126話 牛の迷宮2
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『また明日かな。彼女が起こしに来たみたいだよ。でもって一応空間魔力炉の使い方とか、ユウタにはわからないだろうからキューブの方に使えるように登録しておくね。厳密な操作方法とかは、全身を流れる魔力経脈とは別途の用法が必要なんだよ。泡の園の中心に魔力炉はあるから、ね。これは、主に精神力を魔力に変換して薪をくべる感じで燃え上がるというよりは、自分で自転車を漕ぐようなものだけど。それは、世界を永遠に温める。そういう風に出来ているんだよ。人の全身を駆け巡る魔力経脈という奴は、気脈とは違って有る人無い人がいるんだ。で、この魔力経脈は周囲から魔力を取り込んだり、自らの魔力を高めたりする事が出来るんだよね。で、この魔力って・・・・・・寝ないでよ』
「(いや、聞いてるし。けど長いよ。で、餓鬼の頃の方が正直いって冒険に満ちているっていうのが、何とも言えないぞ)」
『そうだね。そういわれるとそうかも。それで、君は一体何をするべきなのかわかったかい?』
「(いや、何となく妹や弟に会うのが怖いんだけど。それと、お前色々魔術が使えるのに何で盗賊やらアルーシュ如きに負けたんだよ)」
『ああ、うん。本当にアルーシュに殺された。と君は信じているのかい。一応、死んだ原因は彼女にもあるけどね。決定的なものを加えたのは、別の人だよ。だって、僕は回復系の魔術を使う事出来るんだし』
ユーウはユウタにしつこい位、魔力の使い方を教えていくのである。大分脳筋よりのユウタにとっては、目が回りそうな授業であるのだ。が、体験して実践してきた事はユウタの身に幾らかついている。魔力で以って世界を動かすというのが、この世界の魔術の基礎である。それがどのようにして動いているのか、ユーウは光子機械という物の存在を告げるのだ。
ユウタにとっては、不可思議な物であり何ともSFちっくな話に目を白黒させる。ユウタにとって魔力とは不思議な力ぐらいにしか認識していないのであった。呪文を唱え、詠唱すればいい。それでゲームのように魔術を行使できる。その程度の考えでいたのであるが、ユーウは魔導の深遠に挑む魔術師のようであった。そして、ユーウだけが魔力炉を持っているという事だ。
『人であれ、神であれ持てる魔力や神力というのは上限が大抵決まっているからね。それをどうにかするべく僕が考えたのが、魔力炉。そして、それを使って生み出されたのが、魔術炉を持つ守護騎兵たちロボット。でそのコピーが帝国の鉄騎兵なんだけど、あれはデッドコピーだから大した事ないよ。でもってあれは、他の日本人たちとの合作でもあるんだよ。平行世界にはロボットの製造に成功している日本というのが在ってね。それを・・・・・・』
ロボットの下りになると、ユウタは最早異次元に住む生き物を見るようにユーウを見るようになった。ここまで頭の中身と知識が違うと、ユウタにとってはやはり別人のような思いがしてくるのである。
それでも話に食いついていくのであった。
『アルーシュの使う『王国の剣』はね。つまる処、この守護騎兵の外装ともいえるナノスキンの応用でもあるんだよ。あれを人体に適応する事で、人間でもロボットに対抗できるように体を作り替えるシステムさ。アルトリウスはアルトリウスでチートなスキルと配下を揃えているけどね。アーチャータイプになれる健一郎は特殊な個体でさ。あれは、特別な一だよ。パアッと光って変身するのは光子機械のおかげさ。あ、それから・・・・・・』
カバラ系の六芒星をかたどる魔術の円陣は、ユーウの造り出した魔術が圧縮された形で保存されている。つまり、今の今までユウタはユーウが昇華させてきた魔術の一端。それを使っているに過ぎない。なので、いきなり魔術を学び始めてすぐに使えるようになったのは、子供の頃の努力が有っての事であった。
ミッドガルドで使われているのは、ルーンを利用した円陣なのである。ユーウはそれについても詳しく魔術を説明していくので、ユウタにとっては非常にありがたい事だ。
ユウタは、一つ気になる事が生まれていた。
妹であるシャルロッテの事が気になるのだが、今の自分とその顔が違うユーウとでは外見が違う。
会いに行って、一体どう接していいのか。
ユウタは途方に暮れるように頭を抱えた。
そうして、どれだけの時間が経過したのか。
周りを見渡し、二人の姿が見えない事に気が付く。
対面する恰好で話をしていたユーウと寝そべる爺。
すぐ傍に居た筈のユーウと爺の姿が無くなっていた。
「(おーい。二人とも居ないのか? 隠れているなら出てこいよ~)」
しかし、返事は無かった。ユウタは、仕方なしに一人で体験する事になった。
◆
ユウタたちは、その後も何日かかけて地下十階まで潜る予定を立てている。他の冒険者たちは、一旦外に出る為に歩きで戻るのであった。つまり、行きかう人間はそれなりに多い。
地下四階の休憩所でくつろぐユウタたちを目にした他の冒険者たちは、一様にぎょっとした顔を見せるのだ。普通であれば、まだまだ外で遊び回っている年頃の幼子が迷宮に潜り込んでいる。その異常さに顔をしかめる者、有りえない物をみた風に視線を反らす者と反応は様々だった。
潜った日によっては、剣呑な視線を投げかけてくる者も少なくない。
そういう事もあり、ユウタたちは一旦四階から帰還する事にした。
ユウタたちがアルブレスト邸でPTを解散すると、ルーシアたちがユウタの事を待っていた。一日の売り上げを清算する為のようである。ユウタ以外に計算が得意な者は、姉妹の父コルトくらいのものである。糸目な幼女たちの父は、先見の明こそないが子供のいう事を素直に聞ける男であった。そして、それが故に今ではただのパン屋を経営する親父ではない。
「はい、これ」と幽鬼のような風体のルーシアに手渡された革袋を受け取るとその中を確かめ、
「ありがとう」
とユウタが返し賃金というよりは給料を支払う。一日の売上げが初期は五千ゴル程度であったのだが、今では二万を超える所まで来ている。じわじわと上がる収益にユウタは内心の嬉しさが笑みとなっていた。ユウタからゴルの入った袋を受け取ったルーシアは、
「わあ、ありがとう。私たちも頑張ったよ」
ルーシアの言葉に「うんうん」とユウタは頷き、夕食に招待しようとするのだが。
クリスの方からにべもない言葉が出て、
「残念だけど。今日は、家族で食べるから。またね」
銀の髪を横になびかせくるりと振り返りながら、腰に手を当てたクリスは素っ気なくユウタに告げる。それを聞くユウタは、がっくりと肩を落とすのだった。商人たちの嫌がらせはすっかりなくなっており、商売は順調な伸びしろを見せている。この調子でいけば使用人を雇うのも無理な話ではなかった。
毎日、地下一階から四階までを順に回って雑魚を一掃しながらボスを倒していく。しかし、ユウタたちにはレアドロップは未だにない。精々ブレードスケルトンから取れる『剣の欠片』であったり、ゴーレムの残骸からとれる『人形の欠片』とかである。それらは、武器や防具の素材となるのであった。
そんなある日、ユウタたちは地下四階から先に進む事を決めた。全員のLVが上がっている事に加え、装備が出来上がりつつある。主にアルのポケットマネーから出ているのであるのだが。さりとて、PTのメンバーでは、一番金を持っているのだ。他にメンバーが加わらない以上装備を良くするしか手はない。
そして、ユウタ以外のメンバーの装備は特注品であり最高級グレードの装備であった。いずれも名品或いは芸術品といってよい装飾をしており、防御性能もさることながらその抗魔術と動きやすさを兼ね備えている。ユウタ唯一人が茶色のローブにフードというみすぼらしい恰好をしていた。ユウタは、豪華な黄金の鎧に身を包むアルからの施しを頑なに拒んでいた。
おかっぱな髪型をしたアルが金髪を弄りながら、
「ユーウ。お前も装備を整えるぞ」
「いいえ。これで大丈夫です」
「はあ? お前、ずっとそのしょぼいローブを着ているつもりか? せめて魔力を編み込んだローブを新調するぞ」
「いえ、お構いなく」
「しかしだな・・・・・・」
困ったアルは、銀髪に生えた狼耳とぴこぴこと揺らすセリアの方を見る。だが、頑固なユウタにはセリアも首を横に振るしかなかった。皮鎧を装備する彼女は両の手を上げて、肩を竦めるのだった。
牛神王の迷宮地下四階では、腐食した屍鬼や包帯を全身に巻いた人型との戦いである。大したドロップを得る事の出来ない階でもあり、あまり人気のない階層であった。初心者が狩るには厄介な相手であるといえる。何しろ、かじられると一定時間でゾンビになってしまう。最もユウタたちにとってみれば、大した事のない相手である。
新米冒険者たちにとっても強敵であるのだが、ユウタの唱える聖光の魔術は相手をすぐに浄化してしまう。ユウタたちが最も苦労するのは、歩く事であった。従って、疲れるとユウタが用意している板に乗って移動する。浮遊の術をかけて、体力を戻しながらである。
地下四階のボスは、イビルマンティコア。暗黒属性で相手を恐慌状態にする咆哮を持ち、魔術を使ってくるボスというのがエリアスから為された説明であった。
金の縁取りの付いた黒いフードで頭をすっぽりと覆い隠すエリアスを見て、周囲の手下を眺めるアルは黄金色に輝く兜のバイザーを上げながら、
「四階にも慣れた事だ。そろそろボスを倒す」
「わかりました。ですが、この人の多さは一体?」
「大方、軍が迷宮に乗り込んで来ているのでしょう。アルカナ帝国の第三皇子がこの迷宮でLVを上げるという話を耳にしておりますわ」
「ウィルだったか。第一王子はウィンとかいって紛らわしい。が、捨て置け」
アルの話に頷くユウタは疑問をメンバーに投げかける。
ユウタにとって、意外な事にフィナルがユウタに向けて返事を返した。
「そうですウィル皇子とかいっていましたね。大方一層からモンスターの独占でもするのでしょう」
「どうやってLVを上げるんですか。もしや、パーティーを組んで護衛しながらの狩りでしょうか」
「そうだ。でも、護衛を組むより酷いのが我が国の貴族たちだ。残念な事に、冒険者を雇って自分は安全な所で経験値を吸い取るというパトロン方式が成り立っている」
ユウタの言葉にアドルとロシナが憤慨する様子で、言葉を吐いた。
話に出てくる貴族たちと同じ立場にあるアドルとロシナが告げる内容に、ユウタは打ちのめされる。つまる所、需要と供給であった。貴族は、地位や名声の為に経験値を稼いでLVを上げたい。冒険者は、安定した金が欲しい。両者の要望が両輪となって、ミッドガルドでは、そのような狩が行われていたりするのである。
「とはいえ、かかる費用も馬鹿にならない上に効率が悪いのが難点だ。後、評判が良くない」
「貴族って体面重視ですよね。アル様みたく」
「それは、私を褒めているのか?」
「褒めているに決まってますよ。頑張り屋で、かなり融通効きますし割といい子ですから」
「ふふん。そうだろ。だからもう少し優しくするのだ」
【グラム】を握るアルは、屍鬼の身体をその赤く輝き炎を放つ剣身でグールを二つに割りながら話す。
お座りというなのLV上げなのであるが、ユウタとしては否定するつもりはない。それに、このやり方だと熟練度や本当の意味での経験には繋がらないのであるし。とユウタはアドルたちに説明すると、「それはそうだな」と頷き、複雑な表情を見せるのであった。
毎日数時間とはいえ、歩くのはユウタたち幼児にとっても辛い。そこでユウタは浮遊板を使って、メンバーをそれに乗せ休憩させながら進行している。パーティーメンバーに変化がないまま時間が経っているのだが、他に加わる幼児は見当たらなかった。ユウタからしても言語を話す幼児は、かなりおかしいのである。他の大人たちはもっと訝しむかと思いきや、
「そういう事はないぞ」
「え?」
「つまりだ。この世界には神が実在するのだ。言葉を喋れる幼児というのは、この国では御子とも神子とも呼ばれ丁重に扱われるのが常識だ。何故かというとだ。神や精霊の転生体であったり、異世界からの稀人であったりするからなのだ。で、そいつらを丁重に扱っていれば多大な恩恵にあやかる事が多い。普通の人間ならば、大事にしない道理はないだろう?」
「確かに、そういう事ならばそうなのでしょうけど」
そう言ってユウタはアルの話に聞き入る。幼児と言っても喋れる人間は限られているという事であった。浮遊板を浮かべるユウタは、それを牽引する傍らでモンスターの襲撃も撃退している。それを援護し、回復をかけ味方を運搬するユウタとその一行。屍鬼や死霊犬といった存在も幾度となく相手をしているため、手慣れた様子でアドルやセリアが倒していく。地下一階から地下四階までを踏破できるのもユウタの板が有っての事だ。
それを巡って、白いフードを被るドリル髪な少女は火薬に火を付ける。
「ねえ、貴方。将来はわたくしの執事にでもならないかしら」
「は? ブタのフィナルにはふさわしくないわ。私の所に来るべきです」
「エリアス、何ですって? このソバカスあばた面の雌豚!」
「ソバカスなんてまだでてないし。言いがかりというものだわ」
エリアスとフィナル。
魔術士と治癒士の二人はこのように争いが絶えない。
それでは進行に差し支えるので、ユウタは甘い物を出すのであるが。
「まあまあ。これは美味しいですわね」
「フィナル。食い意地が汚いですわ。私が食べてあげます」
フィナルの体型は、ますます腹部を膨らませる結果になっている。
そんな感じではあったが、ユウタたちは四階のボスであるイビルマンティコアと対面する事になった。
「それじゃあ。私の使い魔が攻撃を受け止めるから、他の人は火力になって頂戴」
「わかった」
黒いローブを身に着け、黒いフードに頭をすっぽりと隠すエリアスの話にセリアが頷き、幼女の魔術で作られた土くれがゴーレムとなってボスに攻撃を開始する。土くれゴーレムは黒い魔獣の巨躯にしがみ付き、その体をガッチリと押えこんだ。そうして、ユウタたちが攻撃を開始する。たっぷりと温存された魔力で強化されたエリアスのゴーレムとアタッカーたちの攻撃により、三分ほどでイビルマンティコアは崩れ落ちる。
獅子の身体に人面といった風体であるが、その双眸の目は窪んだ眼下に暗闇のとなった穴があるのみである。魔術もそうであるが、巨体による体当たりも前衛であるアドルやロシナにとって脅威と言えた。なので今回はゴーレムが壁である。そうして、自慢の魔術も発揮する事が出来ずに攻撃を受けた魔獣は、炎に包まれながら自らの血の海に倒れた。
「いやー、ファイアランス五発かあ。中々硬かったね」
「ええー、火力有り過ぎじゃないのか。段々僕らが攻撃できなくなっているよ」
「もう少し手加減してくれ。出ないと俺もアドルも攻撃できない」
全員で攻撃した訳であるが、前衛を務めるアドルとロシナは魔術が未だに得意ではない。ユウタやエリアスに教えこまれるのであるが。文字を読むのが苦手の様子である。どちらかと言えば、身体を動かす方が得意なのであった。男児である二人は、魔獣を解体して、使える部分を取っていく。この迷宮では、放置しておくと一定時間でモンスターの死体が消えるのだ。
マンティコアタイプなので爪やら牙やらといった獣として使える部分を剥ぎ取るにとどまった。ユウタの魔術が表皮をぐずぐずにしている為、皮の採取には断念を余儀なくされる。セリアやアルは採取を嫌がる傾向にあるので、男であるアドル、ロシナ、ユウタが採取役となっている。
勿論ユウタは、男である筈のアルに向かって啖呵を切るのだが、
「アル様。何故手伝ってくれないのですか」
「う。うーん。まあ、いいじゃないか。私がやらずとも。お前たちで十分であろう?」
「切り取るのは、大変なのですがっ」
ちなみに、かなりの数を狩っているユウタたちであるがレアドロップという奴は未だにない。ヴァルトラウテが所持していたグラムを回収したくらいである。それもアルが買い取ってしまった為ユウタたちの懐は温かくなるのであった。それを置いておいてもユウタにとっては、アルの協力性の無さは怒りを呼び寄せるのだ。
そこに空気の読めない蜂蜜色の髪をショートカットに切り揃えた幼女が、
「ちょっと、私の魔術を褒めてくれてもいいんじゃない」
「確かに凄いな。しかし、毎度毎度魔力を温存してってなると戦闘が厳しいような」
「そうですわ。わたくしのように剣かメイスで戦闘に加われるなら別でしょうけれど。貴方魔術が無ければ役に立たないでしょう」
「うぐっ。いったわねこの雌豚」
「ほほほ。見苦しいですわよ? この木偶魔術士さん」
二人共、うるさいなあ。と言いかけてユウタはだんまりを決め込んだ。
ユウタは、シャルロッテの面倒を見る事で精神を落ち着かせる事にしている。柔らかなほっぺをつついていると、えも言われぬ多幸感に浸れるのだ。そうして、一行は五階へと足を踏み入れた。
その日の探索は、そこで打ち切りとなる。毎日長時間潜っていられなくなりつつあった。汗をかけば臭くなるのだし、汗が皮膚にべっとりと張り付き悪臭となる。これは、この時点で解決には至っていない問題であった。薬を飲むことで改善を図れるのであるが、まだそれをユウタは作っていない。なので、冒険者たちは悪臭とも戦う事になっている。
そして、ユウタやアルを含め皆やる事が多い。勉学もそうなのであるが、ユウタが導入しようとしている簿記はアルにとって難易度の高い物であった。かつては在ったようなのであるが、今では形骸化していた。帳簿といっても財産管理に厳しいユウタは、積極的に商会の資産を安定させる経営で行こうとするのだ。
水田の作付けもいきなり二毛作ではなく、空間を支配する魔術で水田の気温を温めつつ品種を改良していく方向であった。そもそも米は水分が多く気温がある程度ないと厳しい。ミッドガルドで麦が主食となっているのもその辺の事情があった。そして、食料を巡っての戦争というのは日常茶飯事のように周辺各国で起きている。
もっとも狼国に攻め込んだのは、ほとんど言いがかりに近いものであり、ユウタとしてはアルに事あるごとに難癖をつけるのだった。そして、今またその南にある獅子国に攻め込もうという主張がある様子なのだ。ユウタははっきりとそこに攻め込むのは止めるように主張するのである。
額に浮いた汗を拭くアルも頷きながら、
「そう言うがな、アルカナ帝国が侵攻を西に向けている以上我々としてはうかうかしてもいられないのだよ」
「皆で協力しあうという事はできないんですか? 連合国となって戦うとか」
「そう言う者もいるが、実際にハイランドの向こうまでが敵の勢力圏に落ちているのだ。あっさりとここまで来る可能性は非常に高い。であれば周辺国を属国化するのは必須と言える。もちろんセリアの父を処刑したり、とかそういう事はないから安心しろ。むしろ戦士として戦いやすくする。というのが主眼だしな。連中に対抗する為に必要な事だと説かれれば、周辺国の自治州化や属国化は要る。前線の国がコウモリなんぞされるとだなあ非常にきついだろ」
現代を生きたユウタ。しかし、戦いを否定する気はない。何時だって戦いの連続なのだから。
生きている以上人と人の闘争という物は無くなりはしないのだ。男が二人いれば争うように、雌がいれば取り合いになるように。
ユウタの生活レベルは上昇しているのであるが、それでもまだまだ不備は多い。魔術師としてのLVは毎日一は上げるように励んでいるのである。それと並行して、家のあれこれや外周部の治安を良くしたり、アルがわがままを言うので宥めたりであった。何時の間にか男爵位を授かったり、近衛騎士に取りたてられていたり、執事のようにこき使われるのである。
もっとも悪い気はしないので周囲からは魔王の手先などという評価をいただいている事も全く気にしない。そして、ユウタは季節の変わり目に激務がたたって風邪を引いてしまう。
一日としてアルとセリアがユウタと離れる事は無い。
であるから、ユウタが風邪を引いて寝込んでいると。
「おい。見舞いに来てやったぞ。セリアも何かいってやれ」
「うっ。そのだな、師匠が寝込むとは意外だ。風邪には気をつけるのだぞ。死んだりする者も少なくない」
アルとセリアはさも当然といった風にユウタの傍でくつろぎだす。見舞いに来る人間につられて、弟たちも入ってくるのは難儀であった。
「そうですわ。私もこれをもってきたので食べなさい」
「おほほほ。みすぼらしい果実ですわねえ。わたくしのは、精のつく蛇酒ですわ」
「性をつけてどうするのよ」
「性ではありませんわっ。精ですことよ」
縦巻きロールなフィナルとツインテールなエリアスが弾丸を放つように姦しくおしゃべりを続けるので、ユウタは頭がさらに痛みを増して顔をしかめた。魔術でどうにかならないのが、病気というやつである。自家製の風邪薬を置いておくべきだったと自嘲しながら、ユウタは眠ろうと眼を閉じるのである。
そこに、白いつなぎのパジャマを着たシャルロッテの可愛らしい手がペタペタと頬に触れてきた。
「にーたん。おねむ?」
「そうだよ。でも大丈夫。この通り平気さ」
髪の毛の生えてきたシャルロッテの頭を撫でてやる。すると嬉しそうにするシャルロッテ。
シャルロッテのぷにぷにとした指に手で触れると、連れてきたアレスとクラウザーと共に追い払う。「にーたん。にーたん。にーたん」と連呼されるとユウタは切なく身を細切れにされるような思いに囚われそうになるのであるが、風邪が移ってはそっちのほうが良くない。
さらに言えば、アルやセリアといったメンバーも追い払うのであるが、中々出ていこうとしないのだ。アドルとロシナに目で合図を送る。男児たちはやれやれといった様子で肩を竦め、二人がアルを連れ出してようやく静かに眠りについた。
風邪が治れば、片言であるが喋れるようになったシャルロッテの世話を二人の弟に任せ、ユウタは水田の収穫を計算したり、アルが増やした農業志望の若者たちを村に入れて生産を拡大させている。ずーっとシャルロッテを背負っているのも自立歩行に良くないからだ。そして、結局の処。魔術で水田を切り開くのであるが、それを維持して管理していくには人の手がいる。そして、田植えにもゴーレムを使うには魔力の消費が激しい。
なおかつ、ユウタには結界を維持する為の魔力を王宮の地下に設置した結界陣アストラルの結界石に込めなければならない。定期的にではあるのだが、その魔力は馬鹿にならない量である。
そうして色々と幼児とはとても言えないスピードと精力で、王国の改善を行っていく。のではあるが、そこにはユウタにとっても都合の悪い事がやはり待ち受けていた。
ユウタが手ほどきを行って、財務関連の綱紀粛正が行われた結果。王国の財務は悪化から正常に立ち戻る事になるのであるが、それが遠因となった事件が発生する事になった。
ユウタにとっては辛い出来事が起きる。ユウタの父であるグスタフが、汚職で捕まったのだという。
幸い、家は没収されなかったが少なくないお金を置いて父親は鉱山へと送られる事態になる。勿論ユウタはアルに食ってかかるのだが、ユウタは何故? という疑問で埋め尽くされる事となった。家は、直ぐに窮乏する事はなかったのであるが。まんじりともできないユウタは一人で父を探しに鉱山都市へと向かう事になった。
戦乙女の記憶と呼ばれる迷宮や牛神王の迷宮を行ったりきたりしているのだが、それよりも父の事が優先事項であった。わずかな間に暗殺されたりはしないだろう、などという希望を抱きつつ。
そして、そこでユウタの目の前が真っ暗へと切り替わる。
主人公の強さの秘密が魔力炉にあるんですが、童貞だけじゃないという事でっ。色々ありますが、全盛りです。
結局、最強物になりつつあります。