114話 幕間と殲滅(敵+城内。陰惨な場面有り注意です)
執務室で牛皮の椅子に腰かけたアレクサンドル・ガストン伯爵は、困惑していた。
いきなり制圧したばかりの要衝ハルジーヤの城が、敵に乗っ取られている状態である。
報告では、少数の敵に制圧されたとあった。
背後から夕日が司令室に差し込み、ガストンは目を城の方向に向ける。
昼間から、竜による攻撃と敵の工作員による食料庫放火事件。
続いて武器庫の略奪。自陣勇者達の相次ぐ失踪。
そこへ、これである。
目下敵の兵が城の前を塞ぐ恰好で立っていた。
将軍職を兼任するガストンはすぐに排除命令を下すも、敵は銀の騎士である。
並の兵では歯が立たない。貴重な勇者をぶつけるにはリスクが大きかった。
遠巻きにした弓矢と魔術による攻撃もかわされる上、城門に立て籠もられる。
詰め寄れば、橋の上と堀は死体で埋まった。
最初の突撃以降、攻撃らしい攻撃を出来ないままである。
中の様相を知る事が出来ないまま、夕暮れを迎えつつあった。
指揮官の怒号が飛ぶ。けれども前に出ようという者はいない。
所詮は民兵が七割を占める集団である。
欲で釣ったものの自分から死ににいこうという命知らずは、いなかった。
現場は、魔女や異能の力を持つ兵士の投入を待つまで待機といった格好だ。
前線の指揮を取る者は、無能ではない。
しかし、魔女達もガストンの招集に応じた者がいない。
氷結は行方しれず。閃光と雷雲は竜を追いかけたきり帰らず。
岩弾だけで攻撃を開始するには、火力不足が懸念された。
暴風は、敵に寝返ったとの報告を受けている。
実力的に魔女間でもかなりの差があった。
前線に全く魔術師が居ないわけではない。
サポートに回る魔術師の数は一人の魔女につき大体百名程度だ。
その魔術師の下に術士が十名程度配置される。
暴風の魔女には配下が殆どいない。理由は彼女の生まれにある。
男が彼女を見て、虜にならない者は稀であった。
他にも理由はある。ミュスラン公爵の愛人とも噂される少女に手を出す者はいない。
実際、少女に声をかけたという理由だけで拷問を受けた人間もいる。
その美しさは花のようと評された少女の顔は、いつもフードで隠されていた。
(捕えたら、たっぷりと可愛がってやらねばな)
ガストンは貴族である。
よって、下民には何をしてもよいと信じていた。
暴風の魔女と言われていても、所詮は女である。
今まではミュスラン公爵に恐れを抱いていたが、エリック公、ボード公と共に権力者が一気にその数を減らした格好だ。このまま行方知れずという事になれば、ガストンにとって好都合である。
閃光、岩弾、雷雲もまた美少女、美女として名高い。
それぞれ、公爵達のお手つきとの噂もある。
しかし、彼女達の種族は誇り高い。
そうそうの事ではなびかないと言われていた。
王国軍に勝利できたのも、かの魔女達が放つ大規模範囲魔術のおかげだ。
それ位の事は、反乱軍に居る者ならば誰でも知っている。
精神の統一と多数の触媒を必要とするが、一撃で大軍を斬り裂く魔術は圧巻としか言いようがない。
今後についての思考を引き戻し、机の前で膝をついた部下に視線をやった。
扉から入ってきた男が報告をする。
「魔女様方と連絡がつきません。閣下どういたしますか」
「うむ。外はどうなっておる」
「はっ。こちらの被害は甚大です。最早早期の王都侵攻は望めないかと」
有能な部下の一人である。
長髪のブランは、生真面目と評判だ。こけた頬が苦労人の様相を強調する。
ブラン腹心の一人に報告書を渡す。ガストンは椅子にかけた姿勢をなおさないまま、声を出した。
「後詰の兵はどうなっておるのか」
「未だ到着せず。民兵共の離反が著しく、我が軍から逃亡する者が相次いでおります」
腹心から書類を受け取ったガストンは、内容の酷さに愕然とした。
損害報告にしては、数字が一人歩きしている。
そう言わざるえない内容だ。
恰幅のいい男の組んだ指がせわしく動く。
「それほど兵は動揺しておるのか」
「それは申し訳ございません。動揺を沈める為、見せしめの処刑すれば、雪崩を打って逃亡する事が予想されました故」
「そうか」
それきり無言になるブランに、ガストンは心中を察した。
外壁から向こうには侵攻する先遣隊三万が駐留していた。
しかし、それらは今見る影もない。
空から降ってきた火山から出る赤い液体がそのまま軍を襲い掛かった。
竜の攻撃だとわかっていても手の打ちようがない。
高高度を取る生物の一方的な攻撃は部隊を崩壊させるに余りあった。
かくして、反乱軍は危機に陥っている。
異世界人が作った兵器の数々も高度を取る敵にはまるで意味がない。
城に立て籠もる敵は強敵で、奪還すらおぼつかない状況だ。
ガストンとしては、地方から国王の無策を正すという大義名分を持った軍に賭けた身。
何としても勝つそういう気概であった。
それも、今日までの話だ。負けては意味がない。
勝ち馬に乗るのは、貴族ならではだ。
全ての責任を死んだ公爵達に負わせ、自分の兵を撤退させる事も視野に入れねばならない。
十割。勝つと見込んだ兵数の差であった。
後詰には、未だ健在の首謀者シュピッツァ公爵が差し向ける大軍五万が控えている。
公爵の家臣ゴルドー将軍率いる精強な辺境軍だ。配下も腕の立つ者が多い。
それを入れれば、十三万であった。
対する王都の軍勢は凡そ千か2千。
ルーンミッドガルドの援軍が二万か三万と予測されていた。
五倍の兵数の差では、圧勝すると目論んでいたハイデルベルの貴族達。
しかし、そこには大きな落とし穴が待っていた。
帝国軍と左右から挟み撃ちにする作戦も過日に失敗している。
(まさか、帝国が敗れるとはな。わからないものだ)
撤退を視野に入れるガストン。
報告を終えたブランが退出する。
「糞っ」
扉が閉まり、歩き出した長髪の男は周囲に人の気配がない事を確認すると毒づいた。
ガストンを前に黙っていたブランにしても言いたい事は、山のようにあった。
反乱軍とはいえ、元は王国の騎士。
配下の中核を担う兵もまた辺境で戦ってきた屈強な者達ばかり。
けれども、今回は相手が相手である。
空を飛び回る竜を相手にして、騎士達は手も足も出ない。
空に向けて矢を撃って当たるような高度に相手が来ないのだ。
人を食いにこない竜を相手に、ガストン麾下の兵は逃げ惑うばかり。
これは、他の貴族達が率いる私兵も同じであった。
元より大空を翔る天馬兵や竜騎兵が居ない訳ではない。
けれどもそれらの兵で相手をするには、分が悪すぎる。
体格もさることながら、赤い竜には知性があった。
格下であるこちらを一切侮っていない。
近寄って食らう等の行為がないのである。
高空で編隊を組んだ兵士達も巨竜の速度に追いつけず、魔女達を単騎で戦わせる状態であった。
結果として、閃光と雷雲の魔女は行方不明。
援護する筈の対象を見失った兵も竜の体当たりを食らい、半壊した。
航空戦力を失い、今また拠点では城を失いかけている。
敵の先兵である銀の騎士を相手にこちらは切り札を切るべきか。
その判断にブランは迷っていた。
当初は、敵の実力を舐めきっていた。
まさか単騎で門を守る等という兵士がこの世に居る等、ブランの想像の範疇から逸脱する事態だ。
兵士が同時に三人でかかれば、どのような熟練の騎士とて苦戦を免れない。
それが、ハイデルベル人の常識である。
しかし、銀の騎士セリアは噂通りの実力を示した。
その拳を受けた人間は塵のように吹き飛び、頭部に打撃を受ければ頭が宙を舞う。
人間のカタチをした悪魔だと、兵士達は噂する。
弓矢を避け、魔術を避け、返す攻撃は弓手や術士の命を確実に断つ。
前線では、副官達が兵士を統制している為逃亡は起きていない。
が、それも何時まで持つかわからない状況にある。
城門を押さえられ、中の様子は杳としてしれない。
断続的に聞こえてくる爆発音は、武器庫から奪われた異世界人の兵器を推察させた。
指揮所に移動したブランは、配下に尖った声で尋ねる。
「中との連絡は取れんのか」
「はい。中には三千からの兵士がいるのですが、兵士達からの応答はありません」
報告をする前から行われていた同じ内容の会話が、繰り替えされた。
何故中の人間と連絡がつかないのか。ブラン達現場の人間にも謎である。
冷静に答える配下の兵は、書類を手にブランに向き直った。
ガストンと会ってきた為、ブランの機嫌が声に出る。
「魔術師共はっ。どうした」
「それが、水流による攻撃を渋っておりまして」
「くそっ。わかった」
苛立ちを隠せないブラン。
だが、魔術師達が攻撃を渋るのも理解できる。
城の地下に捕えた兵士達は、貴重だ。生かした兵の殆どが美形である。
加えて蒼の森に住むエルフ達の混血も多く、使い道はいくらでもあった。
魔術を放ち大量の水を城内に流し込めば、当然城の地下に居る捕虜は全滅する。
そうでなくとも、城に続く巻き上げ式の橋は脆い。
正規の橋は籠城戦の折に破壊を一度受けていた。
現在の橋はなんらかの方法で、勇者バルドが設置した物である。
それを再現するには、途方もない労力が必要となる。
数で押せず、魔術による攻撃も難しい。
ブランは少数精鋭による攻撃を画策している。
しかし、肝心の魔女と強奪や剣鬼、吸収は現れない。
雷剣が、先に本拠地へ帰還したのも痛い。
バルドが死んだ事が誤報であれば良かった。しかし、姿を見せない。
口は悪いが、時間には五月蠅い男だった。
几帳面な性格で、他の規格外な勇者達とも仲が良かった。
苛立ちの募る大隊長の前に、男二人と女二人が現れた。
「ブラン殿。遅くなった、女共が渋ってな」
「いや、マサキ殿助かる。ライ殿ドルカス殿はどうしたんだ」
臨時の指揮所となったテントにマサキは現れた。
女の匂いをさせていている。剣の腕は達人級。だが、女にだらしがない。
それが、マサキの評価だ。
体格のいい男はぼさぼさな髪をゴリゴリと掻きながら答える。
「それが、悪い予感がするときかなくってなあ。あのガキ、出陣を渋ってやがる。ドルカスはやる気みたいだ」
「どうにかならないか。数が減っては成功が覚束ない」
ライとドルカスもマサキ同様に異世界から現れた少年である。
ナオと同じく日本からトリップした元高校生であった。
その特性は、二つ名に現れている。
冒険者として活躍し、今では公爵達の操り人形であった。
今回も貴族達がギルドに裏から回した依頼を受けるという形になっていたが。
それもナオが仕組んだ事である。
「やる気のねえ奴をやる気にさせるには、欲が必要だ。たとえば、女とかな。裏切った暴風の身柄を押さえれば好きにしていいとかよ。このままでは、貴族の餌食になるとか煙に撒くのアリだろう。まあ、なんとかしてみせらあ」
「助かるな」
とブランに言ったもののマサキとて自信がない。
一目見た瞬間から、束になっても勝ち目があるのか不明であった。
そのような相手に挑むのは馬鹿のする事だ。
バルドがいれば、弱点を解析する事も可能であった。
けれども、今そのバルドは行方不明である。
最早、城門ごと魔術を食らわしてやる。というのがマサキの主張だ。
マサキの提案とブランの視点が絡み合った結果は、魔術を打ち込むという流れになる。
マサキは、火力を持つ相手に狭い橋の上を密集して進むなど馬鹿だという。
ならば如何にして奪還するのか。
数の多さを利用して、上から攻め入る方針に決まる。
「これで上手くいかなきゃあよ。もうどうやったって無理だろ。全力を尽くすけど、悪いが逃走は見逃してもらうぜ」
「わかっている。貴君らは、兵士ではない。死力を尽くすのはこちらだからな」
「すぐにも出よう。夜の闇は、敵に利するからな」
「了解した。こちらも襲撃の兵を整える」
ブラン達の奪還作戦が始まる。
◆◆◆
都市ハルジーヤの城にユウタ達は潜入していた。
城内では、暴力の嵐が吹き荒れている。魔術で、矢で兵士達が不意を打たれて逝く。
武器庫で強奪したヘルムを被る黒髪の少年は、布を口元に巻いたまま隣を走る少女に尋ねる。
念話は、実に便利であった。
「(どうして反乱軍を裏切る気になったんだ?)」
「(公爵からの魔術的支配が切れたから。閃光は説得出来る。さっきの紅炎は無理。岩弾と雷雲はわからない)」
話をしながら、ユウタ達は走る。
周囲の通路から敵兵が湧き出る。敵は、蟻の如く集まりつつあった。
ユウタはともかく、ティアンナの体力が持ちそうもない。
息の上がったのは、青いローブにフードを被った少女ティアンナである。
シルバーナよりも低い彼女の華奢な肢体は、運動が足りていなかった。
「(他のチートスキル持ちはどうだ。裏切りそうな奴はいるか)」
「(祝福持ちの事? それはないと思う。彼らは自身の栄達を第一に置いている。これ幸いに主導権を握ると考える)」
透き通った白い肌をしたティアンナの額から汗が滴り落ちる。
下へと移動しつつ、敵兵を倒していた。
赤の大剣では威力があり過ぎ、イベントリにしまっている。
試し斬りに使ってみた。
炎を伸ばして薙いだ一撃が、最上層の階を半壊させたのである。
使わずとも倒せると踏んだユウタ達は、事実易々と倒しながら進む。
隠形状態を見破れる兵は、ほぼ居ないのも幸運であった。
兵士も集まったはいいが、意味が薄い。密集すれば、被害は甚大だ。
フードの下から覗く口を見ながら、黒髪の少年は城全体を刺す様な身振りをする。
「(ふうん。この城には、幹部が居ないのか)」
「(ユウタが公爵達と一緒にまとめて殺したんじゃないの。べったりの将軍達が数人いたと思う。全体を指揮出来る人間は、少ない。ところで、その爆発するアイテムは何処から出しているの)」
ユウタは移動しながら武器庫から略奪した爆弾を投げている。
長細い筒に導火線から着火する。筒は爆発し、敵兵の塊が爆風で吹き飛ぶ。
城内の至る所で、悲鳴と怒号が響く。
逃げ惑う兵士を的確に仕留めていくのは、魔術と矢である。
さらには、火をつけられた麦の束が通路に煙を充満させていく。
少年が黒い靄を発生させる様相は、ティアンナの好奇心をくすぐる。
「(イベントリっていう空間収納スキルだ。このダイナマイトはお前等が作っていたんだろ。武器庫にあったぞ。自分たちで食らう羽目になっているけどな)」
「(ダイナマイト? バルドの作っていた武器。それを使っても足りないと思う。この城には、三千以上の兵が詰めているけど。本気で殺しきる気?)」
筒を手にした少年。炎を指先に灯す魔術を使い、筒を投げれば敵兵が吹き飛ぶ。
疑問の声を上げる少女の目は、死んだ魚の如く虚ろであった。
少女にこのような瞳をさせるのは一体何かユウタにもシルバーナにもわからない。
息の上がった少女の体力を回復させる為、休止もいれる。
シルバーナの帽子風なメットからは、湯気が立ち上った。
歩みを遅くした三人の行く手に、死体しかないのだが。
「(可能だが、疲労で動けなくなるな。何回でも襲いかかってやる。ふっふっふ。まかせておけ。これがあれば、楽に勝てる。誰がこれを作らせたのかわかるか?)」
「(見のバルド。死んだ彼は物の構造を見るのにも長けていた。火薬の扱いについても優れていて、爆弾を作っている。でも、死んだ。製法は、彼が握っていたから後釜の人間がいてもそうすぐにはできない)」
反乱軍の武器庫には各種様々な武器並んでいた。特に、大砲や火縄銃は真っ先に回収した。
他にも武器弾薬と、ユウタに抜け目はない。
一方のシルバーナが回収していたのは、武具防具の類だ。
イベントリから取り出した銃をユウタはちらつかせる。
「(こっちのもそうか? 銃だよなこれ)」
「(そう。ドワーフに作らせていたみたい。ここの領主アイーダ伯爵の配下には優れた騎士が多かったけど、鉛の玉には勝てなかった。誰でもすぐ扱えるようになる上に、威力は抜群。先の会戦で、二万からの兵を討ち取った)」
当初の下馬評では、六:四で苦戦するもののアイーダ伯爵の元に集った王国軍が勝つと見られていた。
しかし、異世界の技術が持ち込まれていた事に伯爵及び配下は気がつかなかった。
さながら長篠の戦いとその戦術を再現した反乱軍。
異世界人を相手にするには無謀過ぎた。
さらに、ティアンナを含めた魔女達の大規模範囲攻撃は致命傷となる。
戦いは、半日を待たず決着がつく。会戦はあっさり掃討戦となる。
後は、籠城して粘るものの潜入してきた魔女やチート異世界人達の攻撃で陥落。
ティアンナは、事細かに解説し終えて息をつく。
「(ハイデルベルの王国軍は、そんなにやられてたのか。忍者達の報告書には、詳しい情報が書いてなかったな。シルバーナは知っていたのか?)」
「(ん。あたしも聞いたのは今日昨日の話だからねえ。そもそも情報が回って来るのが遅すぎさ。ハイデルベルが恥を隠していたのが問題さね。王都とハルジーヤの平原には、敗走した軍勢の死体が大量にあるとか。それもあるけど、さっきの部屋だけなのかい。捕虜はさ)」
「(地下にも捕虜になった騎士がいる。負傷した兵士も。解放すればいい。反乱を恐れて、処理に燃える水を使われると手遅れ)」
屋上付近の最上階から地上の門を封鎖する為、下へと移動していた。
しかし、捕虜がいるとわかれば別だ。
三人は、地下の入口を目指す。
幸いにして、案内役にはティアンナがいた。
蚊帳の外にいたシルバーナも念話に加わる。
「(燃える水って何さ)」
「(化石燃料の事だろう。シルバーナは知らないのか?)」
ユウタは怪訝な表情を布の下に作る。
シルバーナが慌てて片手を振りながら、ボウガンを放つ。
背後から弓矢を頭部に受けた兵士が倒れた。
ヘルムを貫通する威力は、ユウタにとっても脅威だ。
「(ガソリンかねえ。ある事はあるよ。けど、禁止されているからねえ。麻薬同様に取扱いは、錬金術師の分野だよ)」
「(学園じゃあ科学を教えていないのか?)」
ユウタの見た学園は、大きく広い。かつ近代的な情景をしていた。
いうなれば、赤いレンガ造りの前代的な洋風。
校舎は、科学的な素養を見た者に感じさせる作り。
手入れの行き届いた庭木と幾何学的配置は、誰の目からも美しさを感じさせる。
「(教えているけど、あれは空想、幻想が支配するこの世界では中々ねえ。工場は多くの人手を奪うからさ。機械は特にミッドガルドじゃ制限されているのを知っているかい。便利なんだけどねえ、科学と魔術は水と油とか言われているしね。聖女機関なんてのがその最先峰さ)」
「(私はいってみたい。ミッドガルドの魔導学院には死んだ人間すら蘇らせる秘術があると聞くから)」
相も変わらないティアンナの沈んだ雰囲気にシルバーナは、声音を低くした。
他国の人間が、ミッドガルドで蘇生の魔術を使えるようになる事は難事である。
切れ長の目を細めながら、ユウタとティアンナの間に身体を割リ込ませる。
「(それが目当てかい)」
「(それは一部。私はユウタに賭けた。真っ直ぐな瞳に。出鱈目な大きさに。誰も話を聞いて実行してくれる人はいないから)」
ユウタの一投げで、十から兵士の死体を爆弾が作る。
百もダイナマイトもどきを投げれば、千は死傷者を作る計算になる。
兵士の数が少なければ、魔術と弓にボウガンの攻撃が待っていた。
シルバーナは、ユウタから無尽蔵とも言えるボウガンの矢を受け取れる。
対するティアンナの表情は苦しげであった。シルバーナの方が攻撃の持続力では上だ。
ウィンド・カッターは強力だ。受けた相手は、真空の刃で真っ二つになるか、手足をもがれる。
少ない魔力で撃てるのも重宝するが、効率という面では矢に劣った。
加えて、相手がシールドを持っているような相手はまるで効かないのも痛い。
通常の魔術師同士であれば、相手のシールドを破る事が戦いになる。
シルバーナは、ティアンナに余裕に満ちた声をかける。
「(へえ。あんたは見返りに何が出来るのさ)」
「(っ。出来る事なら何でも。なんなら身体でもいい)」
ローブを捲り上げようとした手をシルバーナが抑えた。
「(はっ。ユウタは身体じゃ動かないよ)」
ポニーテールを納めたヘルムからは汗が舞う。
少女は息を大きく吐きながら、狙いは正確に。
旧アイーダ伯爵の城は、ユウタ達の狩場と化していた。
綺麗に整った顔を歪めながら、少女は苛立ちの声を上げる。
「(じゃあっ。どうすればいいっ。時間がないのっ)」
「(あんたはあたしの下。妾の順位は守れるならユウタの操縦法を教えてやるよ)」
「(わかった。条件を呑む。どうすればいいか後で教えてほしい)」
「(おい。聞こえているぞ。二人の世界を作ってないで、手伝え)」
ゆったりと兵士の首を短剣で掻き切り、二人に微笑みかけた。
笑顔に冷たい物を感じたシルバーナは、ばつが悪そうに頭を掻く。
目的の地下牢入口まで辿りつくが、誰もいない。
門番であった筈の兵士は、逃げていた。が、爆風で吹き飛んだ血塗れの手が落ちている。
集団で逃げたが、逃げられなかった。
入口の詰所には、鍵も放置されたまま壁にかかっている。
「(このまま下に降りて行って大丈夫そうか)」
「(そうね。風の魔術で探知しても敵の兵士はいない。むしろ城門の前で誰かが暴れている)」
「(へえ。そいつは願ったりかなったりだな。急ぐぞ)」
ユウタ達は城の地下牢を下へと降りていく。
かび臭い匂いにシルバーナは鼻を押さえた。
イカと栗の如き異臭には、ピンときた。
少女には経験がないが、娼館などで男が放つそれである。
「(あいつらやりたい放題だな。なんて奴らだっ。外道もここまで来ると戦うのも嫌になる)」
「(人の欲望には際限がない。だから私達も苦しむ。助けてほしい)」
訴えるティアンナにユウタは、考える事なく頷く。
それを見たシルバーナが、帽子状の兜を下向け肩を竦めた。
ユウタが無言でご利用中だった敵兵を始末する。
外での騒動も、ここにいた人間には遠い物だった。
牢に繋がれた悲惨な有様なアイーダ伯爵の兵士達を転移門で次々に移送する。
女の兵士は暴虐の限りを尽くされていた。
ユウタは、天井を仰いだ。女はシルバーナとティアンナが担当する。
少年の目からは汁が止めどもなく流れる。
シルバーナは、少年の様相を気にしながら隣の少女に呟く。
「(ここまで腐っているのに、よくもまあ人がついてきたもんだね)」
「(餌だから。男は美しい物に目が無い。性欲は理性を失わせる)」
「(耳が痛いな。自重しよう)」
溜息と共に、光る門に傷の酷い男を投げ込む。
「お前らは一体?」という問いに返事をしている暇はない。
呻き声がだんだんと聞こえなくなる。
「(あんたはっ自重するなっ。ティアンナ。そんな事言っていると、こいつは全く手を出してこないからっ。良く考えて舌を打ちな)」
「(悪かった。この通り)」
少女は、フード頭を腐った匂いのする床に擦りつけた。
ユウタは牢に繋がれた男達を移送する作業に没頭している。
鍵を外すのに、意外にも時間がかかっていた。
「(やめな。いい年した女が簡単に額を床につけるんじゃない。たくっ。あのね、言葉の綾だよ。これからは、気にして、気を付けるんだよ)」
「(ありがとう。シルバーナはいい人だ)」
怯えたように中に自発的に入る者もいた。囚われている人間を一様に、ではない。
明らかに犯罪者と思しき人間は除外する。
そこには、シルバーナの秘具が役にたった。
ユウタには「(こいつは犯罪者だね)」というだけである。
そういう見破りスキルがある。と言えば、「(そうか)」といって納得する少年であった。
「(粗方片付いたけど、どうするのさ。あたしもこの子もそろそろ疲れてきた。戻るなら今じゃないのかい)」
「(そうか。なら俺は城門を閉じる。後は中の人間を降伏させるか始末する)」
「(わかったよ。あんたも頑固だね。休息は重要だよ)」
「(いや、相手が混乱しているからこそチャンスだ。そこに外道がいるなら、力の限り叩く)」
かくして、ユウタ達は地下牢を出る。
二人には、休息を取るようにユウタが告げた。しかし、ユウタに付いていくと離れない。
三人共に地下牢内の悪臭でおぞましい事になっている。
が、皆鼻がおかしくなっているのか。最早血臭も血糊も気にならない。
地下牢入口から入口までの敵を掃討しながら進む。
敵がどれほど居ようとも爆弾の前には肉片になるしかなかった。
爆風は、ユウタとティアンナの魔術障壁で防ぐ。
火と煙が上層階に充満し、阿鼻叫喚の様相で下層に詰めかければ爆弾が待っている。
通路上を氷の膜が覆い、電撃が氷に走れば瞬殺。
天井に張り付くユウタにシルバーナとティアンナは引き気味である。
盛り上がった土の台が安全地帯であった。
要塞じみた城の作りが、ユウタの虐殺を助ける。
天井に張り付き、壁を歩き、通路の床を凍らせる。
靴を強化し地面の電撃を避けてくれば、爆発が待っている。
戦える者は、死に恐怖で動けない者だけが残された。
それも煙による酸欠が待っている。
やがて、悲鳴と絶叫が双方向に伸びた通路を木霊する事はなくなる。
十全に【隠形】と忍足スキルを駆使するユウタには、敵がいなかった。
倒す敵のいなくなったユウタ達は、城の正門に移動する。
夕暮れの光が、彼らの姿を映す事はない。
石壁で覆われた城は、陰鬱であった。
正門に続く曲がり角で、石壁の石に手をついたシルバーナはユウタに問いかける。
「(ユウタ。もしかして、セリア様をこっそり呼んだのかい)」
「(いや。今頃は家で夕食の支度をしている筈だ)」
「(でもこの気配はセリア様だよ)」
角からちらと見えるのは、城門の橋を操作する巻き上げ機を動かす銀色の鎧だ。
シルバーナの目がおかしくなっていなければ、武闘大会に出ていた人狼である。
それを見て真っ赤な目をしたユウタと驚くシルバーナは、顔を見合わせた。
被りをふって見直すユウタに馴染みの声が、耳に届く。
「ご主人様。遅いぞ」
なんて子になってしまった。最早どこかの魔王。
閲覧ありがとうございます。




