119話 戦いは終わらないⅡ (色々)
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◆ 食人種に生まれ落ちた者
ゴブリンたちは、アーバインでの敗北から一転して戦力の充実を図っていた。
鬼角のガル・ダが、指揮の元に人間たち世界を支配するべく躍起になる。
ルナによって制圧された氏族はそのガル・ダの治める一群であった。
西に向かえば、人間世界へと続く森の端がある。
森へと侵攻してきた人間共を追い払わんと連日のように会合がなされていた。
だが、それは紛糾をみて結論がでない。
王が三人。三人ともに異世界からの転生体なのだが、それを知る者は三人だけだ。
強力なスキルを持つゴブリン同士が手を組み、外の世界へと討って出る事を画策していた。
森の外からの来訪者は、願ったり叶ったりである。
帝国と呼ばれる存在を知った彼らは、近郊のアーバインに目を付け落とさんとした。
だが、万全の用意で進めた筈の攻略戦は謎の獣によって崩壊をした。
モンスターを含めた戦力は、三千を超えていたのだが。
退却する軍団は、激しい追い打ちに合って崩壊。
以降は再編を余儀なくされていたが、前線のゴブ村が人間の手に落ちた。
それを偵察しにガル・ダは前に出てきたのだ。
そうした事情から前線に出たガル・ダの眼前に現れた人間は、尋常ではなかった。
黄金の鎧を纏った少年は、一息で間合いを詰める。
ガル・ダは、振るう剣を避けて逃げ出すのに苦労する事になった。
見た事もないような剣速を披露し、逃走するガル・ダを追いすがる。
剣気は、ガル・ダの魔気で作られた後背の防壁を貫通させてくる。
一撃毎に死の予兆を黒い身体に与え、王としての誇りを砕く。
―――死んでは意味がねえぇ。
あの場に留まっていれば、ガル・ダは何も成せずに死を迎えていた。
醜いゴブリンに転生した身である。
何としても人間世界に飛び出し、人を蹂躙する事が目的であった。
ガル・ダの顔は、かつて人の身であった自身のそれとは裏腹に壮絶なまでに汚い。
まがった鼻と、疱瘡にでも罹ったような顔は、一目見ただけで怖気を催す。
冒険者の女を捕えては、仲良くなろうと努力したのだが。
全く進歩がなかった。黒い小鬼は、神を恨んだ。
まずは、体臭がきつすぎた。人のそれとは隔絶するかのような汚臭。
女を抱こうとしても、あまりの匂いに相手は泡を吹いてしまう。
色々と試してみるが、森の中で取れる薬草の類ではどうにもできない。
身体を洗ってみても、全く取れないそれ。
肉体から湧き出る加齢臭などとは比較にならない。
ガル・ダは絶望しかなく、女を捕獲する事に血道を上げる。
森の中に来る冒険者を襲うにも限度があった。
何故ならば、この森は基本的に入って来る人間が少ない。
更に言えば、上手く捕獲できるのも限られていたのだ。
そうして、森の外を目指して軍団を形成していくのには時間がかからなかった。
日数にして、僅か数か月でガル・ダは森の中で王を張るようになる。
最初は、ただ強いだけの個体であった。
それが、周囲のゴブリンを圧倒的な暴力で服従させる所からガル・ダの覇道は始まる。
群れをより大きく。
そして、彼は同じ森に同じように覇道を歩む個体と出会う。
一匹は、とてもゴブリンとは思えない容貌をしていた。
どちらかと言えば、人に角やらを取り付け肌を青くしたような青い鬼だった。
もう一匹は、赤銅色の肌をし燃えるような頭をした赤い鬼だ。
両方ともに、好戦的とは言えないゴブリンであり、すぐにガル・ダは気が付く。
どちらも人間と変わらないような容貌をし、配下を大切にする部分を見て。
こいつらは元人間だと確信を抱くに至った。
直ぐに使者を送り、手を組む事を計画したのだが上手くいかない。
片方は不信のゴブリンであり、片方は知性的なゴブリンであった。
知性派の赤鬼と手を組んだ黒鬼は順調に戦力を拡張しながら、森の西へと手を伸ばしていく。
広大な森を三分割する事で、青鬼とは争そう事なく赤鬼の協力を得た。
冥府の門を管理する青鬼に協力を得られるならば、更なる強靭な戦力を獲得できるのだが。
彼らはその不信から、ガル・ダに積極的に協力しようとはしない。
赤鬼は北部に広がる山岳地帯へと勢力を伸ばし、青鬼は妖精族を含む森の東部へと本拠地を移動していった。二匹は、過剰な戦力を抱えず少数精鋭が方針としていた。
森の西及び人間達が開く開拓地を襲うようになり、ガル・ダの戦力は増加の一途を辿る。
人間の女を母胎とした増殖計画が、予想以上の効果を見せたのだ。
三日で孕み三日で生まれ三日で成人同様の戦力となる彼らは、ガル・ダの尖兵となっていった。
一人の人族から五十のゴブリンが産まれれば、さらにネズミ算式に増えていく。
森の中では、食料に困るのだがそれを解決したのが治癒魔術だ。
人間だけが、治癒魔術を獲得している訳ではない。
そのおぞましき発想が可能としたのは、グリズリーといった大型モンスターを捕え、肉を切除しては回復させるという物だった。切除された肉が、魔術の効能で肉を盛り上げ、元通りになる。
そうなれば、増やし過ぎたゴブリンの食料を供給する事は楽になった。
大きく手下を増やしたガル・ダが次に打った手は農耕である。
森の中に要塞を築くと同時に、農作物を増やし、練兵を行う。
ゴブリンを過度に増やさないように人間の女を宛がう事を止め、慰安施設を充実させていった。
食料も料理を行う事によって、ガル・ダ自身に楽しみが増える。
温泉ならぬ魔術による風呂屋経営や騎乗用のモンスターの飼育にも手を付けた。
人間の男は食料となるのだが、他の二人同様に彼は奴隷として扱う。
戦闘用に調教を施し、使えるようであれば自由意思でもって解放するのは赤鬼。
問答無用で、殺して喰うのが青鬼。
黒鬼は、農耕や書物等の教育等をゴブリンに施す役目を人族の男に与えた。
教育こそが、食人の頸木から逃れる術だとガル・ダは知っている。
人間ですら、人間を食う者もいる。人肉団子やソニービーンのように。
森の中では、すでに強敵となるような相手は倒し終えている。
妖精族やドワーフといった強敵もいるが、対決しようにも結界が阻み入れない。
加えて、かの種族たちの領土は青鬼、赤鬼の支配域を超えねばならなかった。
ガル・ダにとっては異世界。過酷な生存競争を強いる世界で二ヵ月で基盤を作った。
そうして、戦力を充実させた二ヵ月が過ぎる。
ガル・ダはゴブリンキングへと成長をとげ、最早誰はばかる事のない王道を歩む。
ただ、不満なのは自らの美醜であった。他の二人と違い、ランクアップを経ても自らは爛れ顔の病を得たような面である。それは、ガル・ダに大きなコンプレックスを与える事となる。
人間の女を抱いても、決して彼に惚れたりはしない。
どんなに歓心を買おうとしても無駄であった。
―――もう、どうでもいいわ。
かつて、整った容姿と涼しげな眼差しで女たちを虜にしたガル・ダにとっては衝撃であった。
より美しい女を求めて、自らの容貌を変える為に森の外へと出ていくのは自然の流れだ。
人間の魔術師が持つ知識で悪臭をどうにかし、前世の自分を取り戻す。
いささか小さい望みだが、ガル・ダにとっては重要な事柄である。
ガルダの悪臭で抱く女が気絶してしまい、まともな行為ができないのだ。
全くもって雄としての沽券に関わる。
エルフを捕獲する事ができればいいのだが、彼彼女らは結界から決して出ない。
流れとしては、森の外に前線基地を作る予定であった。
森の外に出た配下の一将が、村を襲っては得物を仕入れてくるようになり、ガル・ダの野望は楽に達成されるかに見えた。
未知の文物は、ガル・ダの知識を大きく刺激し、工作や武具の発達に大きく前進をみる。
すでに戦術的な物を配下の将に仕込んでおり、武器や防具を装備したゴブリンたち。
人族が支配するアーバインの町を落とす事が出来れば、展開は劇的な物になっていた筈。
ガル・ダの誤算は、森の外には想像だにしない戦闘力を持った個体がいるいう事だ。
今回のように。
ブラック企業での過労死から異世界へと転生したガル・ダ。
彼は、この世界を変革せんと苦闘する希少なゴブリンの一匹である。
圧倒的な戦闘力を持つ相手をどうすれば倒せるのか。
その手段を思考する事ができる。
強力なグリズリ―たちのボスであるアースハンドレッド。
二つ名を得るに至った森の番人を倒し、ハイゴブリンへとランクアップした事は記憶に新しい。
ゴブリンとしては破格の力を身に着けた。
そうして、森の外へと出る野望を燃やす人外の元へ帝国の工作員が接触してくる。
彼らの望みは、王国の混乱であった。
それは、森から出んとするガル・ダの助けとなる。
ガル・ダの差し向けた兵に対して、様々な妨害工作を行ったのだ。
結果を大して期待していなかったが、彼らの手駒である忍者は多いに働く。
方々で過小評価された兵力と軍勢の内容が結果落とせなかったとはいえ、アーバインの町を追い詰めたのは、ガル・ダにとっても確かな手ごたえである。
目下は、軍団を再編する為腰の運動をしている最中だ。
ゴブリンキングとなったガル・ダの子供は、一週間で百五十ともなる。
青鬼や赤鬼と違い、ガル・ダに選り好みはない。
行為をされる方からすれば、堪ったものではないのだが。
出産所も練兵所も戦場さながらの状態となっている。
どんな屈強な戦士であろうとも疲労に満ちる時は必ずくる。そこを突けば、一騎当千のつわものとて必ず倒せる。その為の作業であった。その行為をする部屋は、女たちが順番に固定され家畜小屋の如き様になっている。ガル・ダの臭気で女たちが死んでしまっては意味がない。
―――女共に心なんぞいらねぇ。
なので、それは壁埋めと呼ばれる物だ。
女たちには自殺が出来ないように施しをされ、加えて狂わないように定期的に本や美食を提供される。極限の空間で、女たちの精神は崩壊しやすい。見えない相手と出産の恐怖は、容易に彼女たちのプライドをへし折る。
これは、ガル・ダが元いた世界で知っていた物を改良した物だ。
大量に、且つ効率よく兵士を補充できるガル・ダ軍。
方々へとゴブリンを送り込んでは、成果を獲得していたのが嘘のように逆襲を受けている。
人間の冒険者は、基本的に強い。
下位のゴブリンでは捕える事が出来ない上に、パーティに女を含んでいる率は希少なのだ。
ガル・ダが偵察と称して前線に出るのは、何も強いからだけではない。
女を捕える事が出来るゴブリンは少なく。そして、捕えても王に供物として提供する物として規律をつくっていない。何故ならば、最初に作ったのである。彼が捕えた物は、彼の物。部下が手に入れた物を横取りしては、不満が募る。
ゴブリンの中でも、圧倒的な強さを誇るガル・ダ。
だが、彼の恐怖をもってしてもゴブリン共を律するには賭けとなるのだ。
こうして高度に規律を有するとは言えない軍団が形成される。
それでも、森の中ならばゴブリンは冒険者を圧倒する事もあった。
件の村を制圧する場面等である。元々は王国での権力争いに敗れた一族が住む村だったのだが、今ではその面影はない。全てガル・ダの掌中にある。
---佳い女を確保してぇ。
彼の脳裏にこびりつくのは、自身の身体を傷つけた雄と追い詰める雌だ。
片方は嗜虐の為に、片方は快楽の為にである。
女の確保とそれを奪還するのが、自身のするべき事であった。
帝国よりもたらされた情報によりゴブリンは圧倒的劣勢に位置している事を理解していた。
戦力比で言えば、蟻と巨象であり、戦う前から踏み潰される。
そのような状況を赤鬼と青鬼は知らない。
人類が、王国軍が本気になって森に攻めこんでくれば一日で焦土と化すだろう。
彼らの傲慢とその思い上がりが、ガル・ダの付け入る隙なのだが。
アーバインの戦いでもそうなのだ。彼らは味方である筈の軍に援軍を送らせる事をためらう。
次回の再戦では負けない事を心に刻みつけ、ガル・ダは風呂につかる。
―――いい穴だったぜぇ。
先ほどまで、女をむさぼり行為を終えた身体に湯が心地よい。
現在はアーバインを諦め、最寄りの町へと攻略先を変える事を想定している。
一気に落とせる程、ゴブリンと人族の間に戦闘力の差がないのである。
人口一万程度の町が望ましかった。
防衛力が五百程度の戦力しかない町。
それに目星をつけたのもここ数日の事である。
ゴブ村を取り返すと同時に、町の攻略に乗り出す。
何しろ事は、速度が問われる。すでに最初の一撃には失敗。
こうなるとゴブリンは駆除される側になるのだ。
それは、ガル・ダの知識に照らし合わせても漏れのない事例で。
そんなガル・ダの焦りを流すように、湯はガル・ダの皮膚をほぐす。
湯は、人間の男に沸かさせたものだ。
湯を沸かせているのも、自然に湧いた温泉などこの地では望めない。
そうそう都合よくボーリング技術などもないこの世界で確保できる水すら少ない。
よって、水はゴブリンマジシャンに作らせるより他なかった。
もしも、水を確保する術がなかったのだとしたら、今のような要塞を作るどころではない。
ゴブ王は、ゆったりと風呂につかり瞑想に入る。
◆ 鳥の思い出
むかしむかし、ある所に一人の男がいた。
その男には、親交の厚い友人がいて足しげく遊び楽しく人生を送っていたのだが。
男は、動物を狩る生業をしていたが蜥蜴と鳥を拾ってしまう。
言葉を話す事の出来る不思議な二匹である。
会話しながら怪我をした二匹を世話する内に、耕作へと転向したのだが事情があった。
赤い蜥蜴は、竜種と呼ばれるそれであった。
鳥の方は、鶏と白鳥を足して割ったような醜い容姿をしている。
蜥蜴は、毎日同じ蜥蜴や人間の子供に苛められていた。
赤い鱗は傷だらけで、裂傷が絶えない。力が弱く、大人しい蜥蜴はいい標的である。
鳥も同じであるが、鳥の方は弓矢が刺さっていたりして酷い物だった。
醜いから、ただそれだけで鳥は遊びの的になる。
そういった事が男に狩猟をやめさせた。
けれども、男も生きていかねばならないのだ。
食料を得る為に、方々で薬師の真似事をやって見せる。
が、それが裏目にでた。
どこからか情報が同業者に知られる事になり、何故か蜥蜴と鳥の苛めは苛烈になっていく。
赤い蜥蜴と鳥を人間の苛めから庇う男は、度を超えた暴力によって命を落としてしまう。
庇われた蜥蜴は、全く動かない男を見て涙を零した。
滅多打ちにされた男の頭部は、変形し虚ろな表情は無念さを語っている。
流れる涙を怒りの炎で蒸発させながら、
「俺は、強くなってやるっ。お前はどうするのだ」
吠える赤い蜥蜴。その狂気に怯える鳥は、傷ついた足を男の傍らで止める。
「私か。私は見ての通り何の力もない。ここにいるよ」
「ふむ。根性なしめがっ好きにしろ」
蜥蜴は吐き捨てると、その場を去る。
矢の的にされたり、魔術の火であぶられた鳥の身体は上手く動かない。
死んだ男の身体を引きずりながら、場所を移動した。
―――動かない。
木陰までではあったが、鳥の足は折れてしまった。
鳥の身体は、もう限界を迎えていたのだ。すっかり汚れで曇ってしまった羽は萎びている。
鳥の身で、大の大人を運ぶには無茶が過ぎた。
鳥は、男の手の平に身体を乗せ目を羽で覆う。
鳥がそうしていると、男の友人が現れた。
いつも温和な表情をしている少年で、人間の基準でいうならば美少年であった。
毎日男の元を訪れ、楽しげに会話をする少年は、鳥を可愛がる。
絶望しきった表情を浮かべた少年の両手は、真っ赤に染まっていた。
金髪で可愛らしいと、評判の少年に何があったのか鳥にはわからない。
「ユー。どこだよ。ユーっ! ああああ。僕が嘘をつかなかったばかり君は死んでしまった。命の波動を何処にも感じないっあああああ。人間めぇ。・・・・・・あはは。あは、あはは、あーはははっ。ああ、そうだよ。ゴミ虫は死ねばいいんだっ。さっさと処分しないからこうなるんだ。糞ジジィッ。出来損ないの肉人形なんて作るからこうなるっ」
少年は、男の身体で出来た血痕を掬うと舌でなめる。
どれほど舐めていたのか。夕日が傾くと、少年は鼻歌を歌いながら去っていく。
その口は三日月のように割れていた。
少年の狂気は、冷たい水をかけられたが如き悪寒となり鳥の筋肉を震わせた。
鳥は、冷たい男の身体を温めようと上に蹲っている。
毎日抱いて一緒に寝ていた暖かい身体は、何の鼓動も立てていない。
もう鳥には動く手段がなかった。矢で羽を射られた結果、鳥は飛べなくなり。
今また、足が折れて歩けなくなった。
せめて、男の亡骸を鴉等の死肉漁りから守ろうとこうして座っている。
鳥は力が無い事を悲しんだ。もし、鳥に力があれば男を殺させずに済んだのにと。
戦わないまま死ぬのは、戯言でしかない。蜥蜴も同じであったろう事は明白で。
涙のでない鳥は、目をしたたかせてみる。どれだけやっても無情であった。
恩ある人が死んだというのに、鳥には涙一つ流す事ができない。
―――どうして君が死ぬの。悲しい。
もっと、男と生きていたかった。別に何かを望んだ訳ではなかったのに。
鳥が何かをした訳ではないのに、世界は弱者に生存を許さない。
鳥は悔しかった。
もしも、人を導く力があれば、平和な世界で争いのない世の中を作りたい。
叶いもしない鳥の願いだが、毎日真剣に神に祈りを捧げていた。
そうして、亡骸を守っている内に鳥は瞼を閉じてしまう。
男の亡骸を運ぶ際に、身体の中にある傷が開いてしまったのだ。
ゆっくりと、鳥を死神が鎌で狙いをつける。
鳥が目を開けた時、そこは別世界であった。
まず視点が違い、身体を動かせば鈍重だった元の身体の何倍も早く動いた。
そして、目の前には一人の老人が立っている。
「ふぉふぉふぉ。目が覚めたようじゃな」
「あの。私に何かしたのですか」
「うむ。実はのう、お主にやって貰いたい事があるんじゃよ。頼めるかのう」
「はい。私に出来る事でしたら」
老人は、長い髭を撫でながら鳥に告げる。
「よいか。お前はこれから仲間を率いて海を越えねばならぬ。その為の道具を授けよう」
頷く鳥は翼を前に出そうとすると、人の手が動いた。
何と鳥は仲間のように人型になっていた。
そうして不思議な老人から鳥は様々な物を授かる。
海を越えるのに使われるのは巨大な船であった。
大きくも小さいそれは、空間を捻じ曲げて小さく出来ると老人は言う。
守るのには、結界機アンビシオンと聖剣デュランダルを授かる。
そこまでしてもらいながら鳥には恩を報いる事ができない。
鳥が情けない気持ちを羽に乗せて震わせていると、老人が優しく鳥の頭を撫でた。
「お主は優しい子じゃ。きっとあの二人を止めてくれるじゃろう。じゃから頑張るんじゃぞ。あの男とは、いつかきっと会う事ができよう」
「あの、ご老人。あの人の死体はどこにいったのでしょうか」
「ふむ。それはのお。・・・・・・お主の身体を作り替えるのに糧となったんじゃ。あの男は蘇生を断り、お主の生を願った。お主の身体はあ奴といってもよいじゃろう。ゆめゆめ、その心意気を忘れるでないぞ」
そう言うと、老人は姿をかき消した。
存在を鳥にははっきりと近く出来た。そこで初めて、鳥は涙が流れている事に気が付く。
「うーうーうーぅぅぅ。ふぅーううう。また、会えるよね。いつか、また。ううぅー」
大滝のように流れるそれは、ラインの源泉とも言われるようになる。
鳥の生み出したそれで、川が出来ていた。
鳥はそこから離れると、仲間を集めて老人に言われた通り土地を離れる。
大陸では、赤い蜥蜴が急速に力をつけ竜となり有翼種にも危険が迫っていた。
仲間を連れて脱出する頃、赤い竜が戦争を起こした事を知る。
同時にあの少年も神々に反旗を翻し、時代は混沌の様相を迎えていた。
鳥が仲間を隣の大陸に運び、元の大陸に戻った頃には相次ぐ戦争で人々は苦しんでいた。
二人を説得しようとしたのだが、既に片や竜帝、片や邪神と化し聞き入れられない。
両者の暴力が吹き荒れ、柳のように翻弄される人を救う為に鳥はとある国を作る。
土地の名前は、ガリアン。打ち立てられた国をリヒテルシュタインという。
三つ巴となる三人の戦いは、終わりを見えない様相を呈していくのだった。
後年、人も神も竜も獣人もあらゆる種族が争った神々の黄昏と呼ばれた時代の狼煙であった。
◆ 英雄王の苦心
旧ゴブリン村は、冒険者で溢れていた。討伐クエストのランクが上がり、中級以上の者達が続々とあつまりつつあった。元々は、廃棄された村だけに立て直すのにも時間をさほど要さなかったのもある。
ユウタは、アルトリウスと二人で茶飲み小屋に腰を掛けていた。
テーブルには、暑さを和らげるように氷菓子が出ている。
ひんやりとした硝子の感触とさくさくとした舌触りをスプーンで楽しみながら、
「ユウタ。先程の黒いゴブリンについてだが、知っている事はあるか」
「はあ。強そうなゴブリンでした。それが何かあるのですか」
真面目な顔をして返すユウタにアルトリウスは、手に持ったそれを落としそうになった。
「勉強が足りないな。ユウタよ。相手を知り己を知らば、百戦危うからずといったのはお前だろうに。それとこういう事を学園ではしっかり教えてくれるのだからな。よく学ぶべきなんだぞっ」
「はい」
思わず返事が小さくなるユウタ。少年の前で、アルトリウスは紙を取り出す。
そして、鉛筆で文字を書き始めた。
ユーウが領地で開発した物であり、今では彼の領地と王宮内で広まっている。
「これがノーマルタイプ。緑色のゴブリンだが、体長は約百五十cm程度だ。大きい者になると普通に人と変わらない。がそういうのはレアと呼ばれる。ここで注目すべき事は、やつらが冥府より湧き出る魔素を流用している点だ。基本的には、ゴブリンという奴はこの森以外ではまとまった数はいない。推定では、一万匹程度が繁殖していると見られるが、中から出てくるのは殆どいない」
「はい先生。何故ですか」
質問するユウタ。だが、その視線は鉛筆と紙を食い入るように見つめていた。
アルトリウスは頷きながら紙を指で叩いて示す。
「それは、ここだ。この森には、ヘルが支配するニブルヘイムへの入口がある。そして、奴らの力の源である魔素の供給源だ。昔は至る所で、その魔素が発生していた。だが、ユーウが除去してしまったしな。今では、戦力差が激しすぎて戦いにならん」
「ルナ様は、苦戦されてましたよ」
「あれは、諸々の事情があるのだ。ここで、詳しく説明するわけにはいかんな」
ユウタに知られる訳にはいかない事情があった。
ルナがユーウの婚約者候補で有る事もだ。対抗馬は、レオなのだがいささか頼りない。
アルトリウスは知っている。レオが一目でユウタの事を見抜いたであろう事を。
でなければ、貴族が平民に面倒事を聞く筈がない。
例え未来に渡る先行投資であったとしてもだ。
レオからアベルに伝わってなければ、ユウタに対する優遇など有りえなかった。
貴族という物は、善意で動く事などまずない。
―――ヘタレがっ
レオにルナを譲る形で辞退する事は予想できる。
だが、それでもルナに対する憎しみの炎を押さえるには労苦があった。
アルーシュが殺してしまえと言うのだ。ユウタがヘタレてしまう原因になる。
大体が、他人に対する懊悩が起因となってユーウもヘタレ化していった。
他人にばかり気を遣うようになり、彼の人は弱くなっていった。
その戦闘力とは裏腹にである。
―――さっさと惚れろよっ
森についてユウタに説明をする少女は、少年のまなこをじっと見つめた。
ゴブリンに限らずオーク、コボルト、リザードマンが棲むこの森のモンスターにはノーマル、レア、ハイ、デューク、キング、ロードとクラス分けがされている。
中でも、ロードともなればアルトリウスとて危うい力を持つ。
不死身に近いといっても、やはり権能を封じたりされれば肉を持つ身。
今のアルトリウスは、不滅の存在ではないのだ。
アルルがハイデルベルに用意しようとしている兵数は五万だが、今日昨日でそうそう数が揃う物でもない。旧アルカディア軍は五十万近いが、それをそのまま移送出来るのではないのである。
白銀の剣は、旧聖処女の剣を母体とする騎士団。
幼い頃よりアルルに仕えてきたシグルスがそのまま団長になった事には、反発も多い。
つまり、ミッドガルドに居る兵士の五千を使えなくなった彼女には荷が重いとアルトリウスは見ていた。アルトリウスは、人である。したがって、彼女が言う綺麗事には辟易していた。
―――無能共を助けてどうする。
塵は一掃するべしというのが、アルトリウスの持論である。アルーシュに至っては、殺し尽くしてしまえばいいと主張する。アルルは王女を使って国の再興を目指すというのだ。
これには、相当な時間がかかる。そして、それを補佐する人材がかの国にいるのか。
果たして再興したとして、ルーンミッドガルドに益はあるのか。
ハイデルベルでの戦は、完敗だ。情報戦で負け、局地戦でも序盤から敗退に敗退を重ねた。
加えて、今頃になって王都の傍まで敵軍が侵攻している状況である。まともな指揮官ならば、即時撤退を主張する事であろう。ユーウの開発した空間魔術が、無制限の補給を可能としなければだ。
逆に言えば、敵が取るべきはそれを断つ事なのだが。
空間転送器を破壊しても、ゲートにテレポートといった空間魔術は大抵の魔術師が使える。
故に、それは詰みとならない。かと言って大将首を上げる方法だが。
可能か不可能でいえば、冥王か爺クラスでなけばアルルは殺せない。
アルーシュでも可能だが、彼女は鳥が大好きだ。彼の鳥が好きだ。馬鹿、ゆえに愛されるという奴であると推量している。
加えて、傍に控えているシグルスを討ち取るのは容易な事ではないし。
彼女を相手にするのは、竜族でも骨が折れる。
どうにかする手といえば、圧倒的多数でもって王都の守る意味を失わせるしかない。
結論からすると、国王側はただ時間を稼いでいるだけでよいのだ。
アルルが野戦を挑むと聞いていたが、これまたナンセンスな話である。
兵数が負けているなら、各所に精鋭を配置し、ゲリラ戦に訴える等時間稼ぎをするべきなのだ。
敵の方が短期決戦を求めて出てくる事は必定であり、ハイデルベル軍に必要なのは時間だ。
アルルは、ユウタに頼りきりであるとしかアルトリウスの目には映らない。
都合よく使える者をこき使うのが王族という物だが、そうであっても自身が先頭に立つべきなのだ。最強であるが為に王族である意味を持つ。戦略と戦術で負ける相手に、スペックの違いで以って粉砕するのがアルーシュであり、アルトリウスだ。
配下を無能と責めるには、敵の忍者が優秀すぎた。優勢ならばいいのだが、一度劣勢に立った展開をみせれば、それはもう詰みとしか言えない状況である。異世界人をフル活用出来ればいいのではあるが、件のミユキや健一郎であっても毎回の出撃は厳しい。
異世界人を含む上級騎士達は、その扱いが慎重にならざる得ない。
ユウタが顔を上げると、その視線の先にはドス・クアッドが立っていた。
不祥事から、自ら率いた青騎士団を降りた人物である。
今なお見つからない一人娘の行方を追っているのだ。
―――あー邪魔くせぇ。
怒気を放つアルトリウス。それを見るドスの顔は、青くなっていた。
王族を前に、腰を九十度に曲げる一礼をしながら、
「これは、アル殿下。ご機嫌麗しく。この度は、どのようなご用件でここにおられるのでしょうか」
「ん。ああ、ユウタとデートだ」
「は?」
ドスは、上げたバイザーの中で目を丸くする。
遠巻きに見ていた冒険者たちが尻を押さえ、明後日の方向に目を泳がせる。
アルトリウスの見た目は、極上の美少年なのだ。
ドスはアルトリウスの本体を知りながら、記憶を消されていない人間である。
中年の重戦士は、周囲の人間とは違い視線を真っ直ぐに向けた。
ヘルムを取りガシガシと白髪を掻きながら、
「宜しいのですか。本国の騎士たちは、納得しますまい。これは決闘の嵐が吹きますぞ?」
「うむ。それだが、奴に決闘を挑む事は自殺行為だぞ」
「何故ですか。まさか・・・・・・」
「アルーシュが黙っていまい。奴を相手に生き残れるとは、思わないことだ」
断言されたドスが悩みながら去って行き、代わりにセルフィス・ユンカースが現れる。
ドスを慕う彼が同時に退団した事は、大きく青騎士団の人々を悲しませた。
セルフィスは、快活明朗な好青年であり、若い騎士の兄貴分であった。
後ろにはサワオ・バルト。ルイム、クー、ナルが続き、一同でアルトリウスに一礼する。
バンバンとユウタの背を叩き、
「よっユウタ。元気にしてるか」
「あっセルフィスさん。ご無沙汰しています。ええ、この通りですよ」
「そうか。まあ、大変だとは思うが頑張れよ」
鈍色の鎧をきた男をその一行は、アルトリウスに再度一礼し、ユウタと会話して去っていった。
セルフィス以下は冷や汗を流していたが、それもその筈。
アルトリウスが、自らのスキルを使っていたが故である。
―――邪魔が多すぎる。
少女は、苛立ちを隠しきれない。手を握りしめては、開ける。
顔を向けた先。ひっきりなしに出入りする村の入口は、冒険者の出入りで賑わっていた。
ユウタも冒険者であるから、森の奥を目指して進みたい。
自然と彼の口からはそのような言葉が漏れる。
「そのアルトリウス様は、ユグドラシルの樹がどこにあるか知っていますか」
「その話をどこで聞いた」
「それは秘密です」
「うーむ。それはなあ、私も秘密としかいえん。が、一部がこの森にある。高位妖精たちが住み家にしているな。ただ、大分奥な上に結界がある。ゴブリン共が跋扈する為に、近づくのも難しい。まずは、ゴブリンキングを倒して近づくしかない。だが、彼らは中々に厄介だ。モンスターが厄介だからといって、森を薙ぎ払う訳に行かない。妖精族まで殺してしまうからだ」
それを聞くユウタは、不満げな表情だ。
何しろ、彼としては森の中を冒険もさることながら、まとも戦っていない。
来る敵は、魔術で一発である。魔術師が三人もいれば魔術が乱れ飛ぶ。
少数であれば、ドス子とアルトリウスと雪城の三人が秒殺してしまった。
それがアルトリウスの視点である。合っているかは別として。
更に進むべきであったが、そろそろ時間である。
運動の後には、二人で果汁ジュースを飲む事を予定にいれていたが。
―――どうしたらいい。
悶々としている内に時間は、流れてしまった。
身体と心の順序が逆転しまったが、それは非常に重要な都合がある。
ユウタが、懐から出てきた黄色い蜥蜴と遊んでいるのを横目にしながら、
「時間だ。帰るぞ」
アルトリウスは名残惜しげに、ユウタを眺めつつ帰還した。
自身には、やるべき事が多すぎる。
ユウタとのあれは、只の気まぐれではない。
無限の魔力と無数の権能を持つ童帝を封じ、引き換えにユウタのスキルを回復させる。
世界どころか次元を崩壊させかねない彼の力を封じる事も視野に入っていた。
童帝の力は、七つに分割され管理される事になっている。
セリアが承諾したのには、アルーシュの強制があったと推測している。
無限で夢現。リザレクションなどを気軽に使ってしまう等普通は、有りえない。
いくら精神力=MPという物であったとしてもだ。
死者の蘇生は、創造神の権能であり、その信仰心に大きな影響を与える。
それ故、封じられるのもアルトリウスには理解できる。
童貞を奪って、二重の意味で力を封じた訳だ。
だとしても、ユウタは超絶の力を持つ。
今後ユウタには、大きな局面に当たる事が予想されるが。
当面は、世界の崩壊を防ぐ事に成功した。
アルトリウスも色々と苦心しているのである。
そうして、結局最後に言う事は桃色だった。
―――子供は三人は欲しいな。
ユウタと別れる際に、アルトリウスはユウタの耳元で囁く。
「そうだ。子供の名前は何がいいか考えておけよ」
少女の耳を蕩かす声に少年は、氷像になった。
◆ お仕事に終わりはない
城前でアルトリウスと別れたユウタは、ハイデルベルへと移動した。
部下は、件の六人である。パーティー外であった雪城を加えている。
そのハイデルベルにある公館の一室で謁見していた。
どこからどう見てもユウタには女に見えるアルルが口を開く。
「ユウタよ。よく来たな」
「はっ」
「見事任務を成功させた。大儀である。お前を従騎士として取り立てよう。光栄に思うがいい。ついては、配属先を決める所なのだが。色々横槍があって、未だに決定できない。しばし、待て」
アルルは、腰を落とすユウタに最大限の威厳を出す。
それをフォローするのはシグルスの役目であった。
「詳しく説明するとですね。レオ君の父上が率いる黄金の盾。私の白銀の剣。ロシナ殿の赤い大剣。ヒロ殿の暗黒の槍。アドル君の青雷の鎧。手を上げている騎士団がこれだけあるので、選定に難航しているのですよ」
「このまま行くと、決まらないままだ。派遣騎士なんて物になる」
「何で、そうなるんですか」
ユウタは、派遣という言葉に暗いものを予感する。
何しろ年がら年中こき使われてきた。
死ぬまでそうであったのだ。
当然ながら反発もある。
それを知ってか知らずかアルルは片手で頬杖を作り、
「アルトリウスもアルーシュも一歩も引かないからな。黄、緑、紫、藍のは沈黙したままだ。それもこれもユーウが行方不明なせいなのだが」
「その話はここまでにしましょう。我が方は、ユウタ殿の潜入作戦を受けて非常に有利な立場になりつつあります。既に、戦わずして講和の使者が来ている程です。最も、反乱を起こした者は全員死刑をまぬがれません。反乱軍に加担した兵もまた同様です。根こそぎ処刑か鉱山送りにする事になるでしょうね」
シグルスは熱い眼差しをユウタに向ける。
満更でもないユウタは、機嫌を戻し穏やかな声を出す。
「使者がきたんですか」
「うむ。あまりの馬鹿馬鹿しさに、危うく塩漬けの首にする所であった」
「腹を抱えて笑うのは、どうかと思いましたよ」
アルルは笑顔でユウタを見る。
頷く少女は長髪の首筋に手刀を当ててみせ、
「いやなあ。勝利を目前にして、敵を見逃す上など愚者の極みだろう。そんな王がいれば、滅ぶべくして滅ぶ国なのだ。私は、阿保の子と言われるが。それでも勝ち時というのはわかる」
「ご立派ですよ」
「という訳でだな。こちらは大体勝負の趨勢は決まった。敵の反乱軍は、自壊しつつある。既に出発した先遣隊は戦わずに降伏した兵を収監している。敵を粉砕した後の事は、この国の王に任せるつもりだ」
「それとアイーダ伯爵の件で、褒章金を下賜して下さるそうです」
シグルスが手を打ち鳴らすと、ドレッドとレィルが台車に袋を積んで運んでくる。
落ち着いた表情をしていたユウタであったが、目を輝かせた。
「他の奴らは反対するが。相応の働きには対価を与えねばならん。ユウタよ、前へ」
「はっ」
大きな袋の中には小さな袋が何個も入っている。
一袋で十万ゴルと推定。
ユウタが、イベントリに袋を入れていく。
―――有難いなあ。
気持ちとは裏腹に、ドレッドとレィルが悔しそうな表情をしていた。
ユウタは、顔が崩れるのを押さえる。が、口元が緩む。
顔面の筋肉は素直であった。
「それでは、ユウタ。再度襲撃するも良し、ここを警備するも良しだ。下がってよい」
「ははっ」
アルルの元を退出するユウタは、一人の男に呼び止められた。
執事風の服装をした男は、木陰丸の配下を吐露する。
「初めましてユウタ様。木陰丸様の配下の者です。少しよろしいですかな」
「ええ、それで何ですか」
男は壁の隅へとユウタを招く。往来の激しい廊下には、ユウタの女たちを立たせておくスペースがない。
「これをお読みください。木陰丸様の感謝とお願いが書かれております」
「そうですか。それは勿論ですが、お金が頂けませんか」
「それは応相談という事です。百万ゴル程度の謝礼を用意してございます」
「おお。ありがたいです」
世間用に作られた微笑が崩れ、ユウタは地がでる。
ユウタの顔面は強度が脆い。
執事風に姿を変えた配下は、忍者の現状やハイデルベルでの諜報戦について語る。
シルバーナもエリアスも別の任務についている事が含まれていた。
二人は、ユウタが仕事をしやすいように下地を作っているのだ。
ユウタは、短くありがとうと呟き、忍者に向かいあう。
「ま、要するにです。アルル様は敵を侮っておられる。という事をお伝えしたい。それと任務についてですが、件の隠れ家をお使いください」
「そうですね。敵さんまだまだ居ますよね。サポート、助かります」
「それでは」
ユウタは木陰丸の手下と別れ、ハルジーヤの隣に位置する都市を目指す。
そこは、敵の大将首がいると目される都市だ。
が、そこでユウタはPT編成に苦労する事になった。
ドゴスギガースを使わないといっておきながら、どう見ても無理な作戦に転向を余儀なくされる。
「じゃあ、ドス子と三人は空から魔術で攻撃を頼む」
「主―。お腹がすいたのだ」
悩むユウタは腕を組み、黙考する。ユウタの中では、結論が出ている。
―――この竜を食わせていくだけの食料はない。
赤い長髪はジャングルヘアと化して腰まで伸びている。
その腰の肉をつまんだ。腹筋は割れていながらも脂肪がややある。
上には西瓜がついている。ユウタは世にも美しいそれを眺めながら、
「食い過ぎじゃないのか。デブは困るぞ」
「うっ。わかったのだ」
素直に聞くドゴスギガースの頭には、DDが乗っている。
ぴたりと乗りかかる姿は、帽子のようですらあった。
村に関する報告書を読みながら、ユウタたちは歩き出す。
ハルジーヤまでは、ゲートを使えば一瞬で移動できるのだ。
移動すると変身させて、隣のツブルグへと移動する予定でいる。
その転移から変身までは、時間がかからない。
ユウタが開いた転移門からユウタたち一行が出る。
外壁の傍で変身を開始するドス子は、巨体を見せた。
ティアンナの飛行魔術でふわりと取り付く。
背面は、剣山といってよい程の鱗が生えており背中に乗るのも一苦労であった。
街中に竜が出現して、ハルジーヤは蜂の巣を突いた騒ぎとなる。
赤い竜による虐殺の記憶は昨日の出来事だ。
尚もこの町に留まる反乱軍は、三千を切っていた。
町の外にいた兵は焼死。
中に居た兵士も荷物を纏めると、そのまま朝一で帰郷してしまう。
竜にも対抗できると嘯く兵だけがここに残っていた。
そうした状況であるから、門の外には蟻のような行列がユウタたちの眼に映る。
飛び立った竜がした事は決まっていた。
家程もある頭部とその開いた口内から溢れ出る赤い雨を降り注ぐ。
たどたどしい竜言語で、
「あーっ待てっ」
―――下手に街中でゲリラ戦をされると困るんだよっ。
ユウタは、制止したのだが。勝手に攻撃した火竜の一撃は、逃亡兵には致命的であった。
僅かに逃れた兵士も、蜘蛛の子を散らすように走っていく。
町の各所では、ドゴスギガースの攻撃ではない炎が吹き上がっていた。
忍者達の姿が町の各所に見受けられる。
ハルジーヤの都市を反乱軍から取り返すべく、行動を開始したのだ。
ユウタたちは、それを斜めに見降ろしながら移動していった。
一行がツブルグへと移動していくと、迎撃の兵が上がって来る。
ハルジーヤにいた魔女は、閃光、氷結、雷雲、暴風、紅炎。
残る岩石だが、魔女の姿はここで確認された。
何もない空間から岩を召喚し、それをぶつけてくるのだ。
だが、それを受け止めるとドス子は地上の町へと投げつける。
それは、流星となって町の門を粉砕した。
大地は抉りとられ、クレーター状になっている。
「待てーっ。やり過ぎるなよ」
「(わかっている。しかし、我は腹が減ったのだ。何か食わせてくれないとプンプンなのだ)」
「何を食わせればいいんだ」
「(タンパク質で多量の魔力を含んだ液体であればよいのだ。つまりなのだ)」
ユウタは無言になり、雲一つない空を仰いだ。
―――お前もかっ。
ユウタは、助平ではある。だが、変態ではない。
むっつり助平な事を自身でも把握している。
そして、性交などには及び腰だ。
俺はハーレム王になるっ。などと内心で言ってみても土壇場になるとプリンの如き脆さ。
空に上がって来る竜騎兵は、ドゴスギガースが持つ眷属支配の前では無力だ。
そうして応戦する役を魔女たちに任せた。
ティアンナ、エメラルダ、シュラである。
ティアンナによって説得された二人は一応奴隷としたが、状況次第では解放も視野にあった。
ユウタと雪城は、飛行魔術で移動する。
隠形を使えるのが、ユウタだけなのだ。シルバーナが居ればまた戦力が増えるのだが。
顔を治してもらった雪城は、ぎこちない動きでユウタの後ろを付く。
彼女としては、ユウタには奴隷の主としてのそれしかない。
自身についた魔術を裏返した能力には驚かされたが。
そのユウタは真剣な面持ちで、PT内会話である念話を使用する。
「(まずは、食料庫を探す。場所は特定出来ないか)」
「(わかった。案内しようぞ)」
匂いで相手の場所や食料等を判別出来る獣人は、基本的にスペックが人より上である。
ややもすれば、先行する着流しの少女と距離を取られるのだ。
前へと行く雪城に案内されながら、ユウタは広場で足を止められた。
影を針で縫うように動きを止められた少年は、呻きつつ念話を使う。
「(待て。雪城、戻れ)」
「(どうかしたのか主よ。食料庫はもっと先じゃぞ)」
戻る雪城を前に広場を凝視するユウタは、歯を鳴らした。
「(あの糞共を叩くっ)」
「(何とっ。主の目的は食料庫の焼き討ちではなかったのかえ)」
「(そいつも大事だが、目の前のも大事だ)」
「(やれやれじゃのう)」
ユウタが前に出ると、周りを囲む群衆を飛び越える。
スキル高跳びの効能は、平地であってもユウタに健脚を与えた。
泣き叫ぶ女の後ろで腰を振る男の前へ立ち、首を刀で斬り落とす。
「何者だっ」
ユウタは、手を腰にあていつでもスキルを発動させる用意をして、
「名乗る名前はない。だが、この世に無法な野郎をいかしておくつもりはない。外道ども、天に代わって成敗してやるっ」
「はっ。イカレ野郎がっ。この馬鹿を針鼠にしてやれっ」
指揮官のドルカスは、周囲を取り囲む兵士が一瞬の間で矢をつがえる時間を作った。
その鉄の鏃は確実に相手を貫く。
そうして放たれた矢は、雨の如く相手を包む。
しかし、目を疑う光景が眼前に広がる。
それは、黒い光沢を放つ鎧だった。それが動くと兵士が何人も宙を舞い。
ドルカスは、魔術師に攻撃するように指示を出す。
そこで彼の記憶は途切れる事となった。
動く鎧は、音速以上で移動し、ドルカス目がけて体当たりをした。
ドルカスは、動きもそれなりに出来る戦士であった。
だが、音速を越えて飛来する大型の物体を避ける事は出来なかった。
その能力も発揮する事なく終わり、ユウタはドルカスの死体を踏みしめる。
―――こいつら全員死刑決定。
怒りを込めたユウタの蹴りが死体をミンチに作り変えると、赤い光が足から漏れた。
その光は、魔道具の制御器であり、同時に奴隷化した冒険者たちの首輪を解放する。
歓声を上げる冒険者が女たちと抱き合う。
全裸になった女と抱き合った男を横目に、ユウタは兵士を追いすがり拳を振るった。
「騎士道の心得ーっ。ひとーつ。女子供は大切に扱えーっ」
金属の拳は、一撃で人体をバラバラにする。
「騎士道心得ーっ。ふたーつ。強姦は犯罪だーっ」
金属質の声が、響き渡り、水平に振るわれた手刀はどんな大剣よりも威力があった。
「みーっつ。妄想を現実にするんじゃねーっ。他の男が結婚できなくなるだろっ」
一つ目以外騎士とまるで関係がない。
荒れ狂う動く鎧にカズキを含む冒険者は引き気味である。
最後の方は、ユウタ自身の魂を込めた思いが積もっていた。
逃げ惑う兵士に冒険者たちも襲いかかり、状況は混沌となっていく。
加勢しろと、ユウタは言っていない。
「お前らは、等しく屑だっ。人ではない、何かだ。あの世へ行って後悔しやがれっエタ―ナルフィニッシュッ」
ただの拳部分を分離させたパンチなのだ。男はノリノリである。
着弾すると、拳は衝撃波を産む。走って回収しに行くのが難点だった。
正確には動く鎧で人ではないのだが、その金属の鎧は動くだけで反乱軍の死体が山と積み上がる。
広場では、逃げる兵から殺され、残った者たちは降伏した。
弓兵も魔術士も騎士も一様にである。
降伏した千の兵が詰めるそこは冒険者ギルド前。
鎧は、更にテンションを上げていく。
ここまで読まれた方、お疲れさまでした。
二万こえそうでしたのでぶつ切りに。
残念すぎるちっぱいさん。
どうしたらヒロイン力が上がるのか。感想乞食待ってます。