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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
117/709

113話 結果と因果(セリア+敵の城陰惨な場面があります注意)

 武闘大会の結果はセリアの圧勝で終わった。

 元より敵の居ない学び舎である。

 周囲では強敵(ライバル)と目されていた男達も雑魚でしかなかった。


 せいぜい銀髪の少女を引き立てる為の花だ。

 筋肉の花は、真っ赤な血で闘技場の床に咲きほこった。

 慌てて運ばれていく男の名は、ベルンハルト。

 拳術 北天流派金剛拳を若くして修め、達人と言われるまでに至っている。

 だが、

 

「くっ。うっ次こそっ次こそ俺がっ・・・・・・」


「兄さん黙って!」


 弟であるラインハルトが、血塗れとなった少年に治癒魔術を施す。

 細長の面持ちと美しい銀髪。整った容貌で、厳つい兄とは対照的な美少年である。

 腰に下げた細剣の腕と南天流派獣形掌の使い手としても学園内では有名だ。

 肩まで伸ばされた長髪と耽美な雰囲気は、ファンクラブを作っている。

 セリアは二人の姿に、一瞥を寄越すと口を開いた。


「もう挑戦するのは止せ。限度を知らないと、死ぬぞ」


「うるせえっ馬鹿にすんなっ。お前は俺が倒す。兄ちゃんの仇は俺がっ!」


 興奮する面持ちで鼻息の荒い少年は末弟ガリュウだ。

 海胆に似た髪型で明るい金髪をしたやんちゃといった少年である。

 彼の後ろには、不安気な少女アリアが影に隠れるように立つ。

 

 ガリュウの事が心配でついているのであろう。

 魔術の腕と体術はガリュウのそれを凌ぐ。

 声を荒げた弟を手で制したラインハルトは、セリアに向けて言葉を絞り出す。


「兄は、貴方に好意を抱いているのです。やはり受け入れられないのですか」


 目を伏せたセリアは、しばらく黙る。

 そこには躊躇いの色があった。


「なんとか言ってください」


「・・・・・・一緒に並び立つ者でなければ、いつか破綻する。振り向かせたくば、実力を示す事だ。弱い男に興味はない。それしきの傷で立ち上がってこれなくなるようならそれまで、という事だ」


 セリアが放った攻撃は、いずれもベルンハルトの肉体を徹底的に痛めつける物だった。

 中々傷が癒えない事も、ラインハルトを焦らせる。

 内側からのダメージを癒すのは時間がかかるのだ。

 額からは、冷や汗とも緊張の汗ともとれる滴が顎から落ちた。


「くっ。わかりました。兄にはそう伝えましょう」


「ああ、そうしてくれ」


 完膚なきまでにベルンハルトを叩き潰したが、肉体の機能を損壊するような技はかけていない。

 よって、気術による治療と神系治癒術及び肉体復元系魔術を組み合わせれば完治する。

 ベルンハルトの兄弟と取り巻きが去った後には、表彰式が予定されていた。


 表彰状を渡すのはルナである。彼女にセリアが弱いのは、月神の末裔で加護を受ける娘だからだ。

 同じように狼神の末裔であるセリアは、理由もなくルナが気になる。

 手の動きから、足の運びまで。ルナの声がセリアの耳に流れ、表彰状を受け取る。

 

「セリアさん。おめでとう。今後も精進する事を望みます」


「はい」


 盛大な拍手と共に婦女子の嬌声が上がる。武闘大会は魔術が禁じられている。

 ランキング戦とも異なり、集団での連携はなかった。肉体のみの勝負である。

 体に気、力、技の優れた者が勝つ。

 女の身で上位まで上がって勝ち残る人間は、ほぼいない。

 

 そういう事もあって、セリアの人気は闘技場において敵無しである。

 美貌に加え、技の数々は観客を魅了して止まない。


 魔術有りの実戦形式になれば人数は五分になるが。

 表彰式を終えたセリアはモニカの様子を見に治療室まで移動する。

 ランキング戦では、優勝する事が出来た物の相手から集中攻撃を受けた。


 明るい通路を移動して、白い壁に据え付けられたスライド式の取っ手を動かす。

 果たして中には負傷したモニカがベッドの上に横たわっている。

 最終戦で回復魔術の使えないセリアとモニカのパーティーはセリア一人で戦う展開になった。


「モニカ、具合はどうだ?」


「あっセリアさん。大丈夫です。もういけます」


「そうか。しかし、今日はもう帰って休む事だ。私は少し用事がある。夕食や家事は頼めるか?」


「わかりました。ご主人様の事よろしくお願いしますね」


 無言で振り返るセリアは、ベッドの上に寝るモニカを置いて移動する。

 セリアの胸に去来するのは、寂しげなユウタの横顔だ。

 少女の口から湯気が立つ。


 レオにモニカの警護を依頼し、移動しに向かった先は学園内にある転移装置であった。

 セリアは情報を整理する。時間的には、十分間に合う。

 ただ、ユウタがユーウ・アルブレストであるという事が気掛かりとなっている。

 

 ユーウとセリアは知り合いでもある。

 ただ、アルトリウスとアルーシュを介した知己であった。

 思い出されるのは、常に自信が無さげに俯いている姿だ。

 魔術の虫で、常に何かを研究している学究の徒というイメージが印象強い。


 しばらく姿を見ないと思っていれば、なんとユウタがユーウだというのである。

 今生でも姉として振る舞うアルーシュが言うので間違いはない。

 魂の扱いにも長けた戦乙女は、その奥底を見通す。

 外見がまるで違うように見えたセリアは、全くその可能性を予期しなかった。

 

 アルーシュが言うので信じるしか無いのだ。

 昔日のアルーシュを知るセリアにとっては、脳が茹で上がりそうだ。

 とにかく捻くれ、螺子の曲がった奴だったと言える。

 アルーシュが戦乙女というのは冗談としか言えない部分がある。

 最近のアルーシュは会えば、

「ふん。恋とはいいものだぞセリア。お前も恋をしているか?」等と冗談を言う。

 過去世では、嘘つきとして名を馳せた邪神であったのにだ。

 

 今を楽しんでいるのが享楽的な性格な筈の彼女に何が起きたのか。

 セリアには全くの謎である。元より他の精神など理解の範疇にないが。

 策謀と詐術を得意としたアルーシュの姿はなく。

 今や恋に恋する少女といった風情だ。今やアルトリウスの方が策謀を良くする。


 もはやセリアは、使命も忘れ終末の獣であった事も遠い過去である。

 共に黄昏を駆け抜けた日々は、二人の絆でしかない。

 セリアの両親が故国で作った借金は、親兄弟の生活にも深く及ぶ。

 自転車操業のように繰り返す日常は、ゆっくりとだがセリアの精神を追い詰めていた。

 

 最終的には、破産し奴隷になった訳だ。

 返す必要はないとルナは主張したが、それでもなんとか全額返済を終えた。

 どうしてもアイテム等の売却には時間がかかる物だ。

 後は、どうにかしてユウタの支配から逃れる事で奴隷生活の幕は下りる。


「さて、どうしたものかな」


 セリアが奴隷になるなど、過去に置いても経験はない。

 よって経験から導き出される解答がない。

 ただ、散々世話になっておきながらさようならでは、不義理である。

 よって、当分一緒にいる事をセリアは決めていた。


 それで、ドロドロの沼地に嵌るなど当人は知りようない。


 空間転移室に移動したセリアは、その扉を警護する兵士に挨拶をして中に入る。

 空間転移室は特に重要な施設であり、警護する兵は騎士と含めて魔術を使える者が多い。

 危急の時には脱出路を兼ね、予想外の場面では第一に確保しなければならない場所だ。

 

 伏せられている為正確な人員は不明だが、第一線で働く兵が当てられる。

 この施設を作ったのもユーウ・アルブレストだ。

 器用に防御結界を張り、転送用の穴を通して外部との移動を可能にしている。

 内部からも外部からもここからでしか空間転移出来ない仕組みだ。


 ただ、強度が問題でちょっとした腕の立つ魔術師による攻撃で、破壊されてしまうのはいただけない。

 元々が広域結界に対応する為の仕掛けである。

 異空間系のドレインやスリープ、チャームといった魔術を妨害する為の結界だった。

 逆に王都全域をサーチという魔術で犯罪捜査を厳格に取り締まっているのもユーウの提案だ。


 安全、安心で住みやすい国を作る。それは、大きく前進していた。

 死者の激減した冒険者は、そのまま兵士や生産者になり、国の国力を大きく高めた。

 奴隷の扱いに関しても、厳しい制限が加えられ無法な扱いは禁止されている。

 貴族についても同様の制限が加えられる予定だったが、ユーウの失踪で法案は廃案となった。


 食料事情については、ジャガイモや水田を導入している。

 大幅な食料自給が統一王国の軋みを和らげているのも事実だ。

 ユーウの魔導技術は、過去のそれを大きく塗り替え今や家紋すら頂いている。

 

 王国における交通事情や施設が著しい変化を見せたのもここ十年の事だ。

 他にも衣食住に至るまで、様々な改良がなされた。

 ユーウが狙われたのは、その線だと見ていた。

 何しろ王国の財政を何年にわたって賄える生産力と財力、そして武力は他の貴族に追随を許さない。


 アルトリウスとアルーシュは全幅の信頼を寄せている。

 アルトリウスと出会ったのは三歳の時、アルーシュとは六歳の時と聞いている。

 

 そこで何かがあったのは確かだ。

 二人共に、神技、神術、独自の権能を獲得している為アルルとの差は天と地ほどもある。

 アルトリウスの権能、円卓の騎士。アルーシュの権能、お前の物は俺の物。六六六の力。


 ユーウが、何時までも只の平民として振る舞う事に違和感を覚える者も少なくなかった。

 或いは、そこを突かれた罠を仕組まれたのかは不明だ。

 やがて光が門を形作る。空間振が起き、輝く門が開いた。

 セリアは空間転移装置の稼働を確認して中に飛び込む。




 セリアは、声にならない怒りの咆哮を耳にした。




◆◆◆




 そこは阿鼻叫喚の地獄だった。人人人。牛が解体を待つかのような恰好であった。

 人間が壁に吊り下げられ、天井に吊り下げられ、ありとあらゆる拷問が加えられていた。

 水で、火で、熱湯で、針で、鋸であらゆる器具で絶叫が量産される。

 床は血で川が出来ている。悲鳴が男女を問わず室内に響く。

 血の涙を流し、怒りの声を上げる男の姿があった。


「ひーひひひ。君が悪いのだよ。アイーダ伯爵ぅ。もっと早く降伏していてくれればなあ」


「ひゃはは。いやいや。だからこそ、こうして細君を頂く事が出来るのですぞ」


「貴様らぁーーーっ。がっ、ぐっ」


「ガル・・・・・・。娘には手を出さないでください」


 悲しげな視線をガルに向けると、消え入りそうな声を上げる女。

 ガルは拘束され、殴打を受ける。裸に剥かれた伯爵の身体には、拷問の後が走っている。

 火傷の跡は全身至る所にあり、生きている事すら奇跡の様相だ。

 室内に忍び込んだユウタは、無言で刀を抜いた。


「(外道共めっ。殺し尽くすぞっ。一人も逃がすなよ)」


「(あいよ、了解した。後ろはあたしに任せな)」


 敵の数は十五。護衛が八に裸が七である。

 シルバーナは、腰に下げていたガトリング式のボウガンを手にした。

 ペダ村が傭兵に襲われた際に使用された物とは別タイプ。

 飛距離よりも連射力を重視した物である。

 不意を突いて、多数の敵を瞬殺するに持って来いの武器だ。


 隠形を使ったまま、ユウタは駈け出した。

 狙いは、酒瓶を手に居眠りをこいている人間ではない。

 本命は、女の上で腰を振っている男だ。


 隠形を使い音もなく駆け寄る少年に気が付いた者は、誰一人としていない。

 気づかれる事なく忍び寄ったユウタの刀は、肥満体で涎を垂らす男の首を刈った。

 

「きゃっ」

 

「なんだ。がはっ」

 

 布を裂くような悲鳴を上げる女。平時であれば、美声の女。その身体が血塗れになる。

 隣に立つガルを押さえる男を一突き。転移門を開きガルを投げ、飛ばす。

 ついで、ガルの妻を投げ込む。間髪を入れず滑らかな動きでガルの娘らしきの元に走る。

 

「待てっ。何、なにぃ・・・・・・」


 男は持っていた筈の短剣を取り落す。自らの腕にある女を人質にとったつもりであった。

 しかし、それを問答無用でユウタは腕を切り落とした。

 女が死ねば、命をかけたリザレクションに挑む覚悟だった。

 美しく着飾ったドレスを着た少女が男の腕からすり抜ける。


 首に刀の刺突を受けた男が崩れ落ちる。

 周囲の男達は、ここにいたって事態の異常さに気が付く。

 というのも、ユウタの姿を見つけるのが困難であった。

 目で見えるのは、切りつける段階のみ。


 地面の影を見て対処するにはスキル持ちであっても厳しい。

 そして、床は血で覆われ何が何なのか判断できる状態になかった。

 水溜りであればまだ話は違うのだが、そこまでの量はない。 


 男達は、人族ばかりであった。鼻の効く者も居ない。

 背後からは、シルバーナのボウガンが襲う。

 ディテクト。見破りの魔術を使おうと杖を構えた人間から狙われた。


 加えて、皆半裸であり完全武装とはいいがたい。

 武器を持たず、全裸で有った者も半数。

 しかし、中の騒ぎを聞きつけじきに数が増える事が予想されたユウタの額からは汗が滴る。

 

 ユウタの刀が振るわれる度に、中にいた男達は屍となっていく。

 敵の連携はなく、一転して死に直面する恐怖に動きが鈍い。

 全員片付けるのに、一分もかからなかった。


 ユウタに気取られ、死角から飛来する矢を武装した兵も避けらなかったのだ。

 ユウタは死体を黙々と片付ける。

 ユウタは美少女を見慣れているので驚きの表情も少ない。

 周囲を警戒するシルバーナも素は快活な美女だ。

 だが、ドレスを着た耳長の少女に声をかけられて視線を向ける。


「あの、貴方達はいったい何者なのですか?」


「質問は、後だ。俺を味方だと思ってくれ。そして、君はこれに入るんだ」


「これは?」


 光る転移門を見た少女は、驚きで目を丸くしている。

 ユウタは少女の耳をじっと見つめる。

 次いで、全身を舐め回すかの如く凝視した。


「ハイデルベルにあるルーンミッドガルド詰所に通じている」


「貴方達はどうするのですか?」


 非道な目に合う寸前であったというのに、少女は真っ直ぐユウタの目をみる。

 曇りのない水の宝石を見た。ユウタの視線は恥入り、地に伏せた男達に向く。


「君は知らない方がいい」


 取り付く島もなく作業するユウタに少女の脚は固まっている。


 ユウタは、死体を片っ端から謎のスキルで回収していた。

 死体が地面に消えていく様は、やはり不気味であった。

 シルバーナは、躊躇う少女を押す込む。金の髪に耳長の美少女である。

 長くいては、シルバーナの邪魔になるのだ。エルフなどにユウタを取られる訳にはいかない。

 敵は出来るだけ増やさないのが、シルバーナの方針だ。

 勝手にどんどん増えていくのだが。


 転移門が閉じられると同時に外から兵士達が流れ込んでくる。

 しかし、そこには誰もいない。ただ、死体が転がっているだけであった。



 やがて、扉を叩く音が室内に響く。返事が無い事に業を煮やした兵士達が流れ込む。

 室内を目撃した兵士長は、呻くような低い声を上げる。


「な、ななななあ。なんだーーー。これは? ミュスラン公爵様? エリック公爵様? ボード公? どなたも居られないのか? 一体どうなっているのだ」


 中に進んでいく兵士達は、人肉の林に吐き気をこらえきれずに胃の中身を出す。

 そこかしこで、戻す兵士が目撃した物体。

 それは、かつて敵として立ちふさがったハルミーヤを守った騎士の死体林であった。

 天井から伸びる鎖に繋がれた男達は、息絶えている。

 全身には、陰惨な傷が無数についている。男根は総じてない。 


「た、隊長。これは・・・・・・」


「言うな。これが我等の主等が行ったと・・・・・・誰が想像しようか」


「見知った者の姿が。ま、まま、まさか、苦言を呈した者をここに? おぅええええ」


「・・・・・・」


 ユウタにしてみれば、同じである。沈黙とは認める事なのだ。

 吐いた兵士も顔をしかめた兵士も同様に始末する為位置を取る。


 ユウタの攻撃は、魔術を使わず刀一辺倒であった。

 何しろ、生き残りがいる可能性を捨てきれない。

 あえて周り込み、正面から襲い掛かった。駆け抜けるように相手を斬り捌いていく。


 斬っては倒し、突いては止めを刺す事二十と数回。

 部屋の内部に入ってきた兵の殆どを死体にした。

 シルバーナの弓矢で倒れた兵も含むが。


 改めてユウタは室内を見渡す。死屍累々。

 そして人のカタチをしたオブジェがそこかしこに林を作っていた。

 ユウタとシルバーナは伯爵配下の騎士で生き残りが居ないか探し始める。


 ユウタが倒した敵の中には拷問官といった風情の男達も含まれている。

 この手の場所では、鍵が物をいう。シルバーナも開錠できるのだが。

 それでも手元にあれば、苦労しない。

 未だ敵が隠れていないかどうか。ユウタはそれが的確にわかる。

 灯りの無い場所で、身を縮め蹲る敵を数人始末していった。


 やがて、アイーダ伯爵が元居た奥の場所へ着く。

 林に生存者は見当たらなかった。奥に着て微かな呻き声をシルバーナは耳にする。


「ユウタ。こっちだよ」


「あ、ああ」


 奥は水が流れ込む場所であった。そこにはうず高く積み上げられた死体がある。

 どれもこれも、身体中に切り傷がつけられていた。

 手前の壁につながれている男女達は、幸いにも意識があるようだ。


 繋がれているのは、男だけではない。女も含まれている。


「大丈夫じゃなさそうだな。話せるか?」


「うっ。き、君らは一体何者だ」


「俺達か? 助けにきた。立てるか?」


「いや、全身の健を斬られてな。良ければ、一思いに殺してくれ。このままいれば、また嬲られる」


 ユウタの目からは、涙が溢れて落ちた。

 鍵を開けると、転移門に無言で入れていく。

 本来であれば、見張りを立てなければいけない。

 

 だが、ユウタには、気配感知のスキルがある。

 使いこなせば、数キロ離れていようとも存在を感知できるのだ。


「ちょっと待ってくれ。これは何だ?」


 全員疲労で碌に返事が出来ないとユウタは見ていた。

 しかし、少年の予想は外れる。疑うだけの思考を持った捕虜がいた。


「魔術だ。王都に繋がっている。安心しろ、きっと何とかなる」


「この身体で王都に行っても働けないぞ」


 金髪に長い耳が切り取られ醜い断片を晒している。

 焼かれた片耳が痛々しい。元は美しかったであろう身体にも無数の傷がつけられている。

 ユウタの目には、絶望していない男の姿が映った。


「治癒魔術で何とかなる。信じる者は救われると偉い人もいっている」


「ふ、ふふ。・・・・・・信じるしかないか」


 青年は騎士であった。

 捕えられて拷問部屋に押し込められたのは、数日前の事。

 数日というのは青年の時間感覚が麻痺している為だ。

 

 仲間が一人二人とユウタが展開する転移門に入っていく。

 その間にも、ユウタは警戒を怠らない。

 奇襲は何時だってこのような時に予想外な形で来る物なのだ。


 奥の方では、シルバーナが人を引きずって歩いてくる。

 異臭で胃の中身を吐き出したシルバーナは汚物の中から人を引きずりだしたのだ。

 随分と念入りな扱いを受けた少女であった。


 まだ幼い容貌は数年もすれば美少女になる。

 ユウタがヒールをかけていくと、痙攣が収まり呼吸が安定した。

 シルバーナが少女の身体をユウタの魔術で出された水で洗う。

 ユウタは、ローブを着せてから転移させた。



 

「(で、どうするのさ)」   


「(シルバーナ。この町の反乱軍は逃げる奴を除いて殺す)」


 念話で話かけるユウタの視線は外に出る扉を見つめていた。

 ユウタの目は、今も涙が滂沱の如き有様だ。

 目はウサギのように充血していた。

 声には出さない叫びを少年は上げている。


「(でもどうやって殺すのさ)」


「(ドス子に全力で攻撃させている。町の外の兵も中の兵も容赦なくやれと命令した。俺達二人で城の中に居る兵士を排除する。やれるか?)」


 ドス子が逃げ回っていたのも、敵をなるべく殺さないようにする方針からきていた。

 当然、正面からやる気になったドス子の戦闘力はこの世界でも上位にくる。

 魔女とドス子のどちらが勝つとは断言できない。


「(はっ。何言っているんだい。やってやるさ。あんたとなら地獄の底だって行ってやるよ。それで方針とかあるのかい)」


「(ああ。雑魚から先に始末する。のが安定だが、出会った奴からだな)」


「(なんというかさあ。そっちの方が手当り次第で、効率が悪そうだねえ。セリア様が来てくれれば格段に効率は違ってくるんだろうけどさ)」


「(いつもセリアに頼るのは良くないぞ。寄りかかるのは不味いぞ)」


「(はいはいっと。で、ここ見張られている感じがするねえ。出口から出るのは、危険さ)」


 出口の扉は開いたままである。ユウタも危険な匂いを感じるシルバーナに頷く。

 一旦下がった二人は鉄格子しではない開閉式の窓を発見する。

 開いたそこからは下にかなりの距離があった。

 

 そう。ここは地下牢ではないのである。

 ユウタとシルバーナが忍び込んだ部屋は、伯爵の居城にある一室。

 それ魔改造した拷問部屋であった。

 ユウタがギリギリの所で間に合ったのは、改造に時間がかかった。

 それと、アイーダ伯爵が拷問用の器具を殆ど持っていなかった事に起因する。


 他にも色々な条件があった。本来ならば、傍に控えている筈の魔女たちを出撃させた事。

 つまり、今もドス子にかかりきりなのであった。

 食料庫を調査する者。武器庫周辺を捜索する者。ドス子を迎撃する者。

 様々な理由で城を離れていた。


 こうも容易く城に忍び込めるのも理由があった。

 帝国の忍者が壊滅状態になっている。

 故に、本来であれば簡単に捕捉される筈の侵入も易々と成功した。


 窓から外に出る。ユウタがシルバーナを背負い移動していく。

 流石に、戦闘状態になる状況でお姫様抱っこは出来ない。

 シルバーナの顔も周囲の変化を一分も見逃さないようくりくりと動いている。


 屋根に上った二人は、そこで青いローブ身に着けた魔術師を発見した。

 ゆっくりと、背後から近付いていく二人。

 やがて、必殺の間合いでユウタとシルバーナは得物に手をかけた。


「(待て。シルバーナ)」


「(どうしたんだい)」


「どうしたの? ・・・・・・早くして」


「君は、自殺希望者なのか」


「ええ」


「どうしてだ?」


「夢も希望もないこの世界で、ただ憎しみだけが私の拠り所だった。・・・・・・貴方がそれを奪ったの。だから、今。私を殺すなら今よ」


「あの外道共があんたの拠り所か」


「そう」


「やる事がみつからないなら、俺の仲間にならないか?」


「いいわ。どうするの」


「ついてきて相手に魔術をぶつける簡単なお仕事だ」


「わかった」


「(いいのかい)」


「(使えるなら何でも使うのが、主義だ)」


 二人を抱えると、一気に走りだした。

 下の階には、兵士が室内に向けて取り囲んでいる状態だ。

 一番外側から剥ぎ取るように隠形状態のままユウタ達は移動した。

 

「(よし。俺はユウタ。お前の名前はティアンナだ。今日からティアンナな)」


「(いいわ。所で、貴方達は魔術師なの? 思念を飛ばす技術はハイデルベルでも使える者は限られた高位導師だけ。とても魔術師にに見えない。なぜ、使えるの)」


「(使えるから使える。そういうもんだ。そうしておけ。どうしてもしりたければ、ベッド・・・・・・いや、その内教えてやる。まずは、奴らを薙ぎ払え)」


「(わかった)スラッシャー・ウェーブ!」


 青いローブ娘の魔術は風を産み出し、兵士達に後方から襲いかかった。

 風の刃が無防備な兵士達の身体を破壊していく。

 混乱する兵士達にユウタは、襲い掛かる。

 シルバーナは、ティアンナとユウタの援護を開始する。

 

 後は一方的な攻撃に晒された兵士達の死体だけが残る。

 いきなり消えては現れる相手に、恐怖した兵士達は雪崩を打って逃げていく。

 その背には、ボウガンの矢と風の弾丸が打ち抜く。


 死体の山を量産した三人の前に、一つのパーティが現れた。

 ナオとドルフ、カラ、エリオットであった。

 

「おうおう。派手にやってくれてんなあ。シャエスタ裏切るのか」


「もうその名は捨てたの」


「へえ。じゃまあ死ねよ売女!」


 ティアンナを庇うようにユウタが立つ。

 少年が赤く燃え盛る大剣を手に飛び出す。

 ユウタは、特攻に対して手を突き出すと水球を放った。


「アクア・ボール」


「げっ。てめええっ」


 放たれた巨大な水球を避けたナオ。しかし、身体は水につかる。

 そこに襲いかかるユウタを迎撃する。

 大剣でもって薙ぎ払うような斬撃は、数多くの騎士達を仕留めてきた。

 

 ユウタはそれを飛んで躱すと、天井からナオに襲いかかる。

 隠形と高跳びのコンボ。

 そして、連続攻撃である。

 ナオが大剣で受ける。しかし、止まらない。

 

 腕を手を切り落とされたナオは大剣を取り落し、転がるように下がった。


「おいナオ?」


「おおお。てめっー」


「これが、ファイアーソード。赤の大剣か」


 ユウタが大剣を握る。刀身から生み出された炎が地面の水を蒸発させていく。

 伸びた炎が今度はナオ達に襲いかかる。


「カラッ」


「冗談でしょっアース・ウォール」


 カラが生み出した土壁で炎を防ぐ。

 カラの杖が炎を飛ばすも、ユウタの持つ剣がそれを飲み込んだ。

 それを見ると同時に四人は逃げ出した。

 マグマの如き火線が空間を薙ぐ。ユウタの怒りが顕現したかのようであった。


 ティアンナが疑問の声色で喉を震わせた。 


「(どういう事?)」


「(どうもこうもない。あれの弱点を突いたんだ。ただそれだけの話さ)」


 実際には、忍者やシルバーナから貰った資料と情報が決め手となっている。

 だが、そこまで詳しく説明している時間はない。

 一見すると無敵のように見える大剣にも弱点は存在する。

 水に飲まれると、炎化が使えない。


 炎化(フレイムボディ)とは、物理、魔術攻撃を無効化する。

 赤の大剣を握る者に許されたチートスキルであった。

 これは、この剣の持つ能力の一端でしかない。

 ナオは要するに十分な能力を引き出していなかった。

 

 ユウタの視点からすると、炎はそう強くない。

 要は、水を撒いておけばいいのだ。しかし、それが出来るかどうかはやはり実力である。

 誰しもが全ての魔術を使える訳ではない。その事をユウタは失念していた。


 弱点をカバーし合う仲間がいれば手に負えなかったが、結果は以前と変わらない面子であった。

 ティアンナが逃げた四人の方向を見る。


「(あの四人逃がして良かったの?)」


「(良くない。近くにいるのか?)」


「(この町には気配がしない。遠い場所に逃げたみたい)」


 ふうっとユウタが溜息をつく。

 ユウタはティアンナを抱えると走りだした。

 シルバーナが羨ましそうな顔をしたが、ユウタの横顔を見つめ満足げに並走する。

 

 魔術師は体力がない。そういう事である。

 会話の端々から、この少女の味わってきた境遇が想像しえた。

 黄色いヒヨコが、陽気に囀る。

 ユウタの目玉は相も変わらず真っ赤であった。


「外道共め。思い知らせてやるっ」

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