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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
127/709

123話 過去2

閲覧ありがとうございます。

「どなたでしょうか」


 赤ん坊であるシャルロッテを背負言ったままのユウタは、声をかけた方向に身体を向ける。そこに立っていたのは、黄金の兜を被り黄金の鎧を着込んだショートカットのアル。

 隣に立つのは、簡素な皮鎧を身に着けた狼耳を生やすセリアの二人であった。二人以外には、連れている人間は居ない。


 ―――面倒なのが来た。

 幼少時のその姿は、随分と背丈が縮んでいるのである。しかし、ユウタが二人を見間違えるはずもない。神殿前で追剥したのも、ダンジョンらしき場所で追剥したのもアルである事は気が付いていたのである。身体は動かなかったけれども。


 なので、このように敵意を見せて二人が現れる事をユウタは想像しえた。

 それで、己自身であるユーウに対し問わずにはいられない。


「おいー。これどうするんだ。死ぬぞ」

『まあ、見てなよ』


 銀髪を短くショートボブにした獣人の娘が前に出る。対するユウタは布袋を手に持ったままであった。長髪の少年が、怒気を込めた声を放つ。


「覚悟は出来ているだろうな。セリアよ、こやつで間違いないか?」

「はい。姉上。しかし、相手は乳飲み子を背負っている様子。背負わせたままでは、不味いです」

「ふむ。処刑はその後にするか。おい、下郎。貴様決闘だ。赤ん坊を降ろす時間をくれてやろう。さっさとしろ。勝てば見逃してやろう。負ければいわずもがなだ」

「はあ」


 ユウタは、手押し車をインベントリから取り出す。宝石を扱うようにしてシャルロッテの身体を木で作った手押し車の中においた。そうして、道の脇まで移動する。セリアと向き合う二人の間には、暑い日差しが照らされていた。

 幻影の魔術を使っている訳ではない。だが、匂いだけで本人だと特定したセリアの鼻はやはり特別なのであろう。しかし、ユウタはセリアからなんらプレッシャーを感じなかった。圧倒的な闘気もまだない。なのであるが、口から自然と言葉が出た事に驚きを隠せなかった。


「わかりましたよ決闘(フェーデ)ですね。何時でもいいですよ。さあ」

「むっ。言われなくともっ」


 現代の日本では禁止されている決闘であるが、ここミッドガルドでは普通に行われる事も珍しくない。今回の場合であれば、互いの名誉を賭けた戦いなのである。両者共に引く気はない。が、アルの一方的な通知にユウタの気は著しい高まりを見せている。

 

 互いの立つ位置から、一息で間合いを詰めたセリアの拳が眼前に迫る。

 ―――遅い。

 それを紙一重で躱しながら、ひざで蹴りを腹部へと見舞う。女だろうが容赦なく放たれたそれは、皮鎧を身に纏うセリアの身体を宙に浮かす。ついで、蹴りを連打し浮いたセリアの身体を更に攻撃する。強打を受け、びくびくと痙攣する彼女の身体を優しく抱き留めると、地面へと転がす。そして、アルへと向き合った。


「な、何だと。セリアが一瞬で? そんな馬鹿な。貴様は、一体何者だ」

「これからマッパでお帰りになる貴方に、そんな事を尋ねる余裕があるんですか?」

「う、うぁーーーっ」


 黄金の鎧を着た少年が腰に下げた剣を抜く。同時に、地を蹴りユウタとの間合いを一刀にて仕留めるまでに詰めた。

 ―――来い。

 そのまま睨みあう二人だったが、先に折れたのはアルの方であった。半身を踏み込み、右上段からもろ手で鈍色の輝きを放つブロードソードを振り下ろす。

 裂ぱくの気合いを孕んで、 


「せいっ」

「甘いですよ」


 しかし、それは少年の指で受け止められてしまった。剣を引き、何度斬撃を繰り出そうともユウタの指が正確にアルの剣を受け止める。斬り裂く寸前にて、それはぴったりと吸い付くように、小さな手が少年の振るう凶器の動きを封じていく。

 長髪の少年の顔面は、青ざめ唇を震わせる。


「そ、そんな嘘だ」


 そんなアルを他所にユウタは、無言でアルの腹に掌を当てた。それと同時に、金属の鎧をも浸透する剄を放つ。ユウタは、崩れ落ちたアルの身体を抱える。見物する者とていない。起きた闘いも僅かな時間での出来事だ。

 

 そのまま動かなくなった二人を浮遊の魔術をかけ、路地裏まで移動して転移門を開き帰還した。この転移門は、空間と空間を繋げる方式なのである。それは、ユウタが魔力を貯め込んだ泡の園アンリミットバブルフリーと名づけられたそれを利用して接合した空間を通過するやり方であった。この世界における空間転移魔術はユウタが幼少の時点では、大魔術に位置する。

 本来ならば魔術の第六階梯に存在するそれは、ワープ、テレポート、ゲート等とスキルへ細分化されるのであるが。この頃、ユウタ以外はほいほいと空間転移をしたりしない。

 

 それをお構いなしに使ったユウタは、アルとセリアの二人を家の庭にある木陰で寝かす。手押し車からシャルロッテを抱え起こし、粉ミルクを飲ませる。ふっくらと柔らかな手を持っていると、優しい気持ちにユウタは満たされた。


「(これは、容赦がないな。でも殺して口封じをするとか考えなかったのか)」

『そこまでは、ちょっとやり過ぎだよ。二人は正々堂々の決闘を挑んできたんだし』

「(この時には気が付かなかったって奴なのか。もう色々とフラグ立ちまくってるぞ)」

『そうかも。ごめんね』


 ユウタはインベントリからウルフの肉を取り出し、焼肉をし始めた。七輪などの道具は自前で揃えている。このミッドガルドは、文明度が相当に低い。木陰にて眠る二人の方へとユウタは眼差しを向けた。回復の魔術が使えない訳ではないが、それは本職に比べると著しく落ちる。効能は、傷を癒すとかそんな程度であった。

 

 キューブを何度も確認しては、効率を確かめているのである。治癒の技能は主にシャルロッテによって高められていた。熱を出したり、風邪に掛かったりと色々手がかかる子だったりするのだ。今日の仕事は、ある程度片付けながらユウタは二人の回復を待った。朝方に出かけて、日差しは中天を過ぎようとしていた。ユウタのやるべき事は多いのだが、二人を放置しておく訳にもいかない。

 

 ―――めんどくさいなあ。

 そんなユウタの気を知らず、先に眼を開いたのはセリアの方だった。狼耳をぴくぴくと動かし、ユウタの方へと薄目を開けて観察している。ユウタは、声をかけた。


「気が付いたかな」

「む。お前、殺さなかったのか。どういう了見だ」

「僕はそんな真似をしない。女の子を殺すのは、腐っている相手くらいだよ。それに弱い相手を倒してもなんの勲章にもならないしね」

「ヘタレた奴だな。もう一度、勝負頼みたい」

「いいけど。何をかけるんだい。こっちは命を賭けているんだけど」


 腰に手を当て考え込むそぶりを見せる銀髪の少女。その鋭い眼光がユウタを貫く。


「いいだろう。私の処女をかける」

「・・・・・・要らないけど。まあいいや。いつでもどうぞ」

 

 ユウタの言葉は、セリアの白い顔を赤く染めた。そんな事を言うつもりはない。と首を振ろうとするのであるが、全く動かない。


 ユウタの言葉に激昂したのであろうセリアは、牙歯を剥き出して一息に拳打の届く間合いまで詰める。が、それきり少女は足を止めてしまった。ユウタは、動きの止まった少女の打撃を待つ。膠着は静けさを宿した。動いたのはユウタの方であった。何気なしに繰り出された神速を見せるジャブのワン、ツー。


 セリアは、その打撃を避けれずに貰ってしまい倒れた。腹を狙ってくると読んだ為か、ガードが下がり逆に上ががら空きになった為、ユウタの拳をもろに貰ってしまう。


「(女の子の顔面を容赦なく打ち抜いているぞ。こいつは酷い)」

『手加減する余裕なんてなかったんだよ。負ければ死だよ』

「(あと、なんか弱くないか。おかしいな)」

『それは、その。彼女は、色々訓練したしね。ユウタ相手に奥義とか使ってないでしょ? 今の彼女は訓練で狼餓滅殺とかかけないよね』

「(なんだそりゃ。使われたら死にそうな技だな)」

『うん』


 崩れ落ちたセリアに回復と再生の魔術をかけながら、キューブを確認する。格闘士と治癒士のLVがぐいぐい上がっていた。セリアの口元から垂れる血を拭ったユーウは、まめにキューブを使っている様子だ。加えて、魔力をHPに交換するエクスチェンジなる魔術を習得している。高速回復を可能とする自然回復力アップのMPリカバリーマスタリーやトリガースキルであるHPペインを使って回復が可能だった。


 座って入れば、魔力は自然に回復するのである。だが、それでも足りない場合があった。モンスターとの戦闘ともなれば、ユウタは微細な攻撃を貰う訳にもいかない。すやすやと眠るシャルロッテの顔をぷにぷにと指で押しながら、ユウタは二人が目覚めるのを待った。


 ―――腹減った。

 鉄の網は魔術で加工された簡単な物だ。その上でウルフの肉を焼く匂いが周囲に拡散する。

 程よく焼けた肉は、筋ばっていてユウタには合わない。何しろ、飽食に慣れ親しんだ日本人なのである。が、食わねば腹が減る。弟たち二人にも食わせてやっていると、やがてアルが目を覚ました。飛び起きた金髪の少年が剣を手に立ち上がる。


「貴様。よくもやってくれたな。私に手をかけるとは、万死に値するぞ」

「無理やり決闘に持ち込んできたのは、そっちですよね」


 剣を頼りに立ち上がる少年。しかし、その足は揺れる小舟のように頼りない。両刃の剣をユウタの方に向け、自身を叱咤するかの如く吠える。


「うぐっ。ええい、もう一勝負だ」

「その前に僕が勝ったんですけど?」


 ユウタとしては、この先何度も勝負をしてやる気にはなれなかった。弾みで殺してしまったり、殺されたりという事は意外に有りえる。何より、こんな場所でこんな風に死んでしまっては一体誰が妹の面倒を見るというのだろう。という覚悟が能力を限界以上に引き上げていた。乗り気でないユウタの姿を見たアルは踏ん反りかえると、腰に手を当てて告げる。


「無礼は水に流してやろう」

「それで今度は?」

「つきあってやる」


 目をしたたかせたユウタは、目頭を押さえる。

 次いで、尻を押さえながら無言のままインベントリから剣を抜いた。

 

 ―――ボコボコにしておこう。

 少年の危惧を知らないアルもまた剣を構える。正眼の構えをとる少年アルにユウタは、無造作に歩き出した。アルは、怒りの咆哮と共に間合いに入ったユウタに向けて必殺の突きを繰り出す。が、ユウタはそれを(ショートソード)でわずかに払いのけて少年の懐へと飛び込む。蹴りを放つアルの足を捉えて、そのまま逆さまにする。同時に、うなじに向けて足刀で意識を刈る一撃を見舞った。


「・・・・・・」


 アルは意識を失い倒れた。ユウタはそれを眺めて、少年の身体を木陰へと移してやる。ついでセリアが起き上がってくるのを相手にした。そうこうしている内に、日も地平線へとかかっていく。起き上がる間に、薬草やトウモロコシといった食べ物に水を撒いてやる。ユウタの一日は忙しく過ぎていく。セリアとアルは、何度倒してもゾンビのように立ち上がって来る。


 この世界のゾンビは、王都近郊にある墓地を掃除した時に出会っているが。それよりも、二人は遥かにしぶとい。ゾンビならばファイアで一撃なのだ。

 

 次に二人が目を覚ました時には、帰るように言う決心を固めていた。


「おのれ~。父上以外には負けた事がなかったというのにっ」

「ヘタレ野郎に負ける等っ」

「「もう一勝負だ」」


 目を覚ますなり、二人同時に叫ぶ。ユウタは絶句した。

 ―――いい加減にしろ。

 これ程までにやられているというのにまだやろうというのである。沸々と湧き上がって来る闘志に、ユウタは自戒の念を入れた。


「今日は、もう遅いですよ。お帰りください」

「むう。そういえば、もうこんな時間か。セリアよ、帰るか」

「はい、姉上。お前、いや貴方の名前を聞かせてくれ」

「僕は、ユークリウッド。長いのでユーウでいいよ」


 アルは、こめかみに手を当てる。黄金の鎧は埃と土で汚れきっていた。その姿のまま親指を噛み、何かを考えているようであり、悩んでいるようでもあった。


「ユーウとやら。強いな。私の名はアル。配下にならないか」

「いえ、貴方が僕の下につくのが当然です。弱いのですから」


 ユウタが、ぽんぽんとアルの頭を撫でる。真っ赤になったアルは、まなじりをつり上げ血の涙を流さんばかりに吠えた。


「お、お前っ。次こそぶっ倒すっ。ユーウよ、お前を倒して必ず配下に加えてやるからな。覚悟しとけよ」


 茹蛸になったアルが影を作りだすと、姿をそこに二人して消す。ユウタは、まんじりともしない面持ちでそれを眺めた。厄介な相手に付き纏われる事になる事をこの時の少年は、全く想像していない。ユウタは、頭を抱えそうになった。影術は一般的な魔術ではないからだ。影に潜む技法は、邪術か神術に通じており黒魔術を良くする相手が持つ。


 ふうっと息を吐いて、後ろを見ると継母であるエリザと弟二人が立っていた。心配そうに見つめてくるのである。『心配いらない』そう告げてユウタは家の中に入って行く。風呂を焚き、飯の用意をしなければならなかった。ミッドガルドでは、風呂に入る習慣がない。川で身体を洗うくらいである。それに納得のいかないユウタが風呂を拵えていた。


 作っていたのは、トネリコの木で出来た風呂である。それなりに金が潤うようになれば、もっと良い物を作る欲望を持っていた。やがて、夕餉の時間となりユウタはエルザや弟二人を含めて、楽しく食事にする。エルザの食事もそれなりであった。シャルロッテを寝かしつけると、ユウタは夜の勉強が始まる。魔術に錬金術を含め、色々な事を実験するのだった。





 

「おい。ユーウ。今日も勝負しろ」

「いいですけど、僕が勝ったら頼まれていただけませんか」

「いいだろう。だが、次こそ勝つ」


 次の日からユウタの家には、アルとセリアの二人が押し掛けるようになる。朝の飯を作るのもユウタの仕事だ。母親であるエリザに任せて、のんびりとはしていられない。というのも、この継母エリザはそれなりに裕福な商家の出らしく食事を作るのが長すぎる。そして、悪い事に家を出奔する形で嫁いできたという訳だ。内情はよくわからないのであるが、どうにも堅物に見えた父グスタフは妾を抱えていたという事が明らかになる。


 歳の違わない弟たちの名は、アレスとクラウザーという。何とも大層な名前だとユウタは感じたが、二人は利発な子供であった。一を教えれば、十まで見抜く程の。ともあれ、二人には当面の間薬草の世話や家畜の世話といった仕事しか任せられない。継母であるエリザは性根はともかくとして労働力として見るには線が細すぎた。


 ユウタが手をつけた事業は、風呂屋から八百屋まで幅広い。だが、そんなユウタの前に立ちふさがる男たちが現れる。ユウタは、負けたセリアとアルの二人に八百屋の売り子を頼んでいた。そこに妨害する強面の男たちが因縁をつけていたのである。

 

 派手にばら撒かれる露店の野菜。そこでセリアが男の一人を投げ飛ばす。辺りからは人だかりが出来ていて、その間からは喝采が湧き上がる。因縁をつける男たちは、嫌われ者で通っていた。最もこの場合、商人ギルドを通さずに露店をやりだしたユウタの方に非があるのであるがそんな事は露にも知らず。大立ち回りをした二人にユウタの怒りがさく裂した。


「あの。店番を頼んでおいたはずですが」

「うむ。この通りになってしまったが、許せ」

「許せませんよ」

「うっ、うわああ。ユーウ、やめっ」


 セリアが散らばった売り物を掻き集めている。その横で、ユウタはアルのこめかみを後ろからぐりぐりと拳を突き立てた。ユウタのそれは、アルが『ごめんなさい』というまで続く。


 家の前では、下層の民家が立ち並ぶ通りがあり、王都の最外縁部に位置するアルブレスト家の邸宅。そこの前で白い服を着た少年と皮鎧を着た少女が売り子をしていた。そこへ現れた男たちは、如何にもな文句でアルとセリアを脅していたのであるが、次の日には土下座して這いつくばっていた。必死の形相でアルに許しを請う姿を見たユウタに向かって、


「ふふん。どうだ。こいつらがちょっかいをかけてくる事は二度とないぞ。俺に感謝するべきだな」

「そうですか。大変ありがとうございます。というと思いましたか。露店の売上げを計算してください。それが終わったら、道の糞拾いと風呂の掃除がありますからね」


 ユウタの言葉を聞いたアルは、目を剥いて顎と開く。


「な、なんだと。そんな話は聞いていないぞ。一体どういう約束になっているんだ?」

「は? もう忘れてしまったのですか。これだから貴族様という物は・・・・・・」


 目を白黒させるアルに向かってユウタは親が子を諭すように教えてやる。背負ったシャルロッテの調子を確かめながら。ユウタの説明が終わると、アルは長い溜息をついた。


「すると何か。二十八回もここ数日で負けているのか」

「そうですよ。ご自身の事でしょうに。覚えておいてくださいね」

「・・・・・・納得がいかん。なら、今日も勝負してもらおうか」

「ええ。何時でもどうぞ。何を賭けてやりますか?」


 その様をじっと見つめるセリアの視線にアルは気が付いたようである。こほんと咳をわざとらしく吐く。間合いを取ると、


「俺に勝とうとは、いささか舐められた物だ。このマントだ」

「では、いきますよ」

「いいぞ。こいっ」


 そのセリフが終わるや否やユウタは、アルの間合いまで接近する。渾身の抜き打ちを見せる金髪の少年。しかし、その剣が抜かれるよりも速くユウタの手刀がアルのそれを捉えた。したたかに打ち据えられ、次いで足を払ったかと思えば、アルの後背に立つユウタの攻撃がアルを宙へと飛ばす。浮いたアルは、頭から落ちてくるのである。それを無造作に抱き止めたユウタは、ゆっくりとアルを露店の椅子に座らせてやった。


 アルは空中で目を回してしまった。意識が混濁しているようであり、椅子から立ち上がってこない。セリアはそれを見ていた。ユウタの技を真剣に盗み取ろうというのであろう。それを見たユウタは、鼻の頭を掻く。


「こないのか」

「もう賭ける物がないのだが」


 連日のように来ては、服が一枚になるまで負けて帰るのである。今日も既に布一枚とズボンだけになっていた。来る時には、元気な狼耳も今は垂れ下がっている。

 それを観察するユウタは、


「別にいいですよ。女の子を痛めつけるのは、気が引けますが」

「ふっ。その言葉を後悔させてやる」


 セリアの気合いは十分。指をぽきぽきと鳴らし、間合いを取る。

 その間合いは、足刀が届くギリギリの距離であった。開始も唐突に始まり、セリアの機制を得んとする上段蹴りが放たれる。それを易々と捕えるユウタに反対の足で飛び蹴りを放つのであるが、それも掴まれた。


「ふん」


 ユウタの気勢よく回されるセリアの身体は、藁人形の如く振り回される。そうして、地面に叩きつけられた。咳き込むセリアは、降参のサインを出さないのである。何度も叩きつけられる内に、セリアの身体は弛緩した。ユウタは、セリアの気絶を確認する。息はあるのであるが、状態はよくない。強情な意地っ張りで見栄っ張りの少女に苦笑してしまう。


「(やり過ぎのような気がするぞ)」

『んー。君はステータスを確認しないからね。僕ちゃんと確認して手加減できるし』

「(そうはいってもだなあ。こういうのが後々に響いてる気がするぞ)」

『それを言ってもこの時にはわからないよ』

「(・・・・・・)」


 ステータスを見れば、良好か危険かは判断できるのであった。止めを刺す手前まで相手を追い込めるのもこの技能があっての事である。ユウタはユーウが何度もジョブを付け替えているのに驚いていた。ジョブチェンジなるスキルなのであるが、この技能は異世界人であれば大抵持っているスキルの一つだ。ユウタが驚くのは付け替えをした場合にステータスまで変化しているという事である。


 魔術師としてのユウタのステータスはINT>DEXタイプで上げている。基本的にモンスターとは、接近戦を嫌うスタイルを取っている。ウルフ等の犬タイプは、数が集まれば侮れない驚異なのだからだ。最初の戦闘でもユーウは、モンスターを倒す事に何ら罪悪感も恐怖も感じていない。ただ、邪魔だから駆除するそんな感じである。

 

 ユウタの魔術師としてのそれを置き、格闘士へとジョブをチェンジした場合ステータスはAGI>STRへと移行していく。売り物を補充しながら、ユウタは倒れた二人を店の横に寝かせてやる。この日の陽射しは容赦のない物であった。








 ユウタはそうして毎日を忙しく過ごしている訳である。通りに散らばる糞を処理したり、弟たちの弁当を作ってやったりとせわしない毎日だ。その日はアルが見知らぬ男女を連れていた。金髪の少年少女にユウタは警戒心を抱く。何時も共に連れ立っているセリアもまた隣に立っていた。アルもセリアも未だにユウタから一本を取ったり追い詰めたりする事はない。悉く一撃か数瞬の攻防で打ち倒されている。


「この平民はなんですの?」

「そうです。アル様ともあろう方が何故?」

「二人とも五月蠅い。黙ってアル様の言う通りに働け」


 セリアに一喝され、口をもごもごと動かした後に二人の男女が顔を真っ赤に変える。

 新しく連れてこられた少年の名はロシナ。少女の名はフィナルといった。共に、残念なほどのデブ具合である。そんな肉団子の如き二人にユウタは、容赦のない労働を押し付けた。水汲みから、水やりまで手広くである。露店を出す一方でユウタは、アル商会なる物を立ち上げている。内情は、主にアルを使って好き放題にしているのであるが。


 それでもって解決しているのは糞だ。通りに散らばる人糞が異様な異臭を放つので、王都に流れる一級といっていい河川ライン川を使って水洗式のトイレを増築させたりしていた。浄水場を作ったのもユウタであったりする。それを運営するのは、アルの配下なのであった。土属性の魔術で固められた水道は、鉄製のそれよりも遥かに強固な物であり、増改築に関してもユウタの土魔術で行われた。


 その手伝いをするデブなロシナとフィナルの金髪コンビである二名は、鼻もちならない言動でしばしばユウタに矯正されている。毎日行われているアルとセリアとの決闘が終われば、二人に強制指導が入る。が、中々腹はひっこまない。共にかなりの家柄なのである。当然のように取り巻きに傅かれる生活を送っていた二人が、傲慢かつ無知といささか残念な性格と体型になるのも不思議な事ではない。


 外周に位置するアルブレスト家の周辺では、治安もこの頃から急速に良好になっていった。蔓延る麻薬を盗賊狩りで終わらせてみたり、モンスターを駆除した場所で水田を開いていったりとである。そこの所はアルとの決闘で水の確保や耕作地の拡大をゴリ押しさせていた。ユウタはすぐにアルがなにがしかの高い位置にいる存在だという事を看破していたのである。同時に、森が近くにあればモンスターを退治しにいき木材を切り出す材木店を作るのであった。


 いつの間にか仲良くなった隣の家に住む三姉妹は、ユウタの露店を手伝うようになっていた。そんな日の昼下がり。モンスターの出なくなった王都の前に立つアルとセリア。二人は、水田を開く為にユウタに連れてこられている。一種連行とも言えるそれに、アルは整った顔を歪め、


「私は、下僕か何かなのか?」

「え? もう僕の奴隷ですよね。それ以外の何があるんでしょうか」

「うっ。セリア、なんか言い返してやる方法はないか」


 水を向けられたセリアは、背を向けたままアルにきっぱりと告げた。


「ありません」

「何故だ」

「それは・・・・・・肩を支えられたら真っ赤になったり、頭を叩かれて喜んでいるご様子。姉上は、もうすっかりぞっこんに・・・・・・」


 アルは、指と指を合わせながら、


「うっそれはだな。そ、そうだ。気のせい気のせいだぞ。あはは」

「はあ」


 そんなアルとセリアを放置しつつ、ユウタは貯水池と田んぼを平原に作っていく。エリアスがユウタに教えた土木魔術であるが、それを遥かに超えた精度でひたすら作っていった。それに合わせて二人は、後ろをついて行くのである。時折現れる野犬やゴブリンを処理しながら。午前中に仕事が終われば、午後はそうして何処までも何処までも水田を切り開いていった。


「お前。ゴブリンやらスライムが湧いてこないのは何故だ」

「えー。それは、説明するのが長くなりますが、宜しいですか」

「いいとも。王都の周辺が長く耕作地として向かなかった理由が、モンスターの湧きにあるのだ。これが解決できるならば、今以上に国力を増す事ができる」

「はあ」


 ユウタが説明したのは、耕作地の拡大方法であった。元よりとある事情を抱えて王都はここと選定された訳である。そんな事を露知らずにユウタは、自ら作った空間を支配する玩具『全ては掌の中』を使用して結界を広げていく。王都郊外に何処までも広げていくその結界でもってモンスターのPOPを阻止しようという案であった。その案は、瞬く間に効果を発揮し人口増と国内の安定に寄与していく事になる。


 やはり、モンスター等の脅威があっては人は耕作などのんびりと出来た物ではないからだ。そうしてアル商会は、穀物を握り木材や裁縫にアルコール類といった娯楽に手を伸ばしていく。資金繰りが厳しい局面も当然あるのであるが、この過程で多くの商人との軋轢が生まれた。露店は、店へと変わっていく。貧民窟等があった外周域も次第に様変わりしていくのであるが。


 


「今日も水田作りか。つまらん。これが終わったら、ちょっと迷宮探索を手伝え」

「いいですけど。命令するのは僕ですよ。それと、偉そうですねえ」

「え、えっとだな。偉そうじゃなくて偉いのだが・・・・・・」

「はあん? 聞こえませんねえ~。それだったら、もう少し民衆を労わってやったらどうなんですか? 今まで放置されてきた分しっかりとしてもらわないといけません」


 セリアとロシナが前衛として戦っている間に、アルとユウタはせっせと結界杭を地面へと突き立ている。ユウタは、ちょっとでも勘に触るような発言をアルがすれば、DV夫のように制裁を加えていた。何しろ少しばかりシャルロッテの頭に髪の毛が生える頃の事なのだが。貴族は放蕩三昧を続け、民衆は塗炭の苦しみを味わっている。それを苦々しく思っているユウタの身分は、平民といっていい騎士の息子であった。


 領地はなく、一代限りの名誉貴族。というのが父グスタフの地位であった。弱い立場に立って物を見るという人物にユウタは幼少のみぎりながら出会った事がない。居ないならば、変えてしまえばいい。そういう見地でユウタはアルに接していた。なので、命令ばかりしているのである。そんな時にアルが迷宮探索に誘う。フィナルが恐る恐る治癒魔術をロシナにかけ、セリアがウルフの残りを倒す。


「この辺にしておきますか。クリスやルーシアには店番を頼んでおきます。それからでいいですか」

「お。そうか。行ってくれるか?」

「僕としては、不本意ですが。シャルロッテは君に懐いているようですし、やぶさかではありません」

「では。済んだら、早速王宮に向かうぞ」

「ええ」


 ユウタは、半ば想定した通りの答えに頷く。隣に住む三姉妹は、ユウタに非常に友好的だ。なので、思う存分活用している。ユウタは幽鬼のようなルーシアの視線に重い物を感じていたが、気になるのは明るく陽気なクリスの方であった。末のオデットは、片目に眼帯をしたござる口調なので奇妙な違和感を覚える。

 

 シャルロッテのつぶらな瞳を見つめ返し、エルザの膨らんだお腹に期待しながら後の仕事を指示していく。アルが連れてきた配下には年配の人間も混じっている。テキパキとその作業内容を伝えると、用意しておいた指示書を手渡し、今日の進める作業を達成へと導く。ユーウの豆さは、ユウタにとって驚くべき部分であった。


 ユウタとその一行は、転移門を開き王城へと移動する。

とてもユウタと同一人物とは思えないユーウくん。

容赦なくアルやセリアを殴っています。そんな彼がヘタレていく訳ですが。ユウタは何かを掴みとって成長する筈、です。

ようやくたどり着きました。

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