115話 食事
夕暮れに染まるハルジーヤの城門は、死体で埋まっていた。
城門に至る橋は巻き上げられている。
皮と金属で出来たヘルムと布で口を覆う少年が口を開いた。
「一体どうして、こんな所に?」
「話は後にしよう。私をパーティーに入れてほしい」
ユウタが頷く。セリアは、満足気にガントレットを打ち鳴らす。
周りの死体は、どれも反乱軍の物であった。
首の無い死体から、上半身が爆発したように無い物まで様々である。
壁で臓物をまき散らした様相は、解体場さながらであった。
内頸の籠った鉄拳に撃ち抜かれ、空洞を晒す男女が無数に倒れている。
この光景を造り出した少女は事も無げに念話で伝える。
「(ちょっと気になってだ。アルルの奴にまた無理をさせられてないかと。何だ、どうしたんだっ)」
「(うぉおおお。セリアっー)」
感極まったユウタは、セリアに抱き着いた。
尻尾が生えていれば振っているような雰囲気だ。
硬い鎧を抱きしめる様子に、セリアは困り果てる。
殴って、大人しくする訳にもいかない。
何しろ監視がついている。
アルトリウスの目は、常にユウタに向いていると言ってよい。
セリアは特に疎まれている。何故ならば、ルナが目障りだからだ。
そういう事情がなければ、ユウタの頭は宙を舞っている。
「(ちょっとあんた。セリア様もユウタをどかしてくださいよ)」
「(わかっている。只、意外にもユウタは力をつけたのか。こらっ、耳にさわるなっ)」
耳を触られ力が抜けた少女からシルバーナとティアンナはユウタを引き剥がした。
いくら力があろうとも、雷系のスタンと脱力のシーフスキルを前には無力だ。
アルトリウスの逆鱗に触れる寸前であった。が、そのような事をユウタは気がつかない。
「(ハアハア。これからどうするのだ)」
「(もっと触りたかったのにな。敵の増援を相手にするのは面倒だ。一旦休憩だな)」
ニヤッと口の端を上げる少年の頬をシルバーナが抓りあげる。
予想外なユウタの力は、セリアの息を上げた。
それまでの戦闘では、息を弾ませる事も無かったのである。
四人になった一行は、死体をそのまま放置し転移門を出して撤退した。
転移した先は、忍者の隠れ民家である。
内部に突如現れた一行に、忍者の刃が閃く。
だが、セリアがそれをはっしと受け止めた。
セリアの姿を目にした女忍者は、その場で土下座する。
それを手で制するセリアが、ユウタに問いかける。
「ここで、このまま休憩するのか?」
「いや、ちょっとドス子を回収してくる」
ユウタが再度転移門を開く。話す間もなく、三人が残された。
木陰丸達忍者が隠れる民家の室内には、忍者達の姿がほぼない。
木陰丸の配下である女忍者が、台所で料理の用意をしている。
いつ帰って来るのか不明であった為、一人残されたのである。
テーブルの上に用意された料理からはいい匂いが漂ってきた。
しかし、シルバーナは風呂が先だと主張する。
鼻の調子が悪い。
ハイデルベルの民家には風呂のような物はなかった。
ミッドガルド人の悪い癖である。
どの国にも風呂があり、水はふんだんに使えるというのは非常識であった。
小さな水桶から少々濁った水を取り出し、身体を拭く。
セリアもティアンナも黙々と拭いていた。
三人共に、水系の魔術が使えない。忍者には水遁があるのだが。
この国では、水は貴重である。雪となって積もっている内はいい。
ハルジーヤでは、冷たく乾いた風が吹いていた。
外壁の向こう側では、竜がまき散らす破壊の炎で夕闇が照らされる。
民家の外では、せわしなく兵士達が駆け足で移動していた。
フードとローブを脱いだティアンナの身体を見たシルバーナが身体を硬くする。
二人共に美しい肌をしていた。シルバーナは自身の身体に視線を移す。
白い肌ではある。滑らかさで負けている。張りという点では同じだ。
けれども、片や狼人族。片や妖精族。寿命という点で劣化が頭をよぎる。
かつてあったという、血の風呂でも試したくなるという物だ。
胸もセリアの方が反則的な大きさであった。
垂れろという言葉が喉まで出る。ティアンナの胸は、まな板かと予想していた。
ローブを脱いだ少女の胸は意外にも膨らんでいる。
そして、シルバーナよりも大きい。
無意識の内にシルバーナの手は胸を揉んでいた。小さくはない。
平均よりもやや上の筈。
「先にあがるぞ」
谷間で水が溜まる。勝気な少女の唇が震えていた。
シルバーナは、セリアの大きな胸に引き締まった尻を眺める。
尻の後に、ティアンナが続く。
その背に刻まれた無数の傷を見た。
ユウタがこれを見れば、間違いなくやった相手を探す事が予想される。
この国と言わず、妖精族はその美的価値から貴族による収奪品にされやすい。
通常ではありえない青い髪は、風妖精の係累と目される。
ミッドガルド本国では、手厚い保護を受ける種族だ。
風妖精は、主神オーディンの臣下として黄昏を戦ったいう。
本国では、極稀にしか見る事はない。
妖精族は基本、森の奥にいるからである。
保護を受け、森の奥で暮らす彼らの生活は脅かされる事はなく、歴史は流れた。
シルバーナも考えを纏めねばならなかった。
この国の苦境は、単に影の宰相マリアベールが気づかなかったのではなく。
この地に蔓延る圧政を根こそぎ洗い流す。
そういう荒治療を兼ねている。
そういう視点を持たねば、騎士として盗賊の頭として生き抜く事は出来ない。
つまり、わざと荒れるに任せて、無能な王から操りやすい王女に頭を替える。
苦境に立つ国を救うために、ミッドガルドが介入していく。
わかり易く、早い解決策だ。下手に説得や懐柔をするよりも効率的である。
下手な資金援助は、自国を滅ぼすという教訓もあった。
身体を拭いたシルバーナが着替える。
替えのブーツや、服もないのであった。匂いを気にしたシルバーナは、香水を振りかける。
体臭で嫌われるのは、女としての沽券に関わる。
ユーウが販売していた薔薇の香りがするという香水等は、特に人気である。
さわやかな香りも中々の値段であった。
貴族といいながら、やる事は商人。おかげでアルトリウスやアルーシュも真似をする。
買付から卸し、までであった。
ミッドガルドで商人が、大した力を持たない理由がこれである。
その配下に居る者達は、皆番頭のような物となっていた。
ありとあらゆる財と武力を集めるユーウを妬む貴族は少なくない。
だが、妬めば潰される。本人にその気がなくともその配下が黙っていなかった。
特に、右腕と左腕は万能の神騎士と魔導王。
魔術を好む騎士と格闘戦をする魔術士で、アルトリウスの配下でもある。
記憶のないユウタの存在は隠しておきたい。それが王国上層部の意向だ。
だから、騎士として採用するのも出来るだけ先延ばし。
冒険者としての格もそうそう上げない。
存在を出来るだけ隠匿する。
でなければ、誰がやったのかで内戦さながらになりかねないのだ。
事がユーウの事となると、配下は冷静な判断力が暴走しやすい。
犯人捜しで、血を見る事必定である。
が、それもアルトリウスが呼び寄せればの話だ。今はユーウの領地にいる。
遠からず、アドルとクリスが黙っていてもどこからか伝わる事は容易に予想できた。
ユウタは爆弾のような物だ。それも時間が来ると大爆発を起こす。
故に、ややこしい事情を説明するべきと主張した。
結果は、口に石を詰めるぞと言われた。
シルバーナとしては、希望通りなのだが。
髪を結い上げた少女が皮鎧に身を包み、腰を引き締める。
居間に置いてあるテーブルには、食事が並べられていた。
しかし、誰も食べていない。
時計も置いていなかったが、外は暗い帳が落ちている。
置いてあった布で髪を拭きながら、シルバーナは尋ねる。
「何時まで待つつもりなんだい」
「うん? そうだな。シルバーナ達は食べていても問題ない。むしろ、なんで食っていいないと詰問されそうだぞ」
「うー。でもねえ。あたしらだけで食うのはねえ。やっぱり、家探し位あるかね」
「当然。やると思う。あまり時間はない」
三人共に料理を見つめる。簡単な味噌に、梅干しとご飯という食材には心を惹かれていた。
熱々の湯気を上げる米は、見るからに疲れた身体の腹にくる。
焼かれた魚と漬物に野菜をすり降ろした物を見る。
シルバーナの腹がぐぅーという間の抜けた音を鳴らす。
「ふっ。どうやら、腹は正直なようだ」
「我慢はよくない」
「ああああっ。わかったよ。食べればいいんだろっ食べればさあ」
少女達は食べ始めた。
余りにもあっけない女のプライドをかけた戦いである。
人では、やはり胃を制御する事は難しかった。
泣くに泣けない栗色の髪をした少女は、箸にもたつく。
隣を見れば、長い髪をそっとすくったティアンナは器用に魚を食べていた。
サクサク。パリパリ。
セリアの方は、流麗に食事を胃に収めていく。
顔の端を引き攣らせながらシルバーナは、お椀に乗った米に箸をいれた。
ぽろり。
米の塊がテーブルに落ちそうになる。
隣に座ったセリアの箸がそれを受け止めた。
「勿体ないな。さ、口を開けろ」
「えっ。ちょちょっと待ちな。自分で食べられるからさ」
「ティアンナだったか。シルバーナの口を開けてやるんだ」
「わかった。シルバーナ、疲れている」
「へっ。わかった。わかったからっ」
米が口に入れられる。咀嚼する様子に、二人は満足気だ。
シルバーナは、顔を赤くしながら食事を再開した。
魚は良く火が通っており、肉には野菜の果汁がかけられている。
それを舌で味わいながら嚥下すると、不意に酒が飲みたくなる。
この国の物ではない。
ユーウの領地で作られる酒は、どれも超一流の極上品だ。
おいそれと手に入る物ではない。
ただ、父親が仕事の報酬として貰った品を一度味わった事があった。
まろやかな喉越しと炭酸と呼ばれる泡が印象的であった。
以来シルバーナは、糞不味いと評判の酒が飲めなくなる。
台所にいる女忍者は、洗い物をしていた。
酒が出ないか期待を込めた視線に、気が付く風ではない。
かの女忍者は、楓といった筈であった。洗い物をするのに、水遁を使えるのだ。
でなければ、戦闘力に劣る女を敵地で使う必要がない。
塩の効いた魚は、美味い。これでは酒が欲しくもなろうという物であった。
味噌汁を喉に流し込む。味噌と海藻がいい。若干薄味であった。
「ふ。どうやら酒が飲みたいと顔に書いてあるぞ」
「わかるかい。けど、ユウタの奴がいないんじゃあねえ。あいつ持ってそうなんだけどさあ。やっぱり、待つべきだったねえ」
「ふむ。これはそれなりの物だ。いける口だといいがな」
セリアが注ぐ。茶碗は既に何もなかった。
赤い液体は、ワインのようで血を連想させた。
しかし、ここは乗ってみるべきだと少女は判断する。
一口煽る。喉を通っていく液体は、冷えていた。
「いいねえ。こういうのを待っていたんだよ。で、これはどこで手に入れたんだい」
「ん。そうだな、それは秘密だ」
そううそぶく狼耳の少女は、鎧の手入れをしている。
セリアが寄越した瓶にまだ酒が残っていた。
鎧から血を拭き取るセリアがシルバーナに声を投げる。
「そのティアンナは、シルフのようだな。どういう由縁でユウタと一緒に行動しているのだ」
「はっ。それかい。それは、この子に聞いとくれ。何か事情があるみたいだねえ」
「聞いてくれるの?」
「聞くだけって訳にはいかなそうな雰囲気だよ。どうするのさ」
振り返る銀髪の少女は、鼻を鳴らす。
外の喧騒は、今も治まらない。しかし、民家に押し入って来る者は居ない。
「ふ。私の拳に破壊出来ないものはない。力がいるなら役に立てるだろう」
「じゃあ、風妖精の里を助けてほしい。水妖精の里は滅んで、今や私の里だけになった」
「ふむ、それはどこにあるのだ」
「ここから北に行った森の奥。今までは、アイーダ伯爵の庇護下にあった。けれど、ここが落ちたから、今こぞって奴隷商人達が狩りに行っていると思う」
「ほう。それは許せんな。確実なのは、ここを取り返す事だ。しかし、それを待っていては風妖精の森が危ないか」
シルバーナにセリアは顔を向ける。
ポニーテールを後ろで整え、ふうっと息を吐く。昨日今日と、戦いの連続であった。
気怠さを表情に乗せてはいない。動くならば、今すぐが信条である。
しかし、ユウタが帰ってこない事には動けない。
セリアの目がシルバーナに話せと言っていた。
「先行するにも、どの程度商人共と部下がいるのか情報が欲しいねえ。何か掴んでいないのかい」
「この町を朝、商人達が出ている。今頃は、森の入口で野営をしている頃」
「ふーん。それが、あんたの理由かい」
「そう。元々、手を出さない約束だった。けれど、あいつらはこっそり水妖精の里を滅ぼしていた。隠しても、いつかばれる物なのに」
人間に対する憎悪の念が、眼に見えるようであった。
底冷えのする迫力に、シルバーナは娘の怒りの程を知る。
人の嘘は、シルバーナとてよくついてきた。
が、約束は守る物だ。
そうでなければ、人は人でいられない。
例え盗賊であっても、契約は遵守するものである。
短剣を取り出すと、指の爪を手入れする。
「外道共は死刑でいい」
「そうだねえ。ま、ユウタならそれに同意だろうし」
セリアの言葉にシルバーナも同意した。
「使える魔術は風のみか?」
「風はトルネードが得意。雷も使える。中位のスタン・ウェーブまでなら使える」
「メインは風。サブ雷の風雷系だな。まあ弱点の克服という事だな。悪くない」
セリアは、女忍者が運んできた茶を飲む。
青い髪を見つめるセリアは、口を濁す。
「それで・・・・・・ティアンナには仲間が居ないのか」
「一人いる。でも、赤い竜を追いかけていった」
「成程ねえ。それで遅くなっているのかねえ。あいつの事だから、大丈夫だとは思うんだけど」
コツコツと指でテーブルを叩く。
その瞬間だった。
民家の壁付近に光の門が現れる。中から出てきたのは、四人だった。
身体を縛り上げられた女が二人。
担いでいるのは、獰猛な雰囲気を纏う赤毛の女であった。
身に着けているのは、ボロボロの布である。
燃えるように赤い髪も今は、火の粉を出していない。
「只今。疲れたわ。帰って、寝る事にしたい」
「ふむ。そういっているが、まずはティアンナの話を聞いてやってくれないか」
「駄目だ。俺は今、限界を迎えているからさ。今にも倒れそうなんだよ」
ユウタはにべもなく断言した。
朝から働き通しである。シルバーナにも疲労の色は見て取れた。
相も変わらぬ赤い目は、野菜の如き有様だ。
ティアンナが、九十度に曲がった礼の姿勢を見せる。
「お願い。聞いてほしい。この通り」
「ううっ。聞かない訳にはいかないか」
「風妖精の里を助けて。奴隷商人達に里が襲われる」
ティアンナの真剣さに若干引き気味なユウタは、こめかみを手で押さえながら椅子に腰かけていた。
聞いた瞬間椅子から立ち上がる。まるで、バネの効いた人形であった。
ユウタの目が赤く充血している。
「急ごう。その糞共は何処にいるんだ」
鼻息荒く告げる。先程までの疲れた少年ではない。
もぐもぐ。
イベントリからパンを取り出すと、一人かじる。
周りの目を気にせず咀嚼するユウタにティアンナが案内を持ちかけた。
「案内できる。飛行魔術は、私が使える」
「ぐるる」
「へえ、じゃあ頼むか。あ、ドス子は家に帰ってお休みな。お前が行くと、森が全焼しちまうだろ」
「きゅーん」
ドス子と呼ばれた少女の尻からは、尻尾が見えていた。
鋸のような尾びれがついている。それは、力なく地面を這っていた。
ユウタが転移門を出すと、赤毛の少女はすごすごと女二人を担いでいく。
「あの子は、食事を取らせなくてもいいのかい」
「ふ・・・・・・ふふふ。そのな、外壁の向こうであいつがしていたのは何だと思う?」
「軍を攻撃させていたのか。という事は、死体を食らっていたというところだろう」
顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「セリア。よくわかったな。とんだ人食い竜だよ。放っておけば、皆食い尽くす所だった」
「エメラルダを殺さなかった。ありがとう」
「偶々、というかあざとく取って置くつもりのようだったんだぞ。魔力を持つ人間は美味だとかなんとか。油断していると、ティアンナもパックリだ。気をつけろよ」
ユウタの脇をセリアがつつく。時間だ、という仕草であった。
ユウタ以外の人間は、休息を取っている。
今時分であっても、戦いに後れを取る事はない。
セリアの目は夜分であっても、千里を見通す。
ティアンナもそれに似た物である。
ユウタが転移門を開くと、四人は飛び込んだ。
◆
出た先は、外壁の上である。隠形を駆使する一行は、監視を死体にする。
夜という事もあったが、ユウタの中では最早手加減という言葉は消えている風だ。
短剣についた血をシルバーナは、拭きながらユウタに話かける。
「容赦ないねえ」
「ああ。手加減しても、降伏する訳じゃあないからな」
「飛行魔術をかける。といったけど、この布に乗って欲しい。こっちの方が魔力の消費が少ない。全員分の飛行魔術を維持するのは大変」
「わかった」
全員が乗る。四人を乗せたまま、ふわりと浮かぶ。
そのまま風妖精の森へと直進する。
眼下には、凄まじい数の焼死体が物言わぬ姿で横たわっていた。
暗く、良く見えない筈のシルバーナが震える指でそれを指す。
「これをあのドス子がやったっていうのかい」
「当然だ。赤竜だぞ。黒竜同様に、人間に対して手加減などする筈がない」
ユウタが口を開くよりも先にセリアが答える。
天界、魔界、人界。かつては三界のみであった。
しかし、今やそこに冥界、獄界、竜界、機界、異世界が加わる。
このうち、獄界と機界の門は閉ざされている。
それでも、好戦的な竜達は侵攻してくる。主に人界が目当てだ。
創造神に愛される人が、憎くて堪らないのだと文献にはある。
ユウタの肩に乗る黄色い物体が、何なのか。
セリアには、検討がついていた。
デッドリーデビル。又ディバインドラゴン。
敵とするか、味方とするか。それが大きな分かれ目となる。
今は、ユウタに懐いている振りをしていた。
ユウタのお人好しは、好しくあった。
けれども、感情の振れ幅が大きすぎた。
味方が死ねば、発狂したように怒り狂う事が容易に想像できる。
大抵の人間は、誰かの死に直面し、それを乗り越えていく。
だが、この少年ユウタにそれが可能か。
そこが問題であった。それが、解決を見るまではユウタの傍から離れられない。
「この光景を見て、ご主人様はどう思う」
「どうとは、ねえ。手加減は必要だったし、逃げるなら逃がすべきだった。ドス子にはきつくいってある。やり過ぎだとな。こいつら、農民上がりにしか見えない。ただ、竜にそれを理解しろというのも難しい。だから、戦場に連れていくのは今後考え物だ」
「あたしは、これくらいでいいと思うけどね。一罰で戒める。これは効くよ。これで大軍でもって襲い掛かっても勝てないって風に噂を流し易くなったしさあ」
ユウタの返事は、逃げのように映る。
セリアとしては、武器を手に逆らう相手は皆殺しが基本方針だ。
生かしておいては、また武器を手にしてやってくる。
子供であれば、まだ別であったがそれもセリアよりも年下でなければならない。
そこは見た目で判断するのであったが。
「風が気持ちいい。私は、死んでくれた方が助かる。里の人間はいつも誘拐を恐れて森の結界から出られない」
「結界があるんじゃ、人は入れないんじゃないのかい」
「そうでもない。人間の魔術師は優秀。数が揃えば、私達を凌駕する」
「へえ。意外だねえ。まあ、そんなもんかもね。高位妖精はいないのかい」
「昔は、いたけど。ミッドガルドに移住していったらしい」
「その話は聞いた事があるな。人は、美しい物に目がない。欲深な人の手を逃れる為に、高位妖精は里を捨て、ユグドラシルの樹へと移り住んだという」
吐き捨てるようなセリアの言葉が、ユウタの胸に突き刺さる。
ティアンナの様子も、また少年には荷が重い。
やる気になっていた顔に変化はないが、体臭にセリアは鼻を押さえた。
「そのユグドラシルの樹とは何処にあるんだ?」
「ふ。皆同じ事を聞く。それは、秘密とされている。だが、アルトリウス様やアルーシュ様ならば知っているやもしれない。聞いてみてはどうだろう。ただし、命の保証はしない。あの方々は、気が短いからな」
セリアとしてみれば、二人に対して精一杯の反撃である。
ユウタの心証を著しく悪化させる一撃であった。
鼻で笑われる事が予想されたが。
背筋に悪寒を感じたユウタは左右を見る。
そこには、暗い闇に埋もれる死体と平原だけだった。
「見えてきたな。どうするんだ」
「普通に隠形で近づいて捕縛は無理だよな。普通に森の肥料にでもなって貰うのが手早いけど。ハイデルベルの国法的には奴隷狩りってありなのか」
「認められていない。密漁している。アイーダ伯爵の配下にはハーフエルフが多かった。保護していたから。彼らは貴族側と密約を結んでいると想定できる」
「ティアンナが雷系の範囲スタンを使えるなら、それで首謀者を捕えた方が金になるよ」
風妖精の森は、巨大な木が鬱蒼としていた。
ユウタ達が拠点とするペダ村に現れた森と同種の木である。
木はセコイア種。稀にトレントが成り済ましていたりもする。
木人族にも数多くの種類があった。
生命の樹はトレントの頂点とも言われてる。
かつては、世界を覆い、守護した種族であった。
しかし、度重なる火を使った戦争は多くのトレントの命を奪う。
今また、森に住む風精霊を巡りトレント達もまた危機にあった。
ゆっくりと、四人は奴隷商人達に忍び寄る。
◆◆
風妖精の森を南から襲撃する奴隷商人達は、野営地を建設していた。
外周に冊をこしらえ、天幕を張った。
急造とはいえ、しっかりとした造りである。
レンジャー系の技能を持つ傭兵が多数いた事は、彼らにとって幸いであった。
その内の一人が、声を上げる。
「こちらに敵意を持った奴が、接近してくるぞ」
「は? 何処にもそんな奴は見えねえんだが? そんな事より飯を食え。森に入れば風妖精共の弓矢が待っているんだからな」
見張りの兵達は、冊で覆った外縁に立つ。
平原が、何処までも広がっていた。
遠目に煙が見えたが、それがハルジーヤの煙だとしか認識していない。
南側には平原が広がっていて隠れる場所と言えば、まばらに存在する岩くらいであった。
加えて、奴隷商人達の部隊は二千を数えた。
一人や二人で襲い掛かる者が居ようとも、ひねり潰せる。
補給要員や女等を含めて膨れ上がった数ではあるが。
見張りの兵が見渡す平原には、それらしい部隊もない。
人間もいない。
例えいたとしても、それはアイーダ領に攻め入った反乱軍。
そう見るのが、傭兵達の視点だ。
不意を突かれた見張りが、短い悲鳴を上げる。
「ぐはっ。き、貴様ら一体」
「・・・・・・」
レンジャー系の皮鎧を着た傭兵が、間の抜けた顔で首から血を吹き出して倒れる。
「て、敵襲ぅー」
仲間の男が叫び声を上げる。次の犠牲者は、叫んだ仲間の男となった。
レンジャー系には見えるのだが、それでも感覚を共通するようなスキルを持っていない。
次々と仲間がやられ、天幕には火がつけられた。
敵が何人で、どれだけの規模なのか全く把握出来ない。
事態は謎のまま悪化していく。
奴隷商人達にも魔術士はいる。犯人を捜す為には、目を強化するしかなかった。
見破りの魔術を味方に使ってようやく発見する。
弓手が狙いをつけるも、傭兵団の味方が邪魔で中々撃てない。
被害が拡大していく中で、指揮官が前へと出る。
長年、傭兵団北風の隊長を務める男であった。
部下を落ち着かせようとしたが、
「お前ら敵は、少数だ。落ち着いて戦え! げえぇ。あれは、銀の騎士か」
「隊長。魔術士達の準備が整いました。攻撃の許可を頂きたい」
驚く指揮官に冷静な意見をする若い傭兵。
彼は、いち早く魔術士達に隊列を作らせ、今か今かと攻撃する態勢をとっていた。
「馬鹿。味方諸共に魔術で攻撃させるつもりか」
「いえ、しかし・・・・・・あれが本物なら今まとめて撃たなければ。接近されると我々に勝ち目はないですよ。噂じゃあ、三万の帝国軍を皆殺しにしたとか」
敵は単騎と指揮官の男はみた。
前線となっている現場で、暴れているのは一人である。
多数のテントが立ち並ぶ野営地に、単身で乗り込んできた。
ある意味尊敬に値する勇者だったが、噂通りの暴れぶりであった。
指揮官は髭をさすりながら、指示する。
「異世界人はまだか」
「はっ。いまだ飯を食っている有様でして」
「馬鹿者早く連れてこい。だいたい、こういう時の為に大金を支払っているんだぞ」
静かに、しかし確実に火の手が広がっていく。
奴隷商人達が慌てふためく声が、中央から響いた。
「暢気に飯なんぞ、食ってる場合じゃねえっての」
髭の指揮官は、口から「はあっ」と溜息が漏らす。
答える兵はいない。前線に向かって走るか、火を消そうと懸命の消火活動をするかだ。
魔術で火を消すのも有りである。
ただ、そうした場合魔術師達は多くの魔力を失う事になる。
誰もが、大量の魔力を持っている訳ではない。
やがて、一人の少年が女を連れて現れる。
「隊長さん、すまねえ。飯が美味くってさ」
これである。少年を待っていたが、飯の方がどうにも重要という事だ。
異世界人は総じて几帳面な性格だという風聞は当てにならない。
横に並んで立つ少年は、まだ指揮官の息子くらいの年齢である。
奴隷商人が、護衛に雇った冒険者だ。
表向きは、街道を行く商人達の護衛であった。
騙されてつれてこられたのであるが、本人は気がついていない。
ここまでの行き帰りを護衛するという契約は、間違いではないのだ。
それが、露見した時の言い訳である。
性格はズボラだが、力は一級品。魔力の程は無限と噂されるBランク成り立ての冒険者だ。
力に知性が伴っていないのか。
隊商を襲う族と聞かされて、強力な敵と戦わされる生贄。
騙されて矢面に立たされようとしている男の名は、カズキ・サトウという。
異世界から来た人間というのを与太話と笑う者は、今では居ない。
竜を倒したとか魔人を退けた等、にわかに信じられる話ではないが。
前評判通りの実力ならば、或いはかの怪物を打ち倒す。
それを裏付けるように、道中のモンスターはカズキが倒していた。
オークの群れをファイアーボールで薙ぎ払ってみせた。
その光景を見た奴隷商人達は、満足気であった。
カズキが前へ出る。
「んじゃ。ちょっくらやってきますかね。あっ隊長さんちゃんと金は弾んでくださいよ」
「わかっている。だが、気を付けろよ。相手は、手練れのようだ」
「心配いらねーよ。それよりも、飯の追加を頼んだぜ」
そういって手を振る少年。後に続くのは、白い布で出来た服を着る雪が似合う獣人少女だ。
馬鹿には勿体ない美少女である。そして、カズキの奴隷でもあった。
指揮官の男は、自然と舌で唇を舐めた。
「くくっ。馬鹿は死なねば治らんか」
ハイドが強力すぎるチートに。主人公にはハイドだけでいい位に。
この作中だと、勘で攻撃できますが。
とあるゲームだと全く手が出ないという。
閲覧ありがとうございます。