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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
一章 行き倒れた男
116/709

112話 盗賊と武器庫 (シルバーナ)

 入口から出ようとしたユウタとシルバーナ。

 しかし、不穏な気配を察知したユウタが栗毛の盗賊娘を制止する。

 倉庫は高さがかなりある。食料から出た煙は天井方向に吸い込まれていく。


 幸いな事に倉庫に消火装置等は付いていない。

 しかし、高LVの魔術師がいればこの程度の火事も鎮火される可能性がある。

 入口付近まで移動した二人の足が止まった。

 入口にいる筈の見張りの気配をシルバーナは感知できない。


 長身痩躯の見習い騎士に念話で危機を伝える。


「(やばいよ。ユウタ待ち伏せかもねえ)」


「(だろうな。撤退だ)」


 ユウタが空間転移門を開くと、中に飛び込む二人。

 転移した先は路地裏だった。

 すぐそばで、赤い竜の攻撃が降り注いでいる。

 

 隠形と壁歩きを使い、二人は外壁をよじ登った。

 任務は恐ろしい程に、成功だ。

 遠目から見ても倉庫の入口と周囲は、敵に囲まれている。

 中でも日本人風顔立ちをしたハーフプレートを装備する優男。

 それに並んで立つ銀髪で青いローブを纏った女に目がいく。


 それを見たユウタの目は大きく見開かれた。

 更には、黒い服を着た少年が優男と銀髪少女の後ろから現れる。


「(それで、どうするのさ)」


「(んー。かなりやばい敵が居るみたいだ。けど、戦わない方が正解だな。異世界人が二人か三人いるみたいだ。内二人はチートキャラだ。相手にするのは馬鹿らしい)」


「(そうかい。んじゃ、ここを離れるとしようかい)」


 上空を旋回している赤い竜は、未だ無傷である。

 町の各所からは火の手が見えた。

 しかし、町に大規模な破壊の爪痕はない。

 ユウタは、牽制の類を指示していた風である。


 離れようとしていたユウタ達であったが、倉庫に大量の水流が流れ込む光景を見て動きが止まった。


「(なんだあれは)」


「(遠目でよくわからないけど、多分アクア・ストリームだろうねえ。消火と攻撃を兼ねているんだろさ。次に電撃が来るだろうし、逃げて正解だったねえ」


 杖を振るって魔術を使ったのは、銀髪の少女だ。

 少女についてシルバーナは、手配書で確認済みである。

 顔立ちは美少女といっていい。

 本来ならば、ユウタを誘導し戦わせるのがシルバーナの役割だ。

 だが、女である事が問題であった。直接戦わせるにはリスクが存在する。


「(凄いな。しかし、これでは目的の半分も達成できていない。それなら武器庫でも狙うか?)」


 シルバーナが焚き付けなくとも、ユウタはやる気を見せていた。

 しかし、盗賊娘は乗り気ではない。

 敵陣なのである。不利な状況でユウタを戦わせるのは、万が一という事もあるのだ。


「(本気で言っているのかい。今の騒ぎで武器庫には人間が多そうだよ。それでもいくのかい)」


「(ああ。あいつら相手にするのは同じ日本人として嫌な気分だが、そうも言ってられないな)」


「(そうかい。それじゃあやる気になりそうな話をしようかねえ。この町はハルジーヤっていうんだけどさあ。そもそもここは国王に忠実な貴族であるガル・デ・アイーダ伯爵が領有していたんだけどね。そのアイーダ伯爵は奮戦虚しく、城は落ちて本人も家族も捕えられてるって話さ。伯爵を取り返す事が出来れば戦況はもっと楽になるね」


「(へえ、そりゃ救出しなくちゃな)」


 外壁の上には弓兵や魔術師達が詰めていた。

 シルバーナは、兵士を処理するために短剣を引き抜く。

 が、ユウタの手がシルバーナの皮鎧を掴んだ。


「(止せ。行くぞ)」


「(いいのかい。見逃しても)」


 ユウタの魔術があれば、一瞬でケリがつくのだ。

 不意をついて敵兵を少しでも減らしておくのが得策である。

 そんなシルバーナの思考をくみ取ったユウタは、顔の前で手を振った。


「(敵の数が問題というよりもここは何処からでも見えるのが、問題だ。壁を降りて、武器庫を破壊しに行く。伯爵の居場所が判明すればついでに救出しにいってもいいな)」


「(あいよ。ここに潜入している忍者と連絡をとるかねえ。ちょっと着いてきな」


 ユウタの言葉に頷くシルバーナ。

 ユウタとシルバーナは、食料庫とは反対側の方向に移動していく。

 無論だが、街中でスキルを使っている二人は、とても怪しい。

 発見されれば、攻撃を受けるのもやむなしである。

 

 ユウタは、ドス子に空中からの牽制をまだ続行させていた。

 竜の口からは、真紅なマグマの如き火炎が食料庫に落ちていく。

 食料庫の上空には、薄い膜のような壁ができ、それを阻もうとする。


 しかし、僅かな拮抗の後ガラス細工のように結界は壊れた。

 裏通りを忍び足で、移動していく二人にもそれは確認できる。

 アクア・ストリームの水がマグマ状の物で塗り替えられ、凄まじい蒸気が立ち上っていく。


「(さっきの続きなんだけどね。何故こういう事態になっているのかってのは帝国の諜報方が優秀だったってのもあるんだけどさ。何より、この国に現れた異世界人を野放しにしちまったってのがデカいんだよねえ)」


「(どういう事だ?)」

 

 ユウタにとっては、頭を鈍器で殴られるかのような衝撃である。

 疑問の色を含む念話に、少女は冷静な念話で返す。

 上空を駆ける竜に向かって二つの光が伸びる。


「(まんまさ。あたしらの国ミッドガルドじゃ異世界人はしっかり管理される。それは、巨大な力を持っているからなんだよ。あんたらの世界で言うなら、核兵器を野放しにしているようなもんさ)」


「(そりゃ不味いな。その結果がこの反乱って事か)」


「(そうさ。ま、この国の国王も馬鹿ってわけじゃあないけどねえ。反乱を焚き付ける帝国とこの国の貴族達が抱えた野望に異世界人の力がミックスされて、こういう風になっちまったって訳さ。広い世界を見れば、別段無い話でもないんだけどね)」


「(さっきのあいつらが一枚かんでいるのか?)」


 ユウタの指は、銀髪の少女を含めた三人組に向けられる。

 顎を下に動かし頷くシルバーナの目が、ユウタの横顔を見つめた。


「(あたりだよ。あいつらは、このハイデルベルに現れた異世界人なんだけどねえ。反乱軍の貴族達に上手く取り込まれたのか、それとも反乱を計画したのか不明だけどさ。力を貸している以上討つしかないんだよねえ)」


「(どうにか説得できればいいがな。同じ日本人なら何とかなるかもしれない)」


 ユウタの手が自らの顎をさすっていた。

 日本人だから殺したくないというのは、よくある事である。

 そんなユウタにシルバーナが冷たい声をかけた。


「(それはどうだろうね。一旦人間がこうすると決めたら、針を戻すのは難しいんだよ。実際問題、裏切り者を厚遇する訳にはいかないからねえ。裏切るくらいなら、最初から反乱を計画なんてしないだろうし」


「(しょうがないのか? だが、相手に女がいるのがなあ。やりづらい)」


 ユウタは敵と見れば、容赦なく殺す思想が漏れ出る。

 ただ、女子供は別であった。シルバーナにとっては不思議な事である。

 

「(あんただとそうだろうね。手配書でも見るかい)」


 シルバーナの手にはサイドポケットから取り出された紙が握られている。

 それを受け取ったユウタは唸り声を上げた。 

 

「(これは、大杉ないか? 本当にこいつらは日本人で反乱に加わっているのか)」


「(間違いないよ。騙されて加担している可能性はゼロとは言い切れないけどね。閃光の魔女、氷結の魔女、岩弾の魔女、雷雲の魔女、紅炎の魔女、暴風の魔女。さっと上げただけでもそれだけ強烈な魔術師がいるのさ。他にも出鱈目なスキルを持っている奴とかいるんだよ。そりゃあ短期間で制圧されるってもんさ)」


 内容を読んでいくユウタの肩は、震えていた。

 名前からは、少し想像も出来ない人間も混じっている。

 ――――――MMOからの転生或いはトリップ。

 そんな風に転移してくる異世界人でも日本人が多いのは、原因不明だ。

 

「(魔女も気になるが、出鱈目なスキル持ちについて詳しく教えてくれ)」


「(そこに載っていると思うけどね。強奪のライ。剣鬼マサキ。見のバルド。模倣のギース。吸収のドルカス。雷剣シュウ。ここら辺は相手にする方が馬鹿らしいみたいだねえ。忍者の多くが返り討ちにあって手にした情報さ。見つけて倒したなら、相当の賞金が手に入るよ。ただ、一筋縄じゃいかない敵らしいから戦うのは進められないね)」


 手配書の顔を見せて貰うユウタは、自身の身体と同じ年代の少年少女達を見て衝撃を受けた。

 年端もいっていない殺し合うのである。


「(なんだか聞いているだけで想像できるな。で、そんな強力な能力を持った連中が一塊になれる理由ってなんなんだ? ちょっと想像できないんだが)」


「(上手く懐柔されている線が濃厚だろうね。後は、自分たちに住みやすい国を作ろうってのはわかりやすい目的なんじゃないかい。金、名誉、男なり女なりを与えてやれば大体の人間は動くし。そんな所だろうさ。最も、あたしが想像しているのはこの乱れた国を正すため力を貸してほしいとかなんとかじゃないかって線だね。欲に正義が絡みあえば、後はすんなり転がるさ)」


「(そんなもんか? いくらなんでも国家に反逆っていうのは結構重大な事だと思うんだがな)」


 空を見上げたユウタは、路地裏から天を睨む。

 そんなユウタをシルバーナは、訝しんだ。


「(んー。なんていうのかねえ。若さ故の過ちって奴? そんな深く考える奴はそういないさ。他人と一線を画くすような能力を持てば、皆して道を踏み外すって事もあるんじゃないのかい)」


「(そうだとしたら、連中を懐柔している首謀者を捕えるなり、始末してしまえばいいのではないか?)」


 同意を求め、ユウタはシルバーナに意見する。

 頷く少女の視線は、目印となっている樽を発見した。

 裏路地といっても普段から人通りが無い訳でもない。

 竜に都市が襲われている為、皆家にこもっているのだ。


「(そう。だから、今から忍者の生き残りと接触して情報を貰うのさ)」


「(生き残りって、そんなにやられたのか)」


「(聞いた話じゃ、ここに派遣されている二割は死体になっているらしいよ。何分、敵を逃がさない相手らしいし厳しいねえ。ここかい。何とも普通の家だね。ちょっと待ってな)」


 シルバーナがユウタをつれてたどり着いたのは、どこにでも建っている普通の民家であった。

 周囲を注意深く確認すると、小さな手が扉を叩く。

 忍者の家らしくない。しかし、その扉を叩く回数は決まっている。

 音に反応して、中から扉を開ける音が聞こえた。


 隙間から顔を出したのは中年の禿げた男だ。

 

「木陰、あたしだ。シルバーナだ。中に入れてほしいんだけど」


「む。これは、ようこそ。むさくるしい処ですが、お入りください」


 男の目には姿が見えていない。気配だけを感じとり中に入れるように扉を大きく開けた。

 もしも、ここを監視している者がいれば当然怪しまれる。

 居ればの話ではあるが。周囲を伺うシルバーナの目には監視者の姿は映っていない。

 

 そこそこの身長であるユウタがシルバーナに次いで中に入る。

 そこにはごくありふれた家庭で使われるテーブルと椅子が置いてあった。

 部屋の中は薄暗く、明かりは蝋燭でつけられてある。


 禿げ上がった頭を撫でた男は、椅子を勧めた。


「シルバーナさん、よく来られましたな。このような場所でお会いするとは、何かお求めですかな」


 民家の奥の部屋にしつらえられたベッドには、男達が眠りこけている。

 ちらりとそれに視線を投げたシルバーナが口を開いた。


「木陰丸、この町の現状を知りたい。最新の情報というよりも武器庫の位置と元領主アイーダ伯爵の居場所だね。あたしが知っているのは、領城で監禁されているって所まででねえ。どうだい、何かつかんでないかい」


 何かを考え込む禿げ男は、以前ユウタの前に現れた姿ではない。

 何かしらの変化の術を使っている。と、シルバーナは睨んでいる。

 疲れた声を木陰丸は出す。


「ふうむ。シルバーナ殿は、どうやら我々の状況をよくご存じのようだ。であれば、先程の食料庫を焼き討ちしたのは貴殿らであるのかな?」


「ああ。それがどうしたんだ」

 

 シルバーナと木陰丸の会話にユウタが割って入る。

 禿げ親父が、黒髪の少年に眉をひそめた。

 意外な感じをユウタから受けたのである。


「これは、情けない話なのである。我々は任務を全う出来ない叱責を受けるのでござる。よって焼き討ちには我々の助力ありと、進言していただきたい。勿論武器庫の情報も渡すのである。攪乱もお手伝いしよう。どうでござろうか」


 力無さそうに肩を落とす忍者。

 それを見た少年は、ぽんと手を中年の肩に置いた。

 

「いいぜ。ただし、敵の情報について詳しく聞きたい。加えて、この町にどれだけの敵が居るのか。隣町に食料の備蓄がされていないのか。とかな」


「ちょっとユウタ」


「黙れシルバーナ。木陰丸さん涙目じゃねーか。困っている相手を手助けしてやるのは当然だ。さ、話を進めてくれ」


 ああもうこのお人好しっと叫びそうになったシルバーナは唇を噛みしめた。

 

(ちょろすぎるよあんた。どうしてもっと人を疑わないのさ。楽してこいつら功を得ちまったじゃないか馬鹿だよほんと。ちょっと冷たい視線も素敵だけどさあ)


 はあっと溜息をつくシルバーナ。

 ユウタは木陰丸から話を聞いている。

 武器庫の位置は、食料庫とは正反対の位置であった。ここまではシルバーナの情報と変わらない。

 

 話をしている隙にシルバーナは、ユウタにステータスを強制開示させる魔道具を使う。

 以前試した時には失敗したが、今ならば行けると確信しての行動だった。


 ------神の封印を受けた男 ユウタ・サナダ

 age 16 human 冒険家 LV5

 hp xxxxxxxxx

 mp xxxxxxxxx


 str 20+xxxx

 agi 10+xxxx

 vit 99+xxxx

 int 99+xxxx

 dex 20+xxxx

 luk 1

 

 ユウタが見るキューブのステータス値は封印を受けた状態である。

 正確な数値は、特定の条件下で秘具を使ってしか出ない。

 ただ、不明な部分がある。補正値の項目だ。

 不明な部分よりも職業の数が問題であった。驚きを見せないように鼻歌を歌う。

 特に目を引くのは、勇者と英雄をである。■で見えない部分もだが。

 

 シルバーナは、魔道具が壊れたのかと目標を変える。対象を木陰丸にして使用した。


 ------中堅の働き者 木陰丸 康成

 age 33 human 中忍 LV35

 hp 350/805

 mp 50/208


 str 14+5

 agi 45+8

 vit 5+1

 int 10

 dex 25+5

 LUk 10

 

 ごく普通な中堅忍者のステータスが表示される。

 agiがかなり高めであった。しかし、紙のような生命力である。

 これは盗賊にしろ、忍者にしろ同じ事であるが。

 

 持っているスキルも忍び足だと壁歩き、苦無投げ、首狩り、高跳び等オーソドックスな物であった。

 ユウタのように、鎧化、竜化など持っている方が極稀である。

 当然、このユニークスキルの数々を習得する為には条件が必要なのだが。

 

 シルバーナの確認した所、ユウタは前提となる職業を持っている。

 しかも、どれも転職可能なLVに達していた。

 半端ではない別格の化け物というのがシルバーナの脳裏によぎる。


 能力を抜きにしても、ユウタに惚れている女は揺らがない。

 封印が破られた時には、殺せという任務ではないのである。

 この封印がどのようにして破られるかを少女は、聞き及んでいた。

 一番危ないのは、ユウタが寿命を迎える前に死ぬ事。

 感情が一定値を突破する事。いづれも避けようとすれば、監禁でもしておくしかないのだが。


 シルバーナの想像もしない形でこの封印が破られる事になる。


「じゃあ木陰丸さん、ありがとうございました」


「うむ。しかし、だな。お主は昨日の敵は今日の友でござるか?」


「そういえば、そうですね。ま、味方なんですよね。存分に利用させてもらいますよ」


「そうでござるか? 我々としても出会いが悪かったと反省するでござる」


 またしても溜息をつきそうになるシルバーナだ。

 十分な情報を手に入れたユウタはご満悦であった。

 そんなユウタを他所に、シルバーナは木陰丸の方に手を差し出す。


「何でござるか?」


「書類を作りな。木陰丸。地図くらいすぐに書けるだろ。あと飯を出すんだよ。客に茶の一杯も出せないのかい」


「これは失礼した。おい」


 木陰丸が手を鳴らすと、着物を着た少女が現れる。

 

「何か御用でしょうか」


「うむ。お客人に美味い飯を頼む」


「少々お待ちください」


 黒髪の少女が下がっていく。ユウタの視線は、彼女に釘付けだ。

 思わず手が出そうになるシルバーナ。

 振り上げた足をそっと降ろした。ユウタの懐からトカゲが這い出てくるのを目にする。


 それをまた押し込めるユウタは木陰丸に伝えた。


「それじゃあちょっと行ってきます。飯はまた後で、来ますんで」


「なんでさ。ちょっと位休憩したっていいんじゃないかい」


「そう言ってられない。ドス子が追いかけられている。早いとこ片をつけて、敵を討つ。話はそう簡単じゃなさそうだ」


「そうでござるか。武運をお祈りするでござる」


 手を握りしめると、壮年の禿げ親父にシルバーナは毒を吐きそうであった。

 そんな盗賊娘を見るユウタは、優しい声でシルバーナを慰撫する。


「疲れたなら残ってもいいんだぞ」


「まさか。大丈夫さ」


 扉を開けた木陰丸の後に続いてユウタが出る。

 ユウタの気遣いにシルバーナの子宮は疼いた。

 上空を見上げる。赤い竜が舞っている筈であった。

 

 しかし、その巨体は何処にも見当たらない。

 外に出たシルバーナが念話でユウタに尋ねる。


「(ユウタ。赤い竜は? どこいったんだい)」


「(敵の魔術師に追いかけられている。一刻の猶予もないって奴だ)」


「(そんなに、ヤバい相手なのかい)」


「(みたいだ。感覚でしかわからないが、受けているダメージが回復を上回っている。俺が一緒に居れば、回復をかけながら戦う事も出来たんだがな)」


 シルバーナには判別出来ないが、ユウタには赤い竜の事が理解できる様子だ。

 僅かな時間も惜しい。そう言えてしまう程ユウタの足は動いている。

 幸いにして、路地裏を駆ける二人の姿は誰にも見咎められない。

 隠形スキルを使っているという事が大きいのだ。


 空には町の随所から煙が上がっている。赤い竜が好きに攻撃したのだ。

 町の外にもそれは及んでいる。駐屯しているのは、王都攻撃に集結した兵。

 それが、テントを張っていた所に高空からマグマブレスのシャワーが降り注いだ。


 シルバーナは知らなかったが、この時点で反乱軍は手痛い損害を受けている。


「(逃げ切れそうかい。ドス子は)」


「(いざとなれば、空間転移も出来るようだ。しかし、竜のプライドが邪魔のようだな。無駄にプライドが高いのは困った物だ)」


「(そうだねえ。おかげで、武器庫は警備が手薄になっているじゃないのさ)」


「(罠の線は考えられないか?)」


「(敵の目は完全に食料庫さね。であれば、次に相手が目を向けるのは領主一族だろうねえ。でもってここで武器庫を空にしてやって裏をかくのがいいね。次はさあどこだって形でさ)」


 周囲を警戒するように立つ見張りがいる。内部に入ろうとする人間も見当たらない。

 よって、ユウタ達は天井部分から侵入する事にした。

 裏口等があれば、そこを使った筈である。

 

 せっかく腕の見せ所であったのだ。シルバーナは歯噛する。


「(中に巡回は居ないようだねえ。どうするのさ)」


「(当然だ。一切合切を頂く)」


「(はいよ。でも頂いている内に敵が来ないといいんだけどねえ)」


 奥に人の姿はない。ただそれを見たシルバーナは罠の心配をする。

 全く人が居ないのは、また問題だ。しかし、弓矢を運搬する兵士の姿が見受けられる。

 とすれば、毒ガス等のトラップはない物と考えた。


(警戒しているようだけど、温いねえ。それだけ外が目を引いているって事かい。けどユウタもおかしな奴だよ。普通のガキなら疲れた、めんどくさいの一言二言あっても良い筈なんだけど? それに女にがっつかないのはどういう事なのさ。まるで枯れている爺みたいに見えるって言ってやるべきかねえ)


 シルバーナの思考は、常にピンク色に染まりがちである。

 元は大して男に興味が無かった娘だ。

 少しばかり色気を振りかければ大抵の盗賊(男)はなびく。

 

 が、ユウタは違う。身体を求めてくる事がない。


「(おい)」


「(なにさ)」


 若い男と言えば、女とやる事しか頭にない。そう聞いていたシルバーナには多少の怒りが籠る。

 ふて腐れたような返事に黒髪の少年もムッとした。


「(急いでいるんだ。手を止めるな)」


「(はいはい)」


 気のない返事にユウタは、声にならない怒りを手で表す。

 

「(時間との勝負なんだからな。わかっているなら、頼むからしっかり働いてくれ)」


「(もうっ。わかってるさ)」


 ユウタの小言もシルバーナの頭に入ってこない。

 元々、少女は力仕事が苦手である。いつも部下にやらせているので当然だった。

 命令される事にも納得している様子ではないのである。


 黄色いトカゲがシルバーナに体当たりをする。

 が、寸前で手の中に納まった。

 そうそう何度も体当たりを食らうほど鈍くない女だ。

 捕まえたヒヨコをじっと見つめると、床に降ろす。虐めると、ユウタの逆鱗に触れるのである。


 ユウタとシルバーナの作業は、小一時間程続く。

 誰も来ない事が不思議であった。

 やがて、奥に歩いてくる人が現れる。


 二人は奇襲に備えた。


「ああ? なんだって? この奥に生命反応を感知するだってえ? 人の姿はねーぞ」


「で、ですから。勇者様方に確認していただきたいのです。幽霊(ゴースト)であれば、退治していただきたい」


「ったくよお。中には人の気配はしねえ。おいティーナ何かを感じるか?」


「いいえ。これだと、レンジャー系の人間を連れてくるべきだったわね。バッ・・・・・・」


 ティーナは最後まで言葉を吐く事が出来なかった。

 ガラス細工のように割れるシールドの残光。

 光が舞う中、それと同時にシルバーナの短剣が背後から胸を刺す。

 短剣は、次いで喉を割いた。

 ティーナの口からは大量の血があふれている。静かに、足が床に向けて沈む。

 バルドは横に突然現れた少女に驚き、次いで自身を襲った刀をのけぞって避ける。


 反対方向から現れたのは、少年である。最優先は魔術師だった。

 少年の予想に反して、ティーナはあっさりと倒れたのである。

 攻撃目標が変わった為初太刀を避けえた。

 細い東方風の剣を見たバルドが避けたと感じた一刀がすぐに返される。

 ユウタの攻撃は、それで終わらない。


「てってめえっ」


 バルドには信じがたい光景である。

 氷結の魔術師と謳われた少女は、ゆっくりと床に倒れた。また、バルド自らも死地にある。

 間合いはバルドの間合いでもあるが、後手であった。

 下段を凪いだユウタの一閃は、バルドの回避を許さず足首から先を切り落とした。

 

 バルドも応戦しようと剣を手に掴む。

 が、手には力が入らない。掴んだ筈の腕が地面に落ちていく。

 少年の半歩でバルドは死に体となる。


 ガントレットで覆われた右腕だったが、隙間が関節部分にあるのだ。

 抜こうと腕を曲げた刹那。

 ユウタの忍者刀が、継ぎ目を斬り裂きバルドの利き腕を奪った。


 バルドは、ガントレットで覆われる左腕で何とか応戦しようとする。

 二、三の火花が小手から起こる。足首の無い男はふんばりか効かない。

 仰向けになるよう後ろに倒れ込むバルドの上には、少年が立っていた。

 

 尚も足掻きを止めないバルドが叫び声を上げようとした所で、口腔に刀が差しこまれる。

 見鬼バルドは、その能力を発揮する事なく絶命した。

 ステータスを把握し、相手の能力を分析する事で優位に立つ能力だったのだ。

 モンスター相手や悠長に会話をする相手であれば絶大な能力である。


 ユウタの会話すら許さない攻撃は、その機会(チャンス)を許さなかった。

 次第に光を失っていく男の目玉は、倉庫内の捜索を頼んだ男の方を映す。


「おっ。お待ちください。私は敵でありませぬ。ミッドガルドの忍で木陰丸様の配下です」


 無言で刀を向けたユウタを制止するのはシルバーナであった。

 襲撃と同時に、二人は只の町民らしき男に短刀と短剣を放っている。

 それは、床に転がっていた。


「信じられるのかい」


「叫び声を上げないのが何よりの証左と申し上げます」


 町民が頭をしきりに下げる辺りで、シルバーナの心証が好転する。


「ふうん。ユウタとあたしの短剣を弾くあたりそれなりの腕みたいだ。信じるとしようか。ここに来たって事は敵にもう感づかれているって事であったいるかい」


「はい。そろそろ場所を変えた方が宜しいかと存じ上げます」


 普通の町民といった格好をした忍者は淡々と答える。

 忍者の返事に考えを決めたシルバーナは思い出したように尋ねる。


「あたしらも退散するとするかねえ。ああ、お前金目の武器が何処に置いてあるかわかるかい?」 


「それならば、あちらです。私は戻って何とか致します」


「そうかい。それじゃあ、後は上手くやりな」


 シルバーナがユウタに視線を向ける。ユウタは女の治療をしているようだ。

 胸から流れ出る血を完全に塞ぐ。女の身体は、地面へと消えていった。

 男の方は、そのまま消えていく。 


 後には、血だまりだけが残る。

 

「(どうして逃がした?)」


「(あんた意外な所で疑り深いねえ。あれが演技なら騙されてみるのも一興さね。味方を見殺しにして生き延びるなんて奴は、長い生きできないもんさ。嘘か本当かすぐわかるだろう)」 


「(だといいがな。どのような攻撃を受けて、どのようにして倒されたのか説明されると厄介なんだが?)」


「(それについては謝るからさあ。夜に身体で示すさね)」


 一分の隙も見当たらない少年の構えが、あっさり崩れる。 

 下段に構えた剣先は、シルバーナの鼻息に怯えたように左右に振れる。

 ユウタは刀をイベントリに収める。そして、逃げるように移動し金目の武器をあさった。


 シルバーナは、手配書の項目に線を引く。

  

「(まずは、二人かい。しかし、これだけ多いと厄介だねえ)」


「(ん。まあ、相手が弱いと助かる。刀は、すぐ劣化して切れなくなるからな。替えが効かない)」


「(そうかい。ああ? 確かに、普通に売ってないからねえSAMURAIブレードは)」


 ハルジーヤの武器庫にも刀は見当たらない。

 ユウタは必死にそれを探していた。しかし、時間は無情に過ぎ新手の気配を感知する。

 二人は頷き合った。

 

「(いい具合だ。引くぞシルバーナ)」


「(そうするかい)」


 ユウタは、床で遊んでいるヒヨコを掴むと転移門を出した。

 武器庫の暗がりで光が産まれ、ユウタとシルバーナは姿を消す。

 何時まで経っても中から戻らないバルドとティーナを探す為、二人の仲間が倉庫内の奥に入る。

 中で発見できたのは、大きく荒らされた武器庫内の惨状であった。

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