訳で、僕と運命の再会をしたんだけど。どうだった? 最初はあれ飢饉に襲われた挙句に食い物が無くて、兄弟も妹も餓死するっていう悲惨な話だったみたいだよ?』
「(何だと? それじゃあ、俺があそこで水田を作っているのは意味がなかったのか? いや、だからこと変わったというべきなのか)」
『ふふ。そうだね。何も変わらない訳じゃあないってこと。確実に、違っているよ。箱の中を確定させる為には、こっそり覗くのが一番だし。いやーボクもメンターとしての仕事がはかどるよ。あっそうそうこの局面においてだって、蜥蜴と雪城が居るおかげで大分戦果が違っている訳だし。何より火竜がいるから前線押しまくりでしょ。ボクってもっと褒められてもいいと思うんだよね。えへへ』
ヒヨコなDDの言う通りであった。前線では、新たな奴隷として加えてこき使っている三人が活躍をしているおかげでユウタ自身は力を温存できる。かつ、非常に楽であった。後方に回った二人の伺うと、三対二でありこれが三対一であればまたどうなったのか分からない状況のようである。
前へ出ようとしたゴブリン側の出鼻を挫き、逆に押し込んでいる状況にユウタも満足した表情だ。黄色いヒヨコを撫でながら、ユウタは回復の魔術を蜥蜴たちにかけていく。
「(もしかして、この日の為に蜥蜴のフィールドをあそこに敷いたんじゃないだろうな)」
ユウタは、疑問が洞から零れ落ちてくる。
『あっ。やっぱり、わかっちゃうかな。その通りさ。だって、ゴブリン軍の内二千とかでも村にこられたらまーたユウタが覚醒しちゃって世界が滅んじゃうからね。それを防ぐ為に、コボルトを操ってあそこに仕掛けさせた訳。わかっちゃうとなんてことはないんだけどさ。あと、この蜥蜴たちはユウタの迷宮にでも住まわせておけば箔がついていいんじゃないかなあ。すぐ逃げるように、命令しておけば冒険者に倒される事もないしさ』
「(そうだな。こんなデカ物を森に置いておいたら、狩られるよなあ)」
ユウタとしては、もう増えた奴隷の食費だけで一杯一杯であった。単純に、四人も増えた。内何人か売り払う事を考えていたのだが・・・・・・。一体どれだけの値段がつくのか。ユウタには、とても想像がしがたい。敵として出てくる女は、殺すよりも捕獲して奴隷として売り飛ばすのがいいと考えていたのである。しかし、そうだとしてもユウタには捨て猫を売り飛ばす事は選択しがたい。
どこかへいくならば、放って置くのも手であったし。反逆をしてくるなら、その時に対処すればいい。ユウタは、美人に可愛い子が大好きなのだ。放っておくと、周囲の苛めやら何やらで性格が変貌していく現代人を何人も見てきただけに。
火竜として変化する事は、禁じてあるドス子の素手による攻撃だが殴られたゴブリンは果実のように弾け飛んでいる。盾を構えているなら、盾ごとであった。加えて、魔術師タイプのゴブリンから集中砲火を貰うのであるが、一向に効いていない様子であった。
『あれが、何なのか知りたいって顔しているよね~』
「(なんなんだよあれ。周りの冒険者たちもドン引きしているぞ。まるで移動要塞だよ。人化した戦車というべきなのか。盾で防いで槍で突くっていうゴブリンの戦術を無視しているし。兎に角、まともに相手をしていたらあの世に行っていたな)」
『そうだよね。でも、ユウタに限ってはそれはないかなあ。で、あれが何なのかは今は教えられないね』
「(そうか。ま、シールドのようなそんな感じなのを肉体にかけているんだろうけどそれにしたって防御力有り過ぎる。あれで防具を装備したりした日には、手がつけれないな)」
しかし、防具も溶けそうな勢いで熱がでているのであろうか。服が溶けないのが不思議な点であった。触れる武器を泥のようにしながら、竜人はゴブリンを捕まえては投げている。ボウリングの球替わりに使われる相手には逃げろと言いたくなるが。
それでは、決着がつかないのだ。ここで、ゴブリンの群を粉砕しておく必要があった。
前線をひたすら押し上げるユウタたちの隊は、中央のゴブリンを駆逐し始めている。後方へと見えなくなったゴブリンキングは、撤退をしているのか姿が見えない。ユウタは、ゴブリン側の右翼もまた崩壊し始めているのに気が付く。
「(やっと崩れたのか。もう昼も近いぞ)」
『あはは。普通は、こんなもんだよ。ハイデルベルだっけ。単騎で敵陣に飛び込んでいくなんて、普通ないからね。本当に』
「(反省している)」
『ちゃっちゃと片付けたいっていう気持ちは、わかるんだけどねえ。偶々、というかアルーシュが見ていたから良かったものの。あれで、鎧化を剥ぎ取られて死んでいたらどうする気だったのさ。くどくどと説教するけど、無茶が過ぎると死ぬよ? ユウタはあれで戦争も片が付いたなんて考えている節が見受けられるけどさあ』
「(勇者とかいうのは、倒したし。敵の主戦力は降ったろ? それでもまだ片付かない?)」
奴隷にした二人の魔女が乗る蜥蜴が何度も突撃を仕掛けている。その度に、ゴブリンたちの絶叫が戦場に木霊していた。
『アルル。彼女の率いている軍の相手とか、調べた? 後、帝国軍とハイランド軍を叩いたといっても、講和を結んだり休戦条約を締結したりしていないからね。そこを取り違えているから後ろを取られて攻撃を受けると不味いかもしれないよ。それに、倒して終わるくらい簡単な相手だといいけどさ』
「(そこまで考え出すと、あのゴブリンキングを逃がしてしまったのは悪手だった。ミハイルとかいう野郎の頭を割ってしまいたいくらいだ)」
『後悔するくらいなら、手加減抜きで前線に立つのも悪くなかったかもねえ。でもまあ、あまりに目立つと良くないよ。結局の所、格闘やら近接戦闘が出来るといっても、君は特殊な防御能力がある訳でも回避力がある訳でもない魔力タンク型だからね』
そこまで、話すとユウタは弓を構えて弦を震わせた。放たれる矢は、見事にゴブリンの頭部を刺し貫く。矢継ぎ早に繰り出される援護に、前線の押上げも早まっていった。魔女たちの姿が大分遠いのである。魔力タンクといっても、魔力を周囲の人間に渡せるわけではない。スキルは使いたい放題なのだが。それもセリアやドス子の方が遥かに上をいくスキルの様である。
何度も変身してその具合を確かめたいのであるが、ハイデルベルで戦ったような窮地でもない。複雑な感情と思考がぐるぐると、ユウタの中で渦巻いていた。
そこにミハイルの声が響き、
「4番隊は、さらに右翼を支援するぞ。横合いから切り崩しを狙うっ」
ミハイルの言葉に、ユウタたちも移動を開始する。前衛で砲台と化している二人の魔女とドス子が方向を転換するように指示を送るのだが。
「(主。どういう事なのだ。このまま突進した方が相手に打撃を与えられるのではないか?)」
「(かもしれないが・・・・・・右翼の支援をして切り崩しを図るのもいいだろう。全体として追撃を図るという事だよ。左翼の突出が気になるけど中央が崩れて全体が下がっているゴブリン側に止めを刺そうって腹なんだろう。どっちも間違いじゃないが、今は右翼に行ってくれ)」
「(わかったのだ。しかし、ゴブリンは不味いのだ・・・・・・)」
「(人前で、食うなよ? 帰ったら魔力肉を作ってやるから、な。周りと動きを合わせてくれよな)」
一際目立つ赤い頭の女が手を振って応える。遠目でも目立つそれに、ユウタは苦笑を漏らした。二人の魔女は、上手い事にドス子を支援しているのである。安心出来る支援魔術にユウタも一しきり弓での攻撃をして崩壊するゴブリンたちの軍勢を見守った。
そして、後方へと飛ばしたセリアたち二人である。
「(のう。お前さんは騎士なんじゃろ。このような不意打ちは良いのか?)」
「(馬鹿め。目には目を歯には歯をだ。特攻という名の暗殺者を待ち構える事の何処が悪いのだ。騎士ならば、正々堂々の名乗りを上げるべきなのだがな。今回の任務はルナ様を守る事にある。よって、そこら辺の矜持はどこかに捨てる事にした。それよりも、敵を逃がすなよ? 足を引っ張りなぞしたら、平手打ちではすまさん)」
「(わかっているのじゃ。ただ、お前さんらしからぬ態度ではないかと、のう)」
ユウタが居れば、このような態度は諌められたかもしれない。しかし、セリアにとってルナはアルーシュは別として、ユウタに次いで大事な人間である。主に、月神の加護を受ける巫女だからという理由が多分にあると自らに言い訳をするのであるが。
血塗れになっている自身の身体を小奇麗にしつつ、ランスをしまう。
「(味方の騎士団は、待機という事なのかの)」
「(当たり前だ。この場合、糧秣が重要になる。戦力は、冒険者たちで十分だと判断したのだろう。前線で指揮をとる将は、マーク殿とガイだ。ルナ様の護衛がレオとアドルでは心元ない)」
勝ち戦に浮かれて、兵糧を焼かれたりすれば士気にかかわる。幾ら時間をかけて建造中の施設とはいえだ。簡素な造りを実際に人が住んだりするには、時間が掛かる物である。セリアたちが待機しているのは、城壁の部分なのであった。そこには、当然見張りがいるのであるが、セリアの顔を見知った兵士は敬礼をして通過していく。
「あれは、誰じゃろうか。味方の騎士のようじゃが・・・・・・知り合いかえ?」
ここにきて隠すでもない声を出す狐耳の少女にセリアは、
「あれか。レオだな。ルナ様の側近でもある騎士だが、少し緊張感がないのではないか」
見れば、小柄な少年騎士が走り寄ってくるのである。当然ながら、セリアたちは気配を隠すのを止めていた。周囲には、敵が来る気配も匂いもしないのだ。だが、二手に分かれて探索をするなと言われている為に周囲の探知がおろそかになっている。とはいえ、後方に潜り込んでの特攻なのである上に城壁五m程度あり、忍び込むには忍者でもなければ無理である。
そして、少数の忍者であればセリアとしても心配には及ばないのだ。多少腕の差があったとしても、五百を超える兵と付随する騎士がいては手も足もでない。ユウタのような何でも出来る兵など、そうそう居るものではないのだ。
ユウタがセリアの事を大分高く評価するように、セリアもまたユウタの事を過小に評価したりはしない。何でも出来るという事は、弱点が無いという事である。つまり、この様に敵の特攻兵を感じ取り対処に味方を待機させるくらいの気配りが出来てほしいのだが。
レオは、にこにこ顔でセリアたちの所へ現れた。
「お疲れ様です。セリアさん。そちらの方はどなたなのですか」
「ユウタの奴隷・・・・・・四号だ。腕は立つが、頭が少々緩いのが難点だ」
「酷いじゃろ、それ。お主だって、敵がどこから来るのか掴めていない癖に」
ふん、と鼻を鳴らしたセリアは指を左右に振り雪城を窘める。
「だから、想像力が足りないのだよ。左右からくるなら前後からくるなら、それはそれで問題なく対処できる。では、質問だ。ユウタの空間魔術でわかる事で、私たちの鼻や耳でとらえきれないモノといえばなんだ?」
「それは、あれじゃろ。ん・・・・・・土竜かえ? いや、それなら微かな振動音が聞こえてきてもおかしくないのう。であれば・・・・・・」
「そうだ。空から来る可能性が非常に高い。敵が帝国と繋がっている可能性については、雪城も知らないだろうから把握しずらいだろうが。敵が、鋼鉄の飛行船かそれに似た乗り物で来るとなると厄介だ」
腕を組んで、空を見上げる三人の目には何も映らないのである。が、来る時は短時間で現れる為油断ができない。アルーシュが率いる黒騎士団がハイデルベルで大打撃をこうむったのも目新しい出来事である。ミッドガルドでも精鋭と呼ばれる騎士団だけに、半壊した状態になったのは騎士たちの間に衝撃を与えていた。
「わかりました。では、全員に魔法銀と魔術で強化した武装を用意させます。あと、セリアさんにはルナ様の所に顔を出してはくれませんか。お茶とお菓子を用意して待っておられます」
「そんな時間は、あるのかえ?」
「あるようでないのだが。どの道、直上からの爆撃であればルナ様が張る結界を支援した方が効率的だ。つまり、傍で警護していた方がいい」
「それでは、僕は他の団員に指示を出してきますので」
セリアは、レオが小走りで駆けていくのを見てから狐耳の白い頭をした少女に問う。
「空中戦は行ける口なのか?」
「空中戦とは、空を飛んで戦えるかという事じゃろうか」
「そうだ。敵が空中騎兵を連れていた場合、こちらもそれを用意してはいないだろう。つまり、上から一方的にやられる危険性がある。私は、空中戦もかなりできるが苦手だ。地に足がない状態が何ともな。ただ、ユウタ以外には負けた事はない。従って、私一人でも数が少なかろうが何とかなるのだが・・・・・・雪城はどうなのだ」
「わ、わらわが空を駆ける妖術を良く使えるかと言えば、駄目じゃ。すまんが、力に成れそうもないのう」
セリアは歩きながら考え込む。状況を鑑みているのだが、敵の戦闘力は未知数。そんな中で手にしている情報は、あまりにも少なかった。敵が鉄騎兵であった場合ならば、むしろセリアの方がスピードで圧倒出来る為有利に立てる。が、それが飛竜に乗った騎兵や天馬からの銃撃をしてくる相手であれば非常に厄介な事になるのだ。
何時の間にか整列した騎士たちから敬礼を受けるセリア。それを見る雪城の表情には複雑そうな物が浮かんでいる。
「お主。なんぞ、ここの者たちと関係があるようじゃな」
「昔世話になった。今は、どうだろうな。今頃は、大慌てで盾とクロスボウを用意している頃だろうが。さて、ついてしまったな」
途中で案内するという兵に連れられてたったのは、小さな小屋だ。
セリアが目の前にしているのは、ルナの性格からすれば意外な程の簡素な建物であった。扉を見るに、一応倹約しているのか木の扉がしつらえてある。表札がつけられており、司令室となっていた。
両脇には護衛の兵が立っている。
それに挨拶をしてドアをノックしながら、
「セリアです。ルナ様は居られますか」
「はーい。まってたわよ」
ドアを開けて中に入るセリアと雪城。外では、異常は見当たらない。中には、アべルと数人の団員たちが談笑をしていた。
「ルナ様。お呼びにより参上いたしましたが、何か御用でも?」
「いえ、特にはないのだけど。今日は、せっかく会えるのだし。セリア分を補給しなくっちゃねって。あれ、セリア怒っているの?」
セリアは、額に手を当てるともやもやした物を感じとる。この様に砕けた物言いをする人であったのか。果たしてそれがどうであったのかわからない。
室内には、質素だが綺麗にしつらえたテーブルにお茶とお菓子が並んでいた。それが茶菓子と呼ばれる団子のような物である事をセリアは思い出している。
「別に怒ってはいません。リラックスするのも良いかと。それでこれは、よく手に入りましたね。私の記憶では、アルブレストの城下でしか作っていない筈ですが」
「そうね。シャルロッテちゃんがばーんと食料や装備品の補給をしてくれたので大助かりなのよね~。ついさっきもアルブレスト閣下が訪れになってね。他の貴族が支援を出し渋っているのに。これで、ゴブリンにも勝ったも同然よ」
アルブレスト閣下、シャルロッテ。セリアは、酷い眩暈に襲われた。
―――そんな人間はいただろうか。
セリアにはわからなくなっているのだ。そして、この違和感にはほかの人間はまるで気が付いていない様子である。小さなとは言えない。それ程の世界に対する干渉を行えば、何処かで歪が噴き出す。
しかし―――
そんなセリアの様子を見たルナが声をかけてくる。と、
同時にセリアの口に茶色な物体を押し込み、
「ねえねえ、聞いているの? このお菓子を食べて元気を出しなさい」
「はむ」
口に押し込まれたヒヨコ型の饅頭は、とても柔らかく美味であった。セリアは口の中に広がる砂糖の甘味を味わいながら、違和感が薄れつつあるのに恐怖した。元からこうであるようにそうであるように世界の改変を成しえる人間など―――
と思考に耽るセリアに、ルナが雪城を指さして花がほころんだような笑顔を浮かべ、
「それはそうと、隣の方は? これまたセリアの妹分みたいに可愛らしい方ね」
「こいつは、雪城といいます。ユウタの奴隷ですよ」
「あらあら、あの方も懲りない方ですよね。こんなに可愛らしいのに」
笑顔を浮かべたルナが手を伸ばそうとするのだが、雪城はセリアの後ろに隠れてしまう。
びくびくっ、と雪城が耳を震わせる様子にセリアも困り顔をする。何故にセリア自身の後ろに隠れるのか。全くの意味不明であるが、当の雪城がルナと追いかけっこをし始めるのだった。
姦しくなってきた様子に、団員たちも微笑ましい雰囲気を出している。セリアもついつい戦場である事を忘れそうになるくらいリラックスした調子で、茶をすすった。
「まだ、戻られる気にはなりませんか」
「ああ。もう手助けはしに来るが、マーク殿、アベル、ガイ、レオで何とかするべきだろう。ユーウについて何かわかった事はあるのかな?」
「はあ。今の処は、行方不明扱いです。ここでユークリウッド殿が行方不明になったのは、事実でしょうし。その後アルブレスト卿が何も言及しないのが、不思議な事ですが・・・・・・」
ふむ。とセリアは呟きを漏らし、熟考に入る。
この違和感はぬぐえない。どこかで、既視感も覚えるのであったが。セリアにしては、さっぱりとしない感覚に戸惑いを覚えるのであった。さりとて、何かがおかしいと周囲に漏らしてみても変わらないのが現実というモノだ。
アルブレスト家の援助があって、初めてこれだけの冒険者たちを集められたと言われれば納得もできる。とすると、この違和感はゴブリンたちに敗北した。そのような絶望的な未来。それを何らかの形で覆した何者かの欠片であったともセリアは考えられた。
であれば、細かい事は不問に伏せよう。そうセリアは思う。何しろルナにとって良い事ずくめなのだ。援軍は大量にきて、貴族の子弟で構成された騎士団のメンバーを温存できるならばそれに越した事はない。大体が、騎士団というのは貴族が箔を付ける為に送り込んでくる事が多くある。
この戦いで多数の犠牲者を騎士団が出していればどうなったか。当然ながら、先の戦いのように叩かれる。貴族たちが荒ぶるのも無理がない犠牲を先には出していた。たとえ、十に満たない犠牲であってもである。その先に何倍もの下士官の兵が死んでいようが、貴族にとっては何の痛痒もないのだ。
とはいえ、貴族たちにも言い分はある。箔を付ける為に多額の援助金を積んで、安全と思われる騎士団に子弟を送っていた。平民の下士官たちには出せない額の援助金。これは、騎士団を運営していく上で必要な物だからだ。
そして、そんな彼らを前にするセリアの表情は翳る。
ソファーに腰を掛ける黒髪の地味な少女がセリアに、
「セリア様が来られたら、もう大丈夫ですよね」
「いや、待て。メリッサ、お前防御魔術の準備は出来ているのか」
「ええ? 敵がここまで来るんですか? 敵襲を知らせる笛もラッパも鳴ってはいませんけど」
そこまで話した少女騎士は、アベルに窘められる。
「メリッサ君。ルナ様の防御結界を当てにせずに、自分たちも警戒を怠るな。という事だよ。いつでも準備だけはしておかないといけないね」
「はーい」
これであったから、以前のセリアならば顔に青筋を立ててどなっていたであろう。
そんなセリアに、アベルは訝しむ。
「おや、叱らないのですね。どうなされたのですか」
「う? まあ、アベルがいう事は言っているのだ。それ程目くじらを立てる必要もない。が、やられるときには一瞬だからな。後悔しないようにしておくべきだぞ」
「なるほど。それは然りですね。とはいえ、どこから敵が来るというので?」
アベルは眼鏡をくいっと上に上げる。
アベルの視線を眼鏡越しに受け止めた。セリアは窓から外を見上げ、
「恐らくは、上からだろう。しかし、地中という線も有りえる。事が相手に不利な時程、大将を暗殺するのは効果的だから。ルナ様の顔がわからねばできないじゃないか。という話も出来るが、帝国が絡んでいればあっさりとルナ様の位置を目星つけてくるやもしれない」
雪城を追いかけていたルナは、追いかけっこに疲れて残念な表情で椅子にこしかけていた。
そこに窓際に身体を寄せる雪城の声がし、周囲の耳目を集める。
「あれは、なんじゃろな」
雪城が指で示すのは、一筋の雲の線であった。
閲覧ありがとうございます。