124話 過去3 (主人公+アルーシュ+アルトリウス)
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「(無茶苦茶だ。幾ら何でも子供とは到底思えないな)」
『そりゃもう三歳児でも十歳児でもこの世界大してかわらないからね』
等とユーウは言う。が、それがおかしいのはユウタですらわかる。三、四歳で商売の種を考えつくユウタは近所でも評判の神童と言われているのだが、当の本人はそれが張り子の虎である事を理解していた。それは、今現在の差でわかる通りだ。ここでこそ勝っているが。力を隠して生きていけば、こうもこき使われる事は無かったかも知れないのだ。
「(なあ。力を隠して生きていこうとか考えなかったのか?)」
『それは、成り行きだよ。君だって似たようなものじゃないか。それに君も僕もばれるのは遅いか早いかに過ぎないよ。強力な力というのは、隠し通せないものさ』
仮に、ユウタが裕福な貴族の家に生まれていたなら。違う人生が待っていたのかもしれなかった。自由に生きていく事も出来た筈である。だが、運命というモノはユウタを何処までも縛りつける物だ。
ユウタは、この世界で目を覚ましてからすぐに王城に登城する事になるのであるが。ふと運命を決めた日の事を瞬きの夢のように思い返す。
そして、王城だというのにそのすぐ傍には物乞いが座り込んでいた。
「(また王宮にきちまったぞ。悪い予感しかしない。力を隠して、国が荒れるに任せて住民が苦しんでいてもそっぽむいてわれ関せず。・・・・・・ないわな)」
『そうだね。でもマリアベール様のお顔を見る事ができるし、悪くないよ? えへへ』
駄目だこいつ。
という言葉を己自身であるユーウに投げかけようとした瞬間。
王城の中へと入城していくアルの後ろで、それを目撃したユウタは先程と一転して幸福感と高揚に包まれていた。
何時ぞや会ったきりのマリアベールであった。砂金のような髪はサラサラと流れるような川の如き涼しげな声と相まって美しい。体躯や容貌が幼くなった彼女にアルが駆け寄ると、アルの身体をふわりと抱き留める。ユウタは、嫉妬のあまり視線で射殺さんとばかりにアルを凝視した。
そんなユウタを先頭とした一行に、
「あらあら。どうしたのかしらアル。あの子たちは?」
「姉上―。こやつがユーウです」
「あらそうなの? こんにちわユーウくん。いつもアルが世話になっているのね。今後もよろしくね」
ユウタの目前に近寄ったマリアベールは、白い手袋を脱ぐ。そして、ユウタの手を握った。
「はい」
ユウタは、早鐘を鳴らすかのように心臓を軋ませた。
反射的に返事を返したユウタに、マリアベールは微笑んだ。納得いかないのはアルの方であった。なので、こちらも絶句するように姉に問いかけ、
「なっ、姉上?」
それを無視するように、ドレスの裾を手で持ち一礼をする。アルは茫然とした表情を浮かべ、次いで拳を震わせた。そこに姉であるマリアベールから冷水の如き声をかけられる。
「アル? 包囲させている騎士を下がらせなさい。皆を無駄に死なせる気ですか?」
「しかし姉上っ」
「二度は言いません。貴方はそこの少年を甘く見過ぎているのです。頭が緩いとでも考えたのですか。頼み事をして罠を張るなど騎士にあるまじき行為ですよ」
「うぐっ」
アルに向け厳しい視線を投げたマリアベールは、配下を動かしホールの各所に潜ませている兵を下がらせる。ついで入れ替わりに現れたのは、如何にもな貴族の少年であった。少年は、見事な白地の裁縫をされたエレガントさを湛えた服を着こなしている。
マリアベールに視線を向ける少年は、柔らかな声を放つ。
「厳しいねマリアベール殿下」
「あら。ごきげんようソル様。これは見苦しい所を見られましたわね」
「いや、僕も君の意見はどうかと考えていたのだけどね。流石に目で見るまでは・・・・・・ね」
「ええ。ではいきましょう」
マリアベールは、取り巻きの男たちを連れて去ってく。ユウタは伸ばしかけた手を引っ込める。それについていくのは、ソルの妹である少女とその配下の男たちであった。ちらりとこちらを見る少女の視線には何の感情も籠っていない。
まるで、月のように光を反射するかの如きそれ。その瞳にユウタは不気味な物を覚えた。そして、それの横に立つ男に激しい憤りが吹き上がる。何の苦労もした事のないであろう白い顔と綺麗な手だ。
ソルと呼ばれた貴族の男に、ユウタは転生して初めて自覚する嫉妬の炎を両目で燃やしていた。
一行が去った後に、ユウタはアルに連れられていくついでに仕事をしておく。
それは水の確保であった。王城には、水神であるウォーダン。その水瓶と呼ばれる水を自在に呼び出す神具があるのである。だが、近年はそれが魔力不足で起動しなくなっていた。ユウタは、水田に水を引くために何度かここに訪れていた。王城内にある水は全てその水瓶から出て、王都中に行き渡る。外周に行けば行く程汚れた水が垂れ流しになるのであった。だが、それもユウタが土木魔術で何とか解決している。
元々は、麦が主流であった食料生産も王下集権の名の元に土地の権利を全て国王の元へと集めていた。それがユウタの苦境へとつながっていくであるが。水瓶へと魔力を補給したユウタは、アルと共に地下へと足を運んでいった。途中でエリアスが加わったPTは姦しさを醸し出す。どうにもエリアスとフィナルは反りが合わないのだ。そんな一行は、アルに先導された先で古びた門をあける。
そこは、かび臭く生臭い匂いが奥から流れてきた。アルを含む前衛は、一歩前へ進んだ所で足が止まる。
「どうしたの?」
そう尋ねるのは、後衛であるユウタだった。客観的に見れば、皆かなり大き目な少年少女に見える彼らではある。大の大人たちが腰の引けるモンスターを色々と倒してきたPTではあったが、奥にその気配を感知させるボス的な存在には直感的に勝てないと判断していた。ユウタを除いて。
「お前は、感じないのか?」
「そうですわ。奥にいるのは、彼女・・・・・・」
金髪ショートカットのアルと縦巻きロールに風船なフィナルの言葉を無視して、ユウタは前へと足を踏み出した。左右に立つ仲間の悲鳴を聞くユウタは、顔を引き締めた。
向かってくる黒い物体は高速で一行に向けて飛翔する。迎撃するのはユウタ一人であった。他のメンバーは固まったように動けない。
黒いのは鎧であり、それは無言のままPTに迫った。
「・・・・・・」
その圧倒的な殺気と膂力に満ちた一撃をユウタは泡の園を使った空の手で受け止める。がっちりと固定するように、空中にて魔術を使って捕まえた。
「何をぼさっとしているんですか。攻撃してください」
ユウタに言われた一行は、攻撃を開始する。
「スラッシュっ」
「バニッシュっ」
「稲妻無双突きっ」
「ファイアボルト・ストライクっ」
各々が持てる攻撃を打ち込んでいく。ステータス魔術で観察するユウタは余裕がある。しかし、セリアの放つ稲妻を纏う突き以外大して攻撃力が無いのにげっそりとした表情になった。
黒い皮に覆われたようなそれをひたすら攻撃し続ける事小一時間。ようやく相手のそれに変化が起きた。ぽろぽろと黒い皮膜が剥がれ落ちていき、中から人が現れる。それを見たアルがその身体を抱きしめると、黒い皮は靄と化してアルの影に吸い込まれていった。
「ヴァルトラウテっ」
「お知り合いですか」
「ああ、古い知り合いでな。地上を監督する任を負った奴だったのだが、最近見かけないと思ったらこれだ。褒めてつかわそう。褒美は何がいいか言ってみろ」
「土地を貸してください」
「ふーむ。考えておく」
ユウタたちは、探索をそこでやめて引き返す。扉を封印するアルはユウタの疲れ切った姿を見てテラスで休憩する事にした。
◆
ユーウが求めた褒美は土地であった。今のアルには、権限がないのである。さりとてやらない訳にもいかない。ユーウのような奴は、何かで縛り付けておかなくてはいけないのである。名誉、女、地位、金と色々な物があるのだが、ユーウが所望したのは土地であった。
アルはセリアを寄越せと言われるかなとひやひやしていたのである。その程度の事であれば、何とかなるな。と頷いたアルはヴァルトラウテを部下に任せ、ユーウの帰りを見送る。
アルが言い出したのは、地下迷宮の探索であった。けれども、一人を助け出した所で探索は打ち切りとなる。ユーウの疲労が限界をみせ、あっさりとそこから出る事になった。が、期待以上の結果にアルは内心で歓声を上げている。
一時間以上も暴走したヴァルトラウテの動きを封じる等想像の外にある出来事なのだ。王子アルを演じるアルーシュは、計画の練り直しを迫られていた。
当初の予定では、お人良しの馬鹿を捕まえて調教する予定だったのである。それを敬愛するマリアベールに見咎められては、そうもいかない。アルーシュにとっては業腹な事であるが、ソルやルナといった貴族たちの前で、無茶苦茶をやるのも王位継承について口実を与える結果につながりかねなかった。
しかし、ユーウの整った顔が歪むのを想像しただけでアルーシュは身悶えする。大概の男というのは脆弱である。というのがアルーシュの価値観であり、この世において最も強くあらんとするアルーシュの趣味は迷宮探索なのだ。
王族を王族とも思わないユーウの言動には、激しい怒りを感じない。
数か月が経ってそれをばらした時のユーウは、あっさりとしたものだった。
「なあ、私は王族なのだが」
「はあ、それで?」
「私は偉いのだ。敬いこびへつらうように」
「お断りします」
「なんだと? 貴様ぁ不敬罪で打ち首にするぞ」
アルーシュは目を細く引き絞り、最大限に威厳を作って見せる。
それにユーウは、シャルロッテと遊びながら、
「・・・・・・それならちゃんとしてくださいよ。見てください。この通りを糞まみれで、座り込む民はがりがりに痩せている。とてもまともな治世をしているとは言えないでしょう」
「うぐっ。それは、親父に・・・・・・」
言葉に詰まるアルーシュ。それにびんたをかますが如き勢いで、ユーウは追い打ちをかけた。
「それもアル様の一部ですよね。親の罪も子に引き継がれる物なんですよ。財産だけ貰おうなんて虫が良すぎるでしょう」
「うぐっ。セリア、お前からも何かいってやれ」
「アル様。残念ながら、ユーウの言う通りです。私の国に攻め込む余裕があるなら、民衆の生活を良くしてやるのが政をつかさどる者の義務ですよ」
「わかっている。だからいう事を聞いてやっているじゃないか」
それに対するユーウの反応は非常に悪い物だった。鼻の頭を掻き、
「ぜんぜんまだまだ足りませんよ。ともかく、今月中には伐採場の増加と肥溜めやらの完成に目途を付けないといけません。他にも黒パンから酵母を利用した柔らかいパンへの改良。そして、米粕を使ったアルコール類の増産に紙の量産化です。どれもまったなしですからね」
「そんなどれもこれもやろうなんて、無理だろ」
「やるんですよ。王族でしょう?」
うっと呻きながらアルーシュは空を眺めた。全ては親のせいだ。と言えば嘘ではないのである。が、ユーウの心証は良くならない。やるだけはやろうと呟きを胸にしまったアルーシュは、帰ろうとした。セリアに声をかける途中でその真剣な表情に目が止まる。一日中、ユーウに付きっきりで技術を盗もうとしていた。
ユーウが行う一日一万回の素振り。とはいかないものの、セリアは千回の素振りに千回の突きを行い。ユーウと同じように演武をしてみせる。アルーシュはその半分くらいであった。魔術の修行という物が有った為である。魔力を空にして寝るという奴は、魔術師の家に生まれれば誰でもがやる修行であり、大半の者が幼少の頃から魔力を磨いていた。ユーウの魔力量は、下界しているアース神族と比較しても尚多いものである。
魔力の大小が物をいうのは今更言うまでもない。同じ魔術を撃って、相殺現象が起きれば魔力の多い方が出力も上げやすく打ち勝ちやすい。
アルーシュが全力の影術【シャドウ・クラッシュ】を放って見れば、放たれる瞬間を見計らってユーウもまた【ライト・ストリーム】を打ち返す。同時に放たれたように見えたが、アルーシュの方が若干早かった。遅れて撃たれたユーウの光流は、影に飲まれて終わる筈であったのだが。
そのまま影を打消しながら押し返してみせた。これにはアルーシュも憤慨したものだ。勝ったと確信を抱いた次の瞬きには、光に飲まれかけたアルーシュが地面へと這いつくばっていた。何度撃っても同時に撃てば、力負けをおこす。アルーシュに負けた記憶は、ほぼなかったのである。それが、ユーウによってプライドがズタズタに引き裂かれた。
であるから、ユーウの言を素直に受け入れる下地になっている。元々天界でも類を見ない力を誇っていた少女にとっては、転生したてで力が弱いとはいえ人間如きにのされるのは痛快でもあった。ひ弱な人間がここまで出来るのだと。
「帰るぞセリア」
「はっ」
今も稲妻無双突きを魔力が尽きるまで行っていたセリア。その眼は少し前とは違い生き生きとしていた。セリアの故国とアルーシュの国は交戦した結果。セリアのウォルフガルドは属国となり、アルーシュのミッドガルドに降った。結果からみれば、圧勝である。
地上戦力しか持たない狼国に対し王国は空中からの攻撃を執拗に繰り返した。セリアの父である国王は単独では最強の一角ではあるが、国民を守るために降伏。その際に人質として送られてきたのがセリアだ。
今では、それなりに打ち解けた関係を築いているとアルーシュは淡い望みを寄せている。セリアの扱いも当初は奴隷として家畜同然の扱いをされる所であった。それを助けたアルーシュにセリアは酷く暗い目を見せたものだったが。
「なあセリア。あいつの強さは一体どういう事なのだ」
「恐らくは、噂に上る転生者でありましょう。寡聞には聞きませぬが・・・・・・近頃は帝国にも異世界人が現れていると聞きます。その絡みで、こちらに転生した者ではないでしょうか」
「力の程は?」
「私が見る限りですが、並ぶ者は居ないかと。何を使わせても一流です。武芸と知略には優れているようですが、謀略には疎いかと思われます」
「倒すよりは仲間にした方がいいな。で、奴の妹と家族には手を出さないように忍者共にしっかりと伝えてあるだろうな」
「はい。そこは抜かり有りません。与作丸の奴には余りいい噂を聞かないのですがよろしいのですか?」
「あながち間違いでもないが、それは敵対した組織に大してだ。やり過ぎには注意してあるし、問題を起こせば奴の配下に代償を支払ってもらう」
「であれば、宜しいのですが・・・・・・」
普通に会話が成り立つまでになっていた。主に飯で籠絡する恰好であったが、アルーシュの腕は噛み傷で一杯である。得意とする影術を使って、王城へと帰還すれば食事などの煩わしい事が待っていた。ユーウが取り付けたシャワー室を使い汗を落とせば、色々と溜まっている書類を整理せねばならない。なぜならば、マリアベールが放り投げた次期国王としての役割をアルーシュが背負わねばならないのだ。
「今日から王太子よろしくね」
「はいぃぃぃ?」
そんな間の抜けた会話が起きてしまったのも、つい最近の話である。マリアベールが実際には影からサポートしてくれて、事無きを得ている場面も多い。なので、アルーシュは王子としての役割を次第に三人で分割して行うようにしている。アルトリウスはともかく、アルルは殆ど役に立たないといってよい。そんな状況であるのもアルーシュを苛立たせていた。
アルーシュが眉を寄せるのであるが、それを他所に部下が報告をする。
「それでは報告を行います。現状では、鉄鉱石、石炭採掘場の稼働は八割といった所です。各種生産は税を安くした結果、民衆の購買力が上がり景気が上向いております。アルーシュ様の目論見通りの結果が出せるかと・・・・・・」
一年程度の経過であったが、税を出来るだけ安くしろというユーウの言葉通りにした結果国民の懐が潤い景気というものが上昇している。現状では、八民二公。これ以上下げるのは軍事力に影響がでるのであるが。ユーウは金持ちから搾り取れという。そんな事をすれば、金持ちが逃げ出してしまい貧民だけが残るのだとユーウに反論するのだが彼は、断言する。
国やその使用人たちに思いやりのない金持ちは、不要だと。
国民の大多数を幸せを考えるのが政治家の務めだという。金持ち専用に累進課税なる物を用意したのもユーウだが、一応王族は無税なので問題ない。商人たちから絞り取る予定を立てている。
アルーシュにとっては民草がいくら減ろうが、痛くもかゆくもないのだ。
しかし、ユーウがいうので大人しく聞いていた。
報告を行うのは、リサージュという中年の男であった。文官としては、珍しく真面目な人間であり、異世界人として国に仕える希少な存在である。王都ヴァルハラには宰相を筆頭に賂に血道を上げる者が少なくない。アルーシュはユーウに言われるまでもなく粛清の嵐を起こす予定ではあるが、これといった口実が見つからないのも痛たかった。
「それで、連中はまだ尻尾を見せないのか」
「はっ。それが貴族と結託して何やらクーデターらしきもの画策しているとか。キナ臭い動きを見せている者もおります」
「そうだな。見せしめに一人、監獄にでも送ってやるか?」
「それで宜しいかと。後は芋づる方式にぽろぽろとでてくる事が予想できます」
「ふむ。そう上手くいくと考えるのも不味いが、連中は。そのなんだ。クーデターを起こしてそれが叶う可能性があると見積もっているのか?」
「は、白騎士団と黒騎士団を抱き込みに走っている様子ですが、上手く行っていない模様」
ふむと、応じながらアルーシュは目を閉じた。クーデターを起こすのならば、さっさとして欲しい。というのがアルーシュの望みなのだが。今の王宮は、雰囲気が悪い。粘っこい物が詰まって、壊死しかねなかった。ユーウの出現で、そんな状況が変わりつつある。彼の父グスタフがそのおかげで目をつけられている様子なのが気掛かりとなっていた。
清廉潔白を地で行く男だけに、他の武官文官とは折り合いが悪い。賂を受け取らないので、非常に都合の悪い人物という風に王宮ではなっていた。人という物も組織という物も時が流れれば、劣化するというのは非常にわかり易い。戦士の気風で知られた尚武の気質も今や失われつつある。冒険者ギルドなどに降る騎士も少なくなかった。
それを危惧して、戦争を吹っ掛けたのが先の狼国との戦だった。先頭に立つのは、レギン・ジギスムント。騎士団白銀の剣を率いるミッドガルドの将軍である。十万の軍勢を率いて攻め込んだ戦いは、空をメインにした一方的な戦闘となり、戦いは早期に集結した。空軍力を持たない狼国との戦いだったのある。戦いも自由に裏に回り込める有様では、勝負にならなかった。
地上を疾走する聖騎士、王騎士も重要であるが、天馬騎士、竜騎士といった空中で動ける兵種を如何に揃えるかが最近の流行となりつつある。グリフォンやビッグホークといった怪鳥類もまた捕獲しては、調教されていた。
「それでは、報告を終えます。この後は、商人ギルド代表と冒険者ギルド代表との会合を予定されておりますので、お早目の用意をよろしくお願いいたします」
「わかっている」
卒のない礼をしたセイラ・リサージュが去り、メイドたちが傍によってきた。皺のない光沢を放つスーツにアルーシュは苦笑した。ユーウならば、贅沢が過ぎるとまなじりを釣り上げたであろうからだ。
◆
次の日からは王子アルにつれられたユーウが迷宮へと潜るようになる。だが、アルに向かってユーウが、下水道整備を訴えかけるのであった。それが為に、行先は王都ヴァルハラにある簡素な下水道の元となる場所を土木魔術で整備してからだった。
この頃から学園都市や鋼鉄都市、魔導都市、海上都市といった都市建設への計画がスタートする。学園都市の雛形である王立学園が作られるのも、この年の事であった。
そうした計画を進めながら、アルトリウスは不満だった。ユーウを重用するように進言したのはアルトリウスである筈なのに美味しい手柄をアルーシュにかっさらわれるという事態。ロシナ、エリアス、アドル、フィナルといった手下にセリアを連れて、よく空が澄み渡る日にユーウの家の門を叩く。
中に入った一行がユーウの姿を目にした。
朝だというのに、ユーウは腹筋を鍛え指までも鍛えている。
「ふっ」
「むーむー」
気合いを入れる兄とは裏腹で。
妹であるシャルロッテはふっくらとした頬を風船のように膨らませていた。明らかに放置された妹はご機嫌斜めな様子だ。エリアスとロシナが近寄っていき、飴玉を見せて機嫌を取ろうとするのである。しかし、ぷいっとそっぽをむかれる辺り事はかなり深刻だと言える。
そんな様子も、ユーウは気にせず頭を撫でると金髪の白兎は機嫌を直した。普段であれば、気にしない光景もアルトリウスにとっては、かなり重要な事である。姉か妹かでアルーシュとは何時も揉めてきたのであるが、何を考えたのか彼女がへりくだった様子を見せてきたのだ。アルルはかなりの馬鹿なので放置しておけるのだが。アルーシュが良くする謀略の類かと推測した。が、彼女は本気でアルトリウスと手を結ぶ腹積もりの言葉である。
彼女が仕事を三分割しようという言は、願ったりであった。何しろめんどくさい仕事が多すぎる。一人でやるには何をやっても十分な休息が取れない。従って、更に影武者を立てるとしても神術を三人使えるのはかなり魅力的にアルトリウスの思考に映った。
向かう先は件の迷宮ではない。牛神王ミノスの迷宮だと告げる為にユーウに向けて口を開く。
「今日は牛神王ミノスの迷宮に向かおうと思うのだが、どうだ?」
「いいですけど。それどこにあるんですか」
「うむ。それは大分南にあってな。だが、この王都にも入口がある。よってそこから行こうと思うのだ」
ふーっと息を吐くユーウにアルトリウスは見惚れた。美しい物や者ならば見慣れている筈のアルトリウスだが、ユーウの所作は実に隙がなく流麗だ。剣を主に使うアルトリウスにしてもユーウを討ち取るのは無理だと断言できる程の差がある。
並の兵や城の騎士であっても、一振り毎に斬り倒されていくであろう鋭さと速さが剣にあった。これが成長すればどれほどの剣士となるのか。アルトリウス自身も剣士を自負するだけに想像がつく。彼が歩く人間兵器と化すであろう事を。もしくは、剣聖として名を馳せるのか。はたまた無頼の徒となり悪事の限りを尽くすのかは不明であった。
ユーウの使う空間魔術を利用して移動する為、馬車が帰りは必要がないのは大きい。その魔力と魔術のセンスは直ぐに魔術師ギルドの同盟に伝わり、エリアスが送り込まれてきている。
そこは、アルーシュやアルトリウスもしっかりとそこには釘を刺していた。余計な真似をすれば、潰すと。魔術の神であるはずの者は今現在天界にいる。従って、余計な真似をすればその力を借りた魔術が行使できなくなるのだ。
そんなリスクを押してまで、ユーウに手出しをするとは想定しづらい。
アルトリウスたちは、牛神王の迷宮に着く。魔術師たちの力を込められた王城にある地下の扉を通って移動したのだ。広域テレポートを可能とするそれは、古代の遺物でありおいそれとは使用できないのであるが、アルトリウスにはその使用が可能だった。
その迷宮の壁は赤いレンガの如き色合いをしていた。
槍を振るうには十分なスペースがあり、一層には蝙蝠種や蜘蛛種といったモノからゾンビまでと幅広いモンスターが揃っている。安全地帯にはギルドからの魔石による安全地帯がつくられており、降りた直ぐそこは基本的には休憩スペースである。
転移した先には、様々な人種がおり亜人の姿も見られた。が、その中でもアルトリウスたちは異彩をはなっていた。何しろ全員幼い。
「かなり目立っていますね」
「そうだな。が、気にする必要はない」
迷宮へと潜っていく一行は、順調にモンスターを処理していった。主にアドル、ロシナが盾役を受け持ちエリアス、ユーウの火力で焼いていくという恰好である。バットやビッグバットといった小物であれば大体ファイア一発で片付く。
強敵なのは、蜘蛛種だった。
天井から這い寄って来る影を見たアルトリウスが声を放つ。
「こいつはでかいぞ。皆気を引き締めろっ」
「はっ」
スパイダーのほかにジャイアントスパイダーが現れる。稀にみる巨体とその子蜘蛛たちには苦戦を余儀なくされた。蜘蛛が吐く糸が厄介であり、エリアスの放つファイアウォールを放てば、互いに攻撃しずらくなった。
「さて、どうする」
アルトリウスの考えを待つ事なく、ユーウはフレイムランスを放っていた。炎の壁を貫通して、それは蜘蛛の胴体に突き刺さる。後は、子蜘蛛を倒すだけであった。
「楽勝だったが、あの蜘蛛が接近戦を挑んで来たらどうなったことか」
「そうですね。蜘蛛からすれば、様子を見るといった感じだったのでしょう。最も、接近してくれば丸焼きかバラバラですが」
「ふむ。先に進むか」
戦闘の手応えは薄いが、一階ならばこのような物か。アルトリウスは一人で納得する。目当ては深層にいる筈のボス狙いである。今日の所は進めるだけ進み、地図を製作する予定であった。
アルトリウスたちは無難に、二階へと進みその日の探索を終える。背後から別のパーティーが現れた時には、すわルーキー狩りかと皆緊張した面持ちになったのであった。が、そうそう居ない模様に残念な表情を見せたのはユーウだ。
もしも、そういった被害にアルトリウスがあったならば、明日にも冒険者ギルドのマスターの首が飛ぶ。物理的にも飛ぶので、ここ牛神王の迷宮を管理しているギルド職員もピリピリしている事には違いない。
一階で狩りつくしたのは、スケルトンにバット、スパイダーといった小物ばかりだったので収獲できた物も碌な物がなかった。
ユーウが様々な魔術を試し撃ちしていたのに、エリアスはぼーっとなっていたのが引っかかっている。仮にも魔術の大家を担う一門の長を名乗る者の娘なのだ。ユーウにあっさり転んでしまうのは、不味いのである。
時折、ロシナとアドルの壁を抜けたジャイアントバットを処理するアルトリウスとセリアは、遊撃として小物の処理を受け持っていた。
セリアに先導される一行が、一階ボス前の扉に辿り着く。部屋の中では、戦いの音を鳴らしていない。アルトリウスがその扉を開け、中に入っていった。そこには、小さなゴーレムが鎮座していた。といってもアルトリウスたちの背丈よりはかなり高く二m程度である。ロシナとアドルはそれに身構える。
壁役が注意を引き付け、エリアスとユーウの魔術がゴーレムの剥き出しになっている核石を破壊する。それが、作戦であった。注意すべきは、その腕力であった為攻撃を受けないように立ち回り、程なくして魔術師たちの攻撃を受けたゴーレム(小)は倒れた。
「レアアイテムでないものかな」
「レア? その倒したゴーレムから宝箱でも出るんですか」
「その通りですわ。ボスであるこのモンスターは宝箱をドロップするのですわ。もしかして知らなかったりするのですの? おーほっほっほ」
アルトリウスの呟きに反応したユーウにフィナルが高笑いを見せる。アルトリウスは、額に手を当てて溜息をつく。ユーウは無言で、金髪縦ロールのデブから背後を奪う。と同時に首を絞めた。
「おーほっはうっ。締まる。く、苦しいですわ。ぎ、ギブですの」
過去からやっていればよかったのでしょうか。
謎ですが。